侍の国においたわしい兄上殿を突っ込んだ話   作:あんまん太郎

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幾星霜を煌めく命

 

 ターミナル最上階の床が、凄まじい風圧と共に爆ぜた。

 

 背中から奔出する無数の刃、肥大化し脈動する肉塊。

 それはかつて鬼殺隊の柱たちが目撃した「敗北を拒んだ獣」の姿。

 だが、さらなる異物となる()()()()が混ざった今の姿は、より禍々しく、凶悪に。不滅の呪いそのものと化していた。

 

「……──!! ──!」

 

 咆哮一つで空気が震える。

 銀時たちの鼓膜を突き破らんばかりに振動する。

 

(まずい、まずいぞ……!)

 

 黒死牟の振るう肉の太刀は、ターミナルの鉄骨を飴細工のように容易く断ち切っていく。

 一つ一つが致命傷となるそれらを何とか回避しながら、桂は焦る。

 

(まさか師範を取り込む側に……いや、道連れにするなど! しかも師範()の身体は、特殊な刀(日輪刀)でなければ傷もつけられぬと聞いたが……いや、今の師範は鬼とはいえ虚の因子を取り込んでいる。鬼の血を取り込んだ兄弟子()にも通常の武器が通用するように、虚の因子を取り込んだことで通常の打撃や剣撃も通用すると思いたい……だが、確かめようにも、これほどの速度と再生力では、斬るどころか近づくことさえかなわん!)

 

 焦りながらも、桂は考えることを決してやめない。

 

「おいヅラ! もうあのダークマター持ってねえのかよ!」

「持っていれば、もうとっくに使用している!」

「くそっ、虚の野郎……死に際にとんでもねェ置き土産していきやがって……!」

 

 銀時は拾った虚の刀と自身の木刀を握って、なんとか猛攻をいなしていく。

 それでも躱す、いなすに精一杯で、黒死牟に近づくことさえままならない。

 

「朧ッ! お前、なんかこう、巌勝と良い感じに体繋がってんだろ! 少年漫画とかなら仲間の呼びかけで元に戻んじゃねーのか!!」

「語弊のある言い方はやめろ! というより、さっきからやっている!! 奴の血を辿って呼びかけているが、そもそも先の戦いで失血していることと、虚の因子にジャミングされているのか、まったく通じん……!」

「これでは……これでは虚の思う壺ではないか!」

「くそ、あんなナリになっちまって……! オルゴデミーラの最終形態じゃねーんだぞ!!」

 

 銀時はそう毒づきながらも、その瞳は必死に黒死牟の異形の奥、わずかに残る「芯」を探そうとしていた。

 

「……戻す必要なんてねェよ」

 

 低く、冷徹な声。

 高杉がアルタナソードを構え、目を鋭く光らせる。

 

「高杉、お前……!」

「銀時、わかってんだろ」

 

 高杉が銀時を射抜く。その視線に誘導されるように銀時の思考を掠めたのは、先ほどの黒死牟の「首を斬れ」という言葉だ。握る刀に、やるせなくも力が籠められる。

 

アレ(巌勝)はもう、自分の意思で止まることすらできねェ。……侍として、人として、俺たちの手で終わらせてやるのが、唯一の救いだってことをよッ」

 

「待て、高杉──!」

 

 桂の制止を置き去りに、高杉は猛攻の隙間へと鋭く踏み込んだ。

 疾走、跳躍。斬撃の雨を縫い、(アルタナソード)が、黒死牟の異様に肥大化した腕を根元から断ち切る。

 日輪刀もしくは似た性質を持つ刀でなければ鬼の身体には傷がつけられないが、地球のアルタナエネルギーたる虚の因子を過剰に取り込んだ今の黒死牟に、外部のアルタナを宿したその刃は確かな有効打となった。

 

 が──

 

「! ──チッ!」

 

 その断面からは即座に新たな刃が突き出し、高杉の肩を浅く掠める。

 

「──!!」

 

 天敵となる刀の存在を受けてか、黒死牟が天を仰いで咆哮した。

 直後、全身から解き放たれた広大な衝撃波がターミナル最上階を蹂躙し、高杉の身体を無慈悲に吹き飛ばした。

 

「再生……再生した!!」

 

 桂が愕然とした。

 虚がそうであったように、再生はできないはずだ。

 

