どうせ死ぬなら、かっこよく死にたい   作:川に揺蕩う論理の箱

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四話 わたしの手をそのまま離さないで(1)

 

 

 それはむかしのはなし。

 かつてあの山に一匹の怪物が棲んでいた。山を飾る緑のなか、あるいは真っ白な雪の上で自身の配下とともに俊敏にかけていく姿がみることができた。その目が合うと、琥珀色の瞳がそこにあった。筋肉質でしやかなな身体を持ち、白と黒の毛を備えていて、遠目からだと灰色にみえた。その模様は複雑でシンメトリー性があった。それは迷路であった。そしてその怪物は、いま自らが湛えていた迷宮に閉じこめられていた。この怪物を誰の手にも渡らないように。美しいものが、二度と汚れないように。

 ひとりの男が、それをやった。

 それがこの話の顛末だった。

 

 

◻︎

 

 

 すっかりと冬となった12月の今日は雪が降っていた。簡素なベッドから起き上がったグレゴールは雪が降るさまを、窓を透かしてみつめた。結局、グレゴールはとくにできなかった。知識があるとはいえ、この彼の身は、所詮そこらの騎士だ。できることは限られていた。

 

「さあ、どうなることやら。

 死ぬにはあまりに天気が悪すぎるけど」

 

 ため息をつき、着替え、自室を出て、食堂で軽く朝食をとることにした。

 

(最後の晩餐は冷めた目玉焼きとパン。それにベーコン……)

 

 悪くないな、と彼は自嘲した。パンにジャムを塗って、もくもく食べていると、「隣いいかい」と、いう声がした。声の方角へ顔をむけると、細長い男がトレイを持っていた。短く清潔感のある黒髪。青眼。首をかけて斜めに走る裂創の痕。

 グレゴールは、その人物を知っていた。が、そのことは顔に出さずに言った。

 

「ああ、構わない」

「ありがとう」

 

 よっこいしょ、と宣言通りグレゴールの隣に座る。そしてジャムをパンに塗って、さらに目玉焼きとベーコンをのせると、かぶりついた。

 明らかにミスマッチな組み合わせ。しかしこの男はあろうことかそれを美味しそう食べていた。その様子に、グレゴールは頬をひくつかせ唖然としていると、男は、不思議そうにあたりをきょろきょろと見回す。

 

「あれ、今日はいないんだね」

 

 グレゴールは、その言葉を掴み損ね、彼を見習うようにあたりをみる。

 何もとくに変なところはなかった。

 

「何がいないんだ?」

「ん? ああ、その、なんというか、君の友達? 友達だよね。いないなって」

 

 指を空中でふらふらと踊らせて、彼は答える。

 それで納得が言ったように、ああ、とグレゴールはいった。つづけて、

 

「そりゃ、こんな朝早くだからな。普通こんな時間にご飯を食いには来ないだろうよ」

 

 と言った。

 

「たしかにそうだね。これは失敬」

「いや、謝るほどのことではない。で、あんたはどうなんだ」

「え? 僕かい?」

「ああ」

「僕も同じさ。はやめに起きたんだ。

 することもないし、ご飯食べようかなって」

「ふうん、そんな日もあるか」

「うん、あるだろうね」

 

 言い切ると、またすべてを乗せたパンにかじりつき、頬を緩ませていた。思わずグレゴールは、

 

「それ、美味しいのか」

 

 と、こう訊いた。

 

「これかい?」

「ああ」

「うん。みんな変だ、というけど、いろんな味が口いっぱいに広がって美味しいよ。

 どう? 食べてみない」

「………遠慮しとく。最後の晩餐がそれは嫌だな」

 

 そうかい、と残念そうに眉を下げた男は、気持ち少なめにパンを食べた。

 

