侍の国においたわしい兄上殿を突っ込んだ話   作:あんまん太郎

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此方も(刀を)抜かねば…無作法というもの…

 

 

 なんとか真選組を無罪放免となった銀時と黒死牟。

 その夜、黒死牟はどういうわけか()()()()()()()、志村宅にお邪魔していた。

 

 事の始まりは単純で、ようやく解放されて娑婆の空気を吸っていた銀時たちのところに、二人を探していたらしい志村新八と神楽にでくわした。

 そこで神楽が「さっき姉御が万事屋に来たから、ミッチーのこと話しちゃったアル」と告げたのだ。余談だが、神楽は黒死牟だと呼びにくいため、桂が女装時に呼んでいたあだ名で呼ぶことにしたらしい。

 

「オイオイ、チャイナの口の軽さはどうなってんだ! いやまぁ、コイツの存在隠してるわけでもねーけどさぁ!」

「構わぬ……。して……姉御とは…何者か……」

「あ、僕の実の姉です。志村妙、って言うんですけど……」

「さっき写真見ただろ。例のストーカー被害者だよ」

「なん…と……。それは……お労しい……さぞ…苦労されていることだろう……」

 

「え、なんか急に箱から同情的な空気が漏れてるんですけど何かあったんですか」

「あー、さっきゴリラのいつものストーカーを見たんだよ。まぁお前の姉貴相変わらず迎撃してたけど」

「あぁ……近藤さんの」

 

 新八は「まあそれは置いといて」と話を続ける。

 

「それで話を聞いた姉上が、「銀さんには(コイツらには)いつもお世話に(かなり迷惑)なってるから(掛けられてんねん)知り合いなら(せやからまず)ぜひ(うちに)ご挨拶(挨拶して)させてください(筋通さんかい)」って言ってて。それで今日、夕飯を一緒に僕の家で食べていかないかって……」

「ルビにアイツの本音振られまくってるじゃねーか。ヤクザかよ」

 

 と、銀時は胡乱な目になった後、「ていうかさ……ぱっつあんの家でご飯ってことはさ……それってさ、あいつの……」と顔を青ざめさせ、途端に歯切れが悪くなった。

 

「いえ! 言いたいことはわかります! なので人数も多いし鍋にしましょうと提案したので、大丈夫……だと、思います……」

 

 銀時が最後まで言い切る前に、新八が声を荒げてそれを否定する。なぜか言葉尻がだんだん弱くなっていったが。

 箱の中にいるため二人の表情など見えない黒死牟は、「銀時が世話になっているのなら…挨拶させていただこう……」と頷いた。

 

「それで、野菜はこっちで用意するからお肉は銀ちゃんたちに買ってきてもらえって姉御に言われたアル!」

「夕食の誘いとか言いながら高い方奢らせる気満々じゃねーかアイツ! ほんとちゃっかりしてんな」

「構わぬ……馳走になるのは私の立場だ……。手土産がてら…肉は…私のほうで買って伺おう……」

 

 基本的に鬼となれば人間の食べ物は通常受け付けなくなり、嗜好品として摂取しようものなら、わざわざ身体を改造する必要があるほどだ。

 黒死牟も特に人の食事にはなんら関心もなかったものの、こちらの100年間においては鬼として人間を喰らったり引き籠ったりしていた頃とは違うため、他者とのコミュニケーションを考慮した上である程度我慢して食べるという処世術を得ていた。

 そういうわけで黒死牟は、志村家からの誘いに乗ることしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、立派な屋敷の玄関前で、銀時と落ち合う。

 一方で銀時の目線はもはや黒死牟ではなく、その手にある格式高い紙袋の方に向けられていた。

 

「よお。来たな、高級Aランク牛肉」

「私は……高級牛肉ではないが……」

「たりめーだろ。誰がオメーのこと高級Aランク牛肉つったよ。自惚れんなよ。黒乳房?酷使棒だっけ? 使いすぎて黒ずんでんのか知らねーけど上も下も年季入った(ゴブリン)肉だろオメーは」

