ぼくのかんがえたさいきょうのあいどる   作:モモジャン箱推し

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今回はみのりちゃんの正気度がだいぶ高め




 

 オレンジに染まる空の下を紡くんと並びながら見慣れた道を歩いていた。

 

 

『それでね、最近は────』

 

 

 口が勝手に言葉を吐き出していく。手も足も意識とは関係なく勝手に前へと進んでいく。

 そっか…これは、夢なんだ。紡くんとわたしの立ち位置、話した内容、歩いた道。どれも忘れるはずがない……わたしが紡くんの脚を奪った日の光景。

 

 おしゃべりをしながら横断歩道の信号が青になるのを待っていたら、足元を子猫が通り抜けた。

 

 

『危ない!』

 

 

 ダメだと分かっていても夢の中の身体は言うことを聞いてくれなかった。道路に飛び出して子猫を抱きかかえ、戻ろうとしたときにはすぐそばにトラックが来ていた。

 

 

『っ!』

 

 

 もうどうしようもないことを悟って目を瞑った瞬間に、襟を引っ張って歩道のある方に引き戻される感覚に襲われた。突然のことに驚いて目を開けると、視界に映ったのはついさっきまでわたしがいた場所に立って安心したような顔で微笑む紡くんだった。

 

 

『………みの、り……』

 

 

 ─────気付いたときには、血まみれの紡くんがアスファルトの上に倒れてた。鼻につく血の臭いとアスファルトを伝って広がった血で膝が濡れていく感覚は実際に体験したものと全く同じ。

 

 

『……許さない』

 

 

 唯一現実と違ったのは、立ち上がろうとしたのに脚が動かせず地面に倒れた紡くんがそう言い残して、ものを言わない塊になっていたことだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ、はっ……っ!」

 

 

 ベッドから身体を起こして、どくどくんとうるさい心臓にパジャマの上から手を当てながら荒くなっていた呼吸のリズムを整える。

 

 

「夢、だよね?」

 

 

 呼吸が落ち着いてきたところで確認のために周りを見渡せば、紡くんと暮らしてるマンションの一部屋……うん、いつも通り。となれば、あとはなにをするかは決まってる。

 

 廊下を少しだけ歩いた先にある部屋の扉を音を立てないように気を付けながら開けてみれば、部屋の隅に置かれたベッドの上で穏やかな寝息を立てて眠る紡くんがいた。

 

 

「…よかった」

 

 

 電気をつけて起こしちゃうわけにもいかないから、真っ暗で顔も姿も見えない。だけど、『紡くんがそこにいる』という事実だけがさっきの光景が夢だったと確信させてくれた。

 

 

「隣、入ってもいい?」

 

 

 本当はシャワーを浴びたり寝汗を吸ったパジャマを着替えたりした方がいいのかもしれないけど、今はそんなことよりも紡くんの温もりを感じたかった。

 

 

「………ぅん」

 

 

 瞼を開けないでぽやぽやとした声でそういった紡くんは、寝返りを打ってベッドの半分を開けてくれた。起きたけど寝ぼけてるだけなのか、そもそも起きてなくて無意識で反応しただけなのかは分からない。でも、事実として紡くんの横は空いた。

 そっと紡くんの左隣に入って体を寄せる。紡くんの体温と鼓動を感じると、ちゃんと生きててくれていることを実感できてなんだか心地よかった。

 

 

 

 

 あんな夢を見た原因は分かってる。

 

 紡くんは優しいから、わたしが今以上に酷いところを見せたらきっと余計に自分のせいだって思っちゃう。そう考えて、できる限り抑えてた濁った感情が紡くんに想いを伝えたことで決壊した。

 

 夢を奪われた人に奪った張本人が『愛してるよ』だなんて、おこがましいにも程がある。罪悪感だけじゃなくて紡くんがいなくなることへの恐怖とか…どうしても隠せない種類の感情もあったけど、できる限り見せないようにしてきたものたちに今までの人生で一番大きな自己嫌悪が加わって夢になって現れた。それも、よりにもよって紡くんの形で。

 

 

「『許さない』」

 

 

 夢の中の紡くんが言っていたことを口に出して反芻してみる。

 紡くんから殺されるほどに憎まれていたって文句は言えない立場にいることは理解してるつもりではある…けど………憎まれててもいい、殺されたっていい。どんな感情から来る視線でもいいから、ただわたしだけを見ていてほしいとも思ってしまう。

 

 

「いやになっちゃうなぁ」

 

 

 漏れた言葉はなにか一つに対してじゃない。紡くんの夢を奪ったこと、紡くんを縛ってしまったこと…挙げ始めればキリがない。なによりも、そんな状況に置かれても紡くんを求めてるわたし自身に向けたもの。

 

 

「……………おやすみなさい」

 

 

