ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー   作:さっと/sat_Buttoimars

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16話「雪がとけたら」・ベルリク

 季節は秋になり、葉が色づいて散ったりし始める。

 報告書を読んで責任者に指針を示す程度で旅団長の仕事が終わるようになってきた。

 観閲と軍事演習をきっかけに、あの役目はあそこに一任した方が良い等、通常の勤務状態では浮き彫りにならなかった箇所がいくつも出てきたものだ。改善作業は難しく、言葉通りに組織とは複雑であった。しかし一旦改善が終わればそれはもう楽ちんである。

 ドドーンと可愛い兵隊を動かす以外は執務室で鼻をほじりながら紙っぺらを読んで、連絡を受け取って、手紙を書いて伝令に持たせ、後はラシージかアクファルに任せる。それからナシュカの飯を食ったら糞垂れて寝るだけの日々。

 前々から秘書についてはどうしようか考えていたものだ。

 ラシージは完璧だがやってもらいたい仕事は別に山ほどあるし、他の妖精じゃあ人間との折衝に問題ありありで、かと言って普通の人間を雇用すると妖精との折衝で問題発生。

 そこに現れたのが妖精との意思疎通に支障が無い超絶可愛い妹のアクファルちゃんだった。試しに仕事を任せて以来、完璧な仕事振りには頭が下がる。ありがたやありがたや。

 執務室の端で待機しているアクファルを拝んでみる。視界にこの姿は収まっているのは間違いないが、無視される。

 軍務省情報局からの定時連絡。軍務省発行の薄っぺらな新聞と認識している。

 気になるのはアッジャールの都レーナカンドにて、全土の要人を集めた会合が開かれたという記事。派手な集まりの割に内容は不明だったそうだが、まず外国に幸福をもたらすものでは無いだろう。

 不明だとか戯けたことが書かれているのは、下の者に報せるような安い内容ではなく、ごく一部の上層部のみが知っていい内容なのかもしれない。もし本当に会合の内容が不明なら十数人以上の情報員のクビが飛ぶ。後の歴史にも書かれて扱き下ろされるだろう。そうじゃないと信じたい。

 シクルからの報告。

 ラグト、オルフ東西征服戦争後の整理と次の戦争の準備を兼ねると思われる軍と物資の再配置がアッジャール全土で頻繁に行われているそうだ。冬が来て雪に道が塞がれる前に済ませようとしているらしく、慌しいらしい。冬明けの春に行動開始か?

 いくら大国アッジャールとはいえ、国力の疲弊から回復していないのではないかと思うが、それより魔神代理領の北縁防衛体制が全力で築かれる前に仕掛けるのが得策と見たか? ともかく隣国としては神経にピリピリと来るものである。興奮する。

 シルヴに喜びの手紙でも出そうと思ったが、外国勢力に許可も取引も無しに情報を流したなんてことが知れたらケツにお仕置き棒でも突っ込まれそうだ。

 既にそれっぽい手紙は出してしまったが、あれはまだスラーギィ到達直後で軍務省やら内務省からは注目される前だ。シルヴとの間じゃなければ分からないよう違和感がある手紙だけでも出しておくか。

 貿易庁役人からの礼状。珍しい物なので記念に額縁にでも入れようかと思ったぐらいだ。

 何でそんな物をくれたかと言うと、マトラ県の、ミザレジの薫陶を受けたような珍妙難解な喋りの妖精役人との会話を通訳のように仲介したからだ。面倒だったが、工兵に進めさせているマトラ山系の水路工事の進捗を見たかったのでついでだと思って引き受けた。

 イスタメルとオルフ間の輸出入量増加と通商条約の発効によって正式に貿易活動が州の管轄に入り、これによってマトラ県でも通商条約に準じて開放された市場での自由な商取引が可能になるはずだったが、国家国民需給品目審議数量査定委員会という壁が立ち塞がった。

 委員会は一方的に品種と数量と金額を指定してくるだけで交渉の余地が無く、また委員会以外との取引窓口が存在しないことも通商条約違反、開放された市場での自由な商取引ではないと苦情が出て、貿易庁役人は委員会にそれらの問題を解消するよう働きかけるが、全く話が通じなかったそうな。

 通商条約を締結する前にそんな問題片付けておけよと思ったが、マトラ県が民兵用の武器を円滑に購入していたので問題に気づかなかったと言い訳された。あれはマトラ旅団の補給部が仲介していただけと説明したら頭を抱えていた。軍需品ならともかく、民需品までウチで面倒は見られないとも付け加えた。

 それだけならまだマトラ県での需要と供給は皆無であり、県外で商売すればいいということになるが、次に問題となったのがマトラ県の通行である。

 具体的な問題としては、宿や飲食店が外国人の利用を拒否したことによる。以前までは対外情報活動の一環としての貿易だったため、軍事行動という名目があったからそれらの店舗は臨時販売枠を持っていたので外国人でも利用できたが、通商条約発効によりマトラ旅団の主導権が無くなり、その名目が無くなってしまった。マトラ県で妖精が営業する店舗は計画経済に則り、買い手と販売量が既に決められているので外国人に売る物が無いのだ。

 利用する場合はかの国家国民需給品目審議数量査定委員会の許可が必要になるのだが、そうなると県庁所在地にまで書類を提出しないといけない。その書類の受け渡しと審査受理でも十日以上は最低でもかかり、審査で合格するかどうかの話も別で、合格しても日時がいつになるかは不明。

