侍の国においたわしい兄上殿を突っ込んだ話   作:あんまん太郎

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領域展開・ギャグ吸収アリーナのため、ギャグなし、拳のみ、勝者あり(ないです)






 

 遠くの喧騒に、黒死牟は目を覚ました。

 押し入れから出る。体格を再び変形させながら窓の格子から外を見ると、既に陽は落ちていたが、月の位置からして思ったより自分が長い時間眠っていたことに気づく。

 

(……朧が来た気配もなく……外の、この音…剣戟……なにか…不意の事態が起きたか……)

 

 鋼と鋼が擦れ合う音が、雷鳴の余韻のように遠くで耳を打つ。銃声や大砲の音は花火のように空気を震わせ、踏み込む多くの足音もあわさり、まるで祭りのようにひどく騒がしい。

 脳内で声を掛けずに、朧の視界を視る。

 

「……」

 

 朧の視界を通して見えた景色に、黒死牟はひそかに眉をひそめた。

 

「なぜ……()が、銀時と…戦っている……」

 

 天導衆と定定の配下と思わしき者たち。そこで容赦なく暴れ回る弟弟子たちとその仲間たちと思わしき姿。豪華絢爛な城内は阿鼻叫喚の嵐に巻き込まれおり、敵味方も入り乱れている。

 さらにいえば、朧が戦っている相手は()()だ。朧はまだしも銀時は朧の姿に気づいているかは分からないが、静かに怒りを燻らせる銀時の表情からして察する。

 朧も戦闘中かつ相手が相手(銀時)なので余裕がないのか、黒死牟が視ていることに気づいてすらいないようだ。

 

 黒死牟は視界を切る。

 ひとまず二人のもとに行くか、と木枠の窓格子ごと壁を一刀のもとに断ち切ると、迷いなく外へ躍り出た。壁面に足をかけ、重力をものともせず軽快な音を刻むようにとんとんと駆け上がっていく。

 最後の一歩を踏み切り、紫の衣をひらりと翻して江戸城の屋根瓦の上へと身を預けた。

 

「……」

 

 夜の空に浮かぶ多くの戦艦。天導衆と、そこに入り乱れる白と黒の隊服。

 見晴らしのいい場所から、城中を見回す。鬼の目ともなれば、双眼鏡などの類がなくとも遠くの人間の顔までよく見える。先ほど朧の視界から見た景色には宇宙艦らしき船体が傍に見えた。

 

「とすると、あそこか……」

 

 江戸城の最上階を見上げる。最上階の傍に浮いた、大きな宇宙艦。

 捕らえられた銀時たちが自由に行動し、見廻組(白の隊服)そして江戸の治安を守る武装警察組織たる真選組(黒の隊服)から見逃されているどころか協力して天導衆や定定の配下と戦っているところを見ると、どういうわけか立場は形勢逆転しているらしい。

 城に最も近づいた宇宙艦は、徳川定定が用意したものか天導衆のものかは分からないが……ともかく、徳川定定は宇宙かどこかに逃げようとし、そこに同伴していた朧が銀時と鉢合わせて……といったところだろうか。

 

 黒死牟は再び軽い身のこなしで風を切り、屋根を走り壁を伝いあっというまに江戸城の最上階、その広間に辿り着く。城内は半壊していたのと、人員は敵も味方も城下に集中しているためかあっさりと入り込むことができた。

 

 ひときわ激しい剣戟の音が聞こえる。朧と銀時だろう。

 黒死牟はそちらへ一歩踏み込もうとして──()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 刀の切っ先は、宙を斬る。

 いや、すんでのところで避けられ、()()()を斬っただけだ。

 揺れる黒い衣が視界に写る。

 

「何やら……懐かしい…気配かとも、思ったが……」

 

 被り笠、黒の衣、口許を覆う烏の仮面。

 ひと目で天照院奈落の者と分かるが、この男には、他の者にはない底深い闇があった。

 黒に覆われる中で唯一垣間見える瞳も、優し気にみえて近づけば刃の冷気を思わせる鋭さと威圧感がある。

 

