ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー 作:さっと/sat_Buttoimars
ロシエにいるハウラから新たな報告が上がって来た。ロシエ各地で暴動が頻発しているという。
政界でも閣僚会議が解散され、再度人事がされるか不明。代わりに復活して実権を握った三部等族が仕切る議員議会が国王を罷免するという噂。新王はロシエの第一王子でもある継承権第一位の名目アレオン王が順当に戴冠するらしいが、その戴冠式もまともにやれるか不明とのこと。
とにかくあちらは大混乱に陥った。ロシエの軍事介入がここで完全に止まったと断定された。もう対外戦争をしている場合ではないのだ。
ハウラは無事だろうか? 娘の中では一番器用な奴だからのらりくらりと危機は回避しそうではあるが。
悲報は続くもので、中央同盟軍の主力であるブリェヘム王軍がベイナーフォンバットでの戦いで敗北した。おまけにかの王は戦場で行方不明だという。
雨が強い時に夜襲を受けたとのことで、狂王などと恐れられた彼ですらグチャグチャの死体にでもなって雑兵と判別できなくなっているのかもしれない。個人的には似合いの死に様であると思う。
既にブリェヘムの王子が国王代理として動いている。体制は王が亡くなったことを前提にしたものである、とご老公が言っていたのでその通りだろう。
ベイナーフォンバットに関わるその一連の戦いで中央同盟軍は十五万以上の兵力を失った。降伏せずに撤退できた兵士の復帰でまたある程度数は揺り戻るが、一時的にせよそれ程までに失った。
それでも中央同盟軍は今でも三十万近い兵力を保持している。徴兵できる余剰人口はまだまだいる。
だが士気は三十万人分を保有していない。だから反乱軍がファイルヴァインに包囲戦を仕掛けている。
反逆者マインベルト辺境伯軍がグランデン軍加勢の折に、道を変えてファイルヴァインに到着。そして奇襲的に包囲された。
劣勢の友軍を見限る。かねてより虚報の聖王勅令復活を恐れて。元から親聖都派だったが偽装。色々と理由があって、重なったりしているだろう。
察知できない裏切り行為というものはある。独立した軍権を持つ指揮官一人だけがそのようなことを腹の内に抱えていたら、流石の我々でも阻止は不可能だ。
彼等が道を変えるという怪しい動きを察知した時に、何とか人を集めて、できるだけ指示を飛ばして味方を増やす努力をした。些細ではある。
カラドス=ファイルヴァインはエグセンにおける中心都市。古くはエグセン諸族を平定するために設置されたファイルヴァイン伯の都であるからして、そもそもここから文明化と布教が始まった。ここから各地へと遠征したため街道も集結し、水路も整備されている。
マインベルト軍の予定順路はファイルヴァインを通過はせずとも、この都の道路網を利用する形であった。その状況で、最接近してからの進路変更に気付けたのは奇跡に近い。友邦全てを疑うという前提で行動していなければ、都内に雪崩れ込まれてから反乱が発覚していただろう。
これは強烈。確実に突ける意表というのもあるわけだ。
この反逆者マインベルト辺境伯の行動を目にし、諸侯の軍も何やら怪しく動き始めていることだろう。外部との連絡がほぼ遮断されているので密使、伝書鳩頼りになるが、事が発覚してからまだ時間が浅い。初動対応が良かったか悪かったかの評価も難しいくらいに浅い。
我々は負けるわけにはいかない。どの戦いでもそうだが、ここでの戦いは何より負けられない。ファイルヴァイン健在での和平と、陥落した後の降伏では出せる講和会議で出せる条件が違う。終わりは和平であって降伏であってはならない。
さて黙って現有兵力だけで守りを固めている必要はないので援軍を要請しなくてはならない。ここは包囲されてはいるが、蓋が閉じた棺桶ではない。
メイレンベル大公軍のヤーナの従弟殿は、泣いて身内の背中を刺せる程度には従姉と仲良しだ。必要があれば身内殺しがやれる程度に良識ある大貴族。天秤の傾き具合では反乱軍に与する可能性がある。頼り難い。
ブリェヘム王軍は敗戦からの後退と再編で身動きが取れないし、国王代理が全権を把握するには時間が足りない。それに何と言っても彼はヤガロ人だ。民族が違い、利害も違う。エグセン人とロシエ人の盟主をどこまで尊重するかは分からない。
だから後詰はグランデン大公軍を率いるホルストベック将軍に頼んだ。
ホルストベックを動かすのは名誉や忠誠や仁義といった、形ではないものだ。そんな叔父は破滅しても裏切る者ではない。そうではなかったら皮肉混じりに傭兵伯、嘲笑されて借金伯などと呼ばれておらず、そうでありながら中央同盟三正面の一つを任せられることはない。
