ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー   作:さっと/sat_Buttoimars

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28話「不吉な感じ」・大尉

 クストラ沿岸部より、開拓計画西限のバリントン山脈を越えた。

 険しい山岳部を抜けた後は赤い土の平野部を進み続ける。朝起きれば来た道から太陽が昇り、野営地を決める頃になれば行く道に太陽が沈む。

 何故か途中まで”傭兵”が追従していたが、こちらの脚に追いつけず途中で断念したようだ。

「ねえ”インチキ”くん。”インチキ”くんは獣の丘に関連するどんな知識や経験があるの?」

「ふーんだ、インチキの話なんて聞いたってしょうがないでしょ」

 任務に”狼”の推薦で同行することになった”インチキ”は非協力的である。

「では”狼”くん、推薦した理由を聞かせてくれないか?」

「大尉さん、それは酷いじゃないか」

 酷いとは自分に対しての非難で間違い無さそうだが、理屈に合わない。何か別の意図が隠れているのだろうか? 人間の好きそうな言葉遊びではある。

「非協力的ならばいかに”狼”くんの推薦と言えど同行を拒まざるを得ない。ランマルカは報酬を惜しまないが、それは協力者にのみ与えられる」

「うー、参ったなこりゃ。おい」

 ”狼”が”猫”に何か現状を打破しろと背中を叩くが「うっさい」の一言で断られる。

「えーとだ、獣の丘はかなり危険な場所なんだ。俺みたいな獣憑きがいることが危険なんじゃなくて、本体そのものが危険でアーラの力が必要になるんだ」

 アーラとは”インチキ”の名前だったのか。

「なるほど重要人物だ。では何故悪戯に非協力的な素振りを見せる? 前金を渡し、受け取り、契約が成立した。これで協力を拒否するのならば僕は規定に則り反逆罪で銃殺することになる。そんなに争いたいの?」

 ”インチキ”が”狼”に抱きついて「ちょっとマティルズさん」と小声で喋る。保護を求めているようだ。

 何か機嫌を損ねるようなことをしただろうか?

 出発から三日後の夕食は、仕留めた熊の血で肉を煮た鍋だったが、”インチキ”だけは”熊は悪い人間の生まれ代わりだから食べない”と拒んだ。

 一昨日の昼食では”猫”が川でマスを獲ってきたのだが、”インチキ”だけは”呪われた蛇は食べない”と拒んだ。

 嗜好品として飴や酒を提供すれば”インチキ”だけは”霊気が穢れるから近寄らないで!”と拒んだ。

 毎朝、日焼けと虫除けの塗料を塗っては香水を付けて支度に時間が掛かる。臭くて道中の狩りや警戒に差し支えると言っても無視する。

 人間の女は御し難いと奴隷時代に聞いた記憶があるが全く意味不明だ。

「大尉さん、アーラはインチキって呼ばれるのが嫌なんだよ」

「そうなの?」

「そうだ」

 しかし”インチキ”は同意する声を上げない。”狼”が良くても本人が了承していないではないか。

「お前ら面倒臭ぇな」

 ”猫”がそう言って駆け出し、高い岩の上に一気に昇って周囲を見渡し、北の方角へ手を伸ばす。

 自分もその岩の上に昇って見れば、土煙を上げて走る野牛と、それを追う騎馬民族だ。馬上から矢を放ち、足が鈍って群れから離れた個体を槍で仕留めている。狩りの対象になっているのは特に大きな雄だけ。

 ”インチキ”が騎馬民族に向かって大声を上げて手を振っている。何頭か仕留めて満足した彼等は狩りを止めてこちらへ集まってくる。

 射撃姿勢は取らないが、いつでも撃てるようにして岩の上で待機する。猫は寝転がって丸くなる。

 獣の丘方面の言語は分からないが”狼”と”インチキ”と騎馬民族の者達は真剣そうに、太陽を指差しながら長く話をしている。

 話が終わって”狼”が手招きをするので岩から降りる。騎馬民族の者達は野牛の解体へ向かい別れた。

「どうしたの?」

「どうも気候変動らしい」

「気候変動?」

「あの野牛の群れだが、いつもはもっと北の森林地帯にいる”森の群れ”なんだが、雪がまだ融けなくてな、餌が足りないようでこっちの平野部に出てきたそうだ。普通は”平野の群れ”と餌場争いになるからそんなことはしないんだが。それとアーラとあのモンナウカ族で意見が一致したんだが、太陽の位置が変なんだと」