「………………なるほど……どうやら今…私は…挑発されているらしいな… 弟子からの手合いの誘いとなれば……此方も抜かねば…無作法というもの……」

 

 ホォォォという独特の呼吸音とともに静かに抜刀しようとする黒死牟に、いつもの調子でシモ寄りの軽口を叩いた銀時は顔を青褪めて首を振った。

 

「嘘嘘嘘!! 師範様巌勝様黒死牟様調子に乗りました本当にごめんなさい久々の肉にはしゃいでただけなんです!! そういえば下ネタ嫌いだったよねごめんね!! つってもその台詞もこの状況だとだいぶ下ネタに聞こえ──いやだから開眼して殺気飛ばして刀抜くのやめろって!」

 

 そこに「あら?」とこちらに近寄ってくる気配がひとつ。

 黒死牟はさっと刀も六眼も元に戻し、銀時は心の底から安堵していた。

 

「あなたが銀さんの……?」

「む……」

 

 出迎えてくれたのは、淡い桃色の着物姿の女性であり、それは、例のゴリラが盗撮した写真に載っていた被害女性だった。

 

「初めまして、志村妙です」

 

 連日ストーカー被害に遭っているとは思えないにこやかな笑みを浮かべるお妙に、黒死牟はゆっくり頭を下げる。

 

「お初にお目にかかる……黒死牟…という……」

「ご丁寧にどうも。銀さんの昔からの知り合いっていうからどんな御方かと思ったけれど、案外普通そうでよかったです」

「どういう意味だコラ」

 

 黒死牟は、じっと彼女を眺めた。

 聞けば早くから両親を亡くし、親代わりのように志村新八の面倒を見ながら父の遺した剣の道場の復興のため、日々尽力しているのだとか。

 それに加えて日々、件のストーカー被害にあっているのだ。()を早くに亡くしこの荒れ果てた()()の中でも侍の娘として志高く、()()()()気丈に振る舞う姿は、なかなかできることではない。

 

「あら、何か?」

「いや……。志村殿の…その姿……、()君が()()()()()ながらも……()()の中で…非常に…()()()()ありつつ──」

「誰が()を失くした()()みてーな()()()()姿だゴラァァァ!!!」

 

 かなり尖った方向性に解釈したのか、お妙は黒死牟の話を最後まで聞かなかった。

 その身を大きく腕を振りかぶり、風を裂く勢いで黒死牟へと拳を放つ。

 

 お妙からの一撃をまともに受けた黒死牟は、踏ん張る間もなく後方へと大きく弾き飛ばされ、何回もバウンドして転がっていった。

 

「いやお前何やってんのォォォ!?」

 

 吹っ飛んでいく剣の師範の姿を横目に、銀時は白目を剥いた。

 

「誰がお前の胸の話してた!? 普通に挨拶としてお前の家柄のこと話そうとしてただけだろ!!」

「あら、そうだったんですか? さっき乳房がどうとか聞こえたから」

「いやあれは黒死牟のほうね! 話最後まで聞いてあげて!!」

 

 お妙はまったく悪びれず、ニコニコと人好きのする笑みを浮かべたままだ。

 

「喋るのが遅いから、変に誤解しちゃったわ。1.5倍速くらいで端的かつ要点から話してもらわないと、今時の若者は3秒で離脱しちゃいますよ?」

「いやそんな動画配信のイロハみたいなこと言われても……」

 

 銀時は慌てて黒死牟のもとへと駆け寄った。

 

「おいおい大丈夫かよ。放心してんじゃねーか」

「…銀時……あのおなごの…強さは…一体……」

「あ~、お前こういう暴力系ギャグは初めてか」

 

