ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー   作:さっと/sat_Buttoimars

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26話「入城後」・シラン

 ヤンルーの南、六金門を騎馬で進む。騎馬で通用門ではない正門を通れるのは伝令と天子、それから”凱旋”した将軍だけである。西勇軍将軍ルオ・シランは僭称天子の軍より京ヤンルーを奪還した、という解釈になる。

 遂に入城だ。禁城の官僚、宦官共がわざわざ出向いて恭順する意向を見せに来たのだが、ほとんど無名の者しか残っていない。丞相ハン・ジュカンの姿が見えない。

 中の様子は酷かった。これが京? 年単位で包囲したわけでもないのに凄まじい荒廃ぶりだ。

 城壁の修復用、そして燃料用に崩された家が立ち並ぶ。同意を得て行われたかまでは確認は取っていないが、この雪が薄っすら積もる中、その崩れた家の”中”で毛布を被って縮こまっている老人の姿は痛ましい。声を掛ければ「息子を待っている」だとか。

 かつてのヤンルーの道は街路樹が並んでいて美しかったもので、夏はあの木陰が心地良かったものだ。秋に散る赤や黄色の葉も風情があってとても良かった。しかし今は根こそ掘り出されてはいないものの、切り株が殺風景に並んでいる。たてがみを剃られた馬のように醜い。

 水路も酷い。ヤンルーが陥落したので堰き止めた水を順次開放してはいるが、まだ工事中で淀んだままである。まるで便所、いやその通りに便所になっている。汚泥が溜まって底が浅くなる程だ。以前ならば水路で魚釣りをして塩焼きにして食べられたし、子供達が泳いで遊んでいたぐらいだ。今ならば処刑拷問に使えよう。

 我が方の隠密は良く働いた。ただ今後の策に影響が出るぐらいの人的損失がある事は事実だ。これはしばらく活動を控えた方が良いという流れであるか?

 真っ直ぐに禁城へ向かう。案内には暗い顔の宦官がつく。天子一家を世話していた者だ。嘘でも我々を解放者等と言って下手な延命を図る輩はいなかった。

 安嗣帝一家暗殺事件が包囲中にあり、下手人は不明である。彼等を殺したがっていた者はいくらでもいるだろうが、少なくとも自分ではない。敗北は望んでも敗死は望んでなどいない。

 通常、男性器でも切除しなければ入れない後宮へ行き、歴代に比べればほんのわずか、側室ではなく保護目的で住まわされている女達の混乱と怨念交じりの視線を浴びながら天子の寝室へ。

 白い絹が被せられているご遺体の確認を行う。玉体は化粧もされて綺麗にはされているが、繋ぎ合せた頭と胴体の歪みが酷く、生前に甚大な損傷を受けたのが分かる。そして角と鱗、本物の龍人である。そして皇后陛下と、皇后そのまま? のような公主殿下のご遺体も確認。

 黒龍公主の言葉は真実であった。それから総把軍監の遺体も一段低く安置されている。この老人もレン家だったな。

 ハン・ジュカンの行方を尋ねたが、どうやら包囲前に遷京予定地の視察へ向かったとの事。

 ご遺体の側では、生き残った中では一番偉い宦官の爺さんが演技ではなく、本気で崩れるように泣いていた。お隠れになられてからこの様子らしく、数日後には死にそうなくらいに憔悴している。判断力には期待できそうにない。

 詳細は知らないが、レン・エイシュは良き愛される善人であったか。名君かは測る物差を持たないので分からない。

 無駄に恨みを買っても仕方が無いので最敬礼をした後に後宮を出て、総把軍監が使っていた城内の屋敷を司令部にして占領指揮を執る。

 飢えた住民達向けの炊き出し、汚物で濁った水路の掃除、瓦礫の撤去集積、仮設住宅の建設を行わせる。城壁の修復だが、これは考慮中。懸案がある。

 安嗣帝レン・エイシュの葬儀であるが、これが厄介だ。一時停戦するぐらいでないと執り行うのは不可能だ。たとえそれが廃された天子であったとしても国家行事。手順に則った祭祀儀礼を行うことによって正当性が宿る。

