ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー   作:さっと/sat_Buttoimars

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08話「鉄弾肉弾」・ベルリク

 アルルガン王一族の始末は解体された身体の焼却と、出来上がった骨の粉砕、そして他の貴賤問わずの骨粉に焼却灰を混ぜ込んでからの、見物人のいない名も無き川への分散投棄によって完全呪殺とした。

 意識して”呪術”を用いたのは今回が初めてだろうか? 草原の学問に通じるケリュン族の中で、我が軍における女長老というべきトゥルシャズの助言に拠ってこのようにした。

「墓にもさせず、風にもさせず、ですね」

 らしい。

 旧アッジャール左翼全体の傾向として、アルルガン族を徹底的に惨い目に遭わせ滅ぼし、その話を広めたので諸勢力とはほぼ戦わずに降伏させることができた。

 元々がアルルガン族に半属、レーナカンド政権に半属、でもやっぱりのその半々独立? のような弱小部族であったからしょうがないと言えばしょうがない。緩衝地帯の弱小国家群のような形態をとっていたので砂の城を蹴飛ばすような心地、手応え。

 左翼側の地形は、右翼のシャルキク平原のようなひたすら地平線が続くような平地ではない。トシュバル高原と呼ばれる地形になっている。

 トシュバルは西から向かうと東が高くなっている非常に緩やかな登り勾配で、中央にはレーナカンドを頂点に岩塊のようなユドルム山脈が南北に走る。

 そこを分水嶺にして東西に小さな川が無数に分岐して流れて、地図に載せるのも億劫な程に小さくて浅い盆地に渓谷が、老人の顔の皺のように刻まれる。

 東側も概ねそのような地形で、また緩やかな下り勾配になっていくそうだ。

 東西トシュバル斜面とユドルム山脈とを、わざわざ呼び分けている理由は良く分からない。その昔はユドルム自体が無かったという伝説もあるとか。

 それはさておき。トシュバル高原侵略は山間に住む頑迷で手強い少数民族との話が通じない血塗れ合戦も想像していたのだが、アルルガン族という柱を一本抜けば抵抗力は瓦解していた。

 アルルガン王は思った以上に雑魚であったが、旧アッジャール左翼全体にとっては支配者のごとき存在であった様子も同時に窺えた。

 そもそもアッジャール朝の大拡張時期に大量の男が死んでおり、その後の魔神代理領侵攻でも死に、そして粉砕後の内紛でも死に、そして侵攻によって草原砂漠ではない豊かな地方を知って出て行った者達がいるので各部族は思いの他弱っている。一応の戦後世代は成長してきているがまだガキんちょ。そりゃ弱いわけだ。我々がいなければただの食い物にされていただろう。

 我々は遊牧帝国域の復興か滅亡の直前に突っ込んだ形になる。これは美味いところだけ食っちまう感じになるかもしれない。

 次に目指すは難攻不落と名高いレーナカンド市である。

 レーナカンドは遊牧草原世界を東西中央様々に切り分ける、東のトンフォ山脈、中央のヘラコム山脈に対する西のユドルム山脈の峠にある。

 この三大峠を特筆して話題にするためにユドルムという言葉が作られたという話もある。これにいずれマトラも加えてやろうか?

 そのユドルム山脈は緩いトシュバル高原に急に角か壁のように生えてそびえ立つ岩の塊。荒々しい急勾配、断崖が続いて山羊か鳥でなければ道を外れることもできない難所。その難所の中で唯一山道として確立している道路の関所としても機能しているのがレーナカンドである。要所も要所。抑えられれば遊牧世界の半分を管理できるも同然だ。

 そしてアッジャール朝の聖地でもある。バルハギンがレン朝以前の天政から技術者を連れてきて建築させたという宮殿もあり、時の支配者が己の権勢を示すために手が加えられ続けて来た”北限の宝石”。とにかく聖都に魔都に帝都に規模は及ばないが政治的重要度、発せられる権威、満ち満ちたる霊力はこの遊牧草原限定でかの世界の都に匹敵しよう。

 レーナカンドの地盤は分厚い岩盤で坑道作戦も、ラシージがいたとしても年掛かりの大規模工事になりかねない。まともに掘っていられない。

 山道を工事して城壁を突破して断崖絶壁を下降して城内突入、というのは竜跨隊を大量に連れて来てようやく無茶か無謀かと評されそうな程。

 やるならば素直に火砲で正面から城壁を瓦礫の山にしてやって、その瓦礫に血の流し足りない連中を、背に尻に弓矢鉄砲大砲を向けて突っ込ませるしかないだろう。

 正面から攻略するならば準備が必要だ。大量の火薬と攻城兵器が必要。それが用意できるまで旧アッジャール両翼を統合し、領地替えをしたり、カラドスの手法で土地と部族を整理した。