「ああ……だが、()と顔を合わせるのは初めてではないかね、()よ」

 

 男が仮面を外す。

 その顔は吉田松陽そのものであったが、静かに納刀する黒死牟の顔色は一切変わらない。

 

「悪いが……私の友は…人の道を往った者(吉田松陽)のみ……邪魔な人格を消滅させ、天照院奈落に戻った貴様はもはや……ただの悪鬼羅刹……」

「鬼が鬼を語るか? なんとも滑稽だな。化け物が人の真似事をしたとて、人の皮を被っているだけにすぎん。随分と、あちらの人格(吉田松陽)や時の流れに絆されたらしい」

「フ……そうかも…しれぬな……」

 

 自嘲じみた笑みを口元に浮かべたところで、黒死牟は「それで……」と続ける。

 

「天照院奈落の首領が…何の用だ……まさか、みすみす……再び私に斬られにきたか……?」

 

 鞘に手を添え、親指が刀の鍔をわずかに押し上げる。

 鞘口から鋼の冷気が覗き、月光を受けて鋭い光を放つ。ゆったりと佇みながらも、瞬きの間に斬撃を奔らせてもおかしくない構えの黒死牟に対し、虚は涼やかに笑った。

 

「久々の再会だ、そう慌てるな。……私は同じ鬼として、お前を勧誘にきたのだ」

「……何……?」

「無限に続く命の中、私は魂がかき消えてしまうほどの苦しみを味わい続けてきた。苦しみから逃れるために生み出してきた人格たちも、何の救いにもならなかった。だから私は──この人の歴史を終わらせるため、私たち(ほかの人格)を全て殺し、終焉に向けて動くことにしたよ」

「終焉……」

「お前も知っているだろう、私にしろ(吉田松陽)にしても、望みはただひとつ。この永久の時を彷徨う(呪い)を完全に終わらせること」

 

 黒死牟はかつての友との語らいを思い出す。

 吉田松陽は、血に濡れた数百年の中で虚がこぼしたほんの一瞬の微笑みだが、そんな彼の根底の悲願は「死ぬ」ことだ。日輪刀などで首を斬られるか陽に当たれば死ぬ限定条件付きの不老不死である黒死牟()とは違い、虚はこの地球の巨大なエネルギーから生み出された自然現象に近い存在。つまりいくら殺しても、地球が存在する限りは何度でも蘇る。もともと人間であった鬼とはまず前提が違う。

 だからこそ、彼が心の奥底で求めていたのは、安らぎに満ちた終焉であった。

 

(吉田松陽)とのくだらぬ約束など捨て置け。ここで私を殺したところで、新たな()が生まれるだけだぞ? それよりも──友として友を救いたいのならば、この永遠の命を完全に閉じらせる道を手助けする事こそが、その救いになるとは、思わないか?」

 

 黒死牟は静かに目を閉じた。戯言と吐いて捨てることはできない。その言葉の重みは、吉田松陽と数十年以上の時を共にしたからこそ、よく知っている。

 

「……確かに、口先だけの言葉を守るよりも……そのほうが、お前たちは真の意味で救われるのかもしれぬ……だが……」

 

 黒死牟は刀を抜く。

 一息に鞘から解き放たれた刃が、空気を裂くように紫色に煌めく。

 

「お前はその願いがために、人を……かつての教え子たちを……斬り捨てるのだろう……。それを吉田松陽が、望むはずもない……そして私も…本意ではない……」

「……取り付く島もないようだな」

 

 虚もまた、その身から殺気を振りまきながら、錫杖を構える。

 

 静寂。

 そして、二人の姿がその場から露と消え──次にはもう、闇の中火花が散り、夜気を大きく震わせていた。

 

 月の呼吸 弐ノ型 珠華ノ弄月(しゅかのろうげつ)

 

