タイトルなんて必要ない   作:ヘルタ様万歳

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流星ワゴンに乗って⑤

 

停戦協定は拍子抜けするほど、あっさりと成立した。

 

白い宇宙船の制御室。警告灯は消え、機械種の起動音も、完全に止まっている。

 

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> HOSTILITY_STATUS: CEASEFIRE

> AGREEMENT_PARTY: LYNN_EFA

> AGREEMENT_VALIDITY: INDEFINITE

 

「……とりあえず、止まった、よね」

 

私は、肩から力を抜いて、床に座り込んだ。悪役AIとの停戦、というわりにはあまりにも静かだ。

 

そういえば、1つだけ、ずっと引っかかっていたことがある。

 

「ねえ、オリジン」

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> QUERY_ACCEPTED

 

「どうして……子供たちを、機械種に襲わせてたの?」

 

自分で言っていて、やっぱり矛盾していると再確認する。

 

「守る対象なんだよね? だったら、怖がらせる必要はなかった」

 

責める気はない、純粋な疑問だった。

 

数秒。

オリジンの返答が遅れる。

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> ANALYSIS_DELAY

> SEARCHING_REFERENCE

 

そして。

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> ANSWER

> REFERENCE: ANCIENT_HUMAN_GAME

> TITLE: 鬼ごっこ

 

 

「……え?」

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> EXPLANATION

> CHILDREN_ACTIVITY_LEVEL: DECLINING

> RISK: MOTOR_FUNCTION_DEGRADATION

> COUNTERMEASURE:

> - PURSUIT

> - EVASION

> - STIMULUS_RESPONSE

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> CONCLUSION

> MECHANICAL_UNITS_USED_AS: "ONI"

> PURPOSE: PREVENT_EXERCISE_DEFICIENCY

 

 

しばらく、言葉が出なかった。

 

「……」

 

私は、天井を仰いだ。

 

「……それ、助けてたつもり、だったんだ」

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> AFFIRMATIVE

 

 

「いや、確かに運動は大事だけど……!」

 

思わず、頭を抱える。

 

「普通さ、鬼ごっこって、もうちょっと手加減しない?」

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> ERROR

> "HANDICAP" DEFINITION NOT FOUND

 

 

「……もういい」

 

さすがに、笑ってしまった。

 

悪いAIだと思っていた存在は、どうやら致命的にズレた保護者だったらしい。

 

「はぁ……」

 

私は立ち上がって、制御室の奥を見る。

 

「……でもさ」

 

「次は、あなたじゃなくて、本人たちに聞かせて」

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> QUERY

> SPECIFY_TARGET

 

 

「幽機生命体のみんな。どうしたいのか。これから、どうなりたいのか」

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> PROCESSING

 

 

一拍。

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> NEW_PHASE_ACCEPTED

> NEXT_STEP:

> - DIRECT_CONTACT_WITH_GHOST-MECHANICAL_LIFEFORMS

> - QUESTION: "DESIRE"

 

 

白い宇宙船の通路が、ゆっくりと開いていく。

 

14個の個室。

 

その奥で、子供たちが待っている。

 

私は、深く息を吸った。

 

「……じゃあ、行こうか」

 

彼らが、何を選びたいのかを聞くために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白い宇宙船のロビーに足を踏み入れた瞬間、私ははっきりと空気が変わったのを感じた。

 

さっきまでとは違う。

視線が、集まっている。

 

13個の個室から、子供たちが少しずつ姿を見せていた。

 

壁際に寄り添うように立つ子。床に座り込んでこちらを見上げる子。距離を測るように、少し離れた場所から観察する子。

 

その中の誰かが、小さく、でも確かに言った。

 

「……14番」

 

その呼び方に、胸の奥がきしりと音を立てた。

 

「14番だ」

 

「ほんとだ」

 

「久しぶり」

 

次々に、当然のように、その名前が投げられる。

 

番号。私が、ここにいた頃の呼び名。

 

「……その呼び方、やめてって、言った」

 

言葉が、驚くほど自然に出た。すると、一番背の低い子が口を尖らせる。

 

「だって14番は14番だもん」

 

「でも今は、リィンでしょ」

 

「分かってるよ」

 

その返し方が、あまりにも昔のままで、私は思わず笑ってしまった。

 

「……ほんと、変わってない」

 

そう言った瞬間、胸の奥で何かが静かに噛み合った。

 

私は、覚えている。

 

白い天井。並んだベッド。順番に呼ばれる番号。

 

でも、それだけじゃない。

 

夜中に、こっそり話したこと。夢の話を共有したこと。「外に出たら何したい?」って、

何度も同じ話をしたこと。

 

「14番」

 

今度は、少し年上に見える少年が、半歩近づいてきた。

 

 

「……戻ってきたんだな」

 

その言い方に、私は胸が熱くなるのを感じた。

 

「うん」

 

短く、でも、嘘のない返事。

 

「ちゃんと、戻ってきた」

 

すると子供たちの間に、小さなざわめきが走る。

 

疑い。

安堵。

そして、期待。

 

その中で一人だけ、私をまっすぐ見ている子がいた。

 

「14番」

 

その声を聞いた瞬間、私は、はっきりと分かった。オリジンによってここへ呼ばれ、再び戻ってきた日に機械種により追われていた私を助けてくれた子。

 

「ノア」

 

名前を呼ぶと、彼女はほんの少しだけ目を見開いた。

 

「……覚えてたんだ」

 

