ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー   作:さっと/sat_Buttoimars

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12話「ガートルゲン速攻」・ベルリク

 マトラからイスタメル、陸路はグラメリス、海路はペシュチュリアから、ウルロン山脈跨ぎにオルメンへと繋がる後方連絡線が確立された。

 駅の整備は既存施設流用程度で流石にまだ完備とまでは成ってはいないが、整備計画の命令文書は発行された。仕事の早い奴ばかりだ。

 保安隊の他、一時的に指揮権がジルマリアに移ったグラスト分遣隊、山岳歩兵も良く働いて後方を綺麗にしている。

 橋頭堡として確保したウルロン山脈北麓一帯での反乱も素早く、そして事前に鎮圧されている。鎮圧後も虐殺を伴った領地組み替えで対応。

 反乱自体が大貴族領主が関与したものではなく、オルメン降伏後の期間に凡その武器弾薬を差し押さえていたので大したものではなかった。

 ジルマリアからの治安維持に関する予算申請は中々に、こんなに必要か? と思うぐらいに出されるが、成果が出ているので文句は一つも無い。

 独自に現地人、傭兵や特に職も無い捕虜だった兵士を登用して補助警察を組織してくれているので神聖公安軍による占領統治が追いついていなくても治安が維持されている。

 無職な上に元兵士という社会底辺層の奴等だったので、一度権力と暴力を与えると腹の減った犬みたいに弱い者虐めを頑張るそうだ。そうしてある程度頑張らせ、目に余る暴力行為を始めたら大義名分を持って処刑して余剰人員を整理して本当に役に立つ人員、上澄みを確保していくらしい。

 ジルマリアという聖職官僚は素晴らしい働き者だ。結婚抜きに考えても我が軍へ正式に掃除屋として欲しい。腹が無くても頭だけで満足できる。

 焦土作戦を伴ったセナボンの守備も固まり、フラル北西部もロシエと国境を接するシェルヴェンタ辺境伯領の征服を持って完了している。神聖公安軍への引き渡しも終えた。

 ”敬虔なる諸侯”達を聖戦軍として統一指揮する聖女猊下が自ら北進してくるという朗報がある。聖女猊下の子分として聖戦軍に加わった上に実権も掌握されているだろうから自発的な意味での”敬虔なる諸侯”ではなく下っ端としての”聖なる諸侯”になるかな?

 そしてラシージに第二、第三、第四師団に補助部隊も続々と山越えを開始。南部に上陸したアソリウス島嶼伯軍に至っては今日合流した。攻撃する軍の為に必要な、防御の為の軍が揃いつつある。

 だがまだ防御の季節、足場固めの時期だ。気分的には緒戦から決戦まで速攻を続けていきたいところ。

 

■■■

 

 エデルト式の青軍服に魔術士官様式のつば広帽、女と思えぬ目付きに胸に尻。魔族化して文字通りに女ではなくなったのだから現実へ修正されたとも言える。髪型もなぜか、辮髪風に側頭部に剃り込みしつつも、元々首に掛からない程度の髪の長さを維持。さて?

 男も女もそうではなくなる魔族って宦官の究極形みたいなもんだよな……今更か。

「エデルト=セレード連合王国アソリウス島嶼伯軍指揮官シルヴ・ベラスコイ陸軍少将、到着しました。開戦許可は出ておりますのでいつでも作戦行動に移れます」

 シルヴが敬礼。返礼。

「レスリャジン部族頭領、マトラ人民義勇軍共同指揮官ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジンです。貴君等を歓迎します」

 握手をする。そのままあちこち触って殴られたいけど我慢する。でも我慢できないこともある。

「頭どうしたそれ?」

「アソリウス暑いし、未だに姫だ聖女だってうるさいからやったの。これで黙った」

「ますます男みたいだな」

「あんたこそ何よその、髭」

「前まで士官学校の手癖で剃ってたんだが、洋上が長くて止めてたら面倒になった。鋏は適当に入れてるぞ」

「私のは肌切れないからゴリってやれる」

「いいなあ……さて、さてと、私語はこの辺にします。皆さん着席して下さい」

 左からレスリャジン部族旗、マトラ自治共和国旗、中央に聖戦軍旗、右からエデルト=セレード連合王国旗、アソリウス島嶼伯旗が竿に立てられたオルメン市庁舎会議室で、双方左右に席を分けて座る。

 左、こちらは自分ベルリク、第一師団長ゾルブ、頭領代理カイウルク、修道枢機卿セデロ、治安維持部隊指揮官相当ジルマリア、筆頭術士アリファマ。補佐に秘書アクファル。

 右、あちらは指揮官シルヴ、海軍将校カルタリゲン、陸軍少尉ヤヌシュフ。補佐に副官イルバシウス。

 双方の間にある大卓にはジルマリア監修で作られたエグセン地方の地図が広げられており、そして各軍の現在地を示す駒が置かれる。

 これから作戦会議を行う。使用言語は魔神代理領共通語。アクファルが資料を各自に配布し、それから速記――速記文字というのがある――を始める。いつの間にかそんな技術を得ていた。嫁になぞ絶対やらん、婿を取る。