何よりあのジジイのことは自分が良く知っている。身内の頼みなら破滅的な借金まで理由も聞かずに肩代わりする馬鹿だ。分かっていて二度、三度とする本物の馬鹿だ。最近では額が上がり過ぎて逆に”もっと貸さなきゃ破産するぞ”と脅せるくらいになったそうだが。
叔父へは伝書鳩、伝令、両方出した。ハイベルト・ホルストベックの救援軍到着まで篭城する。
反乱軍は、その首魁は狙撃も恐れずにマインベルト辺境伯自らが姿を現して口上を述べる
「我々は、中央同盟盟主にしてメイレンベル大公マリシア=ヤーナ・カラドス=ケスカリイェンと、ロシエ王国第四王子アシェル=レレラ・カラドス夫妻の身柄を要求する! 要求に応えたならば一滴の血も流さないと我が名誉に懸けて約束しよう!」
城壁の上から直接返答してやる。
「カラドス=ファイルヴァインの守備責任者、親衛隊隊長フィルエリカ・リルツォグトである! 聖王とそれに匹敵する方の御身をお守りする親衛隊の見解をお伝えする……断固拒否! 以上である!」
大声を上げると喉が痛い。拡声器を隊員から受け取る。
「あーあー、こっちが楽だな。それから個人的見解を述べる。
聖王とそれに相応しい人物を神聖教会も必要としているのはご存知でしょう。そして今は我々の盟主殿が最も、引け目無しに適格。
マインベルト卿、貴殿のやっていることは徒労である。神聖教会がこの広いエグセン全てを神聖的に、直接的に統治できるわけがなく、間接的に行うしかない。それを念頭に入れて考えれば自明。こちらの玉座に座っていてもそちらの便所に、無事にと仮定した上で座っていても何も変わらない。変わるのは誰が評価されるか、死ぬか、である。
評価されるのは貴殿か? 本当に貴殿か? 無用な騒動を引き起こしているお前がか?
死ぬのは誰だろうか。少なくとも南から来た連中ではない。まあマインなんちゃらとかいうような匙一杯の糞と等価のド田舎辺境のシラミ部落出身の騎馬蛮族のおとし子共の酋長閣下には分からないかもしれないがな!」
マインベルト辺境伯領はククラナ南縁の国境地帯。あのあたりは昔からセレード族の侵入を受けて略奪され、破壊もされている。女子供には優しいという話は一度も聞いたことがない。
定住民と遊牧民の生活領域の境目の地方というのはそういうものだが、これを言うと大体の北東エグセン人は怒る。丸っきりの嘘は下らないが、真実は突き刺さる。
そうすると辺境伯が怒りに顔を歪めて引き返す。
口喧嘩で勝った。兵士、民兵、住民が沸き立って追従。
「混ぜもんのクズ共!」
「田舎っぺは家に帰って芋でも掘ってろ!」
「お前の娼婦共がセレードの息子を作ってるぞ!」
間も無くファイルヴァインの城壁に対して砲撃が開始された。
■■■
城壁がマインベルト辺境伯軍の大砲に叩かれ、崩れたら補修をし、備え付けの大砲で撃ち返す。激しい、しかし単調な作業を繰り返すこと数日。
初日の砲撃は激しかったが、狙いはいい加減で花火を上げているのと同じだった。
二日目からは真っ当に狙いを絞り、弱点を探って撃っていた。城壁には脆い箇所、頑丈な個所と差異がある。
造りが古くて経年劣化で石の噛み合わせが悪くなり、隙間から土が流出している箇所は脆い。
不要とされて壁に直された窓、銃眼、砲眼、石落とし、便所も脆い。
大規模な工事だったため石の産出場所に違いがあり、砲弾で割れやすい性質の石を使っている箇所も狙われる。
城壁と都内の内部構造を把握すれば、どこを崩せば突破口として有用かどうかも判断できる。建築構造ではなく、戦術的に脆弱な箇所もある。
敵包囲軍はどうにかしてそれらの情報を割り出したらしい。砲弾を当てた時の城壁の変化を見て、衝突音を聞いて職人的な勘で探り出した点もあるだろう。
感心ばかりしていられない。都内に潜伏していた敵工作員が暴動を開始した。そろそろ敵兵の城壁への突撃が近いということだろう。
暴徒の排除に回る。捜査や密告で暴動自体の開始場所はある程度特定している。ただ今回は、今日のために用意されたとは把握が全くできていなかったので後手後手である。末端へ余計な情報を与えないという点では徹底していた。
鎮圧部隊は旗信号、ラッパや太鼓の信号で指揮されつつ、戦闘馬車で素早く駆けつけて暴徒を襲撃する。
傘下のチンピラ暴力団共に小遣いを渡して鎮圧の補助に当たらせる。
民兵、住民へは暴徒の首を届けたら報奨金を出すと宣伝して、幻であっても敵の背後に更なる増援を派遣して揺さぶる。機会に乗じて暴徒ではない者も殺されそうだが、だから何だ?
