学園祭最終日。
学校に向かう途中、俺のスマホにメッセージが入った。
それを見て俺は風太郎に電話を入れる。
「そういう事だからちょっと遅れる」
『わかった。クラスの方は上手く言っておく』
「あー、それの事なんだけどさ。役に立つかわからないけど、ちょっとあとでメールに送っておくから必要になったらクラスの連中に送っておいてくれ」
『ん? よくわからんがわかった。そっちは任せたぞ。俺より誠司の方があいつを見てただろう』
「どうだかな。けど、どこぞの父親よりかは見ていた自信はある」
そして俺は学校に続く道から逸れて目的の場所へと向かう。
「セージ君」
着いたのは昨日も来た中野家のマンション。
その前で一花が俺を出迎えるように待っていた。
「連絡、ありがとうな」
「頼まれたからね。私は先に行ってるね。これ、鍵」
一花から鍵であるカードキーを受け取る。
「五月ちゃんをお願い」
「あぁ」
一人頑張ろうとしている彼女の元へと俺は向かう。
家にあがるとリビングのテーブルの前に座る五月がいた。
そしてそのテーブルには問題集が広がっている。
「五月」
「長尾君、こんな事意味ないというのに私は何をしているのでしょう?」
意味が無い?
意味が無い訳ないだろうが、これは五月がなりたいものの為に必要なもの。
「お母さんが言ってたんです。あなたは私のようには絶対ならないでくださいって」
それまでペンを走らせていた五月の手が止まる。
「それなのに諦めきれない。未だにお母さんを目指してしまっている。そう願う私は、間違っているのでしょうか?」
五月のお母さんが五月にそう言った真意は俺にはわからない。
だから俺は俺が感じた事を彼女に聞かせる。
「教える立場なんて苦労ばっかりだ。風太郎なんかそれまで真剣に勉強したことなかったからな。最初は大変だった」
やる気はあっても集中力まですぐに身につく訳じゃないから最初の頃は竹林や真田と苦労したな。けど、それさえ越えたら風太郎は勝手に自分からどんどん勉強していった。
「そしてその問題児よりもさらなる問題児達。勉強の場に着かせるだけでも一苦労だった。中には俺の教えを断ったりな」
「その際はその」
「それでも目標を達成したら自分の事のように嬉しかった。でも多分、俺にとって五月達が最後の生徒だ。こんな苦労も喜びももうこれっきりでいいと思ってるくらいだ。たった六人教えただけでこう思うんだ。教師なんてこれの何千倍だろう」
俺のやってることは所詮バイトだ。
でも、五月の目指す教師は違う。
「誰かの言葉で揺らぐくらいなら辞めろ。でも、そうじゃないだろ。そうじゃないからこうして勉強をしてるんだろ!? 五月の夢なんだろ!?」
「……本当に、私の夢なんでしょうか? 私はお母さんになりたいだけ。下田さんに言われたことがあります」
あの人、結構厳しい事言うな。
でも、きっとそれは五月に決めさせるため。きちんと五月の意志であるかどうか確認するためのもの。
「俺にとって、父さんは憧れだった」
「え?」
「運動も勉強も何でも出来るヒーローだった。子供の頃の俺は少しでも父さんみたくなりたくて見た目から入ろうとこいつを掛けるようになった」
今日も変わらずかけている眼鏡に触れる。
「親に憧れることは絶対間違いじゃない」
涙で溢れる五月の目が俺を捉える。
「お前らが生まれてから一度も姿を見せなかった男より、生まれてからずっと母親を見てきた五月の方がよく知っているはずだ。自分の目で見て憧れたその心を信じろ」
「……お母さんは私の理想の姿です」
「そうか」
「強くて、凜々しくて、優しくて……私は」
五月はぎゅっと拳を作る。
「お母さんのような先生になりたい! 私は私の意志で母を目指します!」
その声と意志は部屋中に響く。
うん、きっともう大丈夫だ。
「長尾君、勉強を教えて下さい」
「当然だ」
俺は家庭教師だからな。
「ですが、その前にやらなければいけないことがあります」
「五月?」
「私、あの人に会いに行きます」