 ヤヌシュフは階級から見たら末端も末端の下級将校だが、次代のアソリウス島嶼伯で、制度等に見直しが無ければ次代のアソリウス島嶼伯軍指揮官でもあるので後学の為に参加。

 戦争準備期間中にマトラで一度会ったが、初対面時の凡人風の気弱さは一切吹き飛んでいた。処刑行為も含めればスラーギィの難民狩りで百人切りを達成したそうだ。将来有望。

 難民と言っても盗賊紛いの輩から、越境してきたオルフ兵まで含まれている。ただの雑魚ではない。

 自分が最初に喋る。会議前に計画は練ってあるので、会議というよりは連絡会的ではある。

「では始めます。ウルロン山脈北麓の要衝オルメン市を押さえました。ここは水陸に交通の便が良く、内外双方向へ攻め易く守り難い場所であります。

 エグセン三大勢力の、オルメンから見て北のメイレンベル伯軍三万、北東のグランデン大公軍三万、東のブリェヘム王軍がバルリー傭兵を伴って五万、合同するような動きを見せつつ、こちらに頭を向けてそれぞれの国境に戦力を集結しております。兵力は戦時体制移行前に動員出来る限界に近いと推測されます。

 エグセンに進出したこちらとそちらの兵力を合わせればおよそ三万。敵連合軍は、如何に兵の錬度が違えど四倍近い十一万の兵力を保有して強大です。潜在兵力は更にその倍、倍々の二十、三十万は確実視されています。そしてまだ重い腰を上げていない諸侯が立ち上がればまた更に十万単位で増加する見通しです。

 そんな敵相手に現状の三万程度で領土を侵食するような作戦は正面からは不可能です。またオルメンより西方ですが、ロシエ王国との国境沿いの西部諸侯はロシエが既に軍事的な支援を始めております。セデロ修道枢機卿」

 セデロが発言。

「こちらの情報員が調べたところによれば、ロシエからは中古の武器が主たる支援物資として送られております。銃身が錆びていたり曲がっているような物が混在しているようですが、その分遠慮無く数だけは多く配られており、数量だけなら十分に兵士達へ行き渡るだけあって予備も確保出来る程です。

 西部諸侯は君主直属の近衛隊以外はほとんど傭兵に頼るような体制で、常備軍制度も予備役制度も先進国程整備されていません。今では聖戦軍の進撃に合わせた形でロシエの軍事顧問が軍事教練を施し、制度整備に協力しております。この教練と整備の時間はロシエによる恫喝によって賄われる予定になっているようです」

「ありがとうございます。ということで、敵が本領を発揮する前に潰すのが理想。西部諸侯をこれより、にわかロシエ軍へ進化する前に速攻で潰します。ロシエによる恫喝が始まり、情勢が変化する前に食い込みます。可能ならば下します」

 シルヴが発言。

「オルメンに守備隊はどの程度残されますか?」

「素早く、西部諸侯を叩き潰しますので残しません。斥候、伝令狩りだけは残しますが目潰し目的程度です」

「オルメンを餌に敵主力を誘い込む意図ですね」

「その通り。我々と入れ替わりにマトラ人民義勇軍共同指揮官ラシージ率いる第三師団が北進、敵が誘引された場合は南正面に当たり、我々が反転して西正面に当たり、半包囲攻撃を仕掛けて敵戦力を削減します。もし誘引が失敗しても西に勢力圏が広がるだけです」

 イルバシウスが地図上の駒を動かして状況を再現。

「西部のロシエに対する守備はそちらのマトラ人民義勇軍の第二、第四師団ですか?」

「その通りです。彼等はウルロン山脈の西側街道沿いに西部へ進出します。我々が西部諸侯攻撃に手間取っても彼等に後を任せて撤退する事も可能です。カルタリゲン中佐、北はどうなっておりますか?」

 エデルト南下時期を把握しているカルタリゲン中佐が発言。

「今までの砂の城でも蹴飛ばしていくような進撃速度で作戦が実行されるならば、期間中にも攻撃が始まるはずです」

 攻撃の結果、敵がどういう判断を下すのかは不明だ。どっちでも対応可能ではある。

「はい」

 ジルマリアが挙手。

「どうぞ」

「オルメン周辺から保安隊も一時、完全に引き上げて西部に向かうということでよろしいですか」

「誘引が成功した場合に守り切れないのでそうして下さい。西部の迅速な治安維持も望まれますし、予備兵力として運用する可能性もあります。それからオルメン周辺は神聖公安軍が多く進駐する事になりますので人口減は許容範囲内です。作戦開始前の予防鎮圧は遠慮無くして下さい」

「分かりました」

 自分で喋っておいてなんだが、予防鎮圧って凄い単語だな。

 それから具体的な作戦行動の調整に入る。

 本軍一万五千が西部、正確には西部南半のガートルゲン地方を主要街道沿いに進撃して大規模な主要都市、要塞を降伏、陥落させて回る。

 カイウルク軍五千はそのガートルゲン地方に先行して浸透し、強行偵察、斥候と伝令狩り、陽動作戦、敵部隊への軽攻撃を繰り返してかく乱。諸侯軍の連合を妨害する。

 グラスト分遣隊は各軍の補助に回る形で先行して浸透し、軽快に火力を発揮する。今作戦時において山岳歩兵一千は一時的にグラスト分遣隊指揮下に入る。

 アソリウス軍四千は本軍の補助を行う形で都市、要塞を降伏、陥落させて回る。

 ジルマリア指揮下の増強保安隊四千は占領地域の整理を実行。

 オルメン周辺の制圧により合流した中部聖領軍は自領の守備に専念する。高度で速力を重視する攻撃作戦に使える装備と練度ではない。

 これらの基本行動理念で具体的にどう動くか図上演習を行って会議を終了した。

 聖女猊下に直接指揮される神聖公安軍は統率されて整理されているが、エグセン各地に散らばっている聖領軍はえらく中途半端な編制で使い辛い。切捨て前提の補給拠点程度の認識でいかないと足を引っ張られる。