「専門家ではないから分からないけど、問題なの?」

「この辺は例年と変わらない感じだから何とも言えないが、これから段々と寒くなるかもしれない。作物が育たなくなれば人も動物も動き始める」

「衝突する」

 獣の丘の長老会議が攻撃的とはこのことか?

 

■■■

 

 赤土の平野を延々と西へと”狼”の案内で水場に困ることも無く進む。

 途中でランマルカ人宣教師と見られる死体を発見。乾燥して干からびているが、頭の皮が剥されていることは確認できた。

「信徒はともかく宣教師嫌いはまだいるんだよな」

 と”狼”が言う。クストラ連邦でも課税対象法人として存続しているが政治活動や街頭での演説等は禁止されている。王国時代には原住民達を分断しようと試みて反感を持たれている。それでも使命感があるらしく、命を賭して渡る者は絶えない。

 有神論者の愚かしさを目撃しつつ、途中で北西に転進して。更に進んだ。

 そして険しい崖の台地が点々と存在する場所に到着。あれらの台地の上には住居があり、天然の要塞群となっているように見える。

 南部の部族程には奇をてらっていない格好――真ん中分け、一つ結い、二つ結い、そり上げ程度の違いの髪型――の北部部族の者達がちらほらと見える。台地の上からこちらを見下ろす、女子供も含めた人々がたくさんいる。

 ”狼”と”インチキ”が顔見知りに手を上げて挨拶しながら、その台地の中でも最も巨大なものの頂上へ行く坂道を登る。目算一千イーム以上。丘というか山だ。

「これが獣の丘?」

「そうだ。本体はまだ更に先」

 崖に張り付くような階段が左右に折り返すように掘られている。

 そして怪物の体力を持つ者だけに使えるような、鎖が階段の折り返し地点ごとに一本ずつ、垂直に近い崖に沿って垂れている。鎖が一つ繋ぎだと暴れるので何箇所かある中間地点と崖の中腹にある留め具に繋がっている。

「”猿”なら平気だろ」

 ”猫”が鎖を掴んで崖を蹴ってスルスルと昇って行く。自分も鎖を掴んで崖を蹴ってる。”狼”は”インチキ”を負ぶって同じく昇り始める。

 ”猫”は当然素早い。先行し、留め具が錆びてボロボロになっていないか点検しながら進んでいる。中間地点まで行けば誰か、馬鹿な奴が悪戯をしないか見張る。

 次に自分が中間地点まで昇り、”猫”が「恐くねぇくせに恐いとか言ってんじゃねぇよ」と言い捨て次の鎖を昇る。

 丘を階段で登る人は少ないが、見かけるので警戒要員として昇り口で待機する。

 少し鈍重そうに鎖で崖を昇る”狼”の耳元で”インチキ”が笑みすら浮かべて「高い!」「揺れる!」「恐い!」等と喋っている。

 ”狼”が上り切って大きく息を吐く。額には汗、そして”インチキ”が己の水筒を手に取り一口飲んで――何故か多少舐め回して――から”狼”の口に当てて「どうぞ」と飲ませる。呪術か。

