侍の国においたわしい兄上殿を突っ込んだ話   作:あんまん太郎

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一国傾城篇
回想からずっとスタンバってました


 

 ──本物の鬼を見た。

 

 

 それは、俺と先生が天照院奈落の追っ手から命からがらに逃げていた夜のことだった。

 

 歴史の影で、古くから時の権力に仕えた暗殺組織。俺たちの裏切りと脱退に伴い、その追手はどこまでもどこまでもその影をこちらに伸ばしてきていた。

 実力を持つ先生一人なら逃げ切れたかもしれない。でも……俺がいるから。

 先生は誰も殺さず、そして俺を守りながら逃げるつもりでいる。そんなことは不可能だと、足手まといの俺が、一番わかっている。

 

「……」

 

 丘の上から、崖下にまで迫ってきている天照院奈落の僧姿を確認する。

 昼も夜も気を張り詰めているからか、木陰で気絶するように眠っている先生は起きる気配もない。見張りの番を代わってよかったと安堵する。

 

 動くなら今しかない。心中で謝罪しながら、先生の刀を手に取った。

 

『松下村塾──今は私と君、二人しかいませんが……』

 

『いずれこの松の下に、たくさんの弟弟子が集まってくれるといいですね』

『弟弟子か……楽しみですね』

 

 ぐっと唇を噛み締める。刀を持つ手が震えている。

 それでも、恐怖と痛みを押し殺して、坂を駆け降りる。

 

 こちらに気づいた奈落の何人かが、その手の錫杖を構える。

 

 単なる名もない奴隷として、俺は死ぬはずだった。けれど、先生に救われた。

 俺は既に一度死んでいる。

 だから……この命を、先生のために捨てようと決めていた。

 

(先生の志くらい護れねば……まだ見ぬ弟弟子達ぐらい護れねば……)

 

 気魄の声と共に、俺は刀を引き抜く。

 

(一番弟子とは、いえないでしょ)

 

 いくつもの錫杖が喉元に迫り──

 そしてそのすべてが何かに砕かれ、粉々になった。

 

 

(何が……)

 

 起こったと考える前に、俺の身体は吹き飛んだ。

 それは、あの男が居合で振りぬいた剣技による衝撃の余波だと、その時の俺はまったく見当もつかなかった。見えなかったのだから、当たり前だ。

 

「き、貴様は……!!」

 

 受け身も取れず原っぱに転がると、明らかに動揺している奈落たちの声が聞こえた。

 

「六眼の鬼……!!」

 

 鬼……? 

 どういうことだと、地面に手を突いて上半身を起こした俺は、目を瞠った。

 

 三日月を背にして自分を見下ろしていたのは、赫い刀を手にした侍。

 だが、人間ではない。その証拠でもある、赤く充血した六つの眼。それはすべて俺に向けられており、全身が凍り付くように背筋が震えた。

 男の腕が振り抜かれる。そのまま首を斬り落とされるのではないかと恐怖で幻視したが、それは杞憂だった。

 ちょうど目の前に、先生の刀が落とされた。

 

「え……?」

「これは……お前の師のものだろう……あとで返しておけ……」

 

 その言葉にさらに驚いてその異形の侍を見上げたが、俺が疑問を投げかける前に。

 侍の背に、奈落による錫杖が猛然と迫ってきていた。

 

 

 月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮(やみづき よいのみや)

 

 

 男が振り向きざまに素早く抜刀した。

 横薙ぎの一閃が、紫色に光る剣技が、何十人もいる殺しの手練れたちを圧倒していく。

 俺は、その太刀筋どころか、動き自体がまるで見えなかった。集団戦による奈落の激しい動きや攻撃に対して、鬼の侍だけ、その場に佇んでいるだけのようにさえ見えるほどだ。

 

 先生以外にも全く別次元の強者が存在することを……この夜、俺は初めて知った。

 

 

 

 

 ドサリと最後の奈落が地に伏すのと、鬼の侍が血を振り払った刀を納刀する音はほぼ同時だった。

 ある程度の反撃はしたようだが、驚くことにこの場から死の匂いは一切しない。あれだけ個で圧倒できる力を持ちながら、この異形の侍は()()()()()()()()()()

 

 そうして、背後から慌ただしく駆け寄ってくる音が聞こえてくる。

 その足音が追手によるものではないことを、俺はよく知っていた。

 

「朧……!」

「せ、先生」

 

