ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー 作:さっと/sat_Buttoimars
左手の具合を確かめる。握ってみて、開いてみる。痛みは和らいできている。
ウルロン山脈中央、その南麓に我々の主力本軍が到着した。
斥候からウルロン山脈中央界隈の諸侯が団結して連合軍をまとめ上げ、集結地点をアピラン市に定めて行動中という報告が上がってきている。
同時にカイウルク軍が、その各地より集まってきている諸侯の部隊に対して襲撃を繰り返して各個撃破を試み、撃破せずとも合流を遅延させているという。
敵が何かする前に阻止してバラバラにする。我が軍の部族騎兵が取るべき基本方針の一つである。高い機動力と騎乗射撃能力を前提に一撃離脱が可能であるからこそ、手軽にあちらこちらへ仕掛けることができる。
これが剣一本、槍一本で突っ込むだけの農民騎兵なら行動も慎重になり、戦果はそれなりの少ないものになってしまうだろう。
強行、威力偵察ができるって素晴らしい。一方的に相手をぶん殴っているも同然だ。
体があまり大きくない草原の馬は山にも向いている。単純に体重が軽いので足への負担が小さい。そして部族騎兵は軽装備だし、体重の軽い子供も乗っている。それから乗り換え用の馬も一人で何頭か持ち、戦いで減らしても敵から奪って補充もする。
これが獣人奴隷騎兵だったら夜戦能力がついてくる。
どうしようか、ニクールの獣人達全部まとめ買いするか? まだこの傭兵稼業で食えるか決まったわけじゃないから際どいところか? ナレザギーの方で買って補給業務を円滑にして貰う方が良いか?
夜戦用の大規模部隊が何だか欲しくなってきたな。高級の獣人奴隷じゃない中級? くらいの奴隷を買って数を揃えるのも悪くないかな。後でニクールに手紙でも出して聞いてみようか。
アリファマ率いるグラスト分遣隊だが、補助用の部隊を少しつけて主要街道から少し外れたいくつかの拠点を滅ぼしに行って貰っている。何れも降伏勧告の手紙を無視したか、拒否したようなところ。
アリファマとも話したが、あちらは五百という人数もあるが、通常装備の兵士との連携もやや難しいので、まずは拠点攻略可能な軽歩兵、山岳兵として別行動を取らせる事にした。故郷の氷土大陸でも高地訓練を実施している彼等にとってこのウルロンの山々は暖かな丘陵のようなもの、であるという。
グラスト兵は大砲という重量物、足手まとい無しに歩兵としての高機動大火力を発揮できるのが強み。狭隘な地に建つ山岳要塞相手でも引けを取らず、引き篭もっていれば難を凌げるだろうと高をくくっている連中を叩き出している。
山城攻めが終わり、山脈を越えてエグセン地方に入ったら彼等にどう働いて貰おうか? 戦列前面に押し出して疑似歩兵のような役目を負わせるより、主戦場の外で特殊工作を行って貰うのが良さそうではある。この、大火力の集団魔術部隊という特殊な存在を、自分は使いこなせるだろうか?
間も無く、敵の集結地点。
■■■
そして敵軍の主力が集結を完了する前に、我が軍がアピランへと到着した。
アピラン市はそこそこ大きな都市で、山岳部で生産される羊毛が集積されて市場を為したのが始まりだとか。また紡績業も盛んであるという。
我が軍を行軍隊形から野戦隊形へと整える。隊列変更開始。
砲兵二個連隊が最前列、射線に被らないように散兵隊形を取った歩兵を二個連隊配置。その後ろに歩兵が横隊隊形で戦列を作った歩兵五個連隊を配置し、左翼を騎兵三個連隊で固める。そして右翼自分、アクファル、シゲに親衛隊一千。後方に歩兵一個連隊を配置する。
あくまでもこの軍の指揮は第一師団長ゾルブが取る。第一師団を良く把握しているのは勿論師団長である彼だ。
自分は設立から編制にまで関わっていない。指揮権の重複を防ぐ為、ゾルブに自分の騎兵隊がいつ出るか、どう動くかの指示は任せている。
総司令官へ突撃命令を下す一軍の長。常識では考えられないかな。
山の諸侯連合は、数が揃ってはいないとは言え待ち受ける形なのであちらの整列の完了の方が早かった。
数が少なくて早く済んでしまったと言うべきかもしれない。決戦前に勝敗は決するものだと思うが、あちらさんはどう考えているかな?
