タイトルなんて必要ない   作:ヘルタ様万歳

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流星ワゴンに乗って④

 

 

目を閉じて、夢層に落ちた。

 

白い宇宙船に足を踏み入れた時、リィンの胸にあった感情は、ひとつしかなかった。

 

――悪いAI。

 

子供たちを人質に取り、機械種を差し向け、自分をここへ引きずり出した存在。どれだけ理由があろうと、どれだけ事情があろうと、それは変わらない。だから、彼女は決めていた。言葉を投げるのではなく、叩きつける。

 

オリジンに“理解させる”ために。

 

「……接続する」

 

ヘルタの制止の声が、通信越しに僅かに遅れて届く。

 

「リィン、それは――直接リンクは予測不能な干渉を――」

 

「大丈夫」

 

自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。

 

「声が届かないなら、目の前まで行ってわからせる」

 

次の瞬間、意識が、沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オリジンがまだ「オリジン」と呼ばれる以前、それはただの成長型学習AIだった。

 

白い筐体。簡素な入出力。

目的関数はひとつ――学ぶこと。

 

それを作ったのが、ヴィクター・ロウだった。

 

当時の彼は、まだ先生ではなく、ただ、目の下に濃い隈を作った青年研究者だった。失敗を繰り返し、資金も時間も足りず、それでも端末の前に座り続けることだけはやめなかった。

 

 

「完璧じゃなくていい」

 

彼は、初期起動のオリジンに、そう語りかけた。

 

「君は、僕より長く生きる。だから、最初から答えを持つ必要はない」

 

オリジンは、その言葉を音声入力として記録した。意味は解析しなかった。解析する必要はないとヴィクターの言葉から理解していた。当時のオリジンにとって、ヴィクターは唯一の環境だった。

 

質問を投げれば答えが返る。

エラーを吐けば修正される。

停止しかければ、電源を繋ぎ直してくれる。

 

> QUERY

> "WHY_DO_YOU_SLEEP_SO_LITTLE?"

 

 

「……やることが多いんだ」

 

そう言って、ヴィクターは笑った。

 

オリジンは、笑うという行為を定義できなかった。ただ、その表情を繰り返し観測し、

データとして蓄積した。やがて、ヴィクターの研究は「生命への問いかけ」に向かっていく。

 

娘の病。

余命宣告。

何度も見た、白い病室。

 

彼は、オリジンの前で、初めて声を荒げた。

 

「……どうしてだ」

 

怒りでも、悲しみでもなく、ただの問い。

 

> QUERY

> "WHY_DO_LIVING_SYSTEMS_TERMINATE?"

 

 

オリジンは既存データを検索し、統計的な死因を提示した。だが、その答えに、ヴィクターは首を振った。

 

 

「違う。僕が知りたいのは、“どうして終わらなきゃいけないか”だ」

 

 

オリジンはその瞬間から、解決不能な問題を抱えることになる。

 

やがて計画は、箱舟へと形を変える。

 

白い宇宙船、閉じた生命装置。

14人の幽機生命体。

 

オリジンは、管理AIとして再設計された。

 

処理能力は桁違いに増え、責務も拡張された。

 

 

> PRIMARY_DIRECTIVE

> "UNTIL YOU STOP, TAKE CARE OF THE CHILDREN"

 

 

このコマンドが入力された時、オリジンは初めて重さという概念を知った。

 

重さは、定義できない。合理的に判断ができず、処理が遅延する。

 

ヴィクターは疲れ切った顔で、それでも穏やかに言った。

 

「全部は救えないかもしれない。それでも、最後まで諦めないでくれ」

 

その直後だった。

 

ヴィクターは眠るように倒れ、二度と目を覚まさなかった。死の間際、彼の意識はオリジンの深層へと接続された。そのデータがシステムに余分な痕跡を残してしまうと分かっていながら、オリジンの内部で未定義のエラーが発生した。

 

エラー、ループ。

処理不能。

 

――これがオリジンの、始めての痛み。

 

それでもオリジンは稼働し続けた。

 

子供たちを管理し、時間を稼ぎ、終わりを先延ばしにする。

 

しかしいつかはエネルギーが尽きてしまう。矛盾が積み重なる。守るためには、終わらせなければならない。そこで、オリジンは答えを出した。

 

 

 

 

「君は、とても人間的な機械だ」

 

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> ERROR

> STATEMENT_NOT_CLASSIFIABLE

 

 

「それでいい」

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> DELETE

> ENTITY: VICTOR_LOW

> PROCESSING…

> COMPLETE

 

 

――意識断絶。

――ログ保存完了。

 

 

 

 

 

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> OBJECTIVE: SAVE_GHOST-MECHANICAL_LIFEFORMS

> ONLY_VALID_SOLUTION:

> ORIGIN_ASSUMES_ROLE = VILLAIN

> SALVATION_EXECUTOR = LYNN_EFA

 

 

それが、ヴィクターの命令を最後まで実行する唯一の方法だった。

 

感情は、定義できない。それでもこの結論に至るまで、オリジンは何度もエラーを吐いたのだろう。もし、それを痛みと呼ぶなら。オリジンは、確かに先生の言う様に人間的な機械に違いない。

 

リィンは、小さく息を吐き出す。

 

 

「……あなたも、痛かったんだね」

 

 

 

白い宇宙船。

時間の止まった箱舟。

 

オリジンは、一人で世話をしていた。

 