「あまり疲労が強いなら歩いていったらどうだい? 有事に動けないと困る」

「うーん、そうだな。ピエターさんは上にいるだろうし、あいつも本体の場所なら分かるから、何かあってもいいだろ。先行っててくれ」

「了解」

 鎖を掴んで崖を蹴って昇る。昇りながら下を見ると、”インチキ”が”狼”と手を握って歩き始めたところだ。

 中間地点まで昇り終える。

「”猫”くん。二人は遅れて来るから先に二人で同志ピエターのところまで行く」

「そんなにデカブツと交尾してぇならとっととケツ出せばいいのに」

「一連の行動は繁殖目的なの?」

「見りゃ分かるだろ。あの”インチキ”毎朝化粧して香水つけて抱きついてワーキャー。人面”鳥”とイチャついてる玉無し”猿”でも分かんねぇ?」

「分かんない」

「まあいいや」

 ”猫”が先行して鎖を掴んでまた昇る。

 昇り切り、下を見ればあらゆるものが小さく、点々と存在する台地の上の村が見渡せる。全方位が地平線でそこから上が全て真っ青な空、新大陸北部の中央といった趣だ。

 疲労感もあってか哲学的な何かを感じる。”猫”も意味無く寝転がって空を見る。

 望遠鏡を使って下の階段を上る人々を見ていく。食糧を荷車に乗せ、旧大陸由来の家畜を連れている人が目立つ。丘の上では人口を支えるだけの食糧生産機能を持たないようだ。

 それから鎖を使うわけでもないのに”狼”に負んぶされている”インチキ”を発見。ここまで歩いてきた姿を見る限りでは人間にしては中々の健脚であったのだが。

「”猿”来い!」

 ”猫”を先導に進む。

 丘の上は草や灌木が生えているがほぼ平ら。獣道程度の道があってそれに沿って進む。

 丘の上には池毎に小さな集落があり、住民はどこの部族か知らないが全て”狼”や”猫”のように野生の獣のような部分が混じって見られる。ペセトトの亜神に比べれば、そういう獣人に近い種族がいるのかと思える程度。

 時折声を住民から掛けられるが意味不明で、”猫”が簡単に対応するがそれも勿論通じない。

 槍を持った衛兵がいる門というか、木枠だけの境界線に差し掛かる。

 ”猫”が「道を開けな木偶の坊」と言ったら笑った衛兵が道を空けてそのまま行けた。”猫”の言葉が聞こえているのは”狼”と自分だけか。

 境界線の内には天幕張りの村ができ上がっている。ただそれぞれの天幕は部族の個性を表すように外観が異なって、飾りつけでは過剰に差異を演出しているように見える。

「あの煙吐いてるくっせーのが年寄りの寄り合い所」

 ”猫”が指差す長老会議に使われているらしい天幕へ行って、中を覗く。

 獣のような特徴が混じっていて、刺青だらけの、老いた姿ではないが”狼”のような老齢を感じさせる者達が酒を飲んで、きのこを齧って、煙草を吸って言葉か唸り声か分からない音を発して脱力している。辛うじて糞尿を撒き散らしていない程度に見える。

 楽器、特に様々な動物の絵が書かれた太鼓がいくつも転がっていて、これを叩いて少し前まで乱痴気騒ぎをしていた様子が窺える。

 狂乱癖の薬物中毒者が首脳陣とは哀れな蛮族共だ。呪術的な儀式も全体的な精神統一に必要だろうが、程度がある。

 中に入り、蛇かトカゲ混じりの女に抱きすくめられている同志ピエターを発見。救出しようと引っ張ると蛇女が睨んできたので小銃の銃床で顎先を殴打。力が抜けたので引っ張り出す。

 外に出ると同志ピエターは酔った様子も無く無事に立ち上がる。

「同志大尉殿助かりました! 酔った振りでやり過ごしていたのですが、コール族の長老に求愛に準じる行為をされていまして困っていたのです。どうやら獣憑きになると発情期が周期的にやってくるようになる個体もいるようです」

「お怪我はありませんか」

「節々がちょっと痛いぐらいで問題ありません。それにしても同志大尉殿、ペセトトにて亜神となったのですね。どうも姿が変わると体がしばらく動かし辛いと長老からも聞きました。ここに来ているということは問題無いのでしょうが、調子はよろしいのですか?」