右翼にはまだ自分は行かず、部隊後方の野戦司令所、本陣から敵を望遠鏡で眺める。多く見積もっても敵の頭数は一万そこそこで、騎兵はおまけ程度にしかいない。大砲は持ち運び易い軽砲が少しで二十門以下。
”軍の集結の際に妨害は受けましたか?”と、是非とも火蓋を切る前に意見を聞いてみたい。めっちゃ怒りそう。
こちらは一個師団一万四千に加えて親衛隊一千の一万五千。数だけ見れば、数的劣勢側の将軍が優秀であれば辛くとも跳ね返せない数値ではない。
だがしかし我々の別働軍、カイウルク軍が既に千人隊五つと山岳歩兵が二個大隊先行して作戦行動中だ。今まさに敵の背後にその六千の部隊が出現してもおかしくない状況。
完成してはいない挟撃状態が今、できあがっている。戦前に勝敗は決するものだと思うが、あちらさんはどう考えているかな?
戦場には騎馬したジルマリアがいる。ちゃんと鞍に跨り、両足を横に出す女乗りはしていない。歌劇鑑賞用の取っ手付きの双眼鏡で敵を見ている。
「ジルマリア、戦場見るのは初めてか?」
「小競り合いや包囲戦を見ることはありましたが、陣形を整えての会戦は特等席から見るのは初めてです」
「こいつはな、世界でもっとも洗練されている上に金が掛かって、馬鹿しか楽しめない遊びだ。一緒に突撃したくなったら言え、最前線で見せてやる」
「それは遠慮します」
「お、そうだ、欲しい首があったら早めに言うんだぞ。戦闘のどさくさに紛れれば融通利くぞ。エグセンに詳しいって事は切りたい首の一つ二つあるだろう」
「そうしたいと思ったら言います」
「任せろ。でも生け捕りは流石に注文されても難しいからな」
「でしょうね……一ついいですか」
「どうした?」
「妹さんも戦うんですか?」
側に控える馬上のアクファルを見る。赤い普段着は遊牧民様式で戦に支障無し。弓術用の小手に胸当て、鞍に矢がぎっしり詰まった矢筒六つに合成弓と予備、腰にギーレイ式の刀に拳銃、矢を引く補助をする指輪、植物紋様の刺青?
「アクファル、手、どうした?」
「ナレザギー殿下の部下の方に描いて貰いました。垢と一緒に落ちるそうですよ」
アクファルが右袖を捲くると指先、手の甲から肘の手前まで蔦に葉に花、そして太陽に鷹まで描かれている。魔都やジャーヴァルで、地肌を見せる女共が良くやっていた記憶がある。
「綺麗だな!」
「はい」
ジルマリアが溜息を吐く。女が堂々と戦場に立つお国柄ではない。
「セデロ枢機卿! 降伏勧告をお願いします」
「はい将軍」
セデロが降伏勧告に向かう。聖戦軍旗を騎手が掲げ、セデロは緋色の僧衣、そして馬も緋色の馬衣で神聖教会の枢機卿と一目で分かる姿で敵陣へ向かう。
口で戦うとはいえ、あれも先駆けの一つ。矢弾が飛んでくる位置まで舌先を届けにいく。立派な戦い。
くそ、早く先頭に立って突っ込む頃合が来ねぇかな。こっちは騎兵合戦なんて洋上が長くてまともにやっていないんだぞ。
風に旗が揺られてパタパタと鳴る。それ以外は静かだ。人と馬が鼻を鳴らす程度。
白い雲が目立つが晴れと呼べる程度の天気。少し気温は高く、湿度が低くて鼻が乾く。
「聖なる勅令に刃向かうファニット伯とその諸侯等に告ぐ。我等は聖なる神と聖皇聖下の名の下、第十六聖女ヴァルキリカの聖戦軍である。
こちらの軍指揮官は名高きベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジン将軍。アッジャール朝、ジャーヴァルの反乱帝国、レン朝の軍勢を相手に無敗を続け、百万に届く兵士と民衆を血の海に沈め、街を焼き滅ぼしてきた恐るべき神の鞭であり、南の不遜なる諸侯達を藁のように刈り取りし者。そなた等もまたその藁の一束に過ぎない。
絶望的な死、そして死よりも恐ろしき眼を失う生から逃れたくば降伏せよ。降伏こそが神が汝等に与えた救いであり、それ以外は無い。これは聖なる神の代理人たる聖皇聖下の発言であると心得よ!」
セデロには事前に、これから敵野戦軍に勝利した場合は価値のある捕虜を除いて全て目を抉ると言っておいたのでそれに準じて言葉を修正してくれている。
眼球抉りが神聖教会公認になった。ジャーヴァルからのロシエ帰還兵の眼球抉りは大きな噂になっているだろうからこの手の話は眉唾とならずに通じるだろう。
相手の出方を待って入ると、敵陣の後方から敵の一部隊が戦場へと入場し始める。その動きは慌ただしく、まるで敵連合軍の隊列へと突撃するかのような機動であった。
何事か? いややっぱりか!
