どうせ死ぬなら、かっこよく死にたい   作:川に揺蕩う論理の箱

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五話 わたしの手をそのまま離さないで(2)

 

 その男は、便利屋と呼ばれていた。あらゆる困難の暗殺依頼をこなすからだった。戸籍も名前もない。そのまま便利屋と呼ばれるか、ジョン・スミスと呼ばれることが多かった。

 この男の過去を知っているものは誰もいない。風の噂では、この男は、人ではなく魔のものではあると云うが、その真偽を確かめる余地はない。

 わかるのは、この男に狙われたものは、絶対に逃げられないことだった。

 男は、この館を作戦の舞台だと知ったとき、徹底的にこの館を調べた。決して逃さないために。すると面白いことがわかった。それはこの館の性質、あるいはからくりと言うべきものだった。

 

 ───なるほど、趣味がいい。こいつを舞台に選ぶ理由はわからなくない。まあ、足がつかないように盗賊を雇用している時点で、破綻しているが、と思った。同時にこうも思った。でも、その細かい点を補うのが、あっしなんですかね? と。

 

 それから男はすぐにその館に潜んだ。そこで、またそのからくりについて細部という細部まで把握するほど調べた。このからくりを発動させる条件を知った。別に発動させなくても、よかった。爆弾を設置をしている位置と盗賊の数。騎士団を殺し切るには十分だった。自身は、殺し損ねた騎士にトドメを刺すだけだった。

 が、どうにも試したいという好奇心が抑えきれなかった。

 ならば、ここはコイントスで決めようと思った。コインを投げた。表と決めた。

 表だった。

 だから、盗賊を殺した。斥候を殺した。その死骸を完璧なるシンメトリーになるように配置した。鏡合わせとなるように。それで条件はそろった。

 あとは発動させるだけだった。

 その発動させるものに必要な道具はいま、この男の手にあった。

 

 

◻︎

 

 

 一見、ロビーに散らかる死骸は、無法則性(ランダム)に配置されているように見える。

 だが、俯瞰し、この配置をよくよくみると、寸分の狂いもなく、シンメトリー、すなわち館の中点に関して鏡合わせになっていることがわかる。飛び散った内臓でさえ例外ではなかった。

 この完璧なるシンメトリー。自然界に存在するたしかな幾何学的配置。

 ジョン・スミスが姿を現すとすぐさま隊列を組んだ騎士団の動向をシッカリと見張りながら、彼は思わずその美しさに目を細めた。

 

「ジョン・スミスといったな」

 

 ぽつりと女性の低い声がした。目を向けると、短い黒髪の美女が、自身の得物であろう、獣のように鋭い爪をもつガントレットを構えていた。

 

「ええ、いかにも。

 どうしたのですか? ああ、断っておきますが、あっしすでに間に合っているので、ソウイウのは通じませんよ」

「……間に合っている? なんの話だ」

「あら? そういうことではないんですか? ………はあ、ならあっしのハヤトチリでした。すいません」

 

 と、ジョン・スミスは、顎を撫でて言っていると、

 

「きさま!」

 

 と、美女の前に進み出た、快活のいい男が短く咎めてきた。

 

「ですから、すいませんと言っているでしょう。

 それで、何か話したいことでも? 大隊長?」

「………っ、なら問おう。この凄惨たる現場は起こしたのか」

「ええ」

「吸血鬼はどこだ?」

「はい? そんなものはいませんが」

「いないだと? たしかにここにいた、と報告はあった」

「はあ、………なら、この館のどこかにあるじゃないですか? なにしろここはおもしろいところだ。もしかしたら、魔の王だってここに潜んでいるかもしれない」

「…………」

「それだけですか?」

「………君がなんであれ、私たちはやることは変わらない。

 人を害する存在なら、殺すまでだ」

「そうですか。大いに結構です。

 でも、さすがに多勢無勢でしょう。あっし、リンチなんて勘弁なんで」

「何を今さら───っ!」

「ですから、一度分断しませんか────」

 

 そしてジョン・スミスがポケットから無限に連なる六角形を閉じ込めた結晶を取り出した瞬間に、動き出すことができたのはベアトリスと二人の副隊長だけだった。

 結晶は燐光を放ち、時計が刻まれる音が響き出す。

 カチコチカチコチと。

 ベアトリスは、太もものベルトにしまってあった短剣を手に投擲し、副隊長は槍を投げ、もう一人の副隊長は刹那にして大階段を登り大斧を振るった。

 三つの攻撃。

 ジョン・スミスは悠然とそれらを見つめ、ゆっくりと口を開き、

 

「─────」

 

 聞き取れない言葉を吐いた。

 金属音。

 黒い何かが、ジョン・スミスの目の前に現れ、この攻撃を防いだ。

 三人が、その何かの正体を掴むまえに、それは姿を忽然と消した。

 あれは一体全体なんだったのか、そのような思考が脳内に走るが、────カチコチカチコチ、と時計が刻む音がいやに響き、脳を走らせるのを止めた。

 彼女たちは、優先順はすでに決まっていた。ベアトリスは、後ろへ下がった大斧をもつ副隊長マーロウ、槍をもつ副隊長ダンテと足を合わせた。

 ジョン・スミスが発動させる得体の知れないものを止めないといけない。

 彼女たちは、目線を合わせ、すばやく意図を伝えた。

 カチコチカチコチ。

 ベアトリスが疾走する。他の二人は、左右に散った。

 ジョン・スミスは肉薄してくる彼女を見据え、腕を振ると、その振るわれた手にはどういうわけか真っ黒な短剣が握られていた。

 衝突。火花。

 カチコチ。

 いつのまにか2階へ上がりきっていた二人の副隊長。

 挟み撃ち。

 飛び上がり、交差した刃を足場にロビーへ。

 カチコチカチコチ。

 血飛沫が飛ぶ。そのひとつがひとりの騎士の頬にかかる。

 目の前に迫る真っ黒な鋼。

 

「えっ?」

 

 それが最後の言葉だった。首が宙を跳ぶ。

 ホース状の太い血が2、細い方が2。たっぷり血を吸った絨毯へ落ちる。

 首は右へ転がった。

 胴体はふらふら揺れ、右へ倒れ込む。

 ナイフについた脂と血。横の線を描くように。

 カチ、コチ、カチ、コチ。

 さらにナイフを振るう。反対側にいた騎士へ。

 胴体はふらふら揺れ、左へ倒れ込む。

 首は左へ転がった。

 ホース状の太い血が2、細い方が2。たっぷり血を吸った絨毯へ落ちる。

 今度は遺言はなかった。首が宙を跳ぶ。

 

「ジョン・スミスッ!!」

「────」

 

 ぶつぶつと何かを。

 ジョン・スミスは顔を上げた。

 そして目前と迫り来る攻撃をみた。

 刃。接触しようとして。

 

 カチン。

 

「かくして、門はこのように開く」

 

 ─────無限性の世界と対称性の世界が開かれた。

 

 ぐにゃりと視界が歪む。

 そしてからくりは作動した。

 

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