ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー   作:さっと/sat_Buttoimars

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*39と2/6話「最高だぜ」・ベフーギン

「諦めるな! 死ななきゃ後でいくらでも休めるぞ!」

 雪を被った泥道を仲間達と息を荒らげて進む。走るに走れず、歩くには危機が迫っている。杖にしている泥だらけの小銃は掃除しても使えるかどうか。握る銃身は曲がっているに違いない。

 風切る音が鳴って「グア!?」と仲間の一人が前のめりに倒れて、雪と泥に顔を突っ込む。

 振り返るのも億劫だが、後ろを見れば背中に矢が突き立っている一人が雪と泥を、唸りながら掻き回し――汚れた顔を恐らく真っ赤にして――痙攣し始め、やがて動かなくなる。

 オルフに比べれば何のことはない寒さの冬だが、それが逆に苦しい。雪は多少積もるが日中に解けて地面が泥になる。

 ヤゴールの言葉は多少覚えている。オルフに隣り合う、定期的に略奪しにくる外敵。

「当たったぞ。次お前」

「胴は二点だろ」

 風切る音が鳴って、カっと高めの音。仲間の一人が声も上げずに頭に矢を突き立たせて前のめりに倒れる。

「頭は三点だ!」

「うお!? 頭は滑るからなぁ」

「じゃ堅実にいけよ」

「次外せ」

「やだー」

 また風切る音が鳴って「うわっ!?」と肩に矢が突き立ち、前のめりに倒れそこない、仲間の一人が踏ん張る。

「やだ! やだ助けてくれ!」

「馬鹿野郎! 袖引っ張るな!」

 また風切る音。袖を引っ張られ、動きが止まった仲間の首に矢が突き立って倒れる。

「首、何点? 四点か」

「三点だろ」

「首は難しいだろ」

 銃声、自分の目の前を行く仲間の頭が爆ぜて割れる。

「遊んでないで殺せよ」

「へーい十人長」

 ヤゴール騎兵共の毒矢は恐い。致命箇所でもない場所に矢が突き立った仲間がその後の運命を悟って取り乱し、次第に呼吸困難、痙攣し始めて倒れる。

 銃弾も恐ろしい。頭が割れて一瞬で死ねた仲間は恐ろしいと思う暇も無かったが、必死に逃げて息が上がっている生き残りはその火薬が破裂する音に動揺して身体が竦みそうになる。慣れたはずなのに、雪が音を吸う静かなところで鳴らされると肝が縮む。脚が鈍り、息が更に乱れる。

「クソッタレ!」

 逃げることを諦めて座った仲間が、ヤゴール騎兵に泥だらけの小銃を向けて撃ち、機械が動かず不発。お返しに矢が胸に突き立って動かなくなる。

「あっ心臓! 五点くれ」

「まだやるか馬鹿垂れ」

「すんません」

 ヤゴール騎兵達は遊んでいる。ただ馬も泥に脚を取られ、そんなに早くない。しかし遅くは無い。微妙なところだ。

 地面につけるなと教えられる小銃を杖にして雪と泥の中を漕いで進むとやっと奴等の刀の刃から遠ざかるように逃げられる……と思う。やろうと思えば近寄って叩き切れるのかもしれないが。

 我々には実は希望がある。もう少し進めば林に入るのだ。針葉樹林で葉が枯れておらず、雪が乗って枝が下がり、銃弾毒矢を防いでくれる、はず。

 敗残兵、民兵を掻き集め、我々はジュオンルーに留まるストレム軍に対して戦闘を続行している。西からやってくる新大陸軍を支援するため、そしてあの残虐で憎い奴等に一発でも返したいと行動している。その結果がこれだ。

 我々は三十人の小隊を組み、最新のジュオンルーの情報を得る為に偵察へ向かった。三十人は多いが一人でも生き残って情報を届けるためだ。

 そしてジュオンルー近郊に到着して見たものは、ストレム軍の砲兵も伴う南方への移動と、ジュオンルー防衛を引き継いだエデルト軍の第三軍だった。

 ここで真っ直ぐ帰還すればよかったのだ。

 巡回偵察中と見られるヤゴール騎兵を帰りに見つけてしまった。我々は行動方針が悪かった。復讐に囚われなければ良かった。

 茂みや雪に泥に隠れて待ち伏せ攻撃をしようとした。

 ヤゴール騎兵は茂みのような待ち伏せ攻撃がしやすい場所には近寄らないと気付くのに時間が掛かった。何年も前、中央同盟戦争では有効とされていた戦法だが、敵は学んでいた。

