ぼくのかんがえたさいきょうのあいどる   作:モモジャン箱推し

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一線は越えないです。越えかけるだけで。


一線

 

 

 

 神山高校の廊下で、三人の生徒が言葉を交わしていた。

 うち一人は、椎名紡という生徒のクラスメイトで、紡の校内での交友関係に絞れば一番仲がいいといっても過言ではない青柳冬弥。もう一人は、その青柳冬弥の相棒でもある東雲彰人。残す一人は、紡の体育の時間の見学仲間でもある暁山瑞希。

 元より交流のある三人ではあったが、今回の話の内容はこの場にはいない共通の知人について。

 

 

「…なんか紡くん、最近変わった?」

「……言われてみりゃ確かに……昔に近くなったな」

「そういえば、彰人は紡とは知り合いだと言っていたな」

「知ってるとは言ったけど…別に知り合いってほどじゃねえよ。オレが一方的に覚えてるだけだ」

 

 

 小学生の頃に一度だけ、当時から同年代の間では有名だった紡と試合をしたことがあった。あまりの実力差に打ちのめされかけながらも、試合の後にほんの少しだが紡とも言葉を交わして……………小学校最後の公式試合で自らの決意の甘さを思い知るまでは、そのときの言葉を支えにサッカーを続けていた。

 中学生になって物の分別も多少は付けられるようになってから当時のことを振り返ってみれば、自分にとって決して忘れることのない試合は紡からすれば幼い頃に行った数多の試合の一つでしかなく、彰人にかけた言葉も当時から取材を受けたりすることが多かったために培われた社交辞令だったと分かった。

 

 

『彰人、彼が以前話した椎名だ。椎名、こちらが────』

『東雲くん…だよね。冬弥から話は聞いてるよ。初めまして、椎名紡です』

 

 

 …ただ、社交辞令であっても、自分をボロボロに打ち負かすほどの実力者であったからこそ、彼からの言葉を忘れることなく励めたことは事実。その事について、再び彼と会うことがあったら軽い礼くらいは言おうとも思っていた。

 だからこそ、その彼と高校に入学してからすぐに、クラスで最も仲がいい友人だと言う冬弥を経由して再会して、自分のことを忘れていた事実を突き付けられたときは既にサッカーを辞めていた身とはいえ少なからずショックを受けた。しかも、自分だけでなく紡までサッカーを辞めていたというおまけ付きだったので二重にショックを受けたことは言うまでもない。

 

 

 ………中学の終盤から『椎名紡』という名を聞くことはなくなったが、まさかやめていたとは。

 

 

(あれだけの才能と、全部かける覚悟もあったのに…なんでだよ)

 

 

 なにかくだらないことが原因でやめたと言うのなら、怒りの言葉の一つや二つをぶつけてやろうとも思った。…しかし、脚の負傷が原因で激しい運動ができなくなったと聞けば、その怒りはすぐに静まった。いくら才能と覚悟があるといっても、物理的に行動に移せないのならばどうしようもない。

 

 

『怪我の原因は…あまり言いたくないことだから……ごめん』

 

 

 そして、なによりも驚かされたのが紡の物腰だった。

 かつて話したことのある経験から試合外では人当たりのいい性格であることは知っていたが、その時と比べると明らかにおかしい。具体的になにが違うのかと聞かれたら困るものの…確実に以前の紡とは違っていた。もっとも、冬弥や瑞希といった高校からの紡しか知らない人間にとっては、その物腰の良さがデフォルトであったので当時は違和感を感じることはなかったという。

 

 言動の端々に違和感を感じつつも交流を深めていき、互いの呼び方や喋る口調が友人と言っても差し支えないものに変わる頃には、彰人だけでなく冬弥や比較的最近知り合ったはずの瑞希ですら紡が根本の部分になにかを隠しているということは分かった。

 

 

『ただ、諦めるしかないんだなって思っただけ』

 

 

 その違和感がなんだったのかに気付いたのが、先日の体育の時間に紡がサッカーボールを蹴ったときのこと。あれ以降、紡の全てが変わった。なにかを隠していることに変わりはないが……かつての紡が試合中に見せていた、かけがえのないものを持っている人間特有の言動や表情を見せるようになった。

 どこかに感じていた違和感が引っ込むのと同時に、急にそんな言動をするようになれば、それまでのことも紡が自分にとっての全てをかけるものを無自覚に探していたのだと察しがつく。冬弥たちにこのことを伝えていいものかと悩んだが……紡が隠していることに関わることかもしれないので、もうしばらくは様子を見てみることにした。本人が隠している以上、他人に知られたくないことであるのは間違いないので、第三者の自分からおいそれと別の人に話すことは避けた方がいいだろう。

 

 

(それに、聞いたところで…答えちゃくれねえよな)

