アニキの『インクルシオ』はこんなもんじゃねえッ! 作:原作改編
宴会場の方から水が押し寄せる。
かれらは独自の『生物』であるかのように動き回り、リヴァの周りに集まる。
そして、水蛇として形を変えていった。
すべては、リヴァの右手に輝く帝具の御業だった。
「そいつは『ブラックマリン』たしか触れた水を意のままに操る帝具だったか?」
「ほう、やはり知っていたかブラート」
「帝具の種類は一通り覚えている。あんたに叩き込まれたんだぜリヴァ」
「そうか、ならば水の恐ろしさも教えてやろうッ!」
ブラックマリンが怪しく輝く。
それを合図に、水蛇たちは一斉にブラートへと襲い掛かった。
一方、ブラートは槍を握る。
最初から副武装『ノインテーター』を手に取り、リヴァへと突進した。
水蛇など眼中にない。
リヴァの首めがけて一直線に駆ける。
水蛇が、インクルシオの身体に絡みつこうとしている。
ダメージはないが、動きを縛る粘度の高い水蛇だろう。
「しゃらくせえッ! いくぞ『インクルシオ』ッ!」
鎧の素材になった竜・タイラントが咆哮する。
進化する鎧、生きている筋肉が叫びに応じて高温を帯びた。
水蛇たちは、インクルシオの身体に一瞬だけ絡みつく。
しかし、高温に熱された鎧は触れた蛇を無理やり引きちぎる。
止まらない、インクルシオをその程度では止められない。
甲板の端へと追い詰められたリヴァは冷静に観察いていた。
「ふむ、やはりこの程度では足止めにさえならんか」
「その首、もらったッ!」
ブラートの槍は、弧を描いてリヴァの首を落としにかかる。
舟の端に追い詰めたのだ。逃げ場はない。
しかし、リヴァの顔に恐怖はなかった。
リヴァは、槍を避ける。ブラートの槍は銀の総髪をすこし掠めただけで、首を落とすには至らなかった。
彼は自ら、竜船から飛び降りたのであった。
「ふふ、間一髪と言ったところか」
「……チッ、しまった」
リヴァの言葉の意味を、ブラートは気付いていた。
帝具・ブラックマリン。水を操るのに絶好の領域があることを知っていた。
竜船の周りから噴水が湧き上がる。
氷山に激突したかと錯覚するほどの衝撃が、ブラートを揺らす。
リヴァの声だけが、竜船に響いた。
「たしかに私はお前より弱い。だがしかし、この『海上』という地の利を最大限利用したブラックマリンならどうかな」
リヴァとともに破壊の化身が姿を現す。
特大水蛇、竜船を転覆させるには十分な大きさになった水蛇が首をあげた。リヴァはその上で、竜船ごとブラートを見下ろしている。
もはや津波。水害の領域だ。
圧倒的なまでの物量差、もはや戦争といっても過言ではない。
ブラートは、それでも笑う。
「なるほどね、帝具も型にハマればここまで化けるのか」
「帝具は使い手次第で強くも弱くもなる。水圧に負けて海の藻屑となるがいいッブラート」
特大水蛇が動きだす。
もはや危険種クラスに凶暴になった、破壊の化身だった。
「そんなもんでオレが―――」
ブラートは気付いてしまう。
インクルシオにとって、この程度の攻撃は耐えられないことはない。
しかし、竜船は違う。あの規模の水蛇が竜船にぶつかれば、まず間違いなく転覆するだろう。そしたら、乗員乗客の大半が死ぬ。タツミや護衛対象も守れなくなる。
リヴァは目的を果たし、なおかつ生還できる。よく考えた攻撃だった。
「オレを倒せると思ったかよ、『インクルシオ』ッ!」
白銀の鎧が、さらにブラートの身体を締め上げる。
蒸気を帯びる高温のインクルシオのまま、ブラートは跳んだ。
豪快に一刀両断。
水蛇を頭から真っ二つにする。
すると、特大水蛇はまるで水であったかを思い出すように崩れていった。
「なん、だと……」
これで、宙に舞うリヴァしかいない。
周りには、水蛇も来ていない。
この絶好の機会を、ブラートは逃さなかった。
槍を投擲用に握り直す。
心臓を一突きするために、上体を反りあげた。
「リヴァ、覚悟―――」
「―――すると思ったか? ブラート」
冷たい言葉、およそ感情がこもっているとは思えない言葉だった・