 即座に場から一歩引いた黒死牟が、切り上げるようにして三連の斬撃を放つ。

 ホオオオという独特な呼吸音。踏み込む足音と衣擦れが重なり、三日月に蠢くような刃の軌跡が、虚を取り囲むように斬り裂こうとする。だが、虚はその場から残像を置くほどの速度で躱しながら錫杖でその一撃をいなしていく。

 黒死牟は構わずに呼吸を行う。

 

 月の呼吸 参ノ型 厭忌月・銷り(えんきづき つがり)

 

 挟み込むように生み出される月の刃。そこに挟まれ行動や回避に制限が生まれた虚の隙を狙うように、刀を繰り出す。

 

 月の呼吸 捌ノ型 月龍輪尾(げつりゅうりんび)

 

 抉り取るような横薙ぎの一閃。しかし、それが胴を断った感触はない。

 

 黒死牟は、背後から影を縫って出た錫杖の切っ先を跳躍して避けた。

 男の被り笠は衝撃か風圧で取れていたが、髪をオールバックに後ろに撫でた虚は、愉しそうに嗤っていた。

 

「月の呼吸、か……相変わらず出鱈目な戦い方をする」

「……あの連撃を……避けるとはな……。普通の剣士ならば…あれで身体が賽の目に刻まれていても…おかしくはないが……」

「当たり前だ。吉田松陽の人格に抑えられていたとはいえ、意識の底からお前の剣技を何年視ていたと思っている」

 

 見てきたからとはいえ、四百年の研鑽の結果でもある月の呼吸とそこに連なる剣技を躱すなど、並大抵のものができることではない。

 生きる時間と重みでいえば千年を超えていることを考えても、虚の戦闘技術と身体能力は、上弦の壱にも並ぶような人外そのものの強者・実力者だということには違いなかった。

 

「……型の傾向を読み取ったくらいで…得意気になるな……。ならばそれにならわず、速度を上げるまでのこと……」

 

 月明かりは刃と錫杖に反射して鋭い光を放ち、影が幾度も交錯する。

 永久の命を削り合う者同士だからこそ奏でることができる、終わりのない凄烈で凄惨な音。

 

 

 やがて、それは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──だから、なんでテメーがそこ(奈落)にいやがる、()!」

「ッ、貴様に応える義理はない……()()!!」

 

 交錯する木刀と錫杖。

 それらがぶつかり合う鈍い音と、伴う二人分の叫び。

 剣戟は嵐のように激しさを増しながら、その一撃ごとに空気が重く張り詰めていく。

 

「テメーは()()()死んだ、()()()()()()()()()。俺はそう()()()から……()()から聞いたんだよ。まさか、全部あいつの嘘だってことか?」

「そうか……やはり聞いたのは、()()()()()。巌勝と邂逅した折、お前と桂は()()()()()()()()()()()()()……。そうだ……私は確かに、奴の手で一度死んだ。だからこそ……今こうして、のうのうと生き恥を晒している」

「言ってる意味が何一つわかんねえんだよ。作者の気持ちを考えろっつー国語のテストじゃねえんだぞバカヤロー。もうちっと分かりやすく言いやが、れッ──!!!」

 

 銀時の振り下ろした木刀が鋭く閃く。朧は身を後方へと素早く引き、寸前でその一撃をかわした。

 

 二人のあいだに距離が生まれる。

 一進一退の触発状態だが、兄弟子と弟弟子は静かに互いを見やった。

 

「退け、銀時」

 

 先に口を開いたのは朧だった。

 

「この先天導衆に刃を向けることは──貴様の平穏と安寧を根底から揺るがすことになる。命が惜しくば、お前が、お前たちが関わるべき範疇ではない」

「そりゃあ奈落としての警告か? それともなんだ、兄弟子様としての忠告か? どっちにしても、俺たちはもう引けねーとこまで来ちまったんだ。振り上げた拳はちゃんと振り下ろさねーと気がすまねーんだよ」

「……後悔するぞ」

「け、どの口が」

 

 二人が再び得物を構え、空気が張り詰める。

 

