「すこし、話しをしましょうか」
全てが元通りとなった部屋の灯りの真下、ジョン・スミスは、黒い椅子に座った。血がこびりついた短剣を片手に、胸ポケットへ先端を出して、しまっていたハンカチを取り出した。そのハンカチの大部分は血を吸って蘇芳色となっていたが、頬に飛び散った血を、まだ汚れていない端の処で拭った。
そしてもう汚れていない部分がなくなったハンカチをたたんで、元の位置へ戻すと、致命傷を負ったヨンとサニーの返事を、床に落ちている自身の影を眺めながら、待った。
ヨンとサニーとの距離は10歩以上はあった。彼らは横わって、
返事は返ってこないことを、彼は肯定とみなした。片足を太ももの上に乗せて、口を開いた。影は同時に同じ動きをする。
「別に話さなくてもいいんですよね。
あっしは、今から立ち上がって、苦しんでいるあなたたちを殺して、この部屋を去ってもいい。
それともあっしはこうやって座ったまま、黙ってあなたたちが死にゆく姿をみてもいい。まあ、待ってあと、十分でしょう。
どうせ、あなたたちはどうにか、死を受けていないように、睡魔に耐えているところなので、あっしの話はまともに聞こえないはずですからね。
なら、なぜしゃべっているのか。まあ、それは冥土の土産というやつですね。ブギーマンを呼び出さないと死ぬところまで追い詰めた、あなたたちへの褒美というわけです。
正直言って、あなたたちを、いや騎士団を侮っていました────」
そこで、ジョン・スミスは言葉を区切り、肩についた切り傷を撫でた。燕尾服は血を吸って、傷にへばりついていた。押すたびに血が滲み出ていた。
「覚えてますか? あなたがあっしの肩に傷をつけた瞬間を。それが初の傷です。
ひさしぶりの傷です。誇ってもいいと思います。あっし、そこそこ強いと自負しているのですから、あなたたちはすごいですよ。
で、褒美というのは、あなたたちが浮かんでいるであろう疑問を答えてあげるというやつです。どうですか、土産としては申し分ないでしょう」
彼は、ヨンとサニーの反応を伺った。
サニーは、体を横に倒し、腕の力で無理やり起きあがろうとしていた。それは半分まで起き上がったが、そこで力が抜け、床に倒れ伏すことになった。
ヨンは、天井から視線を移し、ジョン・スミスを黙って睨んだ。ジョン・スミスにあった飄々とした顔は抜け落ち、仮面のような表情がそこにあっただけだった。
ジョン・スミスは指を三本立て、説明をしようとした。
だが、彼は開けた口を半ばのところで止め、閉じた。そして何かを聴き、立てた指を下ろすと、部屋の隅へ視線をむけた。
「ええ、ええ。わかってますよ。ですから、あとでその話は聞きます。
………わかってください、そんなにポンポンと出したら、手の内がバレるじゃないですか。知っているでしょう、情報戦の重要性を。
……まあ、そうですね、一理あります。でも、言ったでしょう。あっしは、いま、───はあ、わたしは、いま、彼らと話し合っていると。すこし待っててください、事が済んだら、いくらでも聞きますから。───わかりましたか? いえ? それはまたどう───」
「…………?」
ヨンは、突然奇行の意味がわからなかった。気狂いといえたら、簡単であったが、どこもそのような兆候はなく、むしろ彼は自身らが見えない何かと対話を重ねているように思える。
いったい何と対話しているのか、ヨンは考えた末に、たったひとつだけその候補が浮かんだが、それを口にする体力がなかった。ゆっくりと身体を動かし、彼にとって遠くに飛ばされたハルバードへと向かっていった。
浮かぶ考えは、色々とあった。一瞬にして、逆転したことへの困惑。ブギーマンと呼ばれる存在の能力についての疑問。壊れたものが再生されたことへのひとつの考え。
だが、もはやそんなことは意味はない。彼ができるのは悪あがきだった。
視界がチカチカと点滅しながら、這い進み、やがてそのハルバードが、あとは手を伸ばすところへとついたとき、ジョン・スミスは何かとの対話を終えていた。
ハルバードを拾われた。
「あ」
「まったく、楽なもんじゃないですよ」
ハルバードを片手で持ち、素振りをした。そしてジョン・スミスはヨンを見下ろした。数秒だけヨンと見つめ合ったが、目をそらし、横へ視線をやった。それはサニーが立ち上がっていたからだった。