 孤立している各聖領は積極的にではないが、攻撃がされているという報告と、そして個人的な救援要請もこちらに届いている。開戦からまだ日は浅く、本当に聖領に対して攻撃をして良いかエグセン諸侯も半信半疑であるような時期と見られる。だが本格攻勢を受けるのはそう遠い未来ではない。

 彼等はほぼ孤立無援での篭城戦を行っている。救援要請が無視できる程度の圧力で留まってくれればいいが……聖女猊下に彼等が我々の作戦行動に圧力をかけられないように手配してくれと手紙を出しておこう。悪化してからでは遅い。

 それからラシージとゼクラグ軍に作戦を伝える伝令を出す。

 あちらとこちらも心得たもので、会議終了直後には攻撃準備を開始した。エデルト人は殺してやりたいが、エデルト式の速攻思想は信ずるに値する。敵ながら天晴れだ。

 

■■■

 

 一日目、会議の翌朝、日出前に西部南半のガートルゲン地方へ攻撃を開始した。暗い内に発って行動を隠匿。進出方向は西。

 オルメン周辺に斥候、伝令狩りを走らせた情報の空白地帯を作る努力は欠かしていない。鷹狩りが敵の伝書鳩を捕らえることも複数。たまに味方の聖領が放った鳩も捕らえてしまうがご愛嬌。

 保安隊による予防鎮圧は一種の陽動として前日から、北東方向へまるで攻撃作戦へ出るかのように振る舞わせた。一つの行動に複数の効果を乗せるとお得。

 かの地方は旧ガートルゲン王国に相当する地域だ。聖皇によって戴冠された王ではなく、蛮族呼称の部族王であるため現代に至るまで復古はされていない。

 ガートルゲン地方、そのまた南部のデッセンバル公領の国境要塞を前に砲兵隊を展開した。

「将軍閣下、いつでも全門射撃出来ます。要塞を超越する砲撃も準備できております」

 ゾルブが報告。

「よし。セデロ枢機卿」

「はい」

 セデロが警句を唱えに、聖戦軍旗を掲げる旗手を伴って、馬に乗って前進。

 我々の砲兵は射程で優越しているので安全圏にいるが、彼は敵の砲射程圏内にまで前進する。あれはあれで度胸が無くては務まらない。

「聖なる勅令に刃向かうデッセンバル公とその兵士達に告ぐ。我等は聖なる神と聖皇聖下の名の下、第十六聖女ヴァルキリカの聖戦軍である。こちらの軍指揮官は名高きベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジン将軍。恐るべき神の鞭である。

 既にファニット伯とフュルストラヴ公の首は藁のように刈り取られた。そなた等もまたその藁の一束になろうとしている。絶望的な死から逃れたくば降伏せよ……」

 要塞の胸壁からは要塞指揮官らしき人物も見える。

「……南の空を見よ!」

 まずは南の空、この国境要塞と連携する、ここより標高の高い山岳要塞から黒煙が上がるのが肉眼で確認出来る。グラスト分遣隊による奇襲、魔術攻撃の結果だ。

「……北の街を見よ!」

 次に北の方角、両要塞の宿営地として、ここより標高の低い軍事都市ビュルベンがカイウルク軍とアソリウス軍によって包囲されているのが望遠鏡で確認できる。

「……降伏こそが神が汝等に与えた救いであり、それ以外は無い。これは聖なる神の代理人たる聖皇聖下の発言であると心得よ!」

 返事を待つ。ビュルベンの方からはシルヴが魔術で調整したと分かる、異様に甲高い砲声が通常のものに混じって響き渡ってくる。

「ゾルブ、砲撃能力を見せろ」

「了解」

 我が方の大砲、一門だけが砲弾を放つ。要塞を飛び越し、直接視認はできない位置に着弾して爆発する音が聞こえた。

 続いて二射目、要塞手前に砲弾が着弾して爆発した。着発榴弾にも驚いてくれるかな?

 そしてやや時間を待って、要塞から白旗が揚げられた。

 降伏後に確認したが、この要塞指揮官は傭兵だった。

 

■■■

 

 二日目。陥落したビュルベンの軍民の目玉を抉って、健常者を先導人として残して放出した、と報告が来る。

 国境要塞を突破した事により小規模な聖領と幾つか合流し、街道沿いで炊き出しをしてくれたので本軍の進撃は順調だ。グラスト分遣隊が街道沿いの小規模拠点を破壊しているので警戒すべき敵拠点が少なく、そのために戦力を小分けにしなくて良いので尚更順調。

 カイウルク軍よりデッセンバル公軍が単独でこちら本軍を迎撃する配置についていると報告。戦力は一万程度で、合わせてデッセンバル公軍が他諸侯と合流しないよう分断作戦を取る、と重ねて報告。

 アソリウス軍からデッセンバル公軍北側、敵左翼を攻撃する機動を取ると連絡。こちら本軍は街道を直進してその真正面に向かう、と返信。

 降伏した傭兵達はそのまま保安隊の方で補助警察として暫定雇用した。

 

■■■

 

