ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー   作:さっと/sat_Buttoimars

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20話「北の獅子」・ベルリク

 冬は寒い、外が寒い。動く分には暑い。

 相手の両襟首を掴みに行く。素早く打撃を放つように。

 その手を相手に払われる。

 腕に拘らず顎に頭突きを入れる。

 それで隙を作って腰を掴もうと思ったが、両肘を先に掴まれて下に引かれる。

 あえて相手の脇に頭を突っ込んで、首と背中で持ち上げて裏投げへ移るが、身を反っている最中に股関節を踏まれて崩れてしまった。

 相手が上の状態で寝転がる。重心が決まる前に腰帯に差した木の棒を逆手で抜いて顎を打とうとしたら空を切る。

 相手は前転しながら離れて素早く立ち上がり、こちらも立ち上がる。

 相手も木の棒を腰帯から抜いた。

 シゲと組討稽古をしている。短刀代わりに木の棒を使っている。

「お前、アクファルのどこが良いんだよ?」

「強い子を産みそうです」

「おおそうか」

 単純明快。

 木の棒を順手に持ち直す。こっちは刀を使うように持って、シゲは利き腕じゃない左手に、逆手に持った。

「お前、セリンに何か言われ……」

 踵蹴りで膝を狙う。

「……たか!?」

 外れる。

 シゲの返しは掌底打ち、軽かったが眉間に食らった。視界が潰れた。

「言われた!」

 襟を掴まれ、内股を払われる。

「うぐ」

 自分の背中が地面を打った。雪、枯れ草、土の三層とはいえ苦しくて一瞬麻痺。

 下からシゲの胴に脚を絡ませる。

 シゲは逆手の木の棒で胸を突こうとし、その腕をこちらは掴んで突っ張って抑える。

 空いた左手でシゲの目に土を塗ったくり、親指を引っかけて手探りで目潰し。顔が離れた。

 シゲは右から左に木の棒を持ち替えようとするが、こちらの動きは手探りで把握されていたので左手はシゲの右手に抑えられる。

「言え、言ってみろ!」

 絡めた脚を離しながらシゲの両股関節を同時に蹴って、背筋で這って距離を稼ぐ。次に両肩に足裏を合わせてもう一度蹴って、下から抜ける。

 シゲは目が潰れたまま。木の棒をその首に当て、正面から絞め上げる。

「おらどうした言ってみろ!」

 踏ん張って締め上げる。屁が出た。

 もう決着はついたが、これはこれだ。

「そら言え」

「がわぃ……うぇって」

 代わりに産めって、か?

「だろうっ、なっ!」

 シゲを放して距離を取る。

 視力を回復してから、シゲが木の棒で打ちかかって来る。

 初撃は防いだが、体当たりで息が止まって、その隙に頭を打たれた。あまりに痛くて、半分正気を飛ばしてのた打ち回った。

 暇ではない。

 西部戦線は膠着状態。こちらもロシエも攻めずに沈黙。

 何もしていないわけではないし、威力偵察、嫌がらせの攻撃は互いにやっている。防衛線の強化も平行して行っている。

 暇ではないが、忙しくもない。

 じゃあ何かしようと思った。

 

■■■

 

 北領戦線は東西に長い。ザーン連邦の北側沿岸部より始まり、南北エデルト国境に沿って、セレード王国との国境を分けるカラミエスコ山脈を過ぎ、ククラナ地方で終わる。

 沿岸部は堤防の決壊により、北からの進入は困難。

 エデルト国境沿いは要塞線とシアドレク獅子公の軍による機動防御で鉄壁。

 カラミエスコ山脈は大軍を通過させられる地形ではない。冬場は風が強くて熟練の登山家でも死を覚悟する。

 魔神代理領軍の北進経路でもあった、カラミエスコ山脈東麓からオルフ領までに跨るククラナ地方からの迂回路はどうか?

