ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー   作:さっと/sat_Buttoimars

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04話「南部侵略」・ベルリク

 フェレツーナ市は侵略から四日目に降伏させた。市街地に榴弾を百発くらい撃ち込んでから郊外で捕まえたフェレツーナ守備隊の一部と住民を嬲り殺しにしていたら開門。

 砲弾在庫はまだまだあるし、現在マトラにおいて生産中であり、イスタメル経由で順次輸送中。むしろ使わないと補給を圧迫する懸念がある。

 本格的な正規火力戦に挑めるだけの工業力があの辺境の山中にあるのだ。

 本日は侵略から五日目である。そして本格的な火付けの初日。

 南部フラル地方は街道の整備が良くされているので思っている以上に交通が快適だ。それから妖精達の徒歩行軍速度が早くて、徒歩の人間なんか連れ回しておけないぐらいだ。人間なら強行軍相当の速度で進むが脱落者無し。

 マトラの妖精達は幼少の頃より山で暮らし、労働と軍事訓練に勤しみ、そしてお遊びの追い駆けっこによって足腰が鍛えられている。その上で小柄の利点として体重が軽く、足への負担が少ない。

 今は降伏を拒否したユーグフォルク城を陥落させ、城下町を住民と一緒に焼き討ち中である。

 イスルツ市でもフェレツーナ市でもちゃんと降伏までの猶予は与えているのだが、何故だか知らないがここの城主男爵殿は”悪魔に屈しない”と徹底抗戦を宣言してしまったのだ。

 イスルツからの道中でも、城壁も無いような村から街までこちらからの降伏を受け入れてきた。これに倣えば良いのに。

 こちらの占領速度は好調というか飛ばし気味。我々が落とした先々の拠点を維持管理するのは神聖教会の暴力装置である神聖公安軍の役目なのだが、合流はまだ一部のみで、足の早い先行騎兵隊とだけ。まだ我が軍の独立第二保安旅団はイスルツで留守番中だ。

 進撃が早過ぎて、我々が神聖教会の手先であるという認識が広まっていないのかもしれない。異常事態を報せる伝令より早く攻撃してしまうと恐怖戦略も一段飛ばしになって空を切る。要、検討だ。

 城の広場では城主男爵本人とその家族、使用人、私兵連中に住民虐殺の光景を見学させている。正しく恐怖が伝わるように指導し、信頼できる立場から周辺に情報を広めて貰う。

 尚、住民虐殺には棍棒を使った頭部殴打を用いる。銃と弾薬の消耗が勿体ないからだ。また虐殺と表現もできるが、頭蓋骨陥没にて処置完了と見做しているため瀕死で生き残った者もいたかもしれない。厳密な生死の確認は手間なので省略。

 この城は現代的な防備がなされていなかった。イスルツのような要塞を作るというのは並々ならぬ労力と財力が必要なものであり、戦場から遠い状況が長いと増改築の理由も生まれない。

 包囲戦は基本的な動作で事足りた。騎兵で包囲して連絡を遮断、砲兵が城壁や砲台を破壊して防御力を奪い、妖精歩兵を突入。ある程度橋頭堡を確保したならばグラスト分遣隊を送り出し、比較的安全な位置から集団魔術を発動させて市街地を破壊させ、消耗戦に陥りかねない市街戦を回避。そして地道に通路の一本、部屋の一つ、便所の中まで残敵、住民を探し出した。

 もうちょっと手応えのある戦いを提供したいものだが、今はやはり迅速な侵略に務めたい。分裂していた敵対諸侯――攻撃されているとも自覚の無い――が力を合わせて大連合軍を結成する前に大勢を決する。

 何なら聖女ヴァルキリカが予想だにしない速度でやってやりたい。敵はおろか雇い主の予想も上回りたい。場合によってはその雇い主の不利益になる可能性もあるが、そんなことは我々の利益ではない。

 恐怖させる対象は敵だけではない。

「略奪品の回収でーす! 金品と食糧は一緒の荷車に載せないで下さーい!」

 妖精達が荷車を引いて街から奪ったものを回収中。統制された略奪中であるので遊牧兵の”息子達”も素直に奪ったものを荷車へ積んでいく。

 連れて来た我が遊牧騎兵は若者達ばかりだ。お前なんでそんなに素直なの? と思うぐらい真っ直ぐだ。こうしろ、と言ったそのままやってくれる。子供からお年寄りまで”殺せ”と命令すれば躊躇はほとんどしない。

 暇を見つけて馬の上で寝ていたら伝令がやってくる。

 途中でこちらの内陸街道とは分かれ、沿岸街道側へ向かった第二師団と第四師団よりファランキア共和国を降伏させたと報告が上がった。それから詳細をまとめた報告書も届いた。

 ファランキアは裕福な都市国家で要塞設備も整っていて手間取るかと思っていた。だが報告書によれば、戦って傷つくより新しい仲間となって商売をして相互利益を得る方が得だという判断を下したそうだ。賢い。

 言及はされていないが、彼等は以前にセリンが行った海上作戦行動を直接受けた連中の一部である。その再来を危惧すれば感情的にも判断は素早かったのではないか。

 第二、第四両師団は既に神聖公安軍の一部と途中から行動を共にしているそうだ。それなら占領地の維持を気にせず、素早く次の目標の攻略へと移れるだろう。

 あちらには重砲もあるし、独立補給旅団もつけて兵站も良く回るようにしてあり、千人隊を二つ補助につけている。聖なる旗を掲げる神聖教会兵も伴えば相手の士気も挫くことができる。多少は堅固な要塞を前にしても足踏みはしないだろう。