 右翼の処理は旧オド=カサルをヤゴールに与え、旧ガズラウをヤシュートに与えた。

 旧イリサヤルはマトラ自治共和国シャルキク特別行政区の首都とした。行政区にはジラカンドを含める。

 拠点を失い軍だけで生存している三軍だが、旧つきで呼ぶのも可哀想だし、戦働きも問題無かったのでラハカ川流域を彼等に与えることにした。上流から、上ラハカは旧ガズラウ軍に、中ラハカは旧オド=カサル軍に、下ラハカは旧イリサヤル軍に。ただし、旧アルルガン配下の諸部族は彼等の配下とはせず、直接自分に服属させた。”子たる””婿たる””弟たる”王のような権威主体にはさせない。

 交易路目当てに服属とも言えない加勢をしているフレク族とダグシヴァル族だが、交易の道を使う限り出兵義務が生じるという契約を改めて交わした。旧アッジャール左翼の一部辺境部族、とてもではないが逐一攻め落としてはいられない弱小勢力ともこのような服属ではない契約関係を結んだ。生活必需品の塩等と対価なので経済的には完全に服属している状態である。

 左翼は抵抗が無かったどころか降伏しまくっただけに逆に処分に困った。功績に対する褒賞として分け与えられるような空き地が確保できない。まるで弱者の強みを見せ付けられているようで腹が立った。

 土地民族整理も、地形が複雑なだけに逆に谷や川を目印に区分けがはっきりしていて元から整理がついているから曖昧なところがなく、隙が無い。

 だからこいつら、戦わずに我が軍に参加した苦労知らず共をレーナカンド突撃の先鋒にして血反吐を出させよう。

 自分は彼等を戦火に巻き込みに来たのだ。平穏無事の安らかな生活をもたらしに来たのではない。飯は食わせるがその尻には鉄の鞭を打ち続ける。

 このように広がり続ける我が軍の領域だが、スラーギィだけでも目新しい情報が溢れているというのに、旧アッジャール両翼まで管理しなくてはいけなくなった。諸王国にと大雑把に区分けせず、行政作業量が百倍にもなっただろうか? 我が愛するケツデカジルマリアの歓喜と狂気の苦笑いが目に浮かぶ。

 ジルマリアには手紙、資料を何度も大量に送っている。現状報告とは別に些細な事とか、女達に教えて貰った押し花だとか、色々と工夫しているのだが事務連絡しか寄越しやがらない。ちょっと工夫してアクファルに手紙を書かせたら随分と普通の人間らしい返書を寄越したものだ。

 アッジャール左翼の征服は暇な仕事ではなかったが、右翼に比べれば暇だった。暇になると皆、余計な事を考え出すものだ。

 具体的には各部族が送り出してきた嫁候補の大群だ。大人チンポが一本ではとても足りない人数で、顔も名前も紹介されて覚える気がしなかったし、覚えていない。

 臣従の儀式として娘を差し出し、血縁でもって強力で断ち切り難い絆を結んで政治的、霊的に団結するという意味では受けるべき話である。チンポ不足の件も、別に全員に使って回る必要も無い。ちゃんと仕組みがある。

 正室はセリン、側室はジルマリアとして、全ての娘達を妾として受け入れて支配者である自分の”お家”へ一旦保護する。その際には一々抱く必要はない。名目は妻だが、養女として迎えたと考えた方が分かりやすい。

 それから各将軍、高級官僚などへ功績に対する褒賞として妾を下賜して回り、彼等を疑似家族に取り込んで団結するという手法がある。

 下げ渡す前に妾達に教育を施さなければ効果は薄い。新しい夫達を補佐できるだけの教養を持たせ、一つの”事業所”として上手くやりくりさせて個人の能力を引き上げて”有能化”させる。また支配者へ協力的になるよう心理的影響を与える術を仕込むことも大切である。これは物知り婆さん、博学宦官が揃っているような教育機関化した高度な後宮が無いと難しいところではある。

 自分には考えがある。一度全部族から代表を招いて説教をしなくてはならなくなった。

「各長に告げる。俺がお前等を評価するのは戦功と、経済等の発展による物資補給面での貢献であり、敵の振る刃がつけた傷口からの出血である。賞賛するのはそれらであり、股座からの血ではない。

 女一人で平和と安寧、唾棄すべき優遇を期待するのなら無駄な考えだ。たとえ誰かを娶っても何も優遇はしない。第二のアルルガン族のような怠惰で弱い無様な何かになりたいのなら諦めろ。もし後継者候補に名乗り出たいのならば抜群且つ驚異的な戦果を挙げること。ただそれだけだ」

 集まって貰ったついでに送り込まれた嫁候補の返還を行った。流石に屋外に飯無しで放り出す訳にいかなかったがそれ故に無駄飯食らいだったし、気位が高いお嬢様が揃って何やら知らぬ内に虚しい派閥争いまでしていたようで小うるさい。

 おまけに夜這いをかけようとしてきた馬鹿を偵察隊が密偵刺客と判断して捕らえ、早朝の鶏の鳴き声代わりに絶叫を響かせて晒し者にした。腹を裂いて吊るし上げ、腸詰めをその場で作って茹で、悲鳴をあげるお嬢様方に配って回っていた。