 そんなどうしようもない感情を浮かべたまま紡くんの身体にそっと腕を回して瞼を下ろした。

 

 

 

 

 

▲▼

 

 

 

 

 鼻をくすぐる甘い香りと温かくて柔らかいなにかに拘束されているような感覚にほんのちょっとの違和感を覚えて、いつもよりもだいぶ早く目が覚めた。瞼越しに感じる明るさ的にまだ日が昇る前のはず。

 

 いつもとは違うなにかがあるのは分かってはいるのだが、今すぐに目を開けて確認するということはしたくない。元々朝練をしていたり二人分の朝食と弁当を作るためにで早起き自体には慣れているが、二日連続で日が昇る前に起きるとなるとさすがに少しだけきつい。

 記憶が正しければ、今日は土曜だから俺もみのりも学校はないし、みのりの仕事も十一時から。みのりのダンスのレッスンも午後からだったので午前中は二人揃ってほとんどなにもなかったはず。できればこのまま二度寝を決め込みたいところなのだが。

 

 ……とりあえず時間の確認だけはしておこうと思って枕元に置いておいたスマホを取ろうと目を開けたら…

 

 

「?……!?」

 

 

 目と鼻の先には穏やかな顔をしているみのりがいた。思いっきり大声を出しそうになってしまったが、寝ているみのりを前にそれは悪いと思ってギリギリで声を押し留めた。

 なんにせよ、今はこの状況をなんとかするのが先決だ。さっきまでは人肌くらいに温かい抱き枕だと思っていたものが、密着してるみのりの体温とか体の柔らかさとかだって気付いたら色々と限界が近い。ただでさえ、昨日の夜に『愛してるよ』なんて耳元で囁かれた余韻が残ってるのにこの状況は残った理性に追い討ちをかけてきてるとしか思えない。

 

 みのりを起こさないように気を付けながら身を捩り、なんとか腕の拘束から脱出してベッドから降りようとしたら、今度は服の裾を思いっきり掴まれた。

 

 

「みのり?」

「…そば、に………いて…」

 

 

 起きたのかとも思ったが様子を見た限りそうでもないし、今さっきの言葉も寝言だ。さっきは慌てていたせいで気付けなかったけど、よく見ればみのりの目元には薄らと涙の跡が残ってた。

 

 

「悪い夢でも見てたのかな…」

 

 

 …まあ、いいさ。どうせ時間はたっぷりある。みのりが起きるまではこうしていよう。

 

 

 

 

 

 

 結局、みのりが起きたのは俺が起きてから二時間近くが経ってからだった。それに、起きたばかりのみのりはなんだか子供のようで、二人っきりでいるときのいつも通りの様子に戻ったのは、起きてから一時間くらいが経ってからだった。

 ある程度は元の調子に戻り、肩よりも少し長めの髪を後ろで一つに結び、キャップを被りメガネとマスクを身につけて変装を済ませたみのりを玄関まで見送る。

 

 

「あとで買い物行ってくるけど夜に食べたいものとかある?」

「サーモン!」

「……」

 

 

 一昨日食べたばかりだろ、と言いたくなる気持ちをグッとこらえる。作ってる側としても、毎度あれだけ美味しそうに食べてくれるのなら悪い感情は抱かない。

 …とはいえ、一昨日は和風だったから今日も鮭を使うなら洋風にしたいところ。最近食べてない洋風の鮭料理だと……

 

 

「今日の夕飯、クリーム煮な」

「うん!ありがとう、紡くん!!」

 

 

 今朝の悪い夢を見たときのショックも大きかったっぽいし、それが俺なんかの作る食事で癒えるならむしろ喜ぶべきなのだろう。

 

 

 

 

 

▲▼

 

 

 

 

 

 作ったキャラではなく、あるがままの等身大の女の子としての受け答えを求められたことに羨んだ。

 ステージを降りていても常にアイドルとしての姿がチラつくことに憧れた。

 …なによりも、希望だけでなく夢も届けるアイドルとして過去類を見ないほどに燦然と輝くその姿はとても綺麗なものだった。

 

 

 Cheerful*Daysの日野森雫も、QTの桃井愛莉も、ASRUNの桐谷遥も…彗星の如くアイドル業界に現れて人気を獲得していった『花里みのり』にはとてつもない才能があると思っていた。

 

 だが、違った。共演するだけでは気付かなかったが、『MORE MORE JUMP!』の一員として実際に言葉を交わし隣に立つことで、みのり自身に歌唱力やダンスに突出した才能があるわけではないということが分かった。だというのにアイドルとして必要な能力はどれをとっても超一流。今の境地に至るまでに、血を吐くような努力をどれだけ重ねてきたのだろうか。

 

 