「虚の因子と()()()()()()が混ざったことで、私の時とは比べ物にならない、()()()()()()()()()()()()()()()()()のか……!?」

 

 黒死牟の血と(吉田松陽)の血を取り込んだ朧も、唖然とする。

 朧は二人から血を受けているものの、それでも手のひら分の量でしかない。また、黒死牟が虚の因子の抗体を自身の血で生み出していたからこそ、二つの血の影響力は薄く、日が苦手程度のデメリットで済むことができた。

 だが、鬼の始祖の血が濃く──むしろ()()()()()()()()()()である黒死牟が受ける影響力は計り知れない。虚が鬼の血を研究した現在は特に。

 

「……っ、巌勝は【陽が出るまで耐えるか首を斬るか】つってやがった。だから、再生できよーが別の生物になろうとしよーが、そっち(弱点)はまだ有効なんだろ」

 

 銀時が、静かに揺らいだ。

 その手には、木刀と──太陽に最も近い惑星から採れた鉄で打たれた刀。鬼を滅ぼすための太陽の光を持つ性質を、この世界で最も色濃く宿した一振り。

 

 銀時はそれを、指が白くなるほど力強く握りしめた。

 低く沈み込み、猛獣のような足取りで一歩を踏み出す。その瞳から迷いが消え、かつての()()()()()()()──凍てつくような殺気が立ち上った。

 

「……銀時! お前まさか、本当に師範の首を……!」

 

 桂が戦慄した。師を、自らの手で葬る。

 結局それは黒死牟による介入でなかったとはいえ、それでも銀時はあの荷を一度背負うことを選んだ。仲間を助けるために。

 そして今回も、選ぼうとしているのか。

 

 銀時は答えなかった。

 ただ、爆ぜるような裂帛の気合と共に地を蹴った。

 

「おおおおおおお!!」

 

 三日月の刃が荒れ狂い、空間そのものを削り取る。

 銀時は虚の刀と木刀を交差させ、火花を散らしながらその死線を潜り抜けた。

 布を、肉を裂かれ、血を散らしながらも、一歩も引かずに最短距離を突き進む。

 

 異形の腕が迫る。それを踏み台にし、さらに高く跳躍した。

 宙を舞う銀時の眼前に、黒死牟の首筋が晒される。

 

「巌勝!!」

 

 渾身の力で振り下ろされた白刃が、空気を断ち切り、鋼よりも硬い鬼の頸肉へと吸い込まれていく。

 

 桂が、高杉が、朧が──誰もがその終焉を確信し、息を呑んだ。

 だが、肉が断たれる音はしなかった。

 

「……っ……ぐ、おらああああ!!」

 

 銀時の腕は、黒死牟の首筋、あと数寸というところで止まっていた。

 否、()()()()()

 凄まじい反動に腕の筋肉が悲鳴を上げ、食いしばった奥歯から血が滲む。銀時はその至近距離で、理性を失い蠢く六つの眼を正面から睨みつけた。

 

「いい加減に……戻ってきやがれ、この天然鬼ジジイ!!」

 

 怒号。それは祈りにも似た、魂の叫びだった。

 

「このまま……このまま指が滑ったらよォ、今度こそ、テメーの首ァ飛ぶぞ!! そうなったら、もうテメーから駄賃ももらえねーし、テメーにリベンジする機会もなくなんだろーがァ!!」

 

 銀時の瞳に、陽の光が宿る。

 

「てめェも松陽と同じ、侍だろうが!! だったら、こんなバケモンの姿で、弟子に甘えてんじゃねェ!! 死にたくねェなら、首斬られたくなけりゃあ……自力でその泥から這い上がってきやがれッ!!」

 

 かつて、未来(仲間)を守るために(吉田松陽)を斬ろうとした。

 だが今、銀時はあえて剣を止めた。

 

 運命に屈して引導を渡すのではなく、抗う意志を信じて手を伸ばす。

 かつて果たせなかったそれを、彼は今、この瞬間に選んだ。

 

「──巌勝!!」

 

 

 

 

 

 

 

■□

 

 

 

 

 

 

「や、巌勝」

「……」

 

 深淵の底。

 吉田松陽の顔で笑みを浮かべる()に、()()は少しだけ顔をしかめた。

 

「……やってくれたな。まさか、私を道連れに選ぼうとは思わなかった」

 