 褒賞という形ではないが、各長への教育は一先ずこれで済んだ。

 中央官僚組織による統治という形式には我が軍は至っていない。将軍と高級官僚へ団結を強いるという手法はこのような形で示された。

 甘えるな、戦って死ね。

 

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 マトラ、スラーギィ、イブラカン、バシカリ海、右翼、左翼経由が侵略当初からの暫定補給経路。

 マトラ、イスタメル、海上、ヒルヴァフカ、バシカリ海、右翼、左翼経由の新経路の運行が開始されて連絡が早くなった。

 スラーギィとイブラカンの砂漠がどうにも辛い道だ。二万七千の兵力で一挙に突っ切ったその砂漠地帯だが、事前に飲み水や瓜に秣や豆を各中継地点に用意し、井戸も応急に掘らせ、日中を避けて行動してようやくだった。事前準備のいる道はそうそう何度も、しかも往復で使えるものではない。水代わりに酒を飲んで、飲みすぎて死んだ奴もいたぐらいだ。

 その砂漠を越えぬ新経路伝いにニクールと配下二千に加えて武器弾薬が到着した! 特に施条砲と大量のマトラ製榴弾、榴散弾に攻城用の新式重火箭、追加の砲工兵中心のマトラ人民義勇軍が増派で三千到着したのは大きい。砲弾不足で鹵獲砲弾や現地鋳造砲弾を砲身に無理矢理、型枠や皮革で嵌めてぶっ放すのは終わりだ。

 これで基幹兵力は三万二千。裏切りの可能性は極限に低く、訓練装備十分で火力満点で実戦経験は豊富。女達の一万人部隊だが、あちらは補給部隊兼用であるが荷車要塞戦術を遣えば防御力は高いので質も悪くないと判断して従軍続行。施条銃の扱いも大分良い。

 そこそこ統制が利いている右翼軍六万。こちらで殺した分も含めて多少損耗しているが、征服前も互いに殺し合い牽制し合っていた分だけ軍の質はそこそこ高い。

 雑兵同然の左翼軍が数だけ揃って八万。アルルガンの威光は集団統制には効果があって、その分平和でボケて軍事訓練が疎かであった。アルルガン王は名君であったかもしれない。ただ防衛努力を怠った時点で名君ではなかった。

 時期は冬を越えて休養と再編制に補給手順の整理、怪しい動きをする部族を――ジルマリアの情報部隊が完全に動いていないので多少強引な決め付けもして――脅迫込みで粛清をし、雪崩の危険も去る春後半まで待った。この大軍勢での冬季高地侵攻は流石に厳し過ぎた。

「良く来てくれたギーレイの頭領、勇者ニクール、タンタンみみみみぃ。今適当に頭領とか言ったけど役職何? 長老? 族長か?」

「ガロダモと呼ばれる役職だな。有事責任者と訳せる。族長代理に等しいが族長にはなれない。若い奴がなる役職ではないからな。筆頭戦士イシュタムが軍令ならガロダモは軍政。厳密に役割分担しているわけではない。出稼ぎと居残りでも……むぅ、有事責任者だ。ガロダモはガロダモだな」

「ガロダモ=ギーレイ」

「間違いではないが、呼ばないな」

「ギーレイの守護者」

「つまり有事責任者だな」

「タンタンみみみみぃ」

「うるさい」

 

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 東へトシュバル高原を上って進む。雑兵だらけであるが、徴発した馬や駱駝に荷車と食糧の力を大いに借りられ、現地人を案内につけて進撃路を分散しているので速度はそこそこ早い。

 トシュバル高原は南に向かっても標高が下がるので、風が吹かず空気が澄んでいると遠方のジュルサリ海が見下ろせる。そのまた海の向こうに見える山々はガエンヌル山脈で、あれを越えたら魔神代理領の本土がある。魔都にルサレヤ館長が意外に近く感じるな。竜達がいれば結構、行って戻れる往復圏内だ。たぶん。

 道中に出会うアルルガン族の影響下に入っていた弱小部族は積極的に降参して来る。アルルガン族復興の手掛かりも残さないで虐殺したので寄る辺が無く、コロっと転がる。アルルガンの王族から貰った嫁の首を出してくるところもあるし、出せと言って回った。

 同じく道中に出会うレーナカンド政権の影響下に入っていた部族は東に逃げて、逃げ切り、逃げ切れず。また小競り合い程度と勘違いして戦いに臨んできたら当然のごとく返り討ちにした。

 大軍の完全自給は不可能だが、そこそこ食えるだけは奪えている。

 ここ東トシュバル高原東部は、アルルガンとレーナカンド両勢力の緩衝地帯であったようで、互いに争わず、平穏なままにしていて戦火で荒廃していない。畑は実って灌漑は通り、家畜は数が揃って太っていた。代わりに野生動物は狩猟が順調で少なかったが。

 大軍は腹が減る。賢く運用しないと自滅する。食糧の携帯量や略奪分に狩猟分、分配に不安を覚えそうになりながらも進む。食糧確保目的に弱小部族からの降伏申請など無視して襲うこともした。たまに血祭りにあげておかないと、ベルリク=カラバザルは手緩いと勘違いされかねない。