 マトラの森を抜けるのには早馬でさえ一日以上は掛かるので、大荷物を抱える商人にとって宿泊は必須だ。森は不眠不休で抜ける距離ではない。

 それに加えて路上や広場で野宿することは不可能である。自警団によって往来妨害罪で逮捕され、場所によっては更に罪が加算され、軍事施設の近くならば死罪もあり得る。おまけに往来の邪魔にならない場所で野宿でもしようものなら、密入国者を狩っている森林警備隊に殺される可能性がある。

 それならば人間が営業宿泊施設を作ればいいのだが、マトラ県保有の土地は民間に販売も貸し出しもしていない。そこで貿易庁管轄で大きな倉庫もある複合型の宿泊施設を運営することになった。未開拓地でのそういった施設の前例はあるそうで、マトラ県側からも国営企業ならば問題無いということで解決した。

 頭ごなしに魔導師による魔なる法を使っての一撃解決をすれば早いだろうと思いつつも、国際問題に発展することでも簡単に使ってはいけないとも思う。抜かぬからこその伝家の宝刀である。

 そういった問題はあったものの、貿易は活発になり、オルフ王領南部のペトリュクの更に南部の沼沢地帯からスラーギィへの道路拡充がされている。まともな道も無かったので当然の行為であり、見え見えの侵略準備でもある。

 マトラ県での道路拡充も――貿易庁役人の指導も何処吹く風で――進んでいる。その道はいつでも崖や橋を崩して封鎖できるように、わざと道を捻じ曲げて工事がされている。

 利潤よりも防衛第一の設計思想なので、円滑な商業活動を望む貿易庁役人からまた仲介の依頼が来たが、軍事的問題に関してはマトラ県の意向を支持することによって拒否した。

 

■■■

 

 アッジャールの方から不穏な空気が流れて来る昨今だが、既に各所へ指示は出した後なので結果報告待ちという状態。他に何か見落としは無いかと考えるのは頭だけで十分なので、体は暇である。

 兎を馬上から追う。武器はアッジャールから献上された騎乗射撃に特化した小銃。これを右手に持ち、銃床を右上腕に当てる。左手で手綱を掴み、左腕で銃身を支える。

 いくら精度の良い銃とはいえ、馬が走れば揺れて照準が定まらない。地面はデコボコして下り坂、上り坂でやはり照準が定まらない。

 草に大小の石で兎が視界から一瞬消えたりするので目で追うので精一杯。追っている内に地面もやや平らになり、頃合と見て射撃。銃弾は地面を抉っただけ。そして銃の欠点、馬を走らせ兎を追いながら弾薬を装填するなんてのは曲芸の域にあることだ。

 小銃を鞘に入れて、得意の拳銃を手にとって射撃。人間と違って的が小さいというのは言い訳、銃を取り替えている内に地面のでこぼこが酷くなったというのも言い訳、とにかくまた銃弾は地面を抉った。

 やや遠巻きに様子を窺っていたアクファルが近寄ってきて、矢を放ってあっさりと兎を仕留めた。

「上手いな」

「はい」

 アクファルは一射で仕留めた。しかも弓なら銃と違って馬上で走りながらでも二の矢を素早く射れる。狩りでは勝負にもならない。勝負しているわけでもないが。

 アクファルとはバシィール城の猟場へ狩りに出かけている。こっちで遊んでいれば割りと頻繁に来る伝令やら来客をいちいち時間差つけて相手にしなくていい。帰った時にまとめて相手をした方が楽だ。よほどの事態となれば早馬が来るだろうし、問題無い。

 狩りは半分娯楽で、食べる分しか獲らない。猟場にある紅葉した林に分け入る。兎一匹じゃ足りない。

 牝鹿は子供を生むので見逃した。結構大きい蛇を見つけたので馬上から飛び蹴りを食らわせ、短刀で首を切り落とす。山鳩をアクファルが矢で三羽獲る。山ブドウに野いちごを少々、それからキノコも取ってお終いにする。

 狩猟小屋の前でアクファルが手早く獲物を捌いている間に焚き火の準備を済ませ、火を熾し、金網を設置して収獲を焼く。

「どっか一人で行きたい場所とかあるか? 別に首に縄かけてるわけじゃねぇからよ。旅行でも何でも行っていいんだぞ」

 時折酷くアクファルを縛り付けているような気がしてならない。家業で遊んでいる暇が無いという点で見ればスラーギィでも変わらないのだろうが、いつも好き勝手やってきた自分と違って真面目に仕事をしているものだから、引け目のようなものがある。

「現状ではありません」

「この辺だけじゃ飽きないか?」

「覚えることがたくさんありますので飽きはきておりません」

「何が大変だ?」

「妖精達の出入りが激しいので姿を覚えた先にいなくなります」

「そりゃあ難しいことに挑戦しているな。俺は役職持ちぐらいしか覚えてないぞ」

「はい。ですので名前をつけたら把握できると思ったのですが、私が覚えている名前の数では足りません」

「頭の中の辞典じゃどうしようもないな、いい加減につけても覚え辛いしな。同じ名前をつけてもあだ名で差別するって手もあるぞ。黒目のなんとか、脚長なんとかってな。あとは名前の組み合わせとかな。俺みたいにベルリク=カラバザルって具合に」

