侍の国においたわしい兄上殿を突っ込んだ話   作:あんまん太郎

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 武士道とは何か?

 侍とは何か?

 

 家の格だの身分だの、それでいばり散らす連中が“侍”なのか。

 他人と比べても恵まれた環境下で剣を振るい、講武館という名門で学びながらも、俺はガキの頃からそんな漠然とした疑問と不満を抱いていた。

 

 ──君は、侍に資格が必要だと思っているんですか?

 

 当時から鬱屈としていた日々の中──吉田松陽という男との出会いや、銀時との敗北は、俺にとっては衝撃的なものだった。

 

「私はそうは思いません」

「武士道とは、何も国や主君に忠義を尽くすことだけを指すのではありません。弱き己を律して、強き己に近づこうとする……その意志があれば、それもまた──侍の姿でしょう」

 

 勉学に励み、少しでも真っ当な人間となろうとすることも。

 氏も素性もしれなくとも。

 護る主君も戦う剣も持たなくとも。

 少しでも強さを求め、自分の意志で道場破りに来たキミもまた、立派な侍なのです。

 

「君は、君の思う侍になればいい」

 

 門下生でもなんでもないガキに、吉田松陽という男は、先生のように、優しくそう言った。

 

 だからだろうか。

 何度も敗北を喫しながらも、俺は銀時に挑むことをやめなかった。

 講武館の同期から後ろ指を指されても、親にも一族の面汚しと言われても。

 

 食事を抜かれ、頭を冷やせと夜の外に放り出されても──

 

「──お前か……鬼の子に挑み続けているという…人の子は……」

「……!」

 

 全身の細胞が絶叫し泣き出すような感覚とは、このことを言うのかもしれない。

 人気のない神社で夜を明かそうとした俺は、幽鬼のように現れたその男の圧に、防衛本能から竹刀で斬りかかっていた。

 

「年の頃は12…あたりか……」

 

 振り下ろした竹刀は、まるで見えない壁に触れたかのように止まった。

 いや、違う。男がいつの間にか手にした刀の峰が、俺の竹刀を受け止めているのだ。

 その表情は微動だにせず、ただ闇の奥から俺をじっと見ている。

 

「その若さでそこまで練り上げられた剣技……私に怯みはしたものの…それを押さえ込み…斬りかかる胆力……。普段は稽古に関心を持たぬあやつが…珍しく兄弟子と励んでいるのも…よく分かる……」

 

 そう言いながらも、俺の渾身の一撃は軽い力で押し返され、竹刀ごと身体を飛ばされた。なんとか体勢を整えた俺を、男は興味深そうに見下ろす。

 ガキの俺でも分かった。

 この男の強さは、異次元だ。

 

「お前も……あの私塾の関係者、いや、教師……なのか?」

「半分は当たっている……。だが私は…教師などと大それた器は持たぬ……悠久にある時間のなか…旧き知り合いに協力しているのみ……」

 

 俺はふと思い出す。昼間や晴れた日には決して現れない、異常な強さを持った剣の指導者が道場のガキどもに鬼のような指導を施すという噂を。

 あれは吉田松陽のことだと思っていたが……この噂に関しては、目の前の男が正体なのだと気が付いた。

 

「……あんなガキ(孤児)たちを集めて、手習いや剣を教えて、侍になると思ってるのかよ」

「知らぬ……それは私が…聞きたい……」

「はあ?」

「私は……侍になり切れぬ、ただの残骸…。そんな私が教えられるものなど…ほとんどない……。だからこそ…あの男(松陽)が言ったように……自分より大きな存在があることを知りながら…器量や身分に関係なく……迷い…苦しみ…それでも弱さを乗り越えようと生きる人間を……“侍”と呼ぶのなら……」

 

 男が見上げた夜空には、三日月がひとつ浮かんでいる。

 

「その道を極めた者たちが…辿り着く場所を……。道を誤った者だからこそ……見てみたい……ただ…それだけだ……」

 

 静かな声に、決意とも諦念ともつかない感情が滲んでいる気がした。

 男は、月に向けていた視線をついと俺に寄越す。

 光を弾くその瞳は暗く、過去の傷を炙り出されるようでありながらも、どこか遠い場所へ導くための灯火を求めているようにも見えた。

 

