ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー   作:さっと/sat_Buttoimars

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04話「前準備」・ミィヴァー

 全く、こちらの生活を監視していたのならとっとと援助なりなんなりすれば良いというのに手の遅い奴等め。

 父と馬丁を殺した数日後。政府当局の情報員達が来て遺体を清めて納棺してしまった。虫や鳥獣に食わせ、腐り果てていく様を眺める心算だったのに。

 没落貴族が親殺しとは革命後の今時期ならば面白いネタで、貴族憎しの庶民派新聞ならあることないこと書いてくれるところだったのだが、そういう噂が立つことを政府が嫌がったらしい。そういう対応。

 この腕が血を忘れていると思って練習相手になるはずだったのに、惜しい。流石に侮辱されないと剣は抜けない。

 それから二人が死んだ妥当な事件を作るのに時間が掛かった。父は何分、領内は当然のことながら外でも商売の手を広げていた名士。落ちぶれても一応名だけはあり、口述筆記であちこちに連絡を取っていた。代筆してきたので良く分かっている。

 ”自殺”するような精神状態だったと辻褄を合わせるのに一手間。

 古い召使い達に疑われぬよう口裏合わせの物語を作るのに一手間。

 そして首が繋がっているように見える化粧をしてからの葬儀に一手間。

 あと忙しさからか理由不明に面罵してきた当局情報員を殴って鼻を潰して窒息、殺しかけて交代要員が送られて来るまで一手間、である。

 どうも自分の”赤目卿”という評判が政府として落ちるとよろしくないらしい。対応の拙さから最近の思い付きで始めた様子だが、流石に親殺しは想定外だったか? ポーリくん。

 久しぶりに腹一杯に肉を食べられる日が続いて身体も調子が戻り、鍛錬を再開してそこそこ以前の肉付きに戻って来た。幻傷痛も、家の異変で寄り付かなくなったウーヤに頼らなくても然程の発作は起こらなくなってきた。そんなことより現場に出たい気分が強い。

 ”貴女はとにかく座っていてください。全て段取りはこちらで行い、必要書類の署名だけお願いします”と解釈によっては召使い共――情報員――に甲斐甲斐しくされている状態。にわかに身分が戻ってきたかのよう。

 財産は失っていたが法解釈で称号までは幸い失っていなかった。遠い先祖代々からの支石墓での葬儀の折りに”名誉”称号アヴナナール伯位を父から継承したと宣言し、少なくなった親族一同へ新女伯として挨拶した。

 フレッテ侯からは祝辞の手紙だけは貰えた。直接叙爵されず、自称するのみであることが今や”名誉”称号たる由縁。

 そして箔付けに称号ある貴族として一仕事を負った。実績の一つぐらい無ければわざわざ名乗った甲斐も無い。己のような武骨でも付き合いくらいはする。

 古代より神話より、更に考古学の時代に遡った我等フレッテ種族の象徴、円環列石の間に関係各人が揃う。ある長髪の青年に成人の儀式を執り行う。

 日没前に集まり、没した直後に跪く彼に一説。

「汝を我等の一員として迎え入れる時が来た。武勇無くして騎士たり得ず、自制なくして成人たり得ない。

 汝、弱き者の守護者となり、生まれし故郷を愛しなさい。敵に対して決して臆さず、手を止めずに戦いなさい。祖先からの教えの限りにおいて義務を果たしなさい。汝は宣誓できるか?」

「私は、弱き者の守護者となり、生まれし故郷を愛すると誓います。敵に対して決して臆さず、手を止めずに戦います。祖先からの教えの限りにおいて義務を果たします。宣誓します」

「汝、宣誓に忠実たれ。正義と善の味方となり、不正と悪に立ち向かうべし。武器を持つ者よ、成人たる汝、立ちなさい」

 古くからの文言。聖なる神や何やと唱えることはない。

 彼、成人した帯剣貴族――今や自称――には武装する権利と義務の証である、剣と剣帯を与える。物を用意したのは彼の両親、授けるのは自分。右腕一本が足りないので、彼の父を助手にして順番に与え、装着は助手が行う。作法の範囲内。

 剣は刺突斬撃を両立する反りの緩やかな護拳付きの騎兵刀で、特注品だが完全にロシエ軽騎兵仕様。着用する軍服も特注だがこれも正規仕様。彼はこれから陸軍士官学校へ入学することになる。騎士の家系から軍人になり、騎兵科を目指すのは近代軍制の定番。

