──死んだ。
その感覚だけは、曖昧ながらも確かだった。
血の流れが止まり、脳が焼け落ち、視界が暗転する直前。
刹那は「死んだ」という結論に至り、そのまま意識が深い水の底へ落ちていった。
痛みも、呼吸も、鼓動もない。
ただ、落ちていく。
落ちて、落ちて、落ちて──
(……俺は……終わったんだ)
誰の顔が浮かぶでもなく、ただ静かだった。
五条悟。
夏油傑。
家入硝子。
夜蛾学長。
仲間たち。
後輩たち。
反転術式習得してからやけに懐っこくなったドブカス野郎。
いつの間にか、その全てが自分の手の届かないところへ遠ざかっていく。
(……俺は……これで良かったのか……?)
その問いを最後に、思考さえも薄れ──
突然、眩い光が刹那の視界を包む。
地面の感触が足裏に戻ってきた。
風。
光。
匂い。
―乾いた風の音がした。
それが、死んだはずの意識に最初に触れた“現実”だった。
瞼をゆっくり持ち上げる。
目に飛び込んできたのは、見覚えのない天井。
古びた木材、薄くひび割れた白いペンキ。
窓の隙間から差し込む夕焼けの光が、室内の埃を照らしている。
(……ここ、どこだ?)
加茂刹那はぼんやりと起き上がった。
寝返りの感触が軽い。身体が……少し小さくなっている。
まず、理解が追いつかない。
最後の記憶は、宿儺の斬撃が迫り、
反転術式は間に合わず、身体が半分吹き飛んで――
宿儺の「誇れ」が耳に残りながら意識が落ちていった。
死んだ。
どうあっても、死んだ。死んでいなきゃおかしい。
――なのに。
刹那は息を吸い、驚く。
(……呼吸、できる。痛みも……ない?)
(待て、俺……生き返ったのか?)
慌てず、まず手を伸ばす。
自分の手が見える。
いつもより心なしか小さい気がする。
指先は丸く、皮膚には傷が少ししかない。
呪術師として生きた証のような古傷も、血管の焼け跡もない。
(……?俺、ガキに戻ってんのか?)
胸中に、乾いた笑いが漏れた。
次に呪力の流れを確認する。
重いような軽いような不思議な違和感はあるが――
呪力は普通に使える。
術式、赤血操術も、問題なく使える。
反転術式も、少し違和感はあるが使える。
(……術式が生きてる。俺の“力”は残ってんのか)
死んだ後、身体だけが変わったのか。
魂ごと別世界へ飛んだのか。
それとも……もっと妙な現象なのか。
分からない。何もわからない。
だが確認すべきことは山ほどある。
刹那は足をベッドから下ろし、ぎしりと床を踏む。
部屋の中は、見たことのない文化だった。
木造だが、どこか日本でも海外でもない。
机には乾いたパンと、水筒。
壁際に見慣れない制服のような衣服が掛けられている。
(……外国?)
窓の外が、赤く光った。
刹那はゆっくりと窓の外を覗く。
そして、息が止まった。
…一面の砂漠。
だが瓦礫ではない。
砂の海の中に、いくつか建物が点々と残っていた。
廃れたレンガの校舎、半壊した標識。
無意味に広い道路。
砂に埋もれたフェンス。
乾ききったプールの跡。
文明はある。
しかし、あまりに放置されすぎている。
(……なんだここ。廃れた村?都市の廃棄区?)
あるいは――
(アフリカ……ミゲルの故郷とか……?)
百鬼夜行後に五条に目をつけられてしまった可哀想な奴を思い浮かべる。
自分も憂太と五条にアフリカまでついていったが、五条に遭遇したときのミゲルの顔は本当に面白かった。
哀れなりミゲル・オドゥオール…!
…とにかく砂漠に放り出され、家に置かれる状況なんて他に知らない。
だが、目の前の風景は明らかに違う。
もっと人工的で、もっと“学校”の残骸みたいだった。
刹那は窓の枠に手をかけながら、呟く。
「……アフリカじゃねぇよな、さすがに」
風に混じって、何かが聞こえた気がした。
古い電柱が軋み、砂の上を鳥の影が横切る。
この世界は、生きている。
だが、自分がいた呪術界とは絶対に別物だった。
刹那は外の景色をゆっくり見回す。
遠くには……巨大な建造物が見える。
そこに青い文字がかすかに残っている。
「アビ……ドス……?」
読めた。
「アビドス……自治区?」
とりあえずアビドスという文字について考察してみる。
(……アビドス?そんな高校あったっけか?)
