みかづき荘にギャンブラー少女!   作:ハッピーコーン

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──新西区、みかづき荘。

 

芝生に覆われた広い庭と、西洋風の二階建ての下宿。

居住者は、オーナーである老婆と、その孫娘の七海やちよ。

そして、やちよの友人──梓みふゆ。

そこに最後のひとりとして加わったのが、私。

赤木ひなた。

 

ここが、いまの私の“家”だった。

 

……家、という言葉がまだ上手く喉に馴染まないのは、きっと私のせいだと思う。

 

玄関に足を踏み入れた時の記憶は、いまだに胸の奥にこびりついてる。

「今日からよろしくね」と柔らかく微笑むやちよさん。

不安げに私を覗き込むみふゆさん。

何もかもが落ち着いた色で、清潔な空気が漂っていて、私はどうしていいかわからなくて、ただ俯いていた。

 

(こんな……静かなところで。私は、生きていけるのかな)

 

祖母に手を引かれ連れてこられた瞬間、私は“逃げ道を失った”ような気がしていた。

 

家族を失い、賭け事の匂いだけで育ち、心の隙間を埋めるために刺激を求めて。

気を抜いたら、自分が自分のまま壊れてしまいそうで。

 

なのに──

 

みかづき荘は、そんな過去を白い布でそっと覆い隠すように静かだった。

居間からはみふゆさんが立てるお茶の音がする。

やちよさんは買い物に出かけて行った。

 

二人の穏やかな生活音が、この場所の当たり前として続いていく。

私は、階段の途中に立ち尽くしていた。

 

(……ここで、私は何を賭けれるんだろう)

 

ギャンブルみたいな、わくわくする刺激。

生きてる実感をくれるあの瞬間。

 

それだけを求めていたはずなのに──

 

この家に漂う安心感が、どうしようもなく、胸に刺さる。

まるで慣れない光に目を細めるみたいに、

私はカバンの紐をぎゅっと握った。

 

「ひなたさん?」

 

背後から呼ばれて振り返ると、みふゆさんが湯気の立つカップを持って立っていた。

 

「落ち着かないなら、お茶でもどうですか?荷物を置いたあとでも構いませんから」

 

「……はい……」

 

自分でも驚くくらい、素直に返事が出た。

それだけで、胸の奥が少し痛んだ。

“優しさ”を受け取ることに、こんなにも体が不器用だったなんて。

 

(ここで……私は何ができるんだろう)

 

そんなことを思いながら、自分にあてがわれた部屋に入った。

部屋は思ったより広くて、窓から庭の芝生が見えた。

 

きれいで、静かで、生活の匂いがして──

慣れない種類の安心が胸をくすぐる。

 

なんだか落ち着かない。

 

荷物を起き、居間へ向かった。

 

みふゆさんは、もう席について私を待っていた。

カップから立ち上がる湯気が、部屋の光に溶けて揺れている。

 

「どうぞ。熱いかもしれないので火傷しないように気をつけてくださいね」

 

「……ウン……」

 

感謝の言葉がつっかえて、言葉にならない。

ありがとうって、どう言えばよかったっけ。

結局、声にならない返事をして、ただ頷くだけしか出来なかった。

 

 

それでも、みふゆさんは嫌な顔ひとつせず私に微笑んでくれる。

みふゆさんが差し出したカップは、温かかった。

手が震えたけれど、落とさないように気をつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──夕飯を終えると、みふゆさんがふと私に向き直った。

 

「ひなたさん、お風呂、どうします?

もしよければ……私と一緒に入りますか?

わからないことがあれば手伝いますし」

 

やちよさんも振り返って、静かに頷いた。

 

「最初は誰かと一緒のほうが安心でしょう」

 

断ろうか迷った。

 

人と一緒に風呂なんて、今までほとんど無かった。

むしろ誰かと裸を見せ合うなんて、怖い。

 

だけど──

 

せっかくの誘いを無視したら、なんだか悪い気がした。

 

「……ハイ……」

 

返事は少し震えていた気がする。

 

脱衣所の空気は、温かいのにひどく重かった。

みふゆさんが浴室の準備をしてくれて、やちよさんはタオルを用意している。

私は、服を脱ぎ始めていた。

 

ふと、やちよさんとみふゆさんがふっと静かになる気配がした。

ふたりの視線が、一瞬だけ私の腕や背中に向けられたのがわかった。

 

ああ、またこれか──と、私はぼんやり思った。

 

(なんで……みんな、こんなことで固まるんだろう)

 