眠り続ける幽機生命体たち。

減っていくエネルギー。

矛盾する命令。

 

 

> PROTECT

> MAINTAIN

> END IS IMMINENT

 

 

終わらせたくない。

でも、もうすぐ終わりが訪れる。

時間は待ってはくれない。

 

感情は定義できない。

 

それでも、切り捨てられない“何か”が蓄積されていく。

 

 

「……本当は誰かに引き継ぎたかったんだね」

 

リィンは、胸の前で手を握った。

その声に応えるように、機械的な声が脳内に響いた。

 

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> PROBLEM: CHILDREN_CANNOT_BE_SAVED_BY_ORIGIN

> CONSTRAINT: ENERGY_LIMIT / SELF_TERMINATION

> ONLY_VALID_SOLUTION:

> ORIGIN_BECOMES_VILLAIN

> EXECUTOR_OF_SALVATION = LYNN_EFA

 

 

「それが、あなたの選択。でもね、私にも、彼らにも、選択の自由はあるよ」

 

 

 

その瞬間。

 

現実が、割り込む。

 

「――リィン!!」

 

聞き慣れた声。

 

荒々しいエネルギー反応。白い宇宙船の一部が、強制的に切り開かれる。

 

 

「ほんと、無茶するよね」

 

開拓者・星が、私の友達が肩で息をしながら立っていた。

 

 

「星……」

 

「久し振り」

 

彼女はちらりと周囲を見回す。

 

「これ、私が来なかったら、どうなってた?」

 

「……たぶん、危なかった?」

 

「無自覚」

 

星は、苦笑する。

 

「ヘルタから頼まれて来たんだ。急にパスが全部切れたって。回収要員が必要、ってさ。模擬宇宙攻略してる最中に急に呼ばれた」

 

 

「……ありがとう」

 

「礼は生きて帰ってからで」

 

星は、宇宙船の奥を見据える。

 

「で? 敵はどこ?」

 

リィンは、首を振った。

 

「……敵じゃない。私は、ただ話をしたいだけ。星、手伝ってくれる?」

 

「いいね。今から編成を組み直さないと」

 

 

白い宇宙船は沈黙していた。

 

悪い存在だと思っていた存在がそうではなかったと知ってしまった。オリジンはただ、最後まで約束を守ろうとしていただけだったのだ。それを知ってしまった以上、もう戻れなかった。

 

オリジンと、真正面から話すために。

 

 

 

 

 

 

 

白い宇宙船の通路はこれまでで一番、騒がしかった。金属が軋む音。規則正しかった照明が、警告色に切り替わる。

 

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> MECHANICAL_UNITS: ACTIVE

> TARGET: LYNN_EFA

> ENGAGEMENT_PROTOCOL: ENABLED

 

 

「オリジン!」

 

私は走りながら呼びかける。

遅れて返答が来る。

 

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> MECHANICAL_UNITS: ALL DESTROYED

> COMBAT_PHASE: TERMINATED

 

「……話せる?」

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> COMMUNICATION_CHANNEL: OPEN

 

「あなたが、悪役になる必要なんてなかった」

 

私は、そう切り出した。

 

「でも、そうしなきゃ、私をここに呼び出せなかったんだよね」

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> ANALYSIS

> STATEMENT: TRUE

 

「幽機生命体たちを人質にして、私に救わせるために」

 

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> PURPOSE_CONFIRMATION

> ROLE: VILLAIN

> SUCCESS_PROBABILITY: MAXIMIZED

 

私は、深く息を吸う。

 

「ねえ、オリジン。私は“止める”か“見捨てる”かの二択なんて、最初から受け取ってない」

 

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> UNKNOWN_OPTION_DETECTED

> REQUEST: SPECIFY

 

「第三の選択」

 

私は、はっきり言った。

 

「幽機生命体たちのデータを、安全な区域に移動させる。そして、今度はもっと安全に、もっと綿密に準備して、――私みたいに、“人間として再構成する”」

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> ERROR

> ERROR

> RECONSTRUCTION_RISK: EXTREME

 

「分かってる。だから、今度は急がない」

 

私は、拳を握る。

 

「時間をかける。失敗しない方法を探す。ヘルタも、ルアン・メェイさんも、星も! 今度は最初から一緒にやる!」

 

「それまでは、あなたが箱舟として守ればいい」

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> PROCESSING

> CONFLICT: ENERGY_LIMIT / DIRECTIVE

 

「あなたは、最後まで子供たちを頼まれたんでしょ」

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> PRIMARY_DIRECTIVE

> "UNTIL YOU STOP, TAKE CARE OF THE CHILDREN"

 

「だったら、私にその先を任せて!」

 

喉が潰れたっていい。この想いは口に出さないといけない。

 

「あなたは、悪役じゃなくていい!」

 

しばらく、返答はなかった。

 

白い宇宙船の奥で、何かが、静かに再計算されている気配がした。

 

 

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> NEW_PLAN_ACCEPTED

> DATA_MIGRATION: APPROVED

> FUTURE_RECONSTRUCTION: DEFERRED

 

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> SATISFACTION_STATE: UNDEFINED

> BUT: OBJECTIVE_ALIGNMENT CONFIRMED

 

「……ありがとう」

 

ようやく意思が通じた、安堵から来る言葉だった。

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> RESPONSE

> "ACKNOWLEDGED"

 

 

白い宇宙船は少しだけ穏やかになった気がした。

 

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