侍の国においたわしい兄上殿を突っ込んだ話   作:あんまん太郎

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「君にこそ、不老不死の身は向いているんでしょうね」

 

 柔らかな声と共に、吉田松陽が手元の徳利を傾けた。

 

「どういう……意味だ……」

 

 黒死牟は、六つの眼を細めてその横顔を見やる。

 その手にも、琥珀色の酒が盃に満たされ、静かな水面に夜空の月を閉じ込めている。

 鬼となった彼の身体は、もはや人の食を受け付けない。それを承知の上で、松陽は「こういうのは雰囲気が大事なんですよ」と微笑み、黒死牟の手に月見酒を握らせたのだ。

 

圧倒的な強者(実の弟)への途方もない嫉妬や羨望という人間らしい繊細な心やコンプレックスを持ちながらも、即決即断で元主君の首を引っ提げて敵側に寝返って異形に成れる豪快で不遜な胆力……いやあ、すごいですよねぇ。キミ、鬼ですか?」

「いや……鬼だが……」

 

 何をいまさら、と言わんばかりの黒死牟に「そういう意味じゃないです」と松陽は流す。

 ふむ、と黒死牟は盃の水面を眺めた。

 

「……私が全てを捨ててまで……手を伸ばしたこの身(不老不死)を……貴様は牢獄だと……断ずるか……」

「持たざる者は渇望し、持てる者はその重さに耐えかねる。世の理とは、案外そんなものですよ。……まあ、話を聞く限り、死を拒み死を恐れるあまり、完璧な不老不死という停滞を求めた鬼の頭領さんのほうが向いてそうですが」

「否……寧ろ…そうでなければ……鬼として千年も…生き永らえはしない……」

 

 かつての主君を思い起こす黒死牟に、「同じ不老不死の始祖として、一度会ってみたかったものです」と、松陽はどこか楽しそうに喉を鳴らしていた。

 その仕草は、千年を生きる怪物というよりは、隠居人かただの流浪人にしか見えない。

 

「確かに……お前は…化生の身には向いておらぬ……」

 

 吉田松陽という新しい名で買ったこの土地も屋敷も。人のように酌み交わす真似事も。必要以上に、人との関わりを望む姿も。

 それらは化け物には一切不要の人間の真似事でしかないが、同時にそれは()()()()()()()()という願望の現れそのものでもあった。

 

上弦の弐(童磨)とも…また違う……)

 

 あちらは人の真似事どころか、教祖として人と密接に関わり、そして最期に人を食らう行為を救済かつ善行だと本気で信じていた。感情の欠落ゆえの異常な価値観だからできた、チグハグな行為。

 

「お前も……余計な…感情を持っていなければ……そうは…ならなかったのだろうな……」

 

 吉田松陽()は、不老不死はもちろんだが鬼にも向いていないだろうとさえ思えた。元・主君(鬼舞辻無惨)と会ってみたいなどと宣っているが、恐らく致命的なほどに気は合わないように感じる。

 

「……そうですね。感情や心がなければ、むしろ()はよっぽど楽だったでしょう。そうでなければ、私という永劫の孤独と苦しみに耐えるため、(吉田松陽)を含めていくつもの器を作ることもなかった」

 

 感情を飲み込むように、松陽は盃を煽った。

 

「もしくは、感情を持っていようと……君のように、君たちのように……善悪に関係ない明確な目的があれば……この呪われた時間も、また違っていたのでしょうか」

 

 黒死牟は、手に持った盃を見つめたまま、口を開いた。

 

「ならば……今からそれを…探せばいいだけのこと……」

 

 まさか黒死牟からそういったアドバイスが来るとは思わなかったのか、松陽は目を丸くした。

 

「……やりたいことを、ということですか? もう千年以上虚ろに時を過ごし、人を殺し、殺されてきた私が、今更……」

「悠久の時を持つ我らに……今更も何もないだろう……」

 

 黒死牟は空を見上げた。

 

「私は……頸を落とされ…体を刻まれ…それでも負けを認めぬ醜い姿になって……ようやく己の生き恥に気づき……そうして…(まこと)の夢を思い出すまで……400年かかったのだ……」

 

──兄上の夢は、この国で一番強い侍になることですか?