 そして未だレーナカンド野戦軍、姿を現さず。

 レーナカンド王サヤガルは数多いイディルの息子の一人。イディルの息子とか娘の一人とかいう肩書きは散々聞き飽きて、東征開始から百人規模で聞いた気がしている。面も知らない内に大分見ているのだろうか。

 ともかくサヤガル王は未だに二十歳に届かぬという若者。

 少年だった者が都のレーナカンドを掌握、その外縁地域をそれなりに影響下に置いているのだから馬鹿ではないはずだ。年齢的に家臣団、母親や親族が良く支えているのかもしれないがそれも能力の内だ。役立たずのカスとは見られていないか、もしくは最高のお飾り。

 有能な部下を伸び伸びと働かせる事ができるお飾り君主というのは有能の範疇であろう。その、合掌したくなるような飾り者になるというのは簡単な話ではない。相応の何か、こいつなら従っても良いと思わせる魅力が無ければそうはならない。

 魅力に限らず運命力もまた君主の条件。偶然レーナカンドに置いてけぼりにされ、偶然競争相手を蹴落とす機会があったのかもしれない。それもまた運の良さの証。人物評は会っても、やり合ってもいないのでこの程度にしておく。

 ここまでで迎撃の野戦軍を出さない判断は正しいか? 降伏しないのは彼等の常識の範疇か?

 とりあえず今まで、このとことん目立って標的にされやすいレーナカンドで生き残ってきた奴がサヤガル王。生半可ではないはず。

 旧アッジャール左翼では随分と暇をした。小競り合いで終わる弱小部族との戦いで忙しいなどとは言えない。

 新参者達を使って有無を言わさず攻撃し、突撃させて血の洗礼をさせないといけない。頭数を揃えに来たのではないからそうしなければいけない。

 噂のレーナカンド要塞へ突撃前進、前進突撃。皆で楽しく屍山血河を作って渡ろうじゃないか。

 

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 トシュバル高原と地続きのユドルム山脈は地図上で見ると名前を分ける必要があるか分からない。最高峰辺りを”ユドルム山”とか、レーナカンド辺りに”ユドルム峠”か”ユドルム回廊”と名付ければ良いのではと思って来た。権力者として新地図へそのような表記にしても良いとすら思った。

 坂は緩やかで緑もそこそこに多い渓谷河川が続く東トシュバル高原から、巨大な岩塊が、何かの間違いのように急峻に突き出て南北に長城を形成する姿を目の当たりにして、これは別物と呼んでもいいか、と感想が出て来た。空から降って来て突き刺さったと言われても信じそうになる程、急に岩が生えている。勿論ちゃんと斜面を形成しているところもあるが、標高差、植生限界のせいか急に不毛の砂利原、礫の砂漠、岩の砂漠のごとき空間が出現している。

 レーナカンドに続く山道は一本。これは待ち受けるのに良い道だ。大軍であればある程に苦労しそうである。

 道は一本、細かい攻撃進路は三本。

 一本目は勿論道沿い。残る二本は道の両脇、道無き不整地極まる岩石の上を、ダグシヴァル族を先導にした高所を取る敵の掃討を行う山岳兵――臨時編制だが――と道に足場を整える工兵を送り出す。

 一本道の進み方は単純。左翼軍で編制した威力偵察部隊を送り出して敵の防衛線を見つける。勿論、抵抗を受けて敵戦力を探ってから戻るのだから血塗れで戻って来る。

 次に発見した防衛線まで主力を前進させ、砲兵隊によって敵の防御施設や予測潜伏地点に砲撃を加えて叩き、頭を抑え付ける。

 両脇から進む山岳兵が砲撃で動けないか引いている敵部隊に接近して撃退する。

 続いて左翼軍で編制した突撃部隊が大太鼓の連弾と笛の吹奏に送られて前進して距離を詰めて敵防衛線を上下から制圧。

 制圧後に威力偵察部隊を再び出撃させる。

 これの繰り返しだ。火薬の発破で崖が崩されて道が塞がれることもあるが、それはこちらも火薬の発破で瓦礫を吹き飛ばして前進。

 種族も色々揃っているので、フレク族の怪力を砲運搬に利用してみた。頭数が少ない兵隊共なので抜いたところで右翼軍の均衡は崩れない。

 砲兵は怪力が好まれるが、人外の怪力になると違うところが見えて来る。大砲を手押しで車輪を回すのも快適だし、人間ではなく獣人なので妖精との関係も直ぐに馴染む。

 獣人奴隷ではないが、やはり特別扱いされるだけの素質を彼等は持っている。発想や頭数に器用さで人間に劣って古代の拡大競争に負けたのだろうが、凄いところは凄い。

 ダグシヴァル族だってあの脚力は素晴らしく、山岳兵として大活躍中だ。できるだけ偵察行動だけに専念して消耗を防ぎ、人間の山岳兵を使って戦えと指導してある。人は代わりがたくさんいるが、獣人の代わりは少ないし、分業制と考えれば役割はそのようにあるべき。

 荒削りの作業は荒い物で、精緻な作業は業物で行う。

 

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 火力の優越で、少ない損害で道を突破できた。

 レーナカンドに到達。困ったなぁ、良い作戦過ぎたかな。これだけ数が居ると大体、任せられる人材が居てしまう。あの山岳兵の臨時編制がその一例だ。

 余す程のこの戦力を、この高地で僻地にあるべきではない大城壁に宮殿が待ち受けていた。

 レーナカンドは実用一点張りではなく、壁も白くて美しい。ただ整備が最近では行き渡っていないのか、やや汚れというか欠けた部分が見える。何度か他所の軍と衝突したか? それとも風雪による経年劣化?