 オルフ情勢が悪化している。人民共和国側にアッジャール朝側が押し込まれ、セレード国境沿いに迫っているそうだ。スラーギィ北のペトリュクからの難民はアッジャール朝勢力ばかりらしい。

 エデルト王家は王女とイスハシルの息子を婚姻させ、アッジャール朝支援に回っている。今戦争にセレード軍主力を回せていない。

 マトラ、スラーギィとして考えれば人民共和国もアッジャール朝も大した違いはないが、エデルト=セレードから見れば共和革命派政権が隣に誕生するのは脅威だ。戦後にどれほどの工作員が流し込まれるか分かったものではない。

 こっちの戦が終わったらオルフの方に傭兵しに行くかな? 金は無さそうだから代わりに土地でも請求しようか。

 スラーギィとセレード間の回廊か欲しいな。ククラナ地方南縁の東部諸侯領、とオルフの領地を少し削って貰えれば、あとは山に森に道を拓いて……くれるわけはないか。それだとこっちが強くなり過ぎて厄介者になる。

 エデルトの苦境はいいのだが、セレードの苦境は歓迎出来ない。

 のんびり西部戦線に張り付いても良くない。もう冬だ。雪が薄っすらと地面を白く化粧している程度に寒い。

 冬だからと言ってのんびりしていると、折角粉砕したロシエ軍が再建されかねない。そうしたら泥沼の戦場が見えてくる。

 ではどうする? 南エデルト諸侯連合軍をエデルト軍と挟撃して撃破する。

 西部戦線を離れ、その速度が実現できるのは我が部族軍だ。一万騎総出で行こう。夜戦にそなえてニクール、獣人騎兵も連れて行く。

 獣人騎兵を先導にした夜戦訓練をロシエ軍の包囲殲滅後の秋から行ってきた。前からニクールと練っていたので効率も良かったと思う。

 挟撃を成功させるための、敵による二重挟撃を防ぐための陽動攻撃をラシージに任せる。

 ラシージの相手は中央同盟軍。同盟結成前までは十万そこそこであったが、今では二十万ぐらいにまで増員されている。三部会承認の下で現役兵の動員、新兵の徴用、傭兵の雇用が進んでいるらしい。上から下まで戦う用意が出来上がってきている。

 我々は、戦力激減により動きが停滞したとはいえ、ある程度はまだ健在のロシエ軍とオーボル川を挟んで睨み合っている。状況に合わせてどの程度の兵力を西部戦線から抽出し、陽動に振り分けるかはラシージ任せだ。あいつ以上に適正な判断をする奴を知らないのだから任せるしかない。

 

■■■

 

 エデルト=セレード軍との伝令のやり取りは困難だが、敵中突破の伝令を出す。

 目前に整列した伝令騎兵二十騎は、一万騎の中から選ばれた俊足自慢達だ。根性があって、持久力があって、少ない食料と水とで遠路を駆ける。体重の軽い、少年兵達の中でも若い少年達。

「死を覚悟しろ」

 エデルト=セレード軍の攻撃地点を指定させる。手紙は持たせず、口頭伝令だ。

「捕まったら自害しろ。拷問というのは鋼の意志も圧し折る。頭の中身を覗くような魔術も存在する」

 希望的な流れでは、

 エデルト=セレード軍が、我々が指定した位置を攻撃する。

 シアドレク獅子公軍が定例通りに救援へ駆けつける。

 その背後に我々が現れて攻撃ないしは牽制をする。

 そしてエデルト=セレード軍が攻撃地点を突破ないしは、我々がシアドレク獅子公軍を撃破する。

「お前等の生還、未帰還に関わらず家族に対しては褒賞を出す。功労者として皆の前で発表する。お前等は死んで風になっても決して祖先に恥じず、永遠に生きる」

 可能性は低い作戦だが、やってやれないことはない。何もしないのは負けているに等しい。

 何とはなく少年達の赤い顔を触って名前を呼んで回る。

「シャルフ、サラング、ノゴラ、ハンワルガン、ゾマ、ツァチャル、ザニヤン、ユルデイ、ヤリダエフ、シトー、テリサン、ニシャール、ヴァーニャ、デリュヴィシュ、イスルヌス、ユシャーク、ガイシャン、チラーク、プラシャラ、アヤリンジャル」

