どうせ死ぬなら、かっこよく死にたい   作:川に揺蕩う論理の箱

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六話 わたしの手をそのまま離さないで(3)

 

 ジョン・スミスの調べた本によると、この館の初代主の名は、ピーター・コッフィン伯爵というらしい。館の執務室にその肖像画を見ることができる。顔は青白く、ほおはこけている。目は細長く、わずかな論理の狂いさえ許さないと言わんばかりに神経質だ。ひげは、整えていない。そのさまは、英雄というより、学者寄りの顔であろう。そして実際そうだった。彼は、偉大なる王の忠実の配下として働いていたとされるが、ある日、彼は謀叛の嫌疑がかけられ、その忠心を証明するために、下された試練を突破する必要があった。

 それがこの山にいる怪物の討伐をひとりで行うことだった。

 その怪物は、狼の配下を引き入れ、その村周囲の芳醇な田んぼを荒らし、家畜を食わせていた。また、ときには人間自体を襲わせていた。その怪物を討伐される理由だった。

 ピーターは装備を整え、山に潜んだ。

 1ヶ月でその怪物を探し出すことができた。

 だが、その怪物は、すぐさま姿を消した。自身が持つ迷宮に逃げ込むことができたからだった。 

 美しい怪物だった。

 彼はその美しさに魅了された。薄汚れていく彼は、山でときには虫を食いながらも、その怪物について考えた。美しい模様を持つ怪物を。軽やかに消えていく怪物を。そして追跡して一週間がたつと、こういう考えが浮かんだ、────己の、手に収めたい。

 こうして彼はこの山で館をたてる許可をもらい、あの怪物を閉じ込めるために研究を邁進した。そしてできたものが迷宮で、そのために彼が研究したのがシンメトリーと無限だった。これがこの館が持つからくりであった。いまだにその怪物は、このなかを彷徨っている。配下である狼を探して。

 この山にまつわるむかしのはなしの真相がこれだった。

 

 

 

 部屋を包んだ真っ白な光は止み、ジョン・スミスは目を開ける。ジョン・スミスは周囲の状況を確認をとり、

 

「どうやら、成功のようですね」

 

 と、ひとりごとをいった。

 シンメトリー。

 ジョン・スミスがいるこの部屋は真ん中を境にして、左右に同じ物体が配置されていた。萎びれた百合の花を差した花瓶。木製の螺旋階段。次の部屋に繋がるふたつのドア前に敷かれた狼の毛皮。花と蔓が描かれたクリーム色の壁に飾られた鹿の頭蓋骨。両壁に飾られた同じ狼の絵画。

 ジョン・スミスは真っ黒な短剣を宙に放り投げた。そして回転しているナイフが自身の肩の高さまでくると、腕を伸ばし、その柄を握りしめた。

 それを数回繰り返した。

 真っ黒の短剣の先を指に軽く突き刺した。血。

 振り返った。

 彼の目の前にあるオーク材のドアと同じものがあった。奇妙なことにライオンのドアノックがあった。

 トントンと絨毯張りの床をブーツの先で叩いた。

 

「ま、ぼちぼち行きますか」

 

 ジョン・スミスは短剣を遊ぶのをやめ、逆手に持った。そしてある確信をもって、右へいくことにした。

 扉を開けると、十字路の廊下があり、その両端に鏡と像が設置されていた。像の性別は男。筋肉が浮き出た身体を惜しみなく見せつけて、恥部は、布で隠されていた。鏡を通り抜けると、そこには自身の姿が無限に増えていくのが閉じ込められていた。

 彼は曲がり角で左右を見て、同じような光景が広がっているのを確認した。人はいなかった。

 次の部屋も同様な構造をしていた。

 もはや見ることもないので、ジョン・スミスは歩き続けた。

 そしてあと十歩でドアに辿り着きそうの距離に入ったとき、ガチャリと、目の前の扉が開かれた。

 

「ああ、どうも、騎士さん。体調はいかがですか?」

 

 片手剣を持っている軽装の騎士は、驚愕の顔を浮かべ、口を開こうとする。が、

 

「────」

 

 声は出なかった。

 このとき、彼が見たのは、扉を開けると、殺人鬼が友人に挨拶をするかのように手を挙げる姿だった。その手には同胞を殺した短剣はなかった。もう片方にもなかった。

 その短剣の居どころは、目を下げるとわかった。またどうして声が出ない原因を知った。

 黒と赤。

 自身の喉元が鞘であるように短剣の刃が埋まり切っていた。その縁からは血ができていた。

 それからその短剣の柄には手が握られていた。

 自身の手ではない。

 

「…………っ!!」

 