──俺も……兄上のようになりたいです

──俺はこの国で、二番目に強い侍になります

 

(そうだ……私はただ……この国で一番強い侍になりたかった……)

 

 永久に肉体と技の保存ができる鬼でもなく、武士の姿を捨てた強いだけの化け物でもなく。

 縁壱に。いや、弟よりも強い、侍になりたかった。

 その、純粋な夢を──。

 

「……巌勝、きみは、本質的には優しい人なのでしょうね」 

 

 黙り込んだ黒死牟の横顔を見やってから、松陽はつぶやく。

 

 論理的に言えば、黒死牟は鬼になった時点で、とっくに侍ではなかった。

 けれど黒死牟にも、巌勝にもかつては守るべき存在があり、家紋があり、家族があり、仲間がいた。

 それが憐憫であろうと義務であろうと。そうだとしても、巌勝はうんと幼い頃から剣を振り続けた。

 

 きっと最初は、弟の夢を叶えるために、この国で一番強い侍であろうとしたのだ。

 

 だが、あらゆる困難を困難ともせず、天賦の才を持って生まれた人間──望まずとも神からの寵愛を受けた最強()は、巌勝の人生を決定的に間違えさせた。

 超人的な弟に期待される兄の屈辱と決意と焦燥は、どれほどのものだろうか。

 

 この国で一番強い侍であろうとした兄の、ゆがみ、成れの果て。それが黒死牟。

 かつての(黒死牟)のままの性質と執着ならば、不老不死の身も甘んじて受け入れ、文字通り向いている、といえるが──。

 

 自己を顧み、自戒とともに自壊の道を選んだ()()()は果たしてどうか? 

 

「……やっぱり、前言撤回します。今のきみは、不老不死には向いていませんね」

「……?」

 

 黒死牟からすれば、突然発言を撤回した松陽に訝しむしかない。

 しかし松陽は何も説明しなかった。代わりに、別の言葉を告げる。

 

「……()には、君のように焦がれる背中も、守りたい矜持も、何一つありません。ただ生まれては殺され、憎まれ、恐れられ……その負の連鎖の中で、自分という形を保つことだけに必死でしたから」

 

 竹林が夜風にざわめき、笹の葉が重なり合う音に交じる。それはまるで遠い過去からの囁きのようにも聞こえた。

 

「でも、きみが四百年かけてその夢を思い出したように……。私は、この数千年の中で生まれた吉田松陽という短い夢の中で、唯一興味を持ったことがあります」

 

 松陽は、盃の縁を指先でなぞった。

 小さな波紋が、水面の月を優しく歪ませる。

 

「人のことを知らない私だからこそ……「人」のことを知りたい、と。だから……そうですね、たとえば……人の子と一緒に、世の中のことを学べるような……そんな夢はどうでしょう?」

「そうか……まあ…時間はある……勝手に…すればいい……」

「おや、言うだけ言って投げっぱなしはよくないですよ、巌勝。君も、その止まった時間を一緒に動かしてみる気はありませんか?」

「……何……? なにを……」

「この国で一番強い侍に、ですよ。言い出しっぺであるきみが、自分はその夢を捨て置くというのもつまらないでしょう」

 

 松陽は悪戯っぽく微笑んで、一息に盃を煽った。そうして空になった自分の盃を置いた。

 竹林のさざめきが一段と強く響く。

 

「……死に損ないが……今更…侍を……名乗るなど……」

「いいえ。死ぬ間際に自分の生き恥に気づき、醜い姿を厭うた。その心を思い出したとき、きみは人であり、侍に()()()。あなたがどう思おうと……私は、そう感じています」

「……」

「そして、いつか、君がその極致に辿り着いた時……。()()()で、私のこの終わらない悪夢を断ち切ってくれることを願います」

 

 黒死牟は答えなかった。

 ただ、月を映した盃を、夜明けの兆しが見えるまでじっと見つめ続けていた。

 

 

 

 

■□

 

 

 

 

(……なぜ…今これを……思い出す……)

 

 凄烈さを増す戦いの中、黒死牟は集中力は切らさないままに、吉田松陽()との数十年前の会話を思い出していた。

 

 月の呼吸 拾陸ノ型 月虹・片割れ月(げっこう・かたわれづき)

 

 上空から、文字通り月の虹のような巨大な斬撃が降り注いだ。

 アルタナの蒼白い光が、虚の持つ陽の光を押し返さんとして周囲の空気を爆ぜさせる。

 