 三日目。デッセンバル公軍が早くもこちらの進撃に対処した。予想以上に対応が早い。早いが、やっぱり抜けている。

 街道沿い、こちらから見て左側の丘の上に近衛連隊が三千程度、大砲無し、塹壕構築途中で未完成。

 それから近衛と言っても他主要国と違って常備軍程度の意味合いだ。数多い常備軍の中から選抜された兵士とは意味合いが違う、とジルマリアが言っていた。

 街道正面には傭兵が三千程度。大砲無し。同じく塹壕構築途中で未完成。

 こちらから見て右側の平野部には騎兵が一千程度。

 先の国境要塞がもう少し持ち応えていたら中々、厄介な布陣になっていただろう。

 報告より敵の数が少ないようだが、カイウルク軍の分断作戦で思うように部隊が集結できなかったのかもしれない。伏兵の有無は常に斥候に探らせているが。

 本軍は正面配置。近衛と傭兵双方を相手取り、左翼方向は騎兵で手堅く固める。

 アソリウス軍は右翼に配置。本軍で正面を押さえている間に敵軍の左翼側面に突っ込む。

 我が親衛隊は右翼前面に配置。アソリウス軍が突っ込む下準備として、敵のロバみたいな騎兵を倒す。それからお客様も招いた。

「ヤヌシュフ、大規模会戦としては初陣だな」

「はい! 頑張ります」

「ヤヌシュフ、聞えるか!?」

「はい! 祖先が敵をぶっ殺して血を見せろと騒いでます!」

「そうだ!」

「はい!」

 アソリウス軍騎兵少尉、シルヴの義理の息子ヤヌシュフだ。彼はスラーギィでの修行にて遊牧民に追随するだけの馬術を会得しているので大丈夫だ。

「ヤヌシュフ様」

「はい! お母様」

「殺しなさい」

「はい! 首を待ってて下さい!」

「よろしい」

 アソリウス軍は多くの馬を偵察騎兵や砲運搬に用いており、攻撃に使えるような騎兵隊を持たない。だから本格的な騎兵襲撃を経験させるとしたらこうするしかない。

 本軍の砲兵隊が射撃を開始する。号令に従って各砲が一門ずつ発射し、着弾箇所を観測し記録し、自分の番になったら記録を元に大砲の角度を修正して発射し、次弾着弾箇所を観測して記録していく。

 精度の高い施条砲と優れた砲兵達の観測射は初弾から敵兵に直撃し、体を弾いてブチ抜いてから人や地面に当たって着発信管が作動して炸裂して弾殻があられに散って周囲の敵の骨肉を抉って、掠ってもどんな名刀より強烈な斬撃で刻む。

 各砲、概ね望む射角が得られた後に効力射撃に入る。効力有り、と認められた諸元でより命中率の上がった榴弾が更に敵兵を殺していく。

 そうしてから少しずつ着弾箇所を一つずつ奥側へずらしながらの、ランマルカ式弾幕射撃に移行する。砲撃の絨毯を敵陣に敷いて漏れなく潰す方法で、初弾の位置さえ精確なら以降の着弾観測を概ね省略できて火力発揮が素早い。

 これからの攻撃はおまけに近い。親衛隊は前進し、どうにか局面を打開しようと動きだした敵騎兵を狙う。

 敵騎兵が扱う短射程の騎兵小銃などでこちらの可愛い兵士達が傷つかないよう安全距離を取り、鏑矢から始まる飛ばし矢での遠距離曲射で矢の雨を降らせながら移動する。

 こちらの脚は円を描くように止めず、動き続けて射撃の的にならないようにする。敵が向ける銃口、砲口から反れ続ける。また敵騎兵から見ても、ただ正面へ直進すれば接敵できる、という状態にしない。相対するためには方向転換を継続しなければならない状態にして隊形を維持させない。統率を若干弱めることができる。

 騎兵は的が大きい。個々の命中率は低い曲射とは言え、訓練された親衛隊達が、模範射手の嚮導射撃に合わせながら射角を調整すれば矢の雨の範囲内に敵集団を捉えることができる。

 矢による面制圧。矢などはある程度防いだ甲冑の時代が去った、今になっての矢掛けだ。素肌同然の人にも馬にも良く突き立った。

 刺し傷による即死率は正直かなり低い。だが負傷して戦闘能力を喪失する人に馬は続出する。次第に毒が効いてくれば劇症化して倒れるか暴れるか。ただ肉を裂いただけではない異常事態が発生。敵騎兵は士気を失う。壊走が徐々に始まる。

 ただ一方的に矢掛けを受けていたら的になるだけと判断した、やけくそ気味に突撃してくる集団もいたが対応する。

 まず突撃してくる集団は、円を描いて動いている最中のこちらを、その正面に捉えるために混乱する味方の群れを掻き分けて移動する。この時点で我々の優先目標となり、矢の雨の重点範囲内に指定されて死傷者続出。

 突撃集団は勢いを削がれながらもまずは縦隊を形成して走り出した。次は曲射から直射に切り替えて迎撃射撃。相対速度が上昇して矢傷は深くなり、命中率も即死率も上がる。薙ぎ倒す。

 ただ円を描いていた動きも変え、突撃集団の衝突先は騎射を継続しながら後退を開始。半円を形成するように、口が開いた袋を形成するように相手を迎えいれる半包囲陣形を能動的に形成して正面左右からの交差射撃範囲内に捉える。これで敵は背面以外から射撃される状態に陥る。たとえ矢を剣で叩き落とせる名人がいようとも、見えない位置からも飛んで来て防げなくなる。

