「とりあえず、やりきった」
「お疲れさまです」
「四葉もな。てか、大丈夫か? 明日からは元の台本に戻すとか部長さん言ってたろ」
「あはは」
今日の四葉の出来が良すぎて部長さんは本来の台本に戻す案を四葉に出していた。
その提案に四葉は案の定断る事はしなかった。
「無理しすぎじゃないか?」
「でも、楽しい学園祭にしたいですから」
「またそれか。あのな、それで四葉が」
「中野さん、これから打ち合わせ良いかしら」
「あ、はーい。それじゃ、長尾さんも楽しんで下さいね」
そう言って四葉は部長について行ってしまった。
「はぁ……とりあえず俺は五月の方に行ってみるか」
五月は今日シフトに入ってないから一日学食で勉強しているはず。
けど、屋台が溢れてるからそれらを買いに出てる可能性も。
「いや、とにかく学食行くか」
俺は体育館を出て学食へと向かう事にした。
「あ、あの」
「え」
「さっきの演劇見ました!」
「あ、あぁ」
歩いていると知らない女子生徒に声を掛けられた。
「あ、女王の配下!」
「アクア様!」
さらに学園祭に来ている外部の人達までも俺の元へ集まる。
「あー、えっとごめん! 俺、これからクラスの方行かなきゃだから!」
俺はそう答えて急いでそこを抜け出すが、数人が俺を追ってくる。
とりあえず、遠回りをしてその人達を巻く。
「なんだよ。一体」
どうにか巻いてひと息つく事が出来そう。
「きゃー!」
「うそだろ」
またかよと身構える。
「レッドだ!」
「写真一緒に撮って下さい!」
どうやら先ほどの悲鳴は俺に向けられたものじゃなさそうで胸をなで下ろす。
てか、レッドって事は二乃か。
あいつ大丈夫か?
俺はそっと様子を伺うと数人に追われる二乃の姿。
「いや、あれは」
そしてこちらに向かってくる。
俺は腰に巻いていたジャージを解き、こちらに来た彼女の頭にそれを被せ、彼女の手を引いて隠れる。
「あれ? 二乃先輩は?」
「どこだ?」
二乃の姿を探す連中、このままここを探られるとこっちもまずい。
「レッドが広場にいるぞ」
「あっちだ!」
「いこう」
俺の一声に連中はそっちへと向かった。
ようやく静かになり、俺はそっと被せているジャージの下の顔を覗く。
「来るなら連絡よこせよ。一花」
「あはは」
二乃のウィッグを外した一花がそこにいた。
「仕事、空いちゃってね。フータロー君のメールもあったから来ちゃった」
一花はそのメール文を見せてくれた。
「セージ君は聞いてないの? 集合かけた理由」
「俺には見届けてほしいってだけ」
「そっか。でも、そうなると」
一花も何となく風太郎が呼び出した理由を察した様子。
「ねぇ、さっきの舞台の女王の配下の人」
「すごかったよね」
「げ」
どこからか聞こえてきた会話に俺はドキリとする。
「一花、変装用に何か持ってないか?」
「何かって二乃のウィッグとか?」
「いや、それはさすがに。あ、その帽子でいい。少し貸してくれ」
「いいけど」
俺はそれを受け取り被る。
こりゃ、明日は念のため変装用に何か用意しておくか。
「二乃といいセージ君も何があったの?」
「正直、俺自身混乱している状況だ」
「なにそれ」
「てか、一花は今来たばかりか?」
「そうだけど?」
それなら演劇部のは観てないな。
「女王の腹心のアクアの人って三年生だよね?」
