家庭教師と友人A   作:灯火円

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「今、何時だ?」

「起きたみたいね」

「母さん」

 

 視線を横に移すと母さんがいた。

 周りを見渡す。保健室か。

 

「病院に運ぼうかと思ったけど、最後の学園祭だからね。マルオも少し休めば大丈夫って言ってたから」

「そっか」

 

 俺は体を起こす。

 少し外が暗いけど、まだ学園祭は終わってないみたいだ。

 

「誠司。これ」

「ん?」

 

 母さんは俺の手に何か握らせた。それは少し古い携帯だ。

 

「これって父さんの」

「その中にね。音声が保存されてるの。聞いてあげて」

「!」

 

 俺はロックの掛かってない携帯を開く。

 

【誠司へ】

 

 わかりやすくあったそれを開き、そっと耳元に携帯を近づける。

 

『これを聞いているってことは……父さんは誠司と母さんを置いて行っちゃったんだな』

「!」

 

 懐かしい低くて優しい声が聞こえる。

 

『ごめんな。父さん、弱くて。お前達を置いて行っちゃって』

 

 謝罪の声は震えていた。

 

『それだけじゃなく、色々我慢させたよな。お前は物分かりが良いと言うか良すぎるからな。きっと言いたい事も飲み込んでたこともあったろ。六花の為に。父さんや母さんの為に』

 

 そんなんじゃないよ。

 俺はただ、俺がそうしたいと素直に思ったんだ。

 

『ありがとうな。だから、もしかしたら父さんは……お前をきちんと見てやれてなかった所も、あるかもしれない』

 

 段々と父さんの言葉に嗚咽が混じるようになってきた。

 

『なのに、その先も……見てやろうともしないで……すまん。すまん誠司』

 

 きっと、父さんはすごく悩んだんだ。

 悩んで逃げ出さないように踏みとどまってくれてたんだ。

 

『でも、この気持ちは変わらないから……誠司、お前の幸せを……父さんはずっと願ってる』

「っ」

 

 それは父さんからの愛の言葉。

 俺が欲していたもの。

 

『将来、何になるんだろうな? 医者って言ってたけど、サッカーも続けてるならそっちもいいな。あ、でも上杉君から聞いてるぞ。カメラに興味持ってることも。けど、何でも良い。誠司がやりたいことなら父さん、応援するぞ』

 

 父さんはやっぱりあんなやつなんかと違う。

 こんなにも俺のことを気に掛けて見てくれていたんだ。

 

『色々とまだ伝えたいことがあるんだけどな。最後にこれだけ』

 

 このメッセージも終わりを迎えようとしている。

 俺は最後だと語る父さんの言葉に耳を澄ます。

 

『父さんの子供に産まれてきてくれて。ありがとう』

「あ……あぁ」

 

 俺は子供のように泣き崩れる。そんな俺を母さんがそっと抱きしめる。

 

「誠司。ごめんね。もっと早く、聞かせるべきだった」

「そんな、こと」

 

 きっと母さんは母さんなりにタイミングを伺っていたんだと思う。

 俺が素直に父さんの言葉を受け止めることができるタイミングを。

 

「俺も、父さんの子供で……良かった」

「うん」

 

 疑ってたわけじゃない。

 でも、俺も父さんの子供なのに。なのにどうしてと思う気持ちもあった。

 だけど、父さんは俺のこともちゃんと想っていてくれてたんだ。

 俺の中にあった父さんのわだかまりは奇しくもあの男がきっかけで無くなった。

 

 

 

「さて、保護者はそろそろ退散しますか。はい、眼鏡。それとこれ」

「あ、あぁ」

 

 俺が落ち着いた所で母さんから眼鏡とカメラを受け取る。

 そういや、今日も全然だったな。

 

「五月ちゃん。待たせたね」

「あ、その」

 

 母さんが扉を開けると五月が立っていた。

 

「来たのは今さっきで!」

「あー、とりあえず入れよ」

「じゃ、青春しなよ。学生諸君」

 

 母さんはいつもの感じで帰って行った。

 そして俺はベッドを出て上履きを履く。

 

「で、話があるんだろ?」

「長尾君、私」

「謝罪はすんなよ」

「!」

 