 

 

 

 

 翌朝。

 俺のもとにツナマヨおにぎりを持って現れた桂に、足繫く道場破りに通うことについて「何か見つかったのか?」と聞かれ、俺は「あぁ」と頷いた。

 

 俺が弱いことはわかった。

 俺より強い奴が山ほどいるのはわかった。

 

 ──ならせめて、あいつらより強い“侍”になりてェ。

 

 

 

 

□■

 

 

 

 

 さまざまな思惑が行き交う江戸の町。

 

 血を取り込んだことで虚の下した命令に付き従うだけの操り人形となり、敵味方も関係なく暴れ回っている天導衆・奈落、そして虚の手に堕ちた春雨軍。

 

 虚による混沌がもたらされる中、そこに抗う人々はもはや将軍関係者のみならず──江戸やかぶき町の人々もまた、大切なその場所や誰かを護るために、共に剣を持ち、戦い始めていた。

 

 そして朧は──()()()()()()()()()()()()()()

 

 二つの影が交錯し、錫杖と刀がぶつかり合う。甲高い音が、乾いた土地に響き渡る。

 互いの動きには無駄がない。似通っているところもあれば、まるで違う動きもある。それは同じ師の下にいながらも互いに道を違えていったことの現れだろうか。どちらにしても、因縁の終着点を悟っているかのようだった。

 

「──師を取り戻すために、師を殺した。私もお前も同じだ。己の弱さゆえに、師を失った」

 

 殺意を伴いながらも膠着する戦況で、朧が口を開いた。

 

「侍は、護るべきものを護れなかった時に死ぬ。例え生き残っても……思うべき武士道から外れた時、それはもう、死んだと同じだ」

 

 睨み合う眼差しは揺るがず、長年の修羅を歩んだ者だけが持つ冷え切った覚悟を湛えている。

 

「だからあの場で死ねればよかったものを、それはできなかった。だから我らは生き恥を晒して、こんなところまできてしまった」

 

 その顔を、悲観と諦観に滲ませる。

 朧の覚悟の揺らぎが吉田松陽を殺し、高杉は自分の迂闊さが吉田松陽の死を招いた。と、互いに考えている。

 それが自分の手によるもので終えたならまだしも、銀時と黒死牟にそれをさせようとした、させてしまった。しかし、どちらも彼らを責めることは一切なかった。

 

「……同じ師たちを持った時から、我等はこうなる運命だったのだろう。罪を犯し、罪を許され、罰を求める者同士。どちらかが罰を与えなければ──もう一度師を殺めようという新たな罪と覚悟を背負うことなどできない」

 

 朧は、高杉の懐から感じる異様な気配に気が付いていた。

 予備の脇差などではない。

 穏健派の攘夷志士である桂一派とは違い、高杉は天人とも手を組み、過激な暴動も意に介さず、宇宙に上がることも多かった。ならば、アルタナに関する知識やそれに関連する武器の鍛刀も問題ではないはずだ。

 敬愛する師が不老不死であることを知らされたあの日から──高杉もまた、大切な仲間たちが大切な人たちに剣を振るうことがないよう──自分の手でケジメをつけようとしているのかもしれない、朧と同じように。

 

「ハ……いつになく、よく喋るじゃねえか。あんたが俺の何を知ってる」

「何も……。ただ、お前が銀時に一勝を刻むまでにこさえた怪我の数は、よく知っている。お前と銀時のおかげで、うちにある包帯は使い尽くしたからな」

 

 高杉は朧の言葉を聞き流し、ふっと笑う。

 

「包帯の心配なんざ、銀時にでもしてやれよ。奴はまだ、自分の武士道なんてものを捻じ曲げねえで歩き続けてやがる。折れたままでも歩く。俺やあんたとは違ってな」

「……そうだな」

 

 高杉の声は低く、しかし確かに響いた。

 選んだ道の重さを噛みしめるように、目を伏せる。

 

 静かに得物を抜き、構えを取る。

 師たちや仲間たちとの思い出、裏切り、そして積み重ねた血の道。

 そのすべてが、次の一太刀に込められている。

 

 忌まわしくも温かな過去を抱え、互いが懐へと踏み込んだ。

 が。

 

「なっ──」

 