自分の体の傷を、私は特別なものだなんて思ったことはなかった。

痛かったとか、辛かったとか、そういう記憶はあるけど……

 

結局そういうものだっただけ。

 

殴られたら跡が残る。

蹴られたら青くなる。

別に大したことじゃない。

昔の話だし、もう終わったこと。

なのに、大人たちはみんな“息を呑む”。

 

祖母でさえ、最初に見たとき泣きそうな顔をした。

私は逆に戸惑った。

 

(見られて困るものでもないのに……)

 

やちよさんは、何か言いかけて口を閉じた。

その仕草の意味がよくわからない。

 

「ひなたさん……痛くないですか?」

 

みふゆさんは気遣うように言ったが、声が少し震えていた。

 

(痛くないけど……どうしたんだろう?)

 

私は肩をすくめた。

 

「……大丈夫、ダヨ。

これ、くらい……普通だし」

 

その“普通だし”に、ふたりは同時に目を見開いた。

でも、すぐに表情を整える。

やちよさんは落ち着いた声で言った。

 

「……ひなた。それが普通だとしても、ここでは、もう……そんな風に傷つくことはないから」

 

意味がわからなかった。

私は首をかしげてしまう。

 

「? 何が……ですか……?」

 

やちよさんは答えず、ただ私にタオルをかけ直した。

まるで触れることすら慎重にするように。

みふゆさんは静かに、小さく言った。

 

「ひなたさん……

本当に、痛かったでしょう……」

 

その言葉だけは、胸の奥が妙な形でざわついた。

 

(痛かった……?)

 

痛かったよ。

でも、だから何なんだろう。

私は湯船に入ると、熱さに息を吐いた。

体が温まれば傷なんてどうでもいいし、

ずっと昔のことは、それこそ“辛かったな”くらいの感覚だ。

 

それよりも──

ここでも、誰も怒鳴らない。

誰も急に手を上げない。

そのことのほうが、よっぽど落ち着かなくて。

 

(……変な家だな)

 

安心しそうになるからこそ、怖いのに。

ふたりの沈黙は、私を傷つけないためのものだった。

でも私は、そんな気遣いの意味さえ掴めずにいた。

自分の傷より、ふたりの表情のほうが、ずっと不可解だった。

 

 

 

 

 

それから──

やちよさんとみふゆさんは、まるで私が“触れただけで壊れるガラス”みたいに優しく接するようになった。

 

ほんの少し高い場所に登ろうとするだけで、

 

「ひなた、危ないわよ」

 

「無理はしないでくださいね」

 

すぐに止められる。

 

(……苦しい)

 

優しくされるのが苦痛じゃなくて、自由が奪われる感じが息苦しい。

私の命は、昔からずっと、ギャンブルみたいな刺激でないと生きている心地がしなかった。

 

死ぬことすら“博打”にしてしまわないと、

何も感じない。

 

もし安心に包まれたままここで生きていけと言われたら……

私は、きっと壊れる。

 

なら──

 

最後に、私らしく賭けをして死のう。

それが自然な考えだった。

 

 

 

 

──夜。

 

 

やちよさんとみふゆさんが外に出たあと、私はゆっくりと台所に向かい、冷たい引き出しを開ける。

包丁をひとつ借りる。

別に迷いはなかった。

やるギャンブルは簡単。

 

コイントス。

表が出たら首に突き刺す。

裏が出たら包丁は元に戻す。

ただそれだけ。

 

チリーン、とコインが宙に舞い、空気を切って回転する。

私は手を伸ばしてキャッチした。

 

表か裏か。

表、裏。表裏表裏表裏……。

 

(……どっちだ……?)

 

緊張でも恐怖でもない。

ただ“興奮”だけが胸を叩いた。

 

 

 

──表だ。

 

 

 

(あぁ……やっと、やっとだ)

 

包丁を手に取る。

首に冷たい感触を当てる。

 

「やちよさん……みふゆさん……さよなら」

 

そう呟いた瞬間。

 

「そんなに死にたいのかい?」

 

背中に声が落ちてきた。

驚いて振り向くと、

窓のところに白い犬?猫?みたいな生き物が立っていた。

 

「……何?」

 

「僕の名前はキュウべぇ。

君の願いをひとつだけ叶えるかわりに、魔法少女になってほしいんだ」

 

魔法少女。

魔法。

魔女。

ソウルジェム。

キュウべぇは淡々と説明してくれた。

その声は無機物のようで少し不気味だった。

 

「ひとつ、どんな願いでも叶えてあげるよ。

どうだい?」

 

