アニキの『インクルシオ』はこんなもんじゃねえッ! 作:原作改編
リヴァとブラートの剣戟がこだまする。
ブラートは満身創痍、一撃を繰り出すたびに身体が軋みを上げる。インクルシオを呼ぶことができず、いつ倒れてもおかしくない状態だ。
リヴァはすでに死に体、帝具・ブラックマリンから気を抜けば心臓に施した栓が抜ける。いくら生きようとも激痛は胸を貫き、剣技のひとつひとつを繰り出すたびに、脈動が早くなり、心臓を維持することが難しくなっていた。
お互いに時間がない。
無呼吸の剣劇が続いたあと、しばらくの間を持って再度ぶつかり合う。
真剣勝負だった。どっちも本気で相手を殺そうとしている。
ふらふらで限界が近いとわかっていながらも止めることができない。
タツミはふたりの殺し合いに見入ってしまった。
ここで割り込めば、おそらくアニキを勝たせることもできるだろうとわかっていた。
しかし、動けなかった。それほどまでに、この戦いは手を出しがたいものだった。
任務を完遂するために、たとえかつての上司や同僚といえど、手は抜かない。
リヴァの巧みな剣技。
ブラートの剛剣。
勝負の転機は、リヴァに訪れた。
徐々に大振りになっていくブラートの太刀筋に、リヴァが斬りこむ。スキを縫うように放たれた剣技に、ブラートは片膝をついた。
そして、リヴァが脳天から斬りかかる。
ブラートは、リヴァの剣を受け止めた。
しかし、もう満足に押し返すこともできない。
リヴァは最後と判断し、渾身の力を込める。このままブラートを剣ごと斬り伏せるつもりだ。瀕死の人間とは思えない怪力に、ブラートは押されていた。
ブラートは、雄たけびをあげた。
必死にリヴァの剣を押し返す。ここで負けたら終わると判断したのか、温存しておいた体力すべてを剣に注ぎ込んだ。
お互いの全身全霊に耐えられなかったのは『武器』だった。
リヴァの剣にヒビがはいる。
いくらリヴァが手練れと言えど、剣は普通の鋼なのだ。インクルシオの剣は超級危険種タイラントの素材から作られている。耐久力は天地の差がある。
インクルシオの剣が、微量に熱を帯びていた。
ブラートの想いに、インクルシオの剣が応えたのである。
剛撃一閃。
リヴァの剣を、上空へと斬りあげた。
「もらったァッ!」
そして、リヴァの首へと剣を走らせる。リヴァは生存本能に従い、本人の意志に関係なく右手で首を守った。リヴァが気付いたころには遅かった。
右手には帝具・ブラックマリンが嵌められていることに気付くには遅すぎた。
ブラートの剣が、帝具を捉える。
繊細な帝具なのだろう、ほんのちょっと触れただけで、形は崩れてしまい、リヴァの指から零れ落ちていった。同時にブラートの剣がリヴァの喉元を掻っ捌く。
リヴァは吐血した。
帝具で造った心臓は形を失い、もとの死に体へと戻っていく。血液の循環がなくなったいまでは、死こそが当然の状態なのだ。
勝負はついたと、タツミは思った。
しかし、ふたりの達人はまだ気を抜いてはいなかった。
リヴァは最後の意地を見せる。
ブラートに砕かれて宙を舞う指輪の帝具・ブラックマリン。そのコアである藍色の水晶体をリヴァは残った左手で鷲づかみにした。ブラートの剣が、リヴァの喉を切り裂いて間もない行動である。
そして、全身全霊をブラックマリンに込める。
帝具そのものを破壊するほどのチカラの迸りは、ブラートへ最後の置き見上げを造りだす。リヴァの血液が、鋭利な刃物へと変化したのだ。
触れた液体を操る帝具。
すでに触れていた自らの血は最初から自由自在だったのだ。もはや生きることを忘れ、相手を抹殺するためのみの帝具発動は必殺の決意が込められていた。
血の刃物は一斉にブラートへと襲い掛かる。
決死の弾幕、命懸けの奥の手は致命傷を与えるに十分な威力だ。
最後の最後で、リヴァは自分の心臓ではなく、ブラートにトドメを刺す選択をしたのだ。
ブラートは身体で受けるしかない。
血の展開範囲が広すぎるうえに、すでに大きく振りきってしまったインクルシオの剣での防御も間に合わない。躱そうにも一直線上にはタツミがいる。