先行していたカイウルク軍の一部、我が”息子達”、部族騎兵が敵部隊を狩り立てた狐のように追い込んできたのだ。
連合軍は仲間の受け入れと同時に迎撃態勢を、陣形を見出しながらも取った。戦列歩兵の銃列が構えられ、その射程圏外で部族騎兵達は反転して射程圏外へと逃れる。そして敵陣の側面を取る配置へと付いた。
逃げ込んだあの部隊は敵への援軍ではない。陣形を整える際に序列が立った指揮系統を混乱させる異物。
あれを、一つにまとまった軍隊ならば受け入れる余裕もあっただろう。だが敵は諸侯を寄り集めた連合軍。指揮官が複数居並び、場合によっては戦場で合議制を取らざるを得ないノロマ。簡単に処理できるものではない。
降伏勧告に応じる様子は見られない。後詰に期待でも託すつもりだろうか? どっちにしろ死ぬぞ。
敵の指揮官は先の大戦での英雄的な将軍ファニット伯だ。イスタメルでの戦いで全滅しかかった軍を立て直して撤退させた将軍だから馬鹿な考えは起こさないとは思うがどうだろう。
「将軍閣下、対砲兵射撃開始してもよろしいでしょうか」
ゾルブが進言。そうしよう。
「セデロ枢機卿! 一旦引いて下さい! 砲撃用意。準備完了次第撃て」
「はっ」
セデロ枢機卿が本陣へ戻って来る。その間に各大砲には砲弾、火薬が込められた。
「砲撃開始!」
ゾルブの号令とラッパでの号令。それから連隊長の指示で観測射撃が行われ、着弾修正がされ、射程外から砲撃されて右往左往している砲兵への着弾、至近弾が見えてから効力射が実行される。
圧倒的に射程が長い施条砲での対砲兵射撃は一方的だ。単純に普通の大砲と比べて倍は飛ぶ。この射程に革命を起こした兵器はとにかく素晴らしい。これをシルヴに渡したら一個連隊で二個師団とか撃破しちゃいそう。
敵軍は応急的ながらも、比較的綺麗に陣形を整えていたが、なんとも、この射程優位の状況になって浮足立ち始めた。足元から精神的に動揺している。
戦略級の奇襲、戦闘準備の不足、部隊集結の不備、突如乱入してきた味方、側面を取る敵騎兵、正面からは手も脚も出ない初めて見るような新式火砲。
人間、あるべきものが無い状態を割り切れる程器用じゃない。指揮官がそれをできても末端の雑兵までそれが出来るか? 無理だ。
ファニット伯、そのまま大人しくしていたら何もできず、勇名ごと死ぬぞ。
側面についた部族騎兵が敵の動揺を見てかく乱攻撃を開始した。近寄っては小銃の有効射程圏外から矢を曲射で放っての離脱を繰り返す。
部族騎兵の迎撃に差し向けられたロバみたいな敵騎兵は鈍く走って、届きもしない騎兵銃を構え、刀を振り回す暇も無く矢に射られて撃退される。
次いで先行していた偵察隊がその部族騎兵の攻撃に合わせて狙撃を開始。戦列歩兵のような槍と銃の衾を作れない彼等は、騎兵狩りを得意にする部族騎兵が同時に守る。
敵軍は、このままアピラン市街道を封鎖する構えを取ってもただ撃ち減らされて死ぬだけと判断したようだ。肉の城壁を演じても無駄。こちらの主力部隊を撃破しようと前進を開始した。
敵は、並みの軍隊より前進を促す太鼓の響きが大きいようだ。演奏の始まった行進曲も高音気味で興奮しやすそうに思える。良い軍楽隊を持っている。
それでこちらを粉砕出来れば活路は見えてくるだろうが、判断が遅いな。こっちが大砲を並べる前に動いていればまだ違った。