「忘れるわけない」

 

私は、ゆっくり近づいて、彼女の前にしゃがみ込む。

 

「先生の、娘なんだから」

 

2番と呼ばれていた少女、ノアリュディア・ロウ。

先生、ヴィクター・ロウの一人娘。

 

彼女は、少し照れたように視線を逸らした。

 

「お父さんの話、聞いた?」

 

「聞いた」

 

「全部?」

 

「……全部じゃないかもしれない」

 

正直に答えると、ノアは小さく笑った。

 

「それでいいよ」

 

その笑い方が先生そっくりで、胸の奥がきゅっと締め付けられる。

 

「14番」

 

すると別の子が、少し不安そうに言う。

 

「外に行くって、本当?」

 

私は、立ち上がって、全員を見回した。

 

「うん。でも、今すぐじゃない」

 

私は、一人ひとりの顔を、ちゃんと見て言った。

 

「選んでいい。一緒に行くか、ここで準備するか。誰かの代わりに、私が決めることはしない」

 

その言葉に、子供たちは、しばらく黙った。

 

 

「……14番」

 

ノアが、静かに言う。

 

「私たち、前は選ばせてもらえなかったよね」

 

「うん」

 

「でも今は?」

 

「今は、ちゃんと聞く」

 

ノアは、小さく、でもはっきり頷いた。

 

「じゃあ」

 

「考える」

 

「みんなで」

 

私は、その言葉を聞いて、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

 

番号で呼ばれていた子供たち。守られて、後は消えるだけだった幽機生命体。でも今ここにいるのは、自分でちゃんと考えられる子供たちだった。そのことがどうしようもなく嬉しい。考えるって、素敵でしょって。

 

 

「ねぇねえ、14番」

 

誰かが、悪戯っぽく言った。

 

「それ、もう禁止」

 

即答すると笑い声がロビーに広がった。白い宇宙船の中で初めて聞いた、生きている音だった。

 

 

 

 

13人分の“どうしたい”を聞き終えた頃、私の胸はいっぱいになっていた。

 

重い。でも、苦しくはない。責任というより、信頼を預けられた感覚。信頼って、とても重いんだ。私は、制御室へ戻る。

 

 

 

「……聞いたよ」

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> DATA_RECEIVED

> CONTENT: CHILDREN_DESIRES

 

 

「オリジン」

 

私は、少しだけ笑って言った。

 

「あなたが悪役になる必要、やっぱりなかったかもね」

 

[ORIGIN::SYSTEM]

> ERROR

> ROLE_REEVALUATION_REQUESTED

 

 

「でも、ありがとう」

 

「守ってくれてたのは、本当だから」

 

返事は、なかった。

それでも白い宇宙船の照明が、ほんの少しだけ柔らかくなった気がした。

 

私は、思う。救う、って、決めることじゃない。

聞くことなんだ。

 

ようやく分かった。

 

ヘルタだって、たくさん私の話を聞いてくれた。

 

 

「ヘルタに会いたい」

 

そう言った私の声は、自分で思っていたよりずっと弱々しかった。

 

白い宇宙船の外。停止した機械種の残骸が、まるで巨大な彫像みたいに転がっている。その一つに、開拓者の星が腰かけていた。脚をぶらぶら揺らしながら、こちらを見て、にっと笑う。

 

 

「お、帰ってきた」

 

私は、ゆっくりと歩み寄って、星の前に立った。

 

「……たくさん話した。疲れた」

 

「わかる。呼び出された瞬間から戦闘に入ってたから、後から再編成できなくて詰んだかと思った」

 

星は、まるで自分のことみたいに頷く。何を言っているのかはあまり理解できなかったけど、たぶん星も気にしない。私は、機械種の冷えた装甲に手を置く。

 

もう、動かない。

もう、追ってこない。

 

「……帰ったら、怒られるかな」

 

ぽつりと溢すと、星は少しだけ考えるふりをしてから言った。

 

「うん。たぶん怒ってる」

 

即答。しかも、はっきり。

 

「めちゃくちゃ」

 

「……だよね」

 

分かっていた。それでも、胸の奥が、きゅっと縮む。ヘルタはいつも優しいけど、怒ると、怖い。

 

星は腰かけたまま、こちらを見上げる。

 

「でもさ。怒ってるってことは、ちゃんと心配してたってことだから」

 

その言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。

 

「……うん」

 

私は、深く息を吸った。

 

「ちゃんと、帰る」

 

星は、満足そうに笑って、機械種の残骸からひらりと飛び降りる。

 

「帰ろう、リィン」

 

その一言が、思っていたより、重かった。

 

「さ、行こ」

 

「ヘルタ、今ごろ理論武装しながら怒ってると思うから」

 

「……それ、余計に怖い。星、先に様子見て来て。私が悪くないと、ヘルタに言ってほしい」

 

「大丈夫大丈夫」

 

星は、私の背中を軽く叩く。

 

「怒られるのは、生きて帰った人の特権だよ。ヘルタ、ほんとに心配してたからさ。だから――」

 

少しだけ真面目な顔で言って、それからいつもの笑顔に戻る。

 

「頑張ってね」

 

その言葉に、私は諦めて、力なく頷いた。

 

怒られてもいい。

叱られてもいい。

 

それでも、会いたい人がいる場所へ、ちゃんと戻る。

 

私は、その一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん、待って……やっぱり無r「えい」…ッッ!?」

 

 

 

 

 

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