ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー   作:さっと/sat_Buttoimars

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10話「蒼天の囁き」・ベルリク

 左手の具合を確かめる。握ってみて、開いてみる。痛み無し。

 拳で地面を何度も、段々強くしていって殴る。最後に全力。大丈夫だ。

 我が主力本軍とカイウルク軍はウルロン山脈北麓で一旦合流。

 ここまで敵拠点攻略を主眼に行動してきた。補給路を確立するため。

 ここから敵戦力撃破を主眼に行動していく。決勝点へ繋げるため。

 第二から第四師団、そして指揮官ラシージの存在無くしてこれ以上の領域は拡張困難だと判断する。ここからは北領こと南エデルトまで比較的に平野部が続く。守り難く攻めやすい。フラル地方の完全征服、神聖公安軍の浸透、後背を磐石にした上でなければ容易に動けない。

 攻撃の季節は終り、防御の季節に入る。守るのはここウルロン山脈北麓、山道の北側出入口の一点。侵略の橋頭保。ただし、農民のように拘る必要は無い。

 そして、ただ漫然とこの一点の支配地域に寝転がるような防御はしない。進んで敵戦力を撃破して殺し、大物を捕らえてジルマリアに使い道を指導して貰い、エグセン地方内の親聖都派聖領を助け、また敬虔な協力諸侯を増やす季節だ。

 あくまで防御である。だが常に攻勢を維持する。土に柵と看板を立てて安心するようなことはしない。戦争の主導権は常に我々にあり、敵は刈り取られる藁であり、狩られる兎である。

 ウルロン山脈北縁諸侯は河川交通の要衝であるオルメン市に軍を集結中、と斥候からの情報が入っている。我が軍に対抗するため。

 エグセン中心部の諸侯の一部が、その北縁諸侯へ防衛協力をするという名目で先発させられる傭兵団を雇ってオルメンに送っている最中、と敵中孤立している神聖公安軍からも情報。

 ロシエとの国境沿いの西部諸侯がロシエ王国から武器供与を受けている、と聖女の密偵からジルマリア経由での情報。

 エグセン諸侯の中での大物、メイレンベル伯、グランデン大公、ブリェヘム王が再軍備の為の予算を作っている、とこれも聖女の密偵からジルマリア経由での情報。

 それらの情報を頭に入れて整理していると、蒼天の神が囁いた気がする。

 別に気がふれたわけではない。実際に囁くわけでもないが、宗旨的にはそう解釈するのが腑に落ちる。要は勘が囁いたのだ。

「カイウルク!」

 地図じゃなくて感覚で得た方角を指差す。

「斥候出してあっちの方角を見て来い。何かある」

「あっち? 東だ! 分かった斥候を追加で出すよ」

 

■■■

 

 翌日、進行中の敵がいた東の方角から、追加で出した斥候が替え馬を使い果たし、先行していた斥候から伝言を受け取って戻ってきた。かなりの時間短縮になった。

 内容は”二万を優に越える行軍隊形のフュルストラヴ公軍を発見、街道をオルメンへ向けて西進中”である。

 初期にセナボンを取られたことから精神的にも物理的にも起き上がりが早かったフュルストラヴ公軍が動いている。自領の中核都市セナボンの奪還より我が軍の主力撃破を狙ってくるというのは長期戦の、最終的勝利の覚悟を決めているということである。

 強い意志が感じられる。戦略眼も感じられる。実際にこの行動が愚策になるか賢策になるかは不明だが、成功すれば大博打に勝利するかのような戦果がもぎ取れる気がする。もぎ取らせるわけにはいかない。

「部族軍を集めろ! 潰すぞ!」

 それを叩き潰せば圧し折れる。

 居ても立ってもいられなくなった。何かそう”時”が待ってくれるまで猶予が無いと天から聞こえてくる。

「ゾルブ、オルメン攻撃準備。フュルストラヴ公軍敗北の報せを目安にしろ」

「了解しました」

 刀を抜いて振りかざしてその方角へ馬を走らせる。

「行くぞカイウルク、今だ! 来い、全員来い!」

 カイウルクが反応。

「集合ラッパ吹け! 頭領が出るぞ! 攻撃だ騎兵集まれ! 攻撃だ攻撃!」

「何だぁ!? 攻撃か? 仕掛けるのか!? 行くぞ行くぞ!」

「立て、馬出せ! 出せ、行くぞ頭領が先頭だ、もう走ってるぞ!」

「急げー! 急げー! 恥かくぞ急げー!」

 自分を先頭に、部族騎兵六千が即応して駆け出す。全く、一声掛けたらやってくるまでになったか。

 

