「誠司」
「おう、そっちはそっちで上手くいったんだな」
学校に着くと風太郎と姉妹達が待っていた。
メールで風太郎からクラスの連中の和解の報告は聞いていた。
「三玖、ありがとうな」
「私は言いたい事言っただけ。それにその後上手く回ってるのはセージのおかげ」
「役に立った用で何よりだ。けど、もうひと仕事頼むぞ」
「三玖、お願いします」
「任せて。五月」
これから五月、いや中野姉妹にまとわりつく害虫の排除だ。
人で賑わう学園祭、だけどその校内でも落ち着いた場所はある。
屋台や校舎から少し離れた屋外の休憩スペースに例の人物は座っていた。
「こんにちは。無堂先生。五月です」
「やぁ、まさか五月ちゃんの方から来てくれるとはね」
俺は彼女と対峙する男の顔をその時ようやくハッキリ目にする。
今回、五月からは俺も風太郎も手を出すなと言われて物陰でその様子を伺う。
これは家族の問題だから。
その通りではあるのだけど。
「君は今もお母さんの幻影に取り憑かれている。学校の先生でなければなんでもいいんだよ。お母さんと同じ間違った道を歩まないでくれ」
幻影に取り憑かれている?
「あの野郎の方が取り憑かれているように俺には見えるんだが? てか、なんだよ。間違った道って」
「誠司、落ち着けよ?」
父親が娘に会って言う台詞か?
夢を否定して。その理由もあまりにも身勝手だろ。
いや、それよりも父親以前の問題が浮き彫りになったのがわかった。
「なぜ、急に私の前に現れたのですか?」
「離れていた時もずっと気にしていたさ。罪の意識に苦しみながらね。それがどうだい。まさかこうして父親らしいことをしてやれる日が来るとは」
この男は父親のような口ぶりで語るけれど、俺にはどれも軽く聞こえてしまう。
「この血が引き合わせてくれたんだ。愛する娘への挽回のチャンスを」
血だとか愛だとか。
わかってる風に。
「ガハハ! 父親だって? 笑わせんな!」
「私からしたら笑い話にもならないけど」
「君達は……」
豪快な笑い声と冷めた声。
姿を見せたのは勇也さんと母さん。
「うーっす。先生、ご無沙汰です」
「出来れば拝みたくなかったけど」
「つっても用があるのはうちらじゃないんだけど」
勇也さんに母さん、下田さん。そして。
「無堂先生、お元気そうで」
中野先生。
いつもと変わりなさそうに見える先生だけど、俺と風太郎も背筋が凍る感覚があったのか身震いする。
「君にも謝るきっかけが出来て良かった。中野君には苦労掛けたからね。思い返せば君は人一倍、零奈を慕ってた覚えがある」
男はそう語るとスッと頭を軽く下げた。
「すまなかった」
「いえ、あなたには感謝してます」
中野先生は男の謝罪なんて興味がない様子。
「あなたの無責任な行いが僕と娘達を引き合わせてくれた」
「……どうだろう。こと責任に関しては君も果たせていないように見える」
仏の顔をしているがその言葉に敵意が込められているのがわかる。
「だから五月ちゃん自らここに来た。頼りない君でなく僕の所にね」
まるで五月は自分を選んだと言わんばかりだ。
「五月君が……ここに?」
あぁ、中野先生はきちんと見えている。
その事に俺はやっぱり先生は五つ子をこれまできちんと見てきたことに嬉しいと感じた。
不器用なりに先生なりに見てきたんだ。
「あぁ、心中察するよ。親失格の烙印を押されたようなものだ。よければ僕が教えてあげようか。本当の父親のあり方を」
「何を言ってるのですか?」
中野先生は男の言葉を遮り、彼女の方へと歩み寄る。