都内の戦闘は日の明るい内に終了した。家に何とか隠した武器で立ち上がった貧弱な暴徒と、市街戦訓練を重ねた重武装の鎮圧部隊にその補助部隊込みでは比較にもならない。
それから夜になって城門が破られたと報告が上がる。手口は夜間に騎馬砲兵を一挙に前進させ、全周合わせて十六ある城門の一つへの直接の集中射撃で破壊だそうだ。
ファイルヴァインの外城壁は非常に円周が長くて守り辛く、水濠も掘っていない。区画整理の度に増設された城壁は形も歪で要塞として不適。戦うためではなく、政治と経済を回すための都へと発展させるようにと方針が定まって以来の弱点。破られた城門は弱点の一つであった。
夜襲は想定されていたことだ。内城壁への後退命令を出す。外城壁と内城壁の間、この新市街地住民の安全は無視して守備兵力に後退命令を出す。
外城壁の内側は元々、勝手に移民が集まってできたような場所、新市街地だ。本来のファイルヴァインにおける防御計画の範疇ではない。
内城壁は水濠に囲まれ、川とも繋がり、城壁そのものも頑丈で厚くて火点が多い。城門も一か所のみで守りやすい。
■■■
翌早朝、妹のハルメリーと甥のディタバルトが人質になっているという情報が入る。真っ先に警備計画にまずい点があったのならば改善せねば、と思ったのは職業病か。家族の危機だというのに、この期に及んでは瑣末なことだとしか思えていない。重要なのは敵の意図を見抜けず防げなかったという事実。
誘拐に今まで気付かなかったとは少々間抜けだ。内城壁、旧市街地への撤退で配慮が足りなかった。屋敷も旧市街地にあったので油断していたかもしれない。一つの門から外に出たのも、外から来る者には警戒するが、内から出る者にはあまり注意を払わないという盲点を突かれた気がする。
人質として各所から集めた貴き方々から行方不明者が出ている。潜入工作員の類がいてもおかしくはない。宮殿に放火がされていないだけマシか?
さて、内城壁の正門前に可愛いあの二人が並んで立たされているそうだ。
はてさて、何か交渉でもする心算なのか?
「アブゾル来い。お勉強だ」
「勉強? 今ですか?」
二人は暴徒が騒ぎ出した時の混乱に乗じて誘拐されたらしい。突撃支援にもならない稚拙な暴動だと当初は思ったが陽動だったらしい。大都市は把握すべき住民の数が多過ぎて漏れが出てしまう。
……予算と人員がもっとあればな。
「宮中伯、ナルバネスク財務卿の妻子をこちらで預かっている! 交渉に応じなさい!」
敵士官が脅しの心算の、つまらない台詞を吐く。
狙うのならもっと価値のある者を狙えば良かったものを。間抜けな敵め、怒りも沸いてこないな。自分の挑発に乗り、意趣返しの心算か価値の無い人質を取って得意になっている。
正門側の内城壁の上に立つ。フェンリアも連れて来た。
「この距離はできそうか?」
「はいお母様」
「待て何を考えている!」
娘と準備をしているとあの、クソ宮中伯、ナルバネスクのあんぽんたんが息を切らせて走ってここまでやってきたが、殴り倒してから腹を蹴って動きを止める。雑魚でも大の男が暴れれば邪魔になる。
城壁の上から妹、甥、甥か姪か、三人を見る。距離はそこそこあるが、表情は判別できる。妹のハルメリーはもうどうなるか分かっていて、察せられぬよう不安と無表情の間。演技が下手な割には丁度良い顔を作っている。
状況は理解できていなさそうだが、怖くて泣いている甥のディタバルト。頭から腹まで撫でてやりたいが、それは一般人が望むこと。
今度は辺境伯ではなかったが、連隊長程度には偉そうな貴族士官が出てくる。前に会った時と服装が違うが、あれは代闘士として名高い準男爵ライヘルム・ペンゼルコーヘン卿か。彼なら自分に話が通じるのではないかと考えたらしい。
「既にカラドス=ファイルヴァインは陥落したも同然です! 無駄な抵抗は諦めて降伏しなさい! 降伏すれば身の安全を保証します! 剣に誓います!」