ダメ押しにもうひとつの仕込みがある。
この血液には『神経毒』が仕込んである。帝具発動のさいに仕込まれる危険種の猛毒である。もし致命傷を避けられたとしても、毒で確実に死に至る。
これで、ブラートを確実に仕留められる。
すべてはリヴァの計算通りだった。
そして、ブラートにもわかりきっていた。
受けざる負えないことも、血にはきっと毒が仕込んであることもお見通しだった。
すべてを承知した上で、彼は笑う。
世界一強い男の背中を見せるために。
ブラートは叫ぶ、熱い魂で―――。
「―――『インクルシオ』ォォオオオッ!」
全力で咆哮する。
ありったけを込めたインクルシオ。もう呼べないであろうタイラントの雄たけびはあがった。 血濡れのタイラントが、主を守るために身を捧げる。ブラートの血を吸って赤くなったタイラントは、大気を真っ赤に染め上げる。
限界を超えてインクルシオが展開された。
リヴァの血液は、白銀の鎧によって防がれた。鎧の表面を血で濡らすが、装甲を突破することができない。黄色い眼光が、まるで血の涙を流しているようだった。
ノインテーターにちからを込める。
最後のチカラを振り絞ったブラートのノインテーターで、崩れ落ちる前にリヴァの首を刎ねてみせた。痛みもなく、雷撃のような穂先は確実に暗殺を成し遂げる。
リヴァの首と胴体は、竜船の外へと落ちていった。
首を刎ねられながらも、リヴァは賞賛する。
よくぞ、この攻防極まった局面で選択した。迷いがあれば達成できなかったであろうインクルシオの召喚、そしてかつての上司であろうが確実に殺しに来る気概には脱帽するしかなかった。
そして、やはり最後はエスデスへの謝罪だった。
――エスデス様、勝手に死ぬことをお許しください。
最期まで悔やみながら、リヴァは意識から手を放した。
そして、荒波に呑まれていったのである。
血の涙を流すインクルシオ。
しかし、その代償はあまりにも高く。
どうしても、取り返しのつかないものだった。
インクルシオは解除される。
ブラートは、緊張の糸が切れたかのように崩れ落ちた。
タツミは急いでブラートの身体を抱え上げる。
「アニキ、アニキィ―――」
ブラートの身体は、ひどく傷ついていた。血が出ていないところの方が少ない。
そして呼びかけるが返事がない。どうやら意識がもうろうとしてるようだった。
インクルシオの召喚は、あまり負担が多すぎた。
ナジェンダがインクルシオを説明した時に言っていた・
『装着者に負担がかかるため、並の人間が使用すれば死亡する』
つまり、ブラートはインクルシオの負荷に耐えられなかったのだ。
「タツミ……タツミ」
ブラートはうわ言のようにタツミの名を呼んだ。
「アニキ、おれならここにいるよ」
「……タツミ、インクルシオは、強かったか?」
「うんっ! 強かったよっ! アニキのインクルシオは世界一強いよっ!」
「……インクルシオ、カッコよかったか?」
「当たり前だよ! かっこよかった! アニキのインクルシオは世界一かっこよかったよっ! だから、しっかりしてよ、アニキィ!」
「なら大丈夫、お前が、やれ」
ブラートは、竜船の壁へと指をさす。
そこにいたのは、ニャウだった。
肩から袈裟斬りにされて、血を流しきった金髪骨太の青年が立っている。
しかし、様子が変だった。
ニャウは呼吸をしていない。そして目が完全に死んでしまっている。
そしてなにより、首にぶら下がったままの『スクリーム』が鳴っていたのだ。ニャウが息を吹き込むまでもなく、誰かが代わりに演奏しているわけでもない。
それでも、スクリームの演奏は終わっていなかった。
タツミは幽霊でも見ている気分になった。
笛の帝具・スクリームは演奏を聞いた者の『心』を操作する。
ニャウは致命傷を受けたあと、スクリームである技を使ったのだ。
そして、それは『死者の心を動かす演奏』だった。
帝具使いが死してなお、スクリームに込められた思いは死なない。
ニャウが最後に曲へと込めた心は『忠誠心』だった。
