ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー   作:さっと/sat_Buttoimars

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40話「皆の力」・大尉

 寒い。底冷えも辛い。毛深なこの体になったがどうも毛質が耐寒仕様ではないらしい。そう言えば寒い地方で猿を見たことがない。

 ”鳥”と一緒に寝ているのでそれでも暖かい方だ。ペセトトでの南国暮らしに慣れてしまったせいか昔より辛い気がする。

 ”鳥”の極彩色の羽毛は熱帯仕様のようでいて、さして肉付きも良くないのに酷寒の洋上でも平気にしている海鳥のような感じだ。実際はどうか分からないが肌感覚が連想させる。追加暖房もあるので寒いなどとこの寒波の中で文句を言ってはいけないか。

 雪洞の中、地面に枯れ葉を巻き、毛布を敷き、その上に横になり、追加暖房を抱き、更にその上に”鳥”が座る。

 全然そのように見えないが、”鳥”は頭を半分ずつ眠らせることが出来るらしいので大雪の夜でも寝ずの番で雪洞の入り口が雪で塞がれないか見張ってくれた。

 ”片っぽの目で寝て、もう片っぽの目で起きるの。渡り鳥もやってるから大丈夫!”と言っていた。

 渡り鳥にそんな特技があるとは初耳だが、あるのだろう。空は飛べないので飛べる者が言うことを疑ってもしょうがない。

 雪洞から外を見れば雪景色。ロシエ、バルマン付近の黒くて深い森が冠雪している。寒波の到来が早過ぎたせいか紅葉が落ち切っておらず、葉に雪が被って視界は不良。隠れるには丁度良い。

 ”鳥”の腹の下から這い出る。冷たい空気が全身に障る。

「寒くない? 平気?」

 ”鳥”は衣服の一枚、掛け布の一枚も無い。

「大尉さんおはよう! うん、大丈夫!」

 寝る前に寒くないか、無理をしていないか、等と問うたが微笑んで首を擦り付けてきただけだった。

 追加暖房を一緒に食べる。何人か正直分からないが、脱走兵と見られる男だ。ロシエ関係か帝国連邦関係か良く分からない。暴れられても困るので両手両脚の骨を砕いて顎も外し、潰れて死なない程度に喉を握って痛めつけてある。呻いたり糞小便を漏らしたりと快適とは言い難かったが、温かい食事と熱源としての価値を考えれば我慢できる程度だった。

 ”鳥”が追加暖房の喉笛を噛み潰して殺してから蹴爪で腹を裂いて開く。湯気の立つ内臓を食べて血を飲む。隠密性を考えて焚き火はしていない。ロセアが使う周囲を観測する呪具に配慮してのことだ。

「あー」

「うん?」

「大尉さん、あー」

 ”鳥”が口を開けてこちらに向ける。

「うん」

 銃剣で肝臓を切り取って持ち”鳥”の口に運んで食べさせる。

「うふーん!」

 ”鳥”が嬉しそうにする。悪くない。

 亜神になったばかりの時は体がろくに動かせず、”鳥”に食べさせて貰った。顎も悪く、飲み込むのも辛かったので噛み砕いて貰ってから口移しで飲ませて貰っていた。

 ”鳥”が追加暖房の腹に顔を入れて小腸を噛み千切って咥え「んー」とこちらに突き出す。

 その突き出してきた小腸の欠片を口で取って食べる。

「うふーん!」

 ”鳥”が嬉しそうにする。悪くない。

 

■■■

 

 ロセアとその軍の動向を観察中である。

 ”鳥”の足に肩と腰に回した縄を掴んで貰い、空中で腹這いになって双眼鏡を持って観察している。

 空は特に寒い。遮蔽物の無い雪混じりの風は指を腐らせるのに十分だ。常に動かして血流を止めない。

 常に動いているロセアとその軍を見失わないように悪天候でも飛ばなければならない。天候の良い日ならば冬の澄んだ空気のお陰でかなり距離を取っても見失わないので、ロセアとその軍の動向を推測する上で他の軍の動向も見に行って頭に入れている。

 本日は雪も風もあるが視界が潰れるほどではない。そこそこ良い。

 上空から見た戦況ではロシエ軍が圧倒的不利である。

 大陸作戦軍運用は我がランマルカよりも帝国連邦が圧倒的に巧いと思える。島嶼国家ではない大陸国家ならば当然かとも思うが、我がランマルカで基礎を学んだ留学生達が、マトラの者達があの軍の基盤を築いたかと思えば先を越された感覚もある。