敵軍先鋒、並んで行進する戦列歩兵にはこちらの砲兵が砲弾を浴びせて血肉に手足、頭部を散らせ始める。対砲兵射撃は中断、戦列破壊へと移行。照準調整は迅速的確。
「ゾルブ、俺は右翼に戻る。後は思うようにしろ」
「はっ、お気をつけて」
砲兵の射線上に出ないように配置された散兵隊形の歩兵二個連隊が前進して攻撃待機状態に入る。
右翼の親衛隊位置へ戻る。
「シゲ、こっちじゃ初めてだな。その長いのは馬上でも使えるんだな」
シゲの戦装束はアマナ式の甲冑。最新式で銃撃に対する防御能力もあるそうだ。髭の生えた総面と東大洋の一字が現された飾り付きの兜が格好良い。
「応、大将! 任せてくれ」
シゲが持つ弓は遊牧民の短い合成弓とは違う、上下非対称の長い合成弓だ。
「殺せよ」
「任せろ!」
敵戦列歩兵の前進速度は中々に早い、歩調の合い方も連合軍とは思えないぐらいだ。事前に合同訓練くらいはしていたのだろうか? 我々を相手取るように意識はしていなくても、違う敵を想定していた可能性は無くはない。
長距離狙撃用の重小銃を装備した狙撃兵が射撃を開始した。立って保持して撃てないぐらいに重く、反動が強い銃。砲に近い。
砲弾で血塗れ、歯抜けになりつつも敵は迫って来る。友軍誤射を避けて砲撃は止み、代わりに重小銃での狙撃、そして敵が危険な距離まで迫ったら通常の小銃を持った銃兵が牽制射撃をし、散兵達は徐々に後退を始める。隣の部隊同士交互に行うので射撃と後退の隙が無い。
こちらの施条式の小銃は普通の滑腔式の小銃より射程が長い。敵は何人も崩れ落ち、後続が仲間の死体を乗り越えて列の隙間を埋める。
連合軍のくせに士気も練度も高めに見える。合同で他所との戦争を開始する準備でもしていたのかもしれない。
聖戦軍からは割と自由に戦っても良いとは言われているが、一つ注意事項として貴族将校の狙撃は控えるように指導が入っている。
貴族男子が死ぬと継承順位が乱れ、場合によっては地域の家族制度が丸ごと崩壊して戦後統治に支障を来すという懸念がある。
捕虜として領主級の者を捕らえることができれば、当該領を交渉で無血降伏させられる。そこまでいかなくても不戦契約を取ったり、領内通行権を取ったりと戦場を徐々に変えられる糸口が見つかる。逆にこれで殺してしまえば終わりなき報復の連鎖が始まって和平への道が遠のいてしまう。
いずれも交渉相手を殺してしまっては交渉ができなくなる、という論理で貴族将校狙撃は控えるようにと指導がされた。また代わりに身代金を取っても良いと言われた。しかも非課税で。
聖女猊下は良くお考えである。戦争も政治もできるからこそのお立場だ。
散兵、そして砲兵が後退する。
そしてこちらの戦列の有効射程に敵の戦列が入った。まだ敵の小銃は有効射程圏外だ。斜め上に撃ったら弾だけは届くこともあるだろうが。
こちらの戦列が一斉射撃を開始。敵が発砲する距離までは冷静に一斉射撃の反復。撃ち合いになってから各個に射撃。
かなりの数の敵貴族将校を狙撃で仕留めてあるはずだが、まだまだ戦闘は続行している。敵の指揮系統が崩壊していない。
こちら左翼の騎兵が迂回機動を開始した。敵軍の予備部隊が対応に動き出す。
そして自分へ伝令がやってきた。
「将軍閣下! 師団長より、正面突撃に合わせて殴れ、以上です!」
「了解だ」
手を前へ振り、親衛隊を先導する。