 何より一番の問題はこれから誰が北朝の降伏を受け入れるのか? である。ヤンルーの攻略はある意味失敗だ。敵であるレン・エイシュの保護までは考えていなかった。龍人なので簡単に死にはしないと思っていたのもあるかもしれない。

 加えて魔神代理領海軍がリャンワンへの砲撃を実行。宝船禁城も標的となって皇太后と天子が公式発表では負傷されて静養中であるとのこと。

 静養だと? これは死んだか、死にそうであるかだ。宮中ですら顔も出せない状況という事である。これから誰の名前で北朝へ降伏を宣言するのか? ウィー・ソンニか。皇太后のババアが死んで元気を取り戻すかもしれないが権威が足りない。

 二つの出来事に頭がおかしくなりそうだ。戦争を収めるのは誰だ? 誰だ? 時間がかかるか?

 どうする?

 どうしたらいい?

 どうするんだ?

 分かるものか。

 東王、西王、北王と南廃王子の動向は? 二つの頭が同時に叩き潰されたも同然だ。拙いな、これは完全に天政が砕け散るぞ。

 軍閥は日和見を決め込んで動かないところは動かないだろうが、動くところは死に物狂いで事を起こす。

 当然のことだが、四王家は皇族であり男系男子である。

 中でもレン家発祥の地を抑えて離宮を抱え、軍も強大な東王家がそのまま天子に滑り込むのは力関係を考えれば間違いない。今まで日和見を決め込んでいたわけだが、これから温存していた力を発揮する姿が目に浮かぶ。

 北王家は東王家に逆らうだけの力は無い。下位勢力となって連合してすると見て良い。

 西王家を傀儡とするエン家は皇太后エン・キーネイが取り仕切っていた。その首領の安否が不明な状態でどう動くのか不明だ。誰が新しい首領となるかという闘争が始まるとしたら今から。

 ルオ家は西王領内にあり、新たな動乱に巻き込まれる可能性が高い。当主がその動乱を起こす側に立っている可能性もある。

 私兵は当家の警護の為に戻すか? 一家揃って逃げる用意も必要ではなかろうか? しかしこの安嗣天昭の乱とも後に呼ばれそうな南北戦争の決着を捨て置くのは一官僚のすることではない。そうしたなら自分はただの、腐った軍閥貴族の一人に堕落してしまう。

 南廃王子の求心力は日に日に高まるばかりである。既に官軍へ寝返り始めた勢力を取り込んで巨大化している。魔神代理領海軍と連携していたとの情報もある。実際、寝返った南方都市は少なくない。

 八方まで塞がってはいないと思いたいが……いっそ西王家の王子でも擁立する軍閥を起こして新機軸として発起した方が物事が整理して見えてくるのではないか? 天下に打って出るのが不徳である情勢ならば、タルメシャ地方にでも進出して化外に策源地を構築するのも手である。過去にはそのようにして延命を図った王朝もいる。ただ、芳しい名は残していないが。

「若様、よろしいですか」

 覆面姿、素顔でヒンユが現れる。

「これ以上状況が悪化しなければな……いや、すまん。どうした」

「東王軍がヤンルーに向けて動き出しました。天子救出を名目としていますのでこちらの状況までは把握していないようです。先発隊は北から四万、東から三万、後続が十万を優に越えます。また北王軍が更に続き、こちらも十万を越えます」

 一挙同時に相手にするわけではないが、三十万程度の兵力は見積もって良いか。我が西勇軍は損失と補充を繰り返した現在、当てにできない新兵も入れて十万にようやく届くぐらいだ。

 とてもではないがこの地形の平坦なオウレン盆地で戦える数ではない。この荒れたヤンルーで篭城など冗談ではない。

 ここでその敵三十万にこちら十万で勝てば戦略的窮地を脱せるかもしれないとも考えた。名采配により各個撃破し、天政無双の名将と称えられる程になればその名であらゆる難事を解決できるかもしれない……そんなわけがあるか。

