家庭教師と友人A   作:灯火円

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「一花が女優だって?」

 

 風太郎は驚いて一花を見る。それは風太郎だけでなく三玖もまた驚いた様子。

 

「行こう。一花ちゃん」

 

 俺達が驚いている間にあの人は本物の彼女を連れて行こうとしてる。

 

「待てって!」

 

 そんな二人を風太郎は追いかける。一方俺はその場を動かずにいた。

 

「止めないでくれ。人違いしてしまったのはすまなかったね。でも、一花ちゃんはこれから大事なオーディションがあるんだ」

「そんな急な話があるか。こっちの約束の方が先だ」

 

 風太郎はなんとしても彼女を連れ戻したい様子。

 俺も数分前なら風太郎と同じ行動を取っていただろう。

 でも、さっきの彼女の言葉を俺は聞いてしまった。

 無理矢理連れて行かれる訳じゃない。彼女自身がきちんと選んだもの。

 しかし、最後にもう一度俺は彼女に確認をする。

 

「花火、本当に良いんだな?」

「……みんなによろしくね」

「おま」

 

 俺の問いに彼女は笑ってそう答え、そしてカメラマンと共に会場まで向かう車を待つらしくそちらへと向かった。

 

「これで……良いんだよな」

 

 彼女自身がそうした。これ以上俺がどうこういうのは余計なお世話だ。

でも、俺はまだスッキリとしていない。

 

「セージ」

「三玖?」

「言いたい事言えないのは辛い。言った方が良い」

 

 それは三玖もかつて言いたい事を言えずに我慢していたから俺にそう言ってくれているんだろう。

 

「……だな」

「一花をお願い」

 

 そうして俺はあいつを追いかける。バスの停留所のあるロータリーにその姿があった。

 丁度、花火をやっているからか人はいなくあのカメラマンも車を取りに行っているのかそこには彼女だけ。

 

「一花!」

 

 俺の声に目を見開いて振り返る。だが、すぐにその表情は消える。

 

「……セージ君、もう一度聞くね」

 

 彼女はまたあの瞳で俺を見る。

 

「ただの家庭教師の君がそこまでお節介焼いてくれるのはなんで?」

 

 俺と彼女の関係、隣の席のクラスメイト、家庭教師。

 確かにそこまで踏み込む理由なんてないのかもしれない。だけど、仕方ないだろう。

 

「放っておけねえ! 理由なんてそれだけだ!!」

「なに、それ」

 

 家庭教師だから? クラスメイトだから?

 そんな事を考えて俺はお前を探してたんじゃない。

ただ、大切な思い出がある花火を五人で見てもらいたい。それだけなんだよ。

 

「あと悪いが、ここに来たのはお節介焼く為じゃねえ」

「え?」

「大事なオーディション。それもお前が本当にやりたいと思っている事ならもう引き止めない」

 

 五月にはああ言った手前、本当は今からでも手を引っ張っていきたいが彼女が真剣なのはもう散々見てきてわかった。

 ただ、気になる事があった。

 

「仕事、抜け出した理由はなんだ?」

「!」

 

 覚悟決めてたならわざわざ抜け出してくる理由がない。

言葉と裏腹の行動。それがどうにも俺は気掛かりだった。

 

「……半年前に社長にスカウトされて、それからちょくちょく名前もなく役やらせてもらってた。そしてこれから受けるオーディションは大きな映画の代役オーディション。いよいよ本格的にデビューかもってとこ」

 

 役者になった経緯を俺に話すと彼女は持っていたタブレットを俺に渡した。

 そこにはそのオーディションに使われるであろう台本があった。

 

「この仕事を始めてやっと長女として胸が張れるようになれると思ったの。一人前になるまであの子達には言わないって決めてたの」

 

 あぁ、だから黙っておいて欲しいって言ってきた訳か。

 

「花火の約束あるのに、最後まで言えずに黙って来ちゃった」

 

 花火はそろそろクライマックスのようで連続して大きな花火が打ち上がっていく。

花火を見上げているのは俺と彼女の二人だけ。

 

「これでオーディション落ちたら……みんなに会わす顔がないよ」

 

 あぁ、なんとなく見えた。

 きっと不安なんだ。だから逃げ出したくなった。

 五つ子でも彼女は長女という責任を抱いているのかもしれない。

 俺はふと台本へと目を通す。

 

