どうせ死ぬなら、かっこよく死にたい   作:川に揺蕩う論理の箱

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一話 いつもの日常にすこしばかりの偶然を(上)

 

 銀の騎士団には、4個ほどの師団があり、それぞれに役割がある。

 第一師団は、貴族や王を守る役割を。第二師団は、魔のものを殺す役割を。第三師団は、この国の治安維持の役割を。第四師団は、資料や他の組織との交渉を担っている。

 グレゴールとベアトリスが所属しているのが第二師団。

 ゲーム内の主人公は、第三師団に属している。

 ベアトリスは、ゲーム内で主人公と親交があることが確認できる。彼らの過去が深掘りされることは終ぞなかったが、会話から察するに主人公が新兵だったときに面倒をみたのが、どうやら彼女らしく、彼女は、主人公に対してよき後輩であり、戦友と認識していて、主人公もまた世話を見てくれた彼女に好感を持っている描写が描かれている。

 ここからわかる通り、ベアトリスは、その冷ややかさと感じさせる鋭い顔つきや、口調から想像できないほど優しい性格をしている。

 実際、魔物にとらわれた子供を救った際、泣きじゃっくる子供を彼女は、優しく撫でて、

 

「もう大丈夫だ」

 

 と、慈愛を見せているシーンはある。だが、もちろん彼女は完璧ではない。彼女は、ところどころ短絡的ともとれる行動をみせる。本人曰く、「その場の状況をみてすばやく判断したまで。長い間思案するだけが正解を生み出すとは限らない」と、いっているが、パッションに頼ることがあるのが欠点だろう。まあ、それも愛らしい一面だろう。

 グレゴールはそんな彼女のことが好きだった。前世では、はじめてゲーム内で出来た推しと言っていいだろう。ゆえにグレゴールは、彼女を命をかけても救いたいと思っていた。いずれ戦士として大した才能がない自分はそう遠くないうちに死ぬだろうし、それに原作通りなら『グレゴール・ダンカン』という人物はとある事情で殺されることになる。なら、誰かに役に立って死にたいと思うのは何の不思議なことではないだろう。

 

 

◻︎

 

 

 ベアトリスの邂逅から一週間がたった。一個だけ、問題はあったが、グレゴールの日常は変わることはない。夜明けとともに起床し、顔を一段と寒くなった井戸の水で顔と身体を洗う。騎士団の制服に着替え、第2師団へむかう。そして彼は、いつも通りに業務をこなし、模擬戦闘が行われるのだった。

 

 

「っ、───!」

 

 刃が潰れた槍の先が、空を裂く音を残してグレゴールのすぐ脇をかすめた。

 グレゴールは、追撃を避けるために籠手(ガントレット)を上へ槍をかちあげることで逸らし、距離を取った。グレゴールは、息をぜいぜいと吐いていた。

 

「今のは、危なかった」

 

 グレゴールは、砂利の地面を踏み締め、訓練相手の距離を測る。槍を構えた騎士は、今年で務めて15年になるベテランだ。ベテランの騎士は、起こりが読まれないように、槍の先をゆらゆらと左右へ振っている。

 いつ攻撃が来るかわからない不安。

 思わずグレゴールは、一歩足を下げた、───その瞬間、横から声がかかる。

 

「おい、自ら相手の得意距離へ持ち込んでどうする!」

 

 明確にできた隙。そこを見逃す相手ではない。すばやく三度、槍がつき放たれる。わかっている、と内心グレゴールは舌打ちをし、剣で向かいうつ。

 防ぎ切った。これには相手も感心したように目を見開いた。

 

「ぅおおお──!」

 

 と、鼓舞の叫びを上げ、グレゴールは、反撃のために踏み込もうとする。もちろんそれは予想通りだった。相手の前蹴り。

 だが、相手の先を読んでいたのは、ベテラン騎士だけではない。

 グレゴールは、踏み込んだ足を軸として半回転することで相手の蹴りを避けた。掠り、わずかに彼の体が揺れるが、止まるまでは行かない。

 グレゴールが剣を振る。

 相手は、蹴った足を踏みしめ、迫りくる縦の斬撃を柄をかかげて防ごうとする。来たる衝撃に備え、膝を落とし、───フェイント。

 

「な、」

 

 と、声がベテラン騎士から漏れた。刃が、相手の腕へ迫りくる。

 当たる。

 グレゴールは確信を持った。しかし、

 

「舐めるよな」

 

 と、いう声とともに体を後ろへ下げ、十分なほど誘い込むと、同時に構えてた槍を瞬時に下ろし、その剣を絡めとる。ぐるりと槍を回転させ、それに巻き込まれた剣は宙を舞った。くるくると回転しながら落ち、その勝敗を決めるコインを受け取るように地面へ剣が突き刺さった。