 心裡の内側だからこそ、巌勝は黒死牟やあの化け物の姿ではなく、人間のころの姿であり、喋り方ができる。

 外から他人が見えても、心眼を持たない限り、内から自分を省みることはない。だからあの時(無限城)の黒死牟も、鏡となった刀身に自分の姿が映るまで自己を顧みることはなかった。

 

 けれど、今の巌勝は、虚の支配により何もかもが見えなくても、感じなくても、わかっている。

 きっと今の自分は恐ろしく醜く、生き恥を晒した耐え難い化け物なのだろうと。

 

「情けない、二人揃って弟子たちに引導を渡させる羽目になるとは」

「まるで自分が死ぬと確定しているような言い草だな。貴様が奴らを殺し、全滅させるという可能性は考えないのか?」

「私は……いや、()()()()、それ程大層なものではない……。何百何千年生きようが、それでも長い長い人の歴史のほんの一欠片に過ぎぬ。私たちの才覚を凌ぐ者が今この瞬間に生まれ、繋げようとしている」

 

 その言葉を最初聞いたときは、堪えがたい怒りと不快と疑問が渦巻いた。

 自分たちに匹敵する実力者がいない。極めた技が途絶えようとしている。

 その中で、なぜ穏やかに笑っていられるのかと、自分たちだけが特別だと慢心していたからこそ、弟の前向きな謙虚さが気味悪く、苛立ちで吐き気がした。

 

 結局、縁壱ほどの天才は最後まで現れなかったし、黒死牟になった巌勝も上弦の壱の座を守り通した。

 それでも──縁壱のいうように、次代の者たちが繋いだ縁と想いが実を結び、黒死牟は死んだ。

 

 それは、この世界でも同じだ。

 吉田松陽が繋いだ想いや教えが、新たな時代を生きる者たちに繋がり、そこからまた彼らは新たな縁を繋ごうとしている。

 出会った頃は鬼の子と恐れられていたあの銀時が、仲間との繋がりを大切に想い、そして万事屋やかぶき町などの新たな人との縁や想いを繋げていることがその証左だ。

 

 他者を信じ、託す。

 なんとなく、本当に何となくだが。

 縁壱の言葉が、今ならなんとなく理解できる気がする。

 

「何の心配もいらぬ。私たちは直に陽の光を浴びて死ぬか、首を斬られて死ぬ。奴らならばそれができる。私たちはそのまま、人生の幕を引けば良い」

「……やはり、出会った当初より随分と甘くなったものだな」

「その甘さとやらは、貴様にもある種の一面(吉田松陽)を生み出しているだろう。奈落に引き戻した朧を様子見なぞせず、すぐに殺すこともできただろうに。一番弟子には随分と甘いようだな」

「……」

 

「どちらにしても、私は鬼になった時点で地獄に往く定めの身だ。今更戻ろうなどとは思わぬ。鬼も虚も、すべて消え去ったほうが世のため……貴様を一片も残さず連れて、私も地獄へ往く」

 

 鬼の血を継いでいる朧のことが気がかりだが、そもそも鬼舞辻無惨(鬼の始祖)がいない世界で、黒死牟は生き続けることができていたのだ。自分が死んだとしても、なんとかなるだろう。

 聞いているのかいないのか、虚が、この深淵の底から頭上を仰いだ。

 

「……フン。存外、その弟子たちも随分と甘い奴らのようだな」

「何……?」

 

 虚が、自嘲気味に口角を上げた。

 巌勝がその視線を追って頭上を仰げば、どす黒い深淵の天井が、まるで水面に投げ込まれた石のように波紋を描いて震えている。

 

 そこから、一筋の光が差し込む。

 それはまるで、陽の光のような。しかし、恐怖は感じない。むしろ暖かくて、安心を感じるような……。

 暗闇を強引にこじ開けるようにして伸びてきたのは、無骨で、傷だらけの、泥臭い「人間」の手だった。

 

(……あれは……)

 

 

 

 

 

 

 ■□

 

 

 

 

「──!!」

 

 黒死牟が、天を劈くような咆哮を上げた。

 たかが叫んだだけの声は衝撃波となって周囲を蹂躙し、首筋に刀を止めていた銀時の身体を強引に弾き飛ばそうとする。

 

「っく、お、うおおお!!」

 

 銀時は吹き飛ばされまいと、虚の刀の鍔に指をかけ、岩のように踏ん張った。

 