良い具合に敵の戦列がヘタれて来ている。ようやっと自分達の小銃の有効射程内に到達したが、その前にこれでもかと言う程銃弾を浴びて死体の絨毯を作っている。各諸侯の兵隊達の軍服は色鮮やかで、ちょっと出来栄えが良いんじゃないかと思ってしまう程だ。
親衛隊は敵軍の側面を取りにいく。もちろんそれを警戒して歩兵隊の一部や敵の少ない騎兵が差し向けられる。
馬を走らせながら親衛隊は、甲高く鳴る鏑矢を合図に矢の雨を降らす。アクファルの猛烈な連続射撃、そして「ヌオォー!」と叫んで長弓を、大物とは思わせぬ速度で操るシゲ。
飛距離の出る軽い”飛ばし矢”を曲射で放ち、銃の有効射程圏外から敵兵を矢達磨にする。銃よりも依然として矢の方が手数に勝って軽装歩兵相手なら殺せる。昨今、爪先から頭の天辺まで装甲板で覆う甲冑兵は見かけない。
銃弾の直接的な破壊力に劣っていることは承知している。だからこちらの矢には毒が塗ってある。即効性の神経毒で、矢傷だけなら致命傷ではなくても致命に至らせる。
正面側の戦闘で、戦列歩兵同士の撃ち合いから次へと展開。
こちらの戦列歩兵の隙間から、突撃兵が前へと出る。胸の前へ拳銃を四丁鞘に入れて簡易な防具とし、棘付き棍棒を持った姿。敵兵が何とか生き残って吐き出した銃弾に時折倒れつつも混乱など微塵も無い。
親衛隊は側面攻撃を行う位置から移る。安全距離を確保しつつ、今度は側面ではい背面を取る機動を行う。
アクファルの矢だがギッシリ詰まった六つの矢筒が段々と空になっていく。弦が何度か切れたが馬上であっという間に張り替えているというのに他の者の三倍、四倍の速さだ。
この前アクファルの腕を見たが左右非対称になっていた。指輪を使って弓を引いているが手の皮も一般的な女ではなくなっている。
最初に敵の側面を取った部族騎兵と偵察隊は引き続き敵軍側面を牽制中。
第一師団の突撃ラッパが高らかになる。
突撃兵が銃兵による最後の、やや乱れ気味の一斉射撃を合図に突撃を開始した。両手に拳銃を持って射撃、撃った拳銃を捨て、もう二つの拳銃を持って射撃、拳銃を捨て、棘付き棍棒を振りかぶった時には至近距離からの猛烈な銃撃で死屍累々に敵軍はなっていた。そこで止まるわけもなく棍棒で敵兵は滅多打ちにされて骨を砕かれて死んでいく。
我々親衛隊が狙うのは敵本陣、ファニット伯の美味そうなケツだ。
「突撃隊形!」
刀”俺の悪い女”の切っ先をクルクルと回す。親衛隊ラッパ手が突撃隊形整列のラッパを吹く。訓練通りに親衛隊が二列横隊に近い雁行隊形に並ぶ。
ファニット伯の旗が見えるところ、敵軍の背後へ陣取る。そろそろ矢も尽きてきた頃だ。しかしこいつらあっと言う間に撃ち尽くす速射っぷりだな。
「銃撃用意!」
左手で拳銃を掴んで構える。親衛隊も弓を鞘に収め、拳銃や騎兵小銃など得意な銃で構える。
アクファルは刀を抜きつつも、刀を肘の方に寝かせてまだ矢を放つ。こいつは別だ。
シゲは弓の先の鞘を外して歪な槍に変える。面白い武器だ。それから拳銃を抜いて構えた。
「前進!」
早歩きにファニット伯の後方へ迫る。突撃隊の猛攻への対処に大慌ての中。
「構え!」
”俺の悪い女”を天に突き上げる。
隊形を整えたので各員の銃口は味方の背中に向くことなく構えられている。歩いたまま。
「狙え!」
こちらへの迎撃の指揮を取っている感じの士官を狙う。この距離だと厳しいかな。
「撃て!」
”俺の悪い女”を振り下ろす。
アクファル以外一斉射撃。一斉に銃弾と煙が噴出し、距離もあるせいかまばらだが、敵の後背に銃弾をブチ込んでそこそこ殺した。