■■■

 

 出発より一日目。曇り空。

 東へ向かいながら親衛隊と五つの千人隊にそれぞれ指示を出して勝利を目指す。

 威力偵察を行う斥候が、敵の斥候、伝令を狩って目耳喉潰しを行って戦果を挙げている。

 フュルストラヴ公軍を、その来た道である東側と、森の少ない南側にだけ逃げ道を残す半包囲の形で待ち受ける。

 我々の配置は北側と西側。突撃前の交差射撃で同士討ちをしない配慮。友軍は相対せず、射線を仲間へ間違っても向けないように。

 敵に退路を二方向に用意したのは、東への故郷への帰路を完全に失った敵が死兵となり死ぬまで戦うような気合を出させないため。南側へも開けてあるのは、そこを狩場とするため。

 このまま敵軍が直進するならその作戦で良し。道を変えるなら対応できるし、まとまった軍隊が直進を止めて変針するのなら一時的に行軍隊形より酷く無防備な状態になる。

 足を止めて方陣を組んだら? まずは組ませない。方陣隊形への移行は時間がかかるからそこを突く。

 それでも混乱の中、攻撃を受けつつ整然と方陣を組まれたら、その時は足止めして銃の射程外から射的をしながら嬲り殺しにする。

 砲を展開したなら距離を取ってかく乱攻撃を継続して足止め。主力軍にオルメン市へ集結中の敵軍を先に叩くよう伝令を飛ばす。

 

■■■

 

 出発より二日目。小雨が降る。

 斥候からの経過報告。敵軍は直進しており、長く細い行軍隊形は変わらず。総数は上方修正されておよそ三万と推測される。

 あちらは斥候を狩られており、未帰還という異常事態を把握しているはずだが足は止めず、弾薬を銃に装填して臨戦態勢に移行する様子も現時点で確認されていないそうだ。降雨が原因か?

 油断するような状況ではないはずだがさて? 何かいけない固定観念に敵の指揮官は捉われているのか? 罠を仕掛ける程に入り組んで視界の悪い土地ではないぞ。

 何だ何だ? 開けた地形、こちらは遊牧騎兵、敵は貴族に毛が生えた程度の騎兵……遠くを見通す視力の差か?

 丘に上り、馬の背から立ち上がって周囲を見渡す我が騎兵が見える……敵があれをやるとはちょっと、想像つかないな。

 もしかしたら奴等、斥候が帰ってくるのが遅いなぁ、程度にしか思っていないのではないだろうな。

 そもそも、我々がウルロン山脈を突破した事を知っているのか? 捕らえた斥候、伝令の尋問結果がまとめられた報告書を見れば何とも、知らなかった様子だが。

 どちらにせよ、今この手にある情報から考えるしかない。考えた結果は一つ、攻撃続行。

 

■■■

 

 出発より三日目。明け方前に強めの雨が降り、朝には止んだ。道はそれほどぬかるんでいない。

 待ち伏せ予定地点に到着する。

 敵の斥候、伝令はかなり狩った。尋問結果としては帰りの遅い斥候が続出しており、何か小競り合いに巻き込まれたか農村でも略奪していたんじゃないか、と噂になっていたらしい。

 この時点でそういった証言が取れるということは、我が軍のウルロン山脈突破は埒外であったということだ。

 敵軍の先頭を押さえるのに、街道北側の丘を利用。親衛隊がこの丘の裏に潜み、敵軍の到着を待って丘に上がって弓の威力が活かせる高所射撃を開始した。ここが攻撃の起点。

 北側へカイウルク指揮でレスリャジンとスラーギィの千人隊を迂回させ、敵の視界外へ出るように移動して側面を取るようにさせる。

 街道正面にプラヌールの千人隊を据える。親衛隊より後方。

 南西方面にムンガルの千人隊を据える。こちらも親衛隊より後方。

 南部側の平野部には敗残兵狩りのカラチゲイの千人隊を待機させる。敵戦力の撃退よりも頭数の激減が望みだ。土地勘のある敵の逃亡成功率は高いはずだ。

 

■■■

 