 アッジャールの聖地とされて権威が集まって蒼天信仰の聖地ともされた。神の如きバルハギンでも祀ってみれば神聖の度合いも増す。相応に財も集まっているだろう。

 レーナカンドは日に輝けばその威容から神々しさすら感じられる。この周囲にここより高い所はなく、最も蒼天に近いところで、神と対話するのに良さそうだ。ジャーヴァル北部や天政西部ならまだ高いところはあるが、あっちはたぶん交通の便が最悪。

 砲兵が配置に着いた。工兵も配置に着いた。

 施条砲より射出された榴弾が、敵火砲の射程距離を優に越えて砲台ごと爆砕。

 レーナカンドの弱みは城壁が物理的に固くて脆いことだ。切り出した石と木材で構成されてるだけ。柔らかくて砲弾を撃ち込んでも破壊困難で修復容易な土塁等の設備が無い。

 あの城壁の内部構造には土が使用されていない。周囲に土がほぼ無いせいだ。盛れば固まらずに崩れる砂利に礫を使っての建築は外道。

 トゥルシャズがレーナカンドについて教えてくれた。あそこには土を他所から持ち込んで作った段畑があるらしい。応急処置にそこから土を運んで城壁を強化すれば良かったのだ。そのようにできなかったのは思考力不足だろう。

 榴弾で城壁と砲台が崩れて石が落ち、破孔が出来て内部構造を晒す。脇腹を抉られて肋骨と内臓を晒す雑兵のようで見た目が好ましい。

 高所の優位を持つ故に砲撃で砲台を崩し安全策を講じてから、工兵装備である焼夷弾頭を積んだ攻城用重火箭を並べて一斉に発射する。

 普通の大砲より火箭は飛距離に勝るが、それで安全と言えるのは平地での話。この火薬と燃料の塊に焼夷弾でも撃ち込まれたら泣きを見る。それにレーナカンドの奥の方まで撃ち込むのならば前進だ。

 重火箭の一斉発射は噴煙が立ち昇り、地上に落ちて撒かれる洪水。

 城内を火の海にする焼夷弾頭が、真っ直ぐ飛ばずに大体頭を向けた方角に飛んでいく。精密射撃なんてできた代物ではないが、広い面積へ一斉大量に、砲門の数という制約無しに放たれた。

 一発毎に放つ百度の銃声より、一度に放たれる百の銃声の方が恐ろしいのは経験者の常識。大砲も同様で、火箭も同様。砲兵陣地面積辺りの一斉射量が大砲より遥かに勝り、爆音も飛翔体の異容さも優れた火箭ならばその効果を最大にできる。

 重火箭がレーナカンドの城壁より内側で爆裂。音と煙と、延焼した後から上がって来る黒煙で攻撃の成功が知れる。

 さあ、ケツが燃えた状態で目の前の敵に集中出来るか試してやる。

 そして改めて榴弾で城壁を崩し、斜面化、階段化するまで撃ち込ませる。

「ストレム、手応えを聞かせてくれ」

 東方遠征旅団の長ストレムは砲兵副指揮官も務めているので火力の専門家だ。意見は彼に聞くのが良い。

「はい将軍。城壁前面はご覧通りにほぼ無力化しております。お聞きしたいのはその裏側ですね」

「そうだ」

「投射量と勘で推測しますと、建物には派手な被害が出ており、一般住民は混乱しております。ただし、城壁裏側直下で待機している迎撃部隊はほぼ、怯えながらも決死の覚悟で健在です。また頑丈な建物に篭っているような予備兵力はほぼ無傷。体験したことのない爆発で動揺はしておりますが、決定打ではないでしょう」

「一斉射では足りないか」

「はい。斉射直後の混乱に乗じて歩兵を投入されるのがよろしいかと考えますが」

 火薬は両翼より提出させた物――イディル統治時代に集荷方法が確立――を使っていてまだ余る。でもあればあるだけ作戦の幅が広がる。地雷を使う時などは補給担当が目を剥くぐらいに要るものだ。それに火薬の方が人より貴重だ。