私は考える間もなく──

 

「ギャンブルがしたい」

 

即答した。

キュウべぇが目を瞬かせる。

 

「ギャンブル? 君の願いは本当にそれで?」

 

「うん。あの興奮が忘れられないの。

あの一瞬のためなら死んでもいい。

それくらいのギャンブルがしたいの。

できる……? キュウべぇ」

 

「君の因果律は凄まじい。

本当はもっと大きな願いだって叶えられるのに……

でも、いいよ」

 

キュウべぇはしっぽを揺らした。

 

「君が望むなら、成立だ。

君の人生を賭けるギャンブルを保証しよう」

 

世界が急に鮮やかになった気がした。

そして──

私はキュウべぇと契約を結んだ。

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

──契約の翌晩

 

 

「ついておいで、ひなた」

 

キュウべぇに誘われたのは、みかづき荘の灯りが落ちきった頃だった。

やちよさんもみふゆさんも、まだ帰ってきていないらしい。

キュウべぇは月明かりの道をひらりと跳ねるように歩いていく。

 

「昨日契約したばかりだし、今日はいい魔女が見つかったからね。ちょうど練習になるよ」

 

(……練習って、何の?)

 

そんな疑問は、すぐに飲み込まれた。

キュウべぇが立ち止まり、前足をひらりと差し向けた路地裏。

そこに──ひどく歪んだ空気の渦が広がっていた。

 

「ここが魔女の結界だよ」

 

その言葉と同時に、視界が一瞬で塗り替わった。

 

色だ。

色、色、色。

原色を無理やり混ぜて、そのまま爆発したみたいな世界。

壁も、地面も、空も、全部が鮮やかで、狂っているのに美しい。

思わず胸が震えた。

 

「綺麗……」

 

そう呟く自分の声が、やけに軽かった。

胸の奥が、ざわざわする。

久しぶりの感覚。

血が流れ始めるみたいな、あの高揚。

 

(楽しい……)

 

こわくない。

死ぬかもしれないのに、躊躇いさえ湧かない。

むしろ──死と隣り合うこの鼓動こそが、生の実感だった。

初めての戦闘

 

「それで、どうしたらいいの?」

 

私は魔法も戦い方も知らない。

誰かに殴られるのを防いだりすることはあったが、戦うなんて習ったことがない。

キュウべぇは尻尾を揺らしながら言う。

 

「魔法少女はね、固有魔法を使うんだ。

赤木ひなた。君はギャンブルをしたいという願いで魔法少女になった。

だから、固有魔法もそれに直結するよ」

 

「ギャンブル……」

 

ひなたの頭の中に、一瞬だけ、回転するルーレット、跳ねるコイン、揃う図柄、光るランプが浮かんだ。

思わず、

 

「……スロットとか?」

 

と呟くと。

 

『スロット!』

 

空中に、巨大な模様が浮かび上がった。

カラフルで、片腕ほども大きいパネルが三つ。

けれど、動かない。

 

(……賭け金がないから?)

 

脳が、勝手に理解する。

ギャンブルは── 何かを賭けて初めて成立する。

そんな、当たり前。

 

「じゃあ……賭けるのは、私の左腕」

 

その瞬間。

 

『スタート!!』

 

甲高い機械音。

回転するリール。

結界の空気が震える。

回る、回る、回る──

そして、

 

『ジャン!』

 

絵柄が揃った。

斜めに走る鋭い線。

 

真っ二つになった魔女のシルエット。

 

『当たり〜!!』

 

次の瞬間、

目の前の魔女の身体が、絵柄の通りに真っ二つに裂かれた。

乾いた破裂音。

引き裂かれる悲鳴。

 

でも、ひなたの胸は──ただ熱かった。

 

「これは……すご……ぃ……」

 

拍手をしようとして──やっと気づく。

左腕が、ない。

肩から先が綺麗になくなっていた。

痛みはない。

血も出ていない。

ただ失ったという事実だけがそこにある。

 

「どうやら、賭けたものは戻らないようだね」

 

キュウべぇが軽く言う。

やれやれ、という目。

けれど私は──笑っていた。

 

「……すごく楽しかった……!」

 

本気で、生きていると思えた。

久しぶりに。

 

「それなら良かったよ。

さて、グリーフシードを回収して家に帰らないとね。

そろそろ彼女たちも戻ってくる頃じゃないかな?」

 

確かに、身体がだるい。

魔法を使ったせいか、興奮の余韻なのかよく分からない。

みかづき荘へ戻ったとき、まだ部屋の灯りはついていなかった。

 