 油断をしていた。仲間の一人が音を立てて誘き出そうと手を一度叩いた。

 確かに敵は音に気付いた。姿が影になるぐらいは遠かったのだが、相手は生粋の遊牧民で目が恐ろしく良かった。

 命中はしなかったが、我々の小隊の足元、地面が敵の銃弾に弾かれた。

 笛が鳴り、敵の哨戒騎兵隊が集まって次々と遠距離から小銃で撃たれ始め、逃げた。撃ち返せる距離ではない。施条銃は誰も持っていない。

 ……もう少しで林に入れる。もう残り人数は半数を切ったか? 情報を持ち帰らねば。

 風を切る音を鳴らす毒矢。炸裂音と風が高く鳴く銃弾。背後の仲間の悲鳴が混ざる。

 悪運が強い。先を進む仲間の肩が、銃弾を受けて半ば千切れ掛ける。全く自分に当たらない。

 もう少し。

「構え!」

 前から声?

「狙え!」

 見えた。「お前ら伏せろ!」と声を出して地面に倒れ伏す。

「撃て!」

 林の方から重なる銃声、一斉射撃、霧でも出たかのような煙。

 ヤゴール騎兵が何騎か倒れる。施条銃か。

「引くぞ! 林を撃て、負傷者回収しろ、ここまでだ!」

 そして判断も素早く、一斉射撃が行われた林へ向かって牽制の銃撃、矢掛けが行われながら、倒れた者達――距離があったせいか仕留めたのは三騎程度だ――を回収しつつヤゴールの騎兵隊は逃げ去った。その去る脚は我々を追う倍以上に早かった。逃げる体力を温存していたのだ。

「おい! 生き残ってる奴はいるか!?」

 雪と泥に伏せ、顔を汚した生き残りが呻いたり手を上げたりして生存報告を行う。十……十七名か。生き残った方か?

 何とか立ち上がる。足腰がガタガタだ、また倒れたい。

 林の中から小銃を担いで出てきたのは子供? 違う。

「僕達!」

「私達!」

『ヒルド同胞団!』

「だんだーん!」

 小さな傭兵達が手と手を繋ぎ合い、何故か組み体操に半円を描く。

「やあベフーギン中佐殿! 危ないところだったな」

 妖精による百人くらいの傭兵集団の長、ヒルド同胞団の長ヒルドが指揮刀片手にやってきた。彼らは統率が取れており、我々には貴重な戦力である。

「助かった。しかし何故ここに?」

「中佐殿が出発されたあたり、皆で焚き火を囲って楽しくシリトリしながら踊ってたんだが、短腹人間がキレやがってよ。喧嘩してもつまんねぇから手伝いに逃げて来た」

「はあ?」

「ちょっとだけ嘘だ。手伝いじゃなくて中佐殿の出発直後に新大陸軍のモズロー中将が到着するって伝令が来たから呼びに来た」

「冗談だろ?」

「まあ、あれだ。流石に同情するよ」

 新大陸軍がいればこんな……いや、あの情報を伝えれば動きが変わるか!

 妖精傭兵達が泥に倒れている仲間達を助け起こし、瀕死の者に止めを刺している。

「無駄死にじゃない」

「ほう?」

「ストレム軍がジュオンルーを去った」

「ほほう、それは重大情報だ」

 

■■■

 

 我々の最新の前線基地、ストレム軍の騎兵師団に破壊されて瓦礫になったオスタリーに戻った。

 ジュオンルーの丁度街道伝いに西隣の街だった。晒し者にされている死体に紛れることによって活用できた。

 そこに馬も長靴も泥だらけにした新大陸軍の騎兵が少数到着していた。

 新大陸軍の士官は兵士と見分けがつき辛い格好をしているのだが、モズロー中将という男は雰囲気で分かった。

「初めまして。現在、ここで残存兵をまとめて指揮しております、セバイル・キリリィ・ベフーギン中佐です」

「モズローだ。酷い場所だな」

「は。隠れるには便利であります。閣下にお伝えしたい情報があります」

「うん」

「ジュオンルーよりストレム軍移動。都市から砲兵を出して移動しておりました」

「行く先は?」

「南方です。現在ジュオンルーには代わりにエデルト第三軍四万が駐留。司令官は予言のシアドレク獅子公です」

「追撃は可能と考えるかね?」

「第三軍が駐留するジュオンルーを尻目に、大砲を捨て、雪と泥の道を進んで、十万以上のストレム軍を相手に戦うのは不可能でしょう。遊牧騎兵達はまるで大砲でも撃つ距離から射撃し、当ててきます」