「それにしても、最後の晩餐か。正確なら朝だから朝餉なんだろうけど、……うん、いいね。たしかにそうだ」

「まあ、ご馳走とはとてもいえないがな」

「でも、食べられるだけありがたいじゃない。何も食べずに死ぬこともあるかもしれないんだから」

「それはそうだ、ま、なんであれだ、そろそろ別れだ」

 

 え? と困惑する男に、ほら、と顎でしゃくった。そこには、手を振るひとりのガラが悪い男が、この奇妙な舌の持ち主を呼んでいた。「わかったよー!」と、彼は返すと、トレイを持って、

 

「じゃあ、楽しかった。また、会おうね」

 

 と、いい友達の元へ駆け寄った。グレゴールは、その背を数秒眺めて外すと、背にもたれ、ぼやいた。

 

「まさか、こんなときに主人公に会うなんて。

 ………ほんと、ついていないな」

 

 

 

◻︎

 

 

 飯を食い終えた彼は、剣と短剣を磨き、鎧の繋ぎ目に油を足していた。やがてそれも終えて自室のベッドに座った。

 死んだような静けさ。

 することもないので、彼は立ち上がった。机に置いた得物を眺めた。長銃。魔力と火薬を込めた爆弾。銃弾。とても騎士が持つものと思えない装備ではないが、この時代錯誤の騎士団でもすでに銃を使うものはいる。とはいえ、人を殺すには十分な威力を持つ銃だが、魔のものを殺すにはいささか頼りがない。あくまで足止め。それがいいところだ。

 

(………まあ、今回の相手はそんな化け物じゃないがな)

 

 グレゴールは、銃の点検に入った。

 

「……………」

 

 薬室の確認。問題なし。コッキング動作の確認。問題はなし。劇鉄は作動するか。これも問題はなし。銃床にヒビは入っていないか。銃身に汚れはないか。問題はなかった。

 ひと通りの点検を終え、誰もいないところへ向け空撃ちをする。かちりと、うまく作動し、

 

「よし」

 

 こう言った。が、すぐにグレゴールは唇を噛んだ。あまりにもやることがすくない。不確定要素もいまだにある。何もかも未確定の状態で、やるしかないのだ。

 だが、もう泣き言など言ってられない。あとはすべてなるようになるしかなかった。

 

 

 ────ノック音が聞こえた。グレゴールが開けると、友人が噛みタバコを嗜んでいた。彼は、グレゴールの姿をざっと検分して言った。

 

「なんだ、おまえ今から戦争に行くのか」

「まさか? まあ似たようなもんだ」

「それもそうだ」

「だろう?」

「ああ、さ、いくぞ。遅刻は許されないからな」

「ああ」

 

 

 

 冬の煙った灰色の空の下、日光さえ澱んでぼやけてみえる、時刻にして午前七時半、グレゴールたちは、行進を開始した。

 民衆にさまざまな視線を浴びながら街を出て、整備された路をまっすぐと歩いていたが、辻にたどり着くと、東へ外れる。そこからしばらくすると、おくに目的の館が聳えている山岳地域がみえ、そこへ通じる路に辿りつく。

 彼らは、山の斜面を純白に飾る丈の高い松や杉の森のなかへ入った。

 すると、整った道は、次第に凸凹としてきて険しさと傾斜が増していく。そして行く手を、雪を被った木々の枝や根元、泥のように足を取られる柔らかな積雪、それからその底に点在する拳大の石などが邪魔をしてきて、ひどく歩きづらく、いよいよ道といっていいものは獣道しかなくなる。

 騎士団は、汗を吹き出していた。

 どこか遠くから狼の寂しい鳴き声が、聞こえていた。この山では狼の群れがいるというが、その姿は見えない。が、近くにいるのだろう。

 それでも止まることはない。軽く白い息を弾ませながら、目を遮る雪持ちの木の枝をナイフで刈って、雪張りの地面のうえをぎしぎし、と踏みしめて前進しつづけた。

 半時間が経つ。つづら折りの道にたどり着くと、雪が再度降ってきた。

 ひらひらと。

 ベアトリスは舞い降りた雪を掌で受け止めると、その雪が解けて水となっていく。彼女は、何を思ったのか受け止めた手を、何か大切なものを受け取ったかのように、ぎゅ、と握りしめ、振り返った。