盟主ヤーナとアシェル王子の身柄を聖女に引き渡すという一点を除けばおそらくその通りになる。引き渡したとしても傀儡聖王にされ、現在と特に待遇に変わりも無いという結末も容易に想像できる。
「確実に胸、腹を狙え。楽に死なせてやる必要はない。頭蓋骨は滑るぞ」
「はい、確かに、ではそのように」
ディタバルトの軽い体が衝撃で跳ね飛ばされたので銃創ははっきりと確認できないが、子供の体力では生きられまい。
敵はまだ何が起こったか理解していない。フェンリアが狙撃に使ったのは施条式の空気銃だ。火薬の銃声がしないので相手には銃撃されているという状況を即座に理解させないことができる。
フェンリアはもう一丁の空気銃を手にしてハルメリーの腹を撃った。手早い二連射には二丁用意するのが良い。
妹は踏み留まって堪え、上着をはだけて、皆に銃弾で血がにじんだ妊婦服と、股から落ちる血混じりの羊水を見せつけて叫ぶ。
「聖王万歳! 親衛隊に勝利を! 反逆者に死を!」
奇跡でも無ければ早い内に死ぬだろう。
事態を理解した敵とアブゾルは驚いている。
あんな寸劇は通用しない。個人より一家、一家より組織、組織より主君を重んじる。国家に関しては主君が案じることなので役割が違う。
これが聖王親衛隊だ。
さて、人質に取っていたくせに動揺している敵が、しばらく固まってから反応して甥の死体を運び、我々を祝福し、敵を呪う言葉を失神するまで吐き続ける。
敵は咄嗟のことでもたつきながら、ペンゼルコーヘン卿が銃創を圧迫止血している重態のハルメリーを衛生兵が担架で搬送しようとする。そこでフェンリアが圧搾空気容器を入れ替えた空気銃を構え、もう一発をその胸に撃ち込んで止めを刺した。丁度担架が持ち上がったところで、運び手が驚いて取り落とす。
反逆者その一のくせに、ペンゼルコーヘン卿が絶叫してからこちらを怒りと蔑み混じりで睨んで来る。
やれやれ、この処刑台に三人を連れて来た奴が何て目付きだ。
「我が妹へのお悔みの言葉くらいないのか?」
こう言ってみると言い返してもこない。
腹の苦痛からクソ宮中伯が立ち上がって、壁の下の三人の姿を見て、胸壁に縋り付いて泣く。崩れ落ちて、猫みたいに丸まっている。これは醜い。
お前はやはりリルツォグトの女と結婚するタマではなかった。
こいつが嫌いだ。貴族のくせに初恋の成就なんか頑張ってしてからに。ちゃんと愛の無い政略結婚をすべきだったのだ。
何より一番可愛いかったあのユルグストと同じ名前なのが気に入らない。別に珍しい名前じゃないが、それはそれはだ。
クソ宮中伯は泣きながら嘔吐し始め、喉から鼻に逆流して窒息寸前になって苦しんでもがき出す。これは酷い。名門貴族男子の姿かこれが? 女々しく腐っている。恥も外聞も無い。
「アブゾル。これが我々がやって、やられることだ」
アブゾルは何も言えないで口を手で抑えている。
「この外道め!」
誰か知らないが、敵兵の一人が言ったみたいだ。壁の下に返す。
「今更分かったのか!? はははははは!」
今更過ぎて笑えた。
生まれてこの方こういうやり方だった。あの兵士がこういうものだと知っているわけはないが、やはり指摘されるとおかしい。
これが聖王親衛隊だ。この程度の滅私の覚悟が無ければ”親衛”は名乗れない。
それにしても敵は新市街地に良く浸透している。
その日の夜に。新市街地中へ火を点けさせた。区画毎に延焼範囲が管理されたこのファイルヴァイン新市街地を段階的に、敵が屋根の下で寝ている時に焼かせた。
勿論だが暴力団等の手下共の建物は――露骨に焼かないと怪しいので――協議した部分しか焼いていない。またそこから這い出て後方を攻撃して貰うこともある。所詮はチンピラだから数には数えないようにしているが。
敵地の屋根の下で眠るという危険を教えよう。
火事で騒いでいる敵の声を聞きながらその日は寝た。
■■■
翌朝の焼けた新市街地跡に、隠れる場所も減って的となって体を晒す敵兵が良く見えた。外壁を破った後は強引に攻めれば落城できるとでも思ったか?
