家庭教師と友人A   作:灯火円

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「はい、疲労と睡眠不足だそうです。一花に伝えるかは社長さんの判断に任せます」

『わかった。わざわざありがとう』

「いえ、失礼します」

 

 俺は付き添いとしてそのまま運ばれる四葉と共に病院へ。

 四葉が倒れた事は風太郎に連絡済み。姉妹には風太郎から伝えるという事で任せた。

 一花の方は仕事に影響与える可能性も考え、社長さんの方に連絡を入れた所だ。

 通話を切って四葉が寝ている個室へと向かうと中野先生が部屋から出てきた。

 

「連絡助かったよ」

 

 運び込まれたのは先生の病院。

 俺は真っ先に先生に連絡を入れると先生はすぐに受け入れ体制を整えてくれていた。

 

「ごめんなさい。俺、四葉の調子悪そうなの知ってて」

「いや、私もしっかり娘の事を見ていてやれてなかった。君や上杉君に言われてきた事だというのに」

「でも、先生。今日来てたでしょ?」

 

 俺の言葉に少しだけ先生の視線が揺れた。

 

「インタビューされている映像、ありましたよ」

 

 放送部が色々な人にインタビューしていたけど、その中に中野先生もいたのを俺は見ていた。

 

「……そうか」

 

 おそらく急患で病院に戻ってきたという感じだろう。

 医者という仕事だ。仕方ない。それでもあの場にいた事は間違いなく先生が姉妹達の様子を見に来た証拠。

 

「学校に戻るなら車を出させよう」

「あー、今日の俺のシフトは終わってるんで。それに目覚めた時に誰もいないのは四葉も心細いと思うんで誰か来るまで俺がいます」

 

 気掛かりがない訳じゃない。

 例の人物の事は気になるが、今は四葉が優先だ。

 

「わかった。何かあったらすぐに呼んでくれ」

「はい」

 

 そして俺は中野先生と入れ替わるように部屋へ。

 寝ている四葉の横に座る。

 

「とりあえず、俺もやれることをするかな」

 

 俺は眠っている四葉の横でスマホを手に文字を打っていく。

 

 

 

「四葉!」

「静かにしろ。まだ寝てる」

 

 姉妹の中で一番に病室へ来たのは二乃だった。

 てか、なんでエプロン?

 二乃のエプロン姿に疑問はあるが俺は椅子から立ち上がり二乃に譲る。

 

「んじゃ、俺は席を外す」

「……ありがとう」

「あぁ」

 

 素直なお礼に俺は軽く手を上げて答えて部屋を出る。

 

「なんだ。来てるならお前も入れよ。風太郎」

 

 扉の横には風太郎が立っていた。

 

「あとでな」

 

 風太郎も気を使ってるみたいだな。

 とりあえず俺は風太郎と共に飲み物を買いにその場を離れる。

 

「四葉は明日まで絶対安静だと。ずっと何かしらの仕事しててさらに今日は早朝から仕事を引き受けてたみたいだからな。当然っちゃ当然だ」

「あいつが俺の分まで……俺が」

「はぁ……そう思うなら今度はお前が四葉の分を持ってやれ。けど四葉の事だ。倒れた事で迷惑掛けたって余計に頑張ろうとするかもしれない」

 

 四葉にとって自分が足引っ張ることは何より恐れていることだからな。

 

「そういや演劇部とか大丈夫だったか?」

 

 確か、今日からは本来の台本に戻しての公演だったはず。

 

「演劇部や四葉が仕事引き受けてきた連中には話はした。演劇部もどうにかなったし、あいつは俺なんかよりずっと慕われてるからな」

 

 そう言うと風太郎は俺にある物を見せた。

 そこには女王エメラルドを演じる陸上部の部長、他にも四葉がこれまで手伝ってきた連中が写し出されていた。

 

「そっか」

 

 その誰もが迷惑なんて顔はしていない。

 むしろ四葉の為にと頑張ろうしてくれている姿しかなかった。

 

「それとは別件でお前に報告がある。あいつらの元父親についてだ」

「!」

 

 そして風太郎から警戒していた人物が接触した事を聞かされた。

 

「くそっ」

 

 風太郎から聞かされた話に俺は拳を強く握る。

 