 その瞬間、別方向から轟音が奔った。

 瓦礫を巻き上げながら二つの影が銀時と朧のあいまに荒々しく飛び込んでくる。

 

 地面に衝撃が走り、砂煙が激しく舞い上がる。

 その中から立ち上がる二人分の輪郭──黒死牟と……()()()()

 その姿を見て、朧と銀時は愕然と目を見張った。

 

「先生……!」

「松陽……?」

 

「クク、久しい名と、声だな。煩わしい、記憶のひと欠片が蘇ってくる……」

 

 虚は地の底から這うように低く嗤いながら、ゆっくりと立ち上がった。

 朧はすぐに顔を歪める。復活後に相まみえるのは初めてだが、やはりこの虚は、朧が知っているあの優しい微笑みを湛えた()()()ではない。

 そこにあるのは、冷ややかな影──かつての温もりを完全に失った、異形の存在であると。

 

「流石は鬼の剣だ……私に一太刀を浴びせるとはな」

 

 虚の肩には、衣服を切り裂き、肉を抉る大きな刀傷が走っている。だが、傷口から蒸気を発しながら、みるみるうちに傷が塞がっていく。

 

 銀時もまた、何かを察したのかもしれない。吉田松陽とは似ても似つかぬ空気を纏わせる男に、訝し気に眉をひそめた。

 そこに聞こえる足音が、銀時の後ろで驚いたように止まる。

 

「なっ、先せ……いや、これは……。どういうことだ、銀時」

 

 殿を務めていたらしく、ようやくこの場に追いついてきた桂もまた、混沌とした状況を見て唖然としていた。

 

「知らねーよ。どうにもこうにも、国盗り合戦がとんだ同窓会になっちまったかと一瞬思っちまったが──……あいつは、あの男は、……松陽じゃねえな」

 

 奇しくもこの場に集った、松下村塾の面々。

 しかし郷愁に浸る者は、誰一人としていない。

 

「ここに再会を喜びたいところだが……どうやら()()()()のようだな。戯れはここまでにしておこう」

 

 一触即発の空気、その静寂を破ったのは虚だった。

 

 虚は、城下を感慨もなく見下ろした。城の麓が俄かに騒がしい。

 視線の先にいたのは、現将軍・徳川茂茂の登場に対して狼狽えている、徳川定定。天導衆の介入を断固として拒否し、茂茂はその将軍の辞職願を出した。それにより、定定は完全に後ろ盾を失った様子が、今、眼下に広がっていた。

 

「なるほど、ただの幕府の傀儡かと思っていたが……その地位すら捨ててまでこの状況を覆すとは。伯父と違い、なかなかの名君のようだな」

 

 すべての罪を白日の下に晒され、定定はまもなく反逆罪と要人暗殺の罪で投獄されるだろう。

 もはや銀時たちが天導衆・奈落とも戦う意味もない、はずだが──

 

「……私には……関係のないこと……。貴様の首を貰い受けるまで……我が刃は、止まらぬ……」

 

 黒死牟は衣服についた破片を払いながら、刀の切っ先を緩く持ち上げ、虚に向ける。

 しかし虚は笑みを崩さない。

 

「時間切れというのは……お前にも当てはまるのだぞ、継国巌勝。まもなく──()()()()

「……!」

 

 それは()()。鬼と化してからの唯一の不快感と嫌悪感。

 それがじわりと肌に触れるより早く──黒死牟は咄嗟に身を翻して、船体が降ろす影へ滑り込んだ。

 そこに差し込む陽の光。それは城を照らし、空を満たし──みるみるうちに、黄金の輝きは江戸の町の輪郭を明るく縁取っていく。

 

「人だの鬼だのとのたまって剣をふるおうと、その身に刻まれた呪い(本能)には抗えまい」

 

 昇ってくる太陽を見やって、眩し気に目を細めた虚。

 黒衣を翻し、背を向けて立ち去ろうとするが、瞬間、視界の端で一条の閃光が奔った。

 