「よく見て下さい。ここに五月はいない」
「!」
「私はこちらです」
男の前に五月だと言って現れたのは五月の髪飾りを付けた三玖。そしてその状況を五月は物陰から覗いていた。
「なんのつもりだい?」
「騙してしまいすみません。ですが、こうなることはわかってました」
一花や他の姉妹達も男の前に姿を見せる。
「それがどうした。ただ間違えていただけで」
「愛があれば私たちは見分けられる。母の言葉です」
「っ! また彼女の話か! いい加減にしろ! そんないい加減な妄言! いつまで信じているんだ!」
それまで淡々としていた仏の顔が崩れていく。
「今すぐわすれなさい。お母さんだってそういうはずだよ。思い出してごらん。お母さんがなんて言ってたか」
やっぱり一番囚われているのはこいつだ。
「お母さんが後悔を口にしていたことは覚えています」
「そうだ。君のお母さんは間違った! 君はそうなるな!」
「あの野郎。娘達の前で」
「誠司っ」
本当に母親は後悔していたのかもしれない。
けど、それを娘達の前でハッキリと母親が間違っていたなんて言うやつがいるか。
あいつらにとって、母親と姉妹が唯一の家族だった時間があったってのに。
「私はそう思いません」
「君がどう思おうが関係ない。零奈自身が言ってたなら」
「ええ、関係ありません!」
五月はもうあの男の言葉に心を揺さぶられることはない。
「たとえ本当にお母さんが自分の人生を否定しても私はそれを否定します。いいですよね。私はお母さんじゃないのですから」
五月はあの男の言葉を使って母親の人生を肯定する。
「ちゃんと見てきましたから。全てをなげうって尽くしてくれた母の姿を。あんなに優しい人の人生が間違っていたはずがありません!」
間違いなんてあの男が言う権利なんてない。
だって、あいつは五つ子と母親が過ごした日々に一瞬でも一緒に写り込んだことはないんだから。
「子供が知ったような口を」
「あなたこそ知ったような口ぶりで話すのですね」
「……どういうことだ。中野君」
「恩師に憧れ、同じ教師となった彼女の想いが裏切られ見捨てられ傷ついたのは事実。しかし、そこで逃げ出したあなたが知っているのはそこまでだ」
中野先生の言う通り、この男が知っているのはそこまでだ。
そこから先は何一つ自分の目で見ていない。
「その後、彼女が子供達にどれほど希望を見い出したのかあなたは知らない」
でも、先生は知っている。
ずっとこの人は見てきたから。
「あなたに彼女を語る資格は無い」
これまで比較的感情がわかりにくい先生の感情がわかりやすく見えた。
それは燃えるような怒り。
「五月君。僕もまた、何かを言える資格を持ち合わせていない。彼らに言われてようやく気付くぐらいだからね」
そう言って俺らの方をチラリと見る先生。
「だが、君が君の信じた方へ進む事を望む。きっとお母さんも同じ想いだろう」
「……はい」
五月が先生から欲しかった言葉はこれだったのかもしれない。
「無堂先生。最後まであなたからお母さんへの謝罪はありませんでしたね」
そう、この男は一番謝らないといけない人に謝っていない。それどころか彼女が自分の汚点のように語っていた。
「私はあなたを許さない! 罪滅ぼしの駒にはなりません。あなたがお母さんから解放される日は来ないでしょう!」
「っ」
娘の為だとか色々言葉を並べたけれど、結局は五月の言葉にたどり着く。
この男は自分の罪から解放されたいだけに五つ子の前に現れただけ。
「僕がせっかく父親として」
娘達に否定されてるってのにこいつはまだ言うか!