 先生が駆け寄ってきて、俺の顔を見て安堵の表情を見せる。

 勝手な行動をしたことや、もう見れまいと思い込んでいた師の顔に、俺はぐっと胸が詰まり、目頭が熱くなった。

 

「申し訳……ありません、私は……」

「いえ、いいのです。君が無事で、本当に良かった」

 

 両手でぐっと握りしめる先生の刀と俺の様子を見て察したのか、先生は一瞬悲しそうに目を伏せた後で、ふわりと笑った。

 その表情を見て、俺は、俺のあの勝手な選択は、いつか先生を悲しませるのだと思い至った。

 

「それが……以前に聞いた……小鴉か……」

 

 静かな声が頭上から響く。不思議と、恐怖はなかった。

 周囲に立ちこめていた殺気も重苦しい空気も、もうそこにはない。

 

「一年ぶりですね、巌勝」

「ああ……」

 

 肩の力が抜けたような態度で、先生がゆっくりと立ち上がった。

 短く交わされた二人の言葉と視線に、長い年月を経て積み重ねられた重みを感じるようだった。

 

「まずは、あなたに礼を。本当に助かりました。私の大切な一番弟子を守ってくれて。それにこの様子だと……殺生も行っていないのですね」

「お前と共にしているあいだだけの……取り決め故……約束は違えぬ……」

 

 巌勝と呼ばれた鬼の侍はそう緩く頷いたあと、先生と俺を交互に見やった。

 

「見るに……八咫烏の遣いという身分を……降ろしたようだな……」

「降りるというには、少々強引ですけどね。……前に話したように、私塾を開いてみようと思うんです」

「私塾……そうか……物を教えるのが得手なお前ならば……性に合うだろう……」

「もしよければ巌勝、あなたも一緒に教えませんか?」

 

 まるで「ご飯でも一緒にどうです?」と気軽に誘うような調子で、先生は言った。

 その言葉に驚いたのは、俺ひとりではなかった。

 

「出会った頃から……突拍子もないことを言うとは思っていたが……。一年の間に……頭を……打ったか」

 

 眉も口元も筋一本すら動かず、人間らしい揺らぎも温度もなかった鬼の侍が、困惑したように身じろいだ。

 

「確かに奈落での任務やこの逃亡生活で何度か頭も打ちましたが、私は健康体ですよ。奈落での健康診断も数百年連続オールAですし」

「知らんが……」

 

 先生は柔和な表情のまま続けた。

 

「人の真似事だと思うかもしれませんが……身分も年齢も性別も関係なく、学びたいという気持ちを持つ子たちに……多くの若者たちに、私は「技」や「志」を教えていきたいと思っています。そのためにも、指導者が増えてくれれば助かるんですよ」

 

「まあ、まだ門弟はこの子ひとりですけど」と、くしゃりと頭を撫でられた。

 その様子をどこか遠いものを見るように眺めていた鬼の侍は、静かに六つの目を伏せた。

 

「私は……継国巌勝という人間の残骸、生き恥を晒し続ける鬼……。その()の剣を……()に教えるつもりは……毛頭ない……」

「もちろん、分かっていますよ。呼吸法やその痣の代償のことも。私が教えてあげてほしいのは、その鬼殺しの剣でも、鬼の剣でもありません。あなたには、()()()をこの子たちに教え、学んでほしいのです」

「……学ぶ……だと?」

 

 先生が頷く。

 

「鬼とは、化け物とは……人ならざるものです。しかしそれは、人の業から生まれたものでもある。未来を歩む若人から、()()()が学ぶことも多いはずです。……それに今のきみは、もう鬼であって鬼ではない。君はもう、鬼としての剣を振るってはいませんよ。この場の誰も殺さず、この子()を守ってくれたのですから」

「……」

 

 六つの眼が俺を見下ろした。

 そこにどんな思考や感情が渦巻いているか、俺には分からなかった。

 けれど、静かで、優しい目だと思った。

 

 俺は知らないうちに、ゆっくりと首を縦に振っていた。なぜそうしたのかも、それが果たして正解だったのかも分からない。だが、鬼の侍はすっと六つの目を細めて、そうしてゆっくりと息を吐いた。

 

「……私の身体のことは知っているだろう。昼間は無理だが……陽の差さぬ天候か、夜の時間であれば……」

 

 その言葉に、先生はぱっと顔を明るくさせた。

 