 遊牧騎兵という要素が重要か? 新大陸の遊牧民達を騎兵として取り込むことを軍上層部に進言してみよう。現状では傭兵として雇っているだけに過ぎない。

 ロセアとその軍は西に戻れば助かるのだが、東のバルマン軍に攻勢を掛けようとしている。悪天候でも、晴れている時ならば特に、四六時中排煙を上げている帝国連邦軍が前線付近に構築した工廠を破壊しようと目論んでいる。単純に狙う目標としては良さそうだがそれは周囲の軍の展開状況次第であろう。

 工廠を破壊しに行けばロセアとその軍は大規模包囲機動に移る帝国連邦軍に皆殺しにされる。その逆に西へ戻って包囲され掛かっている後方の軍を救助しに行けば失敗を挽回できそうだ。新大陸軍も増援として駆けつけているので戦力の問題は解決可能かもしれない。

 北の軍を粉砕して南進中の帝国連邦のストレム軍の到着まで猶予は無く、東を向いている場合では無い。ポーエン川南岸の軍も増水で動きが麻痺しているのでアテにならない。

 手を下さずとも死ぬかもしれない。しかし降服し、その身柄を帝国連邦が保護するということになった場合は非常に、政治的に殺し難くなる。

 友邦とはいえ我がランマルカと帝国連邦の利害は完全に一致しない。彼等がロセアを政治的に重要な存在と認識して保護したならば任務達成が困難になる。

 単独で形振り構わず己の才覚でロセアが逃亡することもあり得る。潜伏しつつ逃げると思われ、そうなると追跡が同じく困難になる。

 殺すのが役目の自分に、今になって再度ロセアを殺す意義は伝えられていない。

 空想することしかできない。

 ロセアは共和国派の代表になって大統領という肩書きを名乗る。しかし早々に国王を排除するような信条に心変わりする可能性は低い。おそらく中身は王党派であろう。国内の共和革命派をなだめすかし、革命の熱気が冷めたところで国王を呼び戻す可能性がある。

 王太子セレルと王子アシェル=レレラは暗殺した。セレルの息子も”馬”の見立てでは母体の精神的衝撃による早産により死亡している。

 残る先王の息子は枢機卿ルジューのみ。こいつは共和革命派の天敵で、その他派閥にも人気が無く、国内の混乱を治める魅力は無い。

 だがロセアは魔族化している。直ぐに国王を戻さずとも十年二十年、百年の計でやれる。そのルジューの息子か孫を年を掛けて用意し、教育し、何らかの実績を積ませて帰還させることも不可能ではない。そんな危険性を孕む人物を生かしておくことはできない。

 真の共和革命派に政権を取らせなくてはならない。もっと支離滅裂で血を欲する吸血鬼、人食い豚にロシエを仕立て上げるのだ。

 人の世は疲弊しなければならない。奴等が健全に強くなってはいけない。疫病が流行るように死ななくてはならない。革命ロシエは人間世界の孤児となり、同族と末永く殺し合って衰退しなければならない。

 衰退仕切った時、ランマルカや北大陸の同胞達がその座に代わる。

 ロセアは英雄として、革命烈士の名で死んで燃料となって燃えて本人の遺志に拘わらず反旧体制の象徴として祭り上げられる。これがおそらく大陸宣教師の思惑。

 海外にて難しいことを考えるのは大陸宣教師の役割だ。殺意は彼等が持ち、自分は言われた目標を殺害するだけだ。

 だが長年追い続けたあの男を遂に、途中で止められながらも遂に殺せる時が来たのだ。同胞達に益しないがロセアに自分は執念を持つ。これだけはたとえもう一度”狼”のような死者を出しても、自分を犠牲にしても逃がしはしない。

 難しいことじゃない。自分を殺した奴をぶっ殺す。

 そんな頭から去らないロセアを撃たずに長期間観察し続けているのには理由がある。

 ロセアとその周辺が戦闘行動の連続で疲れ切り、集中を乱して精神的に弱って隙だらけになる頃合を待っている。

 ロセアは呪具で周辺を独自に警戒、防御している可能性が大である。そして今や敵中で軍を指揮しており、一般兵からも重点的に保護されている。

 一連の観察を続けて分かったが、帝国連邦軍の防衛線を突破した時は特に目立ってロセアの軍は金属攻撃が利かない呪術を使っている。うろ覚えだがペセトトにもあったはずだ。”鳥”に聞く。

「ペセトトに金属の投射物を防ぐ呪術ってある?」

「あるよ!」

 使用する弾丸は全て骨製の追跡する呪術弾にする。

 ロセアがその呪術、もしくはそれから発想を得た魔術を扱えてもおかしくない。早計に狙撃を行わずに観測し続けた甲斐はあった。

 同志エイレムと複製してくれたアー……”馬”同志アーラに感謝する。

 ヘルムベルで今彼女は安静にしているが、”猫”が上手いこと、なんだろう、宥めてくれればいいが。ロセアを撃つ任務があるので、道中で同志スカップに身柄を任せたからどうしているか分からない。