 三日目の昼前には敵先頭集団が良い位置に到達した。

 信号弾を発射させる。上空で炸裂し、大きな音を鳴らして空に黒い煙の点を残す。

 これを合図に親衛隊は丘を上り、街道沿いに細長く行軍隊形を取るフュルストラヴ公軍を見下ろす。

「攻撃開始!」

 刀”俺の悪い女”を振る。

 弓による射撃が開始。威嚇、混乱効果を狙って甲高く鳴る鏑矢を多目に混ぜている。

 敵は全くの非戦闘体勢で、座りの悪い的のようにパタパタと倒れ始める。兵が倒れ始めているのにしばしそのまま行軍が続いたぐらいに不意打ちが成功している。

 騎兵を優先して射る。騎兵に初期対応されると面倒だし、矢が刺さって馬が暴れれば敵軍の隊列はさらに滅茶苦茶になる。

 慌てて敵の部隊指揮官達は号令を出し、何とか兵隊を整列させ始めるが、兵士達が慌てて行っている弾薬の装填は鈍い。指揮官が焦り丸出しに怒鳴って「装填!」だの「構えろ!」だの、気も早く「撃て撃て!」と怒鳴っているのだから見っともない。

 正面と南西側からプラヌール、ムンガルの両千人隊が到着して敵先頭集団を矢で更に減らす。

 親衛隊を”俺の悪い女”を振って誘導し、東進して狙いを先頭集団からその後ろへと変える。

 南西側のムンガル千人隊も狙いを先頭集団からその後ろへ変える。

 そうして矢掛けで弱った敵先頭集団へ、正面から馬上槍を得意にするプラヌール千人隊が『ハッラハラー! ヤッシャーラー! エーベレラー!』と三つ唱えてから『ラララララ!』と巻き舌で奇声を上げながら騎兵突撃を敢行。

 プラヌール氏族は月の三女神を崇めるジャーヴァル北東系の遊牧民なので他の氏族より個性が強い。

 雨と湿気の影響で不発率がやや高くなっているが、敵がようやく小銃で少しずつ反撃を始めた時にプラヌール千人隊の突撃が打ち込まれた。敵に槍が突き立って折れる。折れる程の一撃は胸甲騎兵も即死させる。

 それにあわせて南西側のムンガル千人隊が、南へ逃げようとする敵兵を街道へ追い立て混乱に拍車を掛ける。

 我々親衛隊は北側から敵に矢を浴びせつつ南へ追い立てる。

 敵の行軍隊形は頭から潰され、味方と衝突しながら逃げて団子になってグチャグチャになる。

 この混乱。敵軍後方部隊の視点では、先頭で何が起こっているかも理解できていないだろう。

 長く伸びた行進隊形で奇襲を受けると獲得情報の不均衡が起きる。横に展開して情報が共有できる戦闘隊形とはまるで違う。

 街道正面のプラヌール千人隊による、折れた槍を交換しながらの反復突撃が敢行されて更に敵軍の先頭が潰される。

 敵軍の行進が押されて止まり、襲撃を受けている部隊は南や、東へ後方へと逃げようとする。被害を受けていなくても立ち止まって何をどうするか迷い、状況が掴めずに立ち止まり、そして何がなんだか分かっていない後方の部隊は倣いによって前進を続けるが、目の前の背中が動かないので隊列が乱れる。整った行軍隊形が歪に捻じ曲がる。

 その時に北側からのカイウルクとレスリャジン、スラーギィの千人隊が、薄く広い横列隊形で敵軍の横腹へ矢を放ちつつ、激突前に拳銃射撃、そして刀を振り抜き、切っ先を敵に向けて突っ込んだ。

『ホゥファー、ウォー!』

 敵軍行進隊列は中央を横腹から失い、支離滅裂な団子になった先頭を包囲され、最後尾は状況が把握できずに思考を停止する。

 そこで南西側から敵を追い立てていたムンガル千人隊が一旦引く。

 敵軍の頭の退路は南の平野部にしかなくなった。だからそちらへ万を越える敵兵が逃げ始めた。

 北側のレスリャジン、スラーギィの千人隊が反復突撃を敢行して更に追い散らしたのが士気への致命打となって頭から尾まで、敵軍全体が壊走を始めた。

「突撃隊形!」

 刀”俺の悪い女”の切っ先をクルクルと回す。突撃隊形整列のラッパが吹かれ、二列横隊に近い雁行隊形に並ぶ。

「銃撃用意!」

 左手で拳銃を掴んで構える。親衛隊も弓を鞘に収め、拳銃や騎兵小銃など得意な銃で構える。

 アクファルは矢を放ち続ける。シゲは弓の先の鞘を外して槍に変え、それから拳銃を抜く。

「前進!」

 早歩きで敗残兵の背を追う。

「構え!」

 ”俺の悪い女”を天に突き上げる。

 各員の銃口は敗残兵の背に向けられる。

「狙え!」

 敗残兵の背中が大きく見えるまで馬で近寄る。敵は迫る我々へ振り返って、何を今更そんな顔をするのかという程に驚き怯えて、転んで馬に踏み潰される。

「撃て!」

 ”俺の悪い女”を振り下ろす。

 アクファル以外一斉射撃。一斉に銃弾と煙が噴出――やや不発は多いか――追う背中へかなり近寄ったのでほぼ放たれた銃弾はほぼ命中。数百の敵兵が前のめりに倒れる。派手に転がるのもいる。