 敵から見れば真昼の悪夢のような光景が広がっている。こちらが思っているより攻略速度は早いはずだ。

 沿岸部には規模の大きい沿岸都市国家が連なっている。過去にセリンが悪名を稼いでくれているので、ファランキア共和国の例のように降伏勧告が良く効くはずだ。

 今回の作戦にはセリンの海賊艦隊は同行していない。しかしそんなことは敵からすれば感知の外。海上情勢を精査し、イスタメル州の軍港を調査して出動していないという確認を取る手間など取る前に都市を包囲してやる心算だ。

 焼き討ちと虐殺の合間に炊飯係が作った食事が配られる。自分の手元に届くのは勿論ナシュカ手製だ。伸ばしたパンに肉や野菜にとろみをつけたタレを掛けた物を包んで焼いた物だ。片手に持ちながら食べられるようにパン生地は固めで分厚い。

 バシィール城ではナシュカの飯が懐かしくて、美味くて泣きながら食った。その感動が流石に薄れた今でも美味いものは美味い。

 噂担当の生き残りを散らせた後に短いが昼寝休憩。初日から今日まで睡眠時間が少なめだったので少し補填だ。

 今は一時でも惜しみ、神聖教会に服属するという態度を明確にしていない敵対または中立のフラル諸侯までも下し、次に憂き目に遭うエグセン諸侯に諦観を植え付けてやる時期なのだ。

 動く為に休み、次の休みの為に動く。

 処置完了次第ユーグフォルク城を出発。

 

■■■

 

 内陸の街道を西進していたところに伝令がやってくる。

 途中で街道を北進する方へと分かれ、その先の要衝となるフュルストラヴ公領の都市セナボンを攻撃する段階に至ったと第三師団から報告。

 フラル地方とエグセン地方の東側玄関口でもあるセナボンは、広義のエグセン地方部中では屈指の大都市である。そこを押さえればエグセン諸侯が南進してきて我が軍の背後、イスタメル州から伸びる補給線を脅かす事を防げる。我々がフラル地方の平定を終えるまでそこは蓋となる。

 第三師団にはラシージと独立工兵旅団に独立第一保安旅団もつけており、新設したラシージ直属の偵察隊もいて、こちらにも千人隊を二個つけている。動員命令もまともに出ているか分からない敵が相手ならば戦力的に問題ないだろう。

 更に、こちらと同じく聖戦軍の旗を持った修道士がついているから外面も問題無い。敵が自らの”上位”にいると、少なからず思っている聖なる旗を掲げて進む効果は絶大だろう。

 降伏してくれても良い。仕事がすぐに終わる。

 抵抗してくれても良い。略奪で小銭が稼げるし、虐殺で我々が欲しいと思っている評判が稼げる。こう、清く正しいという評価は一切不要。

 我々は更に西進。

 川を一つ渡ったところで何やら先行させていた偵察騎兵隊が旅行中のフラル貴族を捕虜にしたというので尋問というか、お話をしてみる。

 話を聞けば私有地はあっても領地が無い貴族だったので解放。降伏勧告に従わなかったユーグフォルク城の顛末は話しておいたのでその辺で話しまくってくれるだろう。

 次に街道上でそのまま小休止に入っていたら、新たに偵察騎兵隊から報告。砲弾相手でなければ包囲に耐える城壁を持つ宿場町が、我が軍の通行を妨げようと街道を封鎖したらしい。大きな川ではないが、川を渡る橋を抱えているので要地と言えば要地。

 そんな敵を相手に砲兵を展開していては素早い行軍の邪魔になるので、ここはアリファマとグラスト分遣隊に掃討をお願いした。炎ではなかったが、竜巻の集団魔術で宿場町は崩壊。それから、まだ殺人を経験していない者達のために生存者を殺させたそうだ。彼等はある種、騎馬砲兵より足腰の軽い砲兵であろうか。

 こういった小さな宿場町からもちゃんと略奪。歩いて連れて行ける羊などは連れ、そうではない豚などはその場で捌いて肉にし、穀物は荷車に積んで、生鮮食品類は腐る前に腹へ収めて、小銭は金庫へ入れる。

 日も暮れそうになってきてそろそろ野営かという時間帯になってまた伝令がやってくる。

 先行して街道を制圧中の先発隊からの報告書だ。城壁も無いような村や街の降伏と破壊記録が地図にまとめられている。執筆者はカイウルク。

 先発隊、千人隊五つと二個独立山岳大隊には足の早さを生かして街道掃除をして貰っている。先ほどの宿場町のようなちょっと手こずりそうな拠点はこちらで始末をつけるようにしている。

 流石に侵略が始まって数日となれば、耳が早いところでは現状に反応して動員を始めて戦時体制へ移行、部隊の配置転換を始めているという。だから邪魔するように各個撃破をしている、とも報告にある。

 そして敵から捕虜を得たならば目玉を抉り、健常な者を一人だけを残して引率させ、いかなる敵がこの地を攻めているか知らしめている、とも報告にある。

 雇い主である聖女猊下は征服が目的で、我々は戦争行為自体が目的である。敵がこれで弱腰になろうと強硬になろうと損は無い。我々がいかなる存在であるかを宣伝して世界に影響力を広める。本の、一辺境の、取るに足らない武装集団などという評価で終わらせる心算は一切無い。