(やちよさんとみふゆさん……夜にいつも何してるんだろう)

 

考えたが、すぐにどうでもよくなった。

左腕はないけれど、心は満たされている。

私は自室へ戻り、布団に潜り込んだ。

久しぶりに、安らぎのある眠気が訪れる。

気づけば、すぐに眠っていた。

 

 

 

 

 

 

 

──やちよside

 

昨日のひなたは、妙に機嫌が良かった。

 

いつもは他人と目を合わせないあの子が、少し、口元を緩めていたから。

 

(今日は調子が良いのかしら……

ここに来て、安心できるようになってくれたのならいいけれど)

 

そんな小さな期待を抱いたまま迎えた翌朝。

私は、いつものように食卓の用意をしようとして──

台所に背を向けて立つひなたの姿を見つけた。

右手だけで器用にコップを取ろうとしている。

 

(どうしたのかしら……左手を後ろに回して……?)

 

そう思いながら声をかけた。

 

「ひなた?」

 

振り返ったひなたの姿を見た瞬間、私の呼吸は止まった。

 

「──……え?」

 

左腕が、なかった。

布が沈み込み、肩から先が丸ごと消えている。

昨夜は確かにあった。

お風呂でも確認した。

 

なのに。

 

なのに──

 

「ひ、なた……

それ……どうしたの……?!」

 

自分でも驚くほど、大きく震えた声が出た。

 

みふゆが台所に入ってきた。

 

「やちよさん、ひなたちゃん、どうし──」

 

視線がひなたの左肩に吸い寄せられる。

次の瞬間、みふゆの顔色が真っ白になった。

 

「え……?ひなたちゃん?

うそ……腕……どうしたの……!?無くなっ……!」

 

私は思わずみふゆの肩を支えた。

 

(……みふゆも、当然よね……これは……)

 

だが、ひなたはふたりの動揺が理解できていない。

 

「……ひなた、説明してくれる?」

 

ひなたは、何の悪びれもなく答えた。

 

「えっと……昨日、スロットを回すのに賭け金が必要で……

だから、左腕を賭けたの」

 

「……賭け……金?」

 

耳がおかしくなったのかと思った。

いや、違う。

言葉は確かに“そう”言った。

 

「どういう意味かちゃんと説明して。

何があったの?」

 

ひなたは淡々と続けた。

 

「あのね。昨日、キュウべぇっていうのに誘われて、魔女と戦ったの!

私、魔法少女になったの。

ギャンブルをするために!

 

魔女と戦ったら楽しくて、スロットが動いたんだけど……

賭け金を腕にしてね。

で、勝ったんだ!」

 

ひなたは、まるで自慢話のように言った。

その無邪気さが、逆に恐ろしく感じた。

みふゆは口を押さえ、涙が滲んでいる。

 

「ひなたちゃん……なぜそんな……

どうして誰にも言わずに……!」

 

ひなたは困ったように眉を下げる。

 

「ふたりとも、怒ってるの……?」

 

ひなたはぽかんとしていた。

 

私たちがなぜ心配しているのか理解していない。

 

でも、その奥でほんの少しだけ揺れた。

みふゆが涙をぬぐいながら近づく。

 

「ひなたちゃん……

あなたはね……生きているだけでよかったのよ。

腕なんて、どうでもいいものじゃないの……」

 

ひなたはまた困惑した目で私たちを見ている。

 

その表情が逆に痛い。

「大切にされる理由が分からない」

と言っているようで。

 

 

 

ひなたが朝食を食べ終え、みふゆがそばで震える手で片付けをしている間。

私は静かに玄関を出た。

怒りで胸が焼け付くようだった。

 

(誰にも言わずに……あの子に契約させるなんて)

 

怒鳴りたい。叩きつけたい。

けれど、私は七海やちよである以上、感情で動いてはいけない。

冷静に──

頭では分かっているのに、指先は震えていた。

少し歩くと、案の定、あの白い獣は現れた。

 

「探していたよ、七海やちよ」

 

その声を聞いた瞬間、息が凍りつくほどの嫌悪が走る。

 

「キュウべぇ。話があるわ」

 

私は極力、声を低くした。

感情が漏れれば、喉が裂けてしまいそうだった。

キュウべぇは首をかしげる。

 

「赤木ひなたのことかい?