「問題ありません。現地の亜神が良く面倒を見てくれました」

 同志ピエターは大陸宣教師の中でも若い。

「ようピーコロてめえ、久しぶりでウロコ臭ぇな、ついでにババア臭ぇ。価値が下がるぜ」

 ”猫”が同志ピエターの首を腕で掴まえて頭のにおいを嗅ぐ。

 白に近い金髪を三つ編みにした童顔の彼は、どうも異種族から特に可愛がられる容姿をしているようなのだ。その何故か潤んだような彼の瞳を見るとなんとはなしに理解できる。

「同志ピエター。現状を」

「はい!」

 その返事の声の調子も何やら呪術めいている。いかん、集中しよう。

「同志大尉殿、現在長老会議にて気候寒冷化の予兆を感じたことにより南進論が噴出。そして西側からの謎の来訪者と獣の丘での異変も合わさって不吉とし、東進論も噴出。そしてその中間、調和が取れているとして南東への移住計画が検討されています。非合理ですが、彼等の合理です」

「南東ということは南クストラに直撃する進路になりますね」

「はい。ここの部族連合は手持ちの財産はともかく、土地に関しては大地と精霊のものであって、境界線など無いという考えですから衝突は必須でしょう。農場主達との相性は最悪ですね」

「おびき出してまとめて先制攻撃で殺してしまっても、騎馬民族がいるから長期的な非正規戦にもつれこむ可能性がありますね」

「ごもっとも。西から来た何者かと磨り潰しあってくれることを期待するのは希望的過ぎますよね」

「そうですね。その何者かと連絡は取れていますか?」

「いえ、直接の接触はまだありません」

「何者でしょう? そのような未開の部族がおりましたか?」

「この星が丸いという観測情報から推測するにおそらく龍朝天政かその敗残兵の可能性がありますが、推測です」

「事実ならば、噂に聞く国力があるのならば征服者と化してもおかしくありませんね」

「新大陸権益を守るため、その時は何とかここの部族を焚き付けたいものです」

「しかし南に移住されると焚き付けるのも難しいかもしれません。気候変動は既に獣の丘の部族では共有されている事実なんですね?」

「はい。太陽の位置が変で気候変動する可能性があると言われ、動物達の動きが南進に傾いているということを天観者が口々に言います。年中空を見て季節の移り変わりを判断して、天気の予報を行って農業や狩猟を行う彼らですから、経験則が中心とはいえ科学的に無視できません」

「獣の丘の異常というのは?」

「これがまた、文化学者が必要な異常らしいのですが。まずあの天幕で見たと思いますが、モンナウカ、ワリージ、コール、ベリャーン、エイフォ、チバト族の筆頭長老達に尋ねた結果があの有様です。決定的な情報を得ようと何度か聞き直しているのですが、あの有様です」

「分かりません」

「まずトウモロコシの酒を飲んで聖なるきのこを食べないと話を始めてくれません。それから歌って踊って理性を崩してから異常に関連すると思われる歌で教えてくれるんです」

 

 宵に種を撒き 芽が吹かない 

 昼に実が生り 種を取らない

 夕に花が咲き 実が生らない

 種は腐る 実は生らず 花は枯れる

 

 昼に種を撒き 芽が吹く

 夕に実が生り 種を取る

 宵に花が咲き 実が生る

 種は生る 実は熟れて 花が咲く

 

「つまり?」

「何かの失敗例と成功例のようですが、何が何を表しているかは不明。それと大事なことはこれが正しく伝わっているかです。見た通り、酔っ払いの言葉です。いつの時代かは不明ですが長い時間が経過した口伝は信頼の程が低い。これの意味を分かる者が異変を理解する、のかもしれません」

