侍の国においたわしい兄上殿を突っ込んだ話   作:あんまん太郎

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有り難き茶だ…一滴たりとて零すこと罷り成らぬ…

 

 松下村塾の門下生たる桂小太郎。かの攘夷戦争にも参加していたが、現在は反幕府勢力「攘夷党」の党首。

 ほとんどが音信不通となってしまった吉田松陽の門下生や知己が多い中、黒死牟は、この青年とはマメに連絡を取っていた。

 

「久々に地球に戻られたとお聞きして。引っ越し祝いです」

「……気遣い…感謝しよう……」

 

 なぜかうどんのセットを貰う。

 ちなみに、桂は黒死牟が鬼であることを知らない。普段は人間時代の姿に擬態しているし、日の光が苦手な病弱設定もつけているからだ。黒死牟が食事を摂らないことを知っているのは、吉田松陽と朧くらいだろう。

 

「そういえば……先日、お前の捕縛をてれびで見た……獄門島とやらに送還された*1とか……。脱獄していたのか……」

「ええ。表向きにはオレは攘夷志士(テロリスト)ですので。今後の攘夷活動やスカウトのためわざと捕まり、内部情報を探っていました」

「表が攘夷志士(テロリスト)の時点で……裏もなにもないと思うが……」

「さすがは難攻不落の刑務所。脱獄も情報収集も至難でしたが……、そこで俺は確かな情報を掴みました」

「……、……それは……?」

「それは──獄門島で月に1度出てくるカレーうどんはうまい、ということです」

 

「…………」

「…………」

 

「……? ……それだけか……?」

「はい」

「そうか……」

 

「蕎麦も良いものですが、やはり漢といえばカレー、侍といえばうどん。その組み合わせは練り上げられており、至高の領域に近い」

「そのような至言は…初耳だが……」

「師範! あなたが教えてくれたではありませんか!!!」

「いきなり…大声を出すな……。そんなふざけたことを……言った覚えはない……」

「いいえ、言いましたよ。侍たるもの、全身白地の衣装でカレーうどんを完食すべしと!!」

「侍の姿か? それは……。しかも内容が変わっているのだが……。少なくとも…というか絶対に……私ではない……」

「師範、ツッコミをするならテンポよく、もう少し声を張っていただきたい。今この場でツッコめる方はあなたしかいないんです、しっかりしてください」

「すまぬ……しかし…ツッコミとはなんだ……」

「師範……! 高杉と同じ路線の無知無知系大ボケでしたか。わかりました次からは私がツッコミましょう」

 

 黒死牟は慄いていた。彼の長い長い人生の中でも、ここまでマイペースというか人の話を聞かない人間は、この男が初めてだからだ。

 

(相手を混乱させ…自分の領域(ペース)に巻き込む…ある種の話術ともいうべきか……。多くの部下を抱えるだけある……。その話術からなる求心力は…変わらずのようだな……)

 

 しかし、意外とその評価は高い。

 

「それで……。今日は何用だ……まさか本当に引っ越し祝いが…目的ではあるまい……」

「フ、相変わらず察しが良い」

 

 桂は居住まいをただした。

 

「最近、徳川家の内部で幕臣の暗殺が相次いでいます。それは、今のところ我々のような攘夷浪士の仕業とされていますが……恐らく犯人は、先代将軍徳川定定。決定的な証拠があるわけではありませんが、相次いで殺されている幕臣が、実質権力を握っている奴にとって都合の悪い者ばかりであることも後押ししています」

 

 態度にはおくびにも出さなかったが、黒死牟は徳川定定に関連する話を先ほど聞いたばかりである。

 見廻組が配置された云々も、彼らが一橋派であることを考えると、警護と言いつつ定定を疑い城内に張り込んでいるということだろうか。話が自然と繋がってきていた。

 

「侍の国を取り戻すべく邁進している攘夷志士が、奴の私腹を肥やすために縁もゆかりもない罪を被るのは我慢なりません。そのため、奴の本性を暴き、その証拠を得て、失脚させようと思っています」

