ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー   作:さっと/sat_Buttoimars

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42話「休まず」・ベルリク

 停戦合意は我々にとって、ロシエにとっても幸運な話だった。

 情勢は生き物、動く。

 最後の一撃を加えてロシエ陸軍の継戦能力を奪ってから段階的に軍を後退させようと思っていたのだが、言い訳しないで一斉引き上げをする機会を得た。機会であって許可ではない。

 最後の二連包囲による大規模包囲殲滅ではロシエ軍を小突いただけで終わってしまったのが少々残念である。

 加えて残念なのは、エムセンから攻勢に出たジュレンカの綺麗な顔に敵砲兵が放った砲弾の破片がまぐれ当たりして傷を作ってしまったことだ。指揮官先頭の精神で攻撃前進中に起こってしまった。

 こういう時どうしたら良いか分からなかったので”綺麗な顔に傷が入ってしまったな。でも前より可愛いぞ”とその傷跡にチューしたら”きゃっふーん!”と奇声を上げ、顔を真っ赤にして首に腕、腰に足を回して跳びついてきた。

 処分に困った前線工廠の工場設備や、輸送するにも重過ぎて破壊するにも頑丈な大砲を中心にした物資の提供先も見つかった。ユバール革命戦線なるランマルカ革命政府の北大陸海岸堡に当たる勢力だ。既に神聖教会圏中の共和革命派の同志共が必死になって、厳冬の中で運搬を頑張っている。

 前線工廠をバルマンにくれてやるのは取り止めだ。食糧だけは情けで与えた。大層素直に喜んでいた。

 そんな中で大事件が発生した。情勢の変化を告げる手紙が続々と届き、中でも目を引くのは魔神代理領の南大洋連合艦隊がタルメシャ沖で敗北したという情報。相手は龍朝天政の南覇艦隊。詳細は不明だが、ジャーヴァル周辺まで制海権が後退したそうだ。

 この後退に伴って魔都で臨時御前会議が開催されることになった。定期御前会議は二年後に開催される予定であった。

 これに出席しないなんてことはない。予定ではこのまま真っ直ぐバシィールまで戻り、中大洋へ増援に向かうセリンの艦隊に乗船して魔都に行くことになる。代表としての出席は初めてなのでルサレヤ先生をお供に付けたい。

 ザラはお留守番にする。セリンも遠征に出るからバシィールにダーリクを戻そう。船旅に三歳児なんて連れて行ったら死んでしまう。

 とにかく一旦バシィールに戻ってルサレヤ先生と相談、支度をしないといけない。ババアにおんぶしたり抱っこしたりして貰いながら会議に出たいところだ。

 魔神代理領の制海権が後退すると同時にナレザギーの会社群が行う東方貿易にて大損失が予測された。ナレザギーは魔都へ先行し、東方貿易での損失分を補填する算段をするそうだ。

 これでタルメシャ以東からの輸入が厳しくなってしまった。魔神代理領船籍船は良く狙われることだろう。

 この状況を打破しないと、ジャーヴァル産品からの収入だけでもそこそこ良いところまではあるものの、天政、アマナ、リュウトウ、タルメシャ産品から得られる収入が激減する。ハゲ兄さんの南洋諸島産品との貿易も難しくなってくる。ナレザギーの会社群が発行する有価証券の価値も今後下がるし、取り付け騒ぎのようなことも有り得る。発行した有価証券が全て換金されると保有している金と銀が吹っ飛ぶ。

 北方草原地帯から圧力を掛け、龍朝天政の南洋進出力を削がなければならない。どちらにも国力を偏重せずに傾けなければならない状態にしなければ対外拡張を許してしまい、いずれは今回のようなロシエ侵略という贅沢を今後、できなくなる。するとしたら単独で相当な経済的犠牲を払わないとできなくなる。