「では何故異変と分かったんですか?」

「何かを察知し、歌で表現しているようです。何かが起きないとあの歌は外部の者に聞かせないそうで、救難信号と同等と見られます」

「外部の知恵で、歌を手がかりに対策を講じてくれということですか?」

「そうだと思いたいのですが、何か変だとしか聞いていないのです」

「部外者には隠している?」

「無意識、もしくは隠す意識も無く隠している感じもします。現地協力者経由の情報が欲しいところです。私に喋る情報はこれで良いと決めて掛かっているフシもあるのです」

 ランマルカ部族代表として獣の丘に滞在する同志ピエターが言うのだからその通りだろう。部族からは信頼もされているようだが、一線はあるか。

「”猫”くんは分かる?」

「わっかんねぇ!」

「そうか」

 ”狼”を待とう。

「同志大尉はこの子と会話できるのですか?」

「うん。最近は言葉で聞こえますよ」

「え!? 適当に喋ってたんじゃねぇのかよ!」

 ”猫”が肩を殴ってくる。痛い。

「誰がこの子だ可愛い子ちゃん」

 ”猫”が同志ピエターの耳に息を吹きかけて「ふにゃあん」と言わせる。

「適当じゃないよ」

「おースッゲぇ、デカブツ以来だ! 野郎でも十年かかったのに。お前、俺を撫でて良いぞ」

 ”猫”が頭に爪を立てて乗ってきた。

 それから興奮した”猫”と走ったり飛んだり転がったり、撫でたら「へたくそ」「”鳥”で修行しろ」と言われ、そうしている内に日も暮れる。

 一頻り遊んだ後、モンナウカ族が仕留めた野牛を焼いたものをごちそうになる。

 歩いて進むにしても随分と”狼”の到着が遅い。”インチキ”の求めに応じて繁殖行為でもしているのか? しかしそんなに時間を要するとは思えない。

「”狼”くん遅いね」

「”インチキ”の家に送ってんだろ。奴の家、昇ったとこの反対側にあるから遠いんだ。それで行けば酒を飲め飯を食え娘を貰えとギャーギャーやってんだよ。あの家の親父、喉噛みたくなるぐらいうるせぇんだ」

「ふーん」

 そういうことなら待っていても仕方が無い。もう夜になって、明日もある。連絡が無いのは”インチキ”が何か詐術でも用いたのだろう。

 同志ピエターの天幕で寝ることにする。

 

■■■

 

 朝。寝相の悪い同志ピエターが自分の尻尾を「はむはむ」と咥えて涎でベロベロにしていた。

 外に出れば”狼”がこっち向いて胡坐をかいていた。そして頭を下げる。

「いやすまん! 最初は一杯だけと思って飲んだら手が止まらんかった!」

 ”狼”の到着が遅かったのは例の親父に酒飲みに誘われたかららしい。

「夜も遅かった。では獣の丘の異変について情報を収集しよう」

「よし!」

 ”狼”が立ち上がると、背中に隠れていた”インチキ”が見えた。後ろめたそうな顔、やはり何か詐術で誘導したのか。

「任務妨害ではなくてもそれに準じる行為を故意にされると規定によって減給せざるを得ない」

「あ、その、ごめんなさい」

「ではそうならないように励んでくれ。案内を」

「あ、はい」

 獣の丘の本体、という中央部にある大穴へ”インチキ”の先導で行く。

 大穴への下り口のところでは”猫”が捕らえた小鳥を食って、先に待っていた。

「飯食ったのかお前ら?」

 ”猫”に言われて”インチキ”を見る。

「えっと、何ですかね?」

「深いの? 食べてから行った方が?」

「そんなに深くないのでご飯は帰って来てからでも良いと思います」

 ”インチキ”が咳払いをして、持っていた杖で地面を突く。

「えーとでは、丘の穴を降りる注意事項です。中は異界との境界が不安定で、見た目では分からなくても落とし穴があって、そこに入ると落ちます。地面だけではなくて壁にできていることもあるので寄りかからないで下さい。そしてそこから戻ってきた者はおりません。私にはその穴の位置が分かります。私に見えない穴があるかどうかは分かりませんが、それは一応この杖で調べます。ご質問は?」