「ありがとうございます」

 兎の焼けた表面だけ短刀で切り落として食べる……塩つけるの忘れたな。

 秋の内は、工夫すれば暇だったので休暇のように過ごせた。ユーギトが生まれたばかりの息子を見せにやってきた以外には驚くようなことは無かった。

 あいつに嫁ぐ女がいただなんて。

 

■■■

 

 秋は過ぎて冬になる。イスタメルの冬はセレードに比べれば秋みたいな冬だ。立ったまま凍死している奴を見たことが無いし、氷霧も見ない。

 しかし中途半端に寒いせいか病気が流行っている。先の大戦で栄養失調になって身体が弱った者達が、若いのに目前に食べ物がありながらバタバタと衰弱死しているとも聞く。ルサレヤ総督が慈善の公共事業で食糧配給をしているが、供給量ではないところで限界があるようだ。

 人間だけではなく家畜も全体的に草食以外は弱っている。馬は別で、戦争で軍馬は根こそぎ取られた状態で、駄馬でさえ食われてこの界隈では絶滅危惧種。

 観閲と軍事演習ではイスタメル人の騎兵隊を見なかったのでうっかり気付けなかったが、かつては西側軽騎兵の模範とも言われたイスタメル軽騎兵を全く見かけていない。かつての雄姿を取り戻すまで何年かかるか。

 それはそれとして薄着は流石に辛いし、やっぱり寒いことは寒いな。

 シクルが毛皮を着込んで報告にやってきた。当たり前の姿なのだが、何か妙な感じだ。

「アッジャールのオルフ王領にて、現地人正規部隊の再編が進んでおります。征服当時に解散されていた部隊を基準にしており、錬度が低いとは言い切れません。このような反乱の危険が少なからず発生する行為が出来るということは、統治が安定しているという証拠でもあります。新兵の方も整理された徴兵制度によって獲得されており、動員兵力は現地人だけでも二十万に及ぶ見通しです」

「オルフ王領全体の兵力はどの程度だ?」

「アッジャール本土から連れて来た兵で十五万、先ほどの現地人兵で二十万、婚姻で関係強化した忠実な少数民族兵で五万です。また外征には向かない商人の私兵や、民間人からは距離感のある無頼集団などで構成される非正規治安維持部隊が最低でも十五万以上おります」

「商人の私兵どころかヤクザ者まで軍が動かせるのか?」

「はい。税で相当な優遇がされる代わりに民兵組織として扱われるようです。流れ者のような商人ならともかく、大量に不動産や商船を抱えているような商社は逆らえません。無頼集団に関しましては、あぶれ者を集めては権威のある悪党を長に引き立て、少数の軍人を監視につけて運用しています。愚連隊と言ってよろしいかと」

「民兵を集める能力はどれくらいありそうだ?」

「オルフ人の間で信仰されている救世神教のベランゲリ総主教の娘がイスハシル王と結婚したのはご存知かと。そのイスハシル王を聖職者達が救世主だと宣伝しているので民衆からの求心力は増すばかりという状況です。国土防衛戦となれば、何の対策も無い状況ですと更に数十万増となりかねません」

 やってきたばかりの征服者がもうそんな状況とはたまらない。オルフ人にとって、悪い為政者かとても悪い為政者、の二つしか無かった歴史があるが、とても強くて恐ろしい異民族だが有能な為政者となればそうもなりそうだ。

「これらの活動にオルフ王の妻達が参加している影響も大きいところです。過去はどうあれ身内になってしまいましたから。ちなみにその新妻五人は熟女から年端もいかぬ少女までお取り揃えで、髪も黒茶赤金銀に、目も黒茶青緑と全色揃っていますよ。皆さんお美しい方々ばかりで」

「そりゃ羨ましいな」

「ご用意できますよ」

 そうしろと言ったら本当に用意するのか?

「うるせぇ、用が済んだらあっち行け」

 シクルは毛皮の上着をはだけながら迫ってくる。

「済んでいません。済ませていただけますか?」

「アクファル、追い出せ」

「はい」

 アクファルに軽く肩に担ぎ上げられたシクルは捨て台詞に「妹様を使うなんて卑怯ですよ!」と残して部屋の外へ連れて行かれた。

 

■■■

 

 本格的にマトラ県が雪に覆われる前に、念願のマトラ山の水路工事が完了した。仕上げを祝うため、工兵と県の役人にミザレジも招いた。

 そしてセルチェス川の源流をダルプロ川に流し込める大きな水門に向かって酒瓶を投げつけて叩き割り、祝砲も鳴らして皆で乾杯をした。

 水源を握った時点で川は制圧したも同然。魔術使いになった気分がある。

 そうして県庁所在地で宴会をした後、森を抜けてバシィール城に帰る頃には雪も積もって一面銀世界になっていた。

 暦ではもうすぐ魔神代理領の新年を迎える。神聖教会の暦では春を迎えた頃が新年なのでまだ数ヶ月先で、新年だけは近所付き合いで祝うこともある北国のセレード出身としては実感が無い。マトラ旅団では妖精、レスリャジンを含めて魔なる神の新年にはピンとも来ない。