主であるエスデスに仕える従僕としての任務を全うするための演奏だ。
悔しい。このままで死んでも死に切れん。
この曲に込められた思いが、タツミの脳を揺らす。
それは、タツミやブラートだけではない。
死んでいたダイダラが起き上がった。
しかし、こちらも呼吸していない。そして目が死んでいる。手には投げ斧の帝具・ベルヴァーグがしっかりと握られている。
まるでゾンビやキョンシーだ。
スクリームは主が死んだいまもなお、演奏を続けている。
二体の骸人形は、暗殺目標である『反帝国派の群臣』を探していた。
エスデスに命令された『任務』を達成するために竜船の宴会場へと向かった。
タツミは、そのスキにブラートを甲板の端へと抱えて移動させた。
ブラートを安静に寝かせたあと、徘徊するニャウとダイダラの背に向かって折れた剣を構えた。やつらが『反帝国派の群臣』を見つける前に殺す。
おそらく敵わない、帝具使いには帝具使いでないと対抗できないことなど、先のダイダラ戦で思い知らされた。
それでも、動けないブラートの代わりに、戦うつもりだった。
あの骸人形と化した二体を、タツミひとりでなんとかする。
「やらせるか、おれだけでやるんだ……絶対に!」
「タツミ……なあタツミ」
ブラートはタツミの名を呼ぶ。
タツミが振り返ると、ブラートは『インクルシオの剣』を差し出した。
「こいつを、お前に託す」
帝具・インクルシオはブラートの魂だった。それをタツミに託そうというのだから、ただごとではないとタツミにもわかっていた。
タツミは震える手で剣を受け取る。
重い、いままで持ったどの剣よりもずっしりと手に食い込む一振りだった。
とてもタツミっが扱える重みじゃない。きっと振り回そうとすれば、逆に剣に振り回されてしまう予感さえした。
「こいつを持って、名前を叫ぶ、だけでいい。そうすれば、鎧は来る」
「で、でも帝具には相性があるってボスが……」
「帝具の、相性は、第一印象でだいたい決まる……心配いらねえよ」
タツミは震えていた。
剣の重さだけではなく、眠っている竜・タイラントの存在に怯えていたのだ。
「でも、アニキ。おれにはやっぱり、無理だよっ!」
「……タツミ」
タツミの恐怖は仕方ないことだった。
目の前で、ブラートがインクルシオに食いつぶされる様を見てしまったのが運のつきだった。いまボロボロのブラートを、召喚失敗した未来のタツミ自信と重ねてしまっている。
インクルシオ召喚の拒絶反応を生んでしまっていた。
ブラートはそれを承知していた。
それでもなお、タツミに頼るしかない。この局面を打破できる資質と経験値を兼ね備えたタツミに闘う勇気を与えなければならない。
自分がリヴァにそうされたように、今度はタツミに勇気を吹き込む番だ。
「……なァタツミ。タツミよォ」
ブラートは、ありったけの言葉を絞り出す。
いま、タツミを奮い立たせる一言、インクルシオに、敵に立ち向かえるだけの勇気を吹き込む言葉を探し出した。
説得でも、ましてや脅迫でもない。
ブラートは素直な気持ちを、タツミに伝えた。
「タツミのかっこいいとこ、オレにもみせてくれよ」
ありったけの期待を込めた言葉だった。
タツミの眼から恐怖の色が消えた。
いつの間にか手の震えも止まっている。あれだけ恐ろしかったインクルシオの剣も嘘のように軽かった。
すべてのスイッチが、切り替わる。
タツミにはもう、迷いがなかった。
世界一強い漢に見込まれたのだ。
この世で一番かっこいい漢に託されたのだ。
失敗するはずがない。臆するはずがない。
ブラートの言葉が、タツミの背中を押した。
タツミは叫ぶ、熱い魂で。
「『インクルシオ』ォォォオオオッ!」
超級危険種タイラントが顔を出す。
インクルシオが、形を変えていく。以前の強靭無敵の装甲をそのままに、タツミの身体に見合ったサイズに圧縮されていった。
白銀のマントに包まれた後、姿を見せる。
悪鬼纏身・インクルシオ。
新しい所有者、タツミを受け入れた瞬間だった。
タツミが初めてインクルシオを装着するシーンの作画が大好きです。