家庭教師と友人A   作:灯火円

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『秋の花火大会は終了いたしました。ご来場いただき誠に』

 

 花火はもう終わり、周囲にはその名残となる火薬の匂いが薄らと漂う。

 

「セージ君」

「よう。オーディションどうだった?」

 

 あの髭のおっさんと共にとあるビルから出てきた彼女は俺がいる事に驚いていた。

 

「え、あー、どうだろ」

「どうも何も最高の演技だった。私は問題なく受かったと見ているね」

 

 その界隈の人がそう言っているのならかなり手応えはあったのだろう。

 

「一花ちゃんがあんな表情出せるなんて思わなかったよ」

 

 するとおっさんは俺へと視線を向ける。何故かその視線がやけに熱を帯びている気がするのだが。

 

「それを引き出したのはおそらく君だ。個人的に君に興味が湧いてきたよ」

「あー、とりあえずもう彼女の仕事終わりですよね? なら借りますね!」

「へ?」

 

 また連れて行かれないように俺は彼女の手を掴み駆け出す。

 しかし、今日はやたら疲れる一日だ。

 

「ね、ねぇ。どこ行くの?」

 

 花火大会から帰る人混みから外れ、住宅街の方へと俺達は出る。

 

「公園。そこに皆が集まってる」

 

 もう少し、ここを曲がればという所で彼女の足は止まる。

 

「……みんな怒ってるよね。花火を見られなかった事謝らなくちゃ」

 

 顔を伏せる彼女。暗いけど電灯の灯りで彼女が唇を噛んでいるのが見えた。

 今日だけで色んな彼女を見ている気がする。

 だけど、今はまたあの笑顔であってほしい。

 

「なぁ、花火ってさ。見上げるだけじゃないって知ってるか?」

 

 見上げた夜空は綺麗な月が浮かんでいる。

 俺は掴んでいた彼女の手を離し、その背中を押す。

 

「え」

「あ、一花に長尾さん」

「!」

 

 そこには手持ち花火をしている姉妹達がいた。

風太郎は疲れてベンチで眠るらいはちゃんの横に座っていて俺を見てサムズアップを見せた。

 

「風太郎が公園で花火やるって言ってな。ま、花火大会の花火と比べたら見劣りするがそこは勘弁」

「発端は俺じゃない。四葉が花火買ってたおかげだ。助かったよ」

「ししし」

 

 風太郎の言葉に花火を振り回しながら四葉は嬉しそうにしていた。

 

「キミ!」

「二乃?」

 

 すると二乃が俺の方へと迫ってくる。そのあとを追いかけるように五月もいる。

これは何か文句言われるな。

 

「五月をひとりにさせて! この子半べそだったわよ!」

「ち、違いますから! 私が二乃の言う場所になかなかたどり着けなくて」

「あー、えっと」

 

 もしかして五月ってめちゃくちゃ方向音痴か?

 それなら悪い事をした。

 

「あんたにも言わなきゃ気が済まないわ!」

「はいはい」

 

 罵倒でも何でも来い。

 今回は俺も甘んじてそれを受ける覚悟だ。

 

「お!つ!か!れ!」

「……さっきの前振りいらんだろ」

 

 無駄に身構えたじゃねえか。

 

「それはそれとして悪かったな。五月」

 

 俺は五月に向け頭を下げた。

 

「あ、だから私が悪くて」

「いや、それだけじゃなくて。五人集めてやるって言ったのに出来なくて」

 

 あんな期待させるように言って五月をひとりにさせて結果的に集められず花火大会は終わってしまった訳だからな。

 

「集まっているじゃないですか」

「これは……四葉と風太郎が機転を利かせてくれた結果だ。俺は何もしていない」

「だとしても一花をここまで連れてきてくれたのは長尾君です。だから、謝らないで下さい」

「そう。セージ君は謝らなくていいんだよ。謝るのは……私。ごめん」

 

 俺の隣で皆に向けて彼女は深々と頭を下げた。

 

「私の勝手でこんな事になっちゃって……本当にごめんね」

「……俺も同罪だ。引き止めるどころか背中を押して行かせた」

 

 一緒に謝ると言ったからな。いや、それはオーディションに落ちた時だっけ?

 どちらにしろ。最後の最後で俺は彼女を行かせたんだ。

 

「そんなに謝らなくても」

「まぁ、一花も反省してるんだし。てか誠司は完全に巻き込まれた側だろ」

 

 五月や風太郎がフォローしてくれるがそれを遮る声が響く。

 

「全くよ」

 

 それは二乃からだった。

 一番気合い入ってたからな。怒って当然だ。

 

「なんで連絡くれなかったのよ。今回の原因の一端はあんたにあるわ……あと、目的地を伝え忘れた私も悪い」

「!」

「私は自分の方向音痴に嫌気がさしました」

「私も今回は失敗ばかり」

「よくわかりませんが、私も悪かったということで。屋台ばかり見てしまったので」

「みんな」

「はい、あんたの分」

 

 二乃が一花に花火を差し出す。

 五人全員で反省会をし改めて花火を始める光景に俺はようやく胸をなで下ろした。 

 もう、大丈夫だな。

 俺はそっとその場を離れ、らいはちゃんが眠るベンチとは別のベンチへと座る。

 

「ほら、預かってたものだ」

「お、ありがとう」

 

 風太郎からカメラを受け取る。

 結局ほとんど撮れなかったな。

 今日撮った写真のデータを見返す。最初に撮った屋台の風景とらいはちゃんと風太郎の仲睦まじい兄妹写真、そして浴衣姿の中野姉妹の写真くらいだ。

 

