侍の国においたわしい兄上殿を突っ込んだ話   作:あんまん太郎

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俺は如何なる理由があろうとも缶蹴りの鬼にはならない

 

「なあ、巌勝」

 

 道場の縁側で、月の浮かぶ夜空を見上げながら、銀時は口を開いた。

 

「お前は、何者なんだ?」

「何だ……藪から棒に……」

 

 隣にいるのは、松下村塾の道場を修めてる一応の剣の師範。

 鬼のように強く、鬼のように厳しい指導や鍛錬を課してくるくせに、なんちゃらの呼吸だのという謎の剣術は一切教えてくれない。挙句に自分は病弱だからとか陽に弱いからと言って昼間は外に出ず、そして数年単位で不意にいなくなってはふらっと戻ってくる男──継国巌勝。

 

「お前だけじゃねえ、松陽にも聞いたんだよ。アイツも、あんな細いくせに力は巨人みたいだろ?」

「巨人……。いや、違う……奴は……」

 

 巌勝は銀時を見ず、呟いた。

 

「……阪神が好きだと…聞いているが……」

「いやそうじゃねーよ! おめーも松陽もほんと人の話聞かねえな! てかその下りは昼間に終わってんだよ既に!!*1 お前らの化け物じみた強さはなんなのって聞いてんの!」

「確かに…奴の強さは…半神……つまり半神半人と言ってもいいだろう……」

「無理矢理会話繋げようとしてきたよこの人! ボケ被ってたからか何事もなかったかのように続けようとしてるよ!」

 

 銀時はイライラしつつも続けた。

 

「俺は今まで大人にだって勝ってきたのに、いまだにおめーにも松陽にも、一度も勝てねえ。松陽に聞いてみたけど、化け物の剣じゃ化け物は斬れねえって言われた。お前らの真似をすんじゃなくて、俺の剣で、人の剣で、物事を斬り拓けって」

「化け物の剣、か……奴らしいな……」

 

 巌勝は懐かしそうに、自嘲気味に呟いた。

 例え話だとかそういうのではなく、本当に自分のことを「化け物」だと思っているような素振りと雰囲気で。なんとなくその態度が、銀時は妙に腹立たしく感じた。

 

「私は……既に、敗北している身だ……」

「……え!? お前が!? 誰に!?」

 

 銀時は目を見開いて驚く。鬼神のようなこの男の強さは、彼は身に沁みて知っている。

 

(朧……は違うだろうし、松陽か? いや、この二人、俺や高杉みたいに勝負したり喧嘩してるの、一切見たことねーしな)

「私は……お前たちのような存在に負けたのだ」

 

 要領を得ない答えに、銀時は不思議そうな表情をする。

 

「かつて、私の……弟が言っていた……。自分たちの存在も才覚も、長い長い人の歴史のほんの一欠片であり、それほど大層なものではないと……そうしている合間に、自分たちを凌ぐ者たちは産声をあげ、同じ場所に辿り着くと……」

 

 この男に弟がいることも、いつにも増して饒舌なことにも驚いたが、その弟のことを思い出す巌勝の表情がいつにない厳しい表情をしており、纏う空気にもその不穏さが見えるようで、銀時は背筋を震わせた。

 それは憎悪と苦痛・屈辱、そして羨望。そんな黒い衝動をぐちゃぐちゃに混ぜ込んだような、複雑な表情であった。

 

「これから生まれてくる子らが我々を超え、更なる高みへと上り詰めていくのだと──()は……本当に……楽しそうに……そう宣った」

 

 無理に剣技を継承せずとも、できぬとも。時代が続く限り、彼等は彼等の剣を持って、自分たちを超えていくのだろうと。

 

「私は──私の世代こそが……私達こそが特別なのだと…信じて疑っていなかった。だからこそ…弟の言葉を…戯言だと、楽観視だと……吐き気がした」

 

 巌勝が僅かに顔をゆがませる。「だが」と静かに息を吐いた。

 

「私は、最期には負けたのだ。次代の者が振るう人の剣に。弟すら成しえなかったこと(上弦の壱の討伐)を」

 

 その表情は凪いだ湖面のように静かで、穏やかだった。

 そこにはもう、何の色も浮かんではいなかった。

 

「吉田松陽が人を違えた時…約束を果たすつもりだが……俺の剣(化け物の剣)では…()を殺し切れぬだろう……。だからこそ……本心では…お前たちのような存在が……お前たちの剣が…自分の喉元に届くことを…待っているのかもしれぬ……」