リヴァの言葉の真意を知るのが先か、吹っ飛ぶのが先か。
ブラートの身体は、攻撃を受けて投擲体勢を崩した。
攻撃は海面からのものだ。
六体の特大水蛇が、水圧で超圧縮した水を砲撃のように飛ばしていたのである。
その威力は、爆撃に相当するもので、ブラートのバランスを崩すには十分な破壊力を持っていた。
「動きの取れぬ空中で、この砲撃は躱せまいッ!」
特大水蛇六匹の集中砲火。
ブラートは、防御の姿勢を取る。
本能的に、これを受けては甚大なダメージを受けてしまうとの判断で移った行動は、特大水蛇の攻撃を受ける選択をした。
インクルシオに六発命中。
ブラートを、はるか上空へと放り出した。
もはや海面よりも、雲の方が近い。
ブラートの身体は、一気に跳ね上がったのである。
「まだだブラート、貴様はもう竜船に戻ることはない」
リヴァが、海面上から見上げる。
ブラートが落ちてくるであろう落下地点を予測していた。
すべては確実に、革命軍最強を倒すため。
リヴァは、海面に手を浸す。
「その程度では堪えないだろう、ブラート。私はお前のことをよく知っている。だからこそ、私はトッテオキを用意しておいた」
竜船の周りの水が、トグロを巻く。
それは『水龍』だった。
リヴァの造りだした特大の水龍。先ほどの水蛇を津波とするならば、水龍は嵐そのものだった。近海の水ほとんどが、水龍の身体として機能していた。
まるで本物の『超級危険種』そのものだった。
「お前のためだぞブラート。ブラックマリンと、地の利を120%活かした攻撃で眠れッ!」
ブラックマリンが、よりいっそう激しく輝いた。
水龍が、落ちてくるブラート目がけて飛翔する。
天を目指す水龍。
リヴァのトッテオキは、ブラートを容易く呑み込んだ。
確認すると同時に、リヴァは胸の前で十字を切る。
「さらばだブラート。先に地獄で待っていろ」
目も開けられぬ剛撃。
もはや神の御業に等しい水龍は、厚い雲を突き抜けた。
そして、ポッカリと、雲に風穴を空けたのである。
降り注ぐは海水。晴れなのに雨が降っているかのよう。
しかし、ブラートが落ちてくる気配はなかった。
「あ、アニキが―――」
タツミは、一部始終を見ていた。
戦いの規模が違いすぎるため、見ているしかできなかった。
どうしようもない。あれほどの戦いに割って入るなど、命がいくつあっても足りない。
しかし、タツミは自分を責めずにはいられなかった。
「前途ある若者を手にかけるのは、少々気が引けるな」
顔を上げると、リヴァが甲板へと戻ってきていた。
口には吐血を拭った跡、耳からは微量の出血がみてとれた。あれだけの大技ならぬ神業なのだから、当然の代償であるだろう。もう内臓はズタズタのようだった。
それでも、タツミを殺すには充分すぎる手練れだった。
いまのタツミでは、小さな水蛇だけで制圧されるだろう。
それでも、タツミは戦わずにはいられなかった。
「よくも、アニキを、許さねえッ!」
タツミの言葉に対して、リヴァは安堵していた。
ここでもし、泣きつかれでもしたら、自分の心に後味のよくないなにかが生まれたであろうに、タツミが見せたのはかたき討ちの気概だった。
ならば、ひと思いに殺してやれる。
リヴァは、最初に落としたノーマルソードを手に取る。
そして、胸の前で十字を切った。
「すまない少年、しかし主の命はなにをおいてもぜっ―――」
しかし、主の命を守ることはなかった。
それより早く、轟音が甲板を貫いたからである。
同時に、風を斬る音、そしてひとつ増える鼓動音。
リヴァの背後だった。
振り向くのが先か、心臓を貫くのが先か。
ノインテーターは、リヴァの心臓を的確に捉えていた。
傷だらけのインクルシオ。
ブラートが生きていたのだ。息切れしながら、血を吐きながらも生きていた。
突然降って湧いた奇襲に、リヴァは反応できなかった。
「な、んだ、と……?」
「悪いが、水かけられたぐらいで、オレの情熱は消せねえよ」
ブラートは、リヴァから槍を引き抜く。