内城壁には塗料で敵に見えるように”聖王万歳、親衛隊に勝利を、反逆者に死を”と書かせてある。
ハルメリーめ、標語みたいな遺言を死に際でよくも出せたものだ。良くやった。
新市街地は放棄する前提で設置されている。内城壁の大砲は、新市街地に侵入した敵を良く狙える配置になっており、その性能を遺憾なく発揮。建物、敵兵、逃げ遅れの住民諸共砲弾で粉砕する。
新市街地は、元々は中核部の外。丘の上にある旧市街地、内城壁からは全体が良く見える。また焼かずとも建物と道の配置から、こちらへは身を矢弾から隠して登っては来られないようになっている。身を隠して小休憩できる場所も無い。稜堡式の形状がどこからか攻め手を狙う。
野戦用の軽い小銃だけではなく、城壁の胸壁や銃眼から撃つための大砲のような銃での狙撃で敵を寄せ付けない。
ロシエ兵や悪魔の軍勢の妖精兵を見習ったわけではないが、我々にも施条銃はある。装填に時間は倍以上かかるが飛距離と命中率が段違いだ。防御戦闘にこそ輝いてくれる。
雨でも良く働くのが弩だ。もちろん晴れの日でも働く。導火線に火を点けた小さい木筒爆弾を矢に付けて発射すれば、敵兵に当たらなくても爆発して、筒内に入った小石が散弾になってちらばる。死者は出なくても後方送りにされれば良い。戦闘不能者は戦闘が出来ないのだ。
近寄って来る敵には住民も参加。投石用の石は家を崩して剥がした煉瓦も使えば幾らでも在庫がある。
それから桶に糞尿を混ぜ入れた汚泥。これが効く。嫌がって敵は逃げるのだ。誰だって嫌だこんなもの。
焚き火を壁の上でやり、そこら中から集めてきた物をとにかく焼いて投げる。鍋で炒った砂はかなり良かった。
敵の突撃部隊は梯子を揃えて坂道を駆け上がってくる。それを潰そうとこちらは撃ち、敵は対抗して大砲や小銃の列交代射撃で断続的に牽制射撃を加えてくる。
城壁底部に専用の角度をつけた設置された大砲で砲撃。巨大な攻城梯子を抱える必死の何十人もの敵を一度に、縦に膝下を何十本も引き千切って坂道を砲弾が転げ落ちる。膝下の足一本もげたところで直ぐに死にはしないから一斉にそいつらが物凄い声で泣き喚く。何が悲しくてあんな突撃をしなくちゃいけないと、撃っているこちらが感じるようなありさま。
このように敵の突撃が繰り返し試みられたが撃退した。
内城の篭城戦はそれから小康状態に入った。
■■■
その後も、何度もしつこく降伏勧告がされたが、隊員達が「聖王万歳、親衛隊に勝利を、反逆者に死を!」と返す。
ご老公は静かに残務整理中で、経過報告をしたら「片付いたら報告しなさい」と一言。
見捨てるように設計しているとはいえ、新市街地を制圧されてもまだ士気が高いのは三人を殺した影響もある。篭城戦は気合いだ。冗談ではなく、心が折れたら負けだ。
防衛責任者の親衛隊長が率先して足手まといになるはずの身内を殺して不退転の決意を示し、隊員達に覚悟をさせた。あの子達は無駄死にではない。
焼けた廃屋に、そして殺されてから回収されなかった敵の死体が目立つ。
使者を一人出して遺体回収の為の一時休戦を申し出て、了承。これはしきたり、儀礼であり、今までの経緯と関係の無いことだ。
休戦しながら敵は距離を取って包囲網の調整を行っている様子だ。次の作戦の準備中であるか。
宮殿にいる人質は厳戒体制で監禁するが殺していない。あのマインベルト辺境伯に縁があるような人質も含めて、である。感情的に女達が殺さないように護衛をつけなくてはならない。
無意味に殺すのは我々親衛隊の役目ではない。殺しても意味が無いのならしない。
ヤーナは余裕だ。歌劇みたいに城壁の上に立って、宮殿で摘んだ花を壁の下に、歌って踊りながら振り撒いていた。撒き終わってから敵が盟主と気付いて騒ぎ立っていたぐらい。
アシェルは平気な面だけは維持しているが、食べてもすぐに吐くらしい。痩せこけるのが目に見え始めている。
食糧の残りは問題無い。篭城したら敵が先に餓えるだけある。川伝いに船から補給さえできる。マインベルト水軍など影も見えない。
内城壁には避難を求める者を一人も入れていない。食べる口は少ないままで、敵は住民に分け与えようかどうしようかと判断に困っているだろう。人道か非道かは、己に正義があると訴えるのなら難しい。
宮殿内の井戸も問題無い。警備も厳重で、瓶や桶に飲み水を入れて各所へ分散保存。それに雨が久しくなる時期ではないし、枯れ死ぬことは当面無い。
敵はどうやって勝つ気だ?