 ナレザギーからはタルメシャ以東以外にも権益を確保するように動くそうだ。具体的には南大陸東部への進出。案内役にはギーレイ族などが非常に有用と考える。傭兵公社の大々的な運用を南大陸で始めるらしい。先を考えた資源開発と、広大な土地を確保しての大規模農場の建設。人的資源は現地で確保予定などなど、仕事が増える。

 臨時御前会議にて龍朝天政に対する海上以外での戦争について話し合いがされるだろう。我が帝国連邦としては会議が有る無しにかかわらず侵略は不可避。事情がまた別にある。

 今回の戦いで損耗した正規軍の再編を龍朝天政侵略のために行わなければならない。

 ラシージが細かく送ってくる補充要員の数量報告に基づけば、質は下がると前置きしながらも頭数は今回だけは定数まで補充できる。ただもう一度同じような補充は何年も、少年達が育つのを待たなくてはならない。赤子達が父不在の中、母達の仕事を手伝えるようになるまで待たなくてはならない。

 質が下がらぬように時間を置いて兵力を養うのが賢いかもしれない。だが――惜しい気もするが――まだまだ前政権の記憶が新しい連中ばかりだ。懐古主義者の瀉血は続けなければならない。民族練成は始まったばかりである。もっと戦わせて殺して通婚させて混ぜて元を分からなくする。

 瀉血の件ではウルンダル王国宰相ブンシクの戦死が良かった。分かりやすいぐらいの良い死にっぷりで、騎兵突撃の先頭に立ってビプロル侯カラン三世に真っ二つに切り裂かれた上に分かれた上半身側を槍だか薙刀に刺して掲げられたお陰で皆の士気を高めたと云う。我が軍では現在”楽しく死ね”の標語を掲げて行動しており、良い見本になった。

 その散った魂の霊力が息子に、世襲の次期宰相に良く受け継がれて人を引きつける力に転換させなくてはならない。

 ウルンダルは東方戦略における重要地点。ユドルム山脈を越えた玄関口に当たる。要地としては他にノルガ=オアシスだとかイラングリの旧都市などがあるが、そこまで東へいくと防衛、連絡上で不安が多い。

 自分が名目上はウルンダル王として君臨しているが実務は世襲宰相がやること。実績を積ませて宰相の権威を上げてやりたい。

 ラシージ経由で、宰相にその実力があれば非正規兵を総統及び国王代理として指揮させ、正規軍の到着を前に龍朝天政を攻撃させて権威を上げてやるのがいいか? 実力の程を推し量らせないとならない。正規軍がいるから失敗覚悟でも良い。

 ……ちょっと違う気もするな。ラシージにこの考えを基本に、勝利を念頭に入れ、新宰相の権威向上を練りこんだ作戦を立てて貰おうか?

 自分が魔都に行っている間、帝国連邦軍を率いて東方侵略の総指揮を行うのはラシージだから行動を縛りたくない。宰相の権威向上作戦は参考程度、として手紙を出そう。

 兵の質の低下を補う戦法はプラヌール族が実施して証明した。遊撃に精鋭銃弓騎兵、前衛に精鋭槍騎兵、後衛に並みの銃騎兵と分けるような部隊編制を一部で採用する。畜害風で馬の頭数が減少したこともあり、良馬だけ選別して軍用にする余裕は無い。

 遊牧帝国域全体に大規模な畜害風が吹いた。全人民防衛思想教育に基づく各自治体民兵組織は戦時以外でも平時に互助する仕組みに成っている。今回は前回の畜害風より規模は大きかったが組織的に協力し合ったおかげで被害はある程度抑えられた。牧草を分け合ったり、頭数を数え合った上で別の群れ同士を混ぜて一箇所に避難させたり。さて、そんな協力関係がスラン川以東で築かれていただろうか?