「とりあえず、明日も警戒しておいた方がいい。すまん。俺が早くあのおっさんだと」

「風太郎は特徴も知らなかったんだ。気にするな。気持ちを切り替えろ」

「だな……あ」

「ん?」

 

 ふと人の気配に視線を向けると四葉が立っていた。

 寝てろって言われているのに病室出てるって事は。

 何となく四葉の行動は読める。

 

「起きたか」

 

 風太郎は四葉の前へと立ちふさがるように立つ。

 ここは任せるか。

 

「通して下さい。行かないと」

「行ってどうする。もう、皆家に帰ってる」

 

 時間的にもう二日目は終わっている。

 

「それならそこへ頭を下げて回ります! 演劇部の方たちだけではありません。その後もたくさん引き受けて……迷惑掛けた人達……私のせいで」

 

 やっぱりこうなったか。

 自分のせいで誰かに迷惑を掛けることを一番嫌っている四葉にとって堪えられない状況なのはわかる。

 だけど。

 

「だが、通せない。明日まで絶対安静と言われている。ここを動くつもりはない」

「!」

「ひとまず座ってくれ。話してやるよ。お前がいなくなった学園祭の出来事を」

 

 風太郎は俺の時と同じように映像と写真で四葉が倒れた後のことを話していく。

 

「私のせいで」

 

 それでも四葉は自分のせいで迷惑を掛けたと言う。

 

「気付いたか? こいつらは全員、お前の世話になった奴らばかりだ」

「!」

「お前のせいで。じゃない。お前の為に集まったんだ」

 

 そう、四葉のせいで集まったんじゃない。四葉の為にと力を貸してくれた。

 その違いはでかい。

 

「明日も仕事が盛りだくさん。当然お前の抜けた穴は大きい」

 

 風太郎は現状を包み隠さず伝える。

 けど、今の風太郎はその言葉だけで終わらない。

 

「持ちつ持たれつ……だろ? たまにはお前が持たれたっていいんだ」

 

 風太郎は真っ直ぐと四葉を見て伝える。

 

「託してくれ。俺もお前の世話になった一人だ」

 

 さて、これでダメなら本当にお手上げ。それこそベッドに体を縛り付けるくらいしかないだろう。

 

「上杉さん。この度はご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」

 

 四葉の弱々しい声は夜の病院でもハッキリ聞こえた。

 

「最終日、私の分の仕事をどうかお願いします」

「あぁ、任せろ」

 

 どうにかなったか。

 

「んじゃ、病室に戻るぞ。四葉」

「あ、長尾さん。長尾さんにもご迷惑」

「はいはい。謝罪するくらいなら部屋戻るぞ」

「うー、こうなると長尾さんは話聞きませんよね」

「わかってるなら素直に戻れ」

 

 そうして四葉を病室まで送り届ける。

 

「俺はバイク返しに少し行ってくる。病院の近くまで来てくれてるみたいだから」

「なに? お前らバイクで来たの?」

 

 先生達に見られたらやばいんじゃ。

 基本うちの校風は緩いがバイク登校なんて許されてないわけだし。

 

「私は洗い物してこなきゃ、出店から持ってきた道具そのままだし」

 

 洗い物?

 そのエプロン姿はてっきりパンケーキ焼いている途中でそのまま来たと思ったけど。てか、出店の道具?

 

「二乃は四葉の見舞いに来たんだよな?」

「当然でしょ。あと、ちょっと出前パンケーキしてきただけよ」

 

 出前パンケーキなんて聞き慣れない言葉だな。

 

「よくわからないけど。んじゃ、お二人さんいってらっしゃい」

「おう」

「四葉の事、見ててよ。この子、無意識に動く癖あるから」

「へいへい」

 

 二人を見送り、病室にまた俺と四葉だけになった。

 

「私は大丈夫ですから、長尾さんは帰って大丈夫ですよ。もう、抜け出そうとはしませんから」

「ここで帰ってその後、俺が二乃にぼろくそに言われても良いなら帰る」

「あー、わかりました」

 

 観念した四葉はベッドへと横になる。

 俺はまた近くの椅子に座る。

 

「頑張ったな」

「え、あー、頑張りすぎてこんな結果になってしまいましたが」

「そっちじゃなくて。四葉にしたら誰かに頼るって事はかなり勇気いることだろ」

「あ」

 