 彼女とともに部隊は止まった。

 

「────十分休憩だ。各々好きなように休め。ただし、私の目が届く範囲のみだ」

 

 そう端的にいうと、ベアトリスは、松の木の根元にかけてあった脚を下ろし、そのまま木に寄りかかった。座らないのは、雪で体温を奪われないためだろう。

 

「ふぅうう」

 

 サニーが大きく深呼吸を挟み、つけていた兜を脱いだ。

 

「これでどれぐらい進んだかな」

「さあな」

 

 と、ヨンが懐から取り出した噛みタバコを口に入れ、噛みながら、答えた。

 

「まあ、それほど遠くはないだろうな」

 

 と、グレゴールがいう。

 

「ああ、あとすこしと言ったところじゃねぇか?」

「………じゃあ、いよいよ、ご対面するってことだね」

「ああ」

「…………」

 

 張り詰めた空気が場を支配している。

 澄んだ、しかし冷たい鋭い空気。

 リスが木の上を走り積もっていた雪が地面へ落ちたとき、いくつかの騎士が立ち上がった。各々の得物に手を添えた。そしてそれがリスだと判明しても、彼らはしばらく警戒を解かずにあたりを見渡し、仲間がその肩を叩くと、緊張の糸を緩めようやく休憩に入っていた。

 それは、まるで獲物に追い詰められている草食動物のよう。

 彼らは、緊張を隠せなかった。

 その緊張をひとつでも解けないかと、

 

「だが、吸血鬼でも、下級だ。従僕なのが、救いだな」

 

 グレゴールが、こういうと、ヨンはたまった唾を地面に吐き捨てて、反芻した。

 

「逆だろうが、下級であろうが、吸血鬼は吸血鬼だ。最悪以外のなんだっていうんだ」

「でも、マシなのは事実だ」

「どうだか」

「まあまあ、あんまりに緊張しすぎてもダメだよ。ほら、リラックス、リラックス」

 

 ヨンはムッと眉をひそめ、顎を指でさすると、納得したのか皮肉げに笑った。

 

「そうだな、空飛ぶ人間ほうがよほど恐ろしいだろうよ」

「うん、ははっ、空飛ぶ人間。劇に出る怪人みたいだね」

 

 同じく笑ったグレゴールは、太陽を指差して、

 

「ああ、奴らはこいつを浴びれば、死ぬ。

 が、どうだ。その怪人は、お天道さまを浴びても死なないだろうさ」

 

 その言葉にどことなくユーモアを感じた友人たちは、大笑いとまでいかないが、軽く笑った。

 張りすぎた緊張の糸が、かすかにゆるんだ。

 

「休憩は終わりだ。進むぞ」

 

 十分が経つと、ベアトリス隊長が言った。

 彼女が先頭に歩き出し、習うように騎士たちも歩き出す。

 グレゴールの横にサニーがいた。不意に彼は体を寄せてイタロの耳へ、

 

「きみが言ってた、鉄道の一般解放の開会式。

 僕、見にいこうと思っているんだけど、君は行かないかい?」

 

 こうささやいた。

 グレゴールは、もちろん、一緒にいこう。なんなら、ヨンも連れて行かないか、と返した。

 その言葉にサニーは微笑んだ。

 

「そうだね、一緒に遊ぼう。

 まあ、その鉄道の終着点が冥界ではないことを願うばかりだけど」

「違いない」

 

 

 

◻︎

 

 

 ベアトリス隊長は、深いシワを寄せていた。

 眼下に望む目的の館へ向かった斥候を待ちながら。

 あれから進み続け、太陽が天頂を越えて西へ傾きはじめた頃に、目的地にやっとついた。騎士たちはこの城の近くの丘で仮拠点を立てることにした。そして進軍する前に、キャサリンの助言通り、斥候を送り込むことにした。