 危機と好機は表裏一体となることがあるが、今回はそれだ。弱っている龍朝天政旗下の遊牧民全てを併呑する時だ。

 侵略を容易にさせる要素が感じられる。今彼等は救ってくれる、何より強い指導者を求める傾向が強まっているだろう。

 事実を根拠とした噂を流す。世界中で高騰した穀物を飼料として無償で各部族に配布させる。草が無いなら米、麦を食わせる。丁度西方からの買占め分があるのでこれを使う。既に備蓄が放出されているが、備蓄に数えない買占め分、戦略物資分まで放出するよう手紙を出す。出さずとも放出して良いのだが追認の意も込めて出す。

 今秋の収穫の統計が出ており、穀物価格の上昇は世界全体で著しいのは以前から。

 神聖教会側から買占め分の買取申請が来るだろうが全て拒否する。ルサンシェル枢機卿がそろそろこの件に関してせっついてくると思われるが、可哀想だがあしらわせて貰おう。きっと板挟みに合って大層苦しむはずだ。

 ジルマリアに同窓のルサンシェルが苦しんでいることを手紙で報告してやろう。大層お喜びになるはずだ、あの性悪女め。

 穀物の件と、この講和ではなく停戦合意だけで撤退することも合わせて今後、神聖教会とは非常に敵対的になる可能性がある。領土と政治双方、戦略的縦深を確保するためにマトラ低地を奪っておいて正解だった。

 強いロシエ帝国との連携を模索しなければならないかもしれない。垣根を越える団結が必要と見る。国歌にもある。

 西方問題はそのくらいとして、短期的な馬不足に関しては単純に天政に屈した遊牧領域に侵攻してぶっ殺して奪うことにする。敵が馬を避難させる前に突っ込んで奪うのだ。あとは魔神代理領構成各国から買う。

 とにかく侵略。カラドスの手法、寝返りの見返りに放牧地と家畜と奴隷を与えたならばどれだけこちら側に、残るまだ服属していない遊牧民達が恭順してくるだろうか?

 龍朝天政が彼等に救いの手を差し伸べる前にそうするのが前提条件であろう。侵略は素早い程良い。

 正規軍の補充再編には間違いなく時間が掛かり、西方から本国に戻すのも同じ。その間隙を埋めるために非正規軍を動員して即座に侵略をラシージの指揮で開始させる。爆発的な戦果は思ったよりも得られないと考えているが、畜害風の混乱が止まぬ内に遊牧帝国域を侵略する。

 困った時は仲間を頼るものだ。大内海連合州を中心に、可能ならザカルジン王国まで合わせて援軍を要請する。丁度魔神代理領中央も龍朝天政とは海上以外の戦場で雌雄を決しなければならないと考えているだろうし、大総督シャミールの説得も比較的容易に思える。そのようにしなければならない。手紙を出す。

 直接顔を合わせることは無さそうだが、ハゲ兄さんとルー姉さんにあのチンポコ野郎ともまた同じ空の下で戦えると考えれば楽しみが沸いて来る。

 龍朝天政も軍制改革や挙国一致体制で以前とは比べ物にならない戦力を保持しているのは調査で分かっている。帝国連邦としてもいずれスラン川を越える心算だったからだ。

 状況は南では劣勢だが北ではこちらに向いている。その追い風がたまたま尻を腐らせる畜害風なのは図り難いが。

 勘が言っている。これは逃してはならない。北大陸極東まで打通できる機会は今しかない。打通先に東大洋に直接出られる港まで確保できれば、少なくとも南大洋方面での制海権後退による通商不安というものはある程度相殺できる。

 東方貿易路の拡大、自己管理は非常に魅力的である。草原の交易路を掌握できれば遊牧民に対する権威も上がる。掌握できる。我がものとできる。

 鉄道の延伸も順調。畜害風で工事中断などあったが、スラーギィ中州要塞を中心に東西南に線路が伸びている。マトラとワゾレ、そしてバシィール方向にもだ。東側の線路は報告書の発行時点ではシャルキクに到達している。これがその極東貿易港に接続されればどれ程のものになるだろうか?