 海軍の方から今年の冬は豊漁だと氷詰めの魚が送られてくるのが、若干お祝いの雰囲気を出している。旧イスタメル兵を食ったエビかなぁって思いながら食べるのも風流。普段からナシュカが腹いっぱい飯を出すのだから、腹の具合としてはいつも通りである。

 セリン宛てに手紙を出す。マトラ山の水源を堤防と水門で管制できるようになり、水量操作が可能になったということも添えて、新年おめでとう。

 それから新年にシェレヴィンツァで偉いさんが集まってルサレヤ総督から新年のお言葉を頂く、という儀式も予定されていないので、ルサレヤ総督宛てに手紙を送る。

 どんな返事が来るかちょっと怖くてドキドキだ。何か恋文を出したような感覚すらある。完全に仕事の話を抜きにした手紙だし。

 

■■■

 

 新年前日は特に何もせずに過ごした。夕方になって手元に届いた手紙を確認して思い出した程度。今年はいつもより降雪量が多く、風も強いとのことで手紙の配送が遅れ気味らしい。

 そうして新年を迎えて数日後、セルチェス川を昇ってきたセリンに海軍関係者を迎えてバシィール城で宴会を行うことになった。流石に魔族の偉いさんが大事な日に本拠地をお留守にするわけにもいかないのでこのような日程となったものだが、到着した時からセリン一行は酔っ払っていた。

 出し物としてはシクルが見せるか見せないかの際どい脱衣舞踊を披露し、妖精達に海軍連中も芸を披露。大体は下品か危険かのどちらか。

 若干大人になったような顔をしているリーデルも参加している。誰かさんに大人にしてもらったのかもしれないが、さてどうやら? 対価は高そうだぞ。いいのかな君?

 第四海軍歩兵師団師団長メフィドも顔を出している。彼は南大陸出身の蜥蜴頭で元高級奴隷。以前には中大洋連合艦隊の海軍歩兵で活躍した歴戦の勇士だ。

 その爬虫類顔は妖精以上に表情が読めないので少々不気味。ちなみに変温動物ではないそうだが、熱帯雨林が故郷なので寒さは堪えるらしい。

 ある時ふと窓枠に積もる雪が目につき、窓を開けて雪を手に集めてみると、重く湿っている。握って固める。そして大口開けてゲラゲラ笑っているセリンの顔にその雪球をぶつける。

 ほほう。

 お返しに酒瓶に大皿に椅子に海軍将校に銃弾が合計で二十ぐらい投げ撃ち返されてくるが、その前に窓に飛び込んで体当たりで破り、外に逃げる。

 妖精も海軍も皆外に自然と出てきて、そうして雪合戦に発展した。そこらの雪に酒瓶を差して、雪球投げては飲んで、その辺に小便をする。酒を浸した雪球をベシャリと顔面に食らって目と鼻がやられ、のた打ち回る。

 気がついたら雪で城を作っていた。記憶が跳んでいるので前後関係は不明だが、人が登り降りできる階段があるぐらいの大きさだ。メフィドが城の滑り台で滑って登ってを繰り返している。あんなお茶目だったのか。

 海軍連中が体当たりで城を破壊し始めたので、妖精達と一緒にそれを体当たりで防ぐ。投げ飛ばして、頭に首も絞める。ついには雪の城は崩壊し、中から気絶したリーデルくんが出てきた。シクルが回収して城に連れて行った。

 それから適当に雪遊びをしていたら酒も抜けて夕方になっていて、良く動いたので城に戻ってお湯で身体を洗ってから飲み食いのし直しをすることになった。

 ぶち破った窓はもうナシュカが修理している最中で、何か文句言われるかと思ったがそんな素振りは無し。安心してセリンと飲もう飲もうとやり始め、またどんぶりになみなみと酒を注がれて言われるがままに飲んだ。

 顔をビシバシ叩かれて起きれば日が赤い早朝、しかも外。その朝焼けに雪景色が染まる中で『新年おめでとう!』と皆で合唱してから、祝砲を撃ちまくり、乾杯して、また飲んで食った。

 それからバシィール城前の坂で橇滑り。馬と橇を綱で繋げ、全力疾走させて曳かせ、開始位置に到達したら合図で綱を切って、騎手は橇にぶつからないように脇へ反れる。このように坂に突っ込んで誰が一番遠くまで行けるか競争した。

 自分の番になり、「突撃ぃ! 突撃ぃ!」と叫んで綱を切り離し、ボゴゴゴと派手に雪を抉って滑り、雪の凹凸で進路が脇に反れて、地面がバリンガチっとか鳴ってひっくり返ったと思ったら氷の張った川に突っ込んだ。流石に死ぬと思って足掻きまくった。

 起きたら赤い陽射しが刺し込んでいて、方角は西なので夕方だ。暖炉の前で毛布に包まれている姿なので暑苦しい。頭は二日酔いというかまだ酔いの状態で、海軍連中は騒いではいないが魚の干物を齧りながら酒を飲んでいたのでそれに加わった。

 メフィドはというと、種族的に酒と寒さには強くないから休んでいるらしい。

 魔族化して以降は困るぐらいに酒に強くなったセリンは未だ元気一杯で、相変わらず。

 ラシージはもう伝令とかを相手にしているので仕事に入っている。

 シクルにリーデルは既に一部を残して旅立ったと海軍連中が馬鹿笑いしやがる。何が面白いのかと考え、頭に手を当てたら違和感。何だと思って手に取って見れば、男が履いたら股間がエラく窮屈そうな下着。においを嗅いでから被り直す。