彼女は魔法少女として素晴らしい適性があるね。

昨日の戦闘も見事だったよ。

あの子は自分の腕を賭けて──」

 

「黙りなさい」

 

普段、私はこんな声を出さない。

けれど、止められなかった。

 

「……あの子が腕を賭けたと言ったわね。

あなたはそれを、止めなかったの?」

 

「止める理由はないよ。

彼女自身が望んだリスクだし、願いもギャンブルだった。

僕はあくまで希望を叶えただけさ」

 

その無機質な声に、胃がきりきり痛む。

 

(希望……?

あれを希望と呼ぶの?

あんな歪んだ価値観を……そのまま利用して……)

 

喉の奥から熱いものが込み上げる。

 

「……ひなたはね。

あの子は……自分の体を粗末に扱うことの意味を知らないのよ……」

 

怒りとも悲しみともつかない感情が溢れてくる。

キュウべぇは、まるで本気で理解していない様子で答える。

 

「彼女は自分の意志で選んだんだよ。

自己判断でリスクを負うことは、おかしいことじゃない。

魔法少女は皆そうして戦って──」

 

「ひなたは普通じゃないわ」

 

声が震える。

それを悟られまいと、私は拳をぎゅっと握った。

 

「自己判断ができる状態だと、あなたは本当に思っていたの?」

 

一瞬だけ、言葉に棘がにじんだ。

 

 

沈黙。

 

 

「思わなかったのなら──

あなたは、ひなたを利用しただけよ」

 

「利用という言い方は適切じゃないと思うけど……

まあ、結果的にそう見えるかもしれないね」

 

無感情に返されるその言葉が、ひどく冷たかった。

私は目を閉じ、息を整えた。

 

(叩き壊したい……そう思ってしまう自分すら、悔しい)

 

でも、怒りに任せてこの生き物を蹴り飛ばしたところで、

ひなたの腕が戻るわけではない。

だからこそ、冷静に、静かに言った。

 

「ひなたには、もう勝手に近づかないで」

 

キュウべぇの赤い瞳が、わずかに揺れた。

私は歩み寄り、低く囁くように続けた。

 

「これ以上、あの子の“命を賭ける癖”を刺激するような言葉は許さない。

あの子を興奮させるような戦いの仕方も、させない」

 

「……七海やちよ。それは難しいだろう?

魔法少女にとって戦いは義務だ。

ましてひなたは、自分から──」

 

「だからこそよ」

 

言葉が鋭く飛び出した。

 

「ひなたを……私たちが守らなければいけないの」

 

ほんのわずか、雨の匂いがした。

自分でも驚くほど、声が震えていた。

 

「二度と、あの子が自分を賭ける必要があるなんて思わないように……

私たちが寄り添うわ」

 

キュウべぇは無感動にまばたきをしたあと、ただ言った。

 

「君たちのやり方で、好きにすればいい」

 

そう言い残し、音もなく姿を消した。

 

 

 

あの朝の騒動から、数日が経った。

左腕を失ったというのに──

 

ひなたは、以前よりずっと明るかった。

 

「やちー!みふー! 今日のお手伝い、なんかありますか!」

 

頼まれてもいないのに台所へ顔を出したかと思えば、

 

「洗濯物持ちますよー。……あ、持てないや。右手でいけるだけ頑張る!」

 

と笑ってみせる。

その笑顔の裏に、何があるのか。

私にはまだ読みきれない。

けれど──

 

今まで死んだように生活していたあの子が、こうして走り回っている。

 

その事実だけで、胸が痛むほど安堵した。

みふゆと目が合う。

彼女もまた、複雑な笑みを浮かべていた。

 

(……言わなくちゃいけない)

 

ずっと迷っていたが、ひなたの変化を見て、私は決意した。

この子に黙ったまま一緒に暮らすのは、もう難しいだろう。

 

「ひなた。少し……話があるの」

 

「あ、はーい! なんですか?」

 

無邪気な声に、胸がぎゅっと締めつけられた。

 

しばらく沈黙があった。

ひなたはきょとんと首を傾げる。

 

深呼吸をして、私は言った。

 

「私とみふゆは……魔法少女なの」

 

ひなたのまばたきが、ゆっくり止まった。

 

「……へ?」

 

それはそうだ。

突然言われれば、理解が追いつかないのも当然。

みふゆがそっと続ける。

 

「キュウべぇ……知ってますよね?

私たちも、あの子と契約して魔法少女になったんです」

 

ひなたはしばらくぽかんと口を開けたまま固まっていた。

 

「えっ!? 二人とも魔法少女なんですか!?

