ぼくのかんがえたさいきょうのあいどる 作:モモジャン箱推し
時は『MORE MORE JUMP!』のレッスン中にミクが必死のアピールをするときから少しだけ遡る。
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みのりが仕事に向かったすぐあとに買い物を済ませて、暇な時間を潰そうかと思ってスマホを構っていたら、『
「そっか…来たんだ。初めましてだね。椎名紡くん」
「……初音、ミク…?」
「そうだよ。気軽にミクって呼んで」
ダウンロードした覚えはなかったけどなんかの拍子に入れてしまったのかと思って再生してみれば、目を閉じてしまうほどに眩しい光に包まれて……気付いたときには、浅葱色の髪をツインテールにしたよく知っている少女がいた。
バーチャルシンガー『初音ミク』。
それが、目の前に立つ少女の名前だ。知らない人を探す方が難しい電子の謡精。服装は俺が知っているものよりもアイドルチックなものになっているけど、顔や特徴的なツインテールは変わっていない。…声には独特な機械っぽさが残ってるけど、ホログラムとかそういった類のものではないように見えた。
「………ここは?」
『どうして初音ミクがいて人みたいに喋ってるのか』とか『あのUntitledとかいう曲は?』とか色々な疑問があったが、真っ先に口をついて出てきたのはその言葉だった。
一面に広がる緑。懐かしさすら感じる芝の香り。日光を供給するために開かれた屋根。舗装されたアスファルトやコンクリートとは違ってほんの僅かに沈む足場。
目を閉じていたってどんな場所にいるかわかる。細かい内装は俺の知っているどれとも一致はしないけど、間違えるはずがない。
つまるところ、俺はついさっきまで家にいたはずなのに全く別の場所…それもどこかのスタジアムに立っていた。
「ここは『セカイ』。誰かの想いからできる場所。そして、本当の想いを見つけたときに歌に変わる場所でもあるんだ」
「………」
「そしてここはみのりちゃんの想いでできたセカイだよ」
状況の整理が追いつかないけど…もうとにかく『そういうことだ』と無理やり飲み込むことにした。そうでもしないとやっていられない。
それにしても─────ここがみのりの想いからできた?でも、この光景はどっちかというと…
「俺の想いじゃなくて?」
「それはきっと…わたしが説明するよりも実際に見た方が早いと思うよ。さっ、一緒に進んでみよう」
ミクに手を引かれるままに中央へと向かい、タッチラインを踏み越えた瞬間、不思議な感覚と共に俺の踏んだ場所を中心に景色が切り替わっていく。
頭の中でゴールまでの道筋を描き、それを実現させるために元からできていたパズルをバラバラにしてピースを繋ぎ直していく…まさに、自分の脚を中心に
「……ああ、そういうことか」
数秒の後。変化が収まったときには、芝の上に敷かれた保護材の上に音響設備やステージが設営された、いわゆるスタジアムライブの会場が広がっていた。そして、切り替わった景色を見たときになぜみのりの想いからできた場所にスタジアムがあったのか合点がいって思わず声が漏れてしまった。
「セカイは想いの持ち主の影響を受けるからね………紡くんにとっては辛いことかもしれないけど…今のみのりちゃんが君の夢を壊した意識の上に成り立っていることは知ってるよね?」
俺の考えをなぞるように、申し訳なさそうな顔をしたミクが言葉を続けていく。
『みのりの中には今も罪悪感と俺の言葉が残り続け、それがみのりを突き動かしている』
分かっていたこととはいえ、自分がしてしまったことの大きさを改めて突き付けられて胸の内が痛んだ。
「みのりちゃんの想いは、形だけは似てるから他の皆も入れるんだけど忙しくてなかなか気付いてもらえなくて…」
「………待った。他にも気になることは何個かあるけど…とりあえずこれだけ聞かせてくれ。皆ってことはみのりと俺以外にもここに来れる人がいるのか?」
「『MORE MORE JUMP!』の三人だよ。…まあ、セカイの主導権はみのりちゃんにあるから頼まれれば三人が入れないようにもできるんだけどね」
平然とした様子で、ミクは言い放った。
……それなら、一番最初にここに来たのが俺だったのはある意味ラッキーだったのかもしれない。スタジアムだけなら怪しまれただろうが、ステージがあるなら問題もないはず。
完璧なアイドルじゃないってバレたことをみのりが知ったら、周りがどう思うかに関係なく耐え難いものになるはずだから…。いくら彼女たちがみのりの仲間とはいえ、まだ素のみのりを知るには早すぎる。せめて、みのり側の準備がもう少し整うか…昔のメンタルの強さの一端でも取り戻してからにしなければ。
「話が逸れちゃったね。ここはみのりちゃんの想いでできた場所っていうことは分かったかな?」