■■■
遺体が片付けられた休戦日の翌日。
内城壁全周を囲むように敵部隊が並ぶ。単純一列ではなく、交代用の二列目や督戦用の三列目までいる。全方位同時攻撃とは単純にして凶悪である。
まずは北の下水道が、排水口を塞ぐ太い鉄格子を爆薬で吹っ飛ばされ、突破された。そして敵をある程度引きこんだ後、爆薬で潰した。そして退路を断たれた敵は全滅。
一部で便所が使えなくなり、桶にするようになる。その辺が糞塗れにならないよう処理手順が刷新される。
内城正門への突撃が同時に行われた。撃退用の坂転がしの砲弾で大量の足をもがれながらも敵は迫った。
遂に古いが現役の、槍を十本同時打ち出す弩砲が扉の内側から、銃眼を通して発射される。一本で四、五人を貫く威力はまだあった。
壁の上から煮えた油に糞尿を混ぜて投下。焼け糞の、酷くむせ返るとんでもない臭気を放って敵を撃退する。我慢して吸い続けると失神する威力。終わった後の掃除が心配になる威力。
次にゴミ出しに使われる通用門が破られる。応急的に石や家具を積んでいたが爆薬で吹っ飛ばされた。即座に予備兵力を投入して対応させる。
あそこは手狭で大量に人は侵入できないし、門を潜れば即座に高所から集中砲火を浴びせられるようにちょっとだけ膨らんだ広間になっている。その広間を抜けるには狭い一本道だけで、石で封鎖しているので行き止まり。
そんな中。西側の壁を敵が梯子で登ってくる。
反乱軍に協力していると今判明した貴族の、新市街地側で水濠沿いの屋敷を足場にしていた。
屋敷は仕掛けがされ、部品を組み立てれば攻城塔と化すように作られていた。
屋根は滑りづらく、平らで歩きやすい加工。装飾に見えた飾りつけは全て銃弾にも耐えうる胸壁である。
天窓は大きく、その窓を外せば階段になっており、城壁に架けられた攻城梯子は手摺り付きで大きく頑丈。屋根に固定する土台があって人力で引き剥がせるものではなく、長さは測られていて水濠を越えて届く。
良く考えて今日この日まで準備したものだ。本当に感心する。してやられた。見事過ぎて気が抜けそうだ。おそらく別の目的で誰かが用意していたものを使ったのだろうと思われる。
その西の壁が一番まずいので増援に向かう。
鉄砲玉としての役割を果たすアブゾルが両手剣を構え、倍給兵の仕事として真っ先に切り込む。その強烈な切り下ろしは、帯に拳銃を突っ込んで剣片手に城壁へ乗り込んできた勇ましい敵兵の胴を縦に真っ二つ。一人殺した以上に、その盛大に内臓をこぼして死ぬ様に敵は士気を落とす。逆に士気を上げる隊員達も拳銃や剣を持って突っ込む。
城壁の上では剣と槍と銃と銃剣で殺し合い。狭い足場が死体で埋まっていき、足を取られて互いに転ぶ程になってきている。
仕掛け屋敷の屋根から伸びる梯子の本数が多く、そして思った以上に士気が高く、死ぬのが分かって乗り込んでくる敵兵士が多い。手榴弾で屋敷の屋根を攻撃していても追いつかない程だ。
見下ろせば破壊された梯子がいくつも見える。予備の梯子が多く、投入されている兵士も多いようだ。本命はここ?
