家庭教師と友人A   作:灯火円

112 / 135
20-4

 少し前までの暑さはすっかり消え、むしろ秋を通り越し冬へと切り替わったような冷え込みを感じるようになった朝。

 朝の情報番組のお天気お姉さんから場所によっては雪がもう降っている所があると話していた。

 

「こいつの出番だな」

 

 俺はクローゼットから数ヶ月ぶりに紺色のマフラーを手に取る。

 

「ん?」

 

 テーブルに置いたスマホから通知を知らせる音が。

 

『寒くなるって言うから気をつけてね』

 

 それは一花からのメッセージだった。

 俺は手に取ったマフラーを巻いて普段しない自撮りをし、その写真と一花にもしっかり防寒するようにとメッセージを送る。

 

『ありがとう。マフラー似合ってるよ』

「たく」

 

 俺はしっかりとマフラーを巻き直して家を出た。

 

 

「……そろそろ。どうにかして欲しいんだけど?」

「俺もどうにかしたいとは思ってるんだ」

 

 四時間目が終わり、学食へと向かう際に俺は風太郎に話を振る。

 話題は四葉との件。

 四葉との風太郎に進展はないのは目に見えてわかった。

 二人の問題というか四葉自身の問題だから俺は口出しせず見守ってきたが、さすがにこのまま卒業までズルズル行くのは堪えられなかった。

 

「あ」

「ん」

「五月」

 

 そこに五月と偶然出くわした。

 

「廊下は冷えますね。はやいもので寒いところでは雪も降っているそうですよ」

「そうか……」

 

 五月も朝の見てたのか。

 そう言ってさっとその場を離れるように行こうとしたが。

 

「五月、ちょっといいか?」

 

 風太郎が五月を引き止めた。

 

「……なんでしょうか?」

 

 五月は一瞬、俺を見た。

 俺はその内容は知らんぞ。

 

「えーっと話したい事が……ここじゃまずいか」

 

 そうして俺達は学食へと向かう。

 

「400円のカレーに100円のコロッケ二つ……300円のケーキをまさかの三つ」

「風太郎、本当そういう所は変わらないな」

 

 五月の昼食に驚く風太郎。

 

「この二つのケーキは上杉君と長尾君の分です」

「え?」

「はい?」

 

 そう言って五月は俺のかき揚げそばが置かれているお盆にケーキを乗せてくれた。

 

「まぁ、残り一つは自分で食べるようですが……お祝いの気持ちを込めて」

 

 何のお祝いか俺も風太郎も聞くほど鈍感ではなく素直にそれを受け取ってお礼を言った。

 

「立ち話もなんだし座ろうぜ」

 

 風太郎は近くの椅子に座る。

 

「そういえば、あなたは一体なんのご用で」

「あ、五月」

「え」

「マジか」

 

 そこに四葉がバッティング。

 いや、これはチャンスか?

 

「四葉! なんでお前までここに」

「う、上杉さん! あー……ここちょっと寒いですね。でも、もっと北の方は雪みたいですよ。では」

 

 数分前にも聞いた話と共に四葉はその場を離れようとする。

 

「今日は大盛況ね。どこも空いてないわ」

 

 そう聞こえた声に視線を向けると二乃がいた。

 

「げ」

 

 二乃もさすがに気まずいのか声と表情がそれを物語っていた。

 しかし、二乃の言うとおり今日の食堂は大盛況で空いている席は限られている。

 そして偶然にも五人座れる席はすぐ近く。

 とりあえず席は離したままだが隣同士で俺達は席に着く。

 風太郎と四葉が隣同士に座り、対面に二乃と五月。

 俺はさらに隣の二人がけの席に一人で座る。

 

「暖房弱いのか冷えるわね。でも雪が降ってるところよりマシかしら」

「二乃もその話題かよ」

「ちょっと! こっちの会話聞いてんじゃないわよ」

 

 かき揚げそばを啜る俺に噛みつく二乃。

 

「仕方ありませんよ……ところで、お話しというのはなんのことでしょう?」

「話したいことってなんなのかしら」

 

 五月と二乃、それぞれ対面の相手に聞く。

 どうやら四葉も二乃に話したいことがあったようで一緒に昼食取りにきたってわけか。

 

「それは……なぁ」

「はい……」

 

 風太郎と四葉の反応からどんな内容かは察することが出来た。

 これ、タイミング最悪だったな。

 

「み、皆さん進路の近況報告しませんか?」

 

