「ふぁ」
「あれ? 誠司、早いわね」
「ちょっと後片付けあって早く出なきゃなんだ。あ、そうだ。母さん、例のおっさんの写真とか無い?」
いつもよりも早い時間に起きた俺は母さんに例のおっさんの写真がないか聞く。
「あー、ちょっと待ってて。ていってもかなり前のやつなのよね」
そうして母さんが持ってきたのは卒業アルバム。
「この頃より老けているとは思うけど、あのひげ面は変わらないはず」
その卒業アルバムを開いてある写真を見せる。
生徒に囲まれ、いかにも慕われている先生と言わんばかりのひげ面の男性がいた。
「待って。これ、母さんの卒業アルバムだよな? てことは」
「そう。あいつも教師だった」
まさか父親も教師とは。
けど、母さん達の反応からするにあまり良い教師ではなさそうだ。
俺は写真の顔を頭に焼き付ける。
仏の顔ではある。でも、この人は逃げたんだ。
娘と妻を置いて。
「うし」
昨日は遠くからだから確信は持てないけど、次見掛けたらきっと大丈夫。
「ちなみにお父さんもちらーっといるのよ」
「え」
母さんがページを捲ってある写真を指さす。
それは普通の授業風景。生徒達が主役だから生徒達がもちろん写っているのだけど教室の後ろから黒板に向けて撮られたその一枚。
黒板の前に立つ眼鏡を掛けた男性が小さく写っていた。
「あ、そうだ。眼鏡」
俺は仏壇に置いてある父さんからもらった伊達眼鏡を手に取って掛ける。
「どうしたの? 急に」
「色々あるんだよ」
昨日みたいな事で時間を取られたくないからな。
効果あるかはわからないけど、少しでも変装はしておきたい。
そして眼鏡をかけて早い時間に登校する。
「男子連中どうするかな」
俺は昨日撤去されたたこ焼き屋の前でクラスの男子達をどうするか考える。
出来れば女子達と合流してほしいのが本音だ。
昨日のペースだととても女子だけじゃ回らない。
「風太郎は学級長で色々と忙しそうだしな。となると前田と武田なら」
この二人は比較的に女子組に敵対心あるわけじゃないからこの二人と協力して。
「長尾さん?」
「ん? 四葉」
呼ばれて思考を止めて視線を上げるとゴミ袋を持った四葉がいた。
「何してんだ。こんな朝早く」
「それは私の台詞でもありますけど。眠れなくてですね。こうして早く来て手伝っているんです」
眠れなくて。
それは学園祭で興奮してという意味なら俺は咎めるつもりはない。
だけど、そうじゃないのがわかった。
「四葉、あのな」
「あ、何かいつもと雰囲気違うと思ったら眼鏡ですね」
「え、あー、これは。いや、これについて今は」
「懐かしいですね。六年前を思い出します」
「中野! すまんが、こっち来てくれ」
「はーい! では、長尾さん」
「あ」
教師に呼ばれて行ってしまった四葉を俺は引き止める事は出来なかった。
「あいつ、絶対責任感じてるだろ」
思い出すのは林間学校の時。
風太郎が風邪でダウンした時に見せた表情とさっきの四葉が重なった。
「その為にも男子と女子の仲をどうにかしないとな」
「長尾君。君も来てたのか」
「ん? 武田、それに前田」
「やっぱ気になってよ。てか、眼鏡掛けてどうした?」
出店停止は決まってしまったが、やっぱり心残りはあるようだ。前田なんて特に気合い入れて調理の方頑張ってくれてたもんな。
「なんだよ。お前らもかよ」
「あ」
ぞろぞろとクラスの男子連中が気付けば集まっていた。
「俺達はこの日の為にやってきたのに」
「前田」
拳を握りしめ歯を食いしばっている前田。そんな前田の肩を武田は叩く。
「あんな事故を起こした以上、受け入れるしかないよ。それに危ないって注意されてたんだろ?」
「わかってる! けどな……こんなんで終わりたくねえ!」
「だよな」
前田の言葉に他の男子連中も頷く。
「俺らのクラスはたこ焼きだけじゃない」
「長尾?」
「まさか、女子のパンケーキを応援しろって?! 今更そんな事出来るか!」
予想通り過ぎるというかそもそもなんでそんな対立すんだよ。
「パンケーキ、一日目終わった段階で想定していた以上の数出てるんだ」
「女子達は順調に売り上げだしてるって訳か」
「想定以上でこのままだと三日目まで」
「結局パンケーキ組の自慢か」
「どうせ。女子はあざ笑ってるんだろうよ」
「な、ちょっと待てよ。最後まで話を」
それを皮切りに数人ぞろぞろとその場を離れていく。
「おい! こんな形で終わって良いのかよ! 高校最後の学園祭だぞ!」