「我々では勝てないと言うつもりか?」

「はい。ロセア元帥がユバールまで引き連れた新大陸軍を基準にさせて頂ければ」

「う……そうか。信用しよう。それでシトレへの今使える道は案内できるのか? ジュオンルーは経由では行けないのだろう?」

「はい。そしてシトレへは行けません。オーサンマリンへご案内します。シトレは完全に破壊しつくされまして、機能はオーサンマリンへ移されています」

「あのシトレが完全に?」

「はい。閣下の……」

「ちょっと待ってくれ」

 モズロー中将が頭を抱え、少ししてから顔を上げる。

「すまん続けてくれ」

「閣下の軍の規模は砲兵を伴う五万の軍で間違いありませんか?」

「間違いない。大砲は百五十門ある」

「ジュオンルー経由ではない道で最速でオーサンマリンへ行くとなると、その規模では分散して移動して頂かないとなりません」

 ジュオンルーの様子を窺い、オーサンマリンに至る複数の街道や街道とも呼べない田舎道を調べ上げ、実際に人をやって通行可能かどうか、橋は落ちてないか、落ちているなら修復させるなどさせた。その情報が記載された地図をモズロー中将に手渡す。乏しいが食糧を補給できる拠点や、凍らない井戸も書き加えている。

「大砲が通れる道、通れない道、遠回りの道、歩兵だけなら行ける田舎道、オーサンマリンに通じる七本の経路を確認しております。軍を分けて行かれると良いかと。既にシトレからパム=ポーエンに渡り、我が軍と敵軍は激しい消耗戦に移行していると聞いております。オーサンマリンに着けば新型施条銃もありますので」

「分かった。そしてだ、シアドレク獅子公がいるのだったな」

「はい」

「おそらくだが、私の勘だが、これを予言したエデルト軍が追撃に入ると思うのだ」

「有り得ます」

「ベフーギン中佐、手勢は?」

「正規兵は千ほど。民兵は増減が激しく把握しかねていますが、三千は確実です。ただし召集に時間が掛かりますので、三日以内に即応できるのは五百が精々です」

「補充は受けていないのか」

「民兵を募集して対応するようにとロセア元帥より。潜伏して活動しておりますので無用な追加要員は混乱の元ですので」

「分かった。君の地図に従い、オーサンマリンへ向かおう。君達は敵の追撃を遅らせてくれ」

「は」

 敬礼をする。モズロー中将は手を差し出した。握手に切り替える。

「ところで」

「は?」

「何故妖精共がいる?」

 ヒルド同胞団が焚き火を囲み、手を繋いで踊りながらシリトリ? をしている。

「リンゴ!」

「ゴリラ!」

「ラッパ!」

「パセリ!」

「リンゴ!」

「ゴリラ!」

 シリトリだのゴリラだの意味不明だが、四つの言葉を延々と繰り返している。

「ヒルド同胞団という傭兵です。共和革命派は思想上で傭兵を敵視しているらしく、金にならないそうです」

「信用できるのか?」

「ジュオンルーを偵察する帰りに命を救われました」

「そうか」

 

■■■

 

 敵がモズロー中将の軍を追う場合、このオスタリーを通らなければならない。泥道でなければ野原を突っ切ることは可能だっただろう。そもそもこんな崩壊した敗残兵が集まる基地など迂回するまでもなく粉砕すれば良いのだし、道の状況は関係ない。このオスタリーが最初の戦場だ。

 生存を考えて今出せる全斥候騎兵の二十騎の内、二騎だけが戻ってくる。エデルト軍の第一軍、第三軍が、ヴィルキレク王子を先頭に術使い達を引き連れて泥の道を氷結させながら強行軍で前進中であると報せてくれた。残り十八騎は敵騎兵に殺されたらしい。

 第一軍も? かなりの規模だ。ブリス川の線で膠着状態のままにせず、ユバールの西側に進出する心算か。この雪と泥の道、そして沿岸を支配するランマルカ海軍の存在を考えれば奥深くまでは進出出来まいが。

 遅滞戦闘を開始する。負傷者、病人混じりの正規兵一千、集まりの悪い民兵二百、ヒルド同胞団百の千三百で何かしよう。

 藁人形に死人の服を着させ、銃に見立てた棒を持たせてオスタリー各所に配置する。これで兵力の嵩増しを行う。近距離ならばともかく、遠距離ならば容易に的を絞らせない。人の目はそこまでできが良くない。

 各所に兵員を配置する。ここで頼りになるのが施条銃持ちの妖精傭兵達だというのだから、何とも言えない。

 敵軍が迫ってくる。見た目の恐ろしさと反対に、歩調合せの太鼓と笛の音がいやに軽薄。

 先頭集団……先頭は、雪を被っている泥の道を、凍てつかせた固い氷の道にしながら直進してくる……ヴィルキレク王子!