 

「しまっ」

 

 グレゴールは焦って落とした剣を取ろうとし、頭を下げた。それが不味かった。

 衝撃。視界に真っ白な光が走る。

 蹴りをもろにもらい、彼の体は吹き飛ぶ。地面に叩きつけられ、視界が揺れる。

 

(く、そ、しくじった。とにかく早く立ち上がらないと)

 

 そして顔を上げると、ベテランの騎士が、グレゴールの目の前に槍の先を置いて、言った。

 

「お前の負けだ」

 

 グレゴールは、槍を見、勝者をみた。そして頭を地面へ下ろし、目を閉じ、

 

「参りました」

 

 こう言うと、

 

「よっしゃ!」

 

 と、このような歓声が上がった。

 つられて横へ視線をやると、彼らの戦いをみていた二人の騎士が互いを見合っていた。一人は、「そんなぁ」と、悲しみ、もう一人は、喜びを抑えきれぬというふうに両腕を天へ突き上げていた。なぜか、それはこの戦いの勝敗で、賭け事をしていたからだった。

 そして賭けた物は、

 

「くそう、俺かよ〜」

 

 と、ちゃけた癖毛の騎士が頭を抱えて、悔しそうにいった。

 

「で、昼飯はおまえの奢りということでいいんだよな」

 

 と、その騎士の肩へ腕を置くオールバックの騎士が、ニヤニヤと笑みを浮かべていった。

 ───昼飯だった。

 

「第一、おまえは、なんであいつにかけたんだよ。あいつが先輩に勝つと思ってたのか?」

「そう思ってねえと、かけないよ。あ〜あ、ほんとうに勝てると思ってのにな」

「ま、たしかに惜しかったのは事実だな」

「だいたい、なんでグレゴールは、いつもあんなつよい人ばかり対戦しようとするんだ。今日もそうだけど昨日は、もっと────」

 

 ぶつぶつ、ぶつぶつと愚痴を言っている癖毛の騎士。オールバックの騎士は、彼に置いていた腕を離した。倒れているグレゴールへ歩を運ぶと、膝を曲げ、片手をその膝に当てて、手を伸ばした。無言で。

 グレゴールは、その手を取り、彼の助けをもらって起き上がった。

 

「ありがと」

「惜しかったな」

「そうか?」

「そうだぜ。なんたって相手は、あの人だぜ。あそこまでやれたのは、誇ったほうがいい」

「そうか」

「ああ」

「ふうん。じゃあ、俺これ仕舞いに行くから」

「おう」

 

 グレゴールは、踵を返して、訓練用の剣を仕舞いにいく。

 オールバックの騎士は、腰に手を当てて、多くの騎士同士が戦っている訓練場を見渡した。その中で、訓練用の槍をしまっているベテランの騎士を見つけ、手を振った。

 

「ビクター先輩! 一緒に飯食わないっすか。

 こいつが奢ってくれると言ってますよ」

 

 聞こえているのかいないのか、ビクターは返事をせず出口へ歩き出した。

 そして戸口で振り返り、彼らを睥睨した。

 彼の姿が見えなくなると、オールバックの騎士は、後ろ頭をかきながら、先輩からアドバイスをもらって戻ってくるグレゴールと、自身の財布を開き、どれぐらいあるか確認をしている癖毛の騎士に

 

「────まあ、しょうがないか。さ、いこうぜ」

 

 と、言った。

 

「高いところはやめてくれよぉ〜」

「ははっ、ま、お前が明日、コーヒーを一杯しか頼めないぐらいまで勘弁してやるから、安心しろって」

「それって、ほとんど破産に追い込む気じゃん……」

「敗者に口なし。ほら、いくぞ、昼は短いんだから」

 

 

 

 湯気立つスープをスプーンですくい、グレゴールは口に運ぶ。見知らぬ肉と野菜を噛みながら、あまった手で硬い黒麦パンをちぎり、メインのトマト煮チキンの汁に浸し、さらに口に運ぶ。もはや慣れてしまった食事。

 食堂は、人の声で満ちている。

 

「────要するによ、ふつうこんなことありえないんだよ」

「そうかな、別にあり得ることだと思うけど」

「おまえ、ほんとうにそんなこと言っているのか? よく考えてみろ」

「う〜ん。でも、ありえるよ。やっぱり」

「なんでだよ」

「だって、魔術があるんだよ。別に不思議なことではないと思うけど」

 