 

 それは夜の風に攫われてほとんど銀時の耳には届くことはなかったが、もしかしたら巌勝と松陽はまだ戦ったことがないのかもしれないと、子どもながらに銀時はそう考えた。

 

「……なんか意味深な台詞ばっかでよくわかんねーけど、とりあえず松陽が俺たちに倒されたいってのは分かった」

 

 「じゃあ」と銀時が続ける。

 

「俺が松陽から一本穫るよ。あんたよりも、先にな」

 

 勝気で生意気な銀髪の子どもを無言で見下ろした後、巌勝はフ、と口元に涼やかな微笑みを浮かべた。

 

「楽しみに…するとしよう……」

 

 

 

 

 

 

 □ ■

 

 

 

 

 

 

 

 再会もほどほどに。

 神楽とそよ姫の提案で、この場から引き剥がす目的であるはずの爺やと見廻組副長もとい信女も巻き込み、なんだかんだと庭で缶蹴りをすることになっていた。

 

「じゃあヅラ、お前が鬼になるアル!」

「ならない! リーダーと俺とでは価値基準が違う! 俺は如何なる理由があろうと鬼にはならない!!」

「いや逆だから!! なにが逆なのかとか僕にもよくわかりませんけど、多分桂さんが言うべき台詞じゃねーからそれ!」

「桂じゃない柱だ!」

 

 女中であるはずの桂もノリノリで参加しているが、護衛兼見張りである爺やと信女も参加しているので今更だろう。

 黒死牟は日の下に出れば死ぬので、参加はしない。桂を放置し、これ幸いにと女中を装ったままその場から立ち去ることにした。

 

「茶も出したので…私はこれで失礼する……」

「おい待て失礼すんじゃねェ。何お前だけイチ抜けしようとしてんだ」

「私が日に弱いことは……お前も知っているだろう……」

 

 銀時に肩を掴まれて止められるものの、黒死牟は顔色を変えない。言い訳でもなんでもなく事実だからだ。

 

「わーってるよンなこたあ。テメーひとりで行動すんなつってんの。いつもいつも意味深に勝手なことして勝手に消えやがってよー。振り回されるこっちの身にもなってみろよ」

「…………責めているのか…? 10年前……お前たちのもとに…迅く駆け付けられなかったことを……吉田松陽のことを……。否、お前にはその資格があるが……」

 

 「死角ぅ?いや俺に死角とかねーけど」と言いながら、銀時は微妙そうな表情で口ごもったあと、大きな溜め息を吐いてがしがしと頭をかいた。

 

「……勝手に行動するよりもまず相談しろっつってんだよ。お前の目的とか知らねーけど、ヅラとはまたちげーんだろ。けどいま城の外も中もピリピリ殺気立ってんだから、下手なことしたら一発で打首だ。一旦ここにいやがれ」

「……」

 

 「あとその思い込みの激しさをどうにかしろマジで」とついでに文句も言われる。

 日輪刀もないこの地球に黒死牟を打ち首にできるものなどいないだろうが、黙った。どうやらこの男は、黒死牟に気を遣っているらしい。

 

「……銀時……」

「あ? んだよ」

 

「……近頃の若者に…急に連絡をしても不快に思わぬ手段は…いかなるものか……教えてほしい……」

「今の流れで投げかける相談がそれェ!? 思春期の娘を持つ父親かおめーは!! 知恵袋にでも聞いとけや!!」

 

 せっかくなので兄弟子の脳内通話の件をぼかして相談してみたが、半ギレで携帯を投げつけられた。

 

 庭先にいる神楽から銀時を呼ぶ声がかかる。なぜか銀時が缶を蹴れとのことだ。銀時はそのまま「どうせ城の中嗅ぎ回ってんのがバレたら首が飛ぶんだ! やってやらァァァ!」と、やけくそ気味に叫んで庭に躍り出ていった。

 

「……」

 

 遠目にその姿を見守る黒死牟だったが、庭で大人と子どもたちが遊ぶ姿に、松下村塾の賑わいを重ね、記憶の底から郷愁を呼び覚ましていた。

 

 昼のあいだ、たまにこうして縁側の暗がりで、銀時たちが騒がしく喧嘩をしていたのを吉田松陽と共に眺めていたことを思い出す。松陽は妙にノリのいいところがあるので、喧嘩はともかく鬼ごっこなどの類であれば、門下生たちと一緒になって遊んでいた。