 

■■■

 

 ロセアの観察を続ける。朝から夕方まで軍と共に東へ速歩で強行軍に前進し、寒い夜に備えて入念に野営の準備をしている。野営地は見晴らしの良い、周囲が低くなっている丘とも言えない高所を取っている。敵が潜伏するような森は近くにない。”鳥”に自分を運んで飛び続けてもらう。

 長時間風雪に曝されながら観察するのは非常に疲れる。ついついロセアが隙を見せる前に撃ちたくなってしまう。自分の集中力がいつまで持つか自信が揺らぐ。

 冬の日没は早い。早くに訪れ、あっと言う間に夕方が去りつつある。亜神の身体は夜目が利くので一応有利な状況である。

 目下の軍に多少騒ぎが起きる。その方角を見れば、徒歩で西から来た騎兵服の兵士が倒れ掛け、見張りの兵士が抱き止めて看病することもなく抱き上げて走り出した。急報告げる伝令だ。

 待った甲斐があった。

 その伝令が向かうであろうロセアの天幕へ向け、射撃姿勢を取る。

「肩から吊るして」

「うん!」

 ”鳥”両足で自分の肩の方にある縄を掴んで吊り下げる。地面につかない腹這いから直立へ。

 照準合わせの前後ネジで狙撃眼鏡の位置が正位置になっているか再確認。弾道補正の縦ネジも偏流補正の横ネジ同様。常に動き続ける空中狙撃には不要な調整能力だ。

 銃身は閉じた足、靴の爪先の間に添え、尻尾で巻いて足の側に引き着けて銃口のブレ、射撃時の跳ね上がりを抑える。試射の結果ではこの尻尾での銃身制御があるか無いかで命中率が格段に違う。

 右手は銃把と引き金、銃床は右胸に押し当て、左手と顎は銃床の上に添える。

 呼吸を静かにし、脱力し、心静かに務めて血圧を下げる。

 騒ぎを聞き活発なロセアが天幕から飛び出る。老成した将軍のように中で待っていられないのだ。

「目標頭上で右方向に旋回しつつ流して」

「うん」

 右に流れて上下の飛行時の揺れが収まる。流れる速度が安定していって定速に至る。

 死に掛けに見える伝令の騎兵の口元に耳を寄せるロセア。

 右目に雪が当たる。視界不良。左目を開けたまま右目を閉じて開ける。視界回復。

 雪の量が増えてきている? 粒は明らかに大きくなってきている。

 伝令の騎兵が力を失い、抱き上げていた兵士が脱力して重くなったその重量に姿勢を少し崩す。ロセアがその騎兵の目を手で閉じてやり、そして兵士と死体に背を向け、堪えきれずといったように頭を掻き毟った。

 新大陸の時からロセアを観察し続けてきたがあんな姿は見たことがない。あれは集中力が乱れて注意散漫になっている。機だ、各種の呪具を扱うどころではないだろう。冷静になる前に決着をつける。

 銃身に当たる靴の爪先で微調整、尻尾の引きつける力は一定。息を吸って膨らませた胸から息をわずかずつ抜いて微調整、息を止める。その照準の先は定速で右旋回を続ける”鳥”に合わせた未来位置。

 最終的な命中は追跡の呪術弾の性能を頼る。”馬”手製の、鉛を被せていない骨の弾だ。

 引き金を、撃鉄が落ちる寸前まで絞る。ロセアの骨格は謎の強靭な銀色の骨である。骨に当ててはならない。

 最後まで引き金を絞る。

 まずは心臓、ロセアが崩れ落ちる? 否、膝を突いて手を上に突き出す。

 ロセアを中心に半球状の透明な、方向性を持つ流れが見えたが雪に干渉せず。

 あれは銃弾、金属から身を守る魔術に違いない。初撃で金属以外と悟れる可能性は非常に低い。獣の丘にて謎の赤い世界を透視したあの目が有効利用できている。

 これはこのまま撃って当てられる。遊底を操作して次弾装填。

 当てた興奮に固くなる身体を抑えて、己の射撃姿勢を再確認して素早く安定。

 次に口、仰向けに倒す。口を撃ったならば脳髄を破壊していると思いたいが、手はまだ上に突き出されたまま。口以外に当たったか、歯で止められたか?