 たとえその敵三十万を下したとしても更に十万、二十万と軍勢が補充されて向かって来るだけだろう。乱世も続けば民衆蜂起から新勢力すら立ち上がってくるかもしれない。

 勝利計画が安嗣帝暗殺の一件で引っ繰り返ってしまった。北朝の打倒から東王連合の打倒に目的が切り替わってしまった。この場で何かをどうできる? 不可能だ。

 隠密を使って東王を殺せたとしてもその王子が引き継ぎ、それで無力なら北王が取って代わるだけだ。終わりが全く見えない。仮に無力化出来たとしてもどれほど注力しなければならないか想像もつかない。その注力した後で南部を纏め上げ始めた南廃王子の勢力に対抗できるのか? 無謀としか思えない。

 これは黒龍公主の思惑通りの展開ではないのか? 思惑の全容は未だ想像の域は出ないが、旧体制の破壊は絶対条件のはずで、それが今成された。

 東王と南廃王子が天子の座を巡って争うかどうかが今後の動向を左右する。今は南朝という共通の敵がいるからそれは浮き彫りになっていないが、あの南廃王子の諦めの悪さは我の強さの表れでもある。東王へ膝を簡単に折るのかは分からないし、そのように誘導できる隙が見えている。

 とにかく状況が動かなければ、全てを敵に回して勝てない戦いで消耗し切って死ぬという選択肢しかない。

 迷っている暇は無い。どう事態が転ぶにしても死ぬというのは選択肢には無い。撤退を開始しよう。

 ヤンルーの復興は東王に任せよう。復興計画の為の命令書はそう、暗に東王宛てとしてこの屋敷にそのまま置いておくか。参考にはなるだろう。流石に表立って協力してやれる立場ではない。

 ご遺体は……リャンワンに運んだら恐ろしく恨まれる。ルオ家の存続にも関わる。東王に親書を書いて引き渡す旨を伝えようか? リャンワンに運んでも死体に鞭打つぐらいしか文字通りにできないだろう。そんな馬鹿な事をやりたい者は少ないだろうが、やりたい一部がさもそうすることが正当であるかのように騒ぎ立てるのは目に見えている。関わりたくない。

「レン・エイシュ一家暗殺の下手人を捜索、可能ならば生け捕りにしろ。捕らえたならばこちらではなく禁城の者達に引き渡せ。捜索中止の判断はそちらに任せる。余力は失せてきているからな」

「承知しました」

 次の手は? 東王と南廃王子を天子の座争いに引き込む? 馬鹿な、内戦を長引かせる気か。その内戦に生き残れるか? 賊軍の特務巡撫の首を繋げたまま下る等望めるものか。

 降伏? サウ・ツェンリーが言っていたな。族滅では済まさない、と。ルオ家の滅亡はあるだろう。ならば降伏できるはずがない。

 生き残る為に天政を割るか? 一官僚が考える事ではない。一個人としてもする気は無いが。

 職務を全うするのならば死ぬしか選択肢がない。しかし大人しく死んでやるのも気に入らないのは事実だ。

 天政の外へ行くのも一つ手か。山賊稼業も気楽そうではあるが、馬鹿な事だ。タルメシャ征服も同様。

 行ける道が一挙に無くなった。賊軍ならぬ賊となるか、西王の下で実質のエン朝を興すか、拾ってくれる誰かが現れるまで逃げるか……何れにしても惨めだ。ルオ朝等、エン家乗っ取りの課程でも経なければ手駒も集まらない。

 しかし自分で考え付いて何だが、エン家から天子を出す? 下品にも程がある。これは駄目だ。成功しても神経が耐えられそうにない。

 頭が痛くなる。痒くもなる。

 撤退計画を手早くまとめに掛かる。現在行っている作業の停止命令は直ぐに出す。

 下手人め、お前のせいで全てが引っ繰り返ったぞ。

 してやったつもりか?

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