 陽の光を払いながら、銀時が動いた。

 どういう状況か分からずとも、死んだはずの(吉田松陽)と瓜二つの亡霊を逃がしてはいけないと、彼は何も分からなくともそう考えて、真っ先に動いたのだ。

 

 男の背に、洞爺湖の木刀が振り下ろされる。しかし虚は振り返ることなく、片腕をわずかに動かす。

 

「っ……!」

「君は知っているはずだ──君の剣は、私には届かない」

 

 鈍い音が響く。銀時が振り下ろした渾身の一撃は、一本の錫杖で軽々と受け止められた。

 力を込めるでもなく、流れるような動きで軌道を逸らし、弾かれるように外へといなされ、そのまま銀時は強い力で壁に吹き飛ばされた。

 「銀時!」と桂が叫ぶ。舞い上がる砂埃の奥へに銀時の姿は溶け、その安否は分からない。

 

 虚は微動だにせず、黒衣の裾だけがひらりと揺れた。

 その余裕ある所作は、まるで人の振るう剣など最初から無力だと見せつけているようにも思えた。

 

「朧」

「……は」

 

 虚の視線は緩慢に動き、朧に向けられた。朧は、徐ろに膝を折って頭を垂れる。虚の視線は、一度組織から逃げて天へと飛び去りながら、再び地の底(奈落)に下った朧の真意を探るような、観察するようなものが含まれていた。

 

「全奈落に、退却を促しておけ。後始末もあるだろう」

「……定定公はいかように」

「己の地位に執着するあまり自分の足元を疎かにする傀儡にもはや用はない。あとは自滅するだけ……だな、まあ、傀儡なりに使い道はあるかもしれん。好きにするといい」

「かしこまりました」

「期待していますよ、君には」

 

 口元に冷たい微笑を浮かべ、当てつけのように一瞬吉田松陽の口調に倣った主に無言で一礼し、朧はその場から消えた。……一瞬、黒死牟たちのほうを見て。

 

「さて、私も一度宇宙(そら)に戻るとしよう」

 

 一回の跳躍で宇宙艦の艦首まで舞い上がった虚。

 その背に陽の光を浴びながら、眼下の黒死牟たちに笑みを深める。城につけていた宇宙艦が、徐々に離れていく。

 陽の光がある以上、黒死牟はそこまで動くことができない。

 辺りを手で探り──ふと黒死牟は、床に置いていた自分の刀がなくなっていることに気が付いた。

 

「知り合いの顔で、言いてえことだけ一方的に言いやがって……」

 

 砂煙を割って、銀時が姿を現した。

 手には黒死牟の刀が握りしめられており、その顔に迷いはなく、強い意志を湛えた光が瞳に宿っていた。

 

「そのまま言い逃げてんじゃ、ねえ──ッ!!」

 

 叫びと同時に、銀時の腕が振り抜かれた。

 鋭い軌跡を描いた刀が、唸りを上げて宙を走る。陽光を背に浴びていた虚が一瞬驚いたように目を見張り、その隙を縫うように、刃はまっすぐと、首へ突き刺さった。

 

「俺だけの剣じゃ届かなくても……()()()()()なら、届くだろ」

 

 艦首に立っていた虚の足は、衝撃で揺らめいた。

 

「ク、クク……面白い」

 

 が──それは、崩れ落ちることはなかった。

 

 わずかに身を仰け反らせただけで、虚は再び態勢を立て直した。首に突き立った刀を受け止めながらも、その眼差しは鋭く、笑みは消えない。

 

 目を見張る銀時、そして桂。

 黒死牟は静かにその様子を見上げている。

 

「だがやはり……この剣では、私を殺し足りえない」

 

 虚は首に突き立った刀へとゆっくりと手を伸ばした。

 鋼を握る指先は微動だにせず、まるで己の肉を裂く痛みなど存在しないかのように冷ややかで。そのまま金属が軋む音とともに、刃は首筋からずるりと引き抜かれた。抜かれた傷口は、たちまち塞がっていく。

