ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー   作:さっと/sat_Buttoimars

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29話「精勤の果て」・シラン

 昨日、タウ・ヒンユがメイツァオの歯を持って帰って来た。

 弟は処刑されたそうだ。そして魔神代理領海軍はリャンワン襲撃を最後にして故郷へ帰るらしい。

 悩み毎が二つ減ったようだが、失って終わった出来事を解決と片付けて良いのかは疑問だ。

 昨日から小さい頃からのメイツァオを想い出そうとし、今はその時ではないかと思って止めては今後の方策をまとめようと思い、頭が回らず、寝れず、久し振りに酒を飲んだが気分が悪くなった。

 執務室へ珍しくやってきた妻が娘を抱えながら何か言ってたような気がするが何だったか。今は女の事などどうでもいい。頭が痛い。

 ヤンルーからの撤退後、フォル江の南で西勇軍を一旦待機させ、今後の方針を決める為に家に帰った。当主の叱責はあるかと思ったが、そんな事を言っている場合ではなくなってしまった。

 天昭帝レン・トイン様がお隠れになった。そして皇太后エン・キーネイ陛下も同様。リャンワンにて宝船禁城が砲撃された際に崩れた天井に潰されたそうで、今は葬式も諡号も放っておかれているようだ。候補は決まっているだろうが発表する機会が見つからないのだろう。魔神代理領海軍の連中め、とんでもない事をやってくれた。

 そして誰がやったか、誰でもやりたがっていたのか、東王が暗殺されたという情報が仕組んだように天政下に広まって否定されていない。

 次期天子と目されていた東王が呆気なく死に、エイシュ様に代わって誰が次の天子になるかで、東王軍内で内紛が起こったらしく、各王子やそれを担ぐ軍閥が分裂して対峙しているという。

 自分が放棄した後のヤンルーに残っている東王の長兄王子が一番説得力がありそうだが、逆に他の王子や軍閥からは包囲される形になっているので戦術的には窮地だ。

 ヤンルーには篭城する食糧が無い。住民には救援が来るまで多少は食いつなげる程度の食糧は置いていったが、駆けつけた軍隊の分までは用意していない。そんな義理も無い。

 北王は長らく東王の影響下にあったが、その死を受けて北王は自らの王子が正当な天子であると主張しているそうだ。年齢的にも息子に譲るのが適当ではある。

 北王軍はオウレン盆地からは一度離れて北の所領へ戻っており、北部三藩やウラマトイに対してどちらに与するか圧力を直接加えに行くと見られている。

 あのサウ・ツェンリー率いるビジャン藩鎮軍だが、オウレン盆地からの敗走後は早々に中原を出て故地に戻り始めている。

 大分戦力を減じたとは言えまだ万単位の兵力を保っているというのに諸勢力があの軍を手元に止めようとしていないのもやや不可解。本格的にビジャン藩鎮で再編を果たした後、改めて参戦する段取りであろうか? 呆れて引き篭もっても今更軽蔑する者もいないだろうに。

 北の北朝はこの有様だ。南の北朝はと言うと、南々朝と化した。

 魔神代理領海軍が手酷い荒廃をもたらし、飢えた難民が連鎖して波になり掛けたところを南廃王子が天子を自称し、元号を回天として勢力を糾合した。

 回天帝――実際にそう名乗っているか不明――は寄せ集めの飢えた人民を率いる為に南朝諸都市を攻撃しては略奪を繰り返している。略奪すれば難民が出て来て、それもまた配下にして次の畑を目指して進軍するような、想定されていた最悪の事態を引き起こしてくれている。

 あの時、ファンコウでの戦いの時、皇太后のババアが親戚の将軍エン・グーアイに手柄を立てさせようなどと馬鹿をしなければこれが起こらなかった。南廃王子レン・セジン以上に悲劇的で求心力のある役者が当時南には絶対にいなかった。

 祟っている。あの時の不始末が祟っている。命令を無視してでもやるべきだった。そうすればあの餓鬼の群れは都市攻略に苦戦して共食いを始めて自壊していただろうに。

 そして肝心の南朝であるが、あのエン・グーアイを新たな王朝の祖とし、天子と仰いで旗揚げする事に決まったそうだ。

 西王家を廃しての、傀儡にもせずにエン朝の勃興である。しかもルオ家はそれに従うというのだから何やら、どうなっている?

  当主はやりようはいくらでもあるとやる気になっている。根拠がある。

 我が西勇軍は痛手を負ったとはいえ故地まで引き上げて再編中で、力を取り戻しつつある。

 紅龍軍と今は名乗っているらしいエン・グーアイの軍など単独で叩き潰せる自信がある。

 ルオ家は今、エン家に対して軍事的劣勢から一方的に扱き使われるような立場では無くなっている。あの皇太后のババアに良いだけ引っ張り回わされていた連中に戦術でも謀略でも戦略でも何もかもで負ける気はしない。

 他の各軍閥だが、日和見を決めていた最中にも隙を見て利権拡大をしていたお陰で軍勢を良く保っている。新たな天子候補達が高待遇で迎えようと躍起になるのだから随分と利率の良い投資をしたものだ。

 新しい天子候補達が軒並み駄目と分かればエン家に続く新王朝が中から起き上がってくるだろう。

 黒龍公主が仕組んだ通りに進んでいるように思えてくる。

 今できる事は確実に生き延びる方策を立てること。分裂した新天子達を互いに殺し合わせ、こちらは高みの見物を決め込み、隙を見て討ち果たす事だ。

 さて、その策を盆暗グーアイにどう説明するか、説得するかまで考えると頭が痛くなる。そして仮に成功したとしても功臣の粛清に巻き込まれないようにするにはどうすればいいか練り込む事だ。その前にエン家を影から気付かれずに乗っ取る方が先だ。今まで以上に謀略漬けで行動しないと生き残れず、これまで以上に自力で戦わないと勝てない。

 その狭い目標に向けた第一策を盆暗グーアイに献じる文を書く為の紙の前で考える。考えている。

 自分では思惑通りだと思っても誤解されて結果失敗扱いとなり、分かってて意図的に誤解してこちらを挫きに来るような、そのような足を引っ張るであろうエン朝家臣達を全て踏まえた上で書くのだ。何も思いつかないわけではない。しかし最初の一字ですら迷う。墨をつけた筆が乾いてしまっている。

 さて、思案を始めてからどのくらい経っただろうか。何やら用事があったらしい使用人を追い返す事何度だったか。昼夜すら何だったか。

 いっそ妻子だけ抱えてかの魔神代理領にでも亡命するか? ビジャン藩鎮も良さそうだな。

 頭を回すだけで汗が出てくる。暑いと思って窓を開けると嫌に寒く、雪が舞い込む。今年は一層冷える。

 また寒波か。今年の凍死者は多そうだ。もはや春税秋税の徴収率など小事に思えてきた。

「おやランラン、随分とムンムンしとるの」

 心臓が跳ねた、頭が痛み出す。

 死んだはずだが幻ではない。手拭いで自分の額を拭うその手は実物だ。この顔この声に喋り方、間違いない。黒龍公主が生きていた。

「流石にこの状況じゃ、ツェンツェンを説得したわ。後は準備が整ったら挟み撃ちでもしよか」

「はひゃみうち?」

 言葉がもつれた、恥ずかしい。

 しかしサウ・ツェンリーも遂に呆れてしまったか。むぅ、状況の整理がしたいが頭が回らない?

「ランラン?」

 目が霞む。頭が回らない? 気持ち悪い。

「嫌! シラン!」

 力が抜ける。

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