 これから旅立つ青年には、助手としてではなく父が、父として乗馬鞭を与える。そして親の財産である馬も与えられる。

 自分も昔、似たようなことをやった。場所は修道院で、様式は異なり、聖なる神や何やと唱えた。

 見送る者の中で一番目立つのは、古典式の盛装をした彼の婚約者、母方の親戚の娘。衣装は大きな布一枚で単純に仕立て、緑閃石と琥珀の飾り玉と留め金で装飾する。腕輪に足輪は青銅製。これは自分が着るようにと父が用意していた物を寸詰めしたもの。衣装棚の中でカビと虫に食わせるより良い。

 騎士の起源は貴人に仕える戦う従士。民兵とは格別に違って武装に優れ、騎兵や重装騎兵として活躍。この儀式で言った騎士とはこれ。

 神聖教会の剣たる修道騎士から真に騎士と号された。自分の経歴の一つがこれ。

 いつしか世俗階級にも騎士号が普及し、何故か社交俱楽部も作られて紛らわしくなる。世間一般で言うのはこれ。

 今では聖都聖府や各国のお雇い暴力装置として騎士団が存在する。正規の常備軍が拡大した現代においてはそこまで目立たない。

 一体自分に何の期待がされ、利用価値が見いだされているのか。

 

■■■

 

 気が付けば父と馬丁の首を刈った夏から秋になり、アヴナナール領を発ってようやくポーエン川河口のランブルール市へやって来た。

 街並みが変わった。蒸気船の運行だとか工業化で煤煙が目立つようになって空気がやたらに錬金……化学臭くなったことと、絞首斬首の死体に首枷、牢入りの晒し者も見当たらなくなって血と腐臭がほぼ消えたこと。

 死刑や拷問刑が廃止され、全て労働刑に置き換わったらしい。国土復興に首を並べてもまじないにすらならないので合理であろう。

 それから目立つと言えば、鉄兜を被った兵士でも何でもない民間人が頭突きで挨拶している様子。

 彼等はポーリ・ネーネト支持の政治団体、鉄兜党の者達だ。柄の悪い徒党を組んでいるチンピラみたいな者から、首が疲れていそうな老人までいる。男臭い格好なので女なら余程の変わり者でもなければ被らないようだが、代わりに厚めの頭巾の者が目立つ。

 今着ている他所行きは無数に血を吸った黒革の戦闘装束に三角帽、昼間外出には便利な遮光眼鏡、黒眼帯、騒音対策の耳帯。夏ならともかく秋だから頭巾や鉄兜よりは目立たないと思う。

 案内役となった情報員に”騎士団の正装は売りました”と言ったら怒られた。だから殴ろうとして、頭を守って身を屈めて”すいません!”と連呼されたので蹴飛ばした。それから”こんな人だと思わなかった!”とも言われたのでもう一発蹴って肋骨を折った。

 淑女で商売してきた記憶はまるでない。フレッテはやかましい人間からすると声が小さいので大人しい性格に見られるのが難だ。

 武器の携帯は新しい法律で――軍人、警察、郵便配達員などは勿論除く――携行禁止。自前の武器は付き人になった情報員へ、直ぐに持ち出しできないよう布で包んで大鞄に入れて持たせている。

 狩猟用に持つのは良い、自宅で護身用に持つのは良い等と何やら曖昧だが、大っぴらに殺人専門道具を見せびらかして持ち歩いたりするなという意味らしい。革命の武装蜂起を経験したからこその対処だろう。

 それから決闘や死刑も法で禁止されたようで、新しい法律は武人の利き腕を切断してしまっている。強盗騎士が居た時代まで遡るともう両腕が無い。殴る蹴るも宰相閣下のご招待が無ければ警察沙汰か。何人道連れにできるか試してみたくなる。いや、山に潜伏して長くしないと本気が出せないな。

 ポーエン川の船着き場へ行き、本人しか使えないよう名が書いてある乗船券を、人間から見ても若い舷門当番に見せる。

 以前なら乗船する時には目隠しの薄布をめくって赤目を見せれば”これはこれは!”と券を見せるまでもなかったが、今日見せて、何ですか? と聞き返されたら癪なので止めておいた。

「えーと……」

 ロシエ語、フィエラ文字表記だとフレッテの名前は文字列が長大になる。一見して読みは不明だ。

「ロシエ読みならミラ・ギスケルで構いません」

「はい、ミラ・ギスケル様ですね……」

 舷門当番、ちょっと納得いかない顔をしている。

「フレッテ読みならミィ〔ゥフ〕ヴァー・ギィ〔ゥイ〕スケッ〔ゥッ〕ルルです。人間の耳と舌では難しいですよ」

 可聴外音と人間が呼ぶ発音は特に理解されない。※〔 〕内のこと

「は、失礼しました。ミィヴァー・ギィスケッルル様、どうぞ!」

「お上手です。えらいですね」

 遮光眼鏡をずらして目を見せてから褒めてやると舷門当番が顔を赤くして照れて笑う。素直な子供は可愛い……幻傷痛避けの”当て”はこの子にするか。随行の情報員共は可愛くない。