 ダリーバトムの占い天幕でも”インチキ”は目ではない何かで自分を看破していた。本来不可視の何かしらが見えるのだろう。

「どのように見える?」

「私には赤い光が地面から射すように見えます」

 大穴を上から覗く。確かに所々赤い微光を放っていて、光の先の落ちた遥か下の底が霞んで見える。即死は確実と推測する。

「見えた。かなり高い、死ぬね」

「見えた? 高いって、下も見えるの!? 私要らないじゃん」

「内部構造は?」

「うー……一本道で、突き当たりに獣の神がいらっしゃる。しゃいます」

「その神とはどんな感じ?」

「生き物じゃないと思うけど、剥製? みたいな感じで動きません」

「では先導してくれ」

「うー……はい」

 ”インチキ”が慎重に地面を杖で突きながら進むに従う。”狼”は最後尾で、肩の上に”猫”が乗る。

 螺旋状の下り坂が続く。獣の特徴を持つ人間、獣憑きと呼ばれる者達の姿が壁画として刻まれている。写実的なものから辛うじてそうだと分かるものまで様々。

 ”インチキ”は杖で足場を探りつつ、赤い光の落とし穴を囲うように飾り紐で目印をつけていく。

「落とし穴は、大尉さんは見えるから分かると思うけど、位置がいつも変わって、えーと短期間じゃ変わらないけど、それから奥にいくまでそんなに多くはないんです。油断できる数でもないけど」

 そうして飾り紐で目印を七つ付けたところで一番奥に到着する。

 螺旋の下り坂が終わり、浅い横穴があってその奥に獣の神と呼ばれる、確かに剥製のような動かない物があった。見たことのある犬猫のような獣から、見たことも無い姿の大小多様な獣が生きてるように塊になって半ば融けたり食らいあったりまぐわったりした形の気色の悪い姿で剥製のように動かない。

「焼いちまえよこんな糞ダルマ」

 ”猫”が唾を吐きかける。”インチキ”が「何してんの!?」と驚く。

「獣の神に選ばれると引きずり込まれる。それで全身がグチャグチャにされる感覚が走って、気がつくと吐き出されて変身しているんだ。俺の経験だとな」

 ”狼”がそう言う。

「うんそうそう」

 ”インチキ”も同意する。

「”インチキ”くんも獣憑きなの?」

「インチキじゃないっての!」

「じゃあ何?」

「何って……何でもいいじゃないの」

「馬」

 ”猫”が教えてくれた。

「馬か。我々の脚についてきたのも納得だ」

「きゃー!? ちょっとヤンちゃんが教えたの今? えぇ!?」

「うるせぇ牝馬、汗泡だってんぞ」

「そうか、服が汚れるから負ぶってもらったんだ」

「二人だけで通じるおしゃべり止めなさいよ!」

 ”馬”が騒いでいるのはさて置いて、何の異変があったのかと気持ちの悪い獣の神を眺める。全ての目は死んでいるように焦点は合っていない。それと腐臭、獣臭は無い。趣味の悪い剥製だ。

「どこか異変があるの?」

「むー……」

「おい、相手はランマルカの妖精さんだぞ」

 ”狼”が”馬”に意味不明だが進展させるように言う。

「む。うーんと、お父さんが言うには人の話し声がしたとか、獣憑きになろうと挑んだ人で帰ってくる人数が減ったとか、誰も入っていないはずなのに獣の神が咆えた? とか」

 獣の神以外、赤い光が漏れる落とし穴を観察する。穴の向こう側に何か、別の地面というか山というか……何か黒いのが上がってくる? 空を飛ぶ人型? 術使いか?

 小銃を構える。”狼”が手斧を手に取る。

 穴から、コール族の蛇女長老っぽい感じが若干ある、黒い髪と衣装の女が飛んで出てきた。服も髪飾りも明らかに、見たことはないが高度な文明を感じさせる意匠である。異国の貴族という風体。

