「んじゃ、一花は適当にテレビでも見て」
俺の家に着いて俺は早速夕飯の支度を始める。
「いやいや、私も手伝うよ」
「一花が?」
思わず声と視線で本音が漏れる。そしてそれは見事に一花に伝わってしまい一花はむくれて俺に視線を向ける。
「あのね。二乃に料理任せっきりだけど、やれない訳じゃないよ? ただ、気付いたら二乃が」
それは結局二乃がやらなきゃいけない状況になったって事じゃ。
けど、一花がそういうなら手伝ってもらうか。
「わかったよ」
「よし。あ、その前に挨拶しておくね」
一花はまだ三度目だけれど、慣れた様子で仏壇の方へ。
俺も一緒について行き、ロウソクに火を付け線香を渡す。
「こんばんは。えっと、セージ君とお付き合いする事になりました」
そういうのは心の中で言ってくれと思いつつ俺も手を合わせて写真の二人を見る。
「うし、始めるか」
「うん」
俺は一花と台所に立って夕飯の支度を始める。
といっても、実は一花に手伝ってもらおうとは思っていた。
一花の事だから手持ち無沙汰は嫌がるだろうし。
「餡は出来た。包んでいくぞ」
「はーい」
今日の夕飯のメインは餃子。
切って捏ねて味付け、そして包んで焼く。これならそんなに料理スキルは必要されないからな。
「ここに置けばいい?」
「あぁ、意外とうまいな」
包まれ餃子の形になったそれはきちんとした餃子。
「うちは餃子だと包む作業になると自然とみんなが手伝うんだ」
「五人の方が効率いいもんな」
「味付けと焼きは二乃だけどね」
そんな会話をしながら俺達は次々と包んでいく。
そして最後のひとつが出来上がったタイミングで家の玄関が開く音がした。
だいぶ早い帰りじゃないか?
「いやー、一花ちゃん来るって聞いたからね。定時きっかりで帰ってきたよ」
「あ、お邪魔しています。すみません。突然」
「気にしないで。むしろ大歓迎。って、餃子か。いいね。これはビールが進んじゃうね。それじゃ、ちゃっちゃと着替えてくるわ」
母さんはそう言って着替えに行く。
ちらりと一花を見るといつかのオーディション前の表情をしていた。
「心配すんな」
「……うん」
そして母さんが着替えて戻ってくる頃にはホットプレートを用意して餃子を焼く準備も整い終えていた。
最後に俺は仏壇の写真を食卓のテーブルへと持ってきた。
二人にはもう報告済みだけど、大事な話はみんなでな。
「よし、それじゃ」
「母さん。飯の前に話がある」
「……少しだけお時間をください」
飯の後でも良かったけれど、このままだと一花もまともに食事が喉を通らなさそうだからと飯の前に俺から切り出した。
「俺、一花と付き合ってるんだ」
「今日はそのご挨拶と思って。急な訪問ですみません」
「えっと、うん。わかった」
「それだけ?!」
母さんの反応に俺は思わずツッコんでしまったし、一花はキョトンとしている。
「いや、どう反応するのが正解よ? なに? 息子との交際は認めんって言った方がよかったわけ?」
「それはそれで違うけど」
「てか、ようやく打ち明けてくれたんだっていう感想だし」
「……ようやく?」
その言葉が引っかかりその言葉を聞き返す。
「え? だって、前から付き合ってたんじゃないの?」
「いえ、私たちが付き合い始めたのは昨日で。告白は夏休み明けに私がしていたんですけど」
「待って。夏休み中も前に一花ちゃんが来た時も」
「……付き合ってない」
母さんの言葉にそう俺が返すと部屋中に母さんの驚きの声が上がった。
そして無事といえるかわからないけど報告と挨拶を終え、俺達は餃子を焼き始めた。
「付き合ってなかったか。私はてっきりそうだと思ってたけど、あえて触れずにいた親心は無駄だったわけね」
「知るか。てか、ペース早いぞ」
母さんのテーブルにはすでに三缶目の缶ビールが開けられている。
「てか、夏休み明けに一花ちゃんは告白したって言ってたけど」
「えっと、はい」
「そこから昨日まで。誠司、あんたちょっと返事遅くない?」
「うっ」
痛い所ではある。
「あ、でもセージ君なりに必要な時間だったと思いますし。数週間ならまだ可愛いというか」
一花の頭に浮かんでいる人物はきっと俺と同じ人物だろう。
「てか、考える必要ないでしょ。どう見ても一花ちゃんにべた惚れだったじゃん」
「へ」
「そう、見えたのか?」
ハッキリ意識したのは一花の告白からだった。
けど、母さんから見たらそうでもないらしい。
「六花の事はまだアレだけど、お父さんの事を誰かに話すなんてそれだけ誠司の中で心を許している相手でしょ」
母さんの言う通りかもしれない。
父さんの事を一花に話した時から俺にとって一花は特別だった。
「そうだ。昨日の事、ありがとうね。一花ちゃん」
「え」
「この馬鹿息子を止めてくれて。正直私がぶん殴ってやりたかったけど、五つ子ちゃん達の言葉に私も救われた」
五人の言葉、それは俺だけでなく母さんにとってもどこか救われる言葉だったのかもしれない。
「そんな、私はただ、セージ君と一緒に卒業したかっただけですし」