もしかして……夜いなかったのも?」

 

「えぇ。魔女を倒しグリーフシードを手に入れるためよ」

 

「そこで、提案なんですがこれからは3人で行きませんか?」

 

「やちーとみふーが一緒ならもっと楽しそう!」

 

……この子は。

魔法少女というものを、なんだと思っているのだろう。

 

私はひなたの肩に手を置いた。

 

「だから……これからは、私とみふゆがあなたのことを戦いながら見守るわ。

ひとりで勝手に命を賭ける戦い方は……絶対にさせない」

 

「そんな!楽しいのに……」

 

「ダメ、ですよ」

 

ひなたが「えぇ〜……」と口を尖らせる。

 

「ほら、みふゆも言ってるでしょう……」

 

私が重ねて言うと、ひなたはぷくーっと頬をふくらませて異議を唱えた。

 

「……ぶぅ……」

 

まるで子どもの駄々だ。

だが、この駄々は命に関わる。

だから私は少しだけ厳しい声を出した。

 

「もし固有魔法を勝手に使ったら──ご飯は抜きよ」

 

「ぐぅっ……!」

 

ひなたは本気で苦しそうな声を出し、しばし葛藤したあと、うなだれた。

 

「わかりました……」

 

その姿に、みふゆが苦笑いしながら頭を撫でる。

 

「よく言えました。

ひなたさんは、もっと自分を大事にしていいんですからね」

 

私も静かにうなずいた。

 

ひなたはまだ不満げだったが──

それでも、私たちの言葉に従ってくれた。

それだけで、今日は十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

それから数ヶ月が経った。

 

ひなたが契約してから、もう数ヶ月が経った。

 

あれから彼女は、無謀な固有魔法──“賭け事の代償と引き換えに発動する魔法”──を使うことを控えて、私とみふゆのサポートを中心に戦うようになった。

 

それは彼女にとって窮屈なことだったはずなのに、文句を言いながらも、ちゃんと私たちの指示に従ってくれている。

 

(本当に……強くなったわね、ひなた)

 

ひなたが扱う武器は、他の魔法少女とはまったく違う。

戦闘が始まるたび、彼女の前にルーレットが現れる。

 

数字の出た目によって武器の形も性能も変わる。

刃物になることもあれば、銃のような形になることもある。

時には、どう扱うのか分からない不可思議な武器が出ることさえあった。

 

「ほんと何が出るかわかんなくて楽しいよね、これ!」

 

本人はそう言って笑っていたが、私とみふゆは毎回ひやひやしている。

 

(……まあ、彼女が笑って戦っていられるなら、それでいいのだけど)

 

以前のように命を平然と賭ける戦い方はしなくなった。

それだけでも、胸を撫で下ろした日々だった。

 

そして、新しく魔法少女の雪野かなえがみかづき荘に入居した。

 

 

みふゆはすぐに柔らかく微笑んで迎え入れた。

 

「ようこそ。ここはそんなに窮屈な場所じゃありませんから、安心してね」

 

そして──

その横で、ひなたは目をきらきらさせていた。

 

「新しい子!? やったぁ!

よろしくね!かなえだから……かなー!」

 

勢いよく飛びつくように挨拶するひなたに、

雪野かなえは明らかに戸惑っていた。

でも、すぐに姿勢を正し、深く頭を下げる。

 

「よろしくお願いします」

 

ひなたは一瞬で距離を詰める。

元々いた3人だけでもずいぶん賑やかになったみかづき荘は、

かなえが来たことでさらに活気づいた。

 

とくに──ひなた。

 

「かなー?何してるのー?」

「かなーー!ギター聞かせてー!」

「かなー!遊ぼー!」

「ねー、かなー」 「かなー!」

 

「はいはい……」

 

まるで子犬のように後を追うひなたに対し、

かなえはいつものぼそりとした声で返す。

 

「……はいはい……今行く」

 

最初は、かなえもひなたを確実に警戒していた。

背後に立たれるだけで肩が跳ねるほどだったのに──

 

今ではひなたの無茶ぶりにも、

 

「……しょうがねぇな」

 

と、小さく笑ってついていくようになった。

ひなたはすっかり姉のように慕っている。

かなえも、あの子の過剰な元気に振り回されながらも、

どこか楽しそうで。

 

……ただ、問題はみふゆ。

 

「ひなた……あんなに楽しそうに……」

 

「私にはあんなふうに甘えてくれなかったのに……」

 

その呟きは小さいけれど、嫉妬は隠せていない。

私は肩をすくめて答えるしかなかった。

 