 しかし報告書を読むと、軽装騎兵と歩兵が五日程度で遂げたとは思えない戦果が書き連ねてある。もうこんな先まで進んだのかと地図を疑いたくなるほど遠くまで彼等は浸透している。スラーギィ東部の厳しい荒地で軍事教練を重ねてきた彼等は良く動く。

 イスタメル州軍第五師団長を辞めてこの侵略を始めて良かった。

 今動かしている軍はほぼ全て自分の努力とその影響下にある者達の努力において存在している。己の実力で獲得した軍隊であると言って良いだろう。かなりの幸運が重なっているが。

 幸運を視力で捉えて見つけ、間に合うように手を伸ばして逃がさず握り込んで逃がさない握力も実力であると考える。最大の幸運はラシージ、その次にレスリャジンとの再会か。

 戦争がしたいというわがままもあるが、この作戦は我がレスリャジン部族に必要な事である。マトラ人民義勇軍にもだ。多くの余人に理解されないかもしれないがこの”血塗れ”には大義がある。

 スラーギィの地はまだ余裕はあるが、いずれ放牧地争いになりかねない程に窮屈になり始めている。

 ダルプロ川沿いの農業推進計画もあって土地面積辺りの扶養数も増加する見込みではある。イスタメル、オルフ間の交易業務に就いて儲けを出している商人層も出てきた。

 それでも貧しいと言っていいスラーギィにおいて必要なのは出稼ぎ先と、外に出なければならない長男次男である。

 遊牧民は末子相続なので長男から先に家を出なければいけない。何か捌け口が無ければ放牧地争いに発展して内戦になってしまう。それは避けたい。

 どうせ殺すなら身内より他人だ。だから傭兵となって外に敵を求め、いざとなれば精強な兵になって故郷を守る。その伝統を今から作り出す。

 あまり難しい話ではない。兎や鹿の代わりに人を狩るようになっただけだ。略奪収入も見込める。

 マトラ人民義勇軍に関してはとてつもない動員数に重装備であるが、これは全てマトラにて自弁された物である。ある意味、解釈次第では一切の費用無く用意された軍勢だ。

 彼等の目標は、妖精侮り難しの印象を人間社会に与えつつ、実戦を経験して自衛能力を向上させようというもの。だから傭兵になっている。

 何かもう全てが自分の為にお膳立てされているのではないかと思えてくる。

 これで手強い敵が十万二十万と軍を揃えて向かってきたら幸福の絶頂に至るのではないか? 幸せ過ぎて恐いとはこの事か!

 

■■■

 

 侵略から七日目。

 神聖公安軍とこちらの本隊が挟み撃ちにする形でティレマ伯の都市ニリキアを包囲。市街地中心部への砲弾による催促も要らずに降伏。

 彼等は前日から神聖公安軍からの脅迫を受けており、またこちらの虐殺破壊の噂を市内に逃げ込んで来た難民から聞いて戦意を喪失したらしい。

 ここは早々に神聖公安軍にニリキアを任せて素通りし、先へ進む。

 次は一応の中間地点というか休息地点となる。寝る間も食う間も惜しんで進んできたので小休憩は必要だろう。

 

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 侵略から八日目、本日は休日である。明日にはまた侵略を開始する。

 我々の速度が速過ぎて虐殺破壊の話を広める難民を追い越してしまっている。また後方の補給部隊とも少し間隔が開いてきている。占領地域の治安維持対策も神聖公安軍の未到達もあって疎かだ。一つ間を入れる意味がある。

 気持ちだけはとにかく素早くと言いたいところなんだが、限界は色々とある。

 我が軍はグラメリス大司教区の都市、同名のグラメリス市へ入城した。

 ここでは遂にかなり久し振りに聖女ヴァルキリカに会える。彼女の協力者、たぶん手下と言い換えた方がしっくりくる連中とも一堂に会す。今日までの戦果を引っ下げて来たならば、そう、頭をなでなでぐらいはしてくれるに違いない。してくれなかったらお願いしてみよう。

 ちなみに自分は年上の女性が好みだ。

 軍は都市の方で面倒を見るというので任せ、集会場所である寺院に向かう。

 胸にはエデルト=セレード軍の勇敢勲章、マトラ自治共和国の革命的国家特別功労者勲章、魔神代理領の一等白金獅子勲章、ジャーヴァル帝国の戦神ムンリヴァ勲章の四つをつける。他につけようとすればジャラジャラと鳴るだけあるが、とりあえず自慢したいところだけ付けた。左胸に収まらない以上の物はどうもしっくり来ない。

 アクファルと妖精である第一師団長を連れて会場入り。自分が一体どんな軍隊を引き連れているのかと主張するには身近なこの二人がいれば目で説明出来る。

 案内先導役にはセデロがつく。心なしかこの青年の顎と胸の位置がいつもより高い。俺がこの猛獣共を連れて来たんだぞとその弾む足音が喋っている。楽しそうでなによりだ。

 大司教区の中心都市だけあって寺院は巨大で、やってきた会議室も規模がそれなりに大きい。窮屈にしなくても百席はある。詰めれば倍はいける。

 最も正面の奥の席――机みたいな特大!――には軍服と修道服を合いの子にしたみたいな服装の聖女猊下が男のように股を開いて座り、隣には懐かしのルサンシェル枢機卿が緋色の僧衣でいる。

 ルサンシェル枢機卿の肩書きはメノ=グラメリス枢機卿である。ここグラメリス大司教領と、他複数の聖領と聖属的俗領を包括してメノ=グラメリス枢機卿管領として王号にも匹敵する権勢を持つ地の統治者。神聖教会の、聖都的な聖職者というのは外から見ると封建貴族の一形態にしか見えない。