「…ああ、とりあえずは大丈夫。続きを聞かせてくれ」
ほんの少しだけ頭の中で状況を整理して、余裕ができてからミクに続きを促す。
「それじゃあ、次。もう分かってると思うけど君の言葉次第でみのりちゃんは簡単に変わっちゃう。必要とあらばそれまで培ってきたものも簡単に捨てちゃえると思う」
「…分かってる」
「そうなれば当然、セカイも形を変えるし、ここに来れるのもみのりちゃんとみのりちゃんの想いの原点にいる紡くんの二人だけになる。もしかしたら、セカイそのものが消えるなんてことになるかもしれない……けど、それは心に深い傷をつけることだから…わたしとしてはあまりやってほしくないかな。だからこうして君に話しているわけだし」
…別に、俺だっていたずらにみのりを傷付けたいと思っているわけではない。意図せずに深い傷を残してしまったわけだが、二度とそんなことがないようにと決めている。
「ある意味、ここはみのりちゃん一人のセカイっていうよりも二人の夢と想いでできてお互いに影響を与えあってる『みのりちゃんと紡くんのセカイ』って言った方が正しいのかもね」
「……それ、わざと言ってるのか?」
聞いているだけならとてもロマンチックな響きだが、その実はお互いにつけてしまった取り返しのつかない傷がここまで尾を引いてしまっているだけ。それを分かっていながら言っているあたり、このミクはいい性格をしているのかもしれない。
「はぁ…もういい、帰る」
「いいの?他の誰かが来るのかもしれないのに?」
「それこそ俺が出張る問題じゃないだろ」
みのりや俺と直接関わりのある人…家族とかなら俺でも誤魔化せるが、ここに来れるのはみのりと関わりはあっても俺とは面識のない人間だけ。
みのりはプロの俳優顔負けの演技力を持っているから彼女らを相手にしても上手く騙すのだろうけど、生憎と俺にはそんなものはないのでどこでボロを出してしまうか分からない。ミクは…みのりの想いから生まれたこの場所にいる以上、無意味に傷付けるような真似はしないだろうし、みのりの味方だと考えていいだろう。
俺がいたらかえってみのりたちの負担を増やすだけ。さっさとここから出ていった方がいい。
「このセカイができてから来た人はみのりちゃんを除けば君が初めてだし数年越しにステージができたんだけど…ライブでも見ていかない?」
「やめとく…その間に他の誰かが来て見られたらめんどくさくなりそうだし」
「………そっか。『Untitled』の再生を止めれば帰れるよ。またね」
少しだけ悲しそうな顔をしたミクに申し訳なさを感じつつも、スマホを取り出して『Untitled』の再生を停止した。
再び光に包まれて戻った先は、元いたマンションの一室。怒涛の展開に疲れてしまったのか少しだけ倦怠感を訴える身体をソファに投げ出して、つい先程までの出来事を思い出す。
「…まあ、俺のやることはいつもと変わらないか」
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紡くんがわたしを庇ったあの日から数日が経った頃、スマホに『Untitled』という曲が入っていた。その曲を再生してみたら、なんだか不思議な場所に飛ばされて…そこにいたミクちゃんは、この場所を『セカイ』と呼んでいた。
ちょうどいいことに、セカイにはミクちゃん以外は誰もいなかったし、ミクちゃんもわたしがなにをしているのかは知っていたから……部屋に入り切らなくなった演技や歌の資料はこのセカイにある会議室や資料室を借りて保管させてもらうことにした。それに、ミクちゃんは歌やダンス、演技の自主練みたいな動いて声を出す必要があることについても練習場所としてここを貸してくれた。
今日も、いつものようにセカイに入って自主練のために選手用の入口に行こうと思っていたけど…なんだか様子が違った。
「あれ、ミクちゃん。なんか…セカイ変わった?」
ここの中心にはサッカーのフィールドがあったはず。その上に、いつの間にか大きなライブステージができていた。
「うん、紡くんが来たんだ」
ミクちゃんの言葉は、わたしに少なくない衝撃を与えた。
確かに、初めてここに来たときにこのセカイと紡くんの関係は聞いた。わたしの本当の想いがなにかはもう分かってる。
『わたしは、紡くんがしてほしいと望んだことをしたい』
それでも、未だに『Untitled』が変わらない理由は一つだけ。わたしが想いからできた歌を歌うことを避けてるから。もしも、紡くんが望んだことによってセカイを手放すことになったら、わたしは躊躇なく手放す。
そのときに本当の想いが邪魔になることもあるかもしれないから、わたしは歌わない。
初めての共同作業(セカイ作成)。
ミクさんは素のみのりちゃんを知っている紡くんと想いの持ち主のみのりちゃんの前でだけはアイドルじゃなくなります。良くも悪くもセカイの主のみのりちゃんと似てます。