 死。次の行動は早かった。片手剣を下から突き上げる。もう片方の手に魔力弾を生み出し、それを放出した。

 魔力を他の現象に変える時間はなかった。そのために速度にすべてを意識を向けたそれは、いつの間にか目の前にいる殺人鬼の顔へと。

 だが、ジョン・スミスのほうが早かった。握った手は、さっと横へ滑らせる。その勢いのまま、回転し、剣と魔力弾を避けた。すぐさまジョン・スミスは、短剣を走らせ、両腕の腱を断ち、内腿の大動脈を斬り、最後に心臓に突き立て、抜いた。

 血が吹き出した。騎士とジョン・スミスは目があった。騎士が生きていた世界は解体され始めている。彼の胸の内で燃え上がった憎悪がそこにあった。

 夢を見ているかのように不安定に騎士は歩き出した。その先は、もちろん殺人鬼だった。歩き方を忘れてしまったようにしっかりと。

 彼は仆れた。

 最後に見たのは、殺人鬼がたって、ナイフにこびりついた血と脂を布で拭いながら、自身の死にゆく姿をみる姿だった。声を出そうとする。空気が抜ける音だけだ。

 幼少期の寝る前に、彼の母が聴かせてくれた歌の口笛が聞こえた。それは殺人鬼の口から聞こえていた。だらんと垂れる手を伸ばした。届かなかった。

 視界は真っ黒に染まって行く。歌さえ遠くなる。そして彼が最後に聴いたのは、ドアが閉まり、歌が断絶される音に顔を血だまりへ突っ込む音が混じるものだった。

 

 

 

◻︎

 

 

  ドアから音がする。風が抜ける音ではなかった。

 妖精の宴のように楽しげに歌う口笛だった。二人組の騎士は、得物をかまえ、その口笛を歌うものが現れるのを待った。

 口笛。

 彼らは、徐々に近づくこの口笛に耳を傾けながら、会話を交わした。

 

「ずいぶん、懐かしいな」

「うん、僕もうんっと小さい頃に聞いたな」

「センチメンタルになりそうだな? ええ?」

「………そうかもね、まあ〜ここじゃなかった、だけどね」

「ああ、絶望の涙が出ちまう。

 気になってる女を誘えないなんていやだな」

「やっぱヨンってとても改革派に属していると思えないよ」

「そんなおまえこそどうなんだ、ええ? サニー」

「…………」

 

 サニーは癖毛の髪を撫でる。口笛はまだする。あともうすぐでここまで辿り着く。サニーは扉の下を凝視した。洩れ出る光に影が差してくるのを。

 

「ねえ、ヨン」

「あ?」

「あれ、どう思う?」

「どうって」

「君が思っていることさ」

 

 口笛。

 

「まあ、あの人があんなに呑気に歌うなんて相当いいことがあったんだろうな」

「たとえば?」

「そうだな、ここの宝物を見つけて、あの殺人鬼を殺したとか」

 

 口笛。

 

「………逃げる、ヨン?」

「どこに?」

「まあ、地獄の底とか」

「悪くないな」

「でしょ」

「くそったれ、やけに遅いと思って───」

 

 口笛が止んだ。扉の下の光りに影が差す。サニーとヨンは後ろへ下がった。その瞬間、片手剣が扉から突き出た。そして扉が蹴り飛ばされた。それを眺め、ヨンは言った。

 

「大外れって言ったところか、ええ?」

「ヨン、これはアドバイスだけど」

「なんだ?」

 

 きらりと煌めく銀。ランプを砕いた。部屋は薄闇に包まれる。天井に刺さる片手剣。その刃からは血が滴っていた。刃こぼれもしていた。

 

「こういうのは最後に喋ったほうが負けるもんだよ」

「なるほど。じゃあ俺たちは負けるようだな」

「残念ながらね」

「───そうとも限らないかもしれないですよ、お二人さん」

 

 再び銀の光。サニーが大剣で弾く。天井に刺さった片手剣。床に転がる短剣。2つともあの人のものだった。

 男が、扉をゆっくりと越えて、姿を見せる。返り血で染まった服。煌めく結晶を首にぶら下げていた。

 ジョン・スミスはニヤリと笑った。そして掌を天井へ向け、手招きした。

 

「こっちに来てくださいよ、あっしが出口を教えてあげますよ。

 安心してください、最後の言葉はあっしが頂きやしたので」

 

 

 

◻︎

 

 

 相手と見つめあっていた。

 これが美人だとしたらどれぐらいいいのだろう、とヨンは思った。だが、相手は平凡なの顔つきで、男だ。変わっているところは目と血だらけであることだろう。それに殺人鬼という点を考えると、面白くもない。