間髪容れず、
「突撃ラッパを吹け!」
親衛隊ラッパ手が突撃ラッパを鳴らす。馬を走らせる。
突撃用意を知らせる為に”俺の悪い女”を前へ突き出す。親衛隊も刀を抜いて同じように前へ突き出す。
「突撃! ホゥファー!」
馬を襲歩に加速させる。
『ホゥファー!』
『ウォー!』
「キェエエイ!」
騎乗からの一斉射撃を受けた混乱も冷め止まぬまま、ファニット伯軍の後背へ激突した。激突は前後列の二段。
馬に怯えた敵兵を踏み潰させながら”俺の悪い女”で相変わらずのスルっとした手応えを感じながら敵の頭を削ぎ落とす。兜を被った重装備のものも混じるが鉄ごと頭蓋骨を削ぐ。
弓による射殺数はアクファルが圧倒的だが、肉薄してからのシゲの歪な槍での刺殺数も相当なものだ。刺して引くその動作が凄まじく速い。銃剣付小銃よりも槍として間合いが長い事もあり、銃兵達が鎧をつけていない事もあり、サクサク突き殺す。あの異形のアマナ甲冑姿と「キェエエイ!」という奇声も要因だろうか。
刀で切り殺しつつ、時々拳銃を抜いて指揮統制をしている貴族将校を撃ち殺して敵軍の背中を抉る。
親衛隊員も各氏族から選ばれた連中だ、衝突時からの衝撃に乗ったまま馬を良く操って敵を踏み潰しながら刀を振るって殺しまくって押しまくり、敵を押し合い圧し合いさせてまともに動かさせない。
刀剣撃ち合う中、重い”鎧通し”の矢を使い、兜を被って胸甲を付ける重装騎兵へ乱戦の隙間を縫って射込む者もいる。これは鉄板も抜ける。かなり上手い奴は相手の喉笛を切って、その向こう側にいるもう一人の敵に射立てる。
重鎮、最高指揮官を守る敵には重装備の者も多い。金のかかる兵士は、金が出せる将軍の近くに侍る。その傾向。
身形からして一番偉そうなファニット伯を見つける。指差す。
「シゲ行け!」
「応!」
シゲが馬から飛び降り、弓を捨てて刀一本で敵兵の群れに突っ込む。
「アクファル!」
アクファルは近寄る敵を刀で切りつつもシゲを支援するために残りわずかな矢を連射して道を開く。
自分も拳銃で、敵兵の中から兵士を奮戦させようと声を上げる老兵を見つけて撃ち殺し、あのアッジャールの騎兵小銃を鞘から抜き、ファニット伯に一歩と迫るシゲと、刀剣鍔競り合いで戦う名人らしき警護を狙って撃つ、射殺。
シゲはもう一人の警護に刀を投げつけ、その隙に短刀で持って腹を切って手を突っ込んで腸を引きずり出して振り回す。そして周囲が気圧されたところでファニット伯を殴ってから襟首を掴んで頭を下げさせ、短刀を首に当てながら一気に捻じ切った。一瞬その場の敵兵達の時間が止まったように感じた。
シゲが血の流れるファニット伯の頭を高く掲げる。
「敵将討ち取ったりぃ!」
敵軍には余り理解されぬ魔神代理領の共通語だったが、言葉を越えて意味は伝わったようだ。
程なく敵軍の抵抗は終わった。
■■■
人質についてはジルマリアの助言に基づいて判断する事になった。ウルロン山脈の田舎貴族如きはさほどに価値が無いと思ったが、内紛を起こすために色々と知恵があるそうなので彼女に全て預けた。
「貴族将校は基本的に生かすはずですが」
「あれ? 間違っちゃったかな?」
「私は構いませんが」
怒ると思ったジルマリア、案外怒っていない? 会った頃からの印象だと直情っぽかったが……本当に”私は構いません”なんだろう。
他の、貴族ではない要らない連中は目を抉って、先導役には目を残して解放した。