「てめえの鬼みてーな指導に何年耐えてきたと思ってやがる!! 銀さんの体幹、なめんじゃねーぞ!」

 

 焦点の定まらない黒死牟の顔を容赦なく蹴り上げて、「戻ってこい!!」と吠える。

 

 しかし、黒死牟は止まらない。

 

 理性も心もなく、化け物としての()()が「敵」と定めた銀時を排除せんと、脈動する肉塊から新たな刃が無数に奔出。それは意志を持つ牙のごとく一斉に伸び、銀時を串刺しにせんと迫る。

 さらに、異形化の極致に達した巨大な右腕が、逃げ場を塞ぐように銀時の頭上から振り下ろされた。

 

(……クソ! 避けられねえ……!)

 

 死を覚悟した銀時の眼前に、三つの影が割り込んだ。

 

「──お前一人に、いい格好はさせんぞ、銀時!!」

 

 桂の叫びと共に、正確無比に放たれた複数の爆弾が、振り下ろされる巨腕の肘を直撃して弾ける。爆圧が衝撃を強引に逸らし、その腕の軌道をわずかに外へ追いやった。

 

「銀時! 一歩も引くな!!」

 

 その煙を縫うように割って入った朧のアルタナソードが、銀時を刺さんと迫る肉の刃を火花と共に弾き飛ばし、

 

「……チッ、いつもそうだ、終わらせてやろうとしたところで、手前勝手に始めやがって。最後まで、責任持てんだろーな!」

 

 そしても高杉もまた、握りしめたアルタナソードの光を纏って、その巨大な腕の勢いを受け止める。

 

「師範!! 来週の金曜ロー●ショーは三週連続春のハリ●タ祭りです! となりのペドロの新作も、映画館で見たいとおっしゃっていたではありませんか! あなたは、まだ見ていない世界がたくさんあるはずだ!」

「そもそも貴様に死なれたら、俺自身どうなるか分からん。先生に生かされたからこそ、俺は咎を背負ってでも生き続けなければならん。だからこそ……勝手に死なせはせぬぞ」

「ハッ、ザマあねェ。……おい、聞こえてんだろ巌勝。貸し一つだ。手間かけさせてねェで、さっさと戻ってきやがれ」

 

「呼びかけ続けるぞ! ()()()()、師範の魂をこちらに繋ぎ止める!!」

 

 四人がかりで「継国巌勝」に食らいつく。

 

 だが、それでも黒死牟は止まらなかった。

 叫喚を上げる桂の爆弾を、高杉と朧の刃を、その圧倒的な再生力と筋力が力任せに押し返していく。一人が支えれば別の箇所から肉の刃が突き出し、一人が防げばさらなる衝撃波がその身を削る。

 

 それでも四人は、一歩も退かなかった。

 足元の床が砕け、内臓が軋むような風圧に晒されながらも、銀時は必死に首筋の刀を維持し、三人はその銀時の背後で、嵐に抗う壁となって立ち続ける。

 

 しかし血を流せば死に、体力を奪われれば動きは鈍る。

 気合や熱意だけではどうしようもない、人間には形容しがたい限界がある。

 

 もはや月の呼吸とも呼べない、しかし似たような月の斬撃が迫り来る。

 四人に向けて飛来する。 

 

 それらに彼らの身体ごと両断する威力は十分にある。

 

 もともと連戦を凌いできた彼らはすでに満身創痍。

 しがみつき、声をかける以外に、もう誰にも余力はない。

 

 けれど。

 

 ()()()()()()が、それを確かな結果に導く。

 

 

「銀さあああああん!!」

 

 銀時の耳には聞き慣れた、しかし今は何よりも力強い少年の声が響き渡った。

 

 その声とは別に、視界に乱入した白い犬と赤い影が、宙を舞いながら番傘を突き出す。

 

「ほあちゃああ!」

 

 定春に乗った神楽の傘の先から放たれた無数の銃弾が、飛来する月の斬撃を一点に集中して叩き落とし、爆炎の中に霧散させた。

 次いで、黒死牟の腕から新たに生えようとした肉の刃を、鋭い踏み込みと共に現れた志村新八の刀が突き刺し、押し留める。

 

「……ッ!? てめーら、何やってんだ……!」

 

 突然現れた大切な仲間たち。

 驚愕に目を見開く銀時に、新八は食いしばった歯の間から声を絞り出した。

 