 それでも突撃集団の生き残りは全力疾走、襲歩で接近してきた。その生存者の多くは兜と胸甲を装備する装甲騎兵。おおむね調教が行き届いた良好な軍馬に駆る者達。

 親衛隊隊員達は矢より殺傷力のある銃に持ち替えての迎撃射撃も始めつつ、直撃進路にいる者達は全力疾走で逃げる。背面騎射は継続。

「クァー! 烈風剣!」

 そんな中、突然ヤヌシュフが叫んだ。

 どうした? 頭がイカれたか? と思ったら、空振りの斬撃に乗せて何かが飛んで敵騎兵の馬首と旗手の胸を切り飛ばしたのだ。矢傷と明らかに違うのではっきり分かる。

「どうしたそれ!?」

「出来るようになりました!」

「凄いな!」

「はい!」

 ベラスコイ家には魔術の才がある者がそこそこいた。シルヴが使えるんだから親類縁者が使っても全くおかしくない。そういう才能は遺伝が強いと学説が出ている。

 それにしても何だよ”烈風剣”って名前付きの魔術は。”火の鳥”とか名付けるグラストの魔術みたいだ。彼等との交流は戦争準備期間中にはあったが、まさか習得した?

 突撃集団は散々に射竦められ、襲歩速度も維持できずに疲れ切ったところで戦意喪失。完全に壊走したところを追撃して壊滅させた。

 騎兵を喪失したデッセンバル公軍の左側面を取りに行けるようになった。騎兵戦闘中も継続されていた砲撃で、十分に敵歩兵の方もぶっ潰れそうであるが攻撃の手は緩めない。

 敵傭兵達がこちら親衛隊へ対応するように、側面を守る部隊を展開して方陣を組む。

 方陣は騎兵に対抗する陣形として合理的だとされる。無防備な側面、背面が無くなるからだ。

 歩兵に対して正面から騎兵突撃を行うのは自殺行為である。銃弾と銃剣による防御行動を乗り越えるというのは至難である。欠点としては、同数の横隊と比べて一方向に銃撃を加えられる数が少ない事であり、撃ち合いをするには向かない事。

 奴等は我々が馬鹿正直に騎兵突撃を仕掛けるように見えているのか? その方陣からは明らかに小銃の有効射程圏外からの射撃が行われ、運の悪い奴と馬がほんの少し死んで、「痛ぇ!?」と騒いでいるのが少し、嫌がって暴れ出す馬が少しいる程度。ほぼ無害だ。

 我々は方陣という的に向かって矢を射掛ける。大昔なら甲冑装備の重装長槍兵があの方陣にいたのだろうが今は――銃の配備が足りないところはそうでもないが――そんな時代ではない。皆軽装、毒塗りの鏃は布地を抜けて肉に刺さる。

 本軍の砲撃と、我が親衛隊への対応で方陣を作って陣形を崩した敵傭兵へ、シルヴの容赦無き弾着修正魔術による砲弾が叩き込まれる。おそらく、そしてほぼ確実だろうが敵指揮官級を大砲で狙撃しただろう。敵傭兵達の動揺が見えて、言葉も聞えた。

 諸々の攻撃準備射撃で大いに乱れた街道正面の敵傭兵の左翼へ向かい、アソリウス軍がシルヴの号令で前進を開始する。エデルト軍式の行進曲が鳴る。

 騎士団以来の伝統”胸甲歩兵”が最前列に、そしてその後ろに普通の銃兵が並んで進む。奴等は胸甲を装着しても強行軍にも耐えうる体力があると認められた体力お化けの、かぐわしい筋肉男子で構成される。耐え忍ぶ信仰心を訓練に注ぎ込んだ者達は頑強。

 丘の上でろくに射程も無い小銃を持って砲弾の的になっていた敵近衛歩兵が丘の陰に下がり始めた。劣勢を悟り、逃げの算段を始めている。

 これに対して敵傭兵達は動揺し始めた。彼等は戦って給金を得るのが本分で、祖国防衛のために討ち死にする郷土軍ではない。

 この会戦の決勝点が浮き彫りになった。

 胸甲歩兵含むアソリウス兵による攻撃が敵傭兵に刺さる。組まれた戦列による小銃一斉射撃が始まった。シルヴが厳しく訓練しているせいか連射速度が早い。我が偵察隊には負けるだろうが、一般的な妖精銃兵よりはわずかに早い。

 敵軍の崩壊を認め、砲兵隊は砲撃を停止。本軍歩兵は前進を開始。とどめを刺しに行く。

 敵傭兵がなんとか白旗を振って降参を表明したので、そちらへの攻撃は中止された。壊走していたら追撃して殺していたところだ。良い判断だ。

 シルヴに傭兵達の武装解除を任せて攻撃目標を変える。

 親衛隊は敵近衛歩兵を右翼側から周り込んで狙う。本軍騎兵も左翼側から回り込んで動き始めた。囲い込みを始める。

 そして丘の陰へ親衛隊は回り込むように移動し、撤退中の敵近衛歩兵に矢を浴びせ続ける。小隊単位程度で敵は振り返って威嚇の一斉射撃を交代で行いながら逃げる。こちらは依然として小銃の有効射程圏外を維持している。弾薬装填の暇を与えない程度に距離を維持するというのは中々、難しい。

 追いついた本軍騎兵が騎兵施条銃で馬上射撃を停止してから行う。整然と逃げていた敵近衛歩兵が何十人と倒れつつ、一部が武器を捨てて逃げ始める。しかしその先には、まだ距離はあるが、逃げ込める森が見える。