 船旅だが、蒸気機関の振動、駆動音が凄まじく耳に悪いし石炭臭い。ただ遡上しているというのに足の速さは素晴らしい。

 

■■■

 

 遂には船上で一泊もすることなく、途中で給炭作業を兼ねた休憩があったが夜には旧都シトレに到着してしまった。

 朝のランブルールと違って色鮮やかに眩しくなく、色褪せてはっきり――瓦斯灯が邪魔だが――見える。

 悪魔の大破壊は古い雑然とした街並みを全く消し去り、都市拡張を妨害してきた城壁を撤去する決断を下させた。理術の合理の概念を導入したような、綺麗に整理された幾何学的な区画と広い道路と、無個性で効率性重視と思われる建物の連続で、産業資材と産品の輸送を最優先とし、拡張されたポーエン川の船着き場と市街側が隙間無く鉄道で繋がる。機関車が曳く重量貨車の線路から、馬が曳く軽便の線路まで整然と役割分担がされ、直結に蒸気船へ荷が降ろされる。

 廃墟と住民の不在を利用したこのような再開発後の新しい姿を見せており、正に新生ロシエと言った様相。昔と風の通り方が違い、臭いも――生臭さが化学臭さに――違う。アヴナナールの田舎にいては分からなかった光景だ。これなら武門もただのチンピラに成り下がった扱いをされてもしょうがない。

「生憎夜、いえ! フレッテの方なら見えていますよね。これが新しいシトレですよ!」

 若い舷門当番がどうですか? と自慢してくる。頭を撫でてやると喜ぶ。犬猫に馬、山羊は面倒が少ないので好きだ。

 そして下船し「ご乗船ありがとうございました!」という声に手を振る。

 それから今晩の宿へ行く道中にて、随行の情報員の一人の腹を蹴って蹲らせる。吐しゃ物と泡を吐いて痙攣し出した。

「少年好きではありませんよ」

 船旅も中頃の時、蒸気船の室外でそのように煙草を吹かしながら陰口を言っていたので今蹴っておいた。新しい法は分かっているから手加減している。だが武門はなめられたら完全に終わってしまうのだ。

「彼はそんなこと言っていない!」

「嘘は瞳孔と舌と喉と肺と心臓と臭いでも分かります」

 庇った者の鼻の下を殴って根から前歯を圧し折って倒した。

 それにしてもこいつら、自分がどんな人物か教わっていないのに遣わされたのか?

「情報部に戦闘部門はあるんですか?」

「え、あの……」

 武器を持たせている者に聞いたが、殺してもろくな報復は期待できそうになかった。

 早く人型から出る血が見たい。

 

■■■

 

 オーサンマリンの新首府。昔は――どれくらい昔だったか――景勝地に狩猟小屋という名のそこそこの屋敷があった程度だが、こちらも工業化され市街地も拡大。シトレほどに重工業地帯という雰囲気ではないが、ここも中々に化学臭い。それから今は昼だが、瓦斯灯がやはり目障りになりそうだ。夜は暗いものだぞ。

 宰相官邸へ案内され、懐かしいビプロルの”チビ豚”に再会する。突いて転がすと戻ってくるのが面白かったものだ。

「アヴナナール女伯にして槍と秘跡探究修道会修道騎士爵、ミィ〔ゥフ〕ヴァー・”ヴェ〔ァゥ〕ハグー”・ギィ〔ゥイ〕スケッ〔ゥッ〕ルル卿お待ちしておりました。発音合ってますかね」

「違和感はありません」

「良かった。せめて名前だけは正しく呼びたかったもので」

「勿体ないことです」

 紅潮する顔が年相応に若いが、今一番帝国での実力者、ポーリ・ネーネト帝国宰相。ビプロル貴族に相応しい体格は暴れん坊カランに見劣りしない。頭部狙撃された”鉄兜”だからなのか、仕事着なのか巻き毛の正装のカツラを被っている。

 その下は禿げたか? 腹を触りたいが口実はとんと思いつかない。

「情報部の者が失礼しました。言い訳になりますが、地方支部の者達でして、意思伝達が明瞭でなかったとのことです。後はまた言い訳ですが、革命後の平等を履き違えて地位が引っ繰り返ったと勘違いしている者も多いのですよ。再三宣伝はさせているのですが、衝撃的な宣伝じゃないと耳に入らない国民が中々……」