 

 

 元から、椎名紡という人間は秘密主義なところが多い。私生活に関しては特に。あの変化の理由が明るいものであるのか暗いものであるのか…彰人たちがなにか聞こうとも、あの様子では上手くはぐらかされて終わるだろう。

 

 

 あの変化が明るい理由によるものなら、友人としても素直に応援することができる。

 

 

 だが、仮に暗いものが理由であった場合は……どうするのが正解なのだろうか。

 

 

 

 

 

▲▼

 

 

 

 

 紡くんがセカイに訪れた少し後から、『MORE MORE JUMP!』のみんなもセカイに来るようになった。ミクちゃんは、皆にセカイの本来の姿を隠してくれている。ただ、場所が場所なだけにこっちのわたしがバレないように普段よりも気を遣うのは事実。

 

 ……だから、いつもよりも、ちょっとだけ疲れてたのかもしれない。

 

 

「俺、先に部屋に戻ってるから。電気だけよろしくね」

「うん、分かっ…た……」

 

 

 リビングを後にしようとした紡くんの背中が、わたしが何度もオーディションに落ちていた頃に自分の力だけで歩いて段々と遠い場所に向かっていく後ろ姿と重なった。

 

 

 ……分かってる。紡くんはたぶん吹っ切れて、わたしのことを大切に思ってくれてるだけ。わたしから離れようとしてるわけじゃない。

 でも、ここに来るまでに不安を溜め込んできた器にヒビが入るのには充分すぎる理由だった。一度、堰を切ったように溢れ出した感情は簡単には止まらない。

 

 

「置いて……いかないで……」

 

 

 紡くんが離れないためには……もう一度、わたしの証を刻むしかない。今度は、絶対に逃げられないように。

 

 

 

 

 

▲▼

 

 

 

 

 

 

「……みのり?」

 

 

 扉越しに『相談したいことがある』と言われて部屋の扉を開けて………。

 気付いた時には、肩を掴んで押し倒されてた。突然のことに、ほとんど無意識で腕を動かして起き上がろうとすれば肩を掴んでいた手を移動させて流れるように腕をベッドに押し付けられる。

 

 起き上がれない原因は二つ。

 一つは、俺とみのりの体勢。体重を腕にかけられるみのりと腕だけでなんとかしようとする俺ではどうなるかは目に見えている。

 

 

「……!」

 

 

 普段のみのりからは信じられないほどの力の強さで押さえられているせいで、みのりに掴まれている左手首と右腕が痛みを訴えてくる。これが原因の二つ目。

 

 

「…」

「?……いっ…!」

 

 

 至近距離に近付いたことでみのりの甘い香りを感じたのとほぼ同時に、がぶり、と音が鳴るような勢いで首に歯を立てられた。普段、マーキングをするようにじっくりと噛んでくるのは違う、粗雑な噛み方。…噛みなれているはずなので加減はしているのだろうが、いつもとは比べ物にならない強さに一瞬首を噛みちぎられるのかと思った。

 

 

「……あ、……」

 

 

 鋭い痛みが首に走って、少し経ってから生温かい液体が皮膚を伝い、それをみのりが惜しむように舐め取っていく。

 ただでさえ噛まれて痛いのに、むき出しになった傷口に舌が触れる度にズキズキと痛む。これだけの痛みを無視をしろというのも土台無理な話。みのりではなく首の痛さに意識をやっていたら、不意打ちのような形で唇に柔らかくて湿ったものが触れた。それが何だったのかを正確に認識できたのは、みのりの舌が俺の口内を蹂躙し始めたときだった。

 混ざり合う唾液の中に、先ほど彼女が傷口を染みさせながら啜った、俺自身の鉄の味が広がった。

 

 

「……ん、ぷはっ」

 

 

 ほとんど一方的な長い口付けを終えて、息を切らしながら顔を離しても唇だけは透明な橋で繋がったままだった。

 

 

「……ふふ、しちゃった…ね?」

 

 

 『ファーストキスはレモンの味』なんて言うけど、俺の場合はみのりの口の中に残っていた自分の血の味。自らの血を口移しされるとはなかなかに猟奇的な状況だが、そんなことを気にしていられる程度には落ち着いていた。

 

 

「………」

 

 

 見上げた先にあるみのりの瞳は、湿った熱と今にも壊れそうな狂気を孕んでいる。獲物を追い詰めた獣のようでいながら、なくしかけたものを必死に繋ぎ止めようとする今にも泣き出しそうな年相応の女の子の表情。

 人は、自分よりも感情の高ぶっている人間を見れば落ち着くという。俺がここまで落ち着いていたのは、元からこうなる覚悟をしていたこともあったけど、みのりが俺から見ても明らかに取り乱していたから。確か……他者視点なんちゃらとか、そんなのやつに近いのだと思う。