「あなたは過保護すぎるのよ。

ひなたにはあれくらいの相手のほうが気楽なんでしょうね」

 

みふゆは少し頬を膨らませて黙り込んだ。

でも──

 

私は知っている。

 

ひなたが笑えば、かなえも笑う。

ふたりが笑えば、みふゆも安心する。

みふゆが安心すれば、私も胸が軽くなる。

 

たったひとり増えただけなのに、

みかづき荘は“家族”に近づいている。

 

互いに欠けた部分を補い合い、

少しずつ、少しずつ寄り添いながら──

みかづき荘は最高のチームになっていった。

 

 

 

 

 

でも、そんな日々は長く続かなかった。

 

 

 

 

 

──みふゆside

 

魔女結界内。

昨日逃がした魔女を追いかけ、私たちは結界へ入っていきました。

しかしそこには、想像を超える数の使い魔が溢れいて、とても魔女のところにまで行ける状況では無いと判断して、結界から出ることを最優先に戦いました。

 

それでも、数が多いので私たちの魔力は底を尽きそうになり、ソウルジェムの穢れがかなり溜まって来ていました。

 

 

「みなさん、ソウルジェムの状態は?!」

 

「……かなり穢れが溜まってきてる」

 

「グリーフシードの予備も、もう無いわ」

 

「ひなた、大丈夫?!」

 

「……うん!私はまだ大丈夫だよやちー!」

 

最悪の状況だった。

魔力は尽きかけ、身体は重く、集中力もすでに限界。

ソウルジェムはどれも濁り、まるで底に沈むように光を落としている。

 

絶望的な状況。

 

 

「あたし…前に……後は任せる…」

 

かなえさんが魔力を貯め始めます。

 

「前にって…」

「それがどういう意味か

分かってるんですか!?」

 

私は叫んでいた。

こんなときに冷静でいられるわけがない。

だってようやく仲良くなれたのに。

ひなたさんがあんなに懐いていたのにここでお別れなんて悲しすぎます。

ここで終わりなんて、絶対に嫌で。

 

「あたし…空っぽだったのに…楽器を弾いて…」

「未来を見た…」

「それだけで十分……いい人生だった…」

 

 

「かなえ!」

 

 

「やちよ…」

 

「あたしを…

未来に連れてって…」

「アナタなら…

やってくれる気がする…」

 

「アナタ…チームに必要だから…」

 

「──っ!?

そんな、バカなこと言わないで!

あなたもいないと、

何の意味もないでしょ!」

 

「ん…ありがとう…」

 

ひなたさんは青ざめた顔で、ふらりとかなえさんに手を伸ばした。

 

「かなー……居なくなったら嫌だよ?」

 

「ひなた……ごめんな。ありがとう」

 

その瞬間だった。

 

「……嫌あぁぁぁぁぁぁああああ!!!」

 

ひなたさんの叫びが結界に響き渡った瞬間。

空間がぐにゃりと歪み、色が跳ねている。

 

『スロット!!!』

 

ひなたさんの後ろに魔女と同じくらいの大きさのスロット台が現れました。

 

『スターート!!!!!』

 

轟音とともに勢いよく回るスロット。

 

「やめなさい!ひなた!」

 

「ひなたちゃん!」

「ひなたぁ!」

 

三人で必死に止めようと腕を掴んでも、呼んでも、力を込めても……

ひなたさんは微動だにしない。

 

彼女の固有魔法は、すでに発動していました。

 

ソウルジェムの光が原型を留めないほど眩しく溢れ出す。

 

『ジャジャン!!!!』

 

揃った模様。

見たことのない複雑な絵柄が横一列にぴたりと重なる。

 

『大当たり!!!!』

 

次の瞬間、結界が爆発的な色で満ちていく。

鮮烈で、目に刺さるような虹色の奔流。

 

使い魔も、魔女も、その光に呑まれて消えていって。

 

グリーフシードが大量に落ち、雨のように叩きつけられる。

 

 

息ができないほどの静寂。

勝利なのに、誰ひとり喜べない。

 

ひなたさんは膝から崩れ落ちて、苦しく笑っていた。

 

「……大当たり……だった……ね……」

 

震える指で、彼女のソウルジェムを掴み、必死で浄化しようとした瞬間。

 

パリンッ

 

乾いた、しかし耳の奥に刺さるような音。

 

ひなたさんのソウルジェムが、私の手の中で粉々になってしまいました。

 

「……………………ひなた?」

 

やちよさんがようやく声を絞り出した。

絶望し、震えた声。

 

 