 そのお偉い二人を正面に、両側面の席の向かって左に聖職者、右に諸侯と並んでいる。

 セデロは左側の、聖職者達の席列の末席に座った。修道司祭という肩書きはこの中では大層に下だ。司教が雑魚扱いである席なら尚更だ。

 自分はどうするか? 諸侯側の椅子を持ってずらし、聖女猊下の真正面に座る。隣の席にはアクファルが運んだ椅子に第一師団長が座る。アクファルは後ろに控える。抗議だったら、七万以上の軍勢を動員したなら受け付ける。

「ようベル坊、元気か?」

 この発声、聖女猊下である。体躯が心底デカいので特注の椅子に座っても膝頭が卓より上に出ている。

 彼女はヴィルキレク王子の事をたしかヴィル坊と呼んでいたと思い出す……信頼の情を寄せてくれていると考えて良いか?

「元気ですよ猊下」

「隣の小さなお友達が噂のラシージか?」

「いえ、こちらはマトラ人民義勇軍第一師団、師団長ゾルブです。ラシージは現在セナボンを攻撃中であり近いうちに成果を報告してくれます」

「セナボンか。流石に時間が掛かりそうだが?」

「現地におりませんので確かな事は言えませんが、魔族を除けば世界で一番早くに攻略してくれます」

「そうか」

 途中で”つけ上がるな”等と横から口を挟んでこないかと聖職者に諸侯等を見ていたが、聖女猊下ご発言中に口から息する事すら天罰に値するかのように皆口を塞いでいる。ちょっと締め付けがキツ過ぎるんじゃないかな?

「さて、主だった者とその代理は揃っているな。我々が今何をしているかを説明する。良く理解し、何が必要であるか考えて行動しろ。命令以外の行動を取らなくて良い等と勘違いするな。お前等のところの使用人だって一々指示しなくてもやる事は分かって行動しているだろ」

 頭からこれか。超恐い。やれなきゃお前等使用人以下だって言っている。

「南部フラル地方で行動を起こし、敵意を物心共にフラル側に集める戦略的な陽動を今我々は行っている。それからエデルトが南進を開始する」

 ざわつきはしない。しかし独り言でもいいから言葉を発したいと思って、そして飲み込んで苦しそうにしている出席者の顔が伺える。

「奪う領土はいわゆる”北領”、南エデルト地方だ。父達の時代に起きた北領戦争のやり直しをする。

 これだけ聞いたのならば私がエデルト出身で、そこの王女で、職権を濫用していると思えるだろう。実際にその通りだが、これと同時に神聖教会の聖なる義務を達成することができる。

 この戦争によって全ての聖領と俗領との重複を解消することにする。貴卿等も知っての通り、かつての聖王領の多くで聖と俗とで権益が重複しているという馬鹿な事になっている。それらを聖領が上位となる形で解消する。

 俗人が侵している聖領を正しい姿に戻す聖なる戦い、聖戦だ。聖典や前例から外れた行いではないかと危惧する者もいようが、私が確かめた。問題無い」

 諸侯はともかく、大義も実利もあると理解してか聖職者達の表情が良くなっている。

「神聖公安軍各部隊の牧師長という指揮官級の者達に担当区域が割り当てられる。既に派遣されている牧師長、それからこれから訪れる牧師長、彼等は私の代理だ。手厚くもてなす必要は全く無いが聖なる任務について行われる相談については全力で協力し合うように」

 羊という名の僧兵を率いる牧師達の長か? 羊という民衆を統べる牧師たる僧兵達の長か? とにかく味わい深い名前だな。

「各司教、大司教は予定通りに僧兵と資金と物資を神聖公安軍に提供し続け、便宜を図るように。また聖戦軍が雇っている傭兵達へも、場合によっては神聖公安軍を後回しにしても要請があれば提供するように。協力諸侯等も神聖公安軍と聖戦軍からの協力要請には良く応えるように。またその伝手でもって早急に我等に降伏するよう、帰順するよう各所へ連絡をするように」

 ここでは姿を見ていないが、他にも聖戦軍下の傭兵がいると聞く。聞いた話ではエグセン地方や北領こと南エデルト地方でも敵中孤立している聖領防衛の任務に動いているらしい。

 それから聖女猊下の指示で破壊した都市へ割り当てられる新司教の任命がされ、協力諸侯がどれだけ移民を出すか割り当てる細かい話に進む。移民を出した分は寄進と見做すとした上で、それぞれにやっと発言が飛び交うようになる。そんな細かい数値調整は我々にとって知った事ではないので暇になる。

 ルサンシェル枢機卿がこっちに小さく手を振ってきたので返す。前に見た時より顔付きが大人の男らしくなっている。あの頃は若かった。

 暇だと思ったら伝令が入ってきて、聖女猊下に耳打ち。猊下が笑う。

「朗報だ、皆聞け。ペシュチュリア共和国より我々へ協力申し入れの打診があった。賢く敬虔な彼らと手を結ぼう」

 拍手が鳴って少しずつ満場で打ち鳴らされる。元々聖領の影響が強いフラル地方のことなので、ある程度形勢が傾けばこのような事態は予想されたが、まずめでたい。

「これもベル坊、お前の兵隊の迅速な制圧によるものだ。凄い、偉いぞ」

「猊下、それでしたらイスタメル海域提督セリンの戦果でもあります。かの共和国をジャーヴァル戦役時に締め上げて今日まで弱気にさせていたのは彼女の海軍働きがあってこそです。私から感謝の手紙を送っておきます」