 本当、四葉の次にわかりやすいよな。

 

「父さんのことだろ? あれはあのおっさんが勝手に俺を父さんと勘違いした結果だ」

「だとしても」

「それに手を出すなって言われたのに俺が飛び出したからな。俺の自業自得。あれがなきゃ、あのまま問題なく終わってた。そもそも、五月達には父さんのことキチンと話してなかった訳だし」

 

 そう五月に言い聞かせるが、本人は申し訳ない表情のまま。

 

「はぁ、確かに父さんのことをあれこれ言われたけどさ。お前らが気付かせてくれたんだ」

「長尾君?」

「俺も父さんに愛されていたってことを。だから怪我の功名、ありがとうな」

「ずるいです。そう言われたら、謝れない」

「だから謝るなって言っただろ」

 

 それから俺はそっと五月の頭に手を伸す。

 

「頑張ったな。あいつにひと泡吹かせられたな」

「……はい!」

 

 それから俺は五月と共に保健室へと出る。

 

「さーて、すっかり時間を無駄にしたな。とりあえず屋台の方に」

「な、長尾君!」

「ん? なんだよ」

 

 振り返ると五月が俺に何かを差し出している。

 

「これを」

 

 五月は俺に一枚のメモを渡した。

 

「これなに?」

「一花からです」

「なんでわざわざメモ」

 

 直接会いに来いよな。

 

「上杉君には後夜祭が終わったと同時に選んだ人物がいる部屋を訪れるように言ってあります」 

「つまり、俺もそうしろってことか」

「本当に、一花から告白されたんですね」

 

 そういや、この事は三玖くらいだよな。

 それも俺が墓穴掘っただけなんだけど。

 

「けど、納得です。一花の背中を押し、常に支えてたのはあなたですから」

「どうだろうな」

 

 俺としては一花を困らせた言動ばかりしてきたように思える。

 

「……私もそうなんですよ?」

 

 夕陽が差し込む廊下を歩くと五月が足を止める。

 

「私が自分の気持ちに自信が持てたのも。長尾君の言葉があったから」

「俺の言葉じゃなくても五月は気付いたと思うぞ」

「ううん」

 

 五月は深く息を吐いた後、俺を見る。

 

「私の理想の教師像はお母さんのままだけど」

「ん?」

「長尾君も私の理想なんだよ」

「……そうか。てか、そのしゃべり方」

「えっと、母脱却ということで! 変でしょうか? って、戻っちゃいます!」

「はは、零奈の時は出来てたのにな」

「うぅ!」

 

 それから五月は姉妹と後夜祭を楽しむようでそっちに行ってしまった。

 俺はというとパンケーキの屋台の方へと向かうが足が重い。

 五月からクラスの連中が待っていると聞いたからだ。

 結局、一日俺はサボったわけだしな。

 とりあえず謝罪だよな。

 

 

「長尾」

「あ」

 

 ずらっとクラスの連中が並んでる。

 五つ子以外。ほぼ全員じゃないか?

 

「その、すまん!」

 

 とにかく先手必勝。俺は頭を下げる。

 

「悪かった!」

「ごめんなさい!」

 

 その場に謝罪の言葉があふれかえる。

 

「え?」

 

 頭を上げた俺だが、この状況についていけていない。

 

「倒れたって聞いてさ」

「私たちが迷惑掛けたからかなって」

「ほら、男子も加わった時の役割分担とか作っておいてくれたでしょ?」

「あれ、めっちゃ助かった」

 

 昨日、四葉の病室で俺が時間潰しに作っていたのはクラス全員の役割分担表。

 俺が五月の所に向かう前に風太郎へ送ったのはそれだ。

 

「俺達、長尾に結構ひどいこと言ったし」

「それは私たちも」

「んで、長尾に詫びを入れるのが筋だろって」

「反省する暇があるなら行動で示そうって。長尾君がいない分、みんなで頑張ったんだよ。ね」

「前田、武田……はぁ、気にしてないんだけどな」

 

 俺に向けられた言葉はそこまで気にしてないし、俺が倒れたのは完全に俺の余計な行動の結果なんだけど。

 それを馬鹿正直に話すのもな。

 

「これ見て」

「毛利さん」

 