 各線路に平行して工事用の道路と駅も建設されているので鉄道が無くても以前より交通は快適。その上で一番に作った東行きの線路には平行してもう一本建設中で複線になる予定。

 単線の時は物資も貨車も一方向に送る。帰りの便は撤退でもしない限りは無い。

 複線の工事に取り掛かり始めたばかりの方も、短くても牛馬で運ぶより早い。

 それから装甲戦列機兵の機関部を鹵獲して送ったが、技術研究部によると機械部分はともかく呪術刻印が複雑過ぎて意味不明とのこと。完全に複製することは可能だが、鉄道に使う大きさに合わせて改造することは短期的に不可能。一足飛びで進化は難しい。

 とにかく、休まずにまた戦争ができる。

 蒼天の神はそんなに自分のことが好きなのか?

 

■■■

 

 本国へ戻る最中、大規模な畜害風の噂が遊牧兵の間では持ちきりになる。故郷が気になってソワソワしている連中が多い。中でもカラチゲイ族の少年族長キジズくんが不安な顔を見せていた。

 西トシュバルの畜害風被害は中々に大きかった。いつものように渓谷へ風除けに家畜を避難させたらいつもとは違う風向きになり、吹雪の直撃を受けて逃げる間も無く大量死を招いたらしい。

 キジズくんは族内の派閥均衡の観点から一先ず元族長の息子ということで族長に推戴されたので政治的に弱い。ここでその被害の補填をどうにかして解決しないと、そんな前提条件があったとしても族長としての力量が疑われ、排除されて内紛が始まる。

 指導力、部族救済能力に欠ける者は信頼されずに捨てられるのが厳しい草原の掟であるが、言う事聞きそうな族長がコロコロ死んで忠義心が揺らいでしまうと困る。ちょっとした工夫で安定させよう。

「だーれだ!」

 そんな顔を部下に見せてしまったキジズくんの目を手で隠す。

「あ、総統閣下! 何ですか?」

 ちょっと嬉しそうにする。”総統親父が直接可愛がっている族長は尊重しなきゃいけないんじゃないか作戦”である。

「家畜の飼料を全域へ無償配布するから安心しろ」

「本当ですか! さすが親父です」

「面白いところに連れて行ってやろう」

「面白いところ?」

 福祉加工場というのがある。普通はその名前だけで何の施設か分からない。

 キジズくんは自分でどうにかして族内における影響力を高めようと今回の戦争では率先して先頭に立って戦い、多くの敵の首を切り落としてきた。在庫があると聞く。

 福祉加工場は妖精達が野外炊事車を改造した移動加工場であり、主に製作される物はロシエ兵の干し首である。お土産用だ。

 妖精達が生首を抱えて並んでワッキャワッキャしながら加工場の受付の前で順番を守っている。たまに人間、獣人も混ざる。

 本来なら前線工廠でじっくりと作るつもりだったらしいが、急な撤退のせいで作る暇も無く、移動しながら作ろうという発想に至ったらしい。

「たくさん首を切ったらしいな」

「はい」

「帽子からぶら下げてみたらどうだ?」

「はい!」

 目が輝いた。

 しばらく、暇を見つけてはキジズくんを誘って新しい帽子作りに励んだ。実際に作るのは親衛偵察隊である。面白がった妖精達が干し首を持ち寄ってくれたので、被って首を振るとボロボロだのと鈍い音が鳴るぐらいになった。このような呪術的な装具を手に入れてからキジズくんの顔つきが多少男らしく変わる。

 

■■■

 

 撤退は続く。何度か神聖教会側から、特にルサンシェル枢機卿経由で講和会議が終わるまで前線にいるようにと伝言を聞いたが知らんぷり。そうすると坊主共がぷりぷり怒る。

 しかし遂に懐かしいオルメン公館にて話をじっくり聞くことになった。泣かれると流石に弱い。泣き落とし如きと以前まで考えていたが、演技ではなく泣かれるとどうにも押されてしまった。