 見て分かるほどに大物。噂通りに斧を片手に、傍に曲刀を引っさげた青頭巾の黒人奴隷を連れ、その後ろには司教帽を被ったエデルト近衛擲弾兵。

 蛮勇か何か知らないが好機だ。

「先頭の目立つ奴を狙え! あれがヴィルキレク王子、エデルト軍の総大将だ!」

 呪術式銃架を左手に持って地面に突く。又の部分に小銃の銃身を乗せる。加速の呪術弾を装填してある。

「狙え!」

 ヴィルキレクは”狙え”の声を聞き不敵に嗤う。

 号令を出さずにまず自分が撃つ。反動が強い、銃床を当てた肩に響く。

「撃て!」

 それから時間差で一斉射撃。民兵などは統制射撃に不慣れでバラバラと撃つ。

 我々が発した銃煙で視界が塞がる。

「装填!」

 弾薬装填の指示を出し、自分もそうする。

 銃煙が風に流れて薄く、去る。

 冷気を操ると聞くが、銃弾を落とす冷気などあるか!?

 ヴィルキレクのみならず黒人も擲弾兵の横隊も、全てがその冷気のような何かに守られ、銃弾が通っていない。

 味方の誰かがヴィルキレクに一発撃つ。わざとらしく、術使いの王子は空中に停止したらしい銃弾を斧で軽くパチっと叩き落した。

 もっと別の何かだろう。弾速、射撃の時間差、工夫をつけても意味が無い。

 敵が列交代射撃を行いながら前進を始めた。物陰に隠れつつも、立って弾薬を装填している仲間達の頭が砕け始める。藁人形にもかなりの着弾が認められる。

 敵も施条銃、圧倒的に射程はこちらが劣る。妖精は例外だが射撃量に圧倒的に負ける。

 白兵戦になったら絶対に敵わない。ロシエ兵が白兵戦で世界一だなんてのは馬鹿な子供じゃないと騙せない嘘だ。あの怖い面のデカいエデルト人と殴り合って勝てるわけがあるか。撤退だ。

「あと一発撃ったら順に逃げろ!」

 

■■■

 

 オスタリー撤退後は夜に土地勘のある民兵を先導に動き、昼は目立たないように休む。そのようにしてエデルト軍の前進を遅らせる。

 やることは単純だ。定期的にエデルト軍から離れた場所で一発空砲を撃って逃げる。

 襲撃する余裕は無いからこれが精一杯だ。ヴィルキレクが先導する敵軍の行軍速度が速いので時間的に余裕は少ない。

 これだけでも被害が出ている。

 足跡が消えるような吹雪の日でも追跡して来る敵兵がいる。犬も連れていて逆襲されることも多数。

 先回りまでとはいかないが、嫌がらせをしに行く道の先に、皮が剥がされた死体が木に逆さ吊りにされ始める。仲間かその辺に転がっていた死体かは分からない。

 これはハリキ人の冬の死神へ生贄を捧げる方法だ。多用途な呪術であったはず。

 この呪術は効果があった。嫌がらせの夜間発砲に向かう班の未帰還率が増え、敵に見つかって――そのような気配を感じて――引き返して来る回数が増えた。

 あの呪術は皮の剥ぎ方、吊るし方で縄張りを示す。人を除ける効果があるらしい。

「人間、お前血腥いぞ」

「え?」

 妖精傭兵の一人が、夜間発砲から戻った仲間に言った。

 臭いで追跡というのもあるのか。人間の鼻で? 犬の鼻か。

 

■■■

 

 我々は砲兵が渡れる道へ向かった。橋があるので爆破するのだ。

 ヴィルキレクが先頭に立つ敵軍の行進は早い。

 死ねと命令した殿部隊を段階的に残したが、状況を報告するために生き残らせた仲間によれば「一切の遅滞にもなりませんでした」ということが分かった。

 殿部隊は編制させず、普通はありえないが武器を捨ててとにかく走った。落伍者は見捨てた。賊化した民間人に襲われても無視した。

 そして敵軍より先んじて橋へ到着し、爆薬全てを使って破壊した。

 橋を破壊した場所の川は、川辺は薄っすら凍った沼地と枯れた葦の組み合わせであり、渡るのは容易ではない。

 これ以上は無理、限界。正直解散を命じる心算でもあった。

「へいへーい! 皆、休もうぜ!」

 だがヒルド同胞団が森林部にある民兵の隠れ里に案内してくれた。

 ユバールは廃村だらけで屋根があるだけの場所には困らない。だが略奪も受けず、寝具も食糧も揃っている場所は貴重だ。

 王党派と共和革命派に留まらない派閥抗争も、主戦場では帝国連邦軍やエデルト軍を前に鳴りを潜める。だが一皮向けば昨日まで殺し合っていた間柄。それと単純に食うに困り盗賊化した民兵もどき等もいる。分類不能な敵がいくらでもいる。夜の見張りもつけずに眠れる場所はありがたい。