 アクファルが手紙を渡してきた。差出人は……目がかすんだ、見直すと酔いが一気に醒めた。

 ヘラヘラした顔でセリンが「なになにぃ?」と近寄って来て、差出人の名前を見せたら一発で真顔になって引き下がった。

 差出人ルサレヤの手紙は、封筒は公式にやり取りをする時の物ではなく、蝋の封印もイスタメル州総督のものではないので個人的なもの。私信ということになるので機密に関わらないと判断し、その場で開封する。

 ”魔神代理という権威が実効性を持って公に宣言された日を我々では一月一日、新年として扱っている。魔族の間では今日この日までに、導きのために死ねず永遠となって自らを贄に差し出した強靭なる者達へ静かに感謝を捧げることになっているが、普通の人間達は仕事を休んで大騒ぎをして良い日だ。

 神聖教会の方でも、お祝い事はしないがその日を白龍の日として制定している。改革的な宗教学者の間では、白龍こそが初代魔神代理か魔なる神であると唱えている者がいる。魔神代理領としてはその点は不明であるというのが公式見解だ”。

 冒頭がいきなりお勉強臭いのがあのババアらしい。

 ”ここの冬は夏より存外食中りが多く、便を介しての広がりが早いから便所の管理には注意しろ。妖精達のズボラさと几帳面さは人と違うはずだ。セレードのような極寒の地よりイスタメルは温かいが、それゆえ病気が流行りやすいから油断するな。悪疫が寒さに殺されないのだ”。

 細かな理屈は知らないが将校の常識だ。ナシュカも神経を尖らせていて、城の点検保守報告書の便所に関する所見がかなり細かく、城の住人がどんな糞を垂れているかまで記載されている。

 ”お前の妹のアクファルには窮屈な思いをさせていないか? お前を気遣って我慢しているかもしれない。過保護は為にならぬし、放任するにはまだまだ未知の土地だ。保護者には保護する責任があり、責任を果たしてこそデカい面が出来る。お前なら配慮してやれる”。

 最後の一言がやる気を出させるババアの知恵かな?

 ”レスリャジンの者達は慣れぬ冬に困っていないか。スラーギィより優しい寒さかもしれないが、何分移ったばかりで備えが足りぬだろう。困っているならお前が気づいてやるべきだ。泣きつけぬと意地を張っているかもしれない”。

 平気だろうと思って彼等の状況を調べてなかったことをふと思い出す。耳が痛い、後でトクバザルに使いを出して実情を聞き出すか。

 ”妖精とばかり仲良くしていないか? セリンに海軍将校達と良好なのは分かるが、それだけではダメだ。今更イスタメル人達と仲良くというのは難しいかもしれないが、せめて業務上では遠慮無く話せるようにしておけ”。

 これまた耳が痛い。目の前で酔っ払っている面子を見れば何も言い返せない。しかしイスタメル人の身内、貴族ならばほぼ親戚で固まっている第二師団の集まりに――マトラ旅団も一応第二師団の隷下ではあるが――顔を出すのも難しい。そういう困難を突破する方法としてルリーシュからイスタメル人の嫁を紹介して貰うとか、そういうことになるが、それは嫌だな。

 これはもう州総督主催で全員集めるような席を作るしかないだろう、と文句は心の中に収めておく。

 ”お前は頭が回るが、不要な者は突撃させて殺してやればいい、みたいに単純に考える癖があるように見える。少なくともそういう傾向だ。無能な上司の背中を撃ったことはあるか? それらはやりようによっては完全否定しないが、肯定もしない。掟破りをしていい時とそうじゃない時を誤るな”。

 演習の時に考えていたことを指摘された気がする。見通していた?

 などなど酔いが醒めて二日酔いに転じ始めた頭に辛い文面が続く。ババアらしく小うるさい。

 父とシルヴ以外にこんなことを言うのはルサレヤ総督ぐらいなものだ。二人よりもっと細々しているあたり、シルヴみたいにぶら下がってないだけの女と違って母というか祖母というか、やはりババアか。

 

■■■

 

 暦の上では冬が終わって春が来た。春にはおかしな虫が出てくるそうだ。

 オルフ王領のみならずアッジャール全土にてややもすれば百万に迫るという軍の動きが見られるそうだ。

 神話との区別がついていない古代戦記ですら百万なんて冗談みたいな人数を簡単に謳うこともないというのに、優秀であろう魔神代理領の情報部がそんなことをおっしゃるとは世も末。

 とは言え、西端のオルフ王領だけでもシクルの報告では四十万以上の動員と言うんだから、百万は現実的な数字かもしれない。道路と補給の事情から百万が一斉に襲ってくることもないだろうが、いくら殺しても補充がいるという状況はあり得る。

 この事態に対し、魔神代理領はアッジャール朝へ通告。

 ”魔神こそ全てである。魔神代理は唯一である。魔神代理より俗なる法の執行を託されし大宰相が御威光をお借りして告げる。汝等の領土にて、静謐を打ち破らんが如くの大なる軍勢の動きがあることは一目瞭然、世界に聞こえているのは承知であろう。そのことに魔神代理はいたくお心を悩ませておられる。大宰相たる我はそのお悩みを少しでも軽減したく思っている。事は総て平穏なる万民の繁栄を持って良しとされるのは汝等も承知のことと信じる。以上の事を魔神代理より俗なる法の執行を託されし大宰相が告げた。我等と汝等に平和がありますように”。