 そこで話題を変えたのは五月だった。

 五月は現在自分に見合った志望校を視野に入れつつ、ずっと志望している学校も諦めてはいないという。

 

「俺も大学だ。一応東京の狙ってる。んで、大学通いながら北条さんの元でカメラの勉強する」

「カメラ目指すならさっさと北条さんのところで働かせてもらった方がいいんじゃない?」

 

 珍しく二乃から俺の発言に興味を抱いた様子。

 

「俺もそう思ったけど、北条さんが窓口広げるためにも行けってさ。ま、大学で学ぶ事も多いだろうしな」

「そんな二乃は」

「今、そんなこと話す気分じゃないわ」

 

 五月の問いかけに一刀両断かよ。

 

「俺は大学に行くつもりだ。試験もまず落ちないだろう」

「わぁ……」

「一度は言ってみたい台詞です」

「本当にブレねえな」

 

 あとは四葉だけど。

 

「実は……私も先生から聞かされたばっかなんだけど……色んな部活に参加して大会に記録を残してたのを見てくれた人がいたみたいで」

 

 しっかり結果残してりゃどこの部活も四葉を助っ人として呼びたいわけだ。陸上部の件は未だに許してねえけど。

 

「とある体育系の大学から声をかけてもらってるみたいなんだ」

「推薦かよ。すげーじゃねーか」

「ええ、体育大学も四葉にぴったりです!」

「あ、でも条件があって……」

 

 条件か。

 やっぱ、体力テストとかか?

 

「最低限の学力試験は必須だと」

「……そうですか」

「が、がんばれよ」

 

 推薦だけど、四葉に一番の難題を出された訳か。

 

「……いいわね。あんたは恵まれてて」

「!」

 

 それまで四葉の進路について黙って聞いていた二乃がようやく反応を示す。

 だが、その言葉は隠す事のない鋭さがあった。

 

「何もしなくても向こうから来てくれるなんて気楽だわ」

「それは、進路だけの事言ってんのか?」

 

 俺は二乃に視線を向けるとあいつは「さぁ?」と笑って返した。

 

「そもそも、今日は進路の話に来たの? 違うでしょ?」

 

 二乃は俺から四葉へと視線を変える。

 

「……今は」

 

 その視線から逃れるように四葉は下を向いてしまう。

 

「ごちそうさまです!」

「へ、あ、お粗末さま?」

「ほら、二乃も食べたのなら行きましょう。教室の方が暖かいですよ」

「ちょっと、離しなさいよ!」

 

 五月の勢いに俺は思わず返したが、五月はそのまま二乃を連れて行ってしまった。

 

「四葉……二乃はああ言ってるが」

「上杉さん、すみません。私、行かなきゃ!」

「え」

 

 四葉も学食を出て行った。その顔はどこか覚悟を決めた様子。

 

「んで? 風太郎はどうするわけ?」

「……追いかけるしかねえだろ」

「いってらっしゃい」

「誠司は」

「食い終わったらな」

 

 そう言って俺はまだ残っているかき揚げを口にする。

 

「悪い。お前に頼りすぎてるな」

 

 そう言って風太郎も食堂をあとにする。

 

「俺がどうこう口を挟めないんだよな」

 

 そうして俺は五月からお祝いとしてもらったケーキまで堪能し、少し遅れて俺も学食をあとにする。

 

 

「教室に戻ってないとなると」

 

 四人が教室に戻ってないことを確認して俺は適当に廊下を歩く。するととある教室から物音が聞こえた。

 

「誰かいるのか?」

 

 中に入ると遮光カーテンによって日光が塞がれ教室は真っ暗だ。

 

「誠司、来てくれたか」

「ん? 風太郎か」

 

 声は教室の前の方。俺の足は自然とそっちに向かう。

 

「あ、長尾君。来ないで」

「なんだ。五月も」

 

 近づくとそこには風太郎は床に倒れ、五月が押し倒したような状況。

 

「あの」

「ここ空いてるじゃない」

「ん? うお」

 

 誰かまた入って来たかと振り返る前に俺は腕を引っ張られ、机の物陰に隠れる形に。

 

「五月」

「すみません。勢いで」

 

 引っ張った相手に視線を送ると本人も無意識の行動だったようで困っているようだった。

 

「ここなら誰かに聞かれる心配ないわ」

「て、この声」

「ほら、言いたい事あるなら言いなさいよ。四葉」

 

 どうやら俺達は出るに出られない状況に陥ってしまったようだ。

 俺はとりあえず風太郎と五月と共に息を潜め、身を隠す。

 

「ど、どうしましょう。これって二人に見つかったらまずいのでは?」

「五月、落ち着け」

「お、意外と風太郎は」

「ふぅ……それにしても冷えるな」

 

 ん?