「卒業、おめでとう」

「え」

「まだ時間あるだろ。少しだけ手伝ってやる」

 

 素人の俺が相手じゃ意味無いかもしれないけど、本番前に声を温めるくらいにはなるだろう。

 

「……うん、わかった。それじゃ、もう一回お願い」

 

 その瞬間、彼女が中野一花ではない誰かになったのがわかった。

 

「卒業おめでとう」

「先生、今までありがとう」

 

 よくある学園もの。クライマックスの卒業シーン。

 生徒が教師に笑顔で感謝の言葉を述べるというシーンだ。

 

「先生。あなたが先生でよかった。あなたの生徒でよかった」

「……」

「何か言ってよ。って、車来ちゃった。ありがとうね。とりあえず役、勝ち取って」

「同じだ」

「え」

 

 車へと向かおうとしたが彼女は足を止め振り返る。そんな彼女の頬を両手で挟み込む。

 

「その作り笑顔やめろ」

「え?」

「さっき、花火はいいのかと聞いた時に笑った顔、教室で囲まれている時に笑ってる顔。それとそっくりだ。無理して笑ってる」

「そ、そんな事」

「無意識か? けど、姉妹といる時の笑顔の方が何百倍も魅力的なんだよ」

 

 俺も最初は気付かなかった。

 けど、姉妹と一緒にいる彼女を見てクラスのやつらに囲まれてる時は無理しているのだと気付いた。

 そして花火はいいのか?と聞いた俺の問いの時もその笑顔を見せた。

 本当は姉妹で花火を見たい気持ちがある。だけど、それよりも優先したいと思うものがあって。姉妹には申し訳なくて。

そんな色々な感情を抱えた笑顔が笑顔っていえるか。

 

「……見てくれてたんだ」

「隣の席だからな」

「ありがとう」

「ま、落ちてあれなら一緒に謝ってやる。あー、でもその前に俺と一緒に五月に謝ってくれると有り難い。かっこつけて五人揃えるなんて言ってしまった」

「なにそれ」

 

 そう言って彼女は笑う。少しはまともな笑顔に戻ったな。

 

「一花ちゃん、早く乗って!」

「は、はーい」

 

 そろそろ本気で時間がヤバイようだ。

とりあえず、俺は応援を兼ねてアドバイスを彼女に送る。

 

「ま、わかんなくなったら思い浮かべろ。嬉しかった時の事を。姉妹の事とかな」

 

 これは北条さんがよく人を撮る時に使う。

 

【最近、得したなって事ありました? ちなみに俺はですね】

 

 俺みたいに直接的じゃないけれど、その人にあった良い事を雑談として引き出していく。

するとそのうちモデルさんは自然体の笑顔を見せてくれる。

 

「嬉しかった時」

 

 すると彼女の頬があがる。

 

「うん、わかった。ありがとうね」

 

 その笑顔はカメラを風太郎に預けた事を少し後悔するくらいキレイな笑顔だった。

 

「さて、とりあえず五月への謝罪だな」

 

 俺は来た道を戻りながらまずは五月に謝る事を考えていた。

 

「ん? 風太郎か」

 

 ポケットの中の物が震え画面には風太郎の名前。

 

「悪いな。風太郎、彼女は」

『誠司、まだ諦めるのは早いぞ』

「風太郎?……わかった。詳しく聞こう」

 

 どうやら何か策があるようで俺は風太郎の話に耳を傾ける。

まだ俺にはやることが残っているようだ。

 


 

一花side

 

 映画関係者がずらっと前に座ってひとりひとりの演技を見ていく。

ほとんど下準備なんてしていない突発的なオーディション。

今までの稽古と経験でどうにかするしかない。

 

「では、中野一花さん」

「はい、よろしくお願いします」

 

 私の番が来た。

 

「卒業おめでとう」

「先生今までありがとう」

 

 上手く笑えるかな。

 あぁ、こんな時みんなはどうやって笑うんだろう。

 四葉なら。

 三玖なら。

 五月なら。

 二乃なら。

 

【わかんなくなったら思い浮かべろ。嬉しかった時の事を】

 

 嬉しかった時。

 

【一花!!】

 

 

 

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