 謎の女は、意味は分からぬが笑顔で気さくな感じに挨拶のような言葉を口にする。しかし警戒せねばと勘が言う。

 小銃を構える自分を見て謎の女が笑う。そして”狼”を見て、彼に黒い鱗の生えた手を伸ばして避けられる。残念そうに何か言う。あれに触れてはいけない。

「触るとまずい」

「ああ。今の、何か鳥肌立った」

 謎の女が、語調の感じからして幾つかの言語を切り替えながら喋り出す。どうやら意思疎通を図りたいようだが、何一つとして分からない。

 ”狼”が応じて複数の言語で返すが、謎の女も困り顔を作ってしまう。フラル語だと聞いたことがある、ような表情と仕草をするが聞いて喋る程ではなさそうだ。

 同志ピエターならば分かるかもしれない。魔神代理領共通語あたりなら可能性は高そうだ。

 謎の女は近頃西岸から上陸した謎の集団との関連性も疑われる。同志キャサラもしくはその後任へ引き合わせるに値するかもしれない

 大穴の上、青い空を指差して外に出て話そうと仕草でやると、謎の女は人間の貴族階級がやりそうな優雅と思われる一礼をして坂を上り始めた。

 任務は達成できそうな気がするが、不吉な感じがする。

 

■■■

 

 飾り紐を回収しながら地上に戻り、謎の女が同志ピエターと天幕の中で一対一の話し合いを始めた。顔を合わせ、互いにどの言語が通じるか試して、そして魔神代理領共通語での会話が成立した。喜ばしいことだが、場違いに優雅な、宮殿の奥にいるような貴婦人のような謎の女がすこぶる怪しい。

 同志ピエターの天幕の近くで耳をすませ、いつでも外から撃ち殺せるように待機していたが、とりあえず終始、理解のできぬ魔神代理領共通語だけが聞こえた。同志ピエターの頷くような、同意するような感じから話し合いが順調に進んでいることだけは感じ取れ、そして段々と同意する、感心するような反応をしている。何か魔術的なものを含めた詐術、話術に引っかかっているのではないかと疑ってしまう。

 妙にザワつく。毛が立って尻尾がゴワゴワする。

 ”猫”は気にならないようで、離れたところにある日当たりの良い石の上で昼寝。

 ”狼”は仕事が一段落したという感じに”馬”が作った飯を食いながら水を多めに飲んでいる。嫌な予感がしている風ではない。自分だけか?

 天幕から、悩み事が解決したかのように晴れやかな顔の同志ピエターが出てきた。笑って”馬”が「やだ可愛い! むふふ」と言う。

「同志大尉! これをお願いします」

 渡されたのは手紙。

「宛先はどちらでしょう」

「本国宛てですが、その前に同志キャサラかその後任でも。問題解決の糸口が掴めました」

「これは暗号文ですか?」

 暗号文で政治的な内容を書き切るには余りにも話し合いから外に出てくるまでの時間が短過ぎる。仮に話をしながら書いたにしても早過ぎるし、部外者の目の前で暗号文を書くなど有り得ない。

「同志ピエター、あの女に何かされましたか?」

「同志大尉、一刻も早くこれを届けて下さい。以上です」

 以上ということは、議論の余地無し。そもそも大陸宣教師に対して何を言う権利があるだろうか。

 おそらくだが、”狼””猫”にも察知されてはいけない内容。ましてや”インチキ”に対しては論外の内容と思われ、そして西の謎の勢力に対する調査への無言の中断。

 謎の女が天幕から出てきて微笑む。引っかかる。

「了解しました」

 としか言えない。

 ”インチキ”が作る飯の匂いに釣られたか、目立つ謎の女に興味を思ったか、丘の住人達が集まり出している。長老達も見える。敵意より好意や好奇心を今は感じるが、これは確かに時間をかけている場合ではないかもしれない。

 ロシエの次は彼等だろうか。

 ”狼”と”猫”、せめて二人だけでも渦中の外へ。

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1mmも知らないSFファンタジーRPGのストーリー序盤で死ぬ帝国貴族に転生したストラテジーゲーマーが、ストーリーをガン無視で人型機動兵器を開発して覚悟ガンギマリの激重秘書官と一緒に銀河制覇を目指す話▼※この作品は『小説家になろう』『カクヨム』にも掲載しています。


総合評価:6086/評価:8.31/連載:43話/更新日時:2026年03月18日(水) 18:05 小説情報


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