「いい加減、父親面すんじゃねえ!」
まだ性懲りもなく父親を語ろうとする男に俺は我慢出来ず声を上げる。
「なんだ。君は……お前、なぜいる?!」
「?」
男は俺を見て驚くとゆらりと俺の方へと近づいてくる。
「ただの噂だったか?……はは、あざ笑いに来たのか?」
「待ちなよ。その子は」
母さんが静止しようとするが男は俺の胸ぐらを掴むと壁まで追いやる。
「ぐっ」
その勢いで俺は背中を強く壁にぶつけ、思わず声が漏れる。
「気に入らんやつだと思ってた。素直に私の言葉を聞けば良いものの。教育者など目指さない者が」
あぁ、このおっさん。
俺を父さんと勘違いしてんのか。
「説教か? は、お前が私に説教なんてする立場か?! 聞いたぞ。お前の判断ミスで娘の病気が発覚するのが遅れたと」
「あんたっ」
俺は思わず胸ぐらを掴む男の腕を強く握り引き離す。
「それだけじゃない」
「喋るなよ」
お前が父さんのことを語るな。
「娘が死に! 堪えきれなくなって睡眠薬を大量に摂取して自殺を図ろうとした!」
その男の発言に何も知らない一花を除いた姉妹は驚くのが見えた。
こんな形で知ってほしくなかった。
「無責任なのはお前もだろう! 妻や子供を残して命を絶とうした男が私に父親を語るな!」
無責任。
俺は父さんのことを無責任なんて思ったことなんてない。
「俺はただ」
「なんだ? 結局お前も言い訳を並べるんだな?」
「俺は! 俺自身が! 父さんの生きる理由になれてなかったことが悔しかっただけだ!」
「……父さん?」
「っ」
俺は眼鏡を外して男を睨む。
伊達眼鏡だってのに視界が揺らぐ。
「先生、その子は私と政和さんの息子だよ」
「はは……やっぱりあいつは死んだのか。なるほど、そして息子。そっくりだな。その目なんて特に」
「うるせえ。それ以上、父さんを語るな」
あぁ、ダメだ。
俺の悪いところが出てる。でも、もう止められない。
「いやいや、すまないね。取り乱して。そうか……可哀想に。君も身勝手な父親の犠牲者だね。それも僕よりもひどい」
「聞こえなかったか?」
俺は拳を強く握り、歯を食いしばり一線は越えるなと言い聞かせる。
「僕は罪を抱きつつも死は選ばなかったよ。だって死んでしまったら父親として何もしてやれないじゃないか。むしろ長尾君の方がよっぽど父親失格」
「父さんを語るな!」
気付いたら拳は振り上げていた。
これ、多分傷害とかになるよな。
片隅で冷静にこの後のことを考える自分がいた。
「セージ君! ダメ!」
「っ」
その言葉と共に横から抱きしめられる感覚。視線を横に移すと一花の顔がすぐそこにあった。
「誕生日プレゼント。まだっ、渡してないんだよ」
「あ」
誕生日プレゼント。それは一花と卒業すること。
俺は振り上げた腕をゆっくりと下ろす。
「一緒にすんじゃないわよ!」
「そうです! 長尾君のお父さんは長尾君にとってヒーローだったんです!」
「二乃、五月」
二人が俺と男の間に立つ。二人だけじゃない三玖と四葉も。
「何を知っていると言うんだ」
「私達がセージのお父さんのことを知っていることなんてほとんどない。でもセージにBBQを教えてくれた」
「サッカーもお父さんの影響だと聞きました」
「三玖、四葉」
そして俺を止めようと抱きついた一花も俺の前に立つ。
「あなたと決定的に違うこと。それは、思い出。私たちにはあなたとの思い出はなにひとつない。でも、セージ君にはきちんとお父さんとの思い出は残ってる。セージ君のお父さんはしっかり自分の子供を愛してた」
「っ」
男に向けた言葉だけどそれは俺の胸にも強く響いた。
「おい、おっさん。あんたも教師ならわかってるだろ? 生徒に危害加えたやつを見掛けたらどうしなきゃいけないか」
そう言って風太郎は携帯を取り出す。
「ちっ」
男は逃げるようにして階段を降りていった。
「……風太郎、ありがとう。お前達も」
なんとかお礼の言葉は言えたけど、俺の視界はまだ揺れている。
むしろ悪化している。
「セージ君?」
俺を心配して振り返った一花の方へ俺の体が倒れるのがわかる。
「……悪い。一花、いつものアレ……だ」
そこで俺の意識は途切れ、次に目を覚ましたのはベッドの上だった。