 毛利さんから渡されたのは毛利さんのデジカメ。

 そこにはクラスみんなでパンケーキ屋を盛り上げてる写真の数々。

 

「俺も撮りたかったな……んじゃ、期待して良いんだな? 最優秀店舗」

 

 そう問いかけるとクラスの連中は自信満々の表情を俺に向けていた。

 

 

 

「だぁ! やっと抜け出せた!」

「お疲れさん」

 

 体育館で行われた今年の最優秀店舗の発表。

 見事に俺らのクラスはそれに選ばれた。

 それは良いのだけど、俺はクラスの連中にもみくちゃにあった。

 そしてようやく抜けだし、風太郎と合流し休憩所として作られた簡易のベンチに腰掛けた。

 

「そもそも俺は今日何もやってないつーの。あの場は三玖が相応しいだろ」

「仕方ねえだろ。三玖はあいつらと後夜祭楽しんでるんだから」

「最後の祭りなんだ。楽しまなきゃ損だよ」

「長尾なんてほとんど出店回れてねえだろ」

 

 当たり前のように武田と前田は俺達の隣に座る。

 なんかいつの間にかこの四人がいつものメンツになりつつある。

 

「けど、明日からまたいつもの日常に戻ると思うと落ち込むな」

「なんでだい? 僕は授業をまた受けられることにワクワクしてる」

「同じく」

「お前ら異常者にはわかんねーよ」

「すっかり忘れてたけど、こういう奴らだったな」

 

 夏休みから勉強から離れがちだったけど、本来こういうやつらだった。

 

「ただ、そうだな……終わっちまう寂しさはあるな」

「長尾君だけじゃなく上杉君も物足りないのかい?」

「微妙だな。基本裏方の手伝いばかりしてたから。最後の学祭で何してんだか」

「それは俺もだな。結局あんま撮れなかったし」

 

 俺はカメラを構える。

 ほとんどの屋台が店じまい。それでもまだまだ生徒達が多く賑やかだ。

 

「まだ終わってねえだろ。屋台でなんか食おうぜ」

「屋台か……そうだな。腹減ってるし行くか。ずっと食ってねぇし行けずじまいの店があったんだ」

「風太郎、金あるのか?」

「引換券もらった。それ引き換えたら……会う約束をしているやつがいる」

 

 風太郎は前田と武田にこのあとの予定をあえて話したのはその約束を破らない為だろう。

この勢いだとこいつらと最後まで後夜祭迎えることになりそうだもんな。

 

「なるほど」

 

 武田は風太郎の約束が何か察した様子。

 

「あの姉妹のことなら見掛けたぞ。一花さんもいたから勢揃いだったぞ」

 

 一花の名前に俺はドキリとする。

 前田も五つ子関連だと気付いたのかよ。

 てか、俺、前田に話すべきだろうか。

 一応、一花が好きで未遂だったが告白はしてた訳だし。

 

「前田君、よくあの一瞬で一花さんだとわかったね」

「ま、まぁ……前から一花さんだけはなんとなくわかるんだ」

「俺もわかるけどな。てか、大体なら見分けられるようになった」

「長尾君にしては珍しい反応だ」

「っ 風太郎はどうだ? 春休みはあれほど特訓してたんだ。もうそろそろいけるだろ」

 

 無意識に対抗するように出た言葉をかき消すように風太郎へと矛先を変える。

 

「で、できると思う……最初は今以上に戸惑ったな。ただでさえ人の顔を覚えるのは得意じゃない」

「たしかに酷かった」

 

 髪型が唯一の見極めだってのにデフォルトのあいつらでも最初の頃はわかってなかったからな。

 

「その上、あいつらその利点をフル活用してきやがる。それで何度騙されたことか」

「だな」

「本当、最後まで困った奴らだ」

 

 そう言葉では言っているけれど、その表情はとても困った人間が語る顔ではないぞ風太郎。

 

「よく言うぜ」

「ふと、気になったんだけど二人は誰から見分けられるようになったんだい?」

 

 武田の言葉に俺と風太郎は沈黙する。

 いや、普通に答えりゃよかったんだよ。

 そう、普通に。

 一花じゃなかったらあっさり言えたのに。

 