 

「巌勝、そして(吉田松陽)の教え子たちよ。束の間の別れだが、心を痛めることはない。……この地球が在る限り、再び会う刻は近いだろう」

 

「待ちやがれっ……ぐ、っ!」

「銀時、その傷でそれ以上動くのは無謀だ!」

 

 銀時はなおも虚を追おうと一歩を踏み出すが、朧や奈落たちとの戦闘、そして虚から負わされたダメージがその身を苛む。足がもつれ、身体が前のめりに崩れ落ちそうになるのを桂が素早く腕を伸ばし、その肩を支えた。

 

 轟音と砂煙の中、宇宙艦がとうとう遠ざかっていく。

 悠々と宇宙に上がっていくその巨大な影を、銀時たちはその様子を見送るしかなかった。

 

「……おい、巌勝」

 

 銀時は振り返らず、陽の当たらない城中へと移動していた黒死牟に、静かに声をかけた。

 

「今はいい……から、あとで全部、話しやがれ……話したくなくても、テメーの家に押しかけて、口割るまで、居座る、からな……」

「……」

 

 息も絶え絶えながら、その言葉に強い力を込めた銀時に、黒死牟はついと視線を床に降ろす。

 だが、朧と刀を交わえ、さらに虚も銀時たちの前に姿を現したとなっては、もはや口を閉ざす理由もないだろう。

 

「……いいだろう……」

 

 自分の刀を持っていかれたことも特に詰らず、黒死牟はそれだけ頷くと。

 太陽から逃げるように──その場からかき消えた。

 

 

 

 

 ■□

 

 

 

 

 高杉晋助の胸裏に思い起こされるのは、10年前のあの日のこと。

 

 仲間を斬るか師を斬るかの選択を迫られ、誰よりも松陽を救いたがっていた(銀時)が松陽を斬る選択をし、それが行われる目前──高杉の視界が暗転し、次に目が覚めた時には──陽の差し込まない森の中にいた。

 見れば、未だ気絶している坂田銀時と桂小太郎もいる。

 

「……目が、覚めたか……」

「巌勝……!? ンでてめェが、ここにいやがる……!!」

 

 いつかふらりと姿を消し。

 吉田松陽が捕らわれた時も、松下村塾に火を放たれた時も、高杉たちが師を取り戻すために攘夷戦争に参加した時も、そして最期の処刑の時も、彼は、一切姿を見せなかった。

 だからこそ、今更のこのこと姿を現したこの男に、高杉は激昂した。

 

「……銀時は…松陽を、斬ってはいない……」

 

 巌勝の言葉に目を見張る。

 それはつまり──松陽の救出にも間に合ったということか──と口を開くよりも早く、巌勝はその希望を制するように続けた。

 

「奴は私が……殺した……」

「は……?」

 

「私は…人間ではない……」

 

 巌勝は二つの瞳を閉じて、そして次には()()()()を見開いて、高杉を静かに見下ろした。高杉は突如目の前に現れた化け物に愕然とした。

 

「そして(吉田松陽)もまた、私と同じく…人間ではない……。奴は、殺したが…死んではいない……生きているとも、違う……」

 

 一切の恐怖はなかったが、何よりも目の前の六つ眼の化け物が宣う言葉に対しての混乱のほうが大きかった。

 

 巌勝も松陽も、永久を生きる人外であること。

 朧もまたその血を賜った似たような存在であり、今回の件で感情が屈折していたものの、最初はお前たちを守るために奈落に下っていたこと。

 そして吉田松陽の中に眠る別人格が目を覚ましかけていたからこそ。門下生たちに吉田松陽が手を出す前に、己が手で終わらせたこと。

 

 それらを巌勝は細々と語る。

 剣の師範を偽って名乗るただの天人か化け物かとも最初は思ったが、隠すような態度を見せず、つらつらと全てを愚直に話すその態度は、自分がよく知る継国巌勝(剣の師範)だった。