「やば」
俺は深く帽子を被って息を潜める。
すぐ横を女子二人組が通る。
「たしか、キャスト欄に名前あったよ。あった。長尾誠司だって」
「出るのは初日公演だけらしいから私たちラッキーだったね」
二人組は俺に気付かないまま通り過ぎ、姿が見えなくなったのを確認して俺は息を吐く。
「ふーん、なんかモテモテだね」
「あ、いや、これはだな。舞台に出た……あ」
「舞台? なになに? さっきの人達もセージ君の名前出してたし」
最近の俺はどうも口を滑らせ気味だ。
目を輝かせる一花の視線に負けて俺は観念して全てを話した。
「知ってたらもっと早く来たのに」
「それが嫌で言わなかったんだ」
予想通りの反応で俺は心底舞台が終わったあとにバレてよかったと安堵しているが、一方の一花は不満そうな表情を俺に向けている。
「なにそれ。私としては好きな人の姿は見逃したくないんだけど」
「好きな人って」
「本当のことでしょ?」
事実ではあるが、改めて言われると俺もどう反応していいかわからない。
「このくらいのアプローチくらいは許してよ。ん?」
一花の視線が俺から違う方に向く。俺は思わずその視線を追いかけると男の子がひとりポツンと座っている。
周りには保護者らしい人はいない。
俺はその子の元へと歩み寄る。
「どうした? お父さんかお母さんは?」
「うっ……お母さん、いなくて」
やっぱり迷子か。
「はぐれちゃったか。よし、お姉さん達と一緒にお母さん探そう」
そう言って一花は男の子の手を握る。
「一花は学園祭見て回れよ。この子は俺が」
「この子の事が気になって落ち着いて見て回れないよ」
そういや、前にも困っている子供に声掛けてたな。
「わかった」
そして少年改めショー君のお母さんを探すため、俺達は学校を回る事に。
「ショー君のお母さんいませんか?」
「迷子のお母さん探してまーす」
声を掛けて回るがなかなか有力な情報がない。
時間が経過するほど、ショー君の表情が曇っていってついには泣き始めてしまった。
「うっぐ、ひっぐ」
こりゃ、探すより一旦泣き止ませる方が優先だな。
俺は足を止めてショー君に向き直る。
「ショー」
「ねぇ、ショー君。一緒にいたのはお母さんだけ? お父さんや兄弟はいないの?」
一花がショー君の目線に合わせて屈むとそうショー君に話を聞く。
「パパは仕事……妹は……もうすぐ生まれる」
「そっか。じゃあ、お兄ちゃんだ。大変なお母さんや赤ちゃんの為にショー君は強くならないとね」
その一花の言葉にショー君の表情が変わる。
俺も一花の隣で屈み、手を握っていたショー君の手を彼の胸へとやる。
「お兄ちゃんってのは妹を守るヒーローなんだ」
「ヒーロー……イエローみたいに!?」
戦隊モノの事を言っているんだろうけど、イエローとか渋いな。
「あぁ」
「なら、強くなる!」
「よし、エラいぞ! さすがお兄ちゃんだ」
さっきまでの泣き顔は消えたショー君の頭を撫でる一花。
こういう所は長女って感じだな。
「なら、まずはお母さんを見つけて安心させてやるのがヒーローとしての最初の使命だな」
「うん!」
そして俺達はまたショー君のお母さん捜しを再開する訳だが。
「お姉ちゃん、見たことある」
「あ」
「へー。子供にも知られるようになってるなんて」
「この前キスしてた人」
「ん?」
キスしてた?