「花火撮りたかったが……これも悪くないか」

 

 手持ち花火を持って笑っている姿を見て、俺はその光景にカメラを構える。

花火にフォーカスを当て一枚。

 

「うーん」

 

 悪くないけど、違うな。

 

「中野家の打ち上げ花火! 行くよ!」

 

 四葉の声と共に空に小さな花火が上がる。花火大会のを見た後だと迫力はなく、しょぼい物だ。

でも、そんな花火だろうと肩を寄せ合う彼女達の笑顔は花火大会の花火よりもキレイに思えた。

 そして自然とカメラを向けていた。

 

「うん、良いな」

「盗撮かな」

「これは!」

 

 顔を上げるといつものように俺をからかおうとニヤついた彼女がいた。

 

「二乃に言ったらどうなるかなー」

「面倒になるからやめてくれ。あれなら消して構わない」

 

 風太郎の件であれだけ騒いだんだ。これもバレたら今度は俺が法廷に立たされる。

とにかくやましい物は撮っていないと俺はカメラを彼女へと渡す。

 

「冗談だよ。冗談。あ、でも写真見てもいい?」

「好きにどうぞ」

 

 すると彼女は俺の隣に座り俺の撮った写真を見ていく。

 俺は少し気恥ずかしさもあって視線を適当に月へと向ける。

 そもそも俺は誰かに見せる為に写真を撮る人間じゃないんだ。

 

「今日はほとんど撮ってないし。俺のはつまらないやつばかりだ」

 

 そして気恥ずかしさを紛らわすようにそう言う。実際俺の場合、風景画がほとんどだから人によってはつまらないと思う写真ばかりだ。

 

「うわー! これすごいね!」

「あ?」

 

 そんな俺の言い訳なんて聞いていない様子の彼女の声にどれだ?と俺もその写真を覗く。それは今日最初の一枚。

夕暮れが丁度屋台を照らすような構図。

 

「キラキラしてる! 私はこれ好きだな」

「……そうか」

 

 その言葉に嬉しいと思う自分がいる。

 自己満足で写真を撮っているけれど、こうした瞬間はやっぱり嬉しい。

 

「あ、いつの間に撮ってたの?」

 

 次に見たのは浴衣姿の中野姉妹。

 

「あ、いや、本当勝手に撮ったのは悪かったって」

 

 これは確かに盗撮だと言われたら言い訳出来ない。

 素直に謝るしかない。

 

「……許しませーん」

「え」

 

 彼女ならお姉さんの魅力にやられちゃった?とか冗談言って流すのかと思っていたからかなり予想外の反応に本気で怒らせた?と俺は少々焦った。

 

「でも、ひとつお願い聞いてくれたらいいよ」

「……それが目的か」

 

 彼女はニッコリと「何の事?」と結局俺をからかうのが目的なのが見えている。

 

「……勉強免除はダメだからな。親父さんから正式に家庭教師依頼されたんだ」

「どれだけ勉強嫌いだと思われてるの? て、そんな事じゃないって」

「じゃ、どんなお願いでしょうか? 中野さん」

 

 すると彼女はチラリと俺を見ると軽く息を吐く。

なんだかとても真剣な彼女に俺は思わず手汗がじわりと浮かぶ。そして少しの間のあと口を開いた。

 

「……一花」

「はい?」

「一花って呼んでよ。さっきは呼んだでしょ」

「あれは……勢いというか」

「他の子達は名前なのに私だけ名字なのちょっと疎外感あったんだけど?」

 

 まるで子供がへそを曲げるように頬を膨らませ私不機嫌ですアピールをする。

そんなわかりやすい演技。それでも若手女優か?

 いや、わざとやってるんだろうけど。

 

「はぁ……なんだよ。改まって言うから何をさせられるかと思ったら」

 

 あまりにも真剣な雰囲気出すからとんでもないお願いかと身構えてた俺がバカみたいだな。

てか、この反応さえ楽しんでいるんじゃ。

 

「一応、女子相手だから俺も気を使ってたんだぞ? ま、気を使うなんて今更か」

 

 俺はそうして一度深呼吸をする。

さらっと言うつもりだったのだけど、なんだか改めて言うとなると少し緊張する。

 

「一花」

「……うん。ありがとう。セージ君」

 

 目を細め笑ってこっちを向いてお礼を言う彼女の視線に照れくさくなり俺は花火で盛り上がる四葉達の方へと顔を向ける。

 礼を言われるほどじゃないんだけどな。

しかし、意識して名前を呼ぶってこんなに緊張するもんか。

 

「んぁ」

 

 緊張が解けたからなのか急に眠気を感じる。

今日はなんかバタバタしてたもんな。

 

「お姉さんの膝、貸そうか?」

 

 ポンポンと自分の膝を叩く一花。いつものからかうあの表情で俺を見ている。

 

「そういうの俺だけにしとけよな。他の男なら勘違いする」

 

 クラスで一花を囲んでた男とかこんな事されたら卒倒するだろうな。

 

「さて、俺もせっかくだから花火するか。おーい、四葉。俺にも一本くれ!」

 

 俺は眠気覚ましにでもと立ち上がり、まだたくさん手に花火を持っている四葉の方へと向かう。

 

「あ、なら長尾さんにはこれを」

「……だけだよ」

「あ? 一花、何か言ったか?」

 

 後ろで一花が何か言った気がして振り返ると俺のカメラを構えていたシャッターを押していた。

 

「かっこよく撮ってあげるね」

「モデルは選んだ方がいいぞ」

 

 そうして今年の花火大会は終わった。

 

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