「そういえばセリン提督とお前は同僚だったな。あの時の事も懐かしい。よろしく伝えてくれ」

 聖都までアソリウス島騎士団総長の……何だっけ、聖女猊下にぶん殴られて面白い事になってたあの爺さんを処刑しにいった件。確かに懐かしいな。

「勿論です。定期的に手紙を送れとうるさいので良い話の種になって文章に困らなくて助かります」

「流石は魔神代理領の名将だ。魔族と仲良しだな」

「内縁の妻ですので」

 聖女猊下が百人程で囲む巨大で長い卓を下から蹴り上げて浮かせて笑い、肩を手で押されたルサンシェル枢機卿が吹っ飛ぶ。列席者も跳ね上がった卓に腕や顎を打たれて悶絶しているのはさて置き、信じられないものを見る目を向けてきた。

 ここにおリンちゃんを連れて来たらどうなるだろう? 照れてしおらしくなっちゃうのかな。もじもじして照れ笑いしながら服の肘と袖とか掴んできそうだ。いつもそんな感じなら苦労無いのにね。

 あの糞女、これから遠征で年単位で会えないって言ったらバシィール城の壁に八つ当たりで穴開けやがった。殺されそうだったから腹に銃弾二発ブチ込んでもそれから硝子窓を十二枚も割りやがった。魔都で買った高級品をあの化物め。折角城を少しずつお洒落にしてたというのに。

 聖女猊下が腹に響くような太鼓並みの音で手を叩く。

「流石はベルリク=カラバザル先生だ。とんでもない事をやってくれるな。平和になったら結婚式でもしてやろうか」

「お気遣いは有り難いですが、アマナであちらの家族が揃ったところで済ませております」

「アマナ? あーあー、東大洋の先にあるって噂の国か。大きな話だな? え? 全く田舎で燻ってないで外に出て正解だったな。退役しなかったら良くてお前、便所掃除が関の山だったぞ」

「全くです」

「リシェルの戦死もあながち無意味じゃなかった。あの件は気にしてないからな」

 これには返事し辛い。エデルト野郎が何人死のうが知らないが、大好きな聖女ヴァルキリカの弟が死んだとなれば気持ちは変わってくる。

「そうそう、いつやろうかと思ったが今にしよう」

 聖女猊下がこちらへ何か放って寄越す。そこそこ距離があるので受け取った時にそこそこ手が痛かった。菱形に収まった剣に、首無し竜と槍と人面と鈴蘭の意匠が加わった記章だ。

「ベル坊、今日からお前は聖剣騎士団員だ。こいつは聖なる神の剣だって証明になるから信者相手にくっちゃべる時にぶら下げとけば都合が良いから使え。こいつは実績無しに貰えるもんじゃないから自慢になるぞ」

「これ有名ですか?」

「大戦後にこいつを貰った奴が社交場回って自慢して歩いたもんだ。余程の田舎もんじゃなきゃ分かる。セデロ」

「はい!?」

 突然に声をかけられ、吃驚したセデロの手元に鞄が放られる。何とか「ウッ」と彼は言いながらも腕と胸で掴んだ。そして中身を取り出すと、緋色の僧衣である。

「お前は今日から世にも珍しい修道枢機卿だ。枢機卿ってのは知っての通り血筋重視だし担当地方の面倒を見る役割があるからそうじゃなきゃならない。だからそこらの平民出身の枢機卿なんて前例はまあ無いな。修道枢機卿に担当地方は今はない。お前の立っている場所が担当だ。良く先導することだ」

 セデロが泣き出して、何か言おうとしているようだが感激し過ぎて唸ってるようにしか聞こえない。

「しかしお前が言いふらしている”神の鞭”ってのは面白いあだ名だな。いいぞ、褒めてやる。ああベル坊、お前改宗するか? した方が書類がやり易いんだがな。信徒前提で処理するよう書式や行政手続きが組んであるんでな。教会戸籍と照会するんだよ」

「そこは我慢して下さい。あ、父は改宗したんですか?」

「知らなかったか? 再婚する時の条件だったらしいぞ。報せてないのは気にしてないからだろ」

 こんなところで親の改宗を知るとは変な感じだ。

 そうこう喋っている内に伝令が入室。妖精なのでこちらだ。

 伝令が敬礼、返礼。

「将軍閣下、ラシージ親分より伝令です。フュルストラヴ公領セナボン、陥落しました!」

「良くやった!」

 皆がどよめく。昨日今日の早さで一大都市の陥落なんか報告されたらそうなる。

「防御拠点とするため防御施設は残して住民の虐殺を行うとの事です。詳細をまとめた経過報告書になります!」

 伝令が防水鞄から取り出した、革表紙に挟まった書類を受け取る。

 またどよめくが、驚き以外が色々混じって暗い感じ。虐殺のところだな。

 多数の敵対住民を抱えて都市を守備することなど困難極まる。ならば虐殺して減らし、占領費用を抑えるのが賢い。追放程度では郊外で民兵化するのでやはり皆殺しが妥当。

「殿は頼むが死守はするなと伝えてくれ。ご苦労」

「はい! 失礼します!」

 伝令が敬礼、返礼、退室。

 しかしいくら大砲が優れているからといってこの陥落の早さはなんだ? セナボンは現代的に要塞化されているはずだ。

 ラシージが少し無理して魔術を使ったか? それともほとんど警戒されていなくて、大砲を使わなくてもそのまま歩兵が市街地に乗り込んだか? 会議中なので経過報告書を熟読する訳にもいかず、ソワソワしてくる。早く終わんねーかなこれ。