「私に…その手伝いをしろと……」

「……各地の攘夷浪士はこの件に触発され、やれまだ見ぬ同胞に続けだのと、うちの一派も含めて今は冷静に調査できそうな輩がおらぬのです。下手に動かすと、本当に幕府(奴ら)の思い通りになってしまうかもしれず」

「ふむ……」

 

 黒死牟は攘夷志士ではない。だが、10年前の吉田松陽の遺言に則って門下生の面倒は任せろというようなことを言った手前もあり、何度か桂からの依頼を受けたことはある。

 正義や悪だとか、革命だとかの話は、鬼となってしまってからは遠いものだが。とかく暴走しがちな各地の攘夷浪士達をおさえるブレーキ役となっているらしい桂の立場を考えれば、志士の名を隠れ蓑に騙り、世を乱す悪逆の徒は許せないのだろう。

 それが世を治めるはずの幕府側の動きともなれば、余計に。

 

「いいだろう…できる範囲のことであればだが……」

 

 真に重要なのは属する組織や肩書きではなく、そこで「何を為すか」だ。

 彼が彼なりに武士道を胸に掲げて行動しているのならば、武士の残骸として手伝うのもやぶさかではない。

 それに、朧の動きも気になっていたところなので、ちょうどいい。

 桂は兄弟子()がいま奈落におり、容疑者たる徳川定定の護衛についているとは流石に知らないだろう。邂逅すれば面倒なことになるが、そうならないように感覚共有を利用すればいい。

 

「ありがとうございます。では、早速ですがこれを」

 

「……、……。……これは……なんだ……」

 

 桂がススス、と差し出してきたのは──女物の着物と化粧道具だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちーす、ヅラ子で〜す。今日ゎ潜入捜査頑張ろ〜」

【エリ子で〜す】

「……」

 

 未明。江戸城付近。

 人気の無い場所で合流した、女装した一人と一匹。そして鬼。

 

「ちょっと〜、みちぴテンション低くない? 盛り下がるんですケド」

【空気読んでよね〜】

 

「……一度、その喋り方をやめろ……小太郎」

「小太郎じゃない桂だ! じゃなかったヅラ子だ!」

「桂小太郎だろうお前は……。……こたびの潜入…女中として潜むのは賢明な判断だが……その喋り方は…なんだ……」

「うむ、師範は潜入捜査も女装も初めてだろう。本番前に、まず女中としての心得を知ってもらおうと思ってな」

「女中の姿か? これが……」

 

 用意された着物を着てきた黒死牟に対し、ブラウスと緩く結んだリボンにスカートという女中ってか()()学生のギャルのような出で立ちをしている一人と一匹。

 

「幕府の膝元に潜入するという非常に危険な任だ。バレれば打首どころではないからこそ、準備は万全にしておきたい」

 

 かつての主も身体を女性に擬態させて、鬼狩りの目を欺いたり情報収集に及んでいた。また、十二鬼月・上弦の陸が討伐された時に至っては、鬼狩りたちは遊女に変装し遊郭に入り込んでいたとも聞いている。敵の目を欺くには、意外性のある方向から攻めるのが一番なのかもしれない。

 

(理にはかなっている、が……)

 

【ていうかヅラ子さ〜】

 

 桂小太郎の相棒でもあり天人だという謎の白い生物、エリザベスもとい今はエリ子が、バチバチにデコったプラカードを出してくる。

 

【リボンの色被ってんだけど〜? あーし先輩とオソロなんだよねー、変えてもらっていい?】

「え? カンケーなくない?」

 

 ネイルをした爪をいじりながら、気だるげに鼻で笑うヅラ子。

 

「普通に嫌なんだけどぉ。てかそっちが変えろし笑笑 心狭すぎ藁」

 

(なんだ……? 女中の心得指導は……既に始まっているのか……?)