 黒死牟は無傷だったが、ある意味大きな衝撃を受けていた。

 透き通る世界で確認しても、志村妙の身体能力は黒死牟には遠く及ばない。だというのに、あのワンパンチだけで黒死牟を軽々と吹き飛ばしてみせたのは、これまでの柱でも鬼殺隊士でも成しえなかった偉業だった。

 

「あんま気にすんな、ギャグパートじゃあ女ってのは大体最強になんだからよ。ワンピースのナミだって、覇気使ってるわけでもねーのに打撃が通じないルフィをボコボコにできるし」

「喩えが…よくわからぬ……」

「とにかく、ギャグパートでのパワーインフレにいちいち驚いているようじゃ、この世界でやっていけねえぞってこった。アイツ(お妙)は特に、下ネタへの柔軟性と耐久性はゴリラのおかげで(たけ)ーが、自分の上ネタ(胸の話)に関しては図星か知らねーが恐ろしく煽り耐性がねえからな」

「──何か言いました? 銀さん」

「イエナニモ」

 

 

 

 

 洗礼を受けた黒死牟だったが、誤解は解けたためそのあとは快く迎え入れられた。

 居間のテーブルの中央に置かれた大きな鍋からは、白い湯気がゆらゆらと立ち上っている。 卓上には野菜や豆腐、キノコやらが山盛り用意されているが、今回の主役は鍋の中でぐつぐつと煮える高級和牛の切り落としである。

 

「おい、志村姉の手伝いとかさ、行かなくていいのかぱっつあん」

「いや……でも鍋の火加減見なきゃいけないんで……僕、鍋見てるんで二人のどっちか行ってくださいよ」

「いやアル! だってよそ見している間に、前みたいに豚肉にすり替えられちゃうヨ!」

「……そんなさぁ、しょうもないことするわけないだろぉ~」

 

 いつしかの鍋回*1の時のように、鍋から目を離さず、止め絵のまま会話劇の水面下で高度な心理戦を繰り広げる万事屋たち。

 黒死牟はその様子を離れたところのソファで無関心に眺めていたが、「黒死牟さん」と柔らかい声が斜め上から降ってきた。

 顔を上げると、キッチンの方に行っていたお妙が立っている。手には黒い重箱を持っていた彼女は、自然な仕草で隣に腰を下ろし、膝をきちんと揃えてこちらを向いた。

 

「いいんですか? お鍋の方行かなくて」

「いや……私は少食なのでな……」

「そうなんですか。わざわざお肉、ありがとうございます」

「構わぬ……。こちらのほうこそ…私の言葉足らずで…不快な思いをさせてしまい面目ない……」

「いえいえ、私のほうこそ思わず手が出ちゃってごめんなさいね」

 

 その後、互いに自己紹介がてらに会話を交わす。

 志村妙は、それこそ最初は天人の高利貸の利息がかさみ、その天人に借金のカタとして風俗業(ノーパンしゃぶしゃぶ)で働かされそうになったところを銀時に助けられたのだという。それが経緯で、新八は万事屋で働き始めたのだとか。

 

「普段はちゃらんぽらんでどうしようもないダメ男ですけど、私も新ちゃんも、それに神楽ちゃんだって、あの人には感謝してるんです」

「そうか……。それとしても…志村殿の……危険を顧みず…家を護ろうとする姿は……尊敬の念が湧く……」

「父が遺したから、というのもありますけど……あの時は、必死でしたから。……今は店の子たちも神楽ちゃんも銀さんもいて、家族同然のひとはたくさんできましたけど、それでも……私にとっての血の繋がった家族は、新ちゃんですから。姉として、弟を守って、健やかに育ってほしいっていう気持ちもあるんです。家を護りたいという気持ちより、父と母の思い出と弟と護りたいという気持ちかもしれません」

「……弟、か……」

 

 黒死牟の脳裏に、四百年前に見た老いさらばえた姿ではなく、魂にまで妬き付いている若き頃の弟の姿が思い起こされる。

 もう顔すらも覚えていない両親や妻子とは裏腹に、唯一、鮮明に記憶している、忘れたくとも心の奥底にまで焼きついたその姿に、黒死牟がわずかに顔を歪めた。

 