「素晴らしい報告が聞えたぞベル坊。早い内に聞かせてくれると聞いたが事実以上だな。

 そこでだ皆聞け。この調子では占領統治の為の神聖公安軍の動員がもっと必要だろう。この占領速度は流石に予想を超えている。驚異的に早い、早過ぎてわけが分からん。今以上の早さでの動員が欲しいがそれは不可能だ。無い袖をどうこうしろとまでは流石の私も言わん。占領地を広げ、敵中孤立状態の聖領と接続するという方法での実質増員が手堅いが、戦況が進まなければどうにもならない。

 であるから、もう少し戦況が進捗してから行おうと思っていた策に出る。協力してくれる敬虔な諸卿等に軍を出してもらい、降伏を受け入れたところから捻出させた軍を督戦する形で前線や治安維持活動に出て貰う」

 諸侯達が微妙も微妙な顔をする。直接前線に出ろと言われた方がまだしっくり来るだろう。

「これで治安維持の負担も減って戦力も増える。諸卿等が直接戦う必要は、必要に迫られぬ限り必要ない。あくまでも鉄砲玉に戦うのは改心した彼等、故郷に家族を残している彼等だ。改心した証を見せるためにも良く働くはず、いや働かせろ。そのように布告しよう。そして諸卿等はそのように動員せよ。また軍を動かすまでに時間はあるはずだ。良く良く自分の兵士にそのような訓練を施せ。

 古い手法の、奴隷兵士の戦わせるやり方程度でいい、難しい事はするな。槍先で背中を突いて突っ込ませろ。ただただこちら側ではない者同士ですり減らし合わせればいいだけだ。最悪勝利は不要だ。勿論勝利した分だけ褒賞は約束する。論考行賞では持ち上げてやろう。

 この度の戦争で多くの敵方の諸侯達が領地や称号を失う事になる。そして必要に応じて新しい称号を聖皇聖下の名の下で発行する事もある。場合によっては王号付与もあり得る。流石に聖王号となると厳しいのは諸卿等も分かっていると思うが、普通の王号ならば努力次第で手の届く範囲だ。これは手の届かない、鼻先にぶら下げられた人参ではないぞ。戦後統治というものがあるな。

 今までのような無数の諸侯が独立しているんだかしていないんだか半端な立場でのさばらせてきたがこの聖戦の戦後はそうはさせん。王領単位に分割する。

 新たな王冠を被るのは誰になる? 私が優秀だと認めた者以外誰がなる? 王領の管理を任せなければならん。管理するのは有能な者に決まっている。無能はその座に不要だ。

 古き伝統の王冠ならば血統を良く吟味するべきだろう。だが今私が言っているのは新しき、今から作られる王冠だ。そしてまたは緋色の衣だ。吟味されるべきは何か? 何も難しい事はないな。邁進しろ。解散だ」

 息を殺して聞き入っていた諸侯達にまさかの大躍進の好機到来だ。解散と同時に遊んではいられないと席を立ったり、背後に控えさせていた秘書や副官に息子などなど、相談役と目を剥いて話し始める。一瞬で嵐でも到来したかのような慌しさだ。

 一部諸侯はこちらに目を向けて王冠に手でも掛けるつもりなのか進んでくる。

 面倒臭い。種類の違うお前等の兵隊となんざ日程合わせて協調なんか出来ねぇから今話しても糞にならん。目下の予定は出来るだけ早く浸透して足場を固める、それに尽きる。現場近くで会ったらお話でいいだろうが。

 会議室からやれ急げと出て行く人の波に逆らって、股下を潜るように素早く妖精の伝令がやってきた。

 伝令が敬礼、返礼。

「将軍閣下、第二師団師団長ゼクラグより伝令です。ヴァリアグリ方伯領オペロ=モントレ城破壊後、同方伯の降伏を受け入れました!」

「素晴らしい報告だ」

 こちらの話に耳を向けていた者達から感嘆と驚愕の声。これでフラル地方の東半はこちらに落ちたも同然。

 第二師団と合同で進む第四師団、この二個師団は沿岸部から聖領側の海軍からの補助を受けているので動きが内陸より早いのだ。ヴァリアグリは沿岸州だから尚更海軍の影に影響されただろう。

「次の朗報を期待していると伝えてくれ。ご苦労」

「はい閣下! 失礼します!」

 こうして伝令が時間を稼ぎ、アクファルと師団長ゾルブが両脇に立って壁を作り、うるさいのを遠ざける。

 今になってようやく感動から立ち直ったセデロが、いつの間にやら復活していたルサンシェル枢機卿に手伝って貰って緋色の僧衣に袖を通し、また泣き崩れた。こりゃしばらく使い物にならんな。