 

「だが……少なくとも、お前たちの知る吉田松陽は、死んだ……私が殺したことは…事実……。朧は、既に私が罰を下した……恨むなら、私だけを恨め……」

 

 その表情に色はなく、感情を推し量ることはできない。

 

「……言っている意味が、何一つとしてわかんねえ」

 

 高杉はそう切り捨てた。

 

「てめえや先生が化け物だとか、ンなこたぁどうだっていい……。問題なのは……今だ。今更のこのこやってきて、手前のやったことが先生をぶっ殺したことだと? それが、俺たちを(たす)けるためだと?」

 

 

 「ふざけやがって」と。高杉は、もはや敵か味方も分からない血が乾いた地面に視線を下ろした。

 

「テメーなら、あんたなら。先生を、救えたはずだろ……」

 

 無論、高杉に、巌勝に対しての他力本願な想いはない。それこそ吉田松陽が捕らわれた際に銀時たちと揃っていれば、彼にも協力を求めたかもしれないが、いない者を頼ることはできない。

 だからこそ自分たちで刀を取って戦ったのだ。

 だが、突如現れて、自分たちの知らない間に勝手に全てを終わらせたと宣う巌勝に対し、言葉にできない複雑な感情は、激しい呪詛として吐き出されてしまう。

 

「俺たちが、どんな想いでここまで来たと思ってる。クソ天パが……銀時が、どんな表情で刀を握って、先生の後ろに立ったか、てめーは知らねーだろ。……なんでだ、なんでてめーもこいつ(銀時)も、誰より、あの人を救いたかったはずなのに……なんで、なんで俺たちなんぞを選んだ!!」

 

「……それが、何より…(松陽)の、願いだからだ……」

 

 見上げた先、こちらを真っ直ぐと見つめるその目と言葉に迷いはなかった。

 だからこそ、高杉は悲痛に顔を歪ませ、それを見られまいと再び俯いた。

 

 ただならぬ喧騒が、森の入り口──戦場のほうから聞こえてくる。

 

「……騒ぎを聞きつけて、奈落の増援がきたか……」

 

 巌勝は空を仰いだ。頭上には幾重にも重なる枝葉が緑の天蓋を形づくっていたが、その先が曇り空だからか隙間からこぼれる陽光はなく、森の奥に潜む影をさらに濃くしている。

 

「……私は……松陽からお前たちのことを頼まれた……。お前たちをここで死なすわけには、いかぬ……。この森の先にある川を下っていけ……まもなく、人里に出るはずだ」

 

 高杉の言葉も待たず、巌勝は森の入り口のほうへ足を進めていった。

 

「面倒をかけるが、これまでの言葉は……お前が代わりに伝えてくれ…。そして、吉田松陽は……私が殺した、と」

 

 

 

 

 

 ■□

 

 

 

 

 

 さまざまな思惑を巻き込む国盗り合戦が収束したかと思えた、数日後。

 奈落の恰好をしたその()は、徳川定定が捕らえられている牢から一人で出てきた。

 

「一足遅かったみてえだな、()()()殿()

 

 男は宵の空を見上げて、唇を歪めた。

 

 その男の前に、静かに降り立った朧。

 牢のある家屋を一瞥したが、もはやそちらからはなんの気配もない。奈落に扮した男の手に握られた血塗られた刀を見ても、まだ使えるとみた傀儡の回収はもはや意味を為さないだろう。

 

「先生のことを(巌勝)から聞かされた時ぁ半信半疑だったが、これでようやく合点が行ったぜ。奴はもう、俺の知る先生じゃねえ、理の外にいるただのバケモンだ。てめえのことも含めて、安心してぶっ壊せる」

「……その確信を得るため、そして徳川定定の命を獲る機会を得るため、見廻組と手を組んだのか? ──()()

 

 高杉は低く嗤って、笠を捨てた。

 