なら、誰かと勘違い。
「あのドラマ、遅い時間なのによく知ってるね」
「うん、お母さんが見てるんだ」
勘違いという訳でもないらしい。
いや、そりゃ女優だ。キスくらい演技でするもんな。
うん、女優なら仕方ない。
って、なんで俺は自分に言い聞かせてるんだよ。
「ん? セージ君? あ、もしかして」
「何でもねえよ」
そう言ってはみたが、一花の様子からするに俺の心境を見破っている様子。
「ショックだった? 女優だよ? そういうこともあるよ」
「わかってるっての」
今さっき自分自身にも言い聞かせてたつーの。
「だよね。それに」
一花は俺の耳元へと顔を近づける。
「セージ君だって経験済みだもんね」
「なっ」
思い出すのは春休みのあの柔らかい感触。
「ふふ」
これまでそんな素振りがなかったからあれは俺の勘違いだとずっと思ってたけど、ここに来て意味ありげな笑みをする一花。
「この」
「ショー!」
「あ、ママ」
俺の言葉はショー君を呼ぶ声にかき消される。
そしてショー君は俺達の手を離れお母さんの元へと駆け出す。
「ありがとうございます」
「いえいえ、見つかって何よりです」
「お兄ちゃんたちありがとー!」
「たち……え、うそ、一花ちゃん!?」
お母さんがドラマ見ていたからショー君は知っていたわけだし当然の反応か。
でも、大声はまずい。
「え、マジ?」
「本物じゃん」
「学校来てないって聞いたけど」
一花に気付いた連中が集まり始めた。
ここの学校に一花が在籍しているの結構知られているんだな。
「俺がどうにかするからその間に行け」
「あ、うん。ありがとう」
そして追いかけようとする連中をなんとか抑え、一花がその場から消えたのを確認し俺はしばらく壁としてそこに留まる。
ようやく一花目当ての連中が諦めた頃、次はパンケーキ班から買い出し要請が出た。
これは思ってた以上に忙しい。
「これだから二つじゃなくて一つで出店を出すべきなんだ。買い出しとかの力仕事は男連中に任せられたはずなのに」
「その案を出したのは長尾君でしょ」
「ぐ、それより吉川も悪いな。違うクラスなのに」
「良いって。俺、今の時間暇だし」
パンケーキ班は女子しかいなく、その買い出し役として俺に回ってきた。
一人ではアレだからと毛利さんと丁度パンケーキを食べに来た吉川が手伝ってくれると来てくれたのが救いだ。
「あとでたこ焼きとパンケーキを無料で食っていってくれ」
「良いのか?」
「お礼だ」
「あ、それなら写真。長尾君撮ってよ」
「俺は吉川にお礼をするのであって毛利さんには」
「私が声掛けなきゃ長尾君ひとりで買い出しだったよ?」
「……良い性格してる」
最近なんか遠慮ないっつーか。
でも、俺も学園祭で写真は撮りたいと思ってはいたからな。
「明日と明後日なら余裕あるからその時な」
「やった」
こんなドタバタは今日だけで十分だ。
そして買い出しを終えてようやく出店の様子を伺う事が出来た訳だが。
パンケーキの方はかなり繁盛している様子で列が出来ている。
この状態だと主力の三玖が抜け出すのは難しいんじゃ。
「三玖、大丈夫か? この人気具合だと約束の15時は」
「セージ……ちょっと無理かも」
三玖自身も自分が抜け出すのはマズいと考えている様子。
だからといって風太郎の件も三玖にとっては大事なはず。
俺はタオルを頭に巻く。
「俺も手伝う。生地はツノが出来るまで混ぜるんだったな」
俺が買ってきた材料を開けて生地を作っていく。
「セージはシフトに入ってないよね」
「あぁ、だから俺の時間は自由に使う」
シフトに入ってないからってシフトに入ったらダメなんて事はないだろう。
「今の材料使い切れば終わる。さっさと完売させるぞ」
三玖が抜け出す事が難しいなら完売でさっさと店じまいしてしまった方が早い。
この人気なら回転率を上げていけばどうにかなるかもしれない。焼き時間は短縮出来ない。
なら、その他の所で回転率を上げる。
「これはちょっと人手不足かもね。私も手伝う」
「明里」
「よし、なら毛利さんは並んで待っている人にメニュー表見せて注文聞いてくれ」
事前に注文を聞いて焼き上げていった方が圧倒的に効率は良いからな。
「セージ、ありがとう」
そして黙々と俺はパンケーキの方を手伝い。本日分は完売。
三玖と俺は最後のパンケーキが焼き上がり次第、その場を離れて教室へと向かった。