 機嫌の良い顔をして聖女猊下が、一番背の高い聖職者の頭でも脇下に留める姿でこちらまでやって来た。席を立つ。

「今のチビ伝令は何て言ったんだ?」

「ヴァリアグリ方伯領オペロ=モントレ城破壊後、同方伯の降伏を受託ですね」

「今日はお前の側は離れるなって事か?」

 聖女猊下が自分の頭に肘を乗せて顔を覗きながら体重もかけてくる。首が潰れそう。どうせなら顔におっぱいでも当ててくれればいいのに。

「何だったらついてきますか? 城壁に穴開けた時の先駆けをお任せしてもいいですよ」

「ハッ! そんなものやりたい時にやる。そうだ、忘れそうになった。ついて来いベル坊」

「はい」

 聖女猊下の高くて広い背中についていく。アクファルとゾルブ、ルサンシェル枢機卿に背中を押されるセデロもだ。

 聖職者や諸侯等が出る方とは別の出入り口から裏側通路を通る。

「良い奴を紹介してやる。特にエグセンの諸侯や地理に詳しい。所構わず踏み荒らすだけではないのなら役立つぞ」

「地理案内人は嬉しいですね。敵と敵地が分かる人間は名将より欲しいもんです」

「それは良かった」

 案内された部屋、応接間に通されると中で一人待っていた。暇をしていたのか壁の絵を見ていたが、入室に気付いて振り向き礼をする。

「こいつが名将より価値のあるジルマリアだ。役に立ててくれ」

「初めましてグルツァラザツク将軍。一通りの経歴を調べさせて頂いております。どうぞよろしくお願いします」

 名将以上の者は眼鏡をかけた無愛想な修道女で、頭巾越しでも剃髪して丸めた頭が分かる。そして何だかこう態度が野暮ったい。良く姿を見せようという気構えが無い、陰気な学者肌。

 しかしそれにしてもだ。

「良いケツしてるな。馬みたいだぞ」

「ご立派です」

 女のアクファルも言うとは本物だな。

「口説くのは自由だ」

 ジルマリアは聖女猊下を睨む。おお、それが出来る仲か。

「出家したわけじゃないだろ」

「そのようなものです」

 ルサンシェル枢機卿が肩をツンツンしてきた。

「彼女とは神学校で同期だったんですが、結構な怒りん坊なので気をつけましょう」

「これは適切な助言を。ルサンシェル枢機卿」

 こう言われては仕方あるまい。

 ジルマリアの近くまで行く。

「私は南から北まで、フラル人、エグセン人、南エデルト人、とにかく敵を轢き潰し、我が部族の”息子達”に飯を、そして我が盟友の妖精達に勇名を与える為にやってきました。降伏には応じますが基本的に私は焼き尽くして殺し尽くすつもりです。それでもよろしいのならばジルマリアさんもご一緒下さい。楽しいですよ」

 右手を出す。

「仕事ですのでお構いなく」

 冷たく一瞥をくれただけで握手が返されない。

 ということで右手をもっと奥へ伸ばして正面からケツを触る。

「なんと」

 とセデロ。

「あっ!」

 とルサンシェル枢機卿。

「お?」

 と聖女猊下。

 ジルマリアが殴って来たので左手で受け止める。訓練の程度は悪くなく”女の細腕”ではなかった。止めるのではなく押さえ込むように押し返さなかったら勢いを殺せなかった。

 アクファルは無言で刀を抜き払い、ゾルブが短剣を抜いたが右手で止せと振り、刀も短剣も鞘に収まった。

 これまた結構な痛みで、骨に響くくらい熱くて痺れる。手の甲を突き破って刃が見えているのだ。暗器とはこれまた……。

「なあジルマリア」

 空いている右手で腰に手を伸ばして抱き寄せる。

「結婚してくれ」

「頭おかしいんですか?」

「ゆ……る……す」

 聖女猊下の許しが出た。「ハヒハヒ」と窒息寸前に笑っていても許しは許しだ。

「これはジルマリアさん、おめでとうございます。友人として貴女の行く末は中々心配だったのですがこれで一安心です。聖なる神のご加護の賜物ですね。祝福しましょう」

「雷にでも打たれて下さい」

 ルサンシェル枢機卿も祝福してくれている。権力者が言うんだから尚更許されている。

「初めまして、私はアクファルと言います。兄とは異父妹であり、戸籍上は養女となっております。差し支えなくてもお義母様と呼ばせて頂きます」

「誰が母ですか」

 アクファルもまたこういった言葉を喋るようになってきたか。成長しているな。

「マトラ人民義勇軍を代表しまして第一師団長ゾルブがお祝いの言葉を述べさせて頂きます! この度はご婚約おめでとうございます! 最大の我等が英雄、第二の太陽、無敗の鋼鉄将軍、鉄火を統べる戦士、雷鳴と共に生まれた勝利者、海を喰らう龍、文明にくべられし火、ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジン国家名誉大元帥の奥方となれるジルマリア様は我等マトラ妖精の至宝とも言い表されます! 我等一同、一兵一民に至るまで事あらばこの身散華してお守り致します!」

「何それ? 頭痛い……」

 ゾルブもまた何やら派手になった称号と共に、捨て身でジルマリアを守るという報告をした。覚悟の宣言なんて生温いものではない、あれは報告だ。

「神よ、私は無力なのでしょうか?」

 信心は浅そうだが、ジルマリアは唯一救ってくれそうな聖なる神に問う。

「返事を聞かせてくれ」

「嫌です」

「そうか」

 ジルマリアから離れる。血がダラダラ流れる手をアクファルに向けると応急処置が始まる。暗殺ぐらい常にありそうなのでアクファルは治療道具一式を持っているのだ。強い酒に浸した綿で傷口をゴリゴリ洗うのでかなり痛い。出血というか、若干の出肉。

「おーほほ、痛ぇ痛ぇ。結婚の話は後回しで良い。ちょっと待ってくれ。仕事の方だ」

「は?」

 凄くイラっとしている顔が可愛いね。痘痕も笑窪。

「お似合いだと思うけどなぁ」

 聖女猊下がジルマリアの剃髪頭をグリグリ撫でる。

「似合っていません」

「私は釣り合う男がいないから羨ましいよ」

 聖女猊下がルサンシェル枢機卿の肩を叩いて、そして共に去った。彼女は王女で聖女で美人で可愛くて力が強くて賢くて巨体で権力と財産に軍隊を持っている。魔神代理領の大宰相とかどうだろう、吊り合ってはいないか?