「それで行こう」

「了解しました」

 突撃の合図をさせる。大太鼓を連弾させて笛を吹き鳴らさせる。

 死ぬべき者達による要塞突撃。いくら砲弾を送り込んでも最後はやはりこれだ。征服とは軍靴が踏んだ場所である。

 鉄弾肉弾、火力筋力が合わさってこそ壕を越えて壁が崩れて城が落ちて山ができる。旗が立つ。

 雑兵共は城壁を渡る架橋器材となれ。

 重火箭の第二射が用意されて放たれ、また噴煙の洪水。

 その発射に合わせて突撃ラッパの多重吹奏、左翼軍の総攻撃が開始される。少し減って八万弱になった降伏者共が突撃、八万の足音が地盤を揺らす。馬は指揮官級にしか乗らせていない。肉の密度を上げた。

 砲兵は突撃前進に合わせる友軍超越射撃による城壁への直接射撃を開始。損傷したりと言えど、銃眼に横矢狭間は残っている。残骸になっても足場として機能していればそこに立つ敵兵が矢弾を降らせて来る。これを砕く。

 そして左翼軍が城壁にとりつく手前で砲兵は照準再調整。城壁裏側の、城内全面に対する曲射による間接砲撃に移行した。

 歩兵と砲兵が攻撃する敵集団を同一としないことにより戦闘効率が上がる。友軍への誤射も構わず撃ち込むのは効率が悪い。

 いくら榴弾でも城壁は完全崩壊に至らず、迎撃射撃が左翼軍に降り注ぐ。弾丸が腕を千切って、矢が身に突き立つ。投げ落とされた瓦礫が脳を頭蓋骨ごと削る。

 迎撃を搔い潜って瓦礫になり、斜面に階段と化した城壁を上っても、城壁の裏にいる敵兵が待ち構えて応戦。その裏側までは流石に見えないが、裏側に行ったと思ったら逃げ帰って来る奴は良く見える。目立つ、目につく。集団行動中に一人がヘマをすると目立つアレに近いかな。

「逃げ帰る臆病者は殺せ!」

 レスリャジンとマトラの軍が監視をする右翼軍が、逃げ帰って来る左翼軍兵士を射殺し、射撃も掻い潜って来たのなら槍に刀で打ち殺す。

 どっちにも逃げられない左翼軍兵士が右往左往して、どっちか決めかね、再び攻撃に戻る者や、泣き叫んで座り込む者もいる。

 戦意喪失で動けなくなった者もちゃんと、右翼軍が騎兵隊を出して馬上から殺して回るように指導している。駄々を捏ねたら助かるなんて前例を作るわけがない。

 左翼軍総突撃、とは言っても全員が一挙に突っ込めるわけもなく、突撃待機中の部隊が送り込まれる先の挽肉加工場を目の前にし、精神の均衡をグラグラと揺らしている。大太鼓の連弾と鳴り続ける笛がそれを更に揺らして、理性がある人間をそうではなくしている。

 一部、理性のある者だっている。名前は忘れたが、真っ先に旧アッジャール左翼で降伏してきた族長が抗議をしに来た。

「これは一体何なのです!?」

「要塞突撃だが、見るのは初めてか? 規模はどうあれ降伏しなきゃこんなものだぞ」

「虐殺です! 我々が臣従したのはこんなことをするためではありません!」

「臣従しておいて要求するとは何か、支離滅裂になっているようだ。興奮し過ぎだな」

「冷静なものですか! 部族を守るために戦うのであってこんな無駄死にをしに来たのではありません! 逃げる兵士の虐殺をお止め下さい! これからの機会を奪うつもりですか!?」

 わざわざこんなことを言いに来る度胸は褒めたいところだ。意見を言える奴は残すべきだ。

「戦わぬ者に居場所は一つ、墓でもない野だ。埋葬して語り継ぐ親類も生かさんぞ」

 降伏し、虐殺と略奪で滅びたくないと臣従した彼らはどう考えているだろうか。統治する価値も無く、あっさりと降伏する軟弱共にこちらが評価を下し、手厚く慈悲をもたらすと思っているのだろうか?

 烏合の衆は要らない。要らないは語弊があるか。烏合の衆は消耗品だ。この無数の雑魚の群れを繰り返す突撃によって洗浄、研磨し、上澄みだけを残して土地を与え、生きる許可を与える。何度も繰り返して”粗”を削って残すべきところを残し、いずれ使い切る。

 誰か自分に善良で英明な支配者だとか噂を立てたことはあるまいに、何故抗議する気力が沸いてくるのか不思議だ。勇気か? 勇者は好ましい。戦えば死ぬまで戦い、裏切る時は格好付けるので分かりやすくて鎮圧し易い。一番怖いのは臆病者。

「お前の我がままで家族に迷惑をかけるなよ。さあ行け」

 後は最近不機嫌なシゲが野獣みたいにその族長を威嚇して追い払った。

 突撃は反復される。

 城内突入、撃退、壊走、逃亡兵射殺。

 出番が回ってきた部隊が喚声を上げる。城内再突入、突入から撃退までの時間延長、壊走、逃亡兵射殺。

 城内再突入、突入部隊より増援要請、後続部隊前進、城内制圧箇所拡大の報告。

 堤防は決壊し濁流は溢れ出た。

 背中の恐怖、乗り越えた恐怖、音楽と火力の熱に中てられて人間ではなくなった左翼軍はレーナカンドに雪崩れ込む。

 

