北海道は日高町。その外れに近年新しく出来たばかりの牧場があった。
牧場の名は藤ヶ原すこやかファーム。牧場主の
とはいっても、そういった知識を持たない尚人は、唯一の繁殖牝馬である白子も、務める厩務員達もまた、友人の伝手で紹介されたのを受け入れて、そのほとんどを任せっきりになっている事を気に病んでいるが、牧場が閉鎖してしまい、行き場を無くしていた彼らにとっては有り難い存在であったが。
その藤ヶ原すこやかファームの分娩舎には、まだ冬の名残りが微かに漂っていた。
夜半を過ぎた空気は冷え、屋根を揺らす風が細く長く鳴く。そんな静けさの中で、ただ一つ、確かな気配だけが満ちていた。
白子が、時おり短くいなないた。
芦毛の産毛を震わせ、痛みに耐えるように身を丸め、また大きく呼吸する。
「尚人さん、そろそろだ。もうすぐ来る。」
獣医が目を細めて言うと、藤ヶ原尚人は深く頷いた。
額に浮いた汗は緊張のせいか、あるいはこの小さな命を何としても守りたいという思いのせいか。
競馬の知識はほとんどなくとも、動物を前にした彼の表情は、誰よりも真剣だった。
白子の腹が強く波打つ。
――その瞬間、場の空気が変わった。
「出る……!」
獣医の声と同時に、白子が大きく息を吐く。
やがて羊膜に包まれた小さな体が、ゆっくりと、しかし確実にこの世界へ現れた。
「……無事だ。元気な牡馬だよ。」
藤ヶ原はほっと息をついた。
白い前髪が額にかかる、小さな芦毛の子馬。
その眼は生まれたばかりとは思えないほど澄んでいて、ただ静かに、周囲を見渡しているように見えた。
――不思議な子だ。
誰もがそう思った。
まるで、目覚めた瞬間からすでに“何か”を知っているような、落ち着いたまなざし。
そのとき、獣医の表情が再び固まった。
「待ってくれ……もう一頭、いるぞ! 双子だ!」
分娩舎の空気が一気に張り詰めた。
双子は母馬にも仔にも危険が大きい。ましてや白子は元乗馬で、体格も繁殖向きとは言い難い。
「頼む……二頭とも、助けてくれ……!」
藤ヶ原は祈るように手を握りしめた。
白子の体が再び震える。
苦しげに鼻を鳴らしながらも、母としての本能が残る力を振り絞らせる。
そして――
「……出た! 今度は牝馬だ!」
短い沈黙のあと、獣医の声が弾けた。
小さな体が、か細い声でひとつ鳴く。
まだ濡れた芦毛の産毛は月明かりを受け、ほんのり青白く輝いているようにも見えた。
藤ヶ原の目に涙が浮かんだ。
「よく……よく頑張ったな、白子……」
だが、この夜に居合わせた誰も知らない。
――二頭が産声を上げた瞬間、分娩舎の隅で、微かな光が“二つに割れる”ように揺らめいたことを。
牡馬は、静かに世界を受け入れるようなまなざしで。
牝馬は、兄の存在を確かめるように、弱々しく首を伸ばして。
まるで最初から、互いを知っていたかのように。
実際、双子で競走馬って存在するんでしょうか?アヤベさん(未所持)が双子が居たのはウマ娘知識で知ってますが。