 その役割を担ったのが、まだ若い自信なさげの少年だった。

 彼は、誇らしげに役割を引き受け、目的の城へ行くために雪が積もった丘を下っていくのが、ベアトリスは印象深かった。

 だが、彼は帰ってこない。

 そこで、二度目の斥候を送り込んだ。

 今度は、周囲に罠がないか確認し、『もしも』がおきていたのならすぐ引き返すように、と警告して。

 しかし、これもすでに一時間が経とうというのに、気配さえ感じなかった。

 ベアトリスは、舌打ちをした。

 

「どうする、ベアトリス」

 

 横へ並んで副隊長が、槍をくるくると回転させながらいった。その視線の先は、彼女と同じく城だった。

 

「…………」

「今回の作戦、おまえがまとめ役だから、下した判断には誰だって従うさ。それに次どうするなんて決まっている。

 問題は、いつそれを実行するということ、そうだろう?」

「……そうだな」

 

 白い息吹を吐き出し、思考する。結論を出す。

 

「───明日の朝だ。それまでに来ないなら、……そうことだろう」

「あい、了解した。じゃあ、俺は軽く昼寝をしてくる」

 

 そういうと、副隊長は天幕へ入っていた。

 ベアトリスはため息をついて、

 

「まったく、気分が悪いものだ」

 

 と、言った。

 そして朝となった。

 斥候は帰ってこなかった。

 

 

◻︎

 

 第六感が訴えかける、危機だと。

 原作通りなら、あそこは盗賊が潜んでいるはずだと。

 だが、それは止まる理由にはならなかった。されば、俺ができるのは、被害最小限に、せめて手が届く限り範囲で救うことだけはできるだろう。

 そう、グレゴールは思っていた。

 

「───は、ははっ」

 

 そう笑ったのは誰か。

 氷柱がはった両開きの扉を開け、進み出ると、目の前に広がる景色に総毛立った。

 ロビーの床は、篠突く雨に打たれたかのように赫く濡れ切っていた。ぐしょぐしょになった床のあちらこちらに妙な形をしたものが横たわっていた。館の闇でよく見えなかったが、騎士団の背から差す陽光がすぐにその正体を明らかにした。それは、死骸だった。彼らが送り込んだ行方不明の斥候。

 だが、それをかつて彼と結びつけることはできない。仲間に自慢していた美しい金髪は頭蓋から剥がれ落ちていて、腹部からは内臓と夥しい血が飛び散っていた。その顔は、陥没したとも吹き飛んだといえるような一塊の肉のかたまりになっていた。血溜まりにぽつぽつとあるピンク色の塊や卵のような丸いものは、いったいなんなのか、想像もしたくない。

 吐き気がするほどの悪臭と寒気。

 灯りが灯った。館の闇は、払われ、さらに隠された死体が暴かれる。

 斥候だけではなかった。

 死屍累々。その中には()()()()()()()()()()もいた。

 グレゴールは目を見開く。

 

 ────ならば、この殺戮現場を作ったのは、いったい………。

 

 扉が閉まった。侵入者を逃さないと言わんばかりに。

 足跡がした。二階から。全員、目をそこにむけた。

 それはひとりの男。特徴のない顔つき。底が見えない黒い目。見れ慣れない人ならぬ気配。

 男は大階段の前で立ち止まり、パーティを誘った主催者のように、うやうやしく礼をし、

 

「よくぞ、おいでなさいました。銀の騎士団のみなさま」

 

 こう言った。そして少し間をおいて、付け加えた。

 

「あっしの名前は………そうですね、名無しの男(ジョン・スミス)とお呼びください。どうか、お見知りを。ま、それもすぐに意味がなくなるでしょうけど」

 

 もはや主人がいない館のなか、この男はニヤリと笑った。

 

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