「おやおや。昔から貴様は、加減を知らんな」

 

 虚は冷たい微笑を浮かべたまま見上げる。

 

「では私も、それなりの礼を尽くすとしよう。確か……──」

 

 瞬間、黒死牟の六つの眼が、虚の肺腑の動きを捉え、そして驚愕した。

 異質で独特な、しかし聞き覚えのある深く鋭い呼吸音。

 

(……! ……()()()()()()……だと……)

 

 著しく増強させた心肺により、一度に大量の酸素を血中に取り込み──そうして瞬間的に身体能力を大幅に上昇させた虚は、手にした刀でその豪雨のような斬撃を真っ向から受け流した。

 

「クク、く……貴様の話と見様見真似ではあったが、案外できるものだな。虚の呼吸とでも名付けるべきか?」

「……私の…猿真似ごときで……威張るな……!」

 

 手に入れたばかりの玩具を試す子供のような無邪気さと、千年の殺戮により育まれた老獪な残虐性と技術力。

 その型は「月の呼吸」はおろかどの呼吸法の系譜にも属さず、もはや呼吸法と言っていいのかすら分からない。それはただ、虚という不滅の個体のみが体現しうる、独自の殺人法でしかない。

 

 衝突のたびに弾けるような閃光が交差し、曇天の闇を白黒交互に塗り替えていく。

 

 虚の振るう刃は、太陽に最も近い惑星から採れる鉄を使用しているだけあり、黒死牟が知るかつての日輪刀よりも遥かに重く、鋭い。

 

「どうした? 呼吸が乱れているぞ」

 

 人間の技量と剣術の道理を覆す、すべてが致死の間合い。その剣戟の合間に、虚が微笑む。

 

()()()()()というのは、人のころを思い出すようで懐かしいだろう。いや……それとも、人のころの痛みを忘れていたからこそ、()()でも思い出していたか?」

「……」

 

 二人の影が、超高速で交錯する。

 虚が振るう刃は、ただのかすり傷でも内側から細胞を焼き焦がし、再生しようとする肉体を炭化させていく。だが、その痛みが深ければ深いほど、黒死牟の剣筋は鋭さを増した。そしてそれはアルタナの光を通して虚にも傷を与える。

 

 もはや人間の目では視認すら困難な極限の速度で激突を繰り返す二つの影。

 黒死牟が放つ三日月状の刃がターミナルの最上階を幾千もの傷跡で刻み、虚が振るう鬼を滅するためだけに生まれた刀が、その斬撃を火花と共に弾き飛ばす。

 

 月の呼吸 拾ノ型 穿面斬・蘿月(せんめんざん・らげつ)

 

 斬撃が地面を抉りながら迫る。

 虚は、その致命の隙間を縫うように最短距離で踏み込んできた。

 

 攻撃を絶つことなく黒死牟が次の一撃を繰り出そうとしたその刹那。

 

 それはあまりにも唐突だった。

 

 

 

 突然、虚の凄まじい殺気が霧散した。

 

「……ああ、本当に。ようやく、こんなところまで……」

「……!?」

 

 虚は、自らの動きを止めた。

 そうして憑き物が落ちたような、酷く清々しい表情を浮かべた。そして、あろうことか手にした刀を、自らの首筋へと静かに、祈るように添えたのだ。

 

「何……?」

 

 黒死牟の六つの眼が、一斉に驚愕に揺らぐ。

 

 目の前に立つ男の顔に浮かんでいたのは、虚無の化け物のそれではなかった。

 かつて穏やかな月光の下で出会い、そして語らったあの男。

 数多の教え子たちの行く末を愛おしみ、そうして終わりのない終わりを待ち望んでいた旧友──吉田松陽そのものの貌であった。

 

「感謝します、巌勝……。しかし、これ以上(きみ)の手を汚すわけにはいきません」

 

 松陽は悲しげに、しかし慈愛に満ちた微笑を浮かべると、自らの首を断とうと、()()()力を込めていた。

 

 欺瞞。罠。演技。虚偽。誘導。いくつもの可能性を張り巡らせていた黒死牟の思考が、一瞬だけ停止した。

 死の淵に至った鬼は、忘れていた人間の頃の記憶や心を思い出すことがよくある。だからこそ黒死牟()、死んだ。

 そうした化物たちの前例もあるからこそ。自害の選択すなわち松陽の心が取り戻されたのではという、微かな動揺が──()()()()──その剛剣の重みを、研ぎ澄まされた殺意の純度を、瞬きにも満たない刹那だけ鈍らせた。