支えと心臓を失ったリヴァはそのままうつ伏せに倒れ込んだ。もう反撃してくる様子もなく、出血量からみても間違いなく死んでいる。
勝負は、ブラートの暗殺で決着がついた。
ブラートはインクルシオを解除する。
そして糸が切れた人形のように尻餅をついた。アニキのリーゼントは解け、肩の装甲はぐちゃぐちゃになっていた。かなりの量の血が、あの特大水龍の破壊力を物語っていた。
いずれにせよ、満身創痍のブラート。
タツミは急いでブラートの傍へと駆け寄った。
「アニキィ、だいじょうぶ!?」
「おう、平気だぜ」
「すげえよアニキっ! あれだけの攻撃を受けても生きてるなんてっ!」
「さすがは元オレの上司、もう足腰立たねえや。タツミ、支えてくれるか?」
「おうっ! なんでもかんでも支えるぜ」
タツミは、ブラートの肩を背負う。
触ってよくわかる、ブラートがいかにボロボロなのかタツミに伝わった。
ギリギリの戦いだった。どっちが勝ってもおかしくないほどに。
「しかし、結局帝具持ち三人相手でアニキが勝っちまうなんて、やっぱりアニキは強いね、最強だよっ」
「惚れてもいいんだぜ? 惚れても」
「う、うん。考えとくよ」
ブラートのホモネタにたじろぐ。
なんか支えなんかいらないんじゃないだと、タツミは思うのだった。
「いつかおれも、アニキみたいに強くなりたいぜ」
「そいつは頼もしいな。けど、どうせならオレを倒せるくらい強くなってくれよ」
「そ、そんな……無理だよ。アニキに勝つなんて」
「そうか? オレは結構期待してんだぜ」
ブラートは真剣だった。
本気でタツミのことを見込んでいるのだと。
タツミは、この時心に誓った。
いつか、アニキを倒せるくらい強くなりたい。
いや、なろう。
アニキのインクルシオに勝てる男になろうと。
憧れる男の背中は、あまりに遠いけど、いつか絶対に。
タツミは、あることに気付いた。
「あ、アニキッ! 帝具っ! あいつらの帝具回収してかなきゃっ!」
「おう、そうだったな。そろそろ無気力化の演奏から乗員乗客が目覚めることだし、とっととさいならしようぜ」
「うんっ!」
「よし、タツミ。悪いが回収―――して―――」
ブラートは気付く。
さっきまであったはずのリヴァの遺体。
血だまりごと、なくなっていることに気付いてしまう。
「お前にしては詰めがあまいじゃないか、ブラート」
心臓を貫かれた男の声がする。
リヴァ。帝具・ブラックマリンの所有者。
彼は血濡れのまま、立ち上がっていた。胸の位置にはポッカリと風穴が開いており、中には強く脈動する心臓が顔をのぞかせている。
息を吹き返したリヴァの姿があった。
ブラートは驚き半分、冷静さ半分で声をかける。
「たしかに、心臓は潰したはずなんだがな」
「帝具使いに常識は通じんよ。たしかなのは、こうして私は生きていると言う事だ」
ブラックマリンは液体操作の帝具。
リヴァの心臓、穴が空いたところを血液で栓をする。ブラックマリンの使い手がリヴァだからこそできる芸当だった。
帝具の緊急手術成功である。
すべてを悟ったブラートは、リヴァと対峙する。
「帝具の心臓はさぞ苦しいだろう。オレが引導を渡してやるぜ」
「大口を叩くなよブラート。お前はもうインクルシオを呼べないんだろう」
リヴァもよくわかっていた。
ブラートはもうインクルシオを呼ぶことができない。
お互いの手の内は知り尽くしていた。かつての仲間なのだから。
ブラートは、装甲から『インクルシオの剣』を取り出す。
超級危険種タイラントの素材から出来た白銀の西洋剣だ。
「心臓潰して生きてるなら、剣で首を刎ねるまでだッ!」
「インクルシオを呼べぬお前なら、我が剣で充分届くッ!」
満身創痍のブラート。
インクルシオを呼べず、歩くことさえ困難な重傷。
奥の手を披露していないリヴァ。
潰された心臓を復元しながら、この世に延命している。
どちらが勝ってもおかしくない帝具戦。
何度も言うが、両者生存の可能性はない。
百人斬りのブラートが、『意地』をみせることになった。
リヴァの帝具・ブラックマリンも超級危険種の素材から出来てるらしい。