 グレゴールは、目の前の友人二人が言い争っているのを横目に淡々と食事をつづけていた。イギリスをモデルとした国ではあるが、まだまずい飯の代名詞とまで言われた頃の話ではないようだった。存外、美味しい食事は多い。転生してから強烈にまずいものは、彼は食べていない。

 グレゴールは、チキンを一口に切ると、それをパンに乗せて、口に運ぶ。肉の旨みにトマトの甘酸っぱい味、そして黒麦パンの淡白な味が合わさって口いっぱいに広がる。飲み込むと、喉の渇きを覚え、彼らが座っている木のテーブルの真ん中に置かれた水差しを手に取ろうとすると、消えた。

 どこへ消えたのか。というより、誰かが奪ったのだ。

 グレゴールは、消えた水差しの行方を探すために視線を泳がしていると、批判がましく鋭く見つめてくるあのオールバックの青年───ヨンが水差しを彼から遠ざけるように持っていたのを認めた。

 

「おい」

 

 ヨンが、冷然と言う。

 

「なんだ。それより水をくれないか。喉が渇いているんだ」

「だから、さっきから俺たちの話を聞いているのか、と聞いているんだが。まさか、お前聞いてなかったのか」

「それはもちろん」

「じゃあ、お前はどう思っているんだ」

「…………」

 

 なるほど、どうやらあの言い争いの矛先はグレゴールまで及んだらしい。だが、あいにくグレゴールは、食事で夢中でほとんど何も聞いていなかった。彼は、椅子をわずかばかり下げ、頬杖をついて、目を伏せ、考える。

 

(……ありないこと………しかし魔術ではできるかもしれないこと……)

 

 もし、このわずかな情報が、グレゴールが彼らの話を見事に当てたのなら、彼は稀代の名探偵、すなわち死神のひとりとしてなるべきだろう。だが、そうはならない。何も分からなかったグレゴールは、頬杖をやめ、腕を組み、ヨンへ苦笑した。

 

「すまないが、なんの話をしていたのか教えてくれないか」

「………そんなことだと思ってたよ」

 

 苛立ちがこもった声に落胆の色が混じった。やれやれ、と言わんばかりに首を左右に振るヨン。そしてそれを、まあまあ、と宥める癖毛の青年───サニー。

 これもまたすでに見慣れた光景だった。

 そうして水をなんとかもらい飲んだグレゴールは、話を聞いた。言い争っていた内容を彼は知る。聞き終えたグレゴールは、一度皿に目を落とし、残りのパンで汚れている部分を拭い、食べると、ヨンへ視線をやった。

 

「……まさか、お前がそんなバカな話をするなんてな」

 

 と、グレゴール。

 

「わかっているよ、だからありえないって言っているんだよ。いっそ日々の疲れによる幻覚だと言いたいぐらいにはな」

「ねえ、イタロ」

 

 と、サニーが口を挟んだ。

 

「なんだ」

「君もありえないと思うの?」

「ああ」

「なんで」

「……いいか、べつに魔術と言ってもそんな便利なもんじゃない。

 もし納得いかないのだったら、外へ目をやってみろ。

 なぜ魔術以外が発展している? なぜ銃火器が登場した? それが答えだ。神みたいに法則そのものを変えるほど万能ではないのさ」

「そういうものなの?」

「ああ」

「なら、人が空を浮かんでいるって話は意味がわからないね」

「だから、俺がそう言っているじゃないか」

 

 ヨンが、口をとがらせて言った。

 ヨンは、水差しを手にとって、コップに入れ、飲んだ。それから4本の指を立てて、手を彼らに突き立てた。

 

「いいか、四時だ。朝の四時だ。信じられないのなら、その時間に空を眺めてみろ、いるぞ。やつが」

 

 そう言うと、ヨンは立ち上がり、ポケットから取り出した自身の会計分の金をおいて、外へ出ようとする。

 サニーが声をかける。

 

「どうしたの? どこか行くの?」

「教会だよ、教会。今日は忙しくて祈りへ行けなかったからな」

 

 というと、ヨンは思い出したかのように付け加えた。

 

「ああ、そうそうグレゴール、仕事の話だが、誰が怪物かわかった。

 十五時に例の公園で集合だ」

「……おい、ちょっと待て、わかったってどういうことだ。せめて、どうやってわかったか説明しないと───」

 

 じゃあ、と言って今度こそ彼は去っていた。突然の重要な言葉に立ったグレゴールは、彼が見えなくなると、ため息をつき、

 

「勝手なやつめ」

 

 と、言い、椅子に体重を落とすように座った。

 サニーが、ぱちぱちと瞬きをした。グレゴールに視線をやって、質問を投げかけた。

 