 

「……待て……松陽……!」

 

 ()()()()()()()()()()()

 

「──なんて、ね」

 

 松陽の慈愛に満ちた貌が、瞬時に悪鬼の嘲笑へと反転する。

 

「強くなるのではなかったか? 随分と甘くなったな、(巌勝)

 

 虚は自らの首に添えていた刀を──独自の呼吸法すら用いて──閃光のような速度で──そして最短の軌道で突き出した。

 無防備に晒された黒死牟の腹部へ、鬼を滅するためだけに造られた刀身が、深々と吸い込まれる。

 

「……、……! ……」

 

 どす黒い鮮血が黒死牟の口から溢れ出した。

 アルタナソードを握る黒死牟の指先から力が抜ける。その一瞬の隙を見逃さず、虚は黒死牟の腕を力任せに蹴り上げ、虚にとって致命傷となる刃を弾き飛ばした。

 

 だが、虚の攻撃はそれで終わらない。

 虚はふっと自らの身体を沈め、突き立てた刃を支点にそのまま一気に刀を跳ね上げた──!

 

 下から、上へ。それは胴体から胸板を裂き──そして()()()()()()()()()()()まで目掛けて──陽光の熱量で焼き切りながら、両断せんとする。

 

 黒死牟の視界が、迫りくる紅い死の色に染まり、首筋に熱い刃が食い込み始めた、その時。

 

 

「巌勝!!!!」

 

 強い怒号が飛ぶ。

 ターミナルの重厚な扉が爆風と共に吹き飛び、二つの刀が横合いから割り込んだ。

 

 一撃必殺たる刃を挟み込むようにして食い止めたのは、銀髪の侍と、攘夷の侍の刀だった。

 

「悪いけどよ、コイツ(巌勝)からまだ依頼金ももらってねーんだわ。地獄へ招待すんのは、そのツケ払わせてからにしてもらうぜっ……──!」

 

「先生の顔で、師範を殺させてたまるものか……!」

 

 銀時と桂が、全身の筋肉を軋ませ、裂帛した絶叫と共に、虚の刃を押し戻そうとする。

 

「無駄なことを……」

 

 二人の気魄に一切揺るがず、虚が不快そうに目を細めた。

 

「何度も言っただろう、()()()は……()()()は、私には届かぬと」

 

 二人がかりの渾身の力すら、虚は事も無げに押し返していく。

 理を無視した圧倒的な武を前に、銀時の木刀と桂の刀身が悲鳴を上げた。

 

「──だったら、俺も何度だって言ってやるよ」

 

 手から血が滲むほどに木刀を握る力を緩めず、銀時がニッとあくどく笑みを浮かべた。

 虚が目を眇める。

 

「俺だけの剣じゃ届かなくても……()()()()()なら、テメーに届くだろ」

「何……ッ──」

 

 その僅かな、しかし確かな()()

 

 直後、虚の背後から白刃の閃光(アルタナの光)が突き抜けた。

 不滅の心臓を、無慈悲に貫く。胸元から青白い刀身が突き出る。

 

「朧のように気配を消し、油断した標的の後ろを取る──あなた()から、教わったことだ……!」

 

 朧であった。彼は力を振り絞り、()()()()()()()()()()()()()()()を、かつての師の背中から心臓へと深く、深く突き通したのだ。

 

「朧……貴様っ……!!」

 

 初めて虚の瞳に、激しい焦燥と驚愕が混ざり合う。

 だが、その激情をさらに切り裂くように、()()()()()()()()()()()()

 

「言ったろ」

 

 高杉晋助が、師を殺すために自身で持ち込んだ(アルタナソード)を振り抜く。

 

「俺ぁ世界の首引っ提げて、地獄へ行くからよ」

 

 蒼白いアルタナの光を宿した刃が、退路を断たれた(世界)の首を捉える。

 

「──()()()()()()()

 

 真正面から一文字に断ち切った。

 ターミナルの頂上が、音のない青白い光に包まれていく。

 