 その松陽の立場に、今は銀時や桂がいる。

 

(人の成長とは……早いものだな……)

 

 視界の先、手を伸ばせば焦げ付くあたたかな陽だまり。

 黒死牟は静かにその様子を見守る。元より鬼である黒死牟は、その陽だまりに触れる資格はない。一方で、かつての(吉田松陽)は人ならざるモノでありながら、人が生み出したこの陽だまりを心から愛し、慈しんだ。そして、それを守るために死を選んだ。

 

 彼は再び蘇り、(吉田松陽)が守ろうとしたその陽だまりをいまは虚ろなるその手で壊そうとしている。破壊と憎悪に満ちた虚に溺れかけるとき、斬ると約束したのはほかでもない、友であり、鬼である黒死牟だ。

 

(たとえ…鬼の剣で()を殺せずとも……私は……為すべきことを……)

 

 黒死牟はその場から音もなく立ち上がった。

 立ち去る前に、ふと、銀時に投げつけられた絡繰り(携帯電話)を見る。黒死牟は、絡繰りといったハイカラな類は力加減が難しいためにすぐに壊してしまうのだが、この携帯電話にしても、使用方法は知識として知っている。

 銀時のものかは分からないが、投げつけてきたということは、この絡繰りを使ってもいいということだろう。見ると、誰かと連絡を取っていた形跡があり、メル友がどうとか、見張りがどうとかなどが、異様なテンションと文体で書かれていた。

 

(知恵を持つ……この者に聞けということか……)

 

 銀時に返す前に、この相手に伺ってみよう。と、黒死牟はその絡繰り(携帯電話)を懐にしまった。

 それは図らずしも、見廻組局長・佐々木異三郎が新たなメル友をゲットした瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「賊が忍び込んだと聞いたが……。忍んでいるわりに騒がしいな……」

 

 遠くで聞こえてくる騒ぎに、朧は天井を見上げた。

 奈落は、既に侵入者たちのことを知っていた。将軍の姫君の計らいとはいえ、場内が不穏立っている時期に堂々と入り込んでくることは逆に怪しいし、別で潜入してきた賊もなんか目立つ女装をしているらしく、バレるのも当たり前である。

 ただ、定定は、せっかくならばその者たちを幕臣殺しの犯人に仕立ててやろう、ついでに混乱に乗じて見廻組局長も暗殺しておけ、と言って侵入者たちの物見遊山に行ってしまった。

 下卑た性根を持つ護衛対象だが、任務なので仕方ない。十分な数の部下の奈落は定定に同行させ、見廻組局長佐々木異三郎にも奈落を仕掛けている。

 

(……が、暴れるには早すぎる。一体何をしているんだ)

 

 ここで任務を失敗され実績と信頼がなくなれば、朧が奈落の首領()に謁見できる機会がまた遠のいてしまう。

 ……まさか侵入者のうち三人は知り合いなうえ、そちらで缶蹴りが行われているとは思わず、巻き込まれた将軍茂茂がほぼ逝きかけて大混乱になっていることも知らず、朧が苛立ちを募らせていると。

 

「朧」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──ッ!? 巌か……──誰だ貴様は!?」

 

 音もなく、朧に気取られることなく背後へ回り込める者など、そう多くはない。

 そのうえで、ここにいるはずのない気配と声に朧は振り返り──自分を見下ろす無表情の骨太のおなごを見て、愕然とした。

 

「……分かっているだろう…。私だ……継国巌勝だ……」

「いや、分かっていても分かりたくないのだが。これは現実か? ……というか、何をやっているんだお前は……!! まさかとは思うが、侵入してきた賊というのは──」

「ああ……小太郎の手伝いでな…。ついでに…お前の様子も見に……。別の目的のようだったが…銀時にも会ったぞ……」

 

 あいつらもいるのか、と朧は頭を抱えたくなった。ていうか女装して侵入してきた賊ってお前(剣の師範)弟弟子()かよ。と、胃さえ痛くなってきていた。

 

(恐らくだが……桂は、幕臣殺しの風向きが攘夷浪士と思われていることが我慢ならないと、その潔白と情報を得るために入り込んできたのだろう。巌勝も、桂には甘いところがあるからそれに付け込まれたとして……それはともかく、問題は銀時。奴に至っては、何をしに来た……?)