「仕事って?」

「なに、最近追っている怪物だ。どうも目撃情報から察するに寄生型らしくてな。それで、誰なのかということを探しているところだったんだ」

「ふうん」

「興味あんまなさそうだな」

「別に。そっちの仕事だからね。ぼくがやいやい言うことではないと思うんだ」

「そうか」

「で、さ。ヨンくんってダアゾフ教徒だったんだ」

「ん? ああ、そうだ。それも改革派のさ」

 

 ふうん、と呟き、ヤギのミルクの煮込みを食べて、彼が去った開け放たれた玄関へ視線をやり、外の落ち葉を掃き集まっている人々をみた。飲み込むと、不思議そうな声で言った。

 

「騎士に所属しながらそっちなんだ」

「むしろ、この師団だからだろ。第一師団なら別だろうがな」

「それもそうだね」

「お前はどうなんだ」

「えっ?」

「お前は信じているのか、と聞いているんだよ」

「………う〜ん。じゃあ、グレゴールくんの方が先に教えてよ。そんなペラペラ誰かに信念を教えてたくないよ」

「俺の?」

「うん」

「俺は、……そうだな。まあ、信じてるだろうな。ただし、ダアゾフ教徒ではないぞ」

「つまり、神という存在は認めるんだね」

「ああ、そんなものはいないと説明がつかないものがたくさんあるからな」

「いいことだね」

「で、おまえも教えろ。何を信じているんだ」

 

 と、サニーは黙り、手元の冷めてしまったスープをぐるぐるとかき混ぜた。

 沈黙。

 その沈黙を破ったのもまたサニーだった。

 

「そうだね、………悪いけど、秘密にしてもらっていいかな」

「秘密?」

「うん、秘密。ほら、この騎士団の暗黙のルールさ。秘密には足を踏み入れるべからずってね」

「じゃあ、教えてくれないのか」

「そうなるね」

 

 グレゴールは、背もたれに体重をわずかに預け、天井をみて、サニーが食べているスープをみた。

 

「わかった。聞かないでおくよ」

「ありがとう」

「いや、ありがとうはなんて言わないでくれ。当たり前のことだ」

 

 

 

 ───その後、彼らは会計をし、外を途中まで一緒に歩き、右手側に教会が見えると、グレゴールは立ち止まり、じゃあ、とそこで別れた。

 グレゴールは、戸口をくぐると、太古の昔、どのように世界は作られたのかを描いているステンドグラスが張り巡らせた部屋につき、椅子が、祭壇へ向かい合わせになるように見渡す限り隙間なく、立ちならんでいた。

 どこかからオルガンの音が聞こえる。

 グレゴールは、その音楽のことを知らなかった。

 彼はその音楽に耳を傾けていると、はたりとオルガンが止んだ。

 音楽に耳を傾けていた信徒は、背筋を伸ばし、祭壇に立つ神父に視線をむけた。神父は、部屋の隅から隅へと行きつ戻りつ話しだす。曰く、

 

「…………最近、神は死んだ、と戯言を吐く異端者がいますが、その言葉に傾けていけません。あの言葉を吐いた方は、悪魔に誘惑され、我々を惑わせようとしようとしているのですから。ああ、その言葉を聞いて動揺とした方々、どうか落ち着いてください。私が断言しましょう、まだ神は存在します。まだ神は、この世界から離れてなどいません。

 ………さて、今日はいい日です。というのも、神が私たち、迷える子羊に新しい御言葉を告げたのですから。私は、その告げられた言葉を理解をし、今からその言葉を伝えようと思います。その言葉は────」

 

 云々、とグレゴールは、出口のすぐそばの柱に片足を垂直に立てることで寄りかかって、その繰り返される、彼自身にとって意味があるようでない()()()()()言葉を聞き流しながら、教会を見渡した。懺悔室へ入る教徒。神父。光るステンドグラス。

 そして亜麻色の髪のシスター。

 グレゴールは、そのシスターを見かけると、歩き出し、彼女の横に並んだ。彼女は、神父が語る言葉を聞き逃せないために、熱心に見つめていたが、グレゴールがいることに気づくと、くるりと向きを変え、にっこりと満面の笑みを浮かべた。

 

「グレゴールさま! こんにちは、教会にくるなんて珍しいですね」

 

 イタロも微笑み返し、その言葉へ返答する。

 

「ああ、こんにちは、ソーニャ。ちょっとな」

 

『すべての美しい別れに』の重要登場人物のひとり、ソーニャ。彼女は、目を嬉しそうに細め、

 

「……それで、何か用事があるのですか? ソーニャで良ければ、聞きますよ」

 

 と、いうのだった。

 

 

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