 その錫杖と刃が、互いに届くことはなかった。

 

 朧と高杉の得物が交差する寸前、二つの影が横から滑り込み、それぞれが振り下ろした刃を自らの刀で受け止めたからだ。

 

「ッ、銀時……!」

「ったくよお……クソ真面目とクソ真面目がいがみ合ったところで、なんの化学反応も起きねえぞ」

 

 高杉の刀を受け止めたのは、銀時の木刀だった。

 

「そうだ、落ち着け貴様ら。お前たちが本当に斬りたいものは、互いではないはずだ」

「桂……なぜお前までここにいる」

 

 錫杖と刀の向こう側にいる桂の顔を見て、朧は目を細める。

 桂はフッ、と涼やかな笑みを浮かべた。

 

「──別に、将軍や幕府の味方をするわけではない。銀時や師範からは、事前に聞いていたのでな。今回はもはや江戸ひいては地球の危機……そして、先生に関わることでもある。だからこそ今の俺は、攘夷志士の桂小太郎ではない。……兄弟子と同胞の阿呆な喧嘩を止めにきた、松下村塾の桂小太郎だ」

「……!」

 

 朧は微かに目を見開いた。

 

「チッ……そこをどけ、銀時」

「どきたくてもどけねーんだよ。……松陽に言われちまったからな」

 

 銀時の表情が、過去を憂うように僅かに翳る。

 

アイツ(松陽)からもらった志を果たすために、手前を斬るよりよっぽど痛ェ仇を討とうとすんなら……俺も、アイツ(松陽)からもらった魂が朽ち果てるまで、立ちはだかるだけだ」

 

 それが──それが、俺たち(吉田松陽の弟子)だろ。

 

「……」

 

 銀時や桂の言葉を聞いて、朧は押し黙った。

 

 破門されて当然だと思っていた。自分は、それだけの裏切りをした。

 だが、 巌勝や松陽は朧の行為を許し、銀時たちもそれを吞み込んだ。

 そうして行き場をなくした罪と罰の行き先も、高杉が弟弟子として朧を斬ろうすることで、罰を与えると同時に、ある意味救おうとしていた。

 それすらも──

 

「私は……いや、()()()はまだ、破門されていなかったのだな……」

 

 静まり返った空気の中に、その呟きが響く。

 

「……当たり…前だ……」

 

 そこに現れたもう一人の気配が、朧の呟きに静かに返した。

 ()()()()が、揺らぎもせず彼らを見つめている。

 

「私は…(松陽)ほど言葉を持たぬ……。だが……数百年奴と行動を共にしていたからこそ分かることも…ある……このような些末なことで…吉田松陽がお前たちを破門にするなど…あり得ぬ……」

 

 懐かしむように、黒死牟がそっと目を伏せ、「寧ろ」と続けた。

 

(松陽)が大切に想うであろう者が…志を同じくしながら…争うこと……それは…(松陽)が一番望まぬだろう……」

 

 ぽつぽつと言葉を零していた黒死牟が、「故に……」となぜか刀を抜きながら殺気を放ち始めた。

 途端に流れが変わり、銀時が「ん?」と怪訝な声を上げる。

 

「この事態……私にも責任はある……。故にまずお前たちの手足を斬り落とし…この諍いを止めよう……」

「いや喧嘩の止め方がバーサーカーかお前は! ていうか馬鹿か!!」

「師範! 流石に手足を切り落とされたら俺たちは死んでしまいます!」

「分かっている……。人間は脆い……止血はしておこう……」

「いや止血で済むわけねーだろ。脆いって思ってんなら手足斬り落とすなつってんの。やっぱり馬鹿だろ」

「銀時……お前は先ほどから……度が過ぎる……」

 

 単純な罵詈雑言の反復に、ややピキり始めた黒死牟。

 態度や言動はまったく似ていないのだが、かつて自分を追い込み痣の事実も詰められ煽られた岩柱と銀時の声は似ているので、こうして彼に粗を詰められるとたまにピキってしまうのだ。

 強めの殺気を向けられた銀時は冷や汗をかきながら、近くにいた高杉を盾にする。

 

「いや違うって! ほ、ほら、高杉くんもそう思ってるからね! ね、ほら高杉くんも黙ってないでなんか言わないと」

 