去って行く奴らは足を止めることなく行ってしまった。
「話、聞けよ」
昨日と同じペースだと確実に三日目までもたない。
明らかに人手足りてないってのに。
「昨日は和解の気配はあったんだけど。ね」
「……それ、本当か? 武田」
「中野さん、三玖さんが俺達の所に昨日来てな。初日終わったら女子連れてくるからたこ焼き食べさせてって話だったんだ。けど」
だから火事の時、女子達も揃ってたのか。
それにしても三玖が。
「……これは三玖に任せるか」
三玖の言葉には耳を傾けたならまだ可能性は残されている。
「昨日よりも多くないか?」
パンケーキの前には列が出来ていた。開始時間早々に列が出来たと思ったらほぼずっと焼き続けている。
俺も今日は昼まで店番。それでも昨日全然撮れなかったカメラを持って合間に写真を撮っていた。
「なぁ、男子達に手伝ってもらわないか?」
「え? なんでよ」
俺はその場にいる女子に提案する。
「いや、だってさ。明らかに人手不足だろ」
「けど、あいつら反対してたし」
「そうだよ。それにたこ焼き屋出来なくて鬱憤晴らす為に変な事されそうじゃん」
「そんなやつらじゃ。あれなら俺が」
「結局、長尾はあっち側ってわけ?」
「そうじゃなくて」
「ほら、長尾君は列の整理」
これ以上の説得は難しそうで俺は言われたとおりに列の誘導へ。
「すごい人気なんですね。うちのクラスのパンケーキ」
「当然よ。私直伝のレシピを三玖に教え込んだんだから」
店の前で看板を持っている五月はこの状況に驚いている。
そしてその横ですっかりやることがなくなった二乃が座っていた。
「ところで、その三玖は大丈夫か?」
昨日、あの火事の後に体調崩したと聞いてはいる。今日も少し遅れてくるとは聞いているが。
「今朝には体調は戻ってたわ」
「そうか」
なら、あとでちょっと相談してみるか。
「てか、あんたはその眼鏡なに?」
「長尾君って実は目が悪かったんですか?」
「色々あんだよ」
今日はずっと会う連中が眼鏡について触れてきてその度に適当な理由を言っている。
さっきだって店長とパン屋の店長さんに会って眼鏡について触れられたし。
「昨日、演劇部の出し物でカッコいい人いてさ。今日もその人目当てで来ちゃった」
「なにそれ、気になる」
「っ」
聞こえてきた会話に慌ててカメラを手に持って構えるふりをして顔を隠す。
その会話は二人にも聞こえていたようで俺をジーッと見ているのがわかる。
「それより! 五月、昨日はどうだった?」
「はい?」
昨日は様子を見に行こうと思っていたのに行けなかったからな。五月に昨日変な事がなかったのか尋ねる。
「昨日は……勉強ばかりしていましたね」
何か五月の様子が少し変な気がする。
「五月」
「さ、呼び込みしましょう!」
「え、あ、正直これ以上は」
「あ、そこの人、パンケーキいかがで」
「え」
とある女性に五月は声を掛けるのだが、その女性は風太郎と手を握っていた。
いや、握っているというか引っ張っている感じか。
とりあえず、一枚撮っておくか。一応、女性の顔は写さないようにして。
そして風太郎が女性と手を握っている状況を見た二乃の顔は険しい。
「風太郎、パンケーキだって。食べようよ」
「あぁ、ここは俺のクラスの屋台だ」
てか、呼び捨て。
風太郎をこんな親しく呼ぶやつなんて。
「フ、フー君?」
二乃が動揺している横で俺は頭を巡らせる。
なんか、見覚えあるんだよな。
「いつもうちの風太郎がお世話になってます」
【ごめんね。うちの風太郎が迷惑かけて。ほら、風太郎も誠司に謝りなよ】
ふと小学校の記憶が思い出す。
そこで俺は彼女が誰なのか気付く。
「うちの……」
「どちら様ですか?」
その言い方にやっぱり五月達も引っかかる様子。二乃は笑顔だが明らかに牽制する笑顔だ。
「竹林」
数年ぶりにその名前を呼んだ。
「ん? えっとカメラ構えている君はなんで私の名前を?」
あ、俺カメラ構えたままだったか。
言われて俺はカメラを下ろすと俺の顔を見て彼女も俺に気付いた様子。
「誠司! うわ、変わらないね! まだその眼鏡掛けてるの?」
「この眼鏡は今日明日限定、うわっ」
俺は服を引っ張られたかと思えば引っ張ったのは五月だった。そして隣の二乃は説明しろとばかりに睨んでいる。
「あ、勝手に盛り上がってごめんなさい。竹林と申します。風太郎と誠司とは小学校からの同級生です」