 似たような台詞は数分前にも。

 

「知ってるか? 寒いところでは雪降ってるらしいぜ」

 

 こいつ、もしかしてずっと冷静じゃなかった?

 五月も四葉も二乃も似たような会話出したってのにここでまたこの話題って。

 

 

「あんたのことがずっと疎ましかった」

 

 そんな俺達がこの状況に悩んでいる間にも二人の会話は進む。

 

「それまで私たちはずっと仲良くやってきたっていうのに一人で何も言わず突っ走って。私たちの五つ子の輪を乱し始めたのは……四葉、あんたよ」

 

 春休みの事を思い出す。

 あの時、自分の行動でお祖父さんを寝込ませてしまった過去を語った四葉はその事でずっと悩んでいる様子だった。

 そして二乃は五つ子の中でも五人が大好きだ。バラバラになることに誰よりも思う事があったのかもしれない。

 

「自分勝手でごめん」

 

 そんな二乃に四葉は頭を下げて謝罪の言葉を出す。

 

「昨日だって二乃のこと考えず押しつけるばかりで……」

 

 どうやら昨日、三玖とだけじゃなく二乃とも何か話した様子。

 

「だけど、今も考えてることは同じ。私の願いは私と上杉さんのお付き合いを認めてもらう事」

 

 なるほど。つまりそれが。四葉がやらなきゃならない事か。

 てことは本人としては風太郎と付き合うって事はかなり前向きに。

 その当人である風太郎は近くの扉を目指して動いている。

 

「呆れた。まだそんな甘いこと言ってるのね。なんで私が認め」

 

 扉を開けようとした風太郎だが、物音によって動きが止まる。

 

「え?」

「今、何か」

 

 これ、バレたら厄介だよな。

 どう切り抜ける?

 

「チュー」

「なんだ。ネズミか」

「ネズミがいるのね」

 

 風太郎のネズミの物まねで誤魔化したけど。

 

「あほっ どう考えても今、扉開けたら不自然だろうが」

「だな……そうだ」

「っ」

 

 風太郎は何か思いついたのか五月の方へと手を伸すと五月がその行動に変な声をあげそうになった。

 

「チュー」

「チュー」

「大量だ」

 

 四葉はそう思っているけど、二乃にはそろそろ厳しいんじゃ。

 

「てか、お前はさっきからなんだ?」

「そうですよ。いきなり手を伸して」

「スマホだ。俺らが出られないのならあいつらを外に連れ出す。俺、今持ってねーんだよ」

「……それなら」

 

 五月は一瞬、スマホを取り出したがすぐにしまった。

 

「や、やっぱりダメです」

「は?」

「当然だろ。スマホの明かりでバレる」

 

 この暗さのおかげで俺らの姿が隠されているのもあるからな。

 スマホの明かりは目立つ。

 

「そうだな。誠司の言葉に一理あるか。このまま大人しくしておくか」

 

 風太郎としては複雑な気持ちだろうが、ここはもう諦めろ。

 

「もうお昼休みも終わっちゃうわ。帰りましょう」

「待って!」

 

 話は終わりだと教室を出て行こうとする二乃の手を掴む四葉だが、二乃はそれを振り解く。

 

「今更なんなの?! 私なんて無視して勝手に付き合えば良いじゃない」

 

 二乃言葉の通りだ。当人同士の問題。

 両思いなら他人を配慮しなくてもいいはず。

 けど、なんとなく。俺は四葉の気持ちがわかってしまった。

 やっぱ、似たもの同士なのかもな。

 

「ははっ」

「誠司っ」

「長尾君っ」

「今度はどこぞのネズミのキャラクターな訳?」

 

 あ、これ完全に二乃は気付いてるな。

 

「これは……私と上杉さんだけの話じゃないと思ってるんだ」

 

 一方、四葉は俺の笑い声に気付いていないくらい真剣な様子。

 

「二乃と上杉さんのこれまでの関係を……三玖や一花、五月に長尾さんと上杉さんがこれまで過ごした日々を無視なんて私にはできない」

 

 わざわざ俺の名前も出してくれるなんて四葉は律儀なことで。

 