 緊張したり、笑ったり、口を真一文字に閉めたり、色々だ。

 こうすれば少年達は感動し、喜んで死も厭わないのを分かっていてやっている。

「よし行け。またその面を見せに来い」

『はい頭領!』

 二十騎は一斉に替え馬を連れて駆け出す。馬が地面を蹴る音に子供の笑い声が混じる。

 派手な見送りはない。敵に察知されぬため、この出陣を知るのも最低限の者だけだ。他の部族兵から見てもいつもの斥候か伝令が出た程度にしか見えなかっただろう。ラッパに音楽に声援混じりでやってやりたかった。

 馬の尻と、蹴り上げる黒い土が雪の帳に隠れて見えなくなるまで見送る。

 

■■■

 

 我等が部族一万人隊はナスランデン地方から北東へ進み、北領に入った。機動性を重視するために食糧は自ら歩く羊や山羊、牛を連れている。

 雪は降る。静かに降る雪が騒々しい行軍の音を幾分か和らげる。

 泥が凍った土塊を踏むとザクっと鳴る。氷が張った湿地は足応えが硬く、薄いと割れる。時折凍える沼地に落ちる者と馬もいて、凍死する前に服を着替えさせ、水気を拭いて火に当てる。

 これでエグセンの冬なんぞセレード、スラーギィに比べたら秋みたいなものだ。中途半端に泥だけになるイスタメルよりも乾燥していて居心地が良い。

 厳しいスラーギィ東部の砂漠で夏も冬も訓練で過ごした部族兵達にとっては行楽だ。

 それでも犠牲はわずかに出る。集団行動を取ると、足元に敏感な馬も踏み間違えることがあった。

 

■■■

 

 エデルト=セレード軍に伝令を飛ばして通達した、攻撃指定位置の後背地域への到着する。

 斥候の偵察情報、伝令からの報告を総合。中央同盟軍はラシージが行った陽動攻撃に引っかかった。成功要因は、聖なる諸侯達へ通達無しに行ったこと、かもしれない。

 聖なる諸侯達に通告しないのはどこで情報が漏れているかも分からないからだ。敵味方もあやふやな蝙蝠連中に義理堅くする必要はない。味方も騙されて貰った。

 敵中突破の伝令が帰って来た。ヴィルキレク王子は作戦を承諾。これで無駄足を踏まずに済む。

 生還したのは十四騎。思ったよりも多いか、少ないか。

 そして斥候から報告。シアドレク獅子公は北領を構成する一つ、ジーゲンホルク市へ駆けつけるために軍を動かしているとのこと。

 こちらが指定した攻撃目標は正にそのジーゲンホルク市だ。要塞線の中では一番道路事情が良いから選んだ。まずエデルト=セレード軍の歩兵と何より砲兵に冬道で現着して貰う必要があったからだ。

 これで間違いなくシアドレク軍は術中通りだが、上手く行き過ぎているか? 現地に着けばこちらの動きを見越して待ち構えている気がする。

 シアドレク獅子公の即応は奇妙だ。素早く動いた少年達がヴィルキレク王子へ伝えた直後に動いているかのようだ。

 怪しいので斥候に良く探らせる。その間にも周辺地形の把握させる。

 攻撃するにはまず道の把握が必須だ。ジルマリアが注釈を入れた北領地図の精度は素晴らしいのだが、流石にどんな風景が広がっているかまでは記載されていない。

 敵の斥候、伝令を狩りながら頃合いを計る。

 

■■■

 

 後背地域へ到着して二日目。

 斥候の偵察結果だが、我々が後背地域、ジーゲンホルク市の南から攻撃を仕掛けることを見越したように守備隊とシアドレク軍は防御体制を固め始めているという。

 既に塹壕を掘って、防塁を組み合わせ、馬防柵を展開。少数でも多数を食い止められる状態。騎兵だけで攻めるのは辛いところで、強引に攻略しても消耗してしまって後が続かない。