「どうぞお兄様」

「おう」

 アクファルが珈琲を淹れてくれた。間違いなく珈琲だが香りが格別に違う。何だ? 飲む。鼻に良く通って深い。

「どうぞルッシェくん」

「あ、はは、学生時代の懐かしい呼び方で、どうも。ジルマリアに聞いたかな」

 ルサンシェル枢機卿は泣き晴らした後で目が赤い。これが不細工で根性の悪い奴だったら鼻で笑ってやるのだが、美人の良い子ちゃんがやると衝撃力が高い。

「さて、我々のもう始まってしまっている後退を止めたいらしいですが、無理なのはわかってますね」

 話をじっくり聞くという約束で馬から椅子に尻を乗せ替えたのだが、結論ありきである。

「分かっています。しかし契約を違えることになります。一部でも残置できないのですか? それならば違えることにはなりません。面目も立ちます」

「聖戦軍が弱体で生まれ変わったロシエ軍を抑え切る自信が無いようですが、一度戦ってみてはどうですか? と、これは意地悪でしたな」

「は……」

 はい、とまで言えない。板挟みだな。

「ご質問あればどうぞ。返答はそのまま聖女猊下に通して下さって構いません」

 ルサンシェル枢機卿は沈黙し、折角の格別感のある珈琲を飲んでも落ち込み顔。無力は辛いな。

「ルッシェくん、こんな話があります」

 とアクファルが急に語り出した。

「年上の若い竜が赤子に食べさせる物を狩りに行く時は、しばらく食べず水だけ飲んで胃も腸も空にしてから珈琲豆を口に含んで、少しずつ舐めて飲み込みながら行く。これは出来るだけ体重を軽くして、また体臭、大便の臭いで獲物に察知されないようにする伝統的な猟法。そして珈琲豆の覚醒効果で集中力を上げる。空腹の時の方が効き目がある」

 うん? 珈琲の芳しさが割り増しされてきた感じがする。

「その空腹時のウンコがこの発酵珈琲」

 ルサンシェル枢機卿が一瞬えずいたように腹筋の収縮を見せた後、何事も無く飲み続ける。

「この珈琲ウンコは帰還するまで我慢する。現代では赤子の食糧は農耕牧畜や交易で安定的に確保出来るからこの猟法をする部族は少なくなってきている。竜跨兵においては偵察や伝令の任務の時に、この空腹にして珈琲豆を口に含んでいく猟法を利用して作業効率を上げている。竜の普通のウンコは勿論臭くて移動した形跡として残ってしまう。珈琲ウンコは帰ってくるまで我慢できるけど、普通のウンコはお腹が痛くなるし、我慢すれば集中力も体力も落ちる」

「お前これ、クセルヤータのウンコだろ」

「うんお兄様」

「で、何の話なんだ?」

「もうどうしようもないからルッシェくんは仕事を忘れるべきです。お兄様」

「そりゃウンコだな」

 ルサンシェル枢機卿の目線が遠くなった気がする。

 

■■■

 

 道中の野営地にて、冬ながら久々に暖かい空気が流れ込んできて空も青い。しばらく籠に引き篭もっていたダフィドがぴょこぴょこ歩いている。

 その隣でザラが髑髏帽子の耳を掴んで動かし、しゃがんで並んで歩いて遊んでいる。

「うさぎさーん!」

 その辺にいる妖精達が頭に手を――自分のではないものも含め――当てて『うさぎさーん!』とやっている。それからうさぎ跳び。ザラもうさぎ跳びをしようとしてぽてっと転ぶ。

「おらルドゥ、お前やんねぇのかよ」

「やらん」

 そんな微笑ましい光景を低い椅子に座って、鍋で煮た羊の腸詰を食ってビールを飲んで、酔わないと読んでられなさそうな新聖王親衛隊隊長アルヴィカ・リルツォグトからの恋文を読もうとしている。因みにキトリン男爵位は幼い長男が継いでいる。