元を断つには? 屋敷を燃やせば良い。
「屋根に松明を投げ込め、燃やすぞ。邪魔者は私が相手をする」
後方側の隊員に焼き討ちを任せ、隊員達の肩を踏み台に走り、壁に上がった敵を減らす。
刺剣で敵の首や鎖骨の内側を小突いて致命傷を与えながら、頭や肩を蹴って跳んで、時々首を折り、文字通りに敵の群れを乗り越える。
この”跳び芸”に驚いて敵が対処ができていない内に、攻城塔となった仕掛け屋根へ受身をして転がりながら着地。
失職したら軽業師でもやるか? 客寄せはヤーナにやらせよう。流しの演奏も良いな。
敵が驚いている内に屋根の上の敵を減らす。
自慢だが自分は耳が良い。料金を取る演奏会を開いて楽器演奏ができるぐらいに上手い。
足音に踏まれた瓦、銃の撃鉄に引金、剣の鍔に鞘、服と肌の擦れ、鼻と口の呼吸を聞き分け、距離も分かる。
目と耳で敵全体の動きを捉え、銃の射線から我が身を反らし、敵自体を障害物にしながら一人一人、最低限死ぬだけの深さまで刺して殺す。
これは踊りが上手いと滑らかにできる。自分は踊りも上手い。舞踏指導で食っていける自信があるし、小銭稼ぎもしたことがある。わざと相手の股間にぶつけて刺激したことだってある。
頭上からの味方の支援射撃が、自分を避けるように遠くの敵を狙って行われる。良い具合じゃないか。
松明がいくつか屋根に投げ込まれ始める。
単純に屋根瓦の上で転がるだけでは燃えない。手榴弾の爆発で瓦が剥げた部分に松明が当たってもなかなか燃え広がりはしない。窓を突き破って入ると良いのだが、投石と違って難しいところがある。
もう一押しなんだが。
デカい塊が敵の一人の体形をボキボキに踏み潰した。アブゾルが上から跳んで来た。曲芸の真似までしてついてくるとはやはりワンコだな。
「無茶な奴だ」
「誰が言うんですか!?」
「そうかもな」
真似して飛び降りる隊員が出てくる。屋根の上で敵をある程度抑えたのでその余裕も出てきた。
足を折って動けなくなる間抜けもいるが、銃は座っても人殺しに使えるのだ。しかし凄い発明だな銃は。
屋敷の天窓の階段からペンゼルコーヘン卿が現れる。
刺剣の切っ先を向けると、ペンゼルコーヘン卿が同様に刺剣の切っ先を向けてくる。そして拳銃の早撃ちで階段の下へ転がす。
「私は男も首も撃鉄も稲妻のように早く落とすんだ。知らなかったか?」
首を落とすは比喩だが、気付いたら死んでいた、くらいに剣捌きは早い。
名手、高名なる士官のペンゼルコーヘン卿の無様な姿に敵は動揺しているのが感じられる。屋敷の中からも荒らげる声に、生死確認、衛生兵は、と愉快になっている。
アブゾルや飛び降りた隊員が敵を押し返した隙に天窓へ、屋根瓦を炙っているだけだった松明を掴んで投げ込む。
焼くのなら室内から。戦城ではないのだから内部は木製、木製品に紙の本や絵に布がたくさんだ。生死不明のペンゼルコーヘン卿にも追撃をしてやる。
そうして屋敷に火が回り始め、黒煙が吹き上がり、上って来る敵がいなくなってきた。
梯子を上って内城に戻る。足を折った奴は担いで上った。迷惑な奴等だ。
男一人を担いで梯子を上るというのは重くて足腰に来る。
「隊長すみません」
「全くだ間抜けめ」
「隊長の髪、良い匂いがします」
「当たり前だ。夜まで覚えておいてもいいぞ」
手間の掛かる可愛いのばっかりだ。
■■■
内城壁への全方位突撃が終わってから緊張が緩む日を待った。
待って、遂にやって来た良い天気だ。雨が降っている。
夏になれば雨も珍しくなる。今の、春の内に訪れる好機は利用しよう。
反撃に移る。一人一人殺しても埒が開かない。大将首を狙って少なくとも指揮官級を殺す。
都内に一般人のフリをして潜伏している親衛隊の陽動攻撃と合わせる。
潜伏しているのは、それこそ老若男女の親衛隊員達だ。市街地に紛れればまず見分けがつかない。間違って自分が殺す可能性があるくらい紛れている。
夜になってから隠し地下通路を通り、新市街地に出る。
変装して単独。余計なお供は要らない。
雨の夜は良い。月と星の明かりはなくて視界は最悪で、水中用の薬品を使う松明は準備が面倒で、見回りが持つ本数も少なく普通の夜より暗い。
飛び道具が普段より役に立たない。水気で火器も容易に使えない。白兵戦訓練を良く積んでいる親衛隊の方が有利。
陰に潜めば屋外に積んであるガラクタか何かにしか見えないように分厚い布を被り、槍を持った旧グラーベ家の妖怪婆さんが「ヒッヒッヒ」と笑っている。
足元には敵兵が三人、痙攣しながら転がっている。毒塗りか?
子供の頃からこの婆さんは婆さんだったが今も元気だ。
変装は敵兵の軍服である。堂々と歩いて指揮官級を探す。
自分は耳が良い。暗闇の中でも、勝手知ったる新旧市街地を歩いて回る。敵の会話を耳で拾い、最新の情報を仕入れながら歩く。
何人か巡回している兵士に堂々と挨拶し、通りすがる。
狙うのは指揮官級、高級士官、出来るなら……。
「……雨止まねぇかな……」
「……俺のとこ穴空いて雨漏り……」
「……炙って乾くか……」
「……飯腐って……」
「……シラミだらけ……」
「……貧民が食糧庫にうろついて……」
「……閣下は良く火事の後に中で寝れる……」
ほう? その位置の声が気になる。
「前線指揮所に酒あるって本当か?」
「閣下がいるんだとよ」
「いいなぁ。死ぬ前に一滴くらい欲しいなぁ」
「禁酒令って正気かよ。正門で吐いたのが最後だぞ俺」
「正門? 油と糞焼いたあれか!? やっぱり親衛隊は気違いばっかりだぜ。悪魔軍の妖精共と良い勝負だぜ。あの淫売隊長、身内あんなにあっさり殺すかよ」
辺境伯の寝床の情報を耳が拾う。しかし前線指揮所か?