■■■

 

 レーナカンド陥落。城壁の外からも見える宮殿の天辺にレスリャジンの旗が立った。後でマトラ自治共和国の旗も立てさせようか。

 瓦礫になった城壁の向こう側、焼け焦げた城内。住民は興奮した突撃部隊に嬲られ殺させ犯され悲惨な状態。悲鳴が酷いのなんの、狼が突っ込んだ豚小屋並だ。

 乱痴気騒ぎのために陥落させたのではないので、とっとと住民は皆殺しにさせる。レーナカンドは終着地点ではなく中継地点、まだまだ侵略は東へ延びる。

 略奪強姦に奔走する奴等に対し、静止命令や略奪品の回収を拒んだら殺すように、女はどっちにしろその場で殺すよう指導して部隊を動かして沈静化を図る。

『チンポコ入れるなぶっ殺せ!』

 暴徒化した兵士を殺す先鋒は”おまんこ負け隊”の仕事。かなり数が減ったが、先鋒を何度も繰り返して務めて”鋭角”になった彼等の処刑速度は見事。

 略奪と暴力は先駆けに城内入りした兵士の権利である。しかしそれは旧体制での話だ。褒賞は全てこちらが一方的に与えるものであって、彼等が独自に得て良いものではない。

 我がレスリャジン軍が行動する。

 強姦中の女を俺の物だと叫ぶ見っともない格好の兵を馬上から槍で滅多刺し。救助に感謝する女も滅多刺し。

 金品をジャラジャラとつけて酒を文字通り浴びていた馬鹿を撲殺。回収用の荷車にそのお宝を入れて回る。

 財宝満載の荷車に寄って集る反逆者には騎兵突撃で一掃してから晒し首。それから所属している部族を特定。粛清表に載せて後々に滅ぼす口実にする。

 足りない反逆者を今ここで作っている。彼等の人としての、集団としての、文化としての神経を麻痺させ除去するには恐怖がまだ足りない。彼等が戦う家畜に成り下がるまでまだ足りない。こちらの言葉無しに呼吸をするのも遠慮するぐらいにしてやらねばならない。

 バルハギンにもイディルにも無かった圧壊的な恐怖で遊牧帝国域、蒼天の下を文明の溶鉱炉に投げ込んで一枚の延べ板にする。でなければ今後、戦う家畜どころか農民の家畜に成り下がる。

 自分が救ってやる。

 セレードがエデルト如きに敗れた時点で証明されていた。内紛がどうとか言い訳は無用だ。頭で負け、精神で負け、農民兵に負けた。火力が物を言って、兵力でも負けた。恐るべき遊牧民の恐ろしさは黄昏時を迎えている。アッジャールの崩壊でとどめが刺されようとしている。今はまだ頑張れるが、明日はどうか分からない。

 この悲劇のレーナカンドはアッジャールの聖地。古い遊牧民の墓標には丁度良い。

 ここを手にした今、アッジャール朝オルフが未亡人戦争で生き残れば所有権を巡って揉めるだろう。逆にレーナカンド譲渡、いや居住許可とか、市長を奴等から出させるというそういう曖昧なものの代償にオルフ領の一部を強請るのも合理である。だが交渉の道具にはしない。

 中央広場には蒼天の神を祭る祭壇にバルハギン騎馬像。大砲に鋳直してバルハギンの男根とでも名付けて使おうか。いや、砲弾に鋳直して消滅だな。

 このレーナカンドは完全に破壊して、ここに執着する住民も消し去ってただの道路にする。駅ぐらいの設備は残すが新造とする。

 過去の偉人バルハギンとアッジャールを完全に過去にしてやるためだ。

 これからの人生、あの亡霊共の影響を受けて過ごすつもりは毛頭無い。奴等の影が落ちる限り、この草原の支配者は奴等の後継者だとか第二の何とかだとか、奴等よりはここが良くてここが駄目だとか、比較される。

 ”かのバルハギンはこうされました”とか配下の奴が賢しらに喋ったらその場で叩き殺しそうだ。

 徹底的に差を、否、差ではなく別種と見られるようにする。支配する土地は同じようなものであっても、支配の仕方が違うと分からせる。既存の支配体制に上塗りしたのではなく、旧体制を根こそぎ破壊して新生したと分からせる。精神構造を変革する。

 さて、そのように破壊はするがその前にちょっと見学して回ったり、商人だとか外国人だとか、虐殺対象ではない連中を生かしておく必要はあるし、休憩ぐらいはするので徹底するのは後だ。

 まずは騒乱の沈静、諸々の処刑、褒賞と処罰、破壊計画の策定、次の侵略計画を現状と照らし合わせての修正だ。加えてジルマリアと、ウラグマ総督経由で魔神代理領内務省に宛てられる報告書の作成と送付だ。

 見学となればレーナカンドの後宮だ。突撃部隊が荒らし回った後なので汚らしいし、汗と血と尿に糞に精液に香水や花に愛玩動物が混じって汚い売春宿でも嗅げないようなとんでもない臭いがしているが、見るだけ見ておく。