 今度は上げた手を中心に、激しく渦巻く円が出現。渦に合わせて雪が飛ばされている。これは金属だけではなく迫る飛翔体全てを受け流す魔術であろう。ただその形状はあくまでも手の平あたりから出る円で、一種の盾である。低い位置からの射撃には無意味だろう。

 ロセアの異常に周囲の兵士が気付き出す。死体を抱えたままの兵士はどうしていいか迷っている。人間の道義的には英雄的な人物を丁重に扱いたがる。

 ロシエ軍には傷を治療する呪具が普及している。まだだ。

「投下、それから即座に回収する用意に移って!」

「うん!」

 決めていた動作だ。何度も練習した。

 ”鳥”が掴んでいた縄を離す。股から悪寒が突き上げる。

 落ちる。

 天幕の群れの隙間、薄暗い雪の地面が迫る。小銃を放り投げる。

 足から着地、瞬時に転がって、膝や体側を地面に当てつつ尻尾で地面を叩いて勢いを殺し、立ち上がって投げた小銃を地面に落ちる前に掴む。

 この体勢で狙える急所は股間? いや魔族に睾丸は無い、腹、腹の左側の肝臓。

 立って狙ってロセアを再び撃つ。手は上げたままだがロセアの渦巻きの円は消失した。痛みが過ぎると集中力が必要な魔術は使えなくなる。心臓撃たれて死なぬロセアだが、主要臓器を二箇所撃たれては流石に意識も手放すか?

 行動を抑制できた。術使いを即死させられないのならまず腹を狙うのは基本だ。

 急速降下してきた”鳥”が肩の縄を掴んで横滑りに飛ぶ。「上昇!」と言って自分は地面を蹴って走って跳んで再上昇を手伝う。

 このような襲撃を想定しないか、護衛の兵士達は今ようやく小銃の撃鉄を上げたか、慌てて弾薬の装填をしている状態。この暗さと雪では盲も同然だ。

 高度が上がっていく。

 また射撃姿勢を安定させる。呼吸を即座に安定させられそうにない。息を止める。血圧が安定しないが呪術弾を信頼する。するしかない。

 ロセアの左目を撃つ。砕けるのを確認、左脳を破壊。

 術的な防御手段が講じられていないことを再確認する間も無く発射したが命中した。目を術的に? 凝らして見てもロセアからは以前のような何かを見られない。

 射撃姿勢の安定に再度務める。”鳥”の離脱飛行の速度に鑑み、やや余裕がある。一度深呼吸を入れてから息を止める。準備したとはいえ積もった情念が晴れつつある今、冷静でいられない。未熟。

 右目を撃つ。同じく砕けるのを確認。右脳を破壊。

 駄目押しである。あのマリュエンスモートで頭の皮を剥いだ一発を思い出せば必要な一発であると確信する。

 高度が上がり、雪と日没でロセアを視認するのが困難になってくる。

 ようやく――十数と数える内で一瞬とも言える――護衛の兵士達がロセアの体に重なり出して肉の盾となる。

 そして半球状の透明な、方向性を持つ流れが再度遠くに見えた。ロセア以外の者も使えるかそのような呪具を保持しているのだろう。

 中でも手提げ鞄を持った、銃を持たない衛生兵と見られる者が肉の盾の下に潜り込もうとしている。大分遠いが、ロセアではないと思えばこの熱くなった頭も下らない目標だとして冷めてくる。そいつを狙って撃つ。倒れた。

 呪術弾は全て”馬”から貰った毒を塗ってある。

 十分に準備を重ね、優秀で献身的な協力者と労働者の力を結集した結果だ。当然である。

「撤退!」

「うん!」

 護衛の兵士達がこちらを指差し、銃口を向けて騒ぎ出す。中々見つけられないと慌てる者も見える。雪と風と暗闇で、目が良くても姿が霞んで見えているはずだ。

 腕の立ちそうな兵士を勘で選んで上空から撃つ。今日の撃針は連射しても折れない。長年の勘で呪術弾が良く標的を追跡して当たっている感触はあるが、もう目では確認困難だ。

 ”鳥”は勢い良く羽ばたいて高度を上げ続ける。下から銃声が鳴るが当たらない。風が強い中、上に向けて撃って当たるのはこの追跡の呪術弾ぐらいなものだろう。

「疲れたね。休みたい」

「うん!」

「ヘルムベルに。皆が待ってる」

「うん!」

 東の空、ヘルムベルへ”鳥”と飛ぶ。

 雪と風が熱い顔に当たって気持ちが良い。

 大変満足。目の奥に圧迫感。呼吸が苦しくなってきた。

 どこか被弾したかと思って自分の身体をまさぐり、防寒具に銃弾による穴が空いていないか入念に触って確かめたが無かった。

「大尉さん、んーん?」

 ”鳥”が心配げな口調である。顔が局所的に変に冷たい。

 ああ、そういうことか。凍傷を防ぐ為に顔を手で覆う。

「やった」

「やった?」

「やったー!」

「やったー!」

 刺激以外でも涙は出るのか。

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