「左様ですか」

「無礼打ちの人数が確認できているだけで三百とか、教えるべきでしたのに」

「ロシエに戻るまで新大陸が長かったですから、過去の人物になっていたのでしょう。仕方ありません」

 そんなに討ち漏らした記憶が無いが。

「ああそう、これはこうなってます」

 ポーリ宰相が正装カツラを外せば銃撃痕が禿げを作っている。頭骨を滑って広めに皮を剥いだのが分かる。

「体臭が金属ですね。並の鉱毒患者よりも酷いのに心拍は安定しているようで、いえ、ビプロルにしては安定し過ぎています」

「流石フレッテ、お見通しですね。私の骨格は今、術にてほとんどが私の金属――あ、ポーリ術金なんて名前になって、呼び辛いですけど――骨髄は除いて置き換わっています。これが鉄兜事件で狙撃されても死ななかった単純な仕組みです。心肺の方は補助装置で安定させていまして、激昂することもなくなりました。そう! この金属、中毒症状出ないんですよ。多岐に実験しました」

「それは革新的ですね」

 ビプロルの爆発的な短気さと短命は心臓の過負荷や高血圧、そのまた原因が下半身の関節摩耗からの痛み、運動不足から来るのだが解決してしまったのか。可愛げの無い。

「さて、物を頼む前に先に贈り物があります。無くなった腕の方、見せて頂けますか」

 上衣を脱ぎ、袖を巻くって肘の残っていない右腕を出す。

 あのノミトスの修道女のような怪力の術使いを刺し殺そうとした時に頭突きで受けられて肘が開放骨折。砂利の礫を受けて、逃げて行き倒れて妖精に目玉を片方抉られた時に目が覚め、また逃げて医者へ診せた時には傷口が泥塗れで切断の判断。

 忌々しい。あの時せめて抉った妖精を殺していればまだ気分は良かったのに、臆してしまっていた。

「自慢ですが、今は私の手製が一番出来が良いですよ」

 ポーリ宰相が作る、正体不明とも言われる術金属が右腕の先端を輪締めにして、肩から吊るように固定具が出来上がっていく。そして肘から前腕、手へと成型されていく。

 手慣れた、何度も行った手際だと分かる。これは政治家をやっている場合ではないだろう。

 右肩から義手がぶら下がる。思ったより軽い。

「骨の構造は物が詰まっているのではなくこう、綿というか蜂の巣というか、細かく空洞があって軽いのに頑丈という構造なんですが、この義手はそれを再現しています。そしてこれは中に呪術刻印仕込みの術使い仕様で、お送りしたあの義眼を使うように術で神経を通してみてください」

 術で神経……曲がった、前腕が起き上がる。感覚が通っていないので先の曲がる棒を振ったような感じだが、動く。手の指、各関節が動く。握れて、開けて、一本だけ指を立てる、二本、三本。うん? 関節が逆に曲がる。こう、手の甲側で握れる。おお!? 何だ、前腕の中にもう一本指? 動かすとカチっとなる。

 ちょっと、頭が疲れて来た。本来無い部位まで動かすのが辛い。術の消耗感はそこまでではないが、単純労働を何時間も繰り返すのは辛そうな気がする……ん、幻傷痛、来るか? 骨に響いて来た。

「本物以上を提供させて頂きます。前腕の中、分かりました?」

「指が一本多いようですが」

 手の平を見ると、ここにも指? 動かせるか? 動く、いや開いた。穴? んー、ちょっと休むか?

「お気に召しませんでしたら作り直しますが、そこは仕込み銃になっています。とりあえず単純に前装式で。バネ式で矢か、短剣だけ飛び出るようにもできますよ。複雑な動きもできそうでしたら回転弾倉を入れて連発式でも」

 ああ、これでいいか。

「関節増やして腕伸ばせますか? 折り畳みで」

「できますよ!」

 作り直すのも早かった。こういう手仕事がかなり好きなようで変な注文でも喜々として応えてくれた。

 嬉しそうな子豚の坊やを見て体臭を意識すると、うん、幻傷痛の発作の兆候、薄くなってきた。よし。

 折り畳み式の伸びる肘の腕だが、直ぐに頭痛が来て駄目だった。あまりに元の構造から離れると脳の神経が悲鳴を上げるようだ。

「どうしましょう?」

「構造は身体の通りに。腕の銃は使いどころがありそうですが、左手で操作するような手動で。それから火薬は信頼が薄いですからバネ式か……やはり余計な指みたいなのがあると咄嗟の時に誤りそうですね」