降伏しなかった奴等に食わせる飯は無いし、そのおぞましい姿を曝け出して恐怖を宣伝する道具になってくれれば良い。勿論、死ぬ気で抵抗して激戦を招いてくれても問題ない。個人的に歓迎する。
奴等の駄馬は補給部隊用に後送した。中には良馬もいるのでそれは馬を失った兵のために補充した。
さて個人的に始末をつける事がもう一つある。
「おいシゲ」
「大将」
「良くやった。大将首を誇れ」
「応!」
親衛隊の皆も手を叩いて、口笛を吹いて祝福。支援はしたが敵の真っ只中に突っ込んで大業遂げて生きて帰って来たというのは素晴らしい事だ。
「こういう時はあれだな。何か欲しい物があったら言え」
『おー?』
親衛隊がノリノリに声を合わせて煽る。
シゲが土下座をした。改まったな。
「であるならば! 妹様を俺に下さい!」
そうきたか。
親衛隊の方というと、反応は一様ではない。彼等は各氏族代表のようなもので、部族長の唯一の肉親であるアクファルを娶ればどんな小氏族でも貧乏家族でも一躍上位に食い込めるとハッパを掛けられて来ている奴等だ。
常に自分の側にアクファルがいるので余り目立って軟派な行動はしていないが、口説こうとしたり贈物をしたりと頑張っている若者は結構いる。だから押し黙ったり、憤ったり、泣きそうになったり色々だ。
「俺はなシゲ。アクファルにはお前が相手を自由に選べと言ってある。だから、おいアクファル、どうだ」
敵の死体から回収した矢の点検解体作業をしていたアクファルに何百という視線がいく。
アクファルは矢を一本手に取り、ユラユラ揺らす。
「これ」
と一言喋り、矢の点検解体作業に戻った。
「だとよ」
シゲは頭を上げて苦しそうに唸った。親衛隊も、うーん、と首を捻ったりしている。
少なくともアクファル並みに弓が上手くなったらと解釈出来る。年々腕を上げているアクファルに追いつき追い越すというのは中々、厳しい事だ。本当に行き後れになってしまわないか?
死んだトクバザルの叔父とも話したが、最悪こちらで嫁に取るか? いや、血が近過ぎるが。
あれ、行き遅れ何歳からだっけ?
■■■
ウルロン山脈南麗を突破し、弱小諸侯を脅し焼き払って蹴散らし、遂にあの場所に到着した。
後方連絡線は完全に確保され、ニクールの夜間物資輸送も現時点では順調らしく腹の減り具合は気にならない。
ここは万年雪を被らない程度に高い場所にある関所だ。ファニット伯の連合軍撃破後に武装解除された関所。
ここに来ると笑えてくる。結構な年月が経ったが、まだここにいた。出世していないのか出世しようもないのか。
「よう! 覚えてるか? 大戦終わったあたりで北からここを抜けた元エデルト軍士官だ。あんたが紹介してくれた貴族にファニット伯がいたな。俺の部下がその首を捻じ切ったぞ!
一人で北からここを通った俺が、今度は南から自前の軍隊連れて帰って来たぞ! 名前はベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジン! セレードそしてレスリャジンの男だ。ハッハー!」
かつて、関所越えの時に世話になったハゲのおっさんにタリウス金貨詰めの袋を投げて渡したら、重過ぎたか手から滑り落ちた。
馬に跨ったまま関所を通過。ここから先は”中部”とも西側世界の者達に、雑に呼ばれるエグセン民族が主に住まう、エグセン文化圏のエグセン地方。