 その男は、左斜めへ歩き出した。絨毯張りの床なので音はない。廊下の光を背にその男は、円を描くように回り出し、ヨンとサニーはそのステップに合わせる。

 互いの様子を見極めていた。

 均衡状態。

 そしてヨンとサニーがドアの前に差し掛かった瞬間、────彼らは同時に動き出した。

 殺人鬼は、傍に置かれた花瓶を掴み、相手へ投げ出した。

 ヨンは前へ踏み出し、その花瓶を切った。

 水が飛ぶ。

 ヨンの視界がわずかに塞がり、その隙を狙って、ジョン・スミスは短剣を腕へ振るった。

 金属音。ヨンが柄で防いだ。さらに踏み出し、タックスを加える。

 ジョン・スミスは、猫のように後ろへ下がり、また横へ移動しようおと、試みると、

 

「────っと」

 

 目の前に迫る槍を首を傾けることで避け、続いて振るわれるハルバードの蓮撃の対処へ移る。

 火花。飛び散る火花と斬撃を掻い潜りながらジョン・スミスは、もう一人がどこへいるか確認していた。と、そのときにはサニーはすでに廊下へ飛び出していた。背を見せ、仲間は無事なのか確認もせず。途中足がもつれ、転がりそうになっていた。恐怖に駆られた姿。その姿を認め、ジョン・スミスは眉を上げた。

 

「へぇ」

 

 これは予想外だな、と彼は受け止めた一撃を鍔迫り合いへと持ち込んで思った。蹴りで相手から距離を取った。

 そして顎でしゃくり、開かれた扉を指した。

 

「お兄さん、あんたのお仲間逃げちゃいましたけど」

 

 答えはなかった。

 彼は返事の代わりに横へ振るわれたハルバードを防いだ。そこでヨンの瞳を見つめた。

 動揺の色はなかった。

 作戦の可能性。

 刹那にしてジョン・スミスが浮かんだ考えは当たりだった。

 ヨンとサニーの作戦は、奇襲だった。

 ヨンが囮役を担い、サニーは逃げたと思わせて、奇襲するためのポイントへ移る。

 ポイントは、ジョン・スミスが現れた立ち位置から決めていた。それはサニーとヨンの初期配置であった処、その後ろの扉だった。

 あとは合図が来るのを待つだけだった、────と、ジョン・スミスはその作戦をある程度読んでいた。

 そのため、ジョン・スミスは戦いながらもドアの傍まで下がることはなかった。

 

「シッ」

 

 鋭い突きを彼は避ける。そして反撃の一閃。

 ヨンは後ろへ下がったが、腕に傷がついていることに気づいた。腕に血が流れているのを感じる。鎧が紙のように切り裂かれいた。鳥肌が立つ。鎧がなかったら、後ろへ避けなかったら、どうなっていたのか。

 ヨンはその想像を振り切るために、大ぶりの一撃を相手に振るった。

 が、

 

「焦りましたね?」

 

 その一撃は相手が懐へ飛ばれることで空振りをし、ドアを切り裂くことになった。

 

「これで、ひとつしかない」

 

 読まれていることに舌打ちをした。そして突きを避けようと、横へステップしようとするが、───足がもつれた。突きはフェイクだといまさら気づいた。

 

「くそっ」

 

 次の瞬間、ヨンは天井を見ることになり、ジョン・スミスが踵落としをするために足の裏が天井を向くほど脚を上げているのを見た。

 ヨンは、すぐに横へ転がり、その勢いを利用して起き上がった。すると、ついさっきまでいた処はヒビが入り、砕けるのを見た。

 黒の鋼。避ける。そして─────。

 銀の光が走った。

 

「!?」

 

 太ももを斬られた。慌てて距離を取り、相手を見据えると、殺人鬼の両手に短剣が握られていると気づいた。あのとき、地面を砕く際に飛んだ短剣を掴んだのだろう。

 ヨンは地面に唾を吐いた。

 

「曲芸がずいぶん得意みたいだな」

「ええ、あっしも昔はサーカス団だったんですよ?」

「戯言を」

「まさか、あっしこれでも───」

 

 轟音がした。それは例の場所から。

 ジョン・スミスは笑った。

 

「ずいぶんわかりやすい合図ですね。穴だらけで作戦とも言えないシロモノだ」

「───いや、成功だよ」

 

 ジョン・スミスはその返答に奇妙さを覚えたが、その意味をすぐ知ることになった。

 背後からの殺意。

 振り返る。

 

「─────」

 

 ────背後と正面からの刃。

 

 作戦の全貌はこうして明かされた。彼らが決めたポイント、それはブラフで、本当にサニーがいたのは、ヨンが破壊したドアだった。相手の意識外を外してからの奇襲。

 ヨンとサニー、グレゴールが得意とする戦法だった。そしてそれは成功した。

 彼らは勝ちを確信した。

 

「死ね」

 

 だが、ジョン・スミスはそれが体に接触しようとするまで見つめ、

 

「────ブギーマン」

 

 

 しゅるる、と唸る声がした。

 

 

 

 

 

 

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