 断ち切られた虚の首が宙を舞い、虚の身体から噴き出した血もとい地球のアルタナエネルギーは外部の星のアルタナと噛みあわず、斬られた部分から再生することなく溢れ続ける──

 

 不老不死。永劫の絶望。

 その呪いが、ようやく「人の剣」によって解かれようとしていた。

 

 

 ……光が収まり、静寂が戻った。

 

「け、俺が先に……一本獲ろうとしたのによ。美味しいところ持っていきやがって」

「……言ってろ」

 

 肩で息をしながら立ち尽くす銀時、そして高杉。

 膝を突く朧、そして桂が周囲を見回す。

 

 彼らの視線の先には、烏の黒衣だけが虚しく残されていた。

 

「終わった、のか?」

 

 朧が呟く。

 むしろ、誰もがそう思っていた。

 

 ()()()()()()()

 

 

「……否……まだ……終わって……は…おらぬ……」

 

 黒死牟の重い声に、銀時が振り返ろうとして──

 

「──その通り。真の八咫烏の羽からは、何者も逃れられはしない」

 

 背筋が凍るような、聞き覚えのある声。

 

 全員が弾かれたように視線を向ける──そこには、高杉の刀に切断され、光の粒子となって消えかけている「虚の首」が転がっていた。

 首はもはや、半分以上が透けている。だというのに、その眼だけは爛々と、呪わしい虚の執念を宿して見開かれていた。

 

「一人で地獄に逝くのは……どうにも、退屈でしてね」

 

 虚の首が、地を這うような掠れた声で嗤う。

 その視線は、起点となった黒死牟を射抜いた。

 

 吉田松陽は侍だが、死骸を啄む烏として生きてきた虚は、侍ではない。

 人々から恐れられ遠ざけられ殺され、そのたびに泥水を啜って地を這い、そして天を統べ、歴史に殺戮の色を塗ってきた。

 だから完膚なきまでに負かされようと、負けを認めようと認めまいと、生き恥を晒そうと恥知らずであろうとどうでもいい。

 

「旅は道連れ世は情け、とも言うだろう。なあ、友よ」

 

 標的を、奈落に突き落とせるならば。

 

「あの刃に──()()()()()()()()()()

 

 黒死牟は虚を見やったあと、再生しない己の身体、そして──その傷口から新たなる変化を迎えようとしている己の身体を透き通る世界を通して見つめ、「銀時……聞け」と呟いた。

 

「……面倒を…かけるが……陽の光が出るまで粘るか……私の……首を…斬れ……」

「……は? そりゃあ、どういう──」

 

 銀時の言葉が、最後まで続くことはなかった。

 

 異変は、黒死牟の傷口から始まった。

 陽光に近い刃に傷つけられ、刃を通して流し込まれた虚の因子の支配により感化された全身の細胞が、まるで沸騰するかのように脈打ち始める。

 

 黒死牟という鬼の肉体が、最悪の形で再構築し始める。

 

「──」

 

 黒死牟の咆哮が、ターミナルの静寂を暴力的に引き裂いた。

 たとえ人の心を持とうとも、理性があろうとも、それらが虚の因子により乱されていく。捻じ曲げられていく。

 

「おい……なんだ、コイツは……」

 

 銀時は、桂は、朧は、高杉は、信じられぬものを見た。

 

 彼の背中から、節くれだった無数の刀身が、肉を突き破り、骨を砕いてせり出してきた。それは刀というよりは、ただ標的を八裂きにするためだけに生えた、剥き出しの牙のような凶器。

 鍛え抜かれた肉体はそのまま膨れ上がり、そこから幾つもの角や牙が生え、衣服を破り、四肢はさらに異様に肥大化していく。

 もはや六つの眼は焦点も定まらぬまま蠢くのみで、大きく割れた口からは焦がれるような執着と怨嗟を撒き散らす。

 

「おい、待て……! 巌勝!!」

 

 銀時の怒声に、巨大に膨れ上がった肉の腕が床を砕いた。

 もはや言葉は届かない。

 

 目の前の存在はもはや継国巌勝としての輪郭を失っていた。

 虚の呪いか、あるいは自身の内なる深淵か。

 

 かつて無限城の深淵で、敗北を拒み、認めぬあまりに辿り着いた、強さへの執着の成れの果て──異形の怪物へと。

 

 

 

 

 

 





次話でこの章終わります。
そのあとエピローグの予定です。

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