「ええ、ええ、もちろん! そこは配慮します。そうなったら、家の事情で昼間授業を受けられない子も出てきたときに、逆に都合がいいかもしれませんね」

「当たり前のように……座学も受け持たせようとするな……」

「いいじゃないですか。武将や鬼狩りとして集団を率いていたのもあって、君の教え方やまとめ方も、すごくうまいと思うんですよね」

 

 

 確かにあの夜、俺は本物の鬼を見た。

 だが、もうそこにいたのは、旧くからの友と言葉を交わすだけの侍だけだった。

 

 

 

 

 

 

 □ ■

 

 

 

 

 

 

 月の下で。朧は、静かに徳川邸宅の屋根に佇んでいた。

 得物も持たず、無防備だらけに見えて、その実、その佇まいには一切の隙もない。

 

 ()()()()()としての朧の現任務は、徳川定定の護衛だ。

 権力の甘い蜜を吸うだけの老人の生死に感慨はなく、むしろ素性を知りもしない師に侮蔑の台詞を平然と吐きさえする男の護衛など屈辱そのものであったが──それもすべては師を取り戻すため、ひいては己の罪と咎を贖うためだと言い聞かせる。

 

「……」

 

 目を伏せていた朧だったが、不意に、脳裏に()()()()()()()()()()()()を感じ、不愉快そうに瞼を持ち上げた。

 まるですべてを見透かされているような感覚は、分かっていても慣れるものではない。

 

(ようやく起きたか。だが──今は任務中だ。いちいち覗き込んでくるな)

 

 静かに舌打ちを零しながら、脳内でそう独り言ちる。

 ゆっくりと長い間を置いたあとで、頭の中に、朧の声ではない別の声が響いてくる。

 

『その……どうだ……最近の奈落のほうは……』

(思春期の息子への接し方が分からない父親のような言い回しはやめろ、巌勝)

 

 友人であり似たような同士である松陽や、朧ひいては()()()()との交流も経て幾分かはマシになったとはいえ。鬼という特性もあり数百年まともに人との交流をしていなかった弊害、いわば言葉足らずというか口下手なところは、大きく変わらない。

 

『元より私は……雄弁なほうではない……』

 

 そんな朧の()()()()()()のか、巌勝が静かに言い返してくる。

 身内だろうと容赦なく自分を斬り捨てる冷徹な非情さを持ち得ながらも、どうにも自省的なコミュ障のきらいがある剣の師範の言い訳を無視し、朧はいつもの定期報告を行う。

 

(どうもこうも変わりはない。この半年のあいだで、天導衆はもはや完全にあの御方の傀儡と化した。俺は、宇宙と地球を行き来して天導衆の命に従っているつもりだが……やはり一度師を逃がしたことや、かの攘夷戦争で天照院奈落が壊滅したさなか、のこのこと一人だけ戻ってきたことは、それなりに警戒されているらしい。あの御方へ会う機会も与えられていない)

 

 奈落三羽烏の一人とはいえ、()()も奈落を裏切ったとも揶揄されている朧の立場は、あまりよくはない。

 最上位の実力を伴っているからこそ再びこの地の底に潜り込めただけであり、朧が探らなければ、得たい情報も得られないような状況だった。歯痒くはあるが、自身の精神の未熟さが招いたものとして受け入れるしかない。

 

『確か……お前の今の仕事は……現将軍の伯父の護衛か……』

(ああ。どうやら見廻組も江戸城の警護につくらしいがな)

『そうか……。ならば、例の……娘の動向も、気にかけておけ……見廻組とやらの動向次第では……天導衆が奈落を差し向けるかも、わからぬ……』

(ずいぶんと、骸を気にかけているようだな)

『それは……お前の方だろう……。お前の視界から、あの娘の姿はよく映る……兄弟子であるならば……それもまた自然なこと……。お前の面倒見の良さは、松下村塾の頃から……変わってはいまい……』

(……そろそろ見張りを戻る時間だ、もういいだろう)

 

 老人特有の長話の予感がして、ほとんど強引に朧は話を打ち切った。

 

(……次から連絡を共有する時は前置きをしろ。師が「虚」として蘇っている今、私の中にある「虚」の因子もいつ覚醒してもおかしくはない。もし、一瞬でも意識を乗っ取られれば、私に()()()()()()()()()()ことだけではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、あちらの感覚共有を阻害していることも全て筒抜けになるぞ)

『…次までに……改善をしておこう……』

 

 その言葉を最後に、見られている感覚が遠ざかっていく。

 共有が切られた証拠だ。朧はようやく息を吐く。

 

