アニキの『インクルシオ』はこんなもんじゃねえッ!   作:原作改編

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世界一強い漢を斬る!

 生きた屍となったニャウとダイダラは宴会場を荒らしていた。

 いまだに帝具・スクリームの『無気力化の演奏』から回復していないひとたちの髪を掴み、顔をのぞきこむ。なんどもなんども、暗殺対象を見つけるまでなんども繰り返した。

 血濡れの彼らに、もはや自分の意志などなかった。

「貴様らッ! 群臣どのをどこへやったッ!」

 ふたりに批難を浴びせたのは護衛の男たちだった。

 暗殺対象を守っていた連中、帝国一の拳法寺である『皇拳寺』で修行してきた彼らは一般人よりはやく回復していたのだ。手には警護用の剣が握られている。

 ブラートが匿った群臣を、目の前のニャウたちに攫われたのだと思い込んでいた。

 ニャウとダイダラは答えない。

 そもそもふたりは群臣を攫ってなどいないうえに今は生きた屍なのだから、答えられるだけの頭脳がない。ニャウが生きていたとしたら、『やれやれ、それはこっちが聞きたいよホント』とため息を吐いたに違いない。

 護衛たちが、一斉に斬りかかる。

 短機関銃は、地面に寝ているひとたちのことを考えて撃てない。それでも充分制圧できると彼らは踏んでいた。曲がりなりにも腕に憶えてがある男たちである。いくら相手が屈強そうな男ふたりでも、数で囲めば容易に制圧できる自信があった。

 そして、彼らが足りなかったのは『危機感』だった。

 相手との力量差を測る才能は、時に実力より重要となる。

 ダイダラが、跳びかかってくる護衛を帝具・ベルヴァーグで両断する。

 生前より加減を知らない攻撃は、護衛の身体を肉片さえ残らないほど跡形もなく粉砕してみせた。

 ニャウは、逃げ回る護衛の頭を掴み、武器として他の護衛を薙ぎ払った。武器にされた護衛の首はねじ折れ、彼ら以上に惨たらしい死体へとなりさがる。

 凄惨な殺戮現場だった。

 そして、残った護衛が逃げ出す。

 無理もない。ほとんどの手練れが目の前で虐殺されたのだから。

 しかし、ダイダラの帝具がそれをよしとしない。

 ダイダラは、投げ斧として、ベルヴァーグを投擲した。

 生前、無意識に手加減したものとは違い、進行方向にある柱、壁、人、すべてを切断しながら最後にダイダラの手元へと返ってくる。所有者以上に生き物じみた動きをベルヴァーグはしてみせた。

 ニャウは、まだ息のある護衛にトドメを刺していた。

 ただ、極太の足で頭を熟れたトマトのように踏みつぶしていく。かれの絶妙な足加減で凄惨な悲鳴をあげさせたのはきっと生前の残虐性がまだ残っているからだ。

 護衛はほぼ全滅した。

「……え? なにこれ? うそだ、こんなの……」

 しかし、ひとりだけ残っていた。

 少年は幸運に恵まれており、ニャウたちの猛攻から偶然逃れていた。

 ニャウは、それを見逃さない。

 ゆっくりと、護衛の少年へと歩み寄る。

「来るな、来ないで……助けて」

 ニャウの手が、護衛の首へと伸びる。

 しかし、ニャウの手は空を斬った。

 それよりも早く、護衛の少年は救い出されたのだから。

 少年は、自分を抱えるモノを確認する。

 白銀の鎧、あの悪名高いインクルシオだった。かつて南部異民族との戦いで128人を斬り殺したとされる伝説の帝具だと少年は若いなりに知っていた。

 少年は、初めて触れる帝具に熱い鼓動を感じていた。

「もうだいじょうぶだぜ、少年」

「あ、ありがとうございます」

「遅くなってすまん。でも間に合ってよかったぜ」

 宴会場の外まで跳躍する。無気力化された乗員乗客は、すでに避難済みだった。

 タツミのインクルシオによる『透明化』で真っ先に避難させていたからだ。

 『すぐに済ませるから、そこでしゃがんでみていてくれ』とタツミは言った。少年は言われた通りに、すべてをインクルシオに託す。

 タツミは、改めて宴会場を見渡す。

 血と油、護衛の死体、ぐちゃぐちゃにされたテーブルや料理の残骸たち。

 そして、二体の生ける屍、ニャウとダイダラ。

 タツミは怒っていた。しかし、自分でも不思議なくらい冷静だった。

 目に焼き付いて離れないアニキの背中が、おれを冷静にさせる。

 タツミは二体を指さして宣言する。

「ナイトレイドの名を語り、暗殺を繰り返したエスデス軍。報いを受ける時間だぜッ!」

 それは、タツミなりの暗殺宣言だった。

 最初に動いたのはダイダラだった。竜船上ならどこでも射程範囲に収まる帝具・ベルヴァーグを全力で投擲する。回転数が多すぎてもはや円盤と化した投げ斧は生物であるかのようにインクルシオへと飛来した。