 疲れた。

 民兵の隠れ里の、一応の長がいるところへヒルドに案内して貰う。元は郷士の家だったような少し立派な建物だ。

 温かい飯の匂いが漂っているので、呼んでもいない仲間達もわらわらと入ってくる。妖精達も何だか「きゃっきゃ!」と入ってくる。

 中では隻腕の、歴戦の猛者を思わせる白髪の婆さんが一礼で迎えてくれた。杖を突いている。

 大きな食卓には、どうぞたらふく食えとばかりに食事が並ぶ。パンと野菜ばかりで肉も乳製品もあまりないが、奮発してくれているみたいだ。腹ぺこ共が食卓にがっつく。

 婆さんへ、ヒルドが謙るように話しかける。ヒルド同胞団の連中がわっと集る。

 妖精達に求心力を持つ年寄り、ね?

「姉御、新大陸軍脱出成功です!」

「でもエデルト軍がやって来ましたね」

「勘弁してくださいよ、姉御」

「今回の失敗は次に活かそうね」

「姉御、一生ついていきます!」

「契約期間だけついてきなさい」

「そんなこと言わず、何でもしますよ。傭兵なんざやりたくてやってる奴はいませんよ」

「そう?」

 この婆さん、どこかで見た記憶がある。こんな優しそうな感じではなかったような?

 うーん? 良く見ると白髪に赤髪が混ざってるな。

「失礼、まさかスタグロのジェルダナ殿か?」

「あら、ペトリュク公のご子息? お名前はちょっと忘れたけど、覚えてますよ」

「貴女、何故? ユバールに?」

「残念です。ヒルド」

「中佐殿!」

 ヒルドが笑顔で走ってきて、胸を短剣で刺してきた。刃は横向き、肋骨の隙間に入って肺に。

 一緒に家に入った、口にパンを入れたままの仲間達が妖精達に次々と短剣で刺されていく。的確に内臓を、まともな声も出せずに倒れていく。

「ようやく新大陸軍が去りました。西ユバールを我等の同胞同志達の国にすることができるはずなのですが、エデルト軍がとても怖いですね」

 短剣が捻られて、肋骨が広がって折れる。そういう音が体に響く。

 痛みで喋ることもできない。何か胸から上がる、吐く、血か。

「ユバールを俺たちの故郷にするんだ!」

「マトラに続け! 同胞を集めろ!」

「故郷が無ければ奪えばいいじゃない!」

「エイエイオー!」

『エイエイオー!』

 分裂した西のユバールに妖精共を殖民する気か!?

 報せなければ、でも無理だ。

「不幸な出会いでしたね」

 ジェルダナが倒れた自分を見下ろす。返事ができない。

「まだ聞こえますか? 私はランマルカの大陸宣教師になりましたがオルフの奪還を諦めていません。五十も過ぎてこの身体では寿命が足りないでしょうが、息子、孫が成功するように努力しています。出会うところが違えばアッジャールの騎馬蛮族を追い出したオルフに誘いましたのに、不幸ですね。気付かず、知らぬ振りをしていればまだ……」

 ジェルダナが杖先を、短剣に刺された傷口に突っ込んできた。

「眠りなさい」

 霞む視界に、わらわらとまとまって動く妖精達が見える。組み体操に足の裏を全員が合わせ、繋いだ腕で円を作る。逆円錐?

「僕達!」

「私達!」

『ユバール革命戦線!』

「せんせーん!」

「国際歌斉唱!」

 

  敵は何処か、知るのだ同胞よ

  奴らはいる、隣にいる、我らを吸血する奴ら

  その汚らわしい手に噛み付き、食い千切れ

  剣を持て! 吸われた血を大地に還せ

  その大地を耕し、豊穣とせよ

 

  敵は何処か、見つけた同胞よ

  奴らはいる、そこにいる、我らを滅ぼす奴ら

  あの汚らわしい首を落とし、穴に放れ

  銃を持て! 戦列を組んで勝利せよ

  革命の火を広げ、世界を創れ

 

「やっぱり革命は最高だぜ!」

 外から銃声や悲鳴が聞こえる。

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