 たとえ心を許した相手であろうと、思考も視界も筒抜けなのはいまだ慣れない。

 巌勝が言うには、この呪いを編み出した鬼の始祖は感覚共有のオフなどは一切なく、全ての鬼に通じて監視していたのいうのだから恐ろしい。

 確かに裏切りの把握や情報共有には効率はいいが、それは味方であろうと誰も信用していないことの証左だ。なんとも矮小な器の持ち主だとも思ったが、そんな鬼の始祖に数百年以上真面目に仕えていた巌勝の精神力もどうかしている。

 

「……」

 

 感覚共有が断ち切られたことで、朧はようやく思考を巡らせる。

 

 現将軍の伯父、と巌勝は言っていたが、実質的権力を握っているのは現将軍(徳川茂茂)ではなく伯父(徳川定定)のほうだ。

 また、定定は新たに護衛につかせる見廻組が一橋派であることも知っている。江戸城の警護としつつ、自分たち奈落を使ってトップたる佐々木を暗殺しようとしている魂胆が見える。その上で、警護をする組織のトップが刺客にやられるなどむしろ無礼、不届きであると難癖をつけ、見廻組を解散に追い込もうとしているのだろう。

 

 しかし朧にとっての問題はそこではない。

 

 ──見廻組の佐々木異三郎と、鬼兵隊の高杉晋助は、裏で繋がっている。

 これは朧が独自に掴んだ情報であり、巌勝にも気取られぬよう押し殺しているものだ。

 高杉一派は、今回の件で何かしら仕掛けてくるだろうと踏んでいる。

 徳川定定は幕府を建て直しにおける寛政の大獄を起こした張本人だ。彼が放置しておくとは思えない。

 たとえ高杉が「吉田松陽」の正体や、その師のガワだけが生きていることを知っているのだとしても。

 それでも彼は、すべてを壊すのだろう。そしてその中にはおそらく、自分()も入っているはずだ。

 

 再会したとき、果たして己は──かつての()()()と戦えるのか。

 

 否、戦わなければならない。

 

 敬愛する先生を取り戻すために。

 そしてもう二度と、巌勝に友を殺させないために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朧との共有を打ち切った黒死牟は、座っていた縁側で目を開けた。

 視界には、先ほどまで見えていた高い瓦屋根からの景色ではなく、手入れの行き届いた庭が広がっている。

 寝泊まりするだけの拠点としてだが、かぶき町の郊外にある屋敷を土地ごと買い取ったのは正解だった。昼も夜も、ここは静かで良い。

 

 黒死牟が自分の知る歴史とは異なる日本に降り立って、既に100年。

 鬼となってから、時間の流れは希薄だった。

 だが、この100年は、時代も景色も人の関係性も、何もかもが目まぐるしかった。

 地球という生命力そのものから生まれた、不老不死・虚たる吉田松陽との出会い。

 その血を受けた朧、そして道中で(吉田松陽)が拾った銀髪の生意気な子ども。それから、松下村塾の門下生との交流。

 それらは、黒死牟にとって短くも濃い時の流れだった。

 

 なぜ(吉田松陽)の誘いに乗ったのか、今となってはよく分からない。

 だが、成りたかった存在()仕えるべき主(鬼舞辻無惨)もいない世界に訳の分からぬまま迷い込み、戦う意味も存在意義も何もかも失っていた黒死牟にとって、似たような同胞の存在や、見知らぬ土地での行動原理があることは、ある種の救いだった。

 そうでなければ、醜い鬼としての業や生き恥を晒すことに耐えられなくなり、衝動的にその身を朝日に晒し、塵と消えていただろう。

 

 無惨の呪いがなくなったのを機に、体質を変化させ、人間の血肉を一切喰らわなくした。途方もない食人への飢餓に襲われるはずの衝動や体力の回復も、数年単位の睡眠を行うことで抑えることができた。

 ただ、人の血肉を喰らい無惨の血を取り込み、高みを目指し続けた鬼としての全盛期と比べれば、今の黒死牟の身体能力や強度面は劣る。何より、動いた分だけ睡眠が必要となったのは最悪だ。

 最近は宇宙に上がって情報収集をしていたのもあったせいか、地球に降りてからは眠ることが多くなった。

 

(滑稽……。あれだけ強さを求め……縁壱になることを望み、只管進み続けた私が……今はその強ささえも捨てようとしているとは……)

 