「……ふざけるなよ」

 

 これまでほとんど沈黙を貫いていた高杉が、ようやく口を開いた。

 

「……仲間だと思ってた兄弟子には裏切られ、救うはずだった恩師の首は俺のヘマでコイツ(巌勝)に刎ねられて。でもそれは俺達や先生を救うための行動だの、兄弟子も恩師もてめーも人間じゃねえだの……それを聞かされて、何も気づけなかった俺ァずっと自己嫌悪と後悔で、何度も瞼の裏の悪夢に見るくれェには焼き付いて離れなかった……だから、自滅してでも全部ぶっ壊してやろうとした矢先に、今度は先生の顔をしたバケモンが蘇って地球を終わらせようとしてやがる。……どいつもこいつも、なにもかも、邪魔しやがって……。どこまで俺の感情をぶっ壊しゃあ気が済む」

 

「うお」

 

 稀に見る高杉の長文早口言葉に、思わず銀時も反応できなかった。

 

「え、高杉くんどうしたの? お前って意味深台詞か謎ポエムしか言わないタイプだよね? ボケなのかシリアスなのか判断つかなくて反応しづらいんだけど」

 

「銀時、無理もあるまいさ」

 

 と桂がなぜかしたり顔で銀時の肩を叩いた。

 

「原作の場合でも、お前と高杉との確執や松下村塾の過去がはっきり描写され始めるのは56巻以降。だが、そのほとんどが個々のモノローグ上でしか語られず、77巻まで及ぶ激闘を経て、そこで高杉の本音が段階的に明らかになるなど、奴は相当奥手なのだ。しかしここでは既に最終章を謳っているからこそ、奴の本音が一気に出たのだろうよ。まあ奥手なのはお前もか」

「いやてめーは最終章だからってフリーダムすぎなんだよヅラ」

「フリーダムじゃない! ジャスティスだ!!」

「よしもう黙ってろ」

「晋助……すまぬが…早すぎてさほど聞き取れなかったので…もう一度…最初から喋ってほしいのだが……」

「できるかァァァ!! 人の心とかねーのかおめーらはァァァ! 貴重な高杉くんのデレを無下にしてやんなよ!!」

 

 メタ発言と中の人ネタをかます桂と、ノンデリ発言をかます黒死牟にキレつつも、銀時は溜め息を吐いて、がしがしと頭をかいた。

 

「まあ、自己肯定感低杉くんの本音がそうだとしても、ここではいそうですかって引き下がるワケねーだろ。ンなことしたら、松陽にボコられちまう。……いや、」

 

 銀時が静かに二の句を告げる。

 

(松陽)はもうどこにもいねェ。だからこそ──気にくわねェなら、曲げらんねェなら、てめェのゲンコツで止めるしかねーんだよ」

 

 桂が頷く。

 

「昔からてんで意見も合わず相談もせぬ俺たちだが……先生が護ろうとしたモノを護るためならば先生を斬る──松下村塾にいる者たちだったからこそ、この選択は共通しているということだ」

 

 桂が高杉を見やる。

 

「始まりはみな同じだったはずだ。随分遠くまで離れてしまったが……ようやく、みながここまで辿り着けたのだ。お前だけに抜け駆けはさせぬぞ。俺たちは全員揃ってこそ、松下村塾の悪童だろう」

「……」

 

「──さて。寒々しい茶番は終わったか?」

 

 高杉が口を開こうとした瞬間だった。

 それを制するように、()()()()()()()()()()が場に響いた。

 

「なっ」

 

 吉田松陽の声──だが酷く冷めたその声は、佇んでいた()()()聞こえてきた。

 それが何を意味するかを判断する前に──

 

「──ッ!」

 

 桂の身体に袈裟斬りの剣筋が奔る。

 

 




・松下村塾メンツについて
門下生からの印象としては、NARUTOでいうと黒死牟はカカシ先生ポジ(指導者であり上司であり仲間みたいな)で、吉田松陽は自来也やイルカ先生ポジ(師匠とか親代わりみたいな)
鬼滅でいうと、炭治郎にとっての義勇さんか鱗滝さんかの違い、みたいな…………
※桂と兄上は再会して以降会うことが多かったので、メンツの中でもわりと仲がいい。
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