「沈黙はなんだい? これはあれかな?」

「おい、武田。どういうことだ?」

「どういうことか二人に聞こうじゃないか」

「どうでもねーって!」

「風太郎に同意だ」

 

 てか、武田のやつ。意外とそういうの聞きたがるのかよ。

 勉強や自分語りだけしてろよ。

 

「水くさいじゃないか。僕らの中に秘密は無粋」

「うっせー! 黙秘黙秘!」

 

 風太郎は黙秘を貫くが俺は前田に秘密は心苦しい。

 

「前田!」

「んだよ」

「俺、一花に告白された」

「……あ?」

「ま、待て、冷静になろう。いや、まさかすでに告白されていたとは。うん、一旦落ち着こう」

 

 武田に聞かれるのは癪だが仕方ない。

 てか、なんであれだけ聞きたがってたお前が一番動揺してんだよ。

 

「……告白」

「まさか……上杉君もということかい?」

「……」

「風太郎、それは肯定と同じ無言だ」

「彼らの友情については認めざるを得ないが、しかし」

 

 ぶつぶつと当事者でもないのに動揺している武田はしばらくそのままにさせておこう。

 俺が気になるのは前田の反応だ。

 俺は前田に視線を向ける。

 

「長尾、返事はしたのか?」

 

 武田とは対照的に前田は落ち着いた様子で俺に聞いてきた。

 

「え、それはこれから。後夜祭終わったらって話になってる」

「そうか」

 

 なんか拍子抜けだ。

 裏切り者!とか言われるのを覚悟してたんだけど。

 

「よっしゃ! 俺も今から告白しに行く!」

「は?」

「なんでだよ?」

「えっと、ちなみに相手は一花じゃないよな?」

「誰がフラれるのわかっていくか! そもそも一花さんとの恋は去年で終わってる!」

「だよな」

 

 そうなると相手は松井か。

 

「明日から日常に戻っちまうなら今しかねぇ!」

 

 前田の言う事もわかる。

 日常の延長線の告白ってかなり勇気いる。

 そんな中、好きって言ってくれたんだよな。

 

「だから、上杉。お前も覚悟を決めやがれ」

「!」

「ははは、急に何を言い出すんだい。学生の本分は学業」

 

 武田も風太郎と同じタイプかよ、

 

「そうだ、学生の本分は学業。それ以外は不要だと信じて生きてた。だが」

 

 おっと、訂正だ。

 正確には以前の風太郎とだ。

 

「それ以外を捨てる必要なんてなかったんだ。勉強も友情も、仕事も娯楽も恋愛も。あいつらは常に全力投球だった。凝り固まった俺にそれを教えてくれたのはあいつらだ」

「気付くのに随分掛かったよなー」

 

 このまま勉強だけの男になるんじゃないかと思ったが。

 俺に出来なかった事を彼女達がやってくれた。

 

「きっと昔のままの俺なら。お前らと一緒にいなかった」

「……あー、なんか風太郎かららしくもない言葉に変な鳥肌が立ったな」

「誠司!」

「だな。なにかっこつけてんだ」

「かっこつけてねーよ!」

「僕はかっこいいと思ったよ」

「いや、そういうのもやめてくれ」

 

 さて、真面目な空気はここら辺で終わりだ。

 

「おら、風太郎。屋台行くんだろ」

「あ、そうだな」

 

 俺達は立ち上がり、風太郎の目当ての屋台へと向かう。

 

「休憩所、マジ助かる」

「楽しかったね。もう歩けない」

 

 入れ替わりに女子生徒がベンチへと腰掛ける。

 その様子を風太郎はちらりと伺う。

 

「てか、ここ初日なかったような」

「そうだっけ?」

 

 その会話に風太郎は笑みを浮かべる。

 

「最後までこの祭りを楽しまなきゃな」

 

 そんな言葉が風太郎の口から出るなんて一年前の俺は知りもしないだろう。

 成り行きで引き受けた家庭教師。

 それは俺にとっても変化のあるものだった。

 

 

「んじゃ、風太郎。しっかりな」

「お前もな」

 

 もうすぐ終了のアナウンスが流れる時間。

 俺と風太郎は廊下で向き合う。

 そしてそれぞれ向かうべき場所へと踏み出した。

 

 

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