 

 女中など、それこそ人間だった時代に屋敷に仕えていた女中たちの古い記憶しかない。今時の女中を知るため、とりあえず黒死牟は大真面目に見守る。

 

「ていうかエリ子化粧薄くね? やる気あんの? つけまくらいしなさいよ」

【バランス考えてんのよ、一人ケバいのいるから】

「みちぴのこと悪く言うんじゃねーよ!」

【どう考えてもオメーだよヅラ】

「ヅラじゃないヅラ子だ!!!」

 

 ドゴン! と音がして、黒死牟の鉄拳が振るわれるまま、ヅラ子が地面にめり込む。

 

「声が……大きい……」

 

 女中の心得は一切分からなかったが、おそらくこの茶番が続いたとて分かることはないだろうと黒死牟は思った。

 

 

 

 

 □ ■

 

 

 

 

 吉原の伝説の花魁・鈴蘭からの依頼を受けた坂田銀時もとい万事屋。

 老いた体で床に臥しながらも「月が出たらまた会いに来てくれる」と信じて、とある人を待ち続ける鈴蘭のために、手がかりを探し、やがてその「とある人」が先代将軍・徳川定々ではないかと行き着いた。

 銀時たちは神楽の伝手を頼りに江戸城へと潜り込むが、城内は幕府要人への連続襲撃事件を受けて戒厳令が敷かれていたのだった。

 

「はー、神楽のコネクションで入れたのはいいけどよー、どうすんだよこれ。こっからが無理ゲーすぎだろ。第二形態まではやる気出るけど第四形態までやられたら面倒てか萎えちまうってのが分かんねーのかよ。負けたらやり直しだしよ」

「いや、なんの話してんですか」

「人生はオルゴ・デミーラみたいには行かねえってことだよ」

「答えになってねえよ! ……とにかく、ここまで来たんです。なんとか見廻組や爺やさんの目をそらすことができればいいんですが……」

 

 久々に友人に会えた喜びからか、無邪気にはしゃいでいる神楽とそよ姫を尻目に、だんだん投げやりになってきた銀時と、キョロキョロと視線を配る新八。同行している月詠もなんとか抜け出す隙がないか狙っているようだが、見廻組副長(今井信女)含め、城中を巡る見廻組たちがいては、身動きも取れない状況だった。

 

「そういえば、喉乾いたアル」

「私も、喋りすぎて喉が乾いたかも」

「では、茶を用意させましょう。誰か、誰かおらんか!」

 

 神楽とそよ姫の言葉に、爺やが豪奢な襖越しに叫んだ。

 襖の向こう側から「はい、ただいま」と声がして足音が近づいてくる。襖がすっと滑るように開かれる音と、芳しい茶葉の香り。

 

「城内の何処を見渡しても殺気ムンムンの奴らばっかだぜ。本当にこんな状況で先代将軍に宅配地獄(デリバリーヘル)をプレゼントするってのか?」

「……無論じゃ。わっちの覚悟はとうに決まっている」

「困りましたね……。姫様にいっそ話してみるとか……」

 

 コソコソと話し合う銀時たち。その後ろから、「粗茶ではございますが」と女中から薄青磁の茶碗が差し出される。「粗茶ァ?」と銀時は目を眇めた。

 

「悪ぃけど俺、粗末な茶よりも高級茶葉、つまり高茶派なんだわ」

「高茶じゃない粗茶だ!!」

 

 ドゴン! と音がして、銀時がその掴んだ頭ごと机にデリバリーヘルをかました。

 ヅラ子が机にめりこむ。

 

「えっ!? か、桂さん!?」

「おいおい、何やってんだヅラ」

「ヅラじゃないヅラ子だ! ……フ、銀時、お前もまた攘夷浪士の汚名を晴らすために潜入していたとはな。しかも将軍の妹君とコネクションも掴んでいたとは……やはり隅に置けぬ奴だ」

「汚名っていうかお前の場合もう晴らしても晴らし切れねえくらい汚れてんだろ外見も中身も」

 

 お茶まみれになりながらヅラ子が涼やかに微笑むのに対し、銀時の態度は冷めている。

 