「あらそう。私たちも同級生だけど教師と生徒。いわば、同級生以上の関係と言っても過言じゃないわ」
竹林に対抗して二乃はそう告げる。
いや、間違っちゃいないけどさ。
「そうなんだ! 奇遇ですね」
「!」
竹林はそう言って二乃の手を握る。そんな竹林に若干圧倒される二乃。割と誰にでも強気な二乃にしては珍しい反応。
「私も誠司と一緒に風太郎に勉強教えてたんです」
「は?」
二乃はまた俺に鋭い視線が向けてくる。
俺が風太郎の先生だったことは知っているが、他に先生がいたことは話してなかったな。
「ずっと言う事聞かなかった問題児に頼まれた時は驚いたよね。誠司」
「ん? あー」
あの頃の風太郎はやりたい放題のガキ大将だったもんな。
「いや、こいつらが俺と誠司の生徒だ」
「あ、そうなんだ」
風太郎が俺らと中野姉妹の関係を正しく訂正する。
「じゃあ、これではっきりしたね」
「竹林?」
「私とあなたたち。どちらがより親密なのか」
こいつ、なに言って。
「ん?」
ふと、建物から目立つリボンが出てきた。
それは四葉。四葉もこの会話聞いてた訳か。
そして四葉は何か言おうと口を開くのがわかった。
「ありがとうございます」
しかし、先に聞こえたのは俺の隣にいた五月の言葉の方だった。
「もし、それが本当ならば私たちは間接的にあなたのお世話になったといえます」
竹林が風太郎に勉強を教えたから今の風太郎がいるからな。
「上杉君と長尾君と過ごした時間はあなたに負けてしまいそうです。しかし、その深さでは負けるつもりはありません」
五月はハッキリと竹林に言うと竹林も少し驚いた様子。
「お前ら……小っ恥ずかしいからやめてくれ」
「だな」
他から見れば痴情のもつれと思われそうな会話だ。
「それに竹林、あんまりからかうな。こいつらの俺の少ない友人だ。全員が特別に決まってる」
その風太郎の言葉に面を食らった二乃と五月。
けど、一番驚いているのは竹林だろう。
「こいつ、変わったろ?」
「うん、本当に大きくなったね」
あの頃の風太郎を知っている竹林からしたら色々と驚くのは当然だ。
「二人ともごめんね。パンケーキひとつください」
「は、はい」
「てか、竹林ひとりか?」
こういう学園祭って誰かと来るもんだけど。
「あ、ちょっと待ってもらってる」
「真田か?」
「うん」
思い浮かんだのは小学校の事からずっと竹林と一緒にいた真田。
わざわざ真田を待たせて一人でって。何考えてんだか。
「真田とは変わらず仲良いんだな」
「幼馴染みだからね」
パンケーキが焼き上がる間、俺は竹林と雑談していく。
「変わらないのは誠司もだね」
「……そうか?」
それは今日たまたまこの眼鏡を掛けているからだからなのか。
竹林からしたら小学生の俺がそのまま高校生になったようなもんだしな。
「ちょっと、心配してたんだ。変な噂聞いてたから。でも、やっぱりただの」
おそらくその噂ってのは俺の中学の頃の話だろう。
中学はお互い違う学校だったからな。
「いや、噂通りだよ」
「え」
「けど、竹林が変わらないってくらいには俺もあの頃に戻った。いや、また変われたんだと思う」
色々な人達のおかげで俺はまた何かを目指す自分になれた。
「お、丁度集まってるな」
「ん? 北条さん!」
その変えてくれた一人である北条さんがカメラを構えていた。
「長尾、お前どうした。その眼鏡」
「あー、またか」
本当、会う人みんなに聞かれるな。
「とりあえず一枚撮ってやるから並べ」
その北条さんの一声にその場にいたクラスの女子達も含めて一枚。
「学園祭、青春って感じで良い写真撮れるな」
「怪しまれて通報されないでくださいよ。今は色々と言われるんですから」
「わかってるって。だからこうして顔ぼかすように撮ってるだろう」
そう言って北条さんは来てから撮った写真を俺に見せてくれた。
さすがプロだなと思いつつ、いくつか見ているとぼやけているが見覚えのある姿が見えた。
「北条さん、この写真、いつ撮りました?」
「ん? それは少し前だな」
ぼやけているけど、特徴的なヒゲは間違いない。
校門辺り。少し時間経ってるけど、まだその辺りにいるかもしれない。
「俺、ちょっと呼び込みに行ってくる。北条さんも竹林も楽しんで」
「あ、うん」
「忙しそうだな。あいつ」
俺はとにかくまずは校門へと向かった。
こっちが先にあれを見つけられたら対処はしやすいからな。
しかし、昨日よりも来場者が多くなっているのか校門へと来ると次から次へと人が入って来ていた。