「あら、黒死牟さんにも弟さんがいらっしゃるんですか?」

「ああ……私より遥かに…強い……護る必要もない…存在だ……」

 

 昔はそんな弟の異質さに気づかず、純粋に笛を与えたりもした。助けが必要ならば笛を吹けと、兄さんが必ず助けに来るからと。

 しかしその笛は吹かれることはなく、吹いたとしても鬼となって全てを裏切った黒死牟が駆けつけることも、もはやなかったのだ。

 

「そんなことはないですよ」

 

 お妙がにっこりと笑う。

 

「私だって、普通に戦えば新ちゃんにも負けかねません。でも……姉として、一番最初に生まれたんですもの。後から生まれた弟を守るのは当然のことです。そこに強さなんて、関係ありません」

 

 この世でたった二人の姉弟(兄弟)なんですもの。

 

「……」

 

 黒死牟にとって、継国巌勝にとってあの笛は、口が利けて生まれた頃から強者である弟には不要の庇護のがらくただった。

 だが、弟は最期まで、あの笛を持っていた。巌勝にとって、なにがそれ程嬉しいのかわからない、使い道もなく、外れた音しか鳴らないがらくたの笛を。

 

「そういう……ものか……」

「ええ」

 

 「いつか会えるといいですね、弟さんと」というお妙の言葉に、曖昧に頷く。

 もう弟はこの世におらず、そもそも世界も隔てられている。いつか黒死牟がこの世から消滅したとしても、あらゆる罪と業を背負った鬼が行く先は地獄だろう。生きても死しても、もう弟と出会うことはない。

 

 弟へ抱え込んだ複雑な想いとともに黙っていると、「ところで」とお妙が重箱を黒死牟の前に置いた。

 

「さっき失礼なことをしてしまったので、お詫び……というわけじゃないんですけど、良かったらどうぞ」

 

 鮮やかな和柄の蓋を外すと、中には禍々しいオーラを放つ黒色の焦げた何かが鎮座していた。

 

「……これは……?」

「卵焼きです。私の得意料理なんです」

 

 知識の中にある卵焼きと、色も形も、そもそもオーラも違う。

 何かの冗談かとも思ってお妙の顔を見たが、お妙はニコニコと笑みを浮かべている。

 惜しむらくは、この場で止めるべき人間である新八や銀時が鍋戦争に躍起になっていたことだろうか。

 

「……いただこう……」

 

 とはいえ、人の食べ物など鬼である黒死牟にとってはもはや毒にも薬にもならないものだ。適当な感想を言って煙に巻けばいいだろうと、箸を手に取った。

 一口分箸で掬い上げると、断面からはまるで闇そのものが滲み出しているかのような、濃密な匂いが立ち上った。

 口に運ぶ。ガリガリゴリゴリ、と平常ではあり得ない音が口の中から広がる。

 

「……これは……」

 

 黒死牟の全身が、一瞬だけ硬直した。

 鬼である黒死牟にとって、人間の食べ物に不味いも美味いも、何も感じないはずなのだ、が……。

 

「……食材の概念を超え…もはや……物質の限界に挑んだ…何か……。甘く…苦く…酸っぱく……一度味わえば…二度と忘れられぬ…。志村殿……貴女は……恐るべき……料理の才を……持っ────」

 

 黒死牟の意識は、そこで途絶えた。

 

 夢か幻か。

 懐かしく憎らしい弟が「兄上、私は……卵焼きは甘い方が好きです」とこちらに呼びかける姿が、一瞬見えた気がしたのだった。

 

 

 

 

 

 

*1
原作100話、アニメ25話






よく分かんないですけど兄上ってなんか下ネタ嫌いそう。
次回からようやく最終章行きます。あと5話くらいで終わると思いますので、お付き合いいただけると幸いです。
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