「あらあら、青春だ」
「えっと」
大人びていると言われている一花だけど、今は年相応な反応。
それが可愛いと俺の頬も緩む。
「しかし、あのひげ面め。息子の恋路まで邪魔しようとしやがって」
「前から思ってたけどさ。母さん、あのおっさんと何かあった?」
中野先生ならわかるが母さんもかなりの感情をあのおっさんに抱いているのは以前から感じていた。
すると母さんは缶ビールを一気に飲み干した。
もしかしてこれは触れちゃいけないやつでは。
「お父さんとの恋路を邪魔されたのよ! お父さんの事、気に食わないからって裏で色々と手回して生徒との接触を極力させないようにして」
そういや、あのおっさんも父さんにだいぶ妬みとかそういった感情向けている感じだったな。
「ま、実習期間終わればアタックしやすくなったけどね」
「連絡先交換してたんですか?」
一花のやつ、また興味津々な目してる。
こりゃ、長くなりそうだなと俺は少なくなってきた餃子を追加して焼き始める。
「ううん。でも、どこの大学かは聞いてたからね。それさえ知ってたらこっちのもんよ」
「すごい行動力」
「一歩間違えたらストーカー」
「誠司、うっさい。それで、大学で無事見つけてアタック再開したわけ。けど、あの人も律儀……そういう面では誠司は似たのかもね」
母さんの視線が写真の父さんへと向けられる。
「私の卒業まではそういう関係にはならないって。あの人なりにその時はまだ教育実習生っていうのがあったのかもね。さらにいざ付き合うってなったら両親に結婚前提でお付き合いしますとか言うし。本当真面目すぎる人」
呆れた物言いではあったが、写真の父さんを見る母さんの視線と柔らかい声色で母さんがどれだけ惚れていたのがわかる。
そうして両親の惚気話を聞かされながら夕飯と締めのケーキを食べ終え、俺は一花を家まで送る事に。
いつの間にか風が出てきたようで俺と一花が羽織っている上着が盛大に揺れる。
「あれ? 三玖からだ。セージ君、ちょっとごめん」
一花はスマホを取り出し俺に一言告げてから電話に出た。
「え? 電車止まってるの? 四葉も一緒? 大丈夫? あれならタクシーでも」
どうやら三玖は四葉と一緒にどこかにいるらしい。
そして電車は止まっていて帰れないと。
俺はスマホで交通機関の情報を調べると強風の影響で運転見合わせ、運転再開の具体的な情報も出ていない。
「そっか……三玖、あのね。四葉なんだけど」
一花は俺から聞いた話を三玖にも話す。
「三玖がどうするかは三玖に任せるね……四葉をお願い」
そう言って一花は通話を切った。
「三玖と四葉、カラオケで朝まで時間潰すって」
「んで? わざわざ四葉と風太郎がまだ付き合ってないなんて三玖に教えた意図は?」
一時は三玖の背中を何かと押してきたわけだが、まさかまだそのつもりじゃ。
「結局、私は蚊帳の外だと思うんだ。踏み込めるのは同じ人を好きになった三玖や二乃だと思う。三玖がどう動くかはわからないけど、それはそれで三玖の答えだと思うから」
「……寂しいか?」
俺はそっと一花に手を伸し頭を撫でる。
何だかんだ一花はずっと五つ子のお姉さんをやってきた。
だけど、今回ばかりは見守る事しかできないと思っている様子でその表情はどこか仲間はずれになった子供のようだった。
「ちょっとだけね」
「てか、蚊帳の外って。それこそ五月が一番思ってそうだけどな」
俺と風太郎に関して恋愛絡みでないのは五月だけだったもんな。
てか、昨日の告白も完全に巻き込まれたよな。
あいつらも律儀に五月の待機場所まで風太郎に教えてたみたいだし。
「五月ちゃん……か」
「ん?」
なんだか一花の感じだと五月も何か抱えている様子。
あのおっさんの件は解決したとは思うけど、まさかここにきて風太郎へのフラグが?
「セージ君、もしかしたら五月ちゃんからお話しあるかもだけど、真剣に考えてあげてね」
「ん? あ、あぁ」
それが何なのかわからないが、これまで散々勉強やら相談やら受けてきたんだ。
相談事がひとつ増えたところで断る理由はない。
そうこうしているうちにマンションまで着いてしまった。
「お茶、飲んでく?」
「あー、いや、遠慮しておく。二乃に嫌味言われたくないし」
もう少し一緒に居たい気持ちもあったが、ここは素直に帰ろう。
「いくらなんでも二乃だって……いや、あるかもだね」
触らぬ神に祟りなしならぬ触らぬ二乃に祟りなしだ。
「んじゃ、週末」
俺達が次に会えるのは週末の出張勉強会。
一週間もない。でもそれを長く思う自分がいた。
「週末か。長いな-」
それは一花も同じ気持ち。そして彼女は素直に言葉にした。
「俺もそう思ってた」
「セージ君」
「母さんが言ってたとおり。俺、結構べた惚れなのかも」
これまでハッキリ自覚してなかったからかもだけど、自覚して一気に一花との時間が愛おしく感じる自分がいた。
「もう、帰りたくなくなるんだけど」
「んじゃ、もう少しだけ」
マンションの下でもう少し、俺と一花は一緒の時間を過ごした。