 稲妻フィルが死んで色々と大変だろうに、そんな状況下でも送ってくる文はどう考えても猛毒であろう。ザラとダフィドと妖精共を見て中和せねば。

 ”私の心に巣食う悪魔ベルリク=カラバザル様へ。貴方に御恨み申し上げます。貴方が私の胸に焼けた剣を突き立てて以来、目も耳も鼻も全て貴方を追い続けております。幻が見え、聞こえぬ息遣いを感じ、その臭い立つ肉体が脳髄に届きます。腕と胸にあらぬ体温、唇や先端に湿った熱を不意に求めます。とても苦しいのです。自決することすら考えてしまいます。何故貴方は私をここまで苦しめるのでしょうか? 殺して下さらないのなら貴方を貫き、永遠の物にして差し上げたい。頭から腹部までの血と肉が沸き立ちます。どう抑えて良いのか、貴方なら抑えられます。抑えて下さい。掴んで抱きしめて口を塞いで離さないで下さい。その血に怨嗟に塗れた腕で私を連れ去って、どこまでも”。

 手紙には髪の毛が一房――開封と同時に香水等ではない女のにおいが広がる程度――同封されていた。それと手紙の墨だが、何か色の具合が何となく黒だけではない気がする。何というか文字が滲んでいる箇所が赤っぽい。直接ものの臭いを嗅ぐ勇気は無い。呪われそう。

 頭が痛い。ザラが言葉の勉強をしようとして間違ってもこれを読まないようにしないといけない。焼くことも考えたが特大の呪いが掛かりそうで怖い。

 何となく夜襲の気配がしてしまうが気のせいだろう。手紙は手紙、暗殺事件直後の聖王親衛隊に暇があるわけはない。常識的に考えろ。それに親衛偵察隊の警護もある。ルドゥを信頼する。

「あぁ、ルドゥ」

「何だ大将」

「これ、読んでみろ」

「ああ?」

 ルドゥが読む。

「殺せば良いんだな」

「いや違う」

「冗談だ」

 冗談言う時は冗談言う顔になれよ。

 臓腑に霊的劇物が染みて苦しんでいると、ふと現れたムンガル族長のサヤンバルの爺様が何と我が娘ザラ=ソルトミシュに花を差し出した。勿論のこと冬で春はまだ遠い。

「どうぞソルトミシュちゃん」

「お花? どこに咲いていたんですか? 今は冬です」

「造花というやつだな。裁縫して作る」

「ありがとうございます」

 ザラが造花を受け取って、どうしようかと首を捻って考え、一緒に遊んでいた妖精が「こうすると良いよ!」とまだ短めだが編んだ髪に差し込む。

「へへ、ありがと!」

「お花ぁ!」

「お花ぁ!」

 そして何と何と、サヤンバルがザラの手を握る。

 身につけている回転式拳銃四丁、先込め式拳銃三丁には全て銃弾が装填されている。シルヴと白兵戦を演じることを考慮したこの二十七発を短時間でその老体の肉と骨が両断されるまでブチ込む用意はできている。

「ラグトの王妃になりませんか?」

「サヤンバル様とご結婚ですか? お歳が五十も離れています」

 ジジイ、まだ手に入れてもいないラグト王の称号をもう取った気になっている。あの約束は別に忘れなくていいが、それは言わずとも存分に力を示した結果があってのことだ。あと正直、昨今の情勢から考えると王号の凄みは陳腐化している。

「私が死んだら息子と結婚すれば良いのです。息子も三十過ぎですが、次は孫と結婚すれば良いのです」

「でも、私は将来とーさまと結婚したいです!」

 なんとそれは!?