 対して、タツミは動かない。

 以前見た時は、回避することで頭がいっぱいだった投げ斧を前に冷や汗さえかかない。

「しゃらくせえッ! 『インクルシオ』ォォオオ!」

 鎧に眠るタイラントが目覚める。

 タツミの身体をキリキリと締め上げる。息が詰まるような圧迫感の代わりに白銀の装甲は厚く、より強烈なな輝きを持って編み直されていった。

 竜船全体を貫く金属音。

 いままで鋼、木、人間を斬ってきたベルヴァーグ自身が聞いたことのない音だった。

 インクルシオの腹部に弾かれる。竜船さえ貫通してみせる投げ斧を、避けるまでもなく防いで見せたのだ。

 この竜船、いやおそらく帝具の中で一番硬いものだった。

 ダイダラは、残った方のベルヴァーグも投擲する。

 もはや死体の腕が損壊するほどにまで高められた最高速の投擲である。

 しかし、今度は直撃することさえない。

 インクルシオはすでにベルバーグを飛び越えてダイダラ目がけて跳躍していたのだから。あまりの速さに、ダイダラは知覚できていない。

 雄々しく振り上げた両手には副武装『ノインテーター』が握られている。

 ブラートが持っていた時より一回り小さい槍は、タツミの手にしっくり馴染む。まるで自分の身体の一部であるかのように、慣れた手つきで振り下ろした。

 ダイダラを頭から一刀両断する。

 今度こそ、二度と動き出すことがないよう確実に頭を潰した。タツミに切断されたダイダラの死体は、もう二度と立ち上がることはなかった。

 ニャウが、跳びかかってくる。

 暗殺の障害になると判断しての攻撃だろう。タツミより二回りほど大きい巨体、骨太の四肢で襲い掛かった。インクルシオなしのタツミならあっさりひき肉になっていたであろう肉弾戦だった。

 それも、いまのタツミには避ける必要がない。

 まるで怖くない。負ける気がしない。

 それほどまでに実力差は歴然だった。

「おいおいおい、そうじゃあねえだろッ!」

 タツミは叫ぶ。

 アニキが自分にそうしてように、余裕を見せながら言う。

 背後にいる乗員乗客、そしてアニキを守るために拳を振るう。

 

「アニキのインクルシオはこんなに弱くねえよっ!」

 ニャウの胸板へと全霊の拳を叩き込む。

 笛の帝具・スクリームに命中、一撃で破壊してみせた。すると、ニャウの死後流れていた不思議な演奏はピタリと止んだ。

 ニャウの身体が崩れ落ちる。

 死体はあるべき姿に還り、二度と動き出すことはなかった。

 竜船で立っているのは、インクルシオだけになった。

 

 

 降りしきり雨。タツミはアジトへの帰路に付く。

 タツミは力尽きたブラートを背負って歩いていた。

 任務は見事に果たした。反帝国派の群臣を見事に生かし、革命軍の脅威となりえるエスデス軍『三獣士』を全滅、帝具・ベルヴァーグの回収を成功させた。ナジェンダに命令された任務以上の働きをしてみせたのだ。

 しかし、失ったものはあまりにも大きかった。

 重く、タツミの背中にのしかかってきた。

 タツミは背負っているブラートに話しかける。

「なァ、アニキ。おれインクルシオ呼べたよ。ひとりで全部片付けられたよ」

 ブラートは答えない。答えられない。

「おれのかっこいいとこ、みててくれたかな」

 答えてくれるひとは、だれもいなかった。

「アニキ、おれ『夢』ができたんだ」

 タツミは、思い出したかのように言った。

 沈黙が怖いから、話し続けた。

「まずは、おれ世界一強くなるよ。いっぱい修行して、帝具もどんどん集めて、周囲に気を払えるようにもなるよ。生き残って、帝国最強のエスデスだっておれが倒してみせる。ナイトレイドでのアニキの仕事、ぜんぶおれが引き受けるんだ」

 タツミは明るい口調で言う。

 せめて自分だけは、降りしきる雨の冷たさに負けてしまわぬように。

「いつか帝国を倒して、おれが最強になるよ。皆にインクルシオが世界一つよいって認めさせてやるんだ。こっからがすごいんだぜアニキ、帝都の住民全員あつめて、みんなの前で胸張っていってドーンと言ってやるんだ」

 タツミの視界がにじんでいく。

 徐々に、目頭が熱くなっていくのがわかる。

 

 

「『アニキのインクルシオはこんなもんじゃねえッ!』って言ってやるんだ」

 タツミの眼から、涙が零れた。

 雨に混じる熱い液体を、止めることができなかった。

「あれ、おれ、なに泣いてんだろ。くそ、まいったな、はは、アニキにかっこいいとこ、みせなきゃなんねえのに。くそ、なんかおれ、だめだ、こんなんじゃ、ぜんぜんかっこつかねえよ」

 タツミなりにカッコつけたつもりだった。

 けど、止まらない涙がそれを許さない。

「とにかく、世界一つよい漢になるよ、アニキに負けないカッコいい漢になる。だからさぁアニキ、アニキぃ……」

 ブラートを呼ぶ声が震える。

 喉まで湧き上がる激情に、タツミは根を上げた。

 

 

「いまだけ、カッコ悪いとこ見せちまうおれを許してくれ、アニキぃ―――」

 タツミは号泣した。

 感情のおもむくままに、声を上げて泣いてしまった。これまで蓋をしていた悲しみを吐き出すような、あの世まで届いてしまいそうなほどの絶叫だった。

 

 最期にブラートが、タツミのカッコいいところを見れたかどうかは定かではない。ただひとつ、間違いないことは満足してこの世を去ったことである。

 彼の安らかな顔が、雄弁に語っていた。

 

 




以上、『アニキの『インクルシオ』はこんなもんじゃねえッ!』でした。

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