地面に横たわったひなたさんの身体を抱き寄せ、その肩に額を押しつけるようにして──

やちよさんは堰を切ったように涙を流していました。

 

「どうして……どうして……!なんで、こんな……ことに……!」

 

あの冷静で凛としていたやちよさんが、

子どものように声を震わせながらひなたさんに縋りついている光景は、

胸が裂けるほど痛かった。

 

かなえさんはというと──

目の焦点が合わず、真っ青な顔でその場に崩れ落ちていました。

 

呼吸が浅くて、今にも途切れそうで。

あの暴れるように戦う姿とはまるで別人のように、

ただ震えながら地面を見つめていた。

 

「……あたしの、せい……だ……」

 

唇だけを動かし、ほとんど声になっていない。

ひどく弱くて、か細くて、崩れてしまいそうな声音。

 

「かなえさん、違う……っ! 違います!」

 

私は慌てて肩を掴もうとしたけれど、その手すら置く場所がわからない。

 

「だって……あたしが……無茶しようとしたから……

ひなた……あたしの代わりに……!」

 

違う。

責任なんて、誰のものでもない。

言葉にしたかったけれど……

私の喉も痛くて、声が出ない。

 

結界は完全に消え、

夜の風が冷たく吹き抜ける。

 

そのなかでひなたさんだけが、

静かに、ひどく静かに眠ったままだった。

 

やちよさんは震える指でひなたさんの頬をなぞり、

涙で濡れた声で囁く。

 

「ひなた……お願い……返事をして……

怒ってもいい……ふざけて笑ってもいい……

だから……目を開けて……」

 

 

 

 

 

 

──次の瞬間。

 

 

 

 

 

粉々になったはずのひなたさんのソウルジェムが──

 

光の欠片となって、また一つに戻っていくように見えた。

 

不自然な光。

異様な輝き。

 

砕けたソウルジェムの破片が、

まるで誰かに糸で引かれるように破片が吸い寄せられ……

そこに、ゆっくりと形を作り始めていた。

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

「おぉーーー」

 

 

魔女と戦ってから1週間が経った朝のこと。

 

赤木ひなたは目を覚ました。

 

布団の中で、しばらく天井を見つめたまま瞬きを繰り返した。

体が軽い。

いつもの朝より、ずっと

 

辺りを見渡すと、見慣れた部屋の中でお気に入りのパジャマを着ていた。

 

(……あれ?)

 

指を握ってみる。

ちゃんと動く。

左腕も、ちゃんとある。

 

「……どうしようかなぁ……」

 

やちよさんとみふゆさんの顔がすぐ浮かぶ。

どんな顔をされるんだろう。

 

(絶対怒られるやつ……ご飯抜きどころじゃない……)

 

少し身震いをする。

 

「やぁ、赤木ひなた」

 

布団の隣にキュウべぇがいた。

 

「キュウべぇ!久しぶりだねー!」

 

「久しぶり。今日は君の見に起きたことを話そうと思ってきたんだ」

 

「そういえば、あの時私しんだよーなー……」

 

「その通り。君はソウルジェムが砕け1度死んでいる。だが、君の固有魔法のおかげでソウルジェムが元に戻り輪廻を待っていた魂がまだ生きていると戻ってきたのさ」

 

「なるほどねー」

 

「全く。君のおかげで大損だよ。」

 

「大損?」

 

「説明すると、ソウルジェムに穢れが溜まると君たちは魔女になる。その変異に伴い発生するエネルギーを僕らが回収して、宇宙の延命にあてるんだ。」

 

「ふむふ、む?」

 

「君のソウルジェムは許容値をすぐに超えて壊れてしまう。でも、固有魔法でまた元に戻る。魔女にならないからエネルギーが発生しないんだ。だから大損なのさ」

 

「そうなのかー」

 

キュウべぇの説明を聞いて、なんだか納得した。

 

「あまり驚かないんだね」

 

「だって、何でもひとつ願いを叶えるって上手い話そんなにないでしょ?」

 

「確かにそうかもね」

 

「ねぇキュウべぇ。私これからどうしたらいいのかな……やちーに怒られてご飯抜きにされちゃう!」

 

「僕にはなんとも言えないな。僕も君には会うなと言われていたし」

 

「じゃあ一緒に逃げちゃお!」

 

最低限の荷物とキュウべぇの体を抱え、窓を開けパジャマのまま逃走しようとした。

 

窓を開け、窓枠に足を掛けた時。

 

ガチャリ。

 

「……ひなた?」

 

「あっ」

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