 四葉が誰かの為に頑張ってきたことなんて今更のことだ。俺が言ったのは誰かに頼った事の方。

 

「まだ、少し恐いです。だけど、私の為という言葉を信じようと思います」

「あぁ、それでいい。少しずつでいい。急に変わるのは難しいからな。きっかけになっただけでもいい」

 

 ふと、昼間の竹林との会話を思い出す。

 俺が変わるきっかけか。

 

「四葉」

「はい」

「ありがとう」

「……へ? なんですか? 急に。お礼言われる事はないのですが、むしろ今日は私が長尾さんに」

「六年前、出会ってくれて」

「!」

 

 もっと早く伝えるべきだった。

 竹林の言葉を聞いて俺も伝えなきゃいけなかったことに気付いた。

 竹林に気づかされる形なんて俺もダメダメだな。

 そんな俺の言葉に四葉は言葉を返すことはなく、視線を下に移しその表情も見えない。

 

「俺が変わるきっかけをくれた」

「それは、私ではないですよね?」

「いいや、出会わせてくれたのは四葉のおかげ。その最初のきっかけは四葉、お前が風太郎と出会ってくれたからだ」

 

 この二人が出会わなきゃ、俺は彼女に出会うこともなかった。

 

「私と……風太郎君が出会ったこと」

「約束うんぬんも大事かもしれないけどさ。四葉と出会った事がきっと風太郎にとっても一番のきっかけだよ」

「そう、なのかな」

 

 まだ四葉は過去に囚われている。

 

「……前に話したろ? 幻滅されるんじゃないかって。でも、世の中にはさ。昔の俺も今の俺も好きだっていう変わり者もいるらしい」

 

 過去も今も。全部を受け入れてくれた彼女の言葉は今でも強く俺に焼き付いている。

 それが俺に自信をくれた。

 

「だったら俺はそんな彼女がこれからも好きでいてくれる自分になろうと思う」

「……これから」

 

 少しだけ四葉の視線が上がる。

 俺の言葉でも何か彼女のきっかけになれたらいいが。

 

 コンコン

 

「ん?」

「あ、はい」

「四葉、起きてた?」

「一花!」

「仕事だったろ」

 

 息を切らしているところを見ると急いでこっちにきた様子。

 社長さん、結局一花に話したのか。

 

「仕事はちゃんとやってきたから大丈夫。四葉、大丈夫?」

「うん、寝たらスッキリした。ごめんね。一花にも心配」

「こら、謝らない。妹を心配するのは当然でしょ」

「……ありがとう」

 

 俺は椅子から立って一花に譲るとそっと一花は俺に「セージ君もありがとう」と囁いた。

 俺は無言で頷き、部屋をあとにする。

 

「お、二人とも戻ったか。今、一花が来てる」

 

 丁度二乃と風太郎も戻ってきたところで俺は一花のことを報告する。

 

「一花も来たのね」

 

 二乃はそのまま病室へと入っていく。

 そろそろ俺も帰って良さそうか。

 

「はぁ……二日目もバタバタだった」

「俺は今日少し余裕あったけど、誠司は学園祭楽しめてるか?」

「今日は写真少し撮れたけど、そういや出店のものとか食えてないな。てか、腹減った」

 

 家に帰る途中でコンビニ寄ってなんか買って食うか。

 そんなことを考えていると病室の扉が開いた。

 

「それじゃ、しっかり休んでなよ」

「私も一旦学校戻るわ。三玖に当番変わってもらったから片付けくらいはしないと。あんた、明日は学園祭来てもいいけど動き回るんじゃないわよ」

 

 そう言って病室を出てきた一花と二乃。

 すると二乃は風太郎の腕を取る。

 

「フー君、行きましょう」

「え、おい」

「長尾、あんたは一花を送ってあげなさいよ」

「言われなくてもそうするっての」

「!」

「あ、そ。行きましょう。フー君」

 

 そう言って二乃と風太郎は先に病院をあとにする。

 

「マンションで良いんだよな?」

「あ、うん」

「あー、少し寄り道いいか? 腹減ってやばいんだ」

「もう、ドキドキした気持ち台無し。なら、少し遠回りしよ」

「いや、腹減ってるって言ったよな?」

 

 これ以上、腹減らされるような事をさせるつもりか?