 自嘲した後に蘇るのは、無限城での記憶。追い詰められた先に至った領域、桁外れの強さ。

 しかし、鬼狩りたちの刃に映り込んだ、自分の望むものとは程遠い醜い侍の姿。

 

「私は……縁壱になりたかった……鬼になれば……そう在れると信じた……だが……その先に用意されていたものが、アレだ……」

 

 冷めた笑いが漏れる。

 あれだけ力を持っていても、たとえこの宇宙でまごうことなき無双の存在になれたとしても。その先でできることといえば、人食いの怪物として君臨し続けることだけだ。

 ならば、もう縋る必要もあるまい。

 

 それに今は……旧知との約束を果たすため、為さねばならないことがある。自身について考えるのは、そのあとでいい。

 

(そういえば……朧の様子が少し……違っていたが……。奴の押し殺すような態度は……たいてい、弟弟子か虚がらみ……今回の件、おそらく、何かあるのだろう……)

 

 吉田松陽もとい虚の一番弟子であり、その血を受けて中途半端な不死となった男。

 そして10年前、黒死牟の血を数滴その身に受け、奇跡的にも人と鬼と虚の三つの要素を備えた稀有な存在。

 どの血も拒絶し合うことなく別個として存在でき、太陽の光に触れても即消滅ではなく弱体化してしまう程度で済んでいる。それは虚の因子が特段強いからなのか、朧の意志の強さなのか、黒死牟が血肉を喰わなくなったことや無惨の血が薄れていることが関連しているのか、要因は分からない。

 

 分かることは、朧はその身に二つの呪いを背負うことで、二度と、師も黒死牟も裏切るまいとする縛りを自身に課していることだけだ。

 

(なんとも身勝手な自罰……。私が一度殺して、罰は既に与えた……(吉田松陽)も奴を許しているというのに……)

 

 蘇った朧を拾い上げたあとも、既に対話は果たしている。

 黒死牟が眠っているあいまに、奈落の襲撃を察知したこと。それを見越し自らを犠牲にして松下村塾を一人去ったこと。戻った組織で権力を持つことで奈落の目を松下村塾から逸らしていたこと。ある日師や弟弟子たちを町で見かけてしまい、あの陽だまりに戻りたいと、羨ましい、妬ましい、なぜ俺だけが、俺だけがここにいるのだと抑えていた黒い衝動が弾けたこと。

 

 責任感が強く、感情を押し殺す側面があるからこそ起こってしまった悲劇。

 だが、あまりにも人間らしい、弱さと脆さ。だからこそ、吉田松陽は朧を許し、黒死牟もまた弟への嫉妬と憎悪によって全てを捨てたあの頃を思い出し、理解を示し、慰めに血を与えた。

 

(さて…どうするか……また知らぬ間に……事が大きく動いても困るが……)

 

 考えながら、黒死牟はふと、玄関先に目線を向けた。

 入口付近に、気配。そばに置いている刀を手に取り、静かに歩く。

 

 夜盗か浮浪者か、はたまた宇宙にいた頃に何かしら恨みを買った輩か。

 あちらが動く気配が一向にないのが逆に不気味だ。

 

 門戸をくぐり、そちらに身体を向ける。

 

 そこには──

 

「……」

「……」

 

 全身に藍色の線状の文様を入れた(なんか妙に見覚えのある)珍妙な仮装をした黒髪長髪の男が、体育座りをしている姿があった。

 

 

 

 

 




・黒死牟(継国巌勝)
前世?で色々あったのと、価値観は違うけど程よい距離感の不老不死友人のカウンセリングも経たので、だいぶ落ち着いている。松下村塾時代は「継国巌勝」を名乗る臨時講師。鬼としての歴史が長すぎて倫理観はアレなので、スナック感覚で他人に血を与える。

・虚(吉田松陽)
世代交代を演じつつ奈落の首領を続けつつ、他人格を抑え込んでる吉田松陽ベース人格のころに黒死牟と出会った。ずっと孤独だった中で自分と似たような不老不死の友人ができたので、実はかなり嬉しい。

・朧
歴史がずれたので、一瞬松下村塾√にいた。
結局鬼のいぬ間に一回闇堕ちするけど黒死牟にぶっ殺されたり自分の気持ちを吐き出したりしてスッキリして目が覚めた。反省と二度と裏切らない意志を示すため鬼の血をスナック感覚で取り込んだら適応したうえになんか良い感じの混血に。日光には弱くなったけど基本夜仕事なのであまりデメリットがない。
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