「それはこっちのセリフですよ! 急にいなくなったかと思ったら、こんなことになってるなんて……!! 状況はよくわかりませんが、あれって黒死牟さんですよね! 銀さんが助けようとしている人を、僕らが放っておくわけないでしょう!!」

「そうヨ、水臭いヨ銀ちゃん! 私たちは困ってる人を助ける万事屋ネ! 万事屋は──私たちがそろってこそ! その前提を忘れんじゃねーアル!!」

 

 神楽が番傘を叩きつけ、黒死牟の巨体を強引に押し留める。

 新八が、背後で揺れる江戸の街を指差すように叫んだ。

 

「今、かぶき町の皆が、集まって街を守ってくれてます! 攘夷の人たち(鬼兵隊)も、正気の春雨軍の人たちも、政府の人たちも、今は江戸のために動いています! ターミナルも、神楽ちゃんのお父さんやお兄さんが止めようとしています!!」

 

 叫ぶ新八を他所に、黒死牟がさらなる殺意を持って、無数の刃を背中から噴出させた。

 

 だが、その刃が新八と神楽に届くより早く、後方から飛来したロケットバズーカの弾頭が着弾し、肉塊を派手に吹き飛ばす。

 

「ハッ、とんでもねーお祭り騒ぎでィ。耳が痛くなっちまわァ」

「ヴ! ドS野郎!!」

 

 肩にバズーカを担いだ沖田総悟が不敵な笑みを浮かべて現れ、神楽が非常に嫌そうな顔をした。

 そしてその隣には、刀を引き抜いた土方十四郎と近藤勲が並び立っている。

 

「おいおい、桂や高杉の大物(攘夷浪士)どころか、とんでもねえバケモンまでいやがるじゃねえか。チッ、万事屋……後で全部説明してもらうからな」

「だが、理屈は今は抜きだ! この状況、今はお前たちを信じるぞ!!」

 

 降り注ぐ広範囲の斬撃を、土方と近藤が、その太刀筋で受け流す。

 

 そしてその後ろからさらに──見廻組である今井信女もまた流麗な剣筋で受け流し、佐々木異三郎もまた、二丁の拳銃で正確に撃ち落としていく。

 

「なっ……」

「奈落の三羽さん。()()()()()()()()()()()()()()()()は返しますよ……エリートの礼儀としてね」

 

 呆然とする朧を、信女はちらりと見やり。

 そして異三郎は無機質な、しかしどこか晴れやかな瞳を向けた。

 

 この黒死牟は、もはや鬼ですらない生き物に変容しようとしている。だからこそ、血鬼術も、もはや血鬼術ですらない。

 桂の推察通り──日輪刀でもない通常の武具が、たとえセーターに針を通すように、なんの致命傷にならずとも──ある意味で通用できている。

 

 無論、状況は劣勢。

 いくら人が増えたところで、人を辞めた怪物に、人が敵う道理もない。

 

 だが──信じて、託す。

 

 銀時たちが繋ぎ止めていた細い糸に、江戸の「縁」が次々と重なっていく。

 かつての敵も、今の仲間も、すべての境界を越えて、彼らはただ一人の男──継国巌勝を連れ戻すために、想いを繋げる。

 

「てめーら……」

 

 銀時が呟き、そして決意を新たに黒死牟に向き直る。

 

「ここまでお膳立てしてやってんだ。……巌勝!! さっさと戻ってきやがれェェェ!!」

 

 返ってくるのは獣の咆哮と、己の死を招く鋼の雨。

 絶望的な不一致。

 それでも、彼らは信じていた。

 

 この化け物の奥底、虚の泥に沈みきった深い闇のどこかに、まだ一欠片の「侍」がなお存在していることを。

 

 言葉を、魂を、投げ込み続ける。

 四人の叫びが重なり、嵐の只中で一つの大きなうねりとなり──その奥の、巌勝の魂を殴りつけた。

 

 

 

 ■□

 

 

 

 

「……なんだ、これは……」

 

 深淵の底で、巌勝は息を呑んだ。

 つい先刻まで、そこには手ひとつしかなかったはずだ。

 

 だが、瞬きをする間に、闇を裂く光の筋は太くなり、天井を割り、濁流のような声と共に、無数の手がこちらへ向かって伸ばされていた。

 

「言ったでしょう? 私たちが甘い分、彼らも存外に甘いんです」

「……!」

 