 茶番はさて置き、ラシージのセナボン攻略戦の経過報告書が読みたかった。手が痛いからゾルブに持って貰って読む。図説付きだ。

「ちょっと将軍、結婚は嫌ですからね」

「ああうん、静かにしてくれ」

 ”セナボンに対して騎兵隊による夜襲を敢行して成功。下馬し、城門へ突入して橋頭堡確保。この時点での敵守備隊の規模は少数、警戒は非常に緩い。後続の歩兵隊が外塁へ侵入して制圧する。

 外塁の高台を利用し市街地戦用の砲台を作成して威嚇砲撃。降伏勧告を出すが返答無し。順次降伏勧告を出しながら市街地を砲撃。

 攻撃準備砲撃による先導を行い、協調する歩兵隊によって市街地を順次制圧。投降者は受け入れた。

 絶えず出していた降伏勧告に応じなかったのは責任者不在が原因と判明。

 投降者については、投降さえ受け入れれば殺さないという噂の為に壁外へ解放。その前に降伏しなかった場合の住民虐殺の様子を見させる。

 以後は別命あるまで要塞設備の強化と防衛用焦土地帯の拡大に努める”。

 開戦以来の迅速な侵略と短期攻城戦が功を奏した!

 夜襲で城門奪取とは素晴らしい。正門が頑丈に閉まっていても通用門があり、爆薬でも仕掛けて起爆すればそれで開通だ。妖精達の騎兵隊はどちらかと言えば騎乗歩兵隊であるので特徴が活かせている。寝ぼけ眼で油断している守備隊を殺して正門を開ければそれでお終い。

 外塁も外の敵に向けたものだ。外の敵を排除する前に裏側へ侵入されてしまえばただの地形になる。しかもそれを生かして砲台にして市街地へ砲撃している。

 外塁よりも市街地を高台にする構造ならまだ日数は掛かったと思うが、この速度なら大体同じ高さだったか、工兵が土台をある程度こしらえる程度で済んだのだろう。報告書には書いていないが射角をつけての曲射、間接射撃かもしれない。これは確保した城門、城壁の上から弾着観測は出来るだろうから外塁が低くてもラシージにマトラ砲兵ならやってしまえるか。やっぱり日数はかからないか。

 後は大砲が使えない守備隊に対して砲撃を浴びせた後の歩兵隊による攻撃だ。これで負けたら恥ずかしい。

 投降者と住民への対応も指針通りの対応である。

 そして敵が容易に攻撃を仕掛けられないように周辺の村に畑を焼いて橋を落とし、攻略容易な拠点は破壊して敵に使わせない焦土戦術を実行、とある。

 完璧だ。自分如きがラシージの仕事に文句等つける隙は無かった。やっぱあいつは最高だな。

「ジルマリアも読め。これが俺のラシージだ。顔合わせは先だろうが知っておいてくれ」

「はあ」

 ジルマリアが経過報告書を読む。

「お兄様」

「よしありがとうアクファル」

 手当てが終わって少ししてジルマリアが経過報告書を読み終わった。

「あのセナボンを一夜とは、奇襲とはいえ恐ろしい早さですね」

「早速だがこのラシージ宛てに北からの攻撃を防衛するに適切な焦土地帯の作り方を助言してやってくれ。この街は焼き払った方が良い、この橋は絶対に復旧不能なまでに破壊しないといけない、ここは川だが浅瀬があって障害になり難い、この道は軍隊が通るにしては細い、ここは穀倉地帯だから焼き尽くさないと敵軍が近場で粘ってしまう、などなどだ。雨の多い時期や風向き、季節毎の天候の推移もだな。エグセン地方全体とかではなくこの地域特有のこんな天候がある、という細かいのも全てだ。しなくても良くやってくれる奴だが無いより良い。土地の専門家の本領を見せてくれ」

「初仕事になりますね。まとめた後に資料を送ります」

「一応言っておくが敵に手加減するんじゃないぞ。泥沼の戦いをわざと引き起こして戦うのは俺の趣味にあっているが、今は君の実力が見たい。情け容赦はかけるなよ」

 顔を近くに寄せてジルマリアの目を見る。断定まではいかないが嘘か、そうではなくても動揺しているかは分かる心算だ。

「当然です」

 正直に語っているように見えた。

「ならば良し。頼んだぞ」

「分かりました。最善を尽くさせて頂きます」

「相談があったら誰にでも言え。俺の軍なら俺の名前を出せば何でも大丈夫だ。ナシュカっていう妖精の料理長を除けばな」

「……はい将軍」

 今日はここグラメリスにお泊りだ。仕事に専念させてやろう。部屋の扉に手をかける。

「聖なる神と聖皇そして聖女、その意思に逆らう者達には焼けた鉄の茨鞭が振るわれます。ジルマリアさん、貴女も今日からその一本ですよ」

「……はいセデロ猊下」

 扉を開けて、一つ思い出した。

「そうだ、夕食は俺の方に来い。ナシュカの料理は冗談抜きで世界一美味いぞ。本当だ、こっちで食う飯がただの餌だって気付かされるぐらいだ」

「……仕事がありますので」

「分かった、持ってこさせる。本当に初めて食ったら泣くくらい美味いぞ本当だ」

「……分かりました。呼んでくれれば行きます」

「よし。アクファル段取りしとけ」

「はい」

 今日は良い日だ、間違いない。

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