 持って回った言い方だが、要約すると”テメェやんのかこら?”である。展開次第では最後通牒になる強い言葉と思える。

 イスタメル州としても駐留大使マフダールにも説明と中止を求めたが「軍事演習であります。イスタメル州で実施された時にも我々は抗議もしておりませんし、そちらもそのようにお願いします」だと。

 こんなものは挨拶みたいなものだから気にすることはない。する事は既に決まっているのだ。

 その日の内に”イスタメル州総督ルサレヤの名において全軍即応待機令を発する”と布告が出された。

 全軍即応待機令とは、完全武装で人員物資充足率を規定値以上にし、いつでも出撃できるようにしておくということ。

 我がマトラ旅団においては、常時充足率十割以上を維持しており、実質はなんと百五十割以上である。共和革命派の全人民防衛思想に適う教育を末端にまで普及させられたマトラ妖精ならではの成果だ。

 全軍即応待機令に伴い、マトラ旅団としては関係各所へ即時戦時体制に移行出来るか確認の伝令を出し、返事を受け、まとめて総督府に報告しなくてはならない。

 マトラ旅団の人員物資は良し。これは常日頃から確認しているし、再確認も済ませた。

 次なる確認はバシィール城を出なくてはいけないので、まずはマトラ山へラシージと、河川艦隊から海軍将校を連れて赴く。

 まずマトラ山水路の整備状況を最高の工兵であるラシージ親分のその目で持って最終確認をする。合格判定が出る。

 ダルプロ川での河川艦隊の運用状況を確認させる。文句なし。

 最後に向かうのはマトラ県県庁所在地だ。

 その前の道中に、総督府に報告する内容ではないが、個人的な懸念の確認をする。

「ラシージ、ミザレジがランマルカをあまり信用していないと聞いたんだが、どうなんだ?」

 シクル曰く、”ミザレジ県知事はランマルカ革命政府を信用しておりません”だが、名前を出すと棘がある。ラシージなら直ぐにお察ししてしまいそうだが。

「世界革命と国土防衛という違いがあります。また海洋国家と大陸国家の違いもあり、何より大国と小国の違いと、主権があるか無いかの違いまであります。これだけ意識の差があるならば、利用し合う以上の仲になるのは現状では難しいものです。

 ランマルカはいかなる犠牲を払ってでも世界中の政権を民衆の手によって転覆させて、皆貧しくなってでも平等な社会を築こうとしています。それは虐げられてきた妖精の立場を引き上げる時勢を確保するためであります。

 マトラの目的はそういった壮大なものではなく、自らの民族の生存にあります。マトラはその大義を理解しつつも使い捨てられる気はありません。あの子の言う通りです」

 あの子とは、お察ししたようだ。

「シクルは信用できるのか?」

「彼女はランマルカ帰りです。そのせいで世界革命思想へ被れているところはありますが、マトラ民族の存続が第一という考えです。問題視する程ではありません」

「ラシージもランマルカに留学してたのか?」

「革命政府で軍事教官を務めた後、マトラに来ました」

 そりゃこれだけ有能なわけだ。

 複雑な山道を進み、マトラ県県庁所在地と書かれた看板が目に入る。これがこの地区の正式名称である。マトラ県の県庁所在地であるマトラ県県庁所在地、と言っても間違いではない。

 衛兵の敬礼を受けて市庁舎に入る。中の部屋を分ける壁の無い一階にはランマルカの者と思しき妖精に、内務省の情報員も見かけた。その妖精はラシージに対して見事な敬礼をし、情報員の方は何だか魂が抜けた顔をしていて微動だにしない。

 二階へ行き、応接席で待っていたミザレジの向かいに座る。

「確認してくれ」

「任されたし」

 ミザレジはラシージが渡した帳面をめくって確認する。それから別の帳面と突き合わせて確認する。

「悲願の人民防衛軍は成った」

「相手をぶちのめすまで感動するには早いぞ」

「ごもっとも。だが今日に至るまでの年月、希望の光を見る前に死んだ先達から事後を託されて四十年……」

 ミザレジは目を開けたまま落涙しながら歯を食いしばる。妖精とはいえ、少なくとも四十を過ぎたおっさんが――見た目は若いが――こんな不細工な面をするとは、旧イスタメル公国が何をしてきたのか想像に容易い。

 お隣のラシージなら良く知ってそうだが、言えと言わなきゃ滑る舌じゃなかろう。

「民兵の人員物資の充足率は問題ないか?」

「愚問であろう、完全無欠である」

 これで報告が出来る。

 

■■■

 

 神聖教会における新年を迎えた。

 全軍即応待機令が出てからの今日までは緊張状態が続き、疲れさせないようにダラけさせないようにと気を配るのがどこの部隊でも大変だった。

 妖精はこういう面ではどうでもいいのだが、レスリャジンの連中は身内と殺し合うかどうかなので大分空気がピリピリしていた。余計なことを考えないように訓練をさせまくった。