 普通の弓矢は連射が出来るがここまで威嚇効果は出せない。それでも敵はまだ威嚇射撃を行いながらの撤退は続行中だ。森に入られたら面倒だ。

「鏑矢で崩れるはずだ!」

 叫んだシゲが鏑矢を放つ。アクファルも親衛隊の各騎兵も合図用に鏑矢を何本か持っているので、シゲに合わせて放つ。一斉ではないが、立て続けに耳も頭も痛くなりそうな高音を立てて鏑矢が飛んでいった。

 ほとんど聞いた事の無いであろうその異音に敵近衛歩兵は、最後に残した理性の糸を切られて壊走を始めた。

「突撃ラッパを吹け!」

 突撃ラッパを鳴らさせた。馬を走らせる。

「ホゥファー!」

 馬を襲歩に加速させる。

『ホゥファーウォー!』

 各自、弓に拳銃を好きに使いつつ、鈍い人間を刀で切り伏せ、馬で弾き飛ばして踏み潰す。

「烈風剣!」

 ヤヌシュフは空振りに刀を振りまくり、振った回数だけ敵兵を魔術で切り殺した。

 そうして皆で殺せるだけ殺して追撃を終了した。森に到達できた奴はいない。

 戦場の後始末、捕虜は保安隊に任せて各軍は先に進む。

 撃退した以外にも所用で持ち場を離れていたり、後方支援要員で逃げる隙があった生き残りの敗残兵はいる。

 敗残兵狩りは先行している山岳歩兵を含むグラスト分遣隊にそこそこにやらせておく。今日は降伏勧告無しに村を焼いて良いことにしてある。

 烈風剣に切られた死体を検分すれば、何十回も切り裂かれたような複雑な傷がついていた。薄切り、厚切り、突き刺し、抉り、粗削り。挽肉の手前。一部を摘まんで引っ張れば連続旗のように伸びることもある。

 そういった死体をシルヴが戦場跡を眺めて確認し、「お見事ですヤヌシュフ様」と褒めていた。

「ねえシルシル、僕も褒めてよ!」

「ベルくん偉いわね、よしよし。なんでそんなに偉いのかしらね」

 火薬臭い手で顔が削げそうなくらい撫で回された。

 うっひょー!

 

■■■

 

 四日目。デッセンバル公領第二の都市アトミュツを本軍で包囲した。

 セデロに定例通りの降伏勧告をさせた。返事としては「考えるので待ってくれ」とのこと。包囲時には夕刻であったし、時間も遅いので明日の朝まで待つことにした。

 カイウルク軍より、ロシエ語を喋る所属不明の部隊と交戦したと報告が来た。不明の理由は軍服の未着用。笑える。

 アソリウス軍、グラスト分遣隊は合同して北進し、ガートルゲン地方北部と東部への交差点となるヘレンデン市を目指す。第二次攻勢をかける橋頭堡作成が目的だ。

 保安隊による小領主、自治体への攻撃、住民虐殺を伴った領地分配による懐柔が開始される。

 占領地域からの物資略奪であるが、オルメンから連れて来た人員だけでは人手が足りないので降伏した傭兵達を聖戦軍として雇用する事になった。費用は勿論聖女猊下持ち。

 セデロに随行していた軍務経験のある聖職者が、ジルマリア指揮下で傭兵を運用する形に決定した。

 

■■■

 

 五日目。アトミュツが朝になっても降伏の意志を見せなかったので市内への砲撃を開始した。

 市内から十分に黒煙が上がった後に城壁や砲台、防御設備を砲撃で破壊した後に突入部隊を編制したところでようやく降伏。

 保安隊が市の武装解除を行った。即座に降伏しなかった行為に対しては、責任者と兵士とその家族を連座で公開処刑して街中にぶら下げ、若者と子供は奴隷として売り払うことでこちらの評判、意志を表明した。同じようなことを他所でやられても困るので宣伝もする。

 本軍はそんなアトミュツで行われた後処理を見送ることもせず、足を止めずに首都バールザールへ直行。

 カイウルク軍より、警戒体制が強化された北部での拠点に対する作戦行動を消極策に変更する、と報告。騎兵で銃眼砲眼を揃えた壁に突っ込むわけにもいかない。

 アソリウス軍、グラスト分遣隊より合同してヘレンデン市の包囲を開始した、と報告。途中で事態を知らないで軍事演習中の敵部隊を襲撃して撃退、捕虜は目を抉って放出したとのこと。順調。

 占領地域での物資略奪と移送も行う降伏した傭兵達だが、手癖の悪い奴等が多いそうで、保安隊が住民よりも傭兵を射殺する回数が多いそうだ。

 部隊から罪人が出たら連帯責任を負わせる事になっている。部隊で犯罪が一度行われたら当人の目を潰してその部隊に世話をさせる。二度目は十分の一名をその部隊で殺させて解散。他の部隊に移籍させる。受け入れ部隊はそんな目に遭いたくないので新入りを良く見張る。

 著名で信頼ができる傭兵団は、そういったろくでなし傭兵の監視に使っているそうだ。上手いな。

 

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 六日目。エデルト=セレード軍南進開始の報せがここまで知れ渡って来た。エグセン諸侯もロシエもこの新たな局面に対応を迫られ、ただフラル方面に注力していれば良い状況ではなくなった。