 未来予知でもしているかのようだ。奇跡か魔術か、情報戦強者か。

 エデルト=セレード軍のジーゲンホルク市突破まで睨み合い、牽制するだけでも効果はあるが、それでは我々の意地に沽券に関わる。無理する必要は勿論無い。

 このままでは睨み合いが始まりそうだ。中央同盟軍にはこのジーゲンホルク市攻防戦へ参加する動きは見られないが、時間が経てば対応される危険性は高い。

 今度はこちらが挟み撃ちに遭うという危険性だ。ラシージに陽動攻撃をさせておいたのが保険になっているが、それも時間の問題であろう。ロシエ軍に備える片手間にそうし続けられるのも動きづらい冬の間のみ。

 ここで何もしないのは負けているのに等しい。

 相手は状況を固定化することで勝っている。

 

■■■

 

 風が強くなって来た頃に蒼天の神が囁いた。今回は自分の正気を疑った。

 ”死の風”が吹く時、撤退するイスハシルを狙った時の声に思えた。

 シアドレク獅子公に対する複数の攻撃案の中から、夜襲案を選んで修正し、各指揮官に通達。そして移動を開始。

 移動開始直後に吹雪いて来た。作戦の中止を提言する者は当然いたが、これこそ望んだとおりの天の采配。続行だ。

 これは本当に、蒼天の神が見ているんじゃないかと勘違いしたくなる絶好の悪天候だ。

 夜間、吹雪の中でシアドレク獅子公軍の南側から東側に移動する。いかに予言者シアドレクと言えど、防御陣地の作成速度は並である。南が堅いなら東から行く。

 吹雪に紛れて夜道を進む。吹雪は吹雪だが、北のような人間を立ったまま凍らせるような風ではない。

 夜間は獣人を分散させて各隊の先導とし、無灯火で進む。

 雪化粧はしているが道が、埋もれる程は積もっていない。徒歩なら少し辛いところだが、こちらは皆馬上である。寒さに強い草原の馬は密集して団子になり、弱り気味の個体は中心部へ寄せ、更に寒さへ対抗できる。寝る時も馬と抱き合い、挟まり暖かい。

「ニクール、お前ちょっと、その毛皮でモコモコさせろよ」

 馬上のニクールに、こっちも騎乗したまま左から体を寄せる。

「そんなに生えてない。寄るな気色悪い」

「えー? じゃあ耳、耳触りたい。お願いタンタン」

 獣人達の帽子は聴覚を鈍らせないように、耳の形を潰さず穴を塞がないようにする耳袋付き。かわいい。

「愛玩用でも買ってろ」

「え、ニクールって幾らすんの?」

「アホかお前」

 アクファルが右から騎乗したままニクールに体を寄せる。

「タンタン、私も触る」

 流石はアクファル、喋った時にはもう耳を触っていた。

「鬱陶しい、あっち行け」

 こっちは手で払われ、アクファルには軽く、あっち行け、と手を振るだけ。

 種族が違っても可愛い女の子におっさんは弱いらしい。自分もワンワンワフワフの可愛い女の子獣人に懐かれたら追い払うことは難しいだろう。

 

■■■

 

 明朝、雲が厚くてまだ暗い。吹雪は止みつつある。

 絶好である。

 突撃隊形を静かに取らせる。脱落者は五百騎程度出ているようだが、生きていれば勝手に戻るか合流するだろう。赤子ではない。はぐれても当然の状況だから恥じゃない、とは皆に言ってある。

 今までの戦いでの損耗と補充、今回の脱落者を差し引けば一万騎強。静かに、その数で突撃隊形を組みながら前進する。

 横幅は野営地を覆うように。一旗毎に横間隔は広めに二列横隊、これが十一段。ニクールの騎兵隊が加わっている。

 日の出に照らされ、南側を正面とした防御陣地を組んだシアドレク獅子公軍の、雪を被った野営地がこちらから見て西に、輝いて見えてきた。

 北西側にはジーゲンホルク市が遠目に見えている。

 南エデルト諸侯は対エデルト戦を意識して今日まであった。南側には要塞がほぼ築かれていない。それは単純に予算と人員の問題。粒揃いの真珠の首飾りのような高級品を揃えられるのは大国だけである。