 間髪容れず、

「突撃ラッパを吹け!」

 突撃ラッパを鳴らさせた。馬を走らせる。

 突撃用意を知らせる為に”俺の悪い女”を前へ突き出す。親衛隊も刀を抜いて同じように前へ突き出す。

「突撃! ホゥファー!」

 馬を襲歩に加速させる。

『ホゥファーウォー!』

 レスリャジンとアッジャールの掛け声が混ざったな。

 突撃で逃げる敵の背中の塊を粉砕し、踏み付けて進む。集団で逃げるという最後の意気も挫く。

 街道を東へ逃げた敵部隊は幸い。流石に六千騎で対処はできないので放置だ。

 残る街道南部の平野部に逃げた敗残兵は六千騎で、南、南東へ退路を見せつつ駆けて狩り続ける。

 敵の背中を馬で蹴り飛ばす、踏み潰す。銃で撃つ、弓で射る。刀で斬る、槍で刺す。

 兎よりデカくて鈍い人間が見晴らしの良い平地で逃げ回る。

 狩りまくった。これが美味しく食えれば結構な肉の量なのに。

 

■■■

 

 後日、オルメン包囲中の本軍に我々六千騎は合流した。

 捕虜にしたフュルストラヴ公の配下諸侯は縛って、下着姿で跪かせて並ばさせた。ジルマリアに利用方法を尋ねる。

「この男。レギマン公に協力すれば身柄を引き渡す、と交渉すれば良い返事が貰えます。祖父同士の代から親族を狙って殺し合う因縁があります」

 次。

「この男は聖女猊下の下へ送りましょう。ガベルディ枢機卿の親族ですので別の対応が必要です」

 次。

「この男は清廉潔白な人間ですので殺しましょう」

 ルドゥが即座にその男の喉に短剣を突き立て横へ抉り切る。筋がブチっとなる。刃筋を断てて綺麗な一文字にスパっとやったのではない。一人が流したとは思えないぐらいの血が地面に広がった。

 誇りを持って意地を張るのが貴族。息を呑む音は聞こえたが皆、みっともなく暴れない。立派、ご立派。

 次。

「こちらとこちらは兄弟です。親のイスベルス伯に交渉しましょう。首を一つ届けても交渉が続行出来ますので」

 次。

「この男の領地は交通の要衝となります。加えてそこの男、両名を殺して下さい。そうすれば我々に協力している諸侯の一人へ権利が継承されます」

 偵察隊員が同じく、ジルマリアが指定した二人の喉を短剣で抉り切る。綺麗にスパっと殺すよりは恐怖を生き残り達に刻めるかなぁ? という程度の工夫だ。

 意味不明な拷問は聖戦軍としてもこちらとしてもやる気はない。これは恐怖を与えるという意味になる。

 次。

「この男と一族は重税から領民に恨まれていますのでそちらへ出向いて公開処刑して新しい司教をつけて聖領とした方が治安が良好になります。人選は心当たりがあります」

 一番の大物。フュルストラヴ公バステリアシュ・ルコラヴェの処遇についてである。

「彼はオルメン降伏の材料に使う心算だが、何かあるか?」

「オルメン降伏後は首を切って息子のバステリアシュ=ヴェツェルの下へ送りましょう。ルコラヴェ家は高級貴族としては歴史が浅く、祖父の代に争った記憶がまだ濃く残っていますしバステリアシュ=ヴェツェルはまだ若いです。弱ったと知れば多くが離反しましょう。先程のイスベルス伯の息子達ですが離反に使えます。彼の親と兄は臣下に下る際の戦いで戦死しています」

「ではそうしてくれ。全てお任せだ」

「はい」

「しかしジルマリア、土地と紋章はともかくとして、顔と名前が良く一致するな。どこで覚えるんだ?」

「聖都巡礼、それから先の大戦時には教圏中から諸侯が集まりましたので機会がありました」

「とんでもない記憶力だなぁ。間違っておちんちん見せたら一生忘れないってことだな」

「死んでください」

 その日の内にオルメン市の門前にてフュルストラヴ公の姿を晒して降伏勧告を行い、そして成功する。にわかに集結していた北縁諸侯等も降伏した。

 それからフュルストラヴ公の首も家に送った。送るのはイスベルス伯の次男で、嬉しそうな顔をしていた。

 オルメンというエグセン侵攻の橋頭堡を確保した。河川交通の要衝を手に入れたということは、川に依ってはしまうが良い兵站線を確保したということでもある。

 防御行動ついでに拠点を取ってしまったな。

 