 

「はい、行くよ」

「たく」

 

 そうして俺と一花も病院をあとにし、俺は一花の少し後ろを歩きながらついていく。

 夜も遅い時間、人通りも少ない道を俺達は歩く。

 

「ここ、意外と広いんだね」

 

 そう言って一花は車の通りもない道を見渡す。

 

「セージ君、覚えてる?」

 

 俺と一花が今歩いている場所。

 その場所は忘れられない場所。

 

「花火大会の会場。屋台ないからな。広く感じる」

「無人って訳でじゃないけどね」

 

 人は少ないがちらほらと人は行き来している。

 そして遠くからは騒がしい声と花火の音が。

 

「うちの生徒か? 最終日が残ってるってのに」

「学園祭中だもん。カップル成立もこの三日間多いみたい」

「そうかよ」

 

 林間学校の伝説の時もそうだけど、その類いの噂に引っ張られるよな。

 

「そして、その中でも三日目の後夜祭が多いらしいよ。セージ君もそれ意識して言ってくれた?」

「いや、まったく」

 

 てか、初めてそんなデータ結果あるのを知ったくらいだ。

 すると一花は少し残念そうにため息を吐く。

 

「だよねー。そういうのはフータロー君の方が流されやすいもんね」

「あいつ、本来は行事にテンションあがるタイプだからな。最近はまた戻ってきたみたいだけど。でも、風太郎に便乗した形ではある」

「そっか」

「てか、そろそろ限界だ」

 

 四葉のけんがひと段落したからか一気に空腹が襲う。

 

「え? 待って。明日って」

「コンビニ行ってくる。腹に何か入れなきゃまずい」

「……もう。私、あの公園で待ってるからね」

 

 気付けば去年花火をした公園がすぐ近く。

 

「待てよ。一人じゃ」

 

 俺の制止の言葉を無視して一花は少しふてくされるようにして行ってしまった。

 なんかまずい言動したか?

 もしかしてコンビニ寄るのダメだった?

 とりあえず俺は急いでコンビニに入って適当なものを手に取る。

 

「一花もなんか食うかな?」

 

 俺は一花の分もと俺は見て回る。

 

「これでいいか」

 

 そして俺は会計を済ませて急いで一花が待っている公園へと向かった。

 公園には学校の生徒と思える女子達が花火をしていた。

 それを横目に俺は一花を探す。一花はベンチに横になって目を閉じ眠っているようだった。

 

「仕事終わりで駆けつけたなら当然か」

 

 俺は膝をついて一花の顔に目線を合わす。

 思えば、俺が六年前の彼女を思い出すきっかけはここだった。

 ジッと一花の顔を眺めているとその唇へと意識が向く。

 春休みの感触、一瞬だったけど柔らかい感触は今も鮮明に残る。

 

「あ」

 

 閉じていた瞳が開く。俺は思わず体を引く。

 

「見てたでしょ。唇」

 

 体を起こしながら一花は自分の唇に指をあてる。

 

「どうして?」

「起きてたのかよ」

「なんで見てたの?」

 

 俺は視線をそらしつつ観念する。

 

「思い出してただけだ……その、春休みの、事故」

 

 昨日の発言からするにあれは俺の気のせいじゃなかったみたいだしな。

 それが明るみになったことでまた意識してしまっていた。

 

「え」

 

 すると俺のシャツが引っ張られたかと思えば俺の視界は一花の瞳だけに。

 この状況に既視感を抱く。それこそ春休みのあの時と。

 そしてその時と同じ唇に柔らかい感触。ただ違うのはその長さ。

 俺の後ろで花火が打ち上げられた音とそれに賑わいを見せる女子達の声が聞こえるが、それ以上に俺の心臓の音がうるさくてかき消される。

 柔らかい感触はゆっくりと離れる。

 

「今もあの時も……事故じゃ、ないよ?」

 

 いつものからかう表情はなく。向けられた真剣な眼差し。

 あれが意図的なキスだったと言葉と表情で告げられた。

 

「あのな、それ言うだけならわざわざ」

 

 俺は惚けていた頭をようやく動かし、少し一花と距離を取る。

 

「そっちの方がわかりやすいかなって」

 

 一花はベンチから立ち上がる。

 

「わかりやすいって。お前は演技で慣れてるからわかるかもしれないけど」

「演技って……男の人とはセージ君だけだけど?」

「はい?」

 