 

 

 今のみのりは、タガが外れてるとでも言えばいいのか。状況からして、引き金となってしまったのは恐らく俺なんだろうけど……具体的になにがそうさせてしまったのかは……みのりには申し訳ないが分からない。でも、ここまで追い詰めてしまったのが俺だということに間違いはない。

 

 

「……紡くん」

 

 

 …………でも、分からない。

 泣きそうな顔でこちらを見つめてくるみのりに、どんな顔を向ければいいのか。

 

 

 全てを許さんと微笑んでいればいいのだろうか。

 俺のせいだと自分自身を責めればいいのだろうか。

 ……それとも、堕ちるならどこまでも付き合うと笑いかければいいのだろうか。

 

 

 分からない。

 どれも俺の本心ではあるけど…きっと、どれを選んでも様々な形でみのりは傷付く。なら、せめて少しでも傷が浅く済むようにしてやるべきなのか。

 

 

 さっきから、分からないことばかりだ。分かることは、拒絶すれば恐らくみのりが壊れことだけ。

 

 

 ……まあ、なにをされたところで、今更みのりを嫌うなんてことはないのだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホラー映画のように腕と手首にくっきりと残った手形を、それぞれつけられた方とは反対の手でつついてみる。

 

 

「……痛い」

 

 

 鈍い痛みが走った。

 続けて、以前つけられた方とは反対側に付けられた噛み跡をガーゼの上から押してみる。

 

 

「…こっちも痛い」

 

 

 青あざになっていた手形を触ったときとは違って、切り傷を負ったときに近い鋭い痛みが走る。

 

 

「………」

 

 

 一線を踏み越えることはなかったものの、身体に刻まれた跡と痛みが昨日起きたことは事実だと知らしめてきた。

 

 

 あのとき、みのりにどんな表情を向けるか悩んで……無数にあった選択肢の中から、一つを取れるほど俺は器用でも演技上手でもなかった。全部をぐちゃぐちゃにして混ぜて顔に出しただけで、その中のどれがみのりに刺さったのかは……自分でも分かってない。ただ、それがみのりには随分と効いたことだけは事実だった。

 

 

『紡くん…わたっ…わたし……』

『…泣くなって。ほら、俺は気にしてないし…』

 

 

 泣きじゃくりながら謝り続けるみのりを宥めて寝かしつけてから、俺は俺で疲れたので噛まれた場所から血が垂れないようにガーゼだけ当ててそのまま寝た。

 

 

「……………………夏服じゃなくて良かった」

 

 

 昨日のことを思い出した後に……精一杯考えて、出てきた言葉がそれ。

 神山高校の夏服は、他の高校と同じように半袖のワイシャツを指定されてる。この手形を周りに見せるわけにもいかないので、学校に行く前に包帯を巻いておくつもりだが、夏服だった場合は『包帯を巻いている』ということだけは絶対にバレてしまう。そうなってしまえば、手形を晒すのとは別のベクトルで周りの目を引いてしまうし、ふとした拍子に包帯の下にある手形までバレかねない。……手首の方は、位置的に長袖でも見られてしまうかもしれないが…誤魔化しようはいくらでもある。

 

 

 

 

 

 

「おはよう、冬弥。東雲は?」

「おはよう、椎名。彰人はまだ来ていないが………それよりも手首…どうかしたのか?」

「これ?転んで捻っただけ。大した怪我じゃないからすぐ治る」

 

 

 みのりに寄りかかって、寄りかかられて……まだ居てもいいんだって、少しだけ、気が楽になってしまった。…本当はこんな歪な関係で気が楽になるのはいけないことなんだろうけど。

 お互いに罪悪感とその他諸々を拗らせた末に、俺もみのりもお互いに依存されることにすら価値を見出してしまってる共依存。このままいけば、どう転んでも俺もみのりもロクな目にあわないのは分かりきってる。

 

 それでも、手を離すという選択肢はない。

 川で溺れそうになってる人の手がこちらまで破滅に招きかねないものだったとしても、俺のことを大切に思ってくれている人である以上、手を離すという選択肢はない。むしろ、そのまま二人で底まで沈んでしまってもそれはそれで悪くないと思ってしまっている節まである。

 ただ、みのりがなにもかも投げ打って本気で破滅を望んだのなら付き合うけど……みのりが望んでないのに俺の破滅願望に付き合わせる気はない。

 

 

 …開き直っただけのような気もするけど、今はそれだけで充分だろう。




ほとんど逆〇みたいな形なのであそこでえっちなことしてればメリバ。もっと正気度高いときに合意の元ならハッピーエンド。

今回こそモモジャン側の深堀りしようと思ってたのになんか全然話進んでないな?
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