 そんなもう一つの新年に、特に祝う人物もないのでそのまま過ぎると思ったが、聖なる神を信じたくなることが起きた。

 アッジャールの右翼軍はイスタメル州を、中央軍はヒルヴァフカ州を、左翼軍はジャーヴァル帝国を目指して行動を開始したという情報が入った。

 開始したと言っても未だそれぞれの軍主力は集結段階にあり、物資も集積中である。動いているのは探りを入れるための前哨部隊だが、それすら他国なら全力の全軍と言ってもいい規模だ。

 情報部によれば各軍主力の兵数は、

 西のオルフ、右翼軍は三十万。

 中央の中央軍は五十万。これは更に分割される見通しらしいが、詳細不明。

 東のラグト、左翼軍は二十万と現時点で推定されている。

 百万に届く、まさしく史上空前と言ってもいい規模だ。統一皇帝の軍勢でも二十万くらいが最大だったから、時代は変わったと考えさせられる。

 シクルの査定の方がこちらとしては信頼があるので右翼軍は四十万と思っているが……まあ何にせよ大軍だ。十万の兵と聞くと凄いと思うが、三十万じゃなくて四十万と聞くと違いがあまり無いように感じられるのは何故だろう。

 これでもまだアッジャールと敵対するかどうかなんて分からない、と言うほど魔神代理領は呑気ではない。敗戦続きで厭戦気分が高い国だとそういう夢見がちな輩もいるそうだが、我々は違う。

 ”イスタメル州総督ルサレヤの名において以下の令を発する。全軍配備令、予備役動員令、準予備役志願動員令、民兵武装待機令、徴兵準備令、国境管理令、陸海路統制令、戦時経済令、魔なる法による超俗令。以上”。

 これら九つの布告によって各部が行動を開始する。

 ルサレヤ総督を総司令官とするイスタメル第一軍、第一師団、第二師団、第三師団の六万の軍勢がヒルヴァフカ州へ応援に向かう。

 高速で移動するために陸路と海路に軍を分ける。これで海軍は大忙しになり、南大陸や中央方面からの援軍援助物資を運ぶのでしばらく暇をしている暇などなくなる。

 応援に向かう理由は、親衛軍がヒルヴァフカ州に到着するまでこの地点で五十万の攻勢を凌がなければ、イスタメル州とお隣メノアグロ州は分断されて孤立し、両州は右翼軍と中央軍の挟撃を受けて殲滅される恐れがあるのだ。

 一方、手薄になるイスタメル州は陥落しても、メノアグロ州にヒルヴァフカ州が持ち応えていれば東へ逃げ道があるから大丈夫という理屈だ。

 更に言うと、イスタメル州をわざと占領させて神聖教会圏と接触させることでアッジャール朝の敵を増やそうという魂胆である。そうは言っていないが、そのように行動している。

 そんなんだからマトラ妖精が人民防衛軍を作るはめになったのだ。寝返るのも手か? 折角の大戦なのでしないが。

 ウラグマ総督代理を総司令官とするイスタメル第二軍、第四海軍歩兵師団、マトラ旅団、アソリウス軍の、現時点で二万五千がマトラ県防衛の任につく。

 観閲を行った時より予備役と準予備役が加わっているので全部隊の人数が増している。しかし経済立て直しのために早期退役させた予備役第一期の者達と、全軍即応待機令以来の徴集でギリギリ訓練を修了した少数の者達ぐらいしかいないので大した数にならない。

 おまけの準予備役は予備役登録期間を過ぎた者や、予備役登録をしなかった退役兵が該当するがイスタメル州にはほとんどいないのでほぼ無意味。

 憲兵旅団は軍がいなくなって動揺し易くなったイスタメル州の治安維持任務に就いている。各県が登録した民兵達もこれに加わるが、この民兵がそっくり敵に寝返る可能性があるので頼り切れるものではない。マトラは勿論別だが。

 損耗した兵の補充を見越して、徴兵名簿や装備に訓練場に兵舎の手配が新たにされる。城主の判断で行われる徴兵とはまた別口で、総督府が行う徴兵だ。二重に徴兵されて混乱するように思えるが、城主は城を空にして出陣しているので代わりに徴兵を行う組織が必要なのだ。

 他には出入国の管理が厳重になり、道路と港湾の使用が軍最優先になって強制排除権限も付与され、軍票の使用許可が出る上に登録商人には戦時協力が義務付けられる。

 そして極めつきが魔なる法による超俗令。これは魔導師資格者ならば発令中は俗法を超越する判定を無制限に下せるというもの。法律なんか考えないで素早く行動できる。

 シクルからは不穏な手紙が届いた。

 ”イスタメル戦線は魔神代理領にとっては一戦線だが、マトラにとっては存亡の危機である。我々は先端を切り、浸透済みの我が同族による非正規戦を開始する。

 銃剣にて吶喊し、短剣にて首を掻き、そして革命の炎にて文明の光を照らす。旅団長閣下の銃剣、我等の短剣、北海の同胞同志の炎、これら揃って負けることなどありや? 同時攻撃にて子孫がために撃滅せん”。

 北海の同胞同志ってのは、ランマルカ革命政府。超俗令が無かったら縛り首になりそうなことが起きそうだ。有ってもやられるかもしれないが、許可を出したのはルサレヤ総督だと事実を確認して安心する。

 

■■■

 