 これがイディルの後宮。天政風なようでいて魔神代理領本土風な様式も混ざっている。建物が棟ごとに色分けされていて、これは派閥ができ易いと感じる。

 サヤガル王にその多少は有能だったと思われる取り巻きとはちょっと話してみたかったが、全員が焼身――おそらく服毒した後――自殺した後だったのでそれは叶わなかった。

 書きかけの降伏文書と思しき紙片を見た時は出会いの不幸を感じた。レーナカンドという象徴に住んでいた不幸だ。今回は降伏勧告もせずに攻め、レーナカンドからの使者は全て殺せと言っておいた。

 もしかしたらイスハシル並みの良い男だったかもしれない。いや、焼身自殺と見せかけて抜け出したかもしれないな。

 生き残りは商人だろうと外国人だろうと皆殺しにするように命令を変えよう。化けている可能性がある。

「おぅほー! 懐かしの後宮よ!」

 トゥルシャズがはしゃぎながら、何か前に嫌なことでもあったのか、特定の空き部屋に向かって庭石を投げ込んでいる。

「殺したいのがいたら連れて来るぞ。もう死んでたりやられ過ぎてイカれてるかもしれんが。頑張ったご褒美」

「あ、頭領、そうですね、いえ結構。もうそいつ死んでます、殺して逃げたんで。お気持ちだけ。あ、頭領、良い男ですよー。今のはホント」

「この部屋は?」

「そいつの部屋です。いやぁ、殺したけど石投げ返してなかったんですよ」

 愉快な後宮だったんだな。

「墓掘り返すぐらいにできないか」

「あっ、良いですねそれ。犬の死体を捜してきます」

「調理場に何かの骨ぐらいあるだろ」

「あっ、それが良いですね」

 後宮では愛玩用の猫達がそこらで、うにゃんうにゃむむー、とかしている。

 そこらの野良ではなく世界中から集めた血統確かな美人揃いで、一匹捕まえて股を見たら去勢済み。人馴れしているので、指先をチラつかせれば鼻を寄せてきてあっさりこの手に収まる。

 おーかわゆいのうかわゆいのう、お腹もフワフサモヒョヒョン。この世に人間なんて要らないんじゃないかな。

 後宮の猫達は可愛い子ちゃんばかりなのでバシィール城へ送ろう。ジルマリアはきっと、自分は嫌がってもにゃんにゃんには骨を抜かされるだろう。

「可愛く思えるようになるぐらい数を減らしてあげよーねー。多いからきっとうるさいんだよね」

「んなん」

 去勢猫も”然り”と答える。踵の腱を軽く摘まむ。コリコリ。

「シゲくん、あそこの猫ちゃんを一匹私の下へ連れて来られたらいいことしてあげます」

「何だと!? 応よぉ!」

 シゲは素直に言う事を聞く良い子ちゃん状態であった。アクファルに遊ばれている。それに”シゲくん”だと?

「ねー、シゲくんだって、ねー」

「うなぁ」

 去勢猫も”肯定”と答える。肉球の指の間に指を入れる。ニギニギ。

「ヌオォー!」

 気合を込め、あっと言う間に猫の群れを散らしたシゲが慌てて追い始める。あれじゃ人間に追えるわけもない。わりと入り組んでいる後宮敷地内、窓も戸もある程度開放されている状態で小さい猫に勝てるものか。

 と思ったらシゲは弓を用意して体重を掛けてしならせ、弦を張り直し始めた。あれれ?

「小畜生共がぁ! 残らず狩りとってくれるわ! 首の数だけ良ぃことがぁ!?」

 音も無くニクールが、背後からシゲの膝裏に蹴りを入れ体勢を崩し、髪を掴んで引き倒し床に後頭部を打ちつけた。見事に失神。瞬きする間に動かなくなった。

「未熟者」

 片手に青目がパッチリ、落ち着いた様子の毛長の猫を抱えたままのニクールが言うのだから未熟者で間違いない。

「タンタン、猫ちゃん」

 アクファルが猫を抱っこさせろとニクールの方へ手を伸ばし、ペチっと叩き払われた。

「愚か者」

 ニクールが猫を床に下ろすが、構って欲しそうに尻尾を立て、足に絡み付いて、んにゃんにゃしている。そしてアクファルがしゃがんで手を伸ばすと逃げ去ったのだから愚か者で間違いない。

「気力が乱れている。猫が嫌がって逃げているのが証拠だ」

 立ち上がろうとしたアクファルをニクールは額への指の一突きで転がした。

「反省しなさい」

 魔族と白兵戦がやれる奴、獣人奴隷式戦闘術の先生は説得力が違う。

「タンタン凄いよね」

「んぐぁうん」

 去勢猫も”賞賛”と答える。背骨の凹凸を指でなぞる。トゥロロロ。

 若いなぁ。

 尻尾を指でつんつん。

「みゃー!」

 と抗議しながら突いた指に鼻を寄せてくる。ほう? 次はどこがいいのかな?

 敵残党と乱痴気馬鹿を処刑する怒声に銃声が続く。宮殿は広い。

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