 シアドレク獅子公軍の野営地はジーゲンホルク市南の村に隣接するように作られている。応急、駆けつけ程度の陣地にしてはご立派。

 野営地の見張りは天候もあって、時間帯もあって、疲れて眠くて雑に見える。

 我々は朝日を背負っている。古代より伝わる目潰し戦術だ。真っ白な雪景色がその日の光を乱反射して尚更目が眩む。日焼けするほどの反射。無理に目を開けば目が悪くなるほど。

 刀を鞘から抜く。何十人切っても美しいままの”俺の悪い女”を振り上げ、陽光を浴びせてチカチカと光らせる。

「全隊ぃ……前へ!」

 振り下ろして胸の高さで止める。切っ先は前に。

 分厚い横列の十一段一万騎が、自分の声と刀一本で動く。

 馬の蹄が雪下の土を穿り返す。

 曲射距離に到達。およそ四百歩の距離。最高の魔都式合成弓と、それに習熟した我が騎兵だからこそ届く脅威の射程。

「第一列より曲射開始!」

 第一列、親衛隊から射角を上げて連続で飛ばし矢を放ち始める。

 第二列から第十一列まで続く。

 風に流されて野営地手前に落ちる矢はあるものの、概ね敵兵が天幕と共に固まっているどこかへ落ちる。張った布に矢は案外弱いので、天幕内にいた兵士はそこそこ無傷だろう。

 矢を受けた悲鳴、敵襲を知らせる怒号が聞こえる。そして段々と矢の毒で苦しむ声に、それを見て怯える声が混じる。

 矢の雨は段々と密度を増して、敵兵の苦しむ声を増やす。

「親衛隊鏑矢用意!」

 直射距離に到達。およそ二百歩の距離。

「放て!」

 親衛隊は射角を下げて、万遍なく敵野営地の上を飛ぶように鏑矢を一斉に放つ。

 銃声、砲声、そして鏑矢の音に馬を慣れさせるのは時間が掛かったものだ。

 鏑矢の甲高い異音に慣れていない敵兵、軍馬、その中で緊張の限界に達した者が狂って喚く声が混じる。

 続く親衛隊の直射、後続の十段の曲射で矢の雨を野営地に降らせながら近寄る。

 良く視認出来る距離に入った敵兵へ、真っ直ぐ飛んだ矢が刺さって倒れて、それから生きていれば毒で暴れて混乱の度合いが増す。

 ギーレイ族直伝の南大陸の神経毒は良く効く。麻痺、呼吸困難、意識障害。劇症化までが早く、更に長年の調合で保存が効いて温度変化に強い。

「親衛隊銃撃用意!」

 先頭の親衛隊のみ銃を構える。

 曲射出来る矢はともかく、ほぼ直射しかできない銃で十一段も重ねて銃撃したら味方の前列が壊滅する。

「構え!」

 銃弾を撃ち込むのは二の次、放つべきは重なった銃声だ。耳と心を狙う。

 矢掛けを続行するアクファルを除き、親衛隊各騎が拳銃や小銃をそれぞれ得意な物を構える。

「狙え!」

 銃撃距離に到達。およそ五十歩の距離。

 武装している敵兵はわずかで、小銃を使うなんて状況ではない。

「撃て!」

 一斉射撃。人と馬が吐く白い息に銃煙が混ざる。

 間髪容れず、

「突撃ラッパを吹け!」

 親衛隊ラッパ手が突撃ラッパを鳴らす。馬を走らせる。

 突撃用意を知らせる為に”俺の悪い女”を大きめに振り回してから前へ突き出す。親衛隊も刀を抜いて同じように前へ突き出す。

 後続の十段も適宜矢掛けを止めて同じく。

「突撃! ホゥファー!」

 馬を襲歩に加速させる。

『ホゥファーウォー!』

『ララララララ!』

 気休め程度に少しだけ、時間稼ぎ程度に、それもまばらに置かれた馬防柵をすり抜け、役に立たない工事中の塹壕を普通に駆けて渡り、逃げる敵兵の後頭部を”俺の悪い女”でスルっと斬って背中まで抜く。