■■■

 

 南エデルトで諸侯連合軍結成の噂が立っている。エグセンではなく”北領”側の動き。

 近い内に起こるであろうエデルト南進に対応するために北の獅子公とあだ名されるシアドレク公がまとめたらしい。

 北の獅子公シアドレクといえば先の大戦で活躍した名将だ。戦後の中部との小競り合いでも連戦連勝して国境を確定し、北部諸侯からの信頼が厚い。

 この段階となるとエデルト南部国境にエデルト=セレード軍と、シアドレク公筆頭の諸侯連合軍が戦力を集結中させ始めているはずだ。

 それからアソリウス島嶼伯軍上陸! の報せが来た。

 フラル地方の掌握がまだ終わっていない段階ではまだ、ラシージとゼクラグの軍は北進させられないし、急にこの場へ召集できるわけでもない。その間隙をシルヴの兵隊共が埋めてくれるはずだ。

 エデルト南進に合わせてアソリウス軍が戦闘に参加するのが一応は国際常識だが、多少の日時のズレはまあいいだろう。

 お礼にシルヴの間隙を埋めてあげたいのだが、そう言ったらたぶん血が出るくらい殴られると思う。拳骨一発で。

 バシィール城主時代からの給仕の妖精が興奮して「タンタン! タンタン!」とニクールの足に引っ付いている。そう、この吉報を持ってきてくれたのはニクールだ。

 タンタンこと元イシュタム=ギーレイはその妖精を膝の上に乗せて抱き上げた。

「昼夜問わずの配送はどうだ」

「馬の面倒を見てくれる拠点ありきならば効率は良いが、非協力的で干上がっているような前線では回せないな。倍に配置する馬を食わせられないと話にならない。分かっていたことではあるが」

「後方連絡線の後方を支える程度か? 未知なる土地への攻撃作戦じゃなくて、勝手知ったる祖国の防御作戦向きだなきっと」

「ある程度実験をして効率が余り良くなかったらやり方を変えるかもしれん。従来通りの夜間威力偵察、昼夜連続の伝令をやるか考える。どちらにしても昼夜動ける駅が欲しいから、基礎だけでもこっちに作って貰いたいな」

 ニクールが書類を出す。斜め読みだが、駅毎に必要な施設、常備される人員物資の理想量が書かれている。既存施設の流用無しには手もつけられない規模である。当たり前か。

「それはこっちにもいるから了解だ。俺としちゃ獣人奴隷騎兵隊に指示出す栄誉は欲しいんだけど」

「慌てるなと言いたいが必要なら応じるぞ。ナレザギー殿下とも指揮系統を替える時の手順は確認している」

「それは助かる……夜間に俺の騎兵達を先導して、伝令で繋いで各所に配置って芸当は可能か」

「やるなら演習はしたいな。それから馬の事故は絶対に増えるぞ」

「それは言うまでもねぇよ」

「だな」

 

■■■

 

 オルメンを中心とした橋頭堡の確保、そしてエグセン諸侯の戦力撃滅作戦の計画や準備を改めて立てる。その一環としてとても重要な事案がある。

「ジルマリア、君にご褒美を上げよう」

「余計なものは要りませんが」

 自室でも仕事を休まないジルマリアはいつものしかめた眼鏡面で書類と睨めっこをし、手癖か、指折りしながら何やら計算している。こっちに目線すらくれやがらない。

「君が直接指揮権を保有する二個保安旅団三千名だ。好きに使っていいぞ。それから情報員でも協力者でも何でも雇うと良い。あ、ちゃんと予算申請はしてくれ。後は俺の責任で好きにやってくれ。

 それから前と変わらずにこちらの司令部を経由して部隊の派遣を要請してもいいからな。状況によるが、君が立案した作戦で都市、要塞を陥落したっていい。主力を動かしたくなったら言え。

 どうだ、これで君も今日から秘密警察指揮官だ! エグセン史には史上最悪の虐殺女と記されるはずだ。悪い子はジルマリアがやってきて食べられちゃいますよ、って母親が言うぐらいな」

 ジルマリアが眼鏡を外して目を合わせる。普段は氷土だが、今は溶岩が滾って見える。

「私には百万の宝石よりも価値ある贈物です。感謝致します」

「良かった」

 彼女の部屋から出ると女が上げるとは思えない「イィ……ケッケッカッカクァハァッヒャハハァ!」と笑い声が響いてくる。

 人に喜んで貰えるって嬉しいね。

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