 毒が中和された。

 

■■■

 

 人のことを気にして回るのが仕事だと思うが、最近特に気になる奴がいる。クトゥルナムだ。アクファル、ルドゥのように傍にいる。

 とりあえずシゲの代役、番犬代わりに置いておくのも良いかと思ったがそんなに必要な役でもない。アクファル、ルドゥと愉快な人間革軍団で十分だ。

 舌が使えずともまだ他は使える。シゲみたいな武術一辺倒の奴ならともかく、こいつは頭も回る。一時期はそれなりの集団を束ねて過酷な状況を乗り切ってきた才覚もある。正直勿体無い。

 今後、スラン川以東に侵略し、最低でも遊牧帝国域を奪い取ろうとしているのだ。広い領域を統制するためには多くの人材が必要で、その一人になって貰いたいと考える。

 権威的には、かつて騎馬集団の頭として活動し、一時は総統閣下の傍回りとして働き覚えも良く、更に戦場では直接敵の大将軍格の首を獲ってきたこともある優秀な戦士、という事実だけで十分。これ以上必要かというぐらい。

「クトゥルナム」

「ぁい」

「お前は傍に置いて鉄砲玉にしようと思ってたが、今後の領域拡大にはその頭が役に立ちそうだ。舌は不自由でも補佐がいれば何とかなる。お前の力でどうにかなる連中は親衛隊からでもどこからでも引き抜いていいから部隊作って攻め込め。指揮系統はラシージに聞いて組み込んで貰え」

 舌が無くなって弁舌が封じられた分か、クトゥルナムの表情が分かり易くなってきている。その顔は悲しそうで悲痛で、おいそんな顔するんじゃねぇよと言いそうになる。

 自分の才覚で部隊を編制して攻め込んで良いとは、新しい土地で自分の勢力を立ち上げても良いという意味もある。遊牧民的には気が動転するくらい喜ぶ犬みたいに尻尾振って腹見せて転がって回って鼻スピスピキュッキュッと鳴らしても良いぐらいだ。舌と一緒に自信まで吹っ飛ばされたか?

「いやいや、総統閣下。代わりに申し上げましょう」

 と、東トシュバル自治管区長でケリュン部族長の息子バルダンが横から口を出して来た。

「スラン川、ラグト以東ならば我がケリュン族が東の果てまで熟知しております。むしろそのクトゥルナムの頭と経験は魔都での御前会議で重用下さいませ。ビジャン藩鎮での従軍経験も長く、その知見も会議で役に立つでしょう。各州総督や元首の方々もその話、ご興味おありでしょう」

 見計らったように丁度近くにいたクトゥルナムの叔父でもあるバルダン。ケリュン族は小賢しく立ち回りが上手いという噂を確かに証明してくれる

「ケリュン族が頭になる勢力を別に立ち上げたっても構わないんだぞ。ラグト領域の切り貼りはまだ正確に決めていない」

「確かに素晴らしいご提案で身に余ります。文字通り、身に余ってしまうのです。我々は分を弁えております故、背負い切れない物は背負わないのです」

「うーん、そう言われると返す言葉が見つからないな」

 ケリュン族の勢力拡大より、総統直近にケリュン族の者がいるという状況の方が彼等には美味しいのか? 帝国連邦にとっての最重要情報が集る一角が自分であるし、それに対して逸早く聞き耳を立てられる立場というのは人や金や領地でも買えない。イチかバチかの好機よりは確実な財産である。それに首狩り隊での活躍でケリュン族はオカマ野郎みたいな風潮も変わってきている。

 ちょっと思慮足らずの発言になってしまったか。クトゥルナムの顔を見ると、それでいい、というような安心した顔になっている。戦死して伝説になって永遠に生きるまで突っ込みたいらしい。

 アクファルが何も言わず、兄である自分の頭に拳をコツンと乗せてみせて”お兄様反省しろ”とやってきやがった。

「今の話は無しだ。じゃあそのまま付いて来い。共通語での筆談の練習しとけよ。立ったまま喋る速さで正確に書けるぐらいな」

「うぁい」

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