()()()は幕府の膝元に命を賭けて潜入しているのだ。汚れ仕事など分かりきっていたさ」

「俺たち? あの白いバケモンも女装してんのか? 無理あんだろ」

「バケモンではないエリ子だ! エリ子は別行動していてな。今は、しは──というより、お前のせいで机も畳も汚れているではないかまったく。──ちょっとぉ~みちぴー、ここ拭いといてぇ~」

 

 急にギャルのような態度で、襖の奥に向かって声をかけるヅラ子。

 

「え、みち……何?」

 

 襖がすっと滑るように開かれると、白い足袋を履いた190センチを超える女中が、恭しく身をかがめて現れた。

 

「……御意に……」

(いやみちぴっていうか巌勝(みちかつ)ゥゥゥ!!)

 

 静かに面を上げた女中。そのめちゃくちゃ見覚えのある久しい顔に、銀時は心中でシャウトする。

 

(ヅラの話でちょっと聞いてたけどよ! なんで昔の知り合いと女装した状態で再会しなきゃいけねーんだよ! 普通いい感じのシリアスとか日常回とかで再会すんじゃないのこういうの!? ボケの合間の流れ作業で再会って聞いたことないけど!? おかしいだろうがァァァ!!)

「なにがおかしい? 言ってみろ」

「おめーの頭がだよ! 堅物天然ジジイ(アイツ)に何やらせてんだテメーは!」

 

 桂の頭を再び机に叩き込む銀時。

 そうしている間にも、ピンクのふりふりの割烹着を着た大男は黙々と机と畳を拭いている。数年ぶりの知己との再会か?これが……。

 

「さ、ミッチー。客人にお茶をもう一度お出しして」

 

 もはや呼び方すらガバガバなヅラ子の言葉に、ミッチーは真面目に頷いた。

 

「……粗茶ですが……」

 

 硬く握りしめた布地がきしむような音を立て、空っぽになった銀時の湯呑みに雑巾から水分が押し出される。

 

「いやもう粗茶ですらねーから! 粗茶拭いた雑巾のしぼり汁だからただの!!」

「先輩の淹れた有り難き茶だ……一滴たりとて零すこと罷り成らぬ……。零した時には……お前の首と胴は泣き別れだ」

「いやもう既に零された後なんだけどォォ!? しかもなんで茶ごときで客人側が命懸けなんだよ!! ていうか先輩って何!? お前ただでさえ世間知らずで注がれるものをそのまま吸収するカピカピスポンジなんだからよォ、特にヅラの言うことは真に受けるなつったろ!!」

「私が……何も為せず、何にも成れない……空の器だと言いたいのか……?」

「相変わらずちょっとピキりながら卑屈変換すんのもやめろ! そういうノリじゃねーから今!」

 

「フ……。相変わらずの……騒がしさだな、お前は……」

「フ……、じゃねーよ。情緒どうなってんだよ。地の文だけだと分かりにくいけど、バチバチにメイクと女装した190の男がシリアスな郷愁漂わせてもただのお労しい不審者殿だからな」

 

「あ、あの銀さん、桂さん……。この人は?」

 

 これ以上騒いでいたら、見廻組が押しかけてきてもおかしくはない。今まで様子を見守っていたツッコミメガネが、恐る恐るながらもようやく声をかけた。

 

「幼少期に俺たちに剣を指導してくださった師範だ」

「師範つーか、昼間はグースカ寝て夜に呑気に起きて剣道させてくる夜行性のプー太郎だけどな」

「……」

 

 一応潜入している手前もあるので、黒死牟は名乗らなかった。

 それに、印象が薄くて忘れかけていたが、目の前の眼鏡は件の道案内で出会った少年であることを思い出す。女装とメイクのおかげで向こうは気が付いていないようだが、深掘りされても面倒だ。

 互い互いに思わぬ形で、役者は場に揃いつつあった。

 

 

*1
原作194訓、アニメ110話




銀魂のノリを表現するの難しすぎてアーナキソ…
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