サニーは、すべての気力を払って立ち上がって、ジョン・スミスを見据えていた。片手を壁に当てて、今にも倒れそうな身体を支えていた。まだそのような力があることにジョン・スミスは感心したが、すぐにヨンを殺すために、ハルバードを振り上げた。
「すいませんね、時間はもうないです。これ以上、時間かけてもしょうがない。なので、褒美はないです」
「…………まっ」
静止の言葉をいう暇は、なかった。ハルバードは下ろされる。そしてヨンの首は切断されそうと刃が迫った。
が。
「そうはさせんぞ」
その言葉とともに防がれた。火花が散り、それは各々の足元へ落ちた。一方はジョン・スミスへ、もう一方はマーロウ副隊長へ。
交差した刃は、大斧とハルバード。それを認識したときには両方は動き出していた。
ジョン・スミスはハルバードをかち上げた。
マーロウはそれに身を任せる。
どちらの得物も空を向いた。そして、───乱撃がはじまった。互いの攻撃は完璧に防がれ、互いの防御は完璧に崩される。打ち合わせるたびに散る火花は、灯りがついた部屋でも鮮明にみえる。
ジョン・スミスの防御。そこから繋ぎ目なく繋がる攻撃。
マーロウのステップ、分厚い鎧に攻撃をすり合わせ、そこが切り裂かそうとなった瞬間、相手の攻撃は弾ける。
「あら?」
ジョン・スミスは眉を上げ、大斧の横への一閃を後ろへ下がって避けた。今の技の正体を探ろうと、今度も同じように攻撃を見せたが、マーロウは今度はその攻撃と打ち合わせてきた。それからジョン・スミスの攻撃はたびたび弾かれ、そのカウンターを防ぐことがあった。
五度、弾かれるとその正体を見破った。
ジョン・スミスは縦の斬撃を見せた。またマーロウはステップで鎧と擦り合おうようにして、引き裂かれる瞬間、攻撃を弾こうと。その攻撃はワンテンポ遅かった。鳥肌。
「────!」
すぐさま後ろへ下がった。そして片腕をみると、鎧にヒビが入っていた。マーロウはうなり、ジョン・スミスがハルバードを回しながら、ゆっくりと近づいてくるのを睨んだ。
「きさま、見破ったなっ!」
「簡単でしたよ」
再び始まった乱撃は勢いを増した。だが、ジョン・スミスはその攻撃たちを防ぎ、『鎧でのパリィ』を見せなくなったマーロウへ、ハルバードの柄を握っていた手を、横へ振る勢いとともに、石突まで下げていき、距離感を狂わせようと、───やめた。ハルバードを手放した。ハルバードが投げられ、扉に突き刺さるさまを見ることもなく、口を開き、
「ブギーマン」
その言葉を言うと同時に、鐘がなったかのような金属音が響いた。銃弾が床に転がる。続いて、また銃声が響く。等間隔に響くその銃声を防ぎながら、彼は見回すと、その射撃手を開かれたドアにしゃがんで撃っているのを認めた。それはグレゴールだった。彼は打ち切った薬莢を排斥すると、すぐさま銃弾を淀みない動作で入れ、コッキングし、射撃を行っていた。
────いた。
ジョン・スミスは笑った。
「ブギーマン、あいつを殺せ」
しゅるる、という返事が聞こえ、銃弾をすべてを弾いていた黒い影が、狼となって襲いかかってきた。ジョン・スミスは腕を振り、黒の短剣を取り出し、マーロウがいた処へ振ったが、空ぶるだけだった。すぐに横へ視線をやると、マーロウはヨンとサニーを抱え、グレゴールのところまで下がっていた。
狼はグレゴールへ爪を振った。だが、抜刀。金属音が響き、グレゴールとブギーマンは打ち合うことになったが、すぐに狼は変化した。今度は巨大なアギトとなり、彼を噛み砕こうと、口を開いていた。
それをジョン・スミスは見つめながら、近づいていると、横からダンテ副隊長が、槍を突き出していた。それはジョン・スミスが首に飾っていた結晶だった。
ジョン・スミスは驚愕の顔を浮かべた。彼はローリングし、距離をとった。顔をあげる。そして敵らが全員にこの部屋から逃げようとしている姿と、彼の元へ駆け寄るブギーマンを見た。
そのわけを視線を巡らして探す。
見つける。
ピンが抜かれた爆弾。
「────」
ブギーマンは彼を覆った。
一瞬、音が消えた。
光と爆風と衝撃が部屋を襲った。
◻︎
グレゴールたちは、ダンテの先導を従って走っていた。
無限とつづくと思わせるような廊下と、対称性の部屋を、何度も通り抜けた。そしてその扉が自動で閉まる音を聞きながら、グレゴールは口を開いた。
「ダンテ副隊長、どこまで!」