とにかく現実離れしている。
砂漠、学校跡、放棄された街、未知の建物群。
それでいて呪力は使える。
そして、誰も気配がない。
何より――
(“俺は、生きてるのか?”)
死んだはずの自分が、知らない場所で目覚め、
昔の身体で、呪力を持ったまま。
混乱しない方がおかしい。
刹那は深く息を吐いた。
「……はぁ。まぁ、なんでもいいか。まずは外を確認だな」
部屋の隅に置かれていた木製の靴を履き、扉に手をかける。
ギィ……と扉を開けた瞬間、乾いた空気とともに新しい景色が目に飛び込んできた。
古い木造の廊下。さっきまでいた部屋は寝室だったのだろう。
砂を含んだ風が入り込み、床に薄い砂の帯ができている。
だが、その砂の横に不自然に並んだ“紙束”が目に入った。
白い、まだ新しい紙。
割と最近送られてきた書類らしい。
刹那は眉をひそめた。
(……なんだこれ。生活感ゼロの部屋だったのに、資料だけ残ってんのか?)
近づくと、紙の束は日本語で書かれていた。
『アビドス高等学校』
アビドス――
やはりさっき窓から見えた文字は間違いではなかった。
刹那は手を伸ばし、紙を拾い上げる。
その瞬間だった。
ガンッ!!
頭を殴られたような衝撃。
視界が白く弾け――
ザァァァッ!
瞬間、刹那の脳内に溢れ出した存在しない記憶ーー
“知らない記憶”が洪水のように流れ込んできた。
――砂埃の舞う廊下を、走っている
――購買の前でくだらない話をして笑っている
――補習をサボって屋上で昼寝している
――「セツナ、また宿題忘れたの?」と呆れ声が響く
ーー親が死んで、アビドスに引っ越している
ーーラーメン屋で、580円で麺を食べれて歓喜している
刹那の膝ががくりと折れた。
「っ……なんだこれ……!?」
痛みすらないのに、脳が焼けるように熱い。
見たことがないはずの景色。
聞いたことのないはずの声。
存在するはずのない記憶が、鮮明に脳を揺らす。
(誰だ……?俺はこんな…こんな生活送ってない…!
こんな平和な記憶……こんな温い日常……俺は生きてねぇ!
なんだこれ…なんなんだよこれは!!)
でも――
記憶の中の“俺”は笑っていた。
誰かに肩を叩かれ、楽しそうに。
「……は、ぁ……?」
刹那は息を荒くし、額を押さえる。
廊下に砂が落ち、紙束が風で揺れる。
(ありえねぇ……これは俺の人生じゃない……!
でも……“俺”として自然に思える。なんだこの違和感……?)
記憶はさらに膨れ上がろうとする。
しかし、刹那は歯を食いしばって遮断した。
「落ち着け……!こんなの……ありえない……!」
吸い込まれるような感覚から逃れ、ようやく頭痛が収まる。
呼吸を整え、刹那は紙束を睨んだ。
この資料は、明らかに“自分”について書かれたものだった。
◆アビドス高等学校『入学者情報』
– 名前:加茂 セツナ
– 年齢:15
当然のように書かれている。
(……俺の人生が“書き換えられてる”ってことか?
転生後の人生が、既に存在している……?)
紙をめくる手が震えた。
これは夢でも妄想でもない。
呪術でも説明がつかない。
――この世界は俺を“加茂セツナ”として歓迎する準備を整えていた。
だが、それは本当に俺の人生なのか?
砂漠の風が、紙束をまた揺らした。
セツナはゆっくりと立ち上がった。
(くそ……わけがわかんねぇ……でも――)
(あの記憶……俺のじゃねぇのに。なんで……なんであんな鮮明なんだよ)
呪力、記憶、転生。
刹那は乾いた廊下を見渡し、低く呟いた。
「……行くっきゃねーか。
せっかく生き帰ったんだし、楽しんでもバチは当たらんだろ」
こうして加茂"セツナ"は、しばらく時間をかけつつも
“存在しないはずの記憶”を受け入れて吹っ切れアビドス高校へ入学することになった。
これから刹那はアビドス高校で頑張ってくと言うことになります。なんでも許せる人はぜひご期待ください!
追記:誤変換あったんで直しました。すいませんでした。
ユメ先輩助ける?
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助けない