「お前と刃を交わす可能性は、考えていた。だがそれよりも先に、銀時たちと邂逅することになるとは思わなかったが……」

「ハ、あいつら(銀時)が来たのは俺も想定外だったんでな。混乱に乗じて徳川定定をぶっ殺すつもりが、予定より遅れちまった」

 

 膠着状態を保ちながら睨み合う二人。

 どちらも構えていないが、その場を支配する緊張は、刃を交える直前のように張り詰めている。わずかな息遣いさえ火種となり得るほど、空気は重く、鋭く、凍りついている。

 

「……お前に、一つ聞きたい」

 

 指先ひとつ動けば、次の瞬間には爆ぜてしまいそうな空気の中。

 それでも朧は、()()()()をかつての弟弟子に投げかけた。

 

「10年前のあの日、巌勝の言葉を聞いたのは一足早く目が覚めた()()()()()()()と聞いている。が……なぜお前は、()()()()()を奴らに言わなかった」

 

 銀時も桂も、巌勝と松陽の正体を一切知らなかった。そして、巌勝が松陽を殺したことも。

 

「奴らには、巌勝がお前たちを救うのを優先したと、松陽はその合間に奈落に殺されてしまったと……そう、言ったそうだな」

 

 それは、以前巌勝から聞いた話でもあった。桂が巌勝にコンタクトを取った時、桂は高杉がそう言っていたのだと。だからこそなんの蟠りも疑問もなく、桂は、巌勝に会いに行けたのだろう。

 それは銀時も同じはずで。唯一すべてを伝えられた高杉が沈黙を保ち、姿を消したからこその結果だった。高杉が沈黙を貫いた真意が分からない以上、むざむざ正体を明かすこともない。いつか再会したときに真意を問おうと巌勝は高杉を尊重し、彼もまた沈黙を保ったのだ。

 

「……さあな。そんなこといちいち覚えてねえし、思い出す必要もねえよ」

 

 高杉ははぐらかすようにして呟き、何も答えなかった。

 そのまま朧の隣を通り過ぎていく。

 得物を振りぬかれるかと朧は構えていたが、高杉は何も仕掛けてこなかった。

 

「ここでてめえを地獄に送っても仕方ねえ。天導衆……先生の皮を被った烏の頭目……世界の首ごとまとめてぶっ壊して、()()の元に送ってやるよ」

「……」

 

 屋根の上では、見廻組局長から送り込まれた信女も状況を監視している。状況としては分が悪く、騒ぎにもなることを鑑み、朧は高杉を追いかけることはしなかった。

 

 哀しい目をしたその男を。

 憎悪に滲むその背中を、ただ見送った。

 

 






一話にまとめすぎた感がありますが、長編が書けない性質なので巻いてます。
先に言うとシリアス回なので兄上殿は普通にメイク落として女装も解いてます。シリアス書き過ぎたのと真選組まわりとの絡みも書きたいから原作のギャグ回を何個か挟みたい、が……。

・高杉
左目失明してない。
かつての兄弟子が裏切ったこと、銀時も巌勝も、先生よりも自分たちの命を選んだ(選ばせてしまった)こと、巌勝も松陽も人間じゃないと突然カミングアウトされたこと、激情のまま巌勝を責めたことなど、色んなことを知ってキャパオーバーになったが、銀時と桂には「巌勝が朧を殺したこと」しか言わなかった。先生を捕らえた天導衆も奈落も幕府もひっくるめて、仲間たちに先生を殺させたこの世界が憎い。全部俺の手でぶっ壊す。

・銀時
例の処刑台では、巌勝に気絶させられてた。あとで高杉から「巌勝が処刑場に割って入って銀時たちを救い出したことと朧は巌勝が殺したこと、先生は間に合わず処刑された」と桂ともども伝えられた。高杉の様子がなんか変だったけど、結局先生は処刑されたことでそれどころではなかった。
松陽と巌勝と朧が人外だと知らないけど、小さい頃に松陽に拾われてから一番長く三人といたので、普通の人間とすこし違うことは薄っすら感じてた。
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