「私なりの覚悟を持って伝えに来たんだ。私の願いは上杉さんとの関係を認めてもらうこと」

「だからそれは」

「ただ、それは今じゃなくていい」

「!」

「数ヶ月、数年、どれだけ時間がかかるかわからないけど……私が上杉さんをどれだけ好きなのか。この想いの強さを」

 

 語っていく四葉の言葉は言葉を紡ぐほど力強くなっていくのがわかる。

 

「見てて欲しい。きっと負けてないから」

 

 俺からしたら四葉の風太郎への気持ちは三玖や二乃にも負けてないのは知っているんだけどな。

 数年ぶりに会った人物を一目見ただけで気付いて、その人の為に頑張ってきた。

 そんな四葉が二人に劣るはずないんだ。

 

「そうね。たとえ今のあんたに謝られたり説得されたとしても私は納得できないでしょうね」

 

 実際、現状の二乃はそういう状況に見える。

 

「それをわかった上で、あんたは茨の道を進むつもりなのね」

「私は上杉さんを好きなのと同じくらい姉妹の皆が好きだから」

「っ」

「チュー」

 

 ハッキリと向けられた四葉の好意に一番動揺を見せるのは当然風太郎だ。

 俺はもう投げやりでネズミの真似をする。

 

「全く……馬鹿ね。だけど、四葉らしいわ」

 

 それまで感情的だった二乃の語気が冷静さを取り戻したのを感じる。

 

「五つ子の枷から解き放たれて突き進んでいくあんたの背中が気に入らなくて、羨ましかったわ」

 

 誰よりも一番に五つ子の手を離した四葉だけど、きっとそれは今はもう違う。

 

「あんたはまだ私を競い合う相手として見てくれるのかしら」

「勿論だよ。私たちはずっとお互いを意識しながら生きていくんだ。時には仲間、時には敵……そんな」

「ライバル……よね」

 

 俺は五つ子が彼女達を縛る鎖と思ってた時もあった。

 でも、鎖じゃない。彼女達にとって五つ子は大切な繋がりだ。

 

「三玖とは話した?」

「うん」

「なんて言ってったの?」

「怒ってるって」

「口下手なんだから」

 

 お前が言うか?

 でも、三玖ともきちんと話せた訳か。

 やっぱ一花の判断は間違いじゃなかった訳か。

 

「昨日のことがなければ大人しく祝ってあげようと思ってたのに……あんたがそのつもりなら私は言うわ。往生際が悪いかもしれないけど私のフー君への気持ちは収まる気がしないの」

 

 風太郎はまたビクリと反応する。

 はぁ、モテる男は大変だな。

 

「ここで勝負は終わってない。少し後ろであんた達の行く末を見ててあげる。ほんの少しでも隙なんて見せたら私が俺を奪ってやるんだから」

「……うん」

 

 それは二乃なりの四葉へのエールなのかもしれない。

 

「……そっか」

「ん?」

 

 ふと五月の方を見ると彼女の表情はまるで答えを見つけたような清々しさを感じるものだった。

 

「そろそろいいかしらね」

「?」

「ネズミの三人出てきなさい」

「えっ」

「やっぱ二乃は気付いてたか」

「……マジか」

「あの、決してやましいことしていたというわけでは」

 

 動揺する二人、そして一番動揺しているのは。

 

「え、上杉さんたちいつから……もしかしてずっと聞いて」

 

 俺と五月はあえて返事はしなかったが風太郎の「すまん」の一言に四葉の顔は真っ赤になる。

 

「に、二乃~」

「あら、てっきり知ってて言ってるのかと思ってたわ」

 

 いや、絶対そうじゃないってわかってたろ。

 そんな四葉の助けを求める視線を無視し、二乃は風太郎へと視線を向ける。

 

「聞いてたわよね。フー君」

 

 二乃の頬が上がっていく。

 

「そういうことだから努々、油断しないようにね」

「あぁ、肝に銘じておくよ」

 

 それから二乃は推薦の件について四葉に謝ると今度は四葉を勇気づけるような言葉を掛ける。

 

「何とかなりそうだな」

 

 おそらく、これで四葉のやるべきことは終わったはず。

 あとはなるようになるか。

 

「さーて、昼休み終わるから戻るかな」

「長尾君」

「ん?」

「今日、少し時間を貰えませんか?」

 

 そう言った五月。

 俺は昨日の一花の言葉を思い出した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。