 そしてその一つの答えとして、本軍が首都バールザールに迫る前にデッセンバル公から降伏の使者が訪れた。勿論受け入れる。

 本軍は首都へそのまま向かう。武装解除、物資の補給、何より示威行動の為だ。

 カイウルク軍より、威力偵察中の斥候、伝令、敵殺害数の計上は順調、と報告。物資は現地略奪分で現状は問題無く、奪った家畜と共に移動しているそうだ。

 アソリウス軍とグラスト分遣隊より、降伏を受け入れなかったヘレンデン市の陥落とその虐殺を行った、と報告。ロシエ義勇兵が百名程いたそうだ。

 ジルマリアより、悪い傭兵、良い傭兵、保安隊の二重監視体制による後方の掃除は順調と報告。規律は刑罰が執行される度に改善しているそうだ。

 弱い者いじめが得意な女らしい。有用。

 

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 七日目。降伏したデッセンバル公領の首都バールザールへ入城した。占領統治も正式に開始。まずは武装解除をさせ、物資を押収して北部へ進撃する為の休暇を取る。

 カイウルク軍より、ガートルゲン諸侯連合軍の集結の兆しを確認。移動中の敵部隊を発見次第攻撃している、と報告。

 アソリウス軍、グラスト分遣隊は共同してガートルゲン地方東部の弱小諸侯への攻撃を開始。降伏した場合は武装解除程度で連絡員を置かなくて良く、状況判断で降伏を待たずに皆殺しにして良いという指導方針。

 敵にしても味方にしても雑多でまとまりの無い連中は邪魔だ。処理も面倒なので簡易的な処置にて一時的に麻痺させられれば良い。

 

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 八日目。カイウルク軍より、ガートルゲン諸侯連合軍がオロム方伯領に集結している、と報告。現状では同伯軍の戦力は五千程度だが、各諸侯の将校団が旗手を伴って姿を見せているとのこと。また待ち伏せや急襲によって小部隊を狙って軍の集結行動の妨害を継続するとのこと。

 首都バールザールで休養した我々、物資を補給した本軍はオロム方伯領での決戦に間に合うように強行軍で、護衛をつけた砲兵隊は置き去りにしつつ北進開始。ガートルゲン地方北部への街道は直通状態で良好である。

 オロム方伯は、ジルマリアによればガートルゲン地方におけるまとめ役であるとのこと。そこを起点に反撃を画策するしか彼等には取り得る手段が、政治的精神的に無いとのこと。

 この女、エグセンのことなら何でも知ってるな。

 アソリウス軍より、ガートルゲン諸侯連合軍との決戦に合わせてオロム方伯領へ北進を開始。カイウルク軍との合流を予定、と報告。

 デッセンバル公領全体の占領統治だが、降伏後間もないため、公爵臣下の貴族の間で抵抗する姿勢が見られる。ある程度の期間、保安隊と傭兵はこちらの処置に掛かりきりになるそうだ。拠点攻略に必要な火力を補填するためにグラスト分遣隊を応援に行かせる手配をする。

 進撃速度に後方支援部隊が追いつかなくなってきている傾向。

 

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 九日目。本軍北進中。ほぼ無人のヘレンデンにてカイウルクの置き土産である、略奪してまとめて残置してあった家畜、牧草を人馬の食事にして強行軍続行。

 部族騎兵は干し肉、乾燥チーズ、馬乳酒を携行。しばらくの間は無補給で行動できる。カイウルク軍は鍋で汁物を作る暇も惜しんで浸透中だ。彼等の通行跡には野営に煮炊きの痕跡もほとんど見られない。解体した家畜の残骸もわずかで、寝る間も食う間も惜しんで進んでいる様子が窺える。

 露払いが優秀なお陰でこちらは苦も無い。

 ロシエ政府から公式に、ガートルゲン地方から立ち退くように、と警告文が届いた。そんなもの今更だ。

 カイウルク軍より、ガートルゲン諸侯連合軍が合流中で、ただし一万にはまだ満たぬ、と報告。

 アソリウス軍より、ある程度の規模を持ったロシエ義勇兵の軽歩兵と見られる部隊と交戦して撃退した、と報告。

 合わせてカイウルク軍とアソリウス軍が合流に成功した、と報告。決戦に備えて小休止に入る。

 デッセンバル公領では降伏を認めない領主との戦闘が頻発しているそうだ。旧デッセンバル兵を軽装備で先行突撃させる形で被害を抑制しつつ鎮圧していると、ジルマリアから報告。

 因みに軽装備とは棍棒に槍程度の装備のこと。

 痺れるなぁ。

 

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 十日目の朝。カイウルク軍とアソリウス軍が、オロム方伯領の農地を含む平原にて一万規模のガートルゲン諸侯連合軍と接敵。ロシエ義勇兵が散見される、と報告。本軍の行軍速度を上げる。

 昼前。オロム方伯領北部にヴァッカルデン伯軍を中心にした五千程度の増援を確認した、と報告が入る。その調子だと各方面からも続々と軍が移動してきているだろう。お互いに野戦陣形を組んだそうだ。

 昼過ぎ。両軍間で散兵戦を開始した、と報告を受けた時には既に銃声、砲声が自分の耳には届いていた。

 本軍到着。敵軍正面の位置へ配置に付いて、陣形は組まずにそのまま散兵陣形に歩兵を前進させて攻撃へ即座に移った。長射程の施条小銃が活躍する。

 左翼側のカイウルク軍は事前に対応し、敵軍右側面へ移動しつつある。

 本軍到着により、正面から右翼側へ見做し配置となったアソリウス軍は、シルヴの弾着修正魔術による砲射程内にて敵軍を拘束中。勿論対砲兵射撃は行われており、敵砲兵は段々と沈黙していく。