前線指揮所に使えそうな焼け残っている建物となると数は限られて来るが、しかし広いファイルヴァインではどうにも。
「……おい襲撃……」
「……へ集まれ……」
「……あっちで八人……」
「……親衛隊……」
「……糞してぇ、何で今……」
うーん。もうちょっと位置を変えるか。
「……警備……」
「……引け、待ち伏せで終り……」
「……援軍出せ、閣下の指示……」
お? そこか。
「おい前線指揮所ってどこだよ!?」
「プラムレン通りだ!」
「どこそれ!?」
「えー、いや、知らねぇよ!」
「看板!」
「はあ!? 字ぃ読めねぇよ!」
プラムレン通りのそういう建物ならギルスナー商会の若頭のところだ。あそこの塀は高かったな。砲弾は抜ける薄さだが、まあ良い場所だ。敷地内に井戸もあったな。
さて新市街地のその屋敷へ入る方法は?
この辺りに地下通路は繋げていない。火事からの復興に便乗して繋げるべきだな。
早速、目的の屋敷を目指して進む。親衛隊の襲撃騒ぎに慌てているように走って。
目的の塀を見つけた。剣帯を外し、鞘に入れたままの刺剣を足場に助走をつけて塀の上へよじ登る。それから鞘につけた紐を引っ張って回収。
所詮、その程度の屋敷だ。中途半端にするからこうなる。金があるだけの民間人に言ってもしょうがないが。
焦った風に屋敷の警備兵に敬礼をしながら中に入る。
二階で警備している、辺境伯にごく近いと思われる兵士、いや貴族士官が二人いる。一番の難関、最後の難関。
グランデン大公の印が押された書類封筒を見せると、勝手に合点がいった顔を見せて、一人がそれを受け取って背中を見せる。
もう一人の、責任者らしき中年の口に手を入れて塞ぎながら心臓を短剣で刺して抉る。もう一周回してから突き上げ直し、ドっと音を鳴らして倒れないように支えてやって倒す。
背中を見せた方に足音を殺して追い縋り、後ろから口を塞ぎ、腎臓を刺し、肝臓を刺し、しっかりと心臓を刺して抉る。こちらも静かに床へ、支えて倒す。
寝室へ向かう。寝息が聞こえる部屋の方へ。
こんな殺しやすい場所にノコノコとやってくるとは迂闊な奴め。寒い壁外の天幕の方が暖かいこともあるというのに。
寝室に入ると空の酒瓶が二つ。寝酒に飲んだ様子。
包囲は長丁場が相場だ。良く寝ない指揮官は悪い指揮官だ。
そんなマインベルト辺境伯が寝ている寝台の、その枕元で囁く。
「おやすみ」
薄っすら目を開け、そして驚いて目を剥いて声を上げようとするその口を手で塞いで、心臓を短剣で突き刺して抉る。三周回す。
驚き絶叫しようとして引ん剥いたその恨めしそうな目が死んで硝子のようになり、胸から血が大量に抜けた。ほら寒い。
放火でもしようかと思ったがここはファイルヴァインの一角であるし、別に葬式をまともに挙げさせてやらない程に憎いわけでもない。死体は故郷へ帰ると良い。
窓を開け、屋敷の外へ飛び降りる。
塀の中で巡回警備をする兵士に敬礼をして、勝手口の閂を外して外に出る。
今日は良い天気だ。歩いて帰る。
■■■
その後、辺境伯の死亡は伏せられているようだが宮殿の包囲は続行された。しかし明らかに精彩を欠いており、戦うのやら戦わないのやらはっきりせず、意味の無い小競り合いが行われた程度で終息。
こちらから辺境伯の暗殺を宣伝した後は静寂が訪れた。小競り合いすらも完全停止。
そしてホルストベックの騎兵が、二千騎だけだが、まず到着。包囲戦の失敗を決定的にしたその時点でマインベルトと停戦交渉を行った。
条件は、この件を水に流して終了だ。マインベルト辺境伯軍は当初の予定通りに前線送りとなる。
馬鹿な殺し合いであったが、もう講和が始まる時期なのだ。
無駄に殺す必要はない。
あの、悪魔将軍と聖王の末裔のように虐殺などもっての外。