 野営地内に突入。敵の顔を見ると、何故だ? 何だ? となっている。

 敵兵を切って、撥ねて、踏む。天幕を張る綱を切って後続のために視界を、足場を広げる。

 後続に任せるように、先頭は目につく敵兵を殺す程度に天幕の綱斬りを行って潰し、馬に乗って素早く対応しようとする良い兵士を狙って殺す。

 敵兵は転んで、起き上がって、支離滅裂に逃げて、荷物を引っ繰り返して、仲間同士でぶつかって転んでいる。一方的に狩り放題だ。

 十一段の騎兵横隊による突撃は無停止で野営地を横断する。

 一段目が衝突して勢いを失っても、二段目が追い越し、三段目が残敵を掃討。少し経てば一段目が体勢を立て直してまた駆け出す。これが十一段目までを予備にして続々投入、再投入、各隊指揮官の独自判断で散開して敵の反応へ対応。繰り返される。

 野営地を蹂躙し終わったら、今度は村だ。

 村の防備は盗賊対処程度の最低限度。そんなものは大砲が無くても、野営地から奪った火薬でも仕掛けて爆破すれば吹っ飛ぶ壁だ。

 村を囲んで、一万騎で旗を掲げて走って回る。地震のような足音で降伏を促す。まずはそうする。

 雪が捲れ、土が掘り返されて蹄の円が描かれる。

 轟音に負けぬよう声を張り上げる。

「シアドレク公、降伏せよ! さもなくば皆殺しだ!」

 予言能力かどうかは知らないが、素早く村の門が開かれ、帯剣して正装姿のシアドレク獅子公が一人で、徒歩で出てきた。

 華やかな美男子である。髭が薄くてやや女顔か。

 獅子の異名は、先の大戦のアレオン戦線にて特筆して活躍し、現地人からも畏敬され、そう呼ばれたことによる。現代屈指の名将といえばこの人であった。

 それを負かした、圧倒的に。超嬉しい。

「レスリャジン部族頭領ベルリク=カラバザル・グルツァラザツクです。降伏を」

「ニェスレン公爵シアドレクです。降伏します」

 シアドレク獅子公が刃を持って差し出した刺剣を、馬から降り、降伏の証として受け取る。

「受けました。身柄はエデルト=セレード軍の方に引き渡しますので、南の者達のようにはしませんよ」

「ご配慮感謝します」

 彼等は未来のエデルト=セレード王国臣民である。国内の憎き北エデルト人比率を下げてくれるある種の同胞だ。虐殺なんかしない。

 近寄って、持っていても邪魔なので刺剣を返しながら小声で話す。

「噂の先読みはされましたか? 気になります」

「いつもは兵と共に寝ますが、予感がして夜に変えました。こうなるとは流石に……」

 

■■■

 

 シアドレク獅子公軍の降伏処理を行い、捕虜をこれ見よがしに連れてジーゲンホルク市の南へ向かった。

 包囲中の、市の城壁を眺めていたら客人がやって来る。

 ヴィルキレク王子とその護衛の一行だ。王子は相変わらずの白馬が良く似合う金髪碧眼、顔に傷があって逞しいのに美系であるというエデルト人理想の形。

 セレード王の臣下のつもりはわずかにしかないので馬上で迎える。部族兵も獣人も馬上だ。

 隣にいるシアドレク獅子公も馬上だ。

「お久し振りです殿下。こちらは北領土産ですが、いかがですか?」

 ヴィルキレク王子は腹を抱えて笑い、しばらく話にもならなかった。

 その後、ヴィルキレク王子とシアドレク獅子公は先の大戦では戦友であったこともあり、直ぐに打ち解け、ジーゲンホルク市との降伏交渉も両者が協調して行ったので素早く完了した。

 伝統的には自然と冬季休戦期間に入っているはずであった。しかしこれで互いに休戦期間であるとは認識し辛くなった。

 疑心暗鬼のまま神経をすり減らして苦しめばいい。来る日まで統制を保ってみろ。

 今年の冬はきっと長いぞ。覚悟しろ。

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