 一花は引っかかる言い方をする。

 男の人とは。キスって異性とするものじゃ。

 いや、同性でもするだろうけど。

 

「昨日言ってたドラマ。相手は同じ女優の子なんだ。言ってなかったっけ?」

 

 さっきまでの真剣な表情が変化する。

 それは俺をからかう時に見せるいつもの表情。

 

「わざと言わなかったな?」

「詳細、聞いて来なかったよね?」

「あのな! 自分を好きって言ってくれた子が別の誰かとキスした詳細なんて聞きたいなんて思わないだろ! あ」

 

 売り言葉に買い言葉ではないが、俺はまた勢いに任せて言葉を発した後にやってしまったと口に手をあてる。

 

「……そっか」

 

 一花は嬉しそうに笑っている。

 

「てか、加減してくれって言ったよな?」

「ごめんごめん。また悪い癖出ちゃったね」

「……暴走するってやつか?」

「うん。ちょっと焦っちゃった」

 

 一花は俺に背を向ける。一花の後ろには綺麗な満月があり、まるでそれは何かのワンシーンのようでとても綺麗だった。

 それこそ首にかけているカメラの存在を忘れるくらい見惚れていた。

 

「て、焦ることねえだろ。一花は待つ側で。明日には答え出るんだから」

「そうなんだけどね……きちんと君との思い出作りたいなって思っちゃったから」

「なんだよ。それ」

 

 まるでこれが最後の思い出作りみたいに言う一花。

 

「一花」

「ん? うわ、つめた! って、なに?」

 

 俺は振り返った一花の頬にコンビニで買ったものを当てる。

 

「アイス? あ、かき氷だ。学園祭にもあって食べようかと思ってたんだけど、それどころじゃなかったんだよね」

 

 時期的にはもう終わってるけど、かき氷やってる所もあったな。

 

「少し肌寒いかとも思って温かいものも買ってきた。ほら、座れ」

 

 俺はベンチに座って一花に隣に来るように促すと俺の隣に座る。

 俺は俺で買ってきたフランクとからあげ、あとはおにぎりを広げる。

 

「あー、腹減った。いだたきます」

「いただきます」

 

 俺達は手を合わせ、食べながら遠くで花火をやっている女子達を眺めながら腹を満たす。

 俺はちらりと隣を見る。

 少し前までは見慣れた横顔だったのに今じゃ、この横顔を見る方が珍しくなっている。

 すると一花も視線を俺へと向けて目が合うとまたからかう表情で俺を見る。

 

「なに? また唇見てる?」

「ちげえって」

「安心して。男の人とキスなんて今はまだNGかなって思ってるから。だから、君が私のファーストキス」

「っ! ごほっ!」

 

 俺は思わず最後の一個のからあげを詰まらせそうになる。

 

「もう、大丈夫?」

「誰のせいだと……ほら、腹も膨れたし帰るぞ」

「はーい」

 

 俺はゴミをまとめ、立ち上がると一花は上機嫌で俺の隣へ。

 結局、一花にもてあそばれっぱなしだな。

 

 そしてマンションが見えてきてふと思い出す。

 

「一花、五月の様子を見ててくれないか?」

「え? 五月ちゃん」

 

 風太郎から聞かされた事。

 それは五月にあの実父が接触した可能性が高いという事。

 

「……少し前から私の事を気に掛けてくれているのと関係ある?」

 

 俺は迷ったが一花にはきちんと事情を説明する事にした。

 

「お前らの実の父親がこの街に戻ってきてるらしい。そして五月に接触した可能性がある」

「うそ……なんで」

 

 一花からしても驚いて当然だ。

 生まれてから顔すら見た事無かった父親が今になって現れたのだから。

 

「今日はもう遅いから俺は送ったら帰るけど、明日五月に話を聞いてみる」

「わかった。私も五月ちゃん気に掛けておくね」

「それもだけど」

 

 俺は足を止めて一花の見る。

 

「もし、一花の前に現れたらすぐ呼べ」

「セージ君」

「母さん達がお前らに接触させたくないと思ってるくらいだ。碌な事にはならないはずだ」

 

 一度も顔を見せずほったらかした父親に五つ子が傷つく事なんてあってたまるか。

 

「……ありがとう」

 

 そして一花を送り届け、俺の二日目が終わった。

 

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