「できるだけ遠くだよ、バカが! あんな化け物、ベアトリスがいないと話にならん!」
「つまり、あの部屋に行くんですねっ!!」
「違う。あいつを巻いてからだっ!!」
マーロウが口を挟む。
「おい、あいつは死んだのじゃないのか! 爆弾を喰らって生きている人間なぞわしは見たことないぞ!」
「────屈め!!」
その言葉の返事のように、空気を裂く音がし、しゃがんだマーロウの頭上をすぎ、傍の鏡を打ち砕いた。
黒い矢。
「どうやら、あいつは人間じゃないみたいじゃの? ええ?」
「黙れ! マーロウ、自分のタンでも味わいたいのか!」
また空気を裂く音がした。彼らは自身の得物を仕舞って、何度も右へ、左へ曲がった。だが、その追跡を逃げることはできない。ダンテは部屋で止まった。そして槍を構え、迫る黒い矢を落とした。殺人鬼が、あの謎の怪物を変形させながら、迫っていた。グレゴールは振り返り、そのわけを問う。
「俺が引きつける」
「でも────」
「いくぞ! 小僧。目的の場所へいくぞ」
グレゴールは、舌打ちをし、走り出した。ヨンとサニーは気絶していてマーロウの両肩に担がれていて、血が鎧へ流れている。その姿を見て、グレゴールは彼らの死を思い浮かべた。だが、グレゴールはかぶりを振り、マーロウが示す扉を開けた。
相変わらずの部屋が広がり、誰もいない。
打ち合いの音がした。
今度はまっすぐだ、とマーロウは叫んだ。彼らの顔には汗が吹き出していて、何粒かの汗が目に入り、迷宮の部屋をおぼろげに見せた。また脚をあげるたび、重さが増していった。太ももが痙攣した。グレゴールは、その太ももを叩き、走った。
そしてこれまで撹乱のために出鱈目に疾走していたルートが直ったときにもう一度振り返った。そこには扉がこの迷宮の性質に従って閉まっていくだけで、殺人鬼の姿もダンテ副隊長の姿も見えなかった。耳を傾けても戦闘の音はなかった。
静寂だけがあった。
彼らは小走りになった。無言だった。
その沈黙があらゆる考えを想起させていた。
サニーが、ヨン、と生きている証を示し、呟くときがあったが、それは夢を見ていたからだった。グレゴールはマーロウに生きているか、と聞いたが、彼は頷くこともなく、横へ振ることもなかった。ただ、絶対死なせはしない、とだけ言っていた。
半刻がたった。
「マーロウ副隊長、よくぞ、ご無事で」
「わしへの心配はいい。こいつらの治療を今すぐしろ」
「はっ」
「ベアトリスはどこじゃ」
「ここだ」
「話すことがある、ダンテについてだ」
「………聞こう」
目的の部屋についたグレゴールは、ヨンとサニーが、この部屋にいた生き残りに応急処置を受けているところを横目に、ずるずると壁へ寄りかかり、尻を地面の上へ下ろした。そして掌を見つめると、震えていることに気づいた。
荒い息を整えようとしたが、うまくいかなかった。グレゴールは装備していた武器を外し、地面に下ろし、剣だけを腰に巻きつけた。と、また目を汗が入ったので、彼は腕で汗を拭った。
その両手を顔で覆うと、騎士たちが、傷の具合を確かめ、どういう処置をすべきかを話し合っている声が明瞭と聞こえ、マーロウとベアトリスの話し合う声が聞こえた。
それが嫌だった。グレゴールは手を下ろした。
目を閉じた。
叫び声が聞こえた。痛みの声だった。それはヨンの声だと知ると、グレゴールは安心した。
肩を叩かれ、顔を上げると、騎士が彼に煙草を勧めてきた。その騎士は、探知系の魔術を得意としていた。本来は館に入ったときに、吸血鬼を探すために選ばれていた。それが、この迷宮では役に立った。グレゴールは頷き、受け取ると、騎士は火をつけてくれた。煙が浮かぶ先端をみつめ、深く吸った。そして紫煙を吐いた。
その先には、ヨンとサニーを治療受けていた。ここから見えるのは足だけで、ときどきびくりと震えるのが見えた。煙草が勧めた騎士によると、シスターほどではないが、回復魔法を使えるやつがいるらしいが、それは問題を解決することにはならなかった。血の匂いがここからでもする。
もう一度吸った。
あんまりうまくなかった。煙草の火を消し、それを二つに折り、握りしめた。
目をまた閉じた。
ああ、頼む、ヨン、サニー、とグレゴールは心のうちで何度をその言葉をつぶやいた。
「なんで、俺じゃないんだ」
あけましておめでとうございます