タイトルなんて必要ない   作:ヘルタ様万歳

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区切り方が下手くそなので短いです。


すれ違い交差点③

 

 

「……ヘルタさん」

 

手首を少しだけ強く掴まれている。

でも、少しも怖くはなかった。

 

ただ、少しびっくりしただけだ。

 

「近いです」

 

「……」

 

「お菓子、合わなかったみたいですね」

 

私は、そう言って、少しだけ笑った。

 

 

逃げたくない。

責めるなんて以ての外、否定もしない。

 

「今日は、もう休みましょう」

 

そう言って、ヘルタさんの指をそっとほどくと、ヘルタさんはそのまま、しばらく動かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

休日を挟んで月曜日。

 

何事もなかったように、私は研究室に足を踏み入れた。

 

「おはようございます」

 

「……ええ」

 

ヘルタさんは、先週とは完全に別人のように、いつもの冷静な顔をしていた。

 

 

「先週のことだけど」

 

「大丈夫」

 

私は、少しだけ、砕けた口調で言う。

 

「たまには、ああいう日もある」

 

「……」

 

ヘルタさんは、明らかに困惑した顔をしていた。いつも堂々としている彼女にしては珍しい弱々しい姿についギャップを感じてしまう。してやったり、的な。

 

 

「……あなた、急に距離を縮めるね」

 

「うん」

 

私は、にこっと笑う。

 

「縮めてみた。嫌だった?」

 

「別に、良いんじゃない?」

 

「……呼び方も、」

 

「ん?」

 

「……やっぱりなんでもない。何がそんなに楽しいんだか」

 

ヘルタは何処か拗ねた様にぷいっとそっぽを向いてしまった。

 

「これからもよろしくね、ヘルタ」

 

「…、……。……えぇ」

 

 

その日から研究室に漂う空気が、ほんの少しだけ変わった。

 

 

私は、何でもなかったふりをした。

 

昨日のあの距離も。

あの言葉も。

掴まれた手首も。

 

でも。

 

胸の内側だけは、きっと誤魔化せない。

 

私はあの時、少しも嫌じゃなかったから。

 

もちろん驚いたし、戸惑いもしたけど。一番に湧いた感情は恐怖ではなくて、暖かい気持ちが溢れる様な嬉しさだったから。

 

私はきっと、ヘルタさんのことを特別だと思っているんだ。思い出さなくても、過去を知らなくても。

 

今の私として、誰かを好きになることは、ちゃんと出来てしまうのだ。

 

その事実が何よりも嬉しい。

 

 

 

 

 

 

 

次の日の夜。

 

研究室には、いつもの様に私とヘルタさんしかいなかった。

 

いつもの端末音。

いつもの無言。

 

ただ、お互いがいつも通りじゃないことだけははっきり分かる空気だった。

 

「リィン」

 

「なに?」

 

私が砕けた口調で返した瞬間、ヘルタさんの指がほんの僅かに止まった。

 

「……この、変数のことだけど」

 

「うん」

 

 

それから私は、少しずつ。本当に少しずつだけど、ヘルタさんに甘えるようになった。

 

「そこ、入力間違ってる」

 

「どこ?」

 

椅子ごと、くるっと彼女の方を向く。

 

「……ここ」

 

「ほんとだ。ありがと」

 

以前より距離が近い。

でも私は、それを近いとすら意識していなかった。そこにいるのが、当たり前になっていく。

 

疲れた時。

 

「……ちょっと休憩しない?」

 

「まだ5システム時間しか経ってないよ」

 

「5分だけ」

 

「……3分」

 

「ケチ」

 

そんなやり取りを私は自然にやるようになっていた。

 

以前の私は、こんなふうに人に踏み込まなかった。踏み込めなかった。でも今は踏み込むことが不思議と怖くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜。

久し振りに通信機が、短く震えた。

 

【星】

『生きてる報告その④』

『今日は空に浮かぶ大きな船』

『なんか通せんぼされたかと思えば偉い人からお使いを頼まれた』

 

【画像】

・船が浮かぶ風景

・何故か狐耳の生えた女性の写真

・半目の自撮り

 

私は、思わず吹き出した。

 

『知らない人に着いていかないようにね』

 

【星】

『もう遅い』

 

「……遅かったか」

 

まぁ、無事なら、いっか…?

 

 

少し間が空いてから、次の文字。

 

【星】

『そういえば最近』

『リィンとヘルタ』

『なんか距離縮んでない?』

 

──鋭すぎる。

私は一瞬、通信機を持つ指を止めた。

 

『……どこでそんなこと思ったの』

 

【星】

『勘』

『と、文章のテンポ』

 

私は、小さく笑ってしまった。

 

『そんなに変わった?』

 

【星】

『変わった変わった』

『前はさ』

『もっとよそよそしかったじゃん』

 

少しだけ考えてから、こう返した。

 

『たぶん』

『仲良くなっただけ』

 

【星】

『へー』

『ふーん』

『へぇー』

 

明らかに、からかうときの三段構えだ。

 

『……なに』

 

【星】

『いやー』

『なんかさ』

『幸せそうで良いじゃん。今度模擬宇宙行くから分けてね』

 

 

返事を打ちかけて、やめた。

 

代わりに、星のスタンプをひとつだけ送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ルアン・メェイ」

 

「はい、何でしょうか」

 

「あなた、私に何を食べさせたの」

 

「糖分と、ほんの少しの情動促進成分です」

 

「ほ・ん・の・す・こ・し?」

 

ヘルタの声は完全に理性を保ちながら、その内側だけで情熱的に燃えていた。

 

 

「私が、どれほど長い時間をかけて、感情と距離を調整してきたか……理解してる?」

 

「はい。だからこそ、ほんの少しだけ崩してみました」

 

ルアン・メェイは、静かに微笑む。

 

「口に合いませんでしたか?」

 

「……あなたは、私が言うのもなんだけど、性格が悪いね」

 

「よく言われます」

 

ヘルタはゆっくり息を整えてから、ごく小さな声で言った。

 

「……でも」

 

言葉が、一瞬だけ揺れる。

 

「……結果的に彼女が私の隣で、前よりも自然に笑っている」

 

ルアン・メェイは、小さく頷く。

 

「それは、非常に良い変化だと思います」

 

ヘルタは、視線を逸らす。

 

「認めたくはないけれど」

 

その声は、もう怒っていなかった。

 

 

 

 

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