 両軍が左右に分かれ、敵軍がそれに対応して陣形を薄く広げているので密度が薄くて脆く見える。

 こちらは二万程度、敵は一万程度。おまけに半包囲状態に移行しつつある。

 親衛隊と本軍騎兵隊は、アソリウス軍側より外側、最右翼へと移動する。

 軽歩兵を担当するロシエ義勇兵と我がマトラ兵の射撃戦が始まり、圧倒的にこちらが勝る。ロシエ義勇兵も施条小銃を使っているので射程は大体同じだが、軽歩兵の数が十倍近く違う。霧のように平原に流れる銃煙の量が全く違う。

 軽歩兵化した本軍による優勢な散兵戦。

 機を見て砲兵を前進させて敵軍密集地点に砲撃を開始するアソリウス軍。

 左翼側から敵陣右側面を取りに行くカイウルク軍。

 右翼側から敵陣左側面を取りに行くこちらの騎兵隊。

 正面左右からの包囲攻撃に対応し、散兵陣後方ではとどめを刺しに行く突撃兵達が突撃配置についた。

 戦勝目前である。ここまでできて負けたら間抜けだ。

 遠くから喚声が上がり、騎兵隊が疾駆する地響きが鳴る。その方向へ望遠鏡を向ける。こちらのものではないから敵のもの。

 さて、敵増援に対しては得意の対騎兵戦を展開するものだが……。

 ……天秤が完全に傾いた。

 増援にやってきたヴァッカルデン伯軍の騎兵隊が、今正に敗北を喫しようとしているガートルゲン諸侯連合軍の背中に突撃を敢行。

 彼に対して今更何しに来たんだ遅いと評するのは酷である。我々が早過ぎた。

 

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 十日目の夕方。ガートルゲン諸侯連合軍の降伏処理を行った。刃向かった連中であるがこうなっては虐殺をしない。生かすも殺すも計画的に。

 ロシエ義勇兵に関しては全て目玉を抉って手を潰して先導人をつけて送り返した。

 ヴァッカルデン派はそのままこちらに下る。参陣はしていなくても既に裏切った同志は少なからずいるそうだ。

 オロム派残党は少し時間をかけて順々に下す事になる。オロム方伯が、こうなっては、と残党を説得しに回る事に同意している。

 ロシエからの警告に対してはセデロが返信する。

 ”三日月が輝く前に陽光で不信心者が焼かれました。後は敬虔なる正しき統治者によってかの地は守られる事でしょう”。

 ロシエは神聖教会の月。三日月から連想されるのは刀で軍事力。

 陽光は太陽とされる神聖教会で目を焼く光は目潰しで、行われたのは目玉抉り。

 詩的にすることで解釈の幅が広がり、宣戦布告にならず、牽制する警告にはなるという塩梅。

 ”新”ガートルゲン諸侯連合軍の指揮官には功労者である、今日新たに聖戦軍に参加したヴァッカルデン伯を、セデロの修道枢機卿の権限で臨時で任命した。正式な任命は聖女猊下が行う。

 ロシエの軍事支援を完全に裏切り、成果を奪い取った形になるヴァッカルデン伯だから、ある種の信用がある。

 異教より異端が憎くなるように、敵より裏切り者が憎くなる心理と道理。背反は重ねるごとに難易度が上がっていく。

 夜までにはウルロン山脈の西側街道を越えてゼクラグ軍の先遣隊が到着した、と報告が来た。

 諸々のガートルゲン地方における部隊配置、指揮権に指揮系統の整備を、ゼクラグ軍到着を加味して行う。

 

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 十一日目。対ロシエ防衛線をゼクラグ軍と、聖なるガートルゲン諸侯連合軍へ委任する形でオルメンへ戻ることにした。引継ぎ作業はジルマリアにお任せする。彼女が一番詳しい。

 空白にしたオルメンに敵軍は侵入して来なかった。我々の速攻が対応能力を超越したと自負しようか? 流石の敵首脳陣の頭の中までは分からないが、好機は逃したと見える。

 ガートルゲン地方はこちらの手に落ちた。占領地の拡大はもとより、ウルロン山脈の主要街道の二本がこちらの手中に落ち、後方連絡線が倍に太くなった。順調。

 空白期間中のオルメン周辺の治安だが、ジルマリアが組織した補助警察と、数は少なかったが神聖公安軍が連携して被害は許容範囲に留まる。作戦が短期間に終了した事、敗北を匂わせるような噂も立たなかった事も大きいだろう。

 ゼクラグ軍がガートルゲンに入り始めた。

 ラシージ軍がオルメン方面に入り始めた。

 神聖公安軍も人を増やして広がっていく占領地域の治安を強化している。

 ”聖なる諸侯”による聖戦軍も統率され、聖女猊下に率いられてエグセン入りする予定。

 エデルト=セレード連合軍は南進を開始して北領、南エデルトに攻め入った。

 かつて聖王カラドスが治めた領域である広義の中部たる”エグセン”は上下から押し潰されようとしている。現状ではどう考えてもエグセン諸侯の敗北は必至である。

 敗北を覆すとしたらロシエの介入しか無い。

 先の大戦、アレオン紛争、ジャーヴァル戦役に関連する海戦で財政が焦げ付いているロシエの介入だ。

 侮る事はできない。いくら金が無くても人があり余っているのがロシエという西側一の大国。それでいて民族的言語的に統一性が高く、血の気も多い。

 過去には財政破綻でカラドス王朝が転覆しかけた状態でも戦争を行い、人減らしと略奪と賠償金とで何とか凌いだ歴史もある。

 義勇兵、軍事顧問の派遣という実績が既にある以上、開戦済みと判断している。

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