「そうですか……いえ、失礼しました。貴女なら変な機構でももしやと変な期待をかけてしまいました」

 失敗の前例があるのにやったのか。

「では次は義眼、いえ、明日にしましょう。今やると疲れが酷いかもしれません」

「では、何をさせたいかお聞きしても」

「はい。詳しい、具体的な行動については全て現地の潜入工作員に聞いて頂きたいと思っております。中央からは計画を告げる以上は基本的に、柔軟な対応を妨げますのでいたしません。計画が狙うところを現地にて達成する努力をして頂きたい。貴女なら本関連計画の最終段階までお付き合い頂けるのではと思っております」

 敵地で動けということか。フレッテの自分だと目立つばかりだが、さて?

「亡きロセア元帥は未来を予測して多岐に渡る計画を残してくれました。余りに多岐で、既に使えなくなった計画が無数にあるほどなので絶対の計画ではありませんが、今一つ、適合するものがあります。アレオン奪還作戦です」

「大戦ですか」

「できるだけ大戦にしませんが、作戦としては勿論大きくなります。貴女に関わって貰うのは前準備になります。前準備は幾つもありまして、もしかしたらこれから何年も前準備を続け、そのまま中止にしてしまうかもしれません。そういう準備ですので結実を見ることを焦りませんように。貴女を指名したのはアルベリーンの騎士という立場を使い、スコルタ島に向かって貰いたいからです」

「尖兵修道会は人事交流で行ったことがあります。ただ用事も無いのに渡れる島ではありませんが」

「そうですね。聖皇の神聖教会との交流も断った今、ロシエの聖王教会経由では渡りもつけられません」

「では?」

「ベルシアのアルベリーン騎士団本部に向かっている最中にスコルタ島へ海路、座礁して貰いましょう。赤目のミィヴァー卿ならば多少の歓待はされるでしょう。島の中枢に近いところまで行けるかもしれません。その時に潜入工作員が、おそらく気付いて接触してくるはずです」

「おそらく?」

「はい。スコルタ島の極端な閉鎖環境はご存じかと思います。連絡手段も限られていまして現場裁量ということで。もし成果が無くてもまた別の仕事がありますので、接触が無ければそのままベルシアへ向かって下さい」

「接触してきたら何を?」

「分かりませんが増援を望む信号が出されたようです。できることは手伝って、できないことはしょうがないでしょうね」

 血が見られるか怪しい……稽古と称して何人か殺すか?

「本部に行く用事とは? 今は何もありませんが」

「真実を混ぜましょう。ロシエで最新の義手義眼を手に入れてまた復帰できるようになったので騎士としての仕事は無いかと尋ねるのが自然ではないでしょうか。新大陸では手を引いてますが、アレオン紛争が酷くなって来ましたからそっちの方面で人手が欲しいと考えているでしょう」

「ああ、それなら」

 大体、本部で何を喋ってどんな仕事を回されるかが想像できる。問題無い。やるなら信者達の亡命の手伝いか、支援物資の護衛か? 義手の出どころは盟友からの寄贈とそのまま言うのが適当。

「今後、どのように状況が推移して何を頼むかは推測以上のことはできません。革命後で貴族の名誉は失墜しましたが保守的な各騎士団では変わりません。外国でも程度はあれまだそのままです。

 お家と貴女が積んできた名誉とその影響力は今ならまだ通用します。それをどうか、消費してロシエに尽力して頂きたい。槍と秘跡探究修道会の名誉ある一員として、ロシエのために諜報員として働いて下さい。

 露見したならば手酷く失望されて名声が地に落ちます。会員追放、勲章剥奪もあるでしょう。その落ちる部分は落として、こちらが功績に応じて拾い上げましょう」

 半生費やしたアルベリーンの、槍と秘跡探究修道会を捨てて貢献しろか。

「生活費の足しに正装を売った時点で、たぶん、そこまでもう愛着はありませんでした。冒険するのに便利だからと籍を置いていたようなものですから」

「そうですか……うん、え、正装を売ったんですか?」

「ええ」

「……仕立てないといけませんね」

「はい」

「勲章は?」

「家に」

「……取りに人を出しましょう。複製は……いえ、本物があるなら本物じゃないと駄目ですね」

「個人名と家紋が刻印されているので偽物は分かります」

「……あ、やっぱり義眼試しましょうか。眼窩に合わせますよ。そうだ、私が複製を、いや、字体が分からないか」

 作戦とやらの話をすればまるで受肉した国家精神のような超人然とした顔になるのに、物作りとなると相応に愛嬌が出て来る。坊やは幸せの道からは外れたようだ。

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