「みのりちゃん、一旦休憩にしましょう?」

「……」

「みのりちゃん?」

「…雫、代わって。…みのり!」

「……」

「みーのーり!!」

「ふぇっ!?な、なに!?」

「休憩だよ。みのりってば、ずっと集中してて雫の声も聞こえてなかったみたいだし…愛莉が止めなかったらこのまま一日中踊り続けてたんじゃない?」

 

 

 遥たちとて、日々のレッスンで手を抜いたことはないがみのりのそれは明らかに熱量が違う。

 通常のレッスンではいつもより真剣な表情を見せる程度だが、一度だけみのりの自主練を三人で陰から覗き見したことがあった。そのときのみのりが見せた鬼気迫る表情は、まるでみのりが自身に『自分にはこれしか許されていない』とでも言い聞かせているようだった。

 ただ、みのりがその表情を見せたのは一瞬だったし、その日以降の自主練は覗いていないため三人とも気のせいかとも思っていた。……しかし、あの日のみのりの表情が決して錯覚ではなかったことが、今日この場で『MORE MORE JUMP!』の三人にとって共通の認識となった。

 

 

「ご、ごめん…気付いてなかったみたい」

 

 

 『花里みのりのライブではどこにいても必ず目が合う』

 

 ネット上で使われたものが広まった、みのりの人並外れた視野の広さを端的に示す表現。かつては一笑に付されていたが、今となっては界隈内だけでなく界隈の外でも現代最高のアイドルと名高いみのりを示す言葉として知られている。

 遥たち三人は、実際にみのりと多くの時間を共にすることで、その視野の広さが広義のアイドルとして活動するときだけでなく学校にいるときやレッスン中にも使われていることに薄らとだが勘づいていた。つまるところ、花里みのりという存在は常に自分がどう見られるかを捉えて偶像(アイドル)を演じているのだ……誰に求められるでもなく、自ら進んで。

 

 

 なぜ、そんなことをしているのかは分からないし、本人に聞いたところで答えてくれるはずもない。確かなことは、レッスン中であろうと学校にいるときであろうと今この瞬間であろうと、みのりはアイドルであることをやめようとしていないことだけ。

 

 

 みのりとの関係が浅い人物ならば気付くことはないだろう。しかし、芸能界に身を置くことで一般人よりも感情の機微に聡くなっていた上に一度アイドルではない花里みのりを見てしまった三人だからこそ、現在のみのりの表情の中に『アイドルの花里みのり』ではないものがあることに気付いてしまった。

 そして、気付いてしまったからこそ、より一段深いところ…つまり、『アイドルの花里みのりではないもの』こそ、自分たちにすら見せたことのない素の花里みのりであると理解した。

 

 

「みのり、なにかあった?」

 

 

 できることならなにがあったのか教えて欲しい。みのりとは仲間だという自負があるし、なによりも自分たちが困っているときに手を差し伸べられて救われたからこそ、みのりが困っていることがあれば力になりたいというのが三人の本音。

 

 

「ううん、なんでもないよ?」

 

 

 その言葉を発した瞬間、そこに立っていた存在は不完全な女の子から、天使のように綺麗な()()()()()花里みのりになった。他人に心配をかけまいと振る舞う優しくて健気な少女の皮を被った、これ以上は踏み込まれることを拒んだ明確な拒絶の意思。

 

 

「わたし、ちょっとお手洗いに行ってくるね。休憩終わるまでには戻るから」

「…そっか………いってらっしゃい」

 

 

 パタパタとレッスンルームから出ていったみのりの背中を眺めながら、三人はため息を吐いた。

 

 

「「「はぁ……」」」

「ダメだったわね」

「今回はいけると思ったんだけど…」

「でも、諦めるなんてありえない。そうでしょ?雫、愛莉」

 

 

 そもそも、みのりがアイドルに異常と言ってもおかしくないほど固執する理由がわからない。アイドルを目指すきっかけこそ聞いたが、そのきっかけだけを原動力に、普通ならとっくにやめている狂気じみた量の努力ができるとは到底思えなかった。

 アイドルとしての花里みのりの奥に潜む、素の花里みのりを見つけるためにはまずそこから紐解いていく必要があると三人は結論付けた。

 

 

 ……そして、みのりに気を取られていたからこそ、

 

 

『みんな、気付いてー!』

 

 

 レッスンルームの端に置かれたスマホから声が聞こえていることに気付く者はいなかった。

 




みのりちゃんの夢はトラウマと罪悪感やらなんやらがぐちゃぐちゃになって出てきた感じです。

紡くんはみのりちゃんを助けたこと自体は後悔してません。たぶん何回同じ状況になっても同じ選択します。夢を追えなくなったのにはダメージを受けてたけどそれはそれ、これはこれとして切り離して考えてます。そもそも命張って助けるくらいには好きだった女の子にそんな言葉ぶつけられるほどメンタル強くないです。
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