 水門を開放させ、マトラ山のセルチェス川源流をダルプロ川に接続した。今年の雪量は上々で、その雪解け水で増水している上で更に流し込んだ。

 ペトリュク南部の沼沢地帯はダルプロ川の受け皿なので、そりゃもうベッチャベチャの泥沼になるだろう。もしならなくても意味は十分にあり、水量増加で川の面積が広がり船が使いやすくなる。

 水深も深くなり、重量物を運んでも座礁し難い。

 流れが速くなり、下りの物資運搬が早くなるということ。

 操船難度は増すが、そこは山の急流で訓練した河川艦隊の腕を信じる。これで水陸共同作戦が可能となった。

 そしてここは三七番居住地改め、三七番補給基地改め、三七番広場。増水したダルプロ川の唸り声が聞こえてくる。

 総司令官ウラグマ総督代理と近衛獣人奴隷騎兵が五百。伝令に竜跨兵がいる。

 第四海軍歩兵師団の先発隊が千、ダルプロ川で河川艦隊がその千名を載せるのに十分な船を準備してある。

 他の海軍歩兵一万はマリオル県でまだ待機中。ヒルヴァフカ州へ向かうイスタメル第一軍の通行を優先させて道路を混雑させないようにしているのが理由だ。まだ彼等に急いで前線に出張って貰う状況ではないので問題は無い。

 第十四条項に則ったアソリウス軍四千はまだこちらに向かっている最中で、まだイスタメルに上陸したという情報は来ていない。離島からは流石に時間はかかるものだ。

 そしてマトラ人民防衛軍十一万、実にマトラ妖精人口の五分の一強! が集結した。マトラ旅団の各隊指揮下にそっくりそのまま民兵を差し込むことによって完成した。

 兼ねてよりマトラ旅団では通常の部隊なら過剰なほどの士官、下士官を有し、組織構造も非効率に縦長であった。それを民兵によって分厚く肉付けすることにより大軍となった。

 平時には大量の士官、下士官を有する一見不合理な部隊を維持し、有事にはその下に徴集兵や予備役を大量に滑り込ませて一気に大軍を生み出すという、何らかの理由により軍備が制限されている国では重宝する手法を採用。

 我がマトラ旅団では予算制限があったので軍備が制限されていた。ルサレヤ総督の悪戯な軍備拡張は認めないという方針に従う形で大軍を編制するにはこの手法しかなかった。別にルサレヤ総督を騙したわけではない。きちんとそういう書類を見せたし、笑ってやがった。

 スラーギィへ越境するアッジャール側関門を森林警備隊と武装商人、関門守備隊が奇襲攻撃を仕掛けて陥落させたと報せを受けた。

 通常ならばウラグマ代理が兵に向けて言葉をかけるところだが、妖精に対しては無意味か逆効果なので演台の脇で顔を見せているだけにしてもらった。

 であるから、マトラ人民防衛軍司令官のこのベルリク=カラバザルが演台に立つ。

「敵アッジャールは未だ攻撃準備段階にある。この隙を逃さず先制攻撃を仕掛ける! マトラの明日のために攻撃だ、敵に時間を与えるな。勝利か絶滅か、お前等はどちらを選ぶ!?」

『勝利! 勝利! 勝利!』

「そう勝利だ、勝つために前進して敵を殺せ! マトラの妖精という種族の存亡をかけて敵をとにかく殺せ!」

『殺せ! 殺せ! 殺せ!』

「最初の一撃が未来を決めるぞ、死んでも成功させろ!」

 腹に足の裏まで震えるほどの妖精達の喚声が返ってくる。

「我等が英雄、第二の太陽、無敗の鋼鉄将軍、ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジン国家名誉大元帥こそ勝利の体現者なり!」

 脇に控えていたミザレジが余計な言葉を付け加えると、また腹に足の裏まで震えるほどの妖精達の喚声が返ってくる。

「全マトラの恩師、兵士の父、労働者の母、ラシージ親分への数え切れない感謝を恩返しを、心臓より溢れ出た血を花にして贈ろう!」

 また腹に足の裏まで震えるほどの妖精達の喚声が返ってくる。ラシージは無論、無反応。

 放っておけばキリが無いので指示を出す。

「全隊、スラーギィへ向けて前進せよ!」

「国歌斉唱ぉ!」

 行進曲ではなく、ミザレジの指示でマトラ自治共和国国歌が演奏され、士官の号令に合わせて各隊が整列、行進隊形へ組み直し、スラーギィへ向けて行進を始める。そして自然と妖精達が歌い始める。

 

  我等が父マトラの山よ

  我等が母マトラの森よ

「マトラよ永遠なれぇ!」

  我等はこの地の子、この地より湧く乳を飲む

  二つを永久に結ぶ緒は切れない

「祖国を守れぇ!」

  幾万と耐えてより、銃剣持ちて塹壕から出よ

  死すともこの地に還り、我等が子孫に還る

「死ぬまで戦えぇ!」

  永遠の命、何を惜しまん突撃せよ!

  永遠の仇、何を怯まん突撃せよ!

「突撃せよ! 突撃せよ! 勝利無くば死をぉ!」

 

 歌詞の合間に絶叫しているのは勿論、涙と鼻水をダラダラと流すミザレジ。

 煽っておいて何だが、ウラグマ代理や海軍の皆、レスリャジン騎兵までドン引きで、呆気に取られている。

「ふっ」

 そしてアクファルが笑った!

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