 

 弟弟子たちの考えることや異様な行動力は突き抜けているため、朧にも予想がつかない。松下村塾では兄弟子でありながら朧も彼らの悪戯に振り回されることも多かったが、まさか数十年ぶりに、このタイミングで彼らの行動に振り回されることになるとは思いもよらなかった。

 とはいえ、本当にタイミングが悪い。彼らが侵入していることは、既に定定にも奈落にもバレているのだ。朧としても、いくら任務のためとはいえ弟弟子たちをむざむざ幕臣殺しの犯人に仕立てようとは思わない。早く伝えるべきだ。

 

「おい、巌か──」

 

 口を開く前に、一つの気配と足音が素早く近寄ってきた。

 朧は巌勝に目で合図を送り、同じく気配と足音を察していた巌勝も、その意を酌んで静かに頷き、身を陰へと潜めた。

 

「朧様、ご報告申し上げます」

「……どうした」

「例の賊どもを捕らえました。また、見廻組局長への襲撃にも成功。定定様の御手筈どおり、奴らを幕臣殺しの下手人として事を進めておりますが……」

 

 奈落の部下の報告に、一歩遅かったかと朧が静かに息を吐く。背後で潜んでいるだろう巌勝からは何の気配も動きもないが、この話は聞こえているはずだ。

 

「……分かった。明朝の処刑に備え、賊は牢に入れておけ」

「かしこまりました」

 

 部下が消えるようにその場から立ち去った。気配が遠ざかっていったところで、朧は巌勝が隠れている柱の陰を見やる。

 

「……?」

 

 巌勝も奈落が立ち去ったことは既に捉えているだろうに、一向に出てくる気配がない。

 近寄ると、柱にもたれかかるようにして巌勝がぼんやりとしている。その場に立ててはいるが、その目はうつろで……つまりは、()()()に見えた。

 

()()()……昼間だというのに、動き過ぎなんだ貴様は」

 

 巌勝が元人間の鬼であることを知っている朧だが、彼が食事などの類を一切行わない代わりに、睡眠を摂る必要があることも知っている。どうやら吉田松陽と出会う以前は()()()()()()()()食事を行っていたようだが……そのあたりの詳細は、深く聞いていない。

 

 とにかく、巌勝は動いた分だけ睡眠を必要とする体質となり、それはある意味でエネルギー効率が極めて悪く、一日のほとんどは眠らねばならなかった。

 一時期は、吉田松陽が「寛政の大獄」で幕府に捕らえられ、そこから数年間──攘夷戦争を経て、松陽の処刑執行日のあの日ギリギリまで深い眠りについていたこともあるほどに燃費が悪かった。

 そうしたあの出来事と結果が、巌勝に何かしらの影響を与えたのか、そうでないのかは分からない。だが少なくとも、巌勝が積極的な情報共有を朧だけではなく桂やほかの知己とも行っているのは、そういった要因もあるのではないかと、朧は考えていた。

 

「……巌勝、そこの押入れに隠れて休んでおけ。ここは私と数名の奈落しか知らぬ連絡場所だ。……夜に拾いに来る、その時にお前に牢の鍵を預けるから、桂たちを解放してやれ。あとは私が収めておく」

「…不甲斐ないことこの上ないが……恩に着る……」

 

 巌勝も限界が近いのか、その巨体ごとバキバキと骨を鳴らし、()()()()()()()、狭い押し入れに入っていった。眠気を我慢し、意識を保つことは可能だろうが、そのあとの反動を考えればと思ったのかもしれない。

 朧は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、鬼としての体質はほとんど受け継いでいないが、どうやら鬼ともなると身体の形状を自在に変化させることができるらしく、一部に至っては()()()()変えて擬態している鬼もいたのだという。

 巌勝も本来ならばこの気味の悪い女装ではなく、せめて女に擬態(性転換)を行うこともできただろうが……人外であることを知らない桂もいる手前では、そうはいかなかったのだろう。

 

「……その気味の悪い化粧だけは落としておけ」

 

 思い出したように朧は告げて、自分もその場を後にしたのだった。

 

 

 

*1
原作第552訓、アニメ317話





松下村塾まわりってどうしてもシリアス要素強まっちゃう~(桂を除き)
禰豆子ちゃんよりも重度バージョンで睡眠特化型にしないと、兄上殿が強すぎて全部終わらせてしまうので…こういった形で多少の弱体化(?)です。

大正コソコソ噂話ではないですが、最初はそれこそ縁壱を松下村塾のメンツ(銀さん世代)に入れた√としてのクロスオーバーで考えてましたが、話作るの余計にむずすぎてやめました。
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