 その声に、巌勝は振り返った。

 まごう事なき、吉田松陽だ。

 

「お久しぶりです巌勝。まんまときみが騙されたみたいに、今の私は()じゃないので、そんなに警戒しないでください」

「……吉田松陽の人格は、あの時死んだはずではないのか……?」

「私は()であり、(吉田松陽)です。虚の因子がある限り、(吉田松陽)も無数の人格のうち、どこかから、再び生まれます。まあ、こういった再会になるとは思いませんでしたが……とはいえ、()も随分と浮かれていたみたいですね、千年の孤独の中で友人ができたことに」

「……どういうことだ?」

「さっさとターミナルを暴走させて江戸や地球を滅ぼさず、きみを殺す刀を用意して、きみが来るまで待ってたのが明確です。殺すにしても殺されるにしても、いざ死ぬとなれば、()はもはや一人で逝く勇気はなかったんでしょう。千年の孤独に、同じ時を語らえる友ができたとなれば……ね」

 

 巌勝はこちらに手を伸ばす数多の手から、視線をそらした。

 

「……結果的には、良かったのだろう。鬼も消え、虚の因子も消える」

「おや、あれだけ待ち人がいるのにですか?」

「私は元々あの時(無限城)に死んでいる。これ以上生き恥を晒し、今更生きようなどと思わぬ」

「きみのその自己評価の低さは、謙虚を超えて薄情と言いますか、傲慢もいいところだ。これほどの者たちに袖を引かれて平然と地獄へ往けるほど、きみは冷徹な男ではありませんよ」

 

 私のことが気がかりなんでしょう。と、松陽は自身の胸に手を当てた。

 

「心配はいりません。そもそも、()()()()を生み出したのは、終わりのない苦しみや孤独に耐えられなかったからです。殺戮の幾年の中でそれすらも忘れて、()は自己の支配に拠るべく、無数の人格(私たち)を殺してしまった。私は、独りで完成されるには、あまりにも、()に焦がれすぎているというのに」

「……だからどうした。()()()は、すべて、私か貴様の妄想だ。あらゆる殺戮を繰り返したのは私も同じ。怨嗟の声が聞こえることはあれども、都合よく、救う声など……」

「確かに、鬼として殺戮を尽くした()()()()()()()()、あなたを憎む人が多くいるのかもしれませんね。でもそんな人は、()()()()()()いません」

「……!?」

 

 松陽がきっぱりと切り捨て、そして微笑む。

 

「前のあなたのことは知りませんが、それでも……あなたが変わったことは、友として私が一番知っています」

 

 松陽が、優しい眼差しのままについと視線を頭上に持ち上げる。

 

「あそこにいるのは、自分のためではない誰かのために命を懸けられる子たちです。自分たちがした苦しい思いや悲しい思いを、他の人にはして欲しくなかった人たちです」

 

 松陽の顔が、切り替わる。

 

「人は……虚だ」

 

 虚が吐き捨てる。

 

「だが、それを知るがゆえ──人を容れ……人の中に生き……。耐え難い別れをもってさえ諦めることも滅ぶことはなく、(そこ)にあり続けられるとはな……」

 

 虚は相変わらずだったが、その声に刺々しい悪意はないように思えた。

 むしろ、結末を知りながら舞台を眺める観客のような、どこか突き放したような清々しささえある。

 

「……興を削がれたな」

 

 人の心の光が見せるあたたかさ、その可能性。

 人に焦がれた虚だからこそ、その光と拡がりを見続けて──何か思うところがあったのかもしれない。

 

「私は好きにした、貴様らも好きにしろ」

 

 虚はそう呟き──再び、松陽に切り替わる。

 

「ははは、きみが抵抗も迷いもなく()()()についてきてくれようとしてることに、照れてるみたいですねえ──ヴッ!!」

 

 笑っていた松陽が、突然片腕で自分の顔を殴る。恐らく虚の干渉だろう。

 

「ゲホゲホ……本当のことでしょうに、まさか本気で殴ってくるとは……」

 

 ゴホン、と松陽は咳ばらいを一つ。

 

「私たちは、人の剣でようやく(終焉)を迎えた。けれどあなたはまだ生きています、巌勝。だからまだ、成すべきことがあるでしょう」

「成すべきこと……?」

「忘れたのですか?」

 

 聞き覚えのあるような、幼い、小さな声が聞こえる。

 

『兄上の夢は、この国で一番強い侍になることですか?』

 

 ──俺も……兄上のようになりたいです

 

 ──俺はこの国で、二番目に強い侍になります

 

「……!」

 

 振り返る。

 そこには誰もいない。

 

 あるのは、こちらに向かって伸ばす無数の手。巌勝の名を呼ぶ無数の声。あたたかな陽だまり。

 

残り(虚の因子)も、私が持っていきます」

 

 松陽が、巌勝の背を、まるで行き先を指し示すように軽く突いた。

 

「なあに、心配いりませんよ」

 

 その力は驚くほど穏やかで、呪いのように絡みついていた漆黒を、光の粒子へと変えていくようだ。

 

「千年を生き続けた私からすれば、人の寿命なんてあっという間です。()()()が来るまで、のんびり地獄めぐりでもして、烏の羽でも伸ばしていますよ。もう私は、()()()は、独りではありませんからね」

 

 四百年に渡って犯した罪。

 晒し続けた醜態、生き恥。

 自身の編んだ枷が自分自身を引き留め、一歩踏み出すことすらしなかった巌勝の背を、()()押した。

 

 背中を押された巌勝の身体が、深淵の底から浮上を始める。

 

 頭上から差し込む光は、もはや一点の針穴ではない。

 

 巌勝は、自分へと伸ばされた無数の手の中から、最も先頭にある手を、おずおずと掴み返した。離すまいと握り返された手。

 

 そして、巌勝の身体をいくつもの意思と声が引き上げていく。

 

 瞬間、視界を埋め尽くしていた闇が、琥珀色の月明かりを孕んだ光に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

■□

 

 

 

 

 

 巌勝が、重い瞼をゆっくりと持ち上げる。

 最初に見えたのは、朝焼けに照らされた、薄雲に覆われた空。

 不思議と、()()()()()()()()──。

 

 そして、視界を塞ぐように覗き込んできた、傷だらけの男たちの顔が目に映る。

 

「……ッ、てめー! 起きたか、このクソジジイ!!」

「師範……! 戻られたのですね……!」

「巌勝……!!」

「……世話かけさせやがって」

 

 銀時が、桂が、朧が、そして高杉が。

 互いに肩を貸し合い、ボロボロになりながらも、その瞳には隠しきれない安堵と喜びの色を浮かべて巌勝を囲んでいた。

 

「……騒々しい……ぞ……」

 

 巌勝は、掠れた声でそう毒づいた。

 

「……生き恥を……晒した……。これほど無様に…これほど多くの……者に……」

 

 弟子たちに介錯を頼み、押し付けて、多くの人間を傷つけた。己の犯した罪、晒した醜態にも関わらず、巌勝は()()()()()

 だが、その震える肩を、銀時がよろめきながらもがっしりと、折れんばかりの力で掴んだ。

 

「ああ、見てたよ。バッチリ、特等席でな」

 

 銀時は不敵に、それでいてどこか優しく笑う。

 

「安心しろよ。生き恥晒すのは、この町じゃあ標準装備だ。無様で、惨めで──それでも泥啜りながら生きてんのが、俺たち()だろーが」

 

 どんなに惨めでも、辛くても、罪を犯して、恥を晒しても。

 それでも巌勝は生きている。この騒々しくも温かい「人」の輪の中に確かにいる。

 

「陽が出るまで耐えろだの首を斬れだのとカッコつけやがって。……美しく最後を飾りつける暇があンならよ、最後まで、美しく生きようとしやがれ」

 

「……そう…か……。ああ……そうだな……」

 

 巌勝の独白が、穏やかな風に溶けて消える。

 

 四百年以上の永劫を彷徨い、惑い、移ろい続けた月は、今ようやく、人の陽だまりにその身を預けた。

 

 暗雲を切り裂き、徐々に、雲の端から黄金色の朝日が溢れ出す。

 それは不滅の鬼を焼く呪いの光ではなく。

 過ちを犯し、恥を晒し、それでも明日を生きようとする者たちを平等に照らし出す、慈愛に満ちた光だった。

 

 






※銀魂キャラの火事場の馬鹿力って異常ですよね。なので寛大な心で受け止めてください。もしくは鱗滝左近次、冨岡義勇が